(2026完結)TOKIの世界譚 太陽神編
TOKIの世界で太陽神のトップに立つサキが太陽神になるまでの話。
太陽の姫(平成23年のこと)
「あーもう、今日は暑いなあ……」
黒髪をウェーブにした十七歳女子、サキは猫のような愛嬌ある目を細めた。
夏休み。今年は特別に暑い気がする。
サキは近場の駄菓子屋に氷アイスを買いに行って帰ってきたところだ。
山に続く階段を登っていく。アイスが溶けそうだ。
「あっつすぎ!」
サキは半袖短パンのまま、神社の鳥居をくぐり、社を横目に通りすぎ、となりにある日本家屋に入った。
サキは現在、この家にひとりで住んでいる。母親も父親もなぜかいなかった。
気がつくとここに住んでいて、どういう流れでひとりで住んでいるのか、親族が誰かいるかなども実は曖昧だ。
横の神社のこともわからない。
ちなみに自分がいままで何をしていたかも思い出せない。だが、いつもお金が置いてあったので生活はできている。
そんな不思議な状態だが、サキはなんの疑問もなかった。
「はやくアイス食べないと溶けるじゃないかい……」
サキは気だるいままちゃぶ台にアイスを置き、食べ始めた。かき氷系のカップアイスだ。
「染み渡るねぇ」
アイスを食べていたらだんだんと眠くなってきた。サキは気がつくと寝ていたりする。眠くなる前にアイスをたいらげてすぐさま布団を敷いた。
「まだ昼だけど、昼寝」
布団に入って神社から抜ける風だけで寝る。サキが暑いと言っていてもそこまで暑くはない。むしろ、冬だった気すらしてくる。
なんなのだろう、不思議な違和感が最近、サキを苦しめる。
「おおいー! そんなに早く寝るでない! 起きるのじゃ!」
サキを何者かが揺すっていた。
「んー、なんだい?」
サキは半目のまま起こした者を見た。
幼女がサキを揺すっていた。黒い髪に赤い着物の子供だ。
「あー、えー? まあ、確かに鍵閉めてなかったけど、コスプレしてる子供がなに?」
サキは寝ぼけていた。幼女はなにやら一生懸命に話しかけている。
「おぬしは! 人間のはずだが神力のある神のようじゃ! なんの神か、この歴史神でもわからぬ! そして突然に神になった!」
幼女の話を聞きながらサキはそのまま眠りについた。
「おい! どういうことなんじゃ?」
幼女の声が遠くに聞こえる。
※※
この夏の記憶がいつのものかわからない。サキはかなり曖昧でしか物事を覚えていられない。確かに生きてきた記憶はあるはずなのだが、繋がりが毎回ないのだ。
「はっ!」
サキは目を覚ました。
「……やっとこちらに再び現れたかの」
目の前にいたのは話しかけてきていたあの幼女。
「ん? なんか寒くないかい?」
サキは記憶を思い出そうとするが何も思い出せない。外を見たらなんと雪が降っていた。
「冬……?」
サキは眉を寄せた。服が冬服になっている。机にあったはずのアイスのカップがない。そもそも夏休みだったのか怪しくなってきた。夏休みの夢を見ていたのか。
「そう、今は冬じゃ。人間の学生からすると冬休みじゃな」
「あたしは夏休みだと思ったよ」
サキは苦笑いをした。夏休みの夢を見ていたのか。こんな寒い冬に。
「……なぜ、おぬしは神力が安定せんのじゃ? 人間の力を持つのはどういうことなのじゃ」
「え? なんの話だい? コスプレ会場はここじゃないんじゃないかい?」
サキの抜けた発言に幼女は怒りだした。
「なぜ、そんなに抜けているのじゃ! おぬしは突然に神に変わった人間じゃ! 今の神力を安定させぬと消滅するぞい!」
「は? 消滅? な、なに言ってるんだい?」
サキは首をかしげた。
「良いか! おぬしはたびたびこの世界から消えるのじゃよ。消えてまた出てくる! 夏の時期より神力が低下しておるではないか! 人間の枠から外れておるから、人間にも戻れず、神力がなくなれば消滅じゃぞ! ワシは人間の歴史管理をする歴史神じゃ。おぬしは人間の歴史がないのじゃよ」
