お気に入りの音楽171〜178
171 運命の力とカウントダウン
『チャルダッシュ』(真央ちゃんのフィギュアスケートで知った曲)を聴いていたら、なぜか、『運命の力』を連想。同じ作曲者だっけ?
チャルダッシュ ヴィットーリオ・モンティ作曲
https://youtu.be/HVach8BsJSM?si=XGyZCFS3RtfIpP5K
すでに登場しているかもしれませんが、大好きなディヴィド・ギャレットのヴァイオリンで。
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『運命の力』はモンティベルディ……ではなく、
ヴェルディでした。
『運命の力』序曲 ジュゼッペ・ヴェルディ作曲
https://youtu.be/_mtZJm2DBFw?si=-n-4BBPK3frDISCw
運命の力には逆らえない……
ドラマ『相棒』で、何度か使われましたね。
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『運命の力』序曲から『エグモント』序曲を連想してしまう。池田理代子の漫画に『白いエグモント』というのがあった。
好きな男子が、1番好きな曲だと。
池田理代子さんが初めて買ったレコード
◆エグモント序曲(ベートーベン作曲)
中学生の時なんですけど、当時、わりと仲良かった男の子がとってもクラシックが好きで、中学校の音楽室に放課後、二人で残って、当時、立派なステレオがあったんで、クラシックを聴きまくってたんですよ。
その彼が好きだった、っていうんで……。
後々、漫画に書きましたね。
『エグモント序曲』を題材にした少女漫画……
(ドコモ倶楽部出演者の名言より)
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東急ジルベスターコンサートは、1995/1996年から毎年12月31日から翌1月1日にかけて東京都渋谷区のBunkamuraオーチャードホールで行われる、テレビ東京主催のクラシックコンサートであり、テレビ東京系列とBSテレ東で生中継する年越し番組でもある。
管弦楽は東京フィルハーモニー交響楽団。元々は普通の年越しコンサートという企画であったが、第1回指揮者の大野の「どうせやるなら午前0時に曲を終了しよう」という発案で「クラシック音楽でカウントダウン」が決まったという。
例外として、演奏終了と年越しの瞬間とのタイミングがずれた回があったほか、第21回と第26回は紙吹雪の発射が行われなかった。
カウントダウン曲は、大きな音で盛り上がって終了する5分から15分程度の管弦楽曲、交響曲の終楽章が取りあげられ、行く年や来る年の世相、作曲者のメモリアルイヤー、指揮者の十八番などを考慮し決定される。
なお、ベートーヴェンの交響曲第9番「合唱付き」第4楽章(約25分)や、マーラーの交響曲第2番「復活」第5楽章(約35分)など単一楽章でも演奏時間が長い場合は途中から演奏されたりカットが行われたりする。
年越しの2分前から画面上にCGのアナログ時計が表示される。年越しの瞬間にカウントダウン曲の演奏は終了するが、その際会場内ではキャノン砲から大量の紙吹雪や紙テープなどが降り、その直後に司会者の音頭で観客とともに年明けの挨拶がされる。
全般的に、通俗的にクラシック音楽にあるイメージのような厳粛な雰囲気ではなく、華やかに年越しを祝う雰囲気である。
聴き比べ 2011年〜2021年カウントダウン
https://youtu.be/EKe62qnp9f8?si=YowZNi7IHXVYSF3S
第27回が『エグモント序曲』
https://youtu.be/Heedq7gWQBg
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大晦日恒例の「東急ジルベスターコンサート」。第2部はテレビ東京系列およびBSテレ東で生中継され、年越しの「名物番組」としてもおなじみ。
2024年、注目のカウントダウンはチャイコフスキー作曲、交響曲第5番第4楽章。
指揮は、実に13年ぶり・4回目の登場となる“炎のマエストロ”小林研一郎。
(2023年に他サイトに投稿したものです)
172 ユジャ・ワン ミニスカート、ハイヒールのピアニスト
170話に登場したTさんのコメントから。
「最近、プロコフィエフのピアノ協奏曲第2番をよく聞いています。ユジャ・ワンのyoutubeです」
ユジャ・ワンはノベルデイズにはこのタイトルで投稿しました。(チャットノベルでyoutubeを貼り付けられるのです)
最近はpv数が多くて、やはりミニスカートでピアノは異色ですね。
私はプロコフィエフはロミオとジュリエットの『モンタギュー家とキャピレット家』しか知らないのです。
プロコフィエフのピアノ協奏曲第2番
https://youtu.be/yr1pFv5QzPc
初演は1913年プロコフィエフ自身のピアノ独奏で行われた。『サンクトペテルブルク新聞』には悪意に満ちた記事が掲載されたが、一方で、
「10年後、聴衆はこの若い作曲家の天才に相応しい万雷の拍手で、昨日の嘲笑の償いをしたくなるであろう」
と評した。
本作は、第1番で見られたモダニズム的傾向がより押し進められている。またピアノが終始支配的であり、オーケストラに与えられている役割は伴奏に近い。
内容的には前作に増して野生的でかつロマン的楽想、グロテスクかつ複雑なダイナミズムによる表現、超絶的技巧など大胆で斬新なアイデアを取り入れた野心作となっている。
プロコフィエフが作曲したピアノ協奏曲の中で唯一の短調の作品であり、短調で始まり短調で終わる構成となっている。
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ユジャ・ワンは1987年に中国の北京で生まれた。
父親はパーカッショニスト、母親はダンサー。
ピアノを弾き始めたのは6歳の時。数ある楽器の中でピアノを選んだのは、「家にあったから」
7歳にして北京中央音楽院に入学。ピアノを始めてからわずか1年での入学。
14歳でカルガリーでの語学留学。15歳からの5年間をフィラデルフィアのカーティス音楽学校で過ごす。
14歳からずっと一人で海外生活を送っていることから、彼女の芯の強さを感じる。
ミニマル・ミュージックのフィリップ・グラス
エチュード6番
https://youtu.be/ERb_3n35bzw
この超ミニスカートにはびっくり。水着かと思った。
つい服に話題がいくけど、演奏は素晴らしい!
