第一の手記

眩暈から脱するためのエチュード

 この謎の声はいつ聞こえるようになったか。もう十五年近く前にはひっきりなしにきこえるようになっていたのは間違いがない。一度は自分自身が折れてしまって精神科病棟に入院するに至ったが、謎の声は大きくなるばかりだった。
 今日も謎の声が聞こえてくる。昔の知り合いのような声質の人間たちがおれのやることなすこと、そして人生を否定する声だ。おれはイヤホンを付けて防御しているがそろそろ無理だ。医者に相談したら鉄の檻にまたぶち込まれるだけだ。反吐が出る。この声にも、昔の知り合いたちも。死ねば良い。首をくくって今すぐ死んでくれ。
顔も心も醜い男に恋人を取られた経験が何度もある。おれのアイデアを利用して女を抱いている奴もいた。おれは被害者だと思う。だが、こんな話は好奇の的だ。また、醜い男に恋人を奪われたことにより、おれは不細工な男性に女性が犯されるようなポルノメディアを好むようになってしまった。表面だけ見たらおれはただの変態で、恋人を奪った男は旧弊な価値観だと遣り手の男性だというプラスイメージがつく。くそったれな社会は今日も続き、歩けば嘲笑の的であることを逃れ得ない。
 これが気の向いた文章ならばディテールを細かく書いて行く必要があるが、おれにその余裕はない。死ぬか生きるかの間をさまよう者が付ける手記がこの文章だ。
 この状況下に殺されるのを待つ死刑囚がおれだ。豚野郎どもめ。おれの代わりに死ね。今すぐ死んでくれ。
 親ガード、という言葉がある。自分の親が子どもの恋愛を出来ないようにブロックすることを指す。
 親ガードのせいで恋愛や性愛をろくに経験出来ずに中年男性になった。両親は健在だし、おれは恋愛や性愛をほとんど知らずに死んでいくだろう。親も死んでくれ。弟もその家族も全員死ね。
 おれを貶めた連中は未だ社会的に幸福な人生を歩んでいる。そいつらは、例えばおれのアイディアを盗んでオンナを抱いて、おれを嘲笑って貶めるだけ貶め、それはほぼ誰も知らないことなのでそいつの手柄になり、社会的に人気である印象を植え付け、一方のおれはそいつと比べられ下に見られバカにされるが実際はおれを体よく利用してオンナを抱いたり金に変換して社会的地位を手に入れた。するとおれはそいつらにとって邪魔だから被差別的な人生に落とし込まれた。その経緯を書いた文章はウェブから削除するしかなくなり、事実は闇に葬られたし、プライバシーなどから、書いたおれが悪人だと言わんばかりだ。
 加害者が大手を振って生きていき、その人間たちは手放しに賛美される。古い漫画のようにバカバカしくてあり得ないことが容易に、身近に、直接的に起こってきた。おれは精神科の病棟に入ったことが何度かあるがどの場所でも国連の人権憲章なんてものが、人間が作り出した思考実験の産物で、フィクションなのを知るに足るに十分だった。語り得ないことだが、未だにおれはなにかに粘着されて、現実とは思えない被害を精神的に受け続けている。だが、最前語ったように精神を扱う業者に人権を説いても無駄だった。
 家族を含め他人から見た、おれという人間の命の価値が低い。理由を挙げるわけにもいかないし誰にも信じてもらえないし「本当におれが遭ったこと」は封殺されるし、されてきたから。

 君から見て、おれの考え方は一貫性があると思うかい? それとも精神的な病を文章から感じ取るかな。感じるだろう。感じないわけがない。殺したい衝動が抑えきれなくなりそうだし、こんな文章は卑しい嗤いを浮かべた豚野郎どもの大好物だ。
 おれは汚名を被って死んでいくだろう。


*****


 おれの存在価値は他人にとっては全く無価値です。昔は心身ともにいろいろおれは持っていた。「幸福な王子様」って童話みたく、もぎ取られていったんだ。
 おれはほぼすべての人に裏切られて、捨てられてしまった。あるとき、それを誰かが「あなたはひとを深く愛することが出来る人なんだ」と評した。嬉しかったけど、でも、きっとほかのひとはひとをそんなに強く愛せないってことを知らされたということでもある。
 なんでみんなはすぐにひとを裏切ることが出来るんだろう。それはきっと、みんなは自分自身が好きで、他人を捨てても痛みをあまり感じないからなんだと思う。おれはあまり鏡を見ることが出来ない。みんなは鏡に映る自分にうっとりしている。気持ち悪い。
 恋人だと思って付き合っていたひとはみんな、簡単に他人に奪われてしまった。セックスだってスポーツくらいにしか思っていないんだ。そのくせ、おれを傷つけて嘲笑うのには最適なのを知っているから、恋人だった女性も、女性を奪った男性も、性交渉をしたこと、また、気持ちなんて最初から最後までおれを見てなんていないことをひけらかしておれを見窄らしい存在として踏みつける。そんなことばかり起こった人生だった。しかも寝とった男たちは人生の成功者として平然と生きている。世間はおれを卑しい不細工だと笑うけど、おれにはこの社会の方が汚くみえる。
 おれが経験してきたことを抽象化して最前、話したのを君は覚えているだろうか。他人にわかってもらおうと努力はしたけど、嘘つき、嘘八百というレッテルを貼られるだけだった。嘘じゃない事柄を一つでも知ると、知った人間は本当におれを見下して目の前でゲラゲラ笑う。全部を殺したくなるに足る出来事だ。世界の紛争は性と絡まっているのを知っているし、だったら憎しみの連鎖が容易には止まらないのも理解出来るんだ。そんなおれが綺麗事を言わないと侮蔑される今の世の中に、どう向き合えばいいかわからない。