「意味わからないよ」
「ああもう! ちょっと一緒に来るのじゃ! 最近、季節もぐちゃぐちゃ、時計も怪しい時空の歪みみたいのも観測されておる! おぬしのせいじゃな?」
「え? あたしは何にもしてないよ!」
サキはヒメちゃんに手を引かれ、無理やり外へと出された。
「時神アヤに話を持っていくつもりじゃ、来い」
「ちょっと、わけわからないよ! あたしじゃないんじゃないかい?」
サキの言葉を丸無視した幼女はサキを無理やり連れて歩いた。歩く内にサキは再び眠気に襲われ始めた。
「ね、ねむい……。最近、多いな」
サキはその場で寝てしまった。幼女が慌てて起こすが全く起きる感じではない。幼女はため息をつくと神々用タクシー、神の使いであるツルを呼んだ。
二話
サキはぼんやりと会話を聞いていた。
「時空が歪む? 消えたり現れたりするの? この子」
かわいらしい少女の声が聞こえる。
「そうなのじゃ。前回は夏の時期。今回は冬。なぜか季節も今年は乱れ、12月初頭であるのに昨日は真夏日。今日は雪じゃ……。人間は異常気象に気付いてしまっておる」
「……確かにね。テレビはそればっかり」
「たびたび開く陸(ろく)の世界に鎖国状態の太陽……どうなっておるのかワシは頭を悩ませておる」
「ヒメ、陸の世界って何かしら」
少女は例の古風な話し方をしている幼女をヒメと呼んだ。
「陸の世界とはここ、壱(現世)の世界と同じ世界でバックアップをとっている世界じゃ。同じもの、同じ人間が同じ行動をとって存在している」
「バックアップ……そんな世界があるのね」
「この世界は六つの世界で成り立っている。壱はここ、弐(に)は霊魂や夢といった宇宙空間にある世界、参(さん)は過去、肆(よん)は未来じゃ。伍(ご)はいまのところ不明、陸は先ほど説明した壱のバックアップじゃ」
ヒメは少女にそんな説明をしていた。
「参(過去)と肆(未来)は確か、三直線なのよね? 現代(壱)が平成なら、参も肆も平成で参は過去になった平成、肆は未来になった平成。あってる?」
「うむ。そうじゃ」
ヒメは頷いた。ただ聞いているサキはまどろみながら何やらすごい空想を話しているなと思っていた。
「で、この子をうちに連れてきた意味は?」
「もうちょい調べる故、とりあえず時神現代神のアヤに助けてもらおうとな。この周辺はおぬしのおかげで狂っておらんからの」
「……勝手よね……」
少女はため息をついた。
ヒメは「ではの!」と言うと去っていった。扉をしめるような音がする。
「えーと、ちょっと起きてくれるかしら……」
少女はサキを揺すっている。意識がなんだかハッキリしてきたようなしないような。
「起きて!」
少女の言葉にサキは目を開けた。
「んん……。なんであたしはこんなとこに寝てるんだい……」
「こんなところって私のベッドなんだけど」
サキの目に少し不機嫌そうな顔で立つ少女が映る。少女は茶色の短髪にピンクのシャツ、青いスカートをはいていた。
「えっと、誰?」
「私は時神現代神アヤよ。あなたは何かの神のようだけれど?」
「神? なんかファンタジーの話?」
サキの言葉にアヤは頭を抱えていた。
「とりあえず……もう夕飯の時間なの。何か食べるかしら?」
「え、食べる!」
サキは即答した。アヤの部屋は狭かった。ほぼワンルームだ。部屋は三階でアパートだった。
「……そうねー。雑炊とかにしましょうか」
「賛成!」
サキはよくわからないまま元気よく返事をした。
「お風呂も沸かしておきましょう」
「ありがとう!」
「のんきね……」
アヤが冷蔵庫にあった冷やご飯で雑炊を作り始める。ずっとひとり暮らしなのか色々と手慣れていた。
「まだ、あんた、十代だよね?」