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彼女が挑戦した数少ないコンクールが2001年の仙台国際音楽コンクール。記念すべき第1回でもあったこの大会において、14歳にして3位&審査員特別賞受賞の結果を残している。
カーティス音楽学院での師、ゲイリー・グラフマンは同じ中国出身の大人気ピアニスト、ラン・ランも指導している。
カーティス音楽院在学中も多くの交響楽団との共演を重ね、着実にピアニストとしてのキャリアを築いていく。NHK交響楽団との共演歴もある。
2007年、ユジャ・ワンにチャンスが訪れた。
80歳となった今日でもなお、世界最高のピアニストとの呼び声高い、マルタ・アルゲリッチがボストン交響楽団との共演を急遽取りやめた。
そして、代役に選ばれたピアニストがユジャ・ワンだった。アルゲリッチ直々の指名だった。
ユジャ・ワンにとってはまさに試金石。
もしも聴衆を満足させることができなければ、順調なキャリアを送ってきたユジャ・ワンの評価に傷が付いてしまう。
そのプレッシャーは相当なものだったはず。
しかし、蓋を開けてみれば、コンサートは大成功。デュトワが指揮するチャイコフスキーのピアノ協奏曲のソリストを見事に務め上げた。
聴衆の想像をはるかに上回る出来であったことから、ユジャ・ワンはこのコンサートによって現代を代表するのヴィルトオーソ (超一流の演奏家を示す言葉)としての立場を確固たるものとした。
指揮者のデュトワはアルゲリッチの元夫
ラヴェルピアノ協奏曲ト長調 第1楽章
指揮 シャルル・デュトワ
NHK交響楽団
https://youtu.be/1wDHMFziDTw
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ユジャ・ワンの魅力は人間離れしたテクニック。
テクニックばかりに注目すると、彼女の演奏の本質を見誤ることになってしまうかもしれないが、ユジャ・ワンが現在世界屈指のテクニシャンであることは紛れも無い事実。
手の大きさも10度届くか届かないか、ピアニストの中では手が大きい部類ではない。
超絶技巧を要する曲として知られる、『トルコ行進曲』(モーツァルト作曲・ヴォロドス編曲)や『熊蜂の飛行』 (リムスキー・コルサコフ作曲・シフラ編曲)はもうすっかり彼女の十八番となっている。
トルコ行進曲による変奏曲 (Variations on the Turkish March)
https://youtu.be/RGAPTRrAilY
編曲は現代を代表するヴィルトゥオーソ、アルカディ・ヴォラドス、ファジル・サイとユジャの合作みたいです。
https://nishigawa0323.hatenablog.com/entry/2019/11/22/181133
ユジャ・ワンは必要以上に速く演奏することで、テクニックをひけらかすようなピアニストでは決してない。
彼女はたっぷりと歌うような叙情的な演奏も非常に巧みだ。
とにかく安定感が素晴らしい。
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ユジャ・ワンのお辞儀は超高速かつ激しい。クラシック音楽のコンサートでこんなお辞儀をするのは彼女くらいだろう。
しかし、お辞儀を改善する気は全く無いようで、小さい頃からのお辞儀の癖をずっと気に入っているようだ。
カプースチン: 8つの演奏会用エチュード Op.40 第3番「トッカティーナ」
https://youtu.be/F3mVb6P8SGw
ラフマニノフ ピアノ協奏曲第1番嬰ハ短調作品1
指揮 セミヨン・ビシュコフ
チェコ・フィルハーモニー管弦楽団
https://youtu.be/41MLHTg7VQU
1番は初めて聴きました。初めて買ったクラシックレコードはラフマニノフのピアノ協奏曲2番。
映画『シャイン』を観てからは断然3番のほうが好きになりました。
ピアノ協奏曲第1番嬰ハ短調作品1はセルゲイ・ラフマニノフが1890年から1891年にかけて作曲したピアノ協奏曲。
モスクワ音楽院在学中であった1890年から1891年にかけて、同音楽院の卒業試験のために書かれた。
その後、ロシアではソヴィエト政権が樹立し、ラフマニノフは一家でフィンランドに亡命したため、この作品は彼がロシアで完成させた最後の曲ということになる。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/ピアノ協奏曲第1番_(ラフマニノフ)
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クラシック音楽のコンサートでは、1~2曲おまけで演奏する「アンコール」があるのが慣例となっている。
ユジャ・ワンの場合、アンコールだけで8曲演奏することは日常茶飯事。
これは聴衆からすると、大変喜ばしいサプライズで、彼女のサービス精神が伺える。
ユジャ・ワンはプログラムを変更することが多いことでも知られている。
「2年先に何を弾きたいかなんて今わかるはずがないじゃないの。アンコールたくさん弾くからいいでしょ」
衣装やピンヒールで話題を取るのも大いに結構です。クラシック音楽に興味を持って貰える材料になるかもしれません。
https://otomamire.com/yuja-wang-pianist/
173 作品の中の音楽
2020年、2サイトに小説を投稿したが、どちらのサイトもほとんど読まれることなく沈没……
残念だけどそんなものだと思った。どこのサイトも読まれないものだと思った。埋もれていく。甘くはない。
小説の、情景や人物描写は下手だし文章もまだまだ。でも、音楽はこだわった。登場人物が聴く曲、歌う曲、弾く曲などを、時間をかけて考えた。
そこで、作品に出てくる音楽を某サイトのチャットノベルに投稿してみたら……
なんと、小説より読まれる。
すぐにネタ切れになり、思いつくままに次々投稿した。
クラシック、昭和歌謡、ロック、ジャズ(ほんの少し)、シャンソン、童謡等々……
もう、200話近いけど読まれています。
嬉しいのなんの……
特に下記4話はpv数の桁が違う。検索エンジンに引っかかる(?)のかもしれないが。
項羽と劉邦 中国三大悪女、呂后 虞美人
天性の歌声カレン・カーペンター
ユーリ・シモノフ 踊っているような独特の指揮
小澤征爾 N響事件
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最初の投稿は『Don't give up.』
主人公の父と母の好きな歌だった。
大変だった時代のふたりの合言葉だった。
Don't give up.