 最初に、言葉があった。
 だったら最後の最後まで、言葉があるのかな。

 若い頃、知り合いが「あんたは自殺する、と言うけどあんたは自分が好きだから自殺なんてしない」と言った。でもおれは自殺を図り、自殺未遂者になった。自殺未遂者の人生なんてみじめなものだ。経歴を知ればみんな軽蔑する。
 おれに酷いことをしたり言ったりした奴らを本当は殺したい。
 おれは友人たちが彼女が欲しいと言ったときやセックスしたいと言うときに、手助けをした。そのおかげでそいつらは彼女が出来たりセックスが出来た。なのに恩を仇で返された。
 誰がおれを助けるんだろう。そんなやつはいない。おれは剥ぎ取られ、汚名を着せられ、いずれおれが誰かを助けたり有益なことを教えたことは、相手にとっては都合が悪いからという理由で「なかったこと」にされて、闇に葬られる。
 おれが不平不満を言うのは我儘や駄々をこねる幼稚なものだと侮蔑される。おれは地元で「嘘つき」「嘘つきは泥棒の始まりだ、おまえは泥棒だ」と言われている。
 おれの人生からたくさんのものを奪っていった泥棒である人間たちが、おれを泥棒だと指差す社会。おかしいのはおれではないようにおれは思う。
 おれは心身が健康ではない。今のところ生きているけど明日は死んでいなくても発狂しているかもしれない。
「意味」があるのはおれが今、本当のことを書いているからで、ここですら本当のことを語れなくなったり、嘘で塗り固めて台無しにしたり、発狂して語る主体としての「おれ」がいなくなったら、「意味」はなくなってしまうのだろうか。
 生き残った価値を手放すことになるのだろうか。
 全部が溶けて誰が誰だかわからないかたちになって語られるような意味合いでの「未来に繋がる」言葉でしかないのかと思っていた。でも、そうではなく、おれの言葉はおれの言葉として未来に繋がるのかな。だったら嬉しい。言葉をまとめる必要はなく、こんなかたちでもいいのなら、まだなにかを書いて生きていたいおれには、「なにも残せなかった」人生にはならないなら、それも嬉しい。

 おれは罠に嵌められたらしい。
 おれが不慮の死を迎えたり逆に国家権力などの権力機構がおれを捕縛したら、それはそう「仕向けられた」と、今の段階で既に言っておきたい。 誰も助けないし助けられないこと、にわかに信じられないこと(例えば幻聴ではなく、恣意的に声が喋ってくる)などが巧妙に仕組まれてやられているが、誰かに話したらただの精神障害、被害妄想だと判断される。だが違うし、現実でも暴力的な組織などがおれの周りを彷徨き始めたし、この文章も筒抜けだろう。 筒抜けでも知らないという体であるから、ここにメッセージボトルとして書いておきたい。
 昔、警察官から誘導尋問みたくされて冤罪になりそうになったことがある。 また、カウンセリングを受けたとき、カウンセラーにバカにされたことがある。フロイトがドストエフスキーについて書いた論文について語ったら、鼻で笑われ、「フロイトが語ったとされる、ねぇ」と含みのある嘲笑をおれに浴びせ、次にカウンセリングを受けたとき、その論文は邦訳されて市販されているので、面目が立たないらしいしおれは事実を言ったのにバカにされたわけで、とても不愉快になってカウンセリングを辞めることになった。相手は一切謝らない。馬鹿にされて終わりなんだよ、こんなものは。
 おれはまちのみんなの笑いものだ。みんなおれを知恵遅れだとして、下手したら赤ちゃん言葉であやすように(つまり侮辱した喋り方で)、おれを扱う。他には、汚いものを見る目で見て、ばっちい、とか臭い、とか言う。 おれは戦争はいけないことだと思う。けれども、周りには殺したい人間だらけだし、この国もこんなことにした奴らは死んだ方がいいとも思う。とてもつらい。結局は殺したい奴は死んだらすっきりするだろう自分がいる。

 ここに書いて良かった。この文面が残ればすこしは落ち着く。

 読み返せ、と声がする。確かに気が触れた文章だが、これを残されたら困るのはおれだけではないのだ。〈声〉は、声の主が生きていて、存在する。不都合なのだろう。
 おれは残すぞ、自分の狂った頭というレッテルと引き換えに。


*****


 この文章は読まれない。だが君が今、これを手にしている。おれにはそれで充分だ。
 おれはこの文章をなににも準拠させず書いた。自分の感覚を、おれは唯一信頼出来るものとして書いたのだ。
 この社会は言語の背後に保証人——論理、制度、共感——を要求する。おれはそれを否定しただけだ。殺す。それだけだ。殺すのが自分自身かもしれないけれども。

第一の手記

第一の手記

〈準拠〉という〈牢獄〉からの〈逃走劇〉。

  • 小説
  • 短編
  • ホラー
  • SF
  • 成人向け
  • 強い暴力的表現
  • 強い性的表現
  • 強い反社会的表現
  • 強い言語・思想的表現
更新日
登録日
2025-10-22

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