「そうよ。十六歳」
「十六で一人暮らし? なかなかなくない?」
サキはひとのこと言えないなと思いつつ、親近感で尋ねた。
「ああ、私、時神だからね、人間の母親から産まれたけど全く似てなかったの。時神は人間から産まれるんですって。えっと、似てなかったのは私だけね。理由はわからない。だから……かわいがってもらえなくて、家を出てきたの」
アヤは少し言いにくそうに言ってきた。
「ああ、そうかい。なんか、ごめんね」
サキは目を伏せて小さくあやまった。
「いいのよ」
アヤは手早く鍋用カット野菜を取り出し、出汁で煮立てた鍋に入れる。
「いいにおい」
「雑炊はよく作るの、おいしいから」
アヤはおいしくできた雑炊を鍋ごと持ってきた。お椀とスプーンを準備する。
「鍋からとってね。食べましょう。いただきます」
「いただきまーす!」
雑炊に息をふきかけて冷まして食べながらサキは二人で鍋を囲んでいるこの環境を知っているような気がした。
そう、自分にはお母さんがいたような気がする。でも、まるで思い出せなかった。
雑炊はどこか、母を思い出させる味でおいしくてサキは沢山食べた。母を知らないのに。
「おいしかった?」
「うん、すごくおいしかったよ! 天才じゃないかい?」
サキが満面の笑みでアヤを見て、アヤは頬を赤らめながら微笑んだ。
「よかったわ。サキ、じゃあお風呂、使っていいわよ」
「ありがとう!」
サキは食器を流しに持っていくと好意に甘えてお風呂に向かった。
「アヤの家、きれいだなー! あ、これ、あたし着ていいのかい?」
「どうぞー」
棚に服が畳んで置いてあった。アヤの寝巻きのようだが着させてもらうことにした。
サキは着替えを確認して服を脱ぎ、風呂場のドアを開けた。体を流してお風呂に入った。
「わあ、あったか……え?」
サキが浴槽に入った刹那、風呂場にサムライ姿の男が現れた。いきなりだ。
入ってきた感じではない。現れた。
「うわああ!? どういうこと?」
サキは慌てて体が見えないよう深く風呂に浸かった。
「むっ……み、見ていない……見ていない。す、すまぬ! 今出る故! ここはどこなのだ……」
サムライは着物に袴姿で慌てて風呂場から出ていった。
「な、なんだったんだい?」
サキは混乱しながら一通りきれいにして風呂場から出た。
とりあえず着替えて脱衣所から出るとサムライが居心地悪そうに座っていた。
「栄次、とりあえずお茶でも飲んで……」
「あ、ああ……すまぬ」
アヤに栄次と呼ばれたサムライは肩身狭そうにお茶を飲む。ふとサキと目が合い、顔を赤くして目線をそらした。
「アヤ、知り合いなのかい? このおサムライさん」
「ええ、過去を常に見る神、時神過去神(ときがみかこしん)、栄次(えいじ)よ。普段は過去の世界である参(さん)の世界にいるの。現代の壱の世界に来るのは異常よ。だいたい何か悪いことが起こってるってこと」
アヤの説明にサキは眉を寄せた。
「と、いうか、絶対あたしの裸見たはずだよ」
「すまぬ……見るつもりはなかったのだ……」
栄次はさらに萎縮し、眉を下げたままお茶を見つめていた。
「栄次は大丈夫よ。あなたにひどいことはしないわ。私はお風呂に入るわね」
「アヤ、気まずいのだが」
栄次が顔を赤くしたままアヤに小さく声を上げるがアヤはさっさとお風呂に行った。
「ま、まあ、事故だからいいよ。それより……過去が見えるのかい? ああ、あたしはサキだよ。あたしの過去、見えるかい?」
サキは栄次と会話をすることにした。
「あ、ああ……サキの過去はなぜか曖昧でよくわからぬ」
「過去神なんじゃないかい?」
「……あなたは……子供で、母と共に暮らしているのでは?」
「え? なんだって?」
困惑した栄次からとんでもない言葉が出た。自分がまだ子供で、母親と暮らしている?
