エロゲ勇者の苦悩
ラジオを聴いていると、突然番組が中断したので驚いた。
はじめはジョークかと思ったが、どの局にダイヤルを合わせても同じことを言っている。
アナウンサーたちは真剣で堅苦しく、本物の緊急事態だと感じられた。
それはこう始まった。
国民の皆さんへ重大なお知らせです。
政府は今、皆さんの協力を緊急に必要としています。
皆さんの中にオンラインゲームが得意な方はいらっしゃるでしょうか。
日本政府は、
『巨乳ガール 禁断のオフィスラブ イクイク大作戦!』
というゲームで100万点を得点できる方を緊急に求めています。
心当たりの方は、今すぐ警察へご連絡ください。
国家の存亡がかかった非常事態です。
詳しい事情は以下のとおりです。
今から12時間前、テロリストが人工衛星の制御システムに浸入し、コンピューターウイルスを植えつけました。
非常に悪質なウイルスで、これが衛星の軌道を勝手に操るため手の打ちようがなく、衛星は今やまったく制御不能の状態です。
現在のコースを進めば、人工衛星は6時間後に東京に墜落すると予想されます。
その場合にどれほどの被害が生じるか、想像もつきません。
衛星の制御を回復するには、テロリストが仕掛けた難問をクリアするしか方法がありません。
卑怯にもテロリストは、ウイルス内部にゲームのプログラムを仕掛け、これを100万点以上でクリアできれば制御を回復できるように設計したのです。
オンラインゲームの得意な方がなぜ緊急に必要とされているか、これでおわかりと思います。
皆さんは、
『巨乳ガール 禁断のオフィスラブ イクイク大作戦!』
をご存知でしょうか。
典型的なエロゲームで、リリース以来150万アクティブユーザー獲得の大ヒットを飛ばした有名な作品です。
ゲームの内容についてここで述べるのははばかられますが、日本政府は、
『巨乳ガール 禁断のオフィスラブ イクイク大作戦!』
で100万点を出せる方を緊急に求めています。
それが、東京を死のふちから救う唯一の方法なのです。
大切なことですから、何度も繰り返して申し上げます。
『巨乳ガール 禁断のオフィスラブ イクイク大作戦!』
繰り返します、
『巨乳ガール 禁断のオフィスラブ イクイク大作戦!』
繰り返します、
『巨乳ガール 禁断のオフィスラブ イクイク大作戦!』
このゲームが得意な方を、日本政府は緊急に…
聴き飽きたので、俺はラジオのスイッチを切った。
なんだか大事件らしいが、俺には関係ない。何が起きても、俺の人生や生活に変化があるわけではない。
ところが1時間後には、そんなことは言っていられなくなった。
階下で人の気配がしたのだ。訪問者らしく、母親が玄関ドアを開けたようだ。
「お邪魔いたします」
というくぐもった声が小さく聞こえるが、それだけではない。
複数の足音が玄関を入って、階段を登ってくる気配がするのだ。これは一大事だ。
「母親のやつ、2階には人を上げるなとあれほど言っておいたのに、どういうことだ?」
この家は小さく、2階には俺の部屋しかない。
ついに俺の部屋の前までやって来たのはおっさん3人組だったが、しつこいノックと母親の声にわずかにドアを開けると、紺色の背広姿が見えた。
だがそれは3人のうちの一人だけで、残りの二人は制服姿。それも警察官と自衛隊だ。
いくら3人組といっても、ドロンジョ一味ではなさそうだ。
「あんたたち誰?」
背広姿の男がポケットから取り出して、身分証明書を見せてくれたが、顔写真と細かい文字ばっかりで、よく分かりはしない。
「内閣情報調査室の島田と申します」
「名刺はくれないのかい?」
島田は困ったような笑いを浮かべた。
「名刺をお渡しして、それをまた誰かにお見せになられたら困りますので」
「俺は別に困らないよ」
「少しお話があるのです。お部屋に入らせていただきます」
ここでドヤドヤと3人に部屋の中へ入られてしまった。
島田が振り返り、母親に頭を下げた。
「ありがとうございます。息子さんと内密のお話があるので、お外しいただけますか?」
不安なような、ほっとしたようなあいまいな表情を見せながら、母親は階下へ降りていった。
俺はそれを見送ったが、島田がまた口を開いた。
「お手数をお掛けして申し訳ありません」
「内閣ナントカ室とか自衛隊とか、警察とかに俺は関係ないよ」
「ニュースはご覧になりましたか?」
「ラジオは今聞いたところだよ。さっきからずっと同じニュースばかり言ってるな。あれは何なんだい?」
「そのことでお邪魔したのです……。ああ、そこのコンピューター」
島田は俺の愛機を指さしたが、自慢できるような高級品ではない。
「どこにでもある安物だよ。こんなものを見に来たのかい?」
「去年、オンラインゲームのコンテストで優勝なさったでしょう?」
それは俺にも心当たりがあった。
「あああれ? そこにトロフィーがあるよ。見えるね?」
俺は指さしたが、確かに優勝トロフィだが、もう何ヶ月も忘れられたままホコリをかぶり、戸棚の上に置かれているし、今だって指摘されるまで思い出さなかったほどだ。