ピーター・ガブリエル ケイト・ブッシュ
https://youtu.be/uiCRZLr9oRw
この曲はケイト・ブッシュとのデュエットです。この曲での彼女の声は透明で、気高く、まさに女神といった感じです。ピーター・ガブリエルは、悩む人を演じています。
我々は戦うこと、そして勝つようにと教えられてきた。しかしそれでも挫折することがある。
そんな彼にケイト・ブッシュが語りかけています。
あきらめないでと。
がんばっている人に対して、あきらめずにもっとがんばれと言っている訳ではありません。
今の自分を恥じることはない。まずは身体を休めてほしい。あなたには私たちがいるのだと訴えています。そういう人にも必ず居場所があるのだと。
(おとましぐらさんの『おすすめ名曲ランキング』より抜粋)
動画を観ると、終始ピッタリ抱き合って歌ってる。まだケイトは痩せている。
主人公に歌わせよう。抱き合って。
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「あなたは弾けないの? テンペスト。
子どもに習わせたいわ。男の子に。
テンペストを弾いてもらうの」
ベートーベンのピアノソナタ第17番、テンペストの第3楽章……月光、悲愴、熱情より好き。比べることでもないが。
テンペストは『冬のソナタ』でヨン様のママが弾いていましたね。
フジコ・ヘミングさんの演奏にしようと思ったけど、こちらの迫力に圧倒された。憧れの曲です。自分も大人になってから習い、超スローで練習していました。
なで肩のモD/Modi's 都庁ピアノ
https://youtu.be/1_D2Hd7kvYQ
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主人公の祖父母がよく聴いていたレコード『ミラボー橋』
国語の時間に暗唱したら先生は歌い出した。フランス語で。
『ミラボー橋』の作者、ギョーム・アポリネールの恋人はマリー・ローランサン。
アポリネールはマリーを『小さな太陽』と呼んだ。
ふたりの恋はミラボー橋で終わり、その下をセーヌは流れ、つかの間に時は過ぎた……
そして、幾多の詩と名画が残り、アポリネールの詩はシャンソンとなり、ローランサンの絵は名画となり、お互い時代の感性を何処かで共有しながら、そしてふたりは時代から通り過ぎていった……(感性の時代屋から)
ミラボー橋 金子由香里
https://youtu.be/6mh9B_Ge--U
流れる水のように恋もまた死んでゆく
恋もまた死んでゆく
生命ばかりが長く 希望ばかりが大きい
日が暮れて 鐘が鳴り
月日は流れ 私は残る
日が去り 月が行き
過ぎた昔の恋は 再び帰らない
ミラボー橋の下をセーヌ河が流れる
日が暮れて 鐘が鳴り
月日は流れ 私は残る
ある時期、金子由香利の曲をよく聴いていた。『めぐり逢い』が1番好き。作品には出てきませんが。
めぐり逢い 金子由香里
https://youtu.be/0Yhl8iPIeuM
174 作品の中の音楽 2
登場人物(女性)が読んでいた本を、エミリ・ブロンテの『嵐が丘』にした。若いとき読んだ本。映画も観た記憶がうっすら。
いろいろ検索していたらケイト・ブッシュの歌ワザリングハイツ(嵐が丘)の動画にいきつき魅了された。
これは、当時友人がカセットテープに録音してくれた。高音の歌声。ケイト・ブッシュを詳しくは知らなかった。
娘たちに聞かせたら笑う。出だしで笑う。
さんまさんのオープニングの曲だったそうで。
さんまもケイトが好きなのね。
ケイトの英語はぜんぜん聞き取れない。
ワザリングハイツ ケイト・ブッシュ
https://youtu.be/cWsKypCSOvU?si=Yj4TLcTdeZDQNO_E
https://youtu.be/JjFMmMMV6ww?si=acKLQ5yL8IJ6oRUI
ヒースクリフ、
私よ、キャシーよ。
戻ってきたわ。
寒いわ!
窓から中に入れてよ。
ケイト・ブッシュは、子どもの頃にテレビ・シリーズで見た『嵐が丘』からインスパイアされてこの歌を作ったという。
窓の外から「中に入れて」と乞うキャシーの亡霊の姿が、強烈な印象を彼女の頭の中に残したのだそうだ。
デビュー・アルバム『天使と小悪魔』に収録されている『嵐が丘』で、ケイトは鮮烈なデビューを飾り、1978年にはイギリス国内のチャートで1位を記録した。
ダンス指導の動画がありました。
https://youtu.be/H1oehKo2RZI?si=Trq17IKeoI52mAs8
今ではこのダンスは各地で催されているらしい。赤いドレスを着た老若男女が、ケイトになりきって踊る。
私も歌をかけ、合わせて歌いながら踊った。鏡を見ながら。
踊らせよう。主人公の少年に。
女装させて、ドレスとカツラで側転を。
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主人公になんの曲を弾かせよう?
選んだのがショパンのソナタ第2番。
3楽章の葬送行進曲は有名だけど、1楽章の出だしがゾクゾクする。
半世紀前にローンを組んで買った (まだカードは持っていなかった)クラシックの名曲レコード集は10万円くらいした。
ショパンはスケルツォとバラードが4曲ずつ1枚のLPに入っていた。誰の演奏だったのだろう?
ソナタ2番の裏面はなんの曲だったのだろう?
あの頃は演奏者や指揮者は意識しないで聴いていた。曲だけを次々、貪るように聴いていた。
それも、場所を取るのでずいぶん前に処分してしまった。大きなステレオも。
今になって後悔。老後の楽しみにとっておけばよかったと思う。
ショパンのソナタ第2番 第1楽章 くまクマ-piano
https://youtu.be/XQeCwC6__SA
主人公もこんな雰囲気かも……
音楽の授業、主人公が弾いたのはショパンの葬送行進曲。
きれいな曲なんだ……
有名な部分しか知らなかった。
ショパンのソナタ第2番 第3楽章
アイシェデニーズ・ゴクチン(AyseDeniz Gokcin)
https://youtu.be/cscqwWctpxU?si=eFD--BIOJ2KwuyZe
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小さな木の実の作曲者はビゼー。娘が小学生の時にピアノの発表会で先生に勧められ連弾した。
娘のバイエルを独学で弾いていた。娘より楽譜は読めたが指は動かない。
それでもなんとか演奏し拍手をいただいた。
それから先生に習うこと十数年……
10年習えば弾けるようになると思ったけど、辛くなるばかり。
今は聴くばかり。
歌詞は主人公にぴったりだった。
小さな木の実
作詞 海野洋司
作曲 G.ビゼー
https://youtu.be/rhTynwXQ6do?feature=shared
ちいさな手のひらに ひとつ
古ぼけた木の実 にぎりしめ
ちいさなあしあとが ひとつ
草原の中を 馳けてゆく
パパとふたりで拾った
大切な木の実 にぎりしめ
ことしまた 秋の丘を
少年はひとり 駆けてゆく
175 天国への階段
ある作品からアメリカのロックグループ、ハートが『天国への階段』を歌っていたことを知りました。
『天国への階段』は『君が代は難曲』を投稿するときに、初めて聴いてみました。
指揮者の帝王カラヤンがクラシック以外で認めたのは、
ひとつは『君が代』
1954年に初来日したときに、NHK交響楽団が全員総立ちでを演奏した。
そしてもう1曲が『天国への階段』
カラヤンは、
「私がオーケストラで演奏するとしても、これ以上のアレンジはない名曲だ」
と称えた。
天国への階段 オーケストラで
ギムナジャ・グランジ交響楽団
https://youtu.be/dR5GN2aPsyY
レッド・ツェッペリンの『天国への階段』は、その圧倒的な影響力と普遍的な評価、歴史的・芸術的な地位の高さを表現する言葉として「ロックのクラシック」として広く認識されている。
静かなアコースティックギターのアルペジオから始まり、徐々に盛り上がり、激しいエレキギターのソロを経て、最後は静かに終わる。
曲全体のおおまかな印象は「延々と続く繰り返し」であり、単一の要素を繰り返しながら次第に楽器数が増えてクライマックスに至る構成は、ラヴェルの『ボレロ』がそうであるように、広い意味での変奏曲に似た構成だと考えることができる。
リリースから半世紀以上経った現在も、世界中のリスナーやミュージシャンに愛され続けている。
ロックの枠を超えた複雑なアレンジと深い歌詞は、後世の多くのアーティストに影響を与えた。
このように『天国への階段』は単なる一過性のヒット曲ではなく、世代や時代を超えて価値を認められる芸術作品としての地位を確立しており、その意味で「もはやクラシック」と言える。
天国への階段 ハート
https://youtu.be/1JwCTvUcm_o
レッド・ツェッペリンが2012年にケネディ・センター名誉賞を受賞した際、授賞式でロバート・プラント、ジミー・ペイジ、ジョン・ポール・ジョーンズを前に
『Stairway To Heaven』をプレイしたハートは、3人から嬉しい言葉をかけられた。
ナンシー・ウィルソン(G)は、
「あれは本当に素晴らしいパフォーマンスになった。あの後、ツェッペリンのメンバーがそれぞれ来てくれて、ジョーンズからは
"ワオ、すごく良かったよ”
って言われ、ロバート・プラントは
“酷い(カヴァー)が多くて、僕はあの曲を嫌いになってた。でも、君らはあの良さを十分引き出してた。よくやった!