サキには身に覚えがなさすぎて思わず笑ってしまった。
「ただ、それはあなたではないようだ」
さらに謎の言葉をかけられたサキは苦笑いを浮かべた。
「あんた、本当に過去が見えるのかい? 的外れだよ」
「俺の目は真実しか映さない。違う過去は見えるが、それはあなたではない」
栄次の真面目な顔でサキは笑うのをやめた。
「まあ、いいや。あたしはよくわからないし」
サキが一息つくと、風呂場からアヤの叫び声が聞こえた。サキと栄次は慌ててアヤの元へ走っていった。
三話
悲鳴が聞こえた風呂場からアヤが真っ赤な顔で脱衣所へと出てきた。
「アヤ……すまぬ。手拭いか何かを……」
栄次は勢いで覗いてしまい、後悔していた。
「で? アヤ、どうしたんだい?」
「プラズマが……未来神が……紅雷王様が……」
「ん? 人? 三人?」
「アヤ、落ち着いてくれ! 俺は突然ここに来たんだ! それからアヤ、それは全部俺だ!」
サキが風呂場を覗くと冷や汗をかいている赤髪の高身長の青年が困った顔で佇んでいた。頬が赤い。
「男? アヤ、彼氏いたのかい? 一緒にお風呂入ってて喧嘩した?」
「違うわよ! さっきの栄次と同じよ! 未来神が突然、肆(未来)の世界から来たの! この世界は過去、現代、未来が三直線だから平成が過去になった世界から栄次が、平成が未来の世界からプラズマが来たのよ」
「プラズマっていうのかい? 粒子みたいだね……」
サキがつぶやき、赤い髪の青年プラズマは「あながち間違いではないかな」と笑った。
「そ、それより……アヤ、体を隠してくれ……。栄次も目線に困ってる……。いや、あんたは悪くないけどさ。風呂、入ってたんだろ……。ごめんな」
「あ……ごめんなさい! タオル……タオル……なんでこんな時にタオル脱衣所に置くの忘れているのよ……私。洗濯して積み重ねたまま……」
「ああ、さっき、あたしが入っちゃったからタオルがなかったのか。ごめん、あたしがさっき使ったのを使う?」
サキは仕方なく自分が使ったタオルをアヤに渡した。
「ありがとう……」
アヤは真っ赤な顔のまま、タオルを巻いた。
「はあ……びっくりした……時空が歪んだから歪んだ場所に向かって歩いていたらアヤの風呂場に飛んだ」
「俺もだ……」
栄次も目のやり場に困りながら答えた。
アヤが着替えるのを気まずそうに横目で見ながら栄次とプラズマはサキを見つめた。
「えーと……この子は……神?」
プラズマが眉を寄せ、栄次が首をかしげる。
「この娘の過去は見えぬ……」
「なんでだ? 過去見できないのか」
「わからぬ。過去なのか今なのかの判断ができぬ。見える過去は彼女ではないのだ。彼女の外見はしているが」
栄次はうまく説明できないようだ。
「……なんか時間関係でよろしくないということか」
「それすらもわからん」
プラズマの問いに冷や汗を流しつつ答える栄次。しばらくその場で考えていると、アヤがほぼ下着の状態で悲鳴を上げていた。
「え、なに?」
プラズマが我に返り、ふとアヤを見るとアヤのまわりを猿が一匹回っていた。
「え、猿?? なんだい? この猿! 日本猿?」
サキがタオルで猿を追い払っており、アヤはタオルをとられ恥ずかしそうに体を隠している。
大変なことになっていた。
「……なんで猿が?」
「ほんとだよ! 猿がアパートにいるって怖いじゃないかい!」
サキは猿がアパートにいることに疑問を持っていたが、プラズマはどうやら違うようだ。
「なんで太陽神の使いのサルがここにいるんだよ」
プラズマが猿に向かいそう言うと、猿は突然にヒト型に変わった。
「ああ、紅雷王様のお力で元に戻れたでござる……。感謝するでござる!」
全体的に茶色で茶の髪で髷を結っており、茶系の着流しを着ている。