「優勝なさったゲームは『巨乳ガール 禁断のオフィスラブ イクイク大作戦!』でしたね?」
「誰もそんな長い名前では呼ばないよ。みんな略して『巨禁』と言うね」
「キョキン?」
「そうキョキン。いま騒ぎになっているらしいね」
「そのパソコンで、このURLにアクセスしていただけますか?」
島田は俺に、小さなメモ用紙を手渡した。
うまい具合にパソコンの電源は入ったままだったし、ブラウザもすぐに立ちあがった。
「このURL、やばいところにつながるんじゃなかろうね?」
「それはご安心ください」
「そう? あれれ、パスワード入力画面が出た。パスワードは、なんと入れればいいんだい?」
「パスワードは、2378TCDDでお願いします」
「もしかしてこれ、例の人工衛星の遠隔制御ページかい?」
島田は感心した顔をした。
「よくお分かりですね。テロリストが用意したものです。もうすぐ例のゲームが始まります」
「さっきのパスワードは、テロリストからの脅迫状に書いてあった? そんなことだろうと思った」
「どうしてです?」
「正真正銘のテロリストだ。猛毒ダイオキシンの分子式をパスワードに使うなんて、普通のやつじゃ思いつかない」
聞きなれた音楽がスピーカーから流れだし、ゲームが始まった。
「始まったよ。チュートリアルは省略するよ」
島田は不安そうな声を出した。
「100万点が獲得できますか?」
「どうかなあ、しばらくやってないからね」
「獲得できないと困るのです。何千、いや何万人もの人命が掛かっているのです」
俺は椅子に座り直し、ゲームパッドを手にした。
「俺がこのゲームをプレイする理由は分かったとして、そっちの二人の制服おっさんは?」
「それは……」島田は話しにくそうにした。
「まずいのかい?」
「万が一、あなたが協力を拒否した場合には超法規的に身体を拘束し、対策本部へ連れて行くことも考えていたのです」
俺はボタンを押し続けた。我ながらほれぼれするほど動きが速く、正確だ。
キャラ作成はもう終了。
「なるほどね。罪状を適当にでっちあげて警察が逮捕して、ヘリに乗せる。そっちの自衛隊員は航空自衛隊かあ」
「お察しの通りです」と島田はハンカチで汗をぬぐう。
俺はボタンを叩き続けた。
「誰も知らないことだけど、ゲームが起動したらまず総務部へ行って、お局様に話しかけるんだ。そうするとフラグが立って、後が非常にやりやすくなる」
「そうですか……」
「100万点プレイヤーを探すのなら、ゲーム製作会社へ行かなかったのかい? その方が話が早いだろうに」
「それが、会社の方はもう解散していまして。なんでも著作権の関係でもめ事があったとか」
「へえ」
そうやって時間は過ぎていった。
島田はしきりに腕時計をのぞき込み、時間を気にしていたが、俺の方はそんなことはない。
いつも通りにプレイを続け、順調に点数を稼いでいった。
「ええっと、100万点でいいんだっけ?」
「そうです」
「ならもう突破したよ。ほら」
俺がディスプレイを指さすと、島田は気絶しそうな顔をした。
そして震える指で、制服組の二人を呼び寄せるじゃないか。
「おお」
「なんと……」
次に島田は予想外の行動をとった。
部屋の窓を勝手にガラリと開いたかと思うと、顔を突き出して怒鳴ったのだ。
「制御を回復したぞ。あいつを連れてこい」
その声に応えて若い男が俺の部屋に飛び込んでくるには、30秒もかからなかった。家の前で待機していたのだろう。
「席を代わってください」
そう言われて拒む理由はない。
「あいよ」
若い男がどこかをクリックすると画面が切り替わり、数値を入力するボックスがいくつも並んだ画面が出た。
「衛星のロケーションとベクトルかい?」
「よくお分かりですね」
こうやって東京は救われたのだが、俺の生活は元には戻らなかった。
面倒な話だが、IPアドレスが変ったり、一度でも接続を切ると衛星の制御権を失う設定になっているとかで、俺の部屋がそのまま政府の対策本部になってしまったのだ。
衛星の安全が100パーセント確立されるには数日を要し、その間たくさんの人間が詰めかけた。
家の前の道路は駐車場も同じになり、守衛の詰め所まで作られたほどだ。
ドタドタとたくさんの足音が俺の家の階段を行きかうようになった。
それでも1週間後にはついに事件は終わったが、世間はそう簡単には忘れてくれない。
当然マスコミにかぎつけられ、俺の名や顔写真が新聞やテレビに出た。もちろんトップ記事だ。
東京を危機から救った男なのだ。それも分からなくはないが……。
だが事件とそのスマートな解決を記念して、家の前の道路が俺にちなんで改名されるとしたらどうだい?
「いい加減にしてくれ!」と誰だって言いたくなるさ。
日本人はよっぽど暇なのか、日曜になると見物人が自家用車や観光バスで家の前に押しかけるようになった。みんな違法駐車だ。
それどころか、来月には国会議事堂の隣に俺の銅像まで立つそうだ。
誰か俺を助けてくれ。
エロゲ勇者の苦悩