って言ってた。ジミーは“
"素晴らしい演奏だった。素敵だったよ”
って」
ハートは同曲を、ジョン・ボーナムの息子ジェイソンをドラマーに迎えプレイした。
姉のアンは、
「私の人生で忘れることができない夜の1つだった。最高だったわ。あの場にはオバマ大統領夫妻に加え、ツェッペリン(のメンバー)もいた。本当に素晴らしい体験だった。人生が変わってしまうような出来事だった」
と、コメントしていた。
https://barks.jp/news/909144/
ジョン・ボーナムは「Led Zeppelin」のドラマーとして活躍し、32歳という若さで亡くなった。2016年の「ローリング・ストーン誌の選ぶ歴史上最も偉大な100人のドラマー」をはじめ、多くのランキングにおいて第1位に輝くなどレジェンドドラマーのひとり。
非常に家族愛が強く、愛妻家で子煩悩。それ故に長期のツアーを嫌っており、結成時にはそれが理由で最後まで加入を迷っていたり、過度の飲酒等を行なってしまう原因にもなっていた。
息子のジェイソン・ボーナムもドラマーであり、Led Zeppelin再結成時にはドラマーを務めている。
マジック・マン(1976) ハート
https://youtu.be/A99bkAcLIas
ハートは1970年代から80年代にかけて『Barracuda』を始めとする大ヒットのロック・アンセムをいくつかものにしているが、そのバンド・メンバーでいたのがアンとナンシーのウィルソン姉妹だ。
アン・ウィルソンはその大胆なヴォーカル・レンジと尖ったルックスで苦もなく80年代に突入し、『These Dreams』などのパワー・バラードをヒットさせた。
正式に歌唱指導を受けたことのないウィルソンだが、その声にはロック界でもとりわけ強い個性があった。
(最高の女性ロック・シンガー・ベスト30:音楽史を形作ってきたヴォーカリストたち)
バラクーダ(1977) ハート
https://youtu.be/PeMvMNpvB5M
『天国への階段』はロック史上最も人気があり影響力のある曲のひとつ。
イギリスのロックグループ、レッド・ツェッペリンの代表曲。ジミー・ペイジとロバート・プラントによる共作。
1971年11月、レッド・ツェッペリンの4枚目のアルバムのA面4曲目に収録されて発表された。
まもなくこの曲はアメリカのFMのラジオ局で最も頻繁にリクエストされる曲となったが、ツェッペリン側はシングルで発売することには頑として応じなかった。
収録されたアルバム『Led Zeppelin IV』は、世界累計売上3700万枚に達する史上最も売れたアルバムのひとつ。
最高の男性ロック・シンガー・ベスト100:世界を変えた伝説のヴォーカリストたちでロバート・プラントは第3位。
第1位はフレディー・マーキュリー。
歌詞は34行から成り、大部分が4行で1連を成している。ところどころで脚韻を踏む。冒頭部に「輝くもの全て黄金だと信じるladyが天国への階段を買おうとしている」と歌われており、このladyが全編を通じての主役であるかと思われるが、ほぼ1連ごとに歌詞の内容・視点が変り、全編を通じて一貫した内容があるかどうかの判断は難しい。ナンセンス詩の一種と考えることも可能である。
一貫した内容があるものとして解釈するなら、冒頭部から登場するladyであり、また中盤で「tune(調べ)」という単語が現れ、最終連で「懸命に耳を傾けるならあの調べはついに我々を訪れる」と歌われる。
以上の点から「調べ」=「音楽」こそが万物を黄金に変える力を持つのだ、と歌っているという解釈もある。
また、レッド・ツェッペリンの結成過程を象徴的に歌っているのだという解釈や、資本主義への警鐘を歌っているという解釈、当時のベトナム戦争を象徴的に歌っているのだという解釈、ドラッグについて歌っている歌など、解釈は様々である。
作詞者いわく歌詞にたいした意味は無いそうです。
『私のお気に入り47話』で、ツェッペリンのことを調べました。ジョン・ボーナムは家族思いだったのですね。
レッド・ツェッペリンに関する書籍や記事には必ずセックス、ドラッグ、破壊行為、酒、煙草のことが書いてある。ジミー・ペイジはコカイン所持で2回逮捕されている。
しかしそれは事実として、音楽に対しては純粋であり真剣だった。ジミーの言葉でいえば「全身全霊を傾けていた」のである。
酒を飲み麻薬をやり乱交パーティーをやったとしても、そこにジミーの本質はなかったのだ。
彼は音楽をものすごく大切にしていた。いつも音楽への情熱がすべてのことの上にあった。だから最終的に、麻薬で死なずに済んだのではないかと思う。
それにしても麻薬は相当きつかったみたいで、抜け出すのはたいへんだったようだ。抜けたと思ったら首の太いオヤジになってしまって、それはそれで困ったことだった。しかしとりあえず、現在のペイジはとてもいい感じの白髪の紳士で、とうとうクスリも酒も煙草も断って健康そうである。
この美しい歳のとりかたを見ると、とうていジミーがそんなにクスリ漬けで自分を見失うほどだったとは思えないのである。いや、自分を見失った時もあっただろうけど、音楽にそれが出てしまっているとは思わない。
ドラマー、ジョン・ボーナムはドラムも生き方も頭で考えずに気ままにワイルドに、という哲学を持っていた。
レッド・ツェッペリンで1970年代を通して大きな成功を手にした彼はパーティ三昧で、存在するほぼすべての違法薬物を使いつくしたが、それがもたらす恐ろしい結果にも向き合わなければならなかった。
運命は1980年9月25日にやってきた。ツェッペリンがアメリカ・ツアーに向けて準備をしていた頃であったが、彼は24時間の間に40杯ほどのウォッカのショットを飲んだのだ。彼は翌朝、ベッドで死体となって発見された。
日本語で歌う王様バンドの『天国への階段』
https://youtu.be/qYc22AO4Xbo
和楽器とエレキギターで
https://youtu.be/RnxI0mgAqgY
雅楽師の東儀秀樹が英国ロックバンド「レッドツェッペリン」の名曲「Stairway To Heaven」をカバーする動画を公開。
全ての楽器を東儀が担うハーモニーと、映像美に称賛の声が上がっている。
『天国への階段』篳篥ひちりきなどで吹いてみた!」
とコメントし、篳篥などの和楽器やエレキギターなどを演奏する動画を投稿。
この投稿に
「原曲へのリスペクトが感じられる素晴らしい演奏」
「凄すぎて鳥肌立ちましたし語彙力も失いました!」
「しかも秀樹だらけ。毎回ユーモアたっぷりで楽しみです」
など称賛する声が寄せられていた。
https://nishispo.nishinippon.co.jp/article/872568#google_vignette
デイヴィド・ギャレットのヴァイオリンで
https://youtu.be/YD1MS1jWNOY
ディヴィド・ギャレットを初めてテレビで観たのは彼が14歳くらいの時。まだパソコンもなく調べることもできなかったけど、今はYouTubeで簡単に聴くことができる。
コスタンティーノ・カッラーラのピアノで