見た目は青年だが目が見えてるのかわからないくらい細い。
「ええっ! ヒト型になった!?」
「な、なによ……」
サキは驚き、アヤは涙目で震えていた。
「アヤ、大丈夫だ。太陽神の使いのサルだ。そんな姿で震えちゃって……風邪引くから早く着替えてきな。俺に介助されんのは嫌だろ?」
「ご、ごめんなさい。すぐに着替えるわ……恥ずかしい……」
プラズマに言われ、アヤは涙目で着替え始めた。
「サル、こちら側に来い。目のやり場に困る」
栄次が頬を赤く染めつつ、サルを呼んだ。
「はいはい。申し訳ございませぬ。先ほどまで力を失っておりまして、時神様がそろってしまわれましたか。太陽と連絡がとれず、困り果てているのでござる……」
「太陽がおかしいのか。この辺だけ時空が歪んでいるし、天気も季節もめちゃくちゃだ。未来の平成は夏だったぜ」
「……そうでござるか……」
「そういえば……いつ冬になったんだい? あれ……夏だったかい?」
サキは頭を抱え始めた。気にしないようにしていたことばかり頭に出てくる。いつの間にかアヤが横にきていた。
「着替えたわ……ごめんなさい。プラズマ……あの……紅雷王様……、私は時間操作など何もおこなってはおりません……その」
「……疑ってはいない。今回、あんたは巻き込まれただけだ」
「巻き込まれたの? 私……」
プラズマはサキを見ていた。
「え、ちょっと! あたしは何もしてないって! なんだかわからないんだよ、ずっと」
「いや、あんたが原因だが、あんたじゃない……」
焦るサキにプラズマは眉を寄せたまま答えた。
「太陽に帰りたいのでござるが……太陽に連絡もできず……夜を迎えてしまったのでござる。帰れぬ……。霊的太陽は現在、反転世界、陸(ろく)にある……。この辺周辺で時間が動いていない可能性もでてきてしまった。太陽の力が現在なく、やつがれはヒト型に戻ることができなかったのでござる……。紅雷王様か、他の何かしらの太陽の力でやつがれは戻れたと考えているのでござるが」
サルが困った顔をしているので、問題は太陽にあると思って良さそうだ。
ただ、こちらの世界の時空の歪みとは関係がないようだ。誰かがこの壱の世界の時間経過を止めている。
時神が時間操作をしたわけではなさそうだ。ならば他にできるのは……。
「アヤ、歴史神に会わなかったか?」
栄次が過去見をしたのかアヤにそう尋ねてきた。
「会ったわよ。流史記姫(りゅうしきひめ)、ヒメに。あの子がサキをうちに連れてきたの」
「そうか……。ヒメが世界を止めている可能性があるぞ。プラズマ……どうする」
「ああ、サルを返しに太陽に行かないといけない。ただ、太陽は……反転世界、陸(ろく)にある。時間が止まっている今、こちらは霊的月に変わっている。太陽に行くことはできない」
プラズマの会話を聞いていたサキは始終首を傾げていた。陸の世界とはなんなのか。反転の世界。つまり、同じ世界で反転している世界があるということか。鏡のように。
「だが……神々の図書館なら、あそこの歴史神の主が陸の霊的太陽と直接繋いでくれる可能性がある」
「行ってみる?」
アヤに聞かれ、プラズマは頷いた。
「ただ、歴史神のヒメが関係しているとなれば何か理由がありそうだ。図書館の館長は歴史神の主……。繋いでくれるかはわからない」
「とりあえず、行ってみましょう」
「あんたらお風呂入ったばかりなのに、この雪の中歩くのかよ……? 図書館まで……」
「風邪を引くぞ? ……いや、神は引かないのか」
プラズマと栄次が心配してきたので、アヤは大丈夫と伝えた。
「あたしはちょっと嫌なんだけどねぇ」
サキは渋々わからないながらついていくことに決めた。
時間が止まる
サキは寝間着から先程着ていた服に着替え、アヤからコートを借りた。