https://youtu.be/8Zu7SbF7b9s
1997年4月18日 (年齢 28歳)
それ以外は英語なのでよくわかりません。
桑田佳祐のカバーで
https://youtu.be/94a-xzAaWTU
桑田さんは高校生のときツェッペリンのコピーに挑戦したことがあるそうです。
176 弾きたかったシューベルト
朝、寝床の中で音楽をかける。ボブ・ディラン、岡林信康、佐藤隆、ベートーヴェンにショパン。Amazonのシャッフルされた曲はごちゃ混ぜで長い。
けれど変わりばえしなくなった。
そしてなにも聴かない日々が続く。
無音のあとに聴きたくなったのはなぜかシューベルトのピアノソナタ16番の第1楽章。
これはドラマ『のだめカンタービレ』で主人公がコンクールに弾いた曲。
初めて聴いたシューベルトのピアノソナタ。クラシックの名曲集にも入っていなかったから。
毎回流れるので弾いてみたくなり無料の楽譜をダウンロードした。
しかし、細かい音符。見にくい楽譜。それでも必死に練習した。
ピアノの先生は困っただろう。また、難しい曲を選んで……
シューベルトのピアノソナタ16番
https://youtu.be/VZ_ZmeeTTTA
現代を代表する名ピアニスト、アルフレート・ブレンデルさんが今年(2025年)6月17日、ロンドンで亡くなった。享年94。
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シューベルトのセレナーデ。
この曲は馴染みがある。ドラマでも結構使われている(?)
これもずいぶん練習した。久々に弾いてみようか?
ああ、ピアノは去年孫の家に持って行った。代わりに交換した電子ピアノは閉じたまま。
第16話『妖艶! 衣装もテンポも賛否両論』のカティアさんの演奏です。
シューベルトのセレナーデ リスト編曲
https://youtu.be/7EQKprOrMM8
『セレナーデ』はシューベルトの歌曲集『白鳥の歌』の4番目の作品で、レルシュタープの詩に曲をつけたもの。
『白鳥の歌』はシューベルトの死後に出版社や友人達にまとめられた。
『セレナーデ』は恋人に対する想いを切々と歌い上げる。
セレナーデ ナナ・ムスクーリ
https://youtu.be/5mLh-du29Oc
ナナ・ムスクーリ(1934年10月13日-)は、世界的に有名なギリシャ人の歌手。政治家としても活動している。
フランスのプロデューサーらが、彼女をメガネなしの流行アイドルとして売り出そうとしたときに、ナナ自身がメガネは自分の一部であると主張して断固拒否した。
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高校の音楽の歌のテストはイタリア語で『オー・ソレ・ミオ』『カタリ・カタリ』かドイツ語で『シューベルトの子守唄』だった。
シューベルトの子守唄
https://youtu.be/ZKXJ1wcjzd4
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シューベルトの即興曲は90も142も頭の中では演奏できるくらい聴いた。どれも練習してみたけどお手上げ。この曲の第3変奏が好きだった。(動画2分18秒から)
シューベルト即興曲142-3
https://youtu.be/Dq6UOS5HUqo
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思いついて『未完成』のピアノ版ないかしら? と検索したら…‥ありました。
楽譜も初級からあるみたい。『未完成』は大好きだけどピアノで弾きたいとは思いつかなかった。
未完成第1楽章(ライネッケ - カツァリス編)
https://youtu.be/e-XAm-ft7d8
ライネッケによって4手連弾用に編曲された『未完成』の楽譜をシプリアン・カツァリス自身が独奏用にアレンジ。カツァリスはその際、オリジナルの管弦楽版により近づけるため、さらなるアレンジを施した。
シューベルトは作曲途中でその楽曲を放棄することが多く、他にも完成されなかった交響曲やその断片がいくつも存在する。
交響曲第7番ロ短調『未完成』D759はクラシック音楽の中でも屈指の人気を誇る名曲。ほとんどのCDやレコードでは2楽章まで録音されているが、この時代の交響曲は4楽章を擁するのが一般的だった。
第3楽章以降はピアノスケッチや若干のオケ譜が残されただけで、この交響曲は途中で破棄された。
第3楽章冒頭
https://youtu.be/OZZz57Zg-g4
この曲は、25歳 (1822年)のときに一気に書かれたもので、ほとんど直しの跡がないという。その作曲のスピードも驚くばかりなのだが、この曲がすでに頭の中に出来上がっていてそれを紙面に落としただけに思えるのも、まるで、神のほほえみのもと、インスピレーションを得たかのようだ。
作曲の翌年、1823年にシュタイエルマルクの音楽協会から名誉会員に推薦してもらったそのお礼にと、同協会の役員だったアンゼルム・ヒュッテンブレンナーに、この2楽章を送った。しかし、彼は後で残りの楽章が届くものと思い、協会に引き渡すことをせず、そのうちこの自筆譜の存在は忘れ去られてしまい、1865年5月にウィーンの指揮者ヨハン・ヘルベックが発見し、同年12月に初演するまでの43年間、世に知られずにいた。
なぜ未完成のままだったのか、については以下のような説がある。
・最初の2楽章までがあまりに美しく、まとまりがあったので、書きかけたスケルツォが先行楽章ほどの質の高さを持っていないことに気づき断念した。(ハンス・ガルの仮説)
・スケルツォのトリオ主題が、ベートーヴェンの交響曲第2番のそれに酷似していることに気づき、中断した。(マーティン・チューシッドの仮説)
・この曲に着手したころ悩まされ始めた難病を思い出させるので、この曲に嫌悪感を抱くようになった。(チャールズ・オズボーンの仮説)
・当時「H管」の金管が存在しなかったため、「ロ短調」の交響曲の完成が困難であることに気づき、作曲の継続を放棄した。(ブライアン・ニューボールドの仮説)
・当時、多くの曲を書き、未完成のままにしている作品も多いフランツにとって、この曲も多くのうちの一つ。そのうちに書こうと思っているうちにそのままになってしまった。
・第1、第2楽章ともに、3分の1拍子で、次の3楽章も同じ3分の1拍子に、困難を感じた。
・より高い収入につながりそうだったピアノ曲「さすらい人幻想曲」を書きあげるためにこの曲の完成を放棄した。
もちろん、今となっては、どれと判ずることはできないが、「未完成」であることで、より高い「完成」を見た稀有な作品の例だと思える。
https://shinkyo.org/
177 ベートーヴェンへのオマージュ
シューベルトのピアノソナタは前回で投稿した16番しか知らない。三大ソナタの19、20、21番を聴いてみようといろいろ検索していたら興味深いことが……
フランツ・ペーター・シューベルト
(1797年1月31日-1828年11月19日)
わずか31年の短い生涯で600曲以上の歌曲を含む1,000曲近い作品を残したオーストリアの作曲家。
『歌曲の王』と呼ばれ、ドイツ・ロマン派初期を代表する巨匠。
ベートーヴェンと同時期に活躍し、美しい旋律と豊かな和声、詩情豊かな表現で、古典派からロマン派への橋渡し役を果たし、『ます』『アヴェ・マリア』『未完成交響曲』など、ジャンルを超えて数多くの傑作を生み出した。
シューベルトは27歳年上のベートーヴェンを神のように崇拝していた。彼はベートーヴェンの革新的な交響曲や弦楽四重奏曲を徹底的に研究し、自身の創作の指針とした。
長年同じ街に住んでいながら、内気なシューベルトはなかなか面会に行けず、1827年のベートーヴェンの死の間際、ようやく対面が叶った。
ベートーヴェンの葬儀でシューベルトは松明を持つ大役を務めた。わずか1年後、シューベルト自身も31歳の若さで亡くなるが、遺言によりウィーンの中央墓地でベートーヴェンの隣に埋葬された。
ベートーヴェン交響曲第7番第三楽章とシューベルト交響曲第6番第三楽章が似過ぎているらしい。
ベートーヴェン 交響曲第7番第三楽章
https://youtu.be/dFQ0SaD9Xss
シューベルト 交響曲第6番第三楽章
https://youtu.be/SsqxPkecS7E
ベト7は『のだめカンタービレ』で知った。第2楽章がいちばん好き。
シューベルトの交響曲は『未完成』(第8番、ロ短調 D759)と『ザ・グレイト』(第9番、ハ長調 D944)が特に有名で、ロマン派交響曲の傑作として、ベートーヴェンと並び称される人気を誇る。
初期の作品群(1〜6番)は若々しく美しい旋律が特徴で、特に『悲劇的』(第4番)『5番』などが親しまれ、全9曲が現代に伝わっている。
初期作品: 1番から6番までは、ベートーヴェンの影響を受けつつも、シューベルトならではの叙情的なメロディが豊かに盛り込まれている。
後期作品: 『未完成』や『ザ・グレイト』では、ベートーヴェンを超える壮大な構想へと発展し、後期ロマン派の到来を予感させる。
作品数: 最終的に完成したものは9曲だが、未完のスケッチや消失した作品を含めると10曲以上存在する。
シューベルトの交響曲第2番第2楽章と、ベートーヴェンの「ロンドハ長調作品51-1」の類似は、ベートーヴェン第7とシューベルト第6以上……?
シューベルト 交響曲第6番第三楽章
https://youtu.be/8cRFYDdPqyc
ベートーヴェン ロンドハ長調作品51-1
https://youtu.be/-hde6-oAorQ
著作権などない時代。パクリではなくオマージュ。
ベートーヴェンへのオマージュとは、後世の作曲家たちが彼の作品の主題や形式を引用・変奏したり、その精神性に敬意を表して創作した楽曲や演奏を指す。
ブラームスの交響曲第1番は『ベートーヴェンの第10交響曲』と称される。
シューマンの『ベートーヴェンの主題による練習曲』やリストの編曲、近現代の様々な作曲家による編曲・翻案作品などで見られ、ベートーヴェンの巨大な存在感が様々な形で音楽表現に影響を与え続けていることを示している。
崇拝と影響: シューベルトやリストなど、多くの作曲家がベートーヴェンを崇拝し、その音楽から多大な影響を受けた。
偉大な存在への挑戦: 創作の指標となる巨大な存在として、あるいは超えるべき壁として、オマージュ作品は作曲家たちの意欲を刺激した。
『ベートーヴェンへのオマージュ』は単なる模倣ではなく、彼の遺産を現代に活かし、発展させるための創造的な行為として、音楽史において重要な位置を占めている。
シューベルトはベートーヴェンを尊敬していたが、それは畏怖の念に近いもので、ベートーヴェンの音楽自体は日記の中で、
「今日多くの作曲家に共通して見られる奇矯さの原因」
として敬遠していた。
むしろシューベルトが愛した作曲家はモーツァルトである。モーツァルトの音楽を聴いた日の日記では、これ以上ないほどに賞賛している。
友人ヨーゼフ・フォン・シュパウンが書き残した回想文は、シューベルトが11歳のとき、
「ベートーヴェンのあとで、何ができるだろう」
と言ったと伝えている。
さらにオーケストラでハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンの交響曲を演奏したときにはハイドンの交響曲のアダージョ楽章に深く心が動かされ、モーツァルトのト短調の交響曲 (おそらく『第40番』)については、なぜか全身が震えると言い、さらにメヌエットのトリオでは天使が歌っているようだと言った。
ベートーヴェンについては第2番、4番、7番に対して夢中になっていたが、のちに第5番の方が一層優れていると言ったと伝えている。(Wikipedia)
奇抜さ(Bizarrerie)、これこそまさに当今のたいていの作曲家を支配しているものであるが、それはほとんど我々のドイツの最大の芸術家の一人のみの功績によるものである。この奇抜さは、悲劇的なものと滑稽なもの、快いものと不快なもの、英雄的なものと弱々しいもの、神聖なものと道化じみたものとを一つにし、混同して、区別せず、人間を愛に溶け込ませる代わりに狂乱に追い込み、神へと高める代わりに笑いに誘うものである。(6月16日)
音楽スタイルの違い
ベートーヴェン (構築の音楽)
構築美と論理的な展開を重視した。短い動機を発展させて巨大な楽曲を作り上げる『古典派』の完成者。
シューベルト (旋律の音楽)
『歌曲の王』と呼ばれ、流麗で詩的なメロディと、色彩豊かな和声 (転調)を特徴とする。内面的な感情を重視する『ロマン派』の先駆者。
いろいろ似ている曲を検索したら、これはびっくり。好きだからよく聴いていたけど思いもしなかった。
マーラーの交響曲第5番の冒頭 (葬送行進曲)とメンデルスゾーンの『結婚行進曲』は、非常によく似ていると言われる。
冒頭の主題: どちらもトランペットが主導する、祝祭的で力強い主題を持っている。
聴衆の期待: この類似性から、多くの聴衆が「結婚行進曲が始まる!」と期待するものの、実際は「葬送行進曲」に転じ、マーラーの複雑な感情や人生観が表現されている。
作品の構成: 第1楽章が『葬送行進曲』で、その後も暗い楽章が続く中で、第4楽章の『アダージェット』が天国的な美しさで対比されるのがマーラー5番の大きな特徴。
この類似は、マーラーがメンデルスゾーンの有名な曲を意識し、あるいは自身の人生観(死と再生、悲しみと喜び)を表現するために、意図的に用いたとされる有名なエピソード。
(AIによる概要)
メンデルスゾーンの 結婚行進曲
https://youtu.be/IqQpT6hHtfI
マーラー 交響曲第5番の冒頭 (葬送行進曲)
https://youtu.be/bwQumQpug_E
以前は新年カウントダウンにマーラー5番の『アダージェット』を聴いていた。
今は早寝でテレビの除夜の鐘も聞かない。
今年はシューベルトのピアノソナタと交響曲全曲を聴こう……
ショパンは『幻想即興曲』を気に入らなかった?