「そういえば、太陽が鎖国状態だとヒメが言っていたんだけれど……」
防寒対策をし、ドアを開けたアヤがサルに尋ねた。
「そうみたいでござる。やつがれは任務で新しく出現した太陽神を迎えに行ったのでござるが、神力が不安定で見つからず、太陽に報告しようとしたが、太陽が返答せず、帰ろうとしたら門が開かず、困っていたところで神力を剥奪されてしまい、猿の姿に戻ってしまったのでござる」
「なんだ、そりゃ……」
プラズマが眉を寄せ、歩き出す。
アパートの階段を降り、雪の降る中、静かな住宅街を歩く。
時間は午後七時。
「これから図書館、やってるかな」
「図書館? 本でも借りるのかい?」
サキは雪にうんざりしながら皆の後をついてくる。
「いえ、本を借りるんじゃないわ、サキ。神々が使う図書館に行くには人間の図書館を通らないといけないのよ」
「神々の図書館? まあ、いっか。うーさぶっ……」
サキはなんだか、だんだんよくわからなくなっていた。もうそうならそうなのだろうという気持ちだ。
しばらく歩いていると、突然に突風が吹いた。
「な、なんだ!?」
プラズマが驚いた横で栄次が刀を構えていた。
「うわあ! 刀!? ダメダメ、銃刀法違反……」
サキが言いかけたが、目の前に現れた奇妙な青年に目がいき、言葉が続かなかった。
「……天狗か」
栄次がそんなことをつぶやく。赤い天狗の面に天狗らしい山伏のような服装の黒髪の青年は、烏のような黒い翼で時神達を睨んでいた。
「なんだ?」
「時神がそろってこちらに来るとは、やはり、そこの少女が原因か? 道を乱す者は許さん。捕縛する」
「ちょ、ちょっと!」
サキが焦り、後ろにさがる。
すぐに天狗が飛び込んできたので、栄次は天狗の攻撃を刀で弾いた。
「……おぬしは誰だ? 遮那王(しゃなおう)か?」
「む……? 俺は義経ではない」
「強いな」
天狗は栄次と会話をしながらサキヘと徐々に歩みを進める。
「なんだかよくわかんねぇけど、逃げよう!」
プラズマがそう言い、栄次が刀を構えつつサル、サキ、アヤを走らせる。
「太陽が隠れたのは時神が原因か?」
「太陽が隠れた? そもそも夜だろうが!」
プラズマが霊的銃を構え、天狗に神力を放つ。天狗は結界を張り、防いだ後、霊的武器「刀」を取り出した。
天狗は結界を張り、町が壊されないようにすると、刀に風を乗せ、神力のカマイタチを放ってきた。
栄次が素早くカマイタチを斬る。
「夜なわけなかろう! 現在は朝だ! 時間は止まっていて、冬ですらない!」
天狗は感情的に時神を襲ってきた。
「どういうことだ……」
栄次はカマイタチを刀で弾き、プラズマは羽団扇(はうちわ)の突風を脆い結界で弾く。
「なに? なにー?」
サキだけはわけがわからず、声を上げている。アヤは栄次とプラズマに神力の鎖を放つ。
「早送りできる。早く走れるわ! 逃げましょう!」
アヤが栄次とプラズマに叫び、ふたりはアヤとサキをそれぞれ抱え、逃げ始めた。サルが最後に強力な結界を天狗にむかって放った。
二話
天狗から走って逃げているアヤ達はとりあえず、図書館目指して進むことにする。
よく周りを見ると、人がいなくなっており、家の中では明かりはついているものの、人の気配がなくなっていた。
「……え、どうなってるの……」
時空が歪んでいく。
今は冬ではない、夏だった。
雪など降っていない、いつ夜になったかわからない、時神の周りだけ、なんとなく時間が回っていただけだ。
「そもそも、いつから冬になったんだい? 暑くてアイス食べてたんだけどねぇ、あたし」
サキがそう発言し、アヤの顔色は悪くなる。
「わからない……」
アヤはそう発言した。いつからおかしくなっているのか?