この曲は音楽的に比較的シンプルに書かれていて、弾きこめば弾きこむほど好きになるタイプの作品ではなく、逆に飽きがきやすいこと (お客さんは分からないけれど)。
なので、ショパンからすればやや安易な作品だと感じられたろう。
もう一つは、ベートーヴェンの『月光』3楽章のカデンツァ (アダージョの直前)と冒頭テーマ走句の音符がまったく一緒で (しかも調まで同じ)
たまたまだろうが、『月光』ほどの有名曲のパクリと言われることを恐れたのではないか。https://note.com/reonaito/n/na92bbfc7d867
ショパン 幻想即興曲
ベートーヴェン 月光第3楽章
https://youtu.be/lr6qnpOF1zA
シューベルトの即興曲Op.90-4とベートーヴェンの月光ソナタ第3楽章は、どちらも激しい分散和音と速いテンポが特徴で、技巧的でドラマチックな展開が似ていると感じる人が多い。
特に、シューベルトの幻想的な情景と月光ソナタ第3楽章の猛烈な高揚感が、似た響きや雰囲気を生み出しているため、並べて聴くと共通点を感じやすい。
(AIによる概要)
シューベルト 即興曲Op.90-4
https://youtu.be/HzuIZEuRi0M
シューベルト弾きといえば…‥で検索してみたら歴史的な巨匠はブレンデル、ホロヴィッツ。
現代の演奏家は佐藤卓史さん。
2007年のシューベルト国際コンクールでの優勝をきっかけに「現代随一のシューベルト弾き」の名声を確立し、ライフワークとしてシューベルトのピアノ曲全曲演奏に取り組んでいる。(AIによる概要)
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO25796160X10C18A1000000/
178 怪僧ラスプーチン
このところ、シューベルトばかり聴いている。特に三大ソナタを。
でも、三大ソナタを検索すればベートーヴェンばかり。
ピアノソナタベスト10で調べてみると知らない曲がいろいろ。
モーツァルトK331
ハイドン62番
ベートーヴェン14番
シューベルト21番
ショパン2番
リスト
ラフマニノフ2番
スクリャービン2番
アイヴズ2番
プロコフィエフ7番
(グラモフォン誌の選出)
知らない曲が半分。
まずはスクリャーヴィンの2番をユジャ・ワンで。ミニスカートじゃないけど。
スクリャービン ピアノソナタ第2番
ユジャ・ワン
https://youtu.be/weXvYaR_eWM?si=QVRqrBtfW-9p3JzN
今年はスクリャービンを聴いてみようと検索していたら『怪僧ラスプーチン』に容貌が似ているピアニストが(コメントより)いきなり弾き始めた。
スクリャービン ピアノソナタ第5番
ダニール・オレゴヴィチ・トリフォノフ
https://youtu.be/No_IiWTk8H4?si=aWeFIbRb4XgAZuFl
ダニール・オレゴヴィチ・トリフォノフ(1991年3月5日-)はロシア出身のピアニスト。
完璧なテクニックと類まれな感受性や深みを合わせ持ち、聴く者に畏怖の念を抱かせるほど圧倒的な演奏を繰り広げる。
マルタ・アルゲリッチは、
「優しさも悪魔的な一面も……彼はすべてを持ち合わせている。こんな素晴らしい演奏、今まで聴いたことがありません」
と言っている。
モーツァルト ピアノ協奏曲第20番ニ短調K.466
ダニール・トリフォノフ13歳
https://youtu.be/V51QUSHZbDg
この曲はピアノ協奏曲のみならずモーツァルトの全作品中でも屈指の名作。
怪僧ラスプーチン
グレゴリー・ラスプーチンは、ロシア帝政末期にニコライ2世の宮廷で、血友病の皇太子アレクセイの治療を通じて皇后アレクサンドラと皇帝の信頼を得て政治に介入し、大臣人事にも口出しするなど絶大な影響力を持った「怪僧」
その横暴な振る舞いやスパイ疑惑で反感を買って暗殺され、末期ロマノフ朝の腐敗と混乱を象徴する人物として、歴史的にもフィクションの世界でも有名になった。
ラスプーチンの主な行動と役割
「神の人」としての登場:
シベリアの農民出身で、不思議な治癒能力で名声を得て宮廷に近づいた。
皇太子の治療:
血友病の皇太子アレクセイの発作を鎮め、皇后の絶対的な信頼を勝ち取る。
政治への介入:
皇帝が不在の間、皇后を通じて政府の要職(首相、内相など)の人事に口出しし、多くの閣僚を罷免させ、政治を混乱させた。
「怪僧」の異名:
その神秘的な力と宮廷での権力、そして素行の悪さから「怪僧」「悪魔」などと呼ばれ、貴族や国民の間に不信感を広げた。
暗殺:
第一次世界大戦の敗北と国内の混乱が深刻化する中、皇族や貴族らが彼を排除しようと計画し、1916年末に毒殺、銃殺、そして凍ったネヴァ川に沈められるという壮絶な最期を遂げた。
歴史的意義
彼の存在は、ロマノフ朝末期の腐敗、無能さ、そして政治的混乱を象徴し、帝政崩壊とロシア革命の一因を作ったとされている。
スクリャービン 詩的夜想曲
エフゲニー・スタロドゥブツェフ
https://youtu.be/A9zLo_MxoII
ピアニスト『怪僧ラスプーチン』とは、ロシアの謎めいた神秘僧ラスプーチンに由来する愛称や呼称で、特に才能ある謎めいたピアニストを指す。
具体的には、ロシアから現れた天才ピアニストのエフゲニー・スタロドゥブツェフがこの異名で呼ばれる。
エフゲニー・スタロドゥブツェフは1981年生まれのロシアの男性ピアニストで、幼少期から才能を発揮し、神秘的な雰囲気を持つ『謎のピアニスト』『ピアノ界の怪僧ラスプーチン』とも評され、ロシアから現れた才能あるピアニストの一人として知られ、CDリリースや演奏活動を行って?
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怪僧ラスプーチン ボニーM
https://youtu.be/16y1AkoZkmQ
『怪僧ラスプーチン』和訳
人々は怖じけ彼を恐れていた
彼は聖書を恍惚に燃えながら牧師のように説教していたけど
女性が欲望する教師のような存在でもあった
奴は殺されてしまったけど
ロシア最高のラブマシーン
でも彼の踊るカザチョック(トロイカ)は
素晴らしかったんだ
全ての州の業務を熟し人々を喜ばす彼は
女を抱くときに本領を発揮する
皇后にとってやり手な男ではなかった
それでも皇后は神聖な治療者だと信じていた
息子を治療してくれる神聖な者と……
奴は殺されてしまったけど
ラ、ラ、ラスプーチン
ロシア最高のラブ・マシーン
しかし彼の酒癖の悪さや女遊びへの渇望は
やがて多くの人々に強く知られるようになり
この下品な男への対処を求める声が
徐々に大きくなっていった!
この男を追い出すべきだ!
と彼の敵は言い
そんなことしないで!
と女達は懇願する
間違いなくラスプーチンには隠れた魅力が多くあり
ひどい男だけど皆手のひらに転がされている
しかしある夜、ある男が遂に立ちあがり
暗殺を計画する。
流石にこんなことをするのにも無理はない
我々の所に来てくれ、と要求すると
ラスプーチンは遂にやってきた…
彼らはラスプーチンのワインに毒を入れた
ラ、ラ、ラスプーチン
ロシア最高のラブマシーン
毒入りのワインを飲み干したが
「ぜんぜん大丈夫だ」
と言い切った
ラ、ラ、ラスプーチン
ロシア皇后の愛人
彼らは首が欲しいからやめなかった
ラ、ラ、ラスプーチン
ロシア人め………
https://ameblo.jp/rea00oo/entry-12654875861.html
ボニーM
ドイツのミュージシャン、フランク・ファリアンが当初自身の変名としてプロデュースし、メンバーを集めた上、男声パートのボーカルも担当した。
ドイツのバンドではあるがメンバーはすべて海外(中南米とアフリカ出身)から呼び集め、歌詞も英語だった。
デビュー曲にしてドイツで1位、イギリスでもトップ10に入った。
ドイツのみならず世界各国でヒットを飛ばし、ベスト・アルバム『マジック・オブ・ボニーM』はミリオンヒットを記録。
楽曲『ジンギスカン』は作曲家のラルフ・ジーゲルと、作詞家のベルント・マイヌンガーによって企画されたものであり、同名の音楽グループ『ジンギスカン』のデビュー曲。
この楽曲の誕生は1978年の秋。
ジーゲルは1979年のユーロビジョン・ソング・コンテストに出場するための楽曲制作に取り組むこととなり、友人のマイヌンガーと相談する中でいくつか生み出されたアイディアの1つが『Dschinghis Khan(ジンギスカン)』であった。
ヨーロッパ人にとって残虐なイメージのあるチンギス・カンをモチーフとした楽曲を制作した裏側には、1978年にポニーMがリリースしたグレゴリー・ラスプーチンをモチーフとした『怪僧ラスプーチン』からインスパイを受けたことに加えて、国際コンクールの舞台で多国籍の観衆が理解できることを狙ったものであった。
ジンギスカン
ジンギスカン
https://youtu.be/1AXlVZRpweI
大草原の風と共に 馬に乗り先頭を争う
数千人の男たち
先頭を切り 後続のもの全ての目を眩ませる男
それがジンギスカン
砂を打ち鳴らす奴らの馬のひづめ
奴らは全ての地に不安と恐怖を運んでくる
稲妻も雷鳴も奴らを阻むことはできない
*
ジン ジン ジンギスカン
ヘイ戦士たち ホー手下ども ヘイ戦士たち もっと何度も!
ジン ジン ジンギスカン
さあ兄弟 飲めよ兄弟 喧嘩だ兄弟 もっともっと!
ウオッカをもっと持ってこい――hohohoho
俺たちはモンゴル人なんだから――hahahaha
どうせもうすぐ悪魔の腕の中さ
ジン ジン ジンギスカン
ヘイ戦士たち ホー手下ども ヘイ戦士たち もっと何度も!
ジン ジン ジンギスカン
ヘイ野郎ども ホー男だろう 踊れよ野郎ども いつものように!
奴の高笑いが聞こえる――hohohoho
どんどん大きくなる――hahahaha
そして奴は一息で杯を空にする*
そして気に入ったアマっこは全て
自分のテントの中に奪い取る
奴を愛さなかった女は
世界中どこにもいなかったという
奴は一晩で7人の子供を仕込んだ
その敵は笑い飛ばされるだけ
奴の力に立ち向かえるものは誰もいなかったのだから
https://ameblo.jp/dschinghiskhan-love/entry-12136091917.html
人物: 13世紀にモンゴル遊牧民を統一し、モンゴル帝国を建設した偉大な皇帝。本名はテムジン。
伝説: 遠征中に兵士たちを鼓舞するため、羊肉を食べていたという伝説が料理名の由来とされる。
共通点: どちらもドイツのディスコ・ミュージックで、70年代後半~80年代に人気を博した。
ボニーM.の『怪僧ラスプーチン』: 1978年にリリースされ大ヒットした、ラスプーチンを題材にした曲。
『ジンギスカン(グループ)」の誕生: ボニーM.のラスプーチン曲に触発され、プロデューサーがチンギス・ハーンをテーマにした曲を制作、これがグループ『ジンギスカン』のデビュー曲となった。
『ジンギスカン』という曲: 日本でも運動会の定番になるほど有名。
ラスプーチンとジンギスカンからなぜかこの歌が。ずっと聴いていなかったはずなのに。
フェアリー・フェラーの神技
クイーン
https://youtu.be/NluN7URbsS0
The Fairy Feller's Master-Stroke
フレディ・マーキュリーが、ロンドンのテート・ギャラリーという国立美術館で、細密に描かれたリチャード・ダッドの絵を元に書いた曲で、絵も曲と同じ名前。
お気に入りの音楽171〜178