確かに異常気象だった。
今は確かに冬だった気がする。
「あれ……?」
冬だった。夏ではなかった。
そう、今は冬だ。そのはず……。
顔色が悪いアヤをプラズマと栄次が心配し始めた。
「大丈夫か……?」
「ね、ねぇ……あなた達の世界は夏だった? 冬だった?」
「え……?」
アヤの言葉にふたりは眉を寄せた。
「……夏だった。暑かったな」
「夏だね、暑かった」
ふたりの言葉を聞いたアヤはさらに顔色を悪くした。
「私……時間を……無意識に早送りしたの?」
アヤは震えだした。目の前にコンビニエンスストアがひっそりと建っていた。中に人はいなかった。店員すらもいない。不気味だったが、なんだか入らねばならない感覚になってしまった。
理由はわからない。
「ここ……」
アヤが何かに導かれるように足を踏み出した横でサキが操り人形のように無意識にコンビニの中へ入っていった。
「はっ! サキ!」
アヤが我に返り、サキを追う。栄次もプラズマもサルもサキを追った。
「誰もいない……」
アヤが店内の不気味さを口に出した刹那、世界が回った。視界が揺れた。
コンビニの店内が突然、真っ黒な何もない空間へと変わった。
「……え……なに?」
「じ、時間がなくなった?」
「あ、あなたは! 太陽神様!」
アヤとプラズマが戸惑いの声を上げる中、サルだけは何かを追いかけて走り出す。
「え、待って!」
アヤがなんだかわからず、サルを止める。しかしサルははるか先で白い光が点滅している場所へ走って行ってしまった。
「導かれる……行かなくちゃ……」
サキも白い光に向かい、歩みを進めていた。アヤ、栄次、プラズマがサキを止めようと動くも、サキが歩いているにも関わらず、追い付けない。
気がつくとサルとサキは白い光に包まれて消えてしまった。アヤ達はその光に近づくことさえできなかった。
ふたりと共に光は消えてしまった。
黒い空間はなくならない。
「……なんだったのだ……あの光は。サルと彼女はどこへ行った……」
栄次がつぶやいた刹那、アヤが膝をおり、泣きながらプラズマに謝罪を始めた。
「ごめんなさい……私、時間を早送りしてしまったみたい……。この辺すべて……おかしくしてしまったみたい……。この空間は……時間の流れがないわ……。私のせいよ。どうしよう……ごめんなさい、紅雷王さま……」
アヤは震えながらプラズマを見上げた。
「そんな震えんな、あやまんなくていいから。あんたのせいかわからないんだ」
「これは私のせい以外、考えられないわ! 私が世界をおかしくしてしまって、時空が歪んだから、あなた達が私の元へ飛んできたのよ! 未来の平成から、過去の平成から、意思関係なく! ……どうしてこんなことに……。ごめんなさい……。私への罰はちゃんと……受けますからお許しください、紅雷王様……」
アヤはプラズマを見上げ、泣きながら震えていた。
「……アヤ、落ち着け。あんたは故意じゃないんだ。あんたの心も体も傷つく罰なんて俺はしたくないよ」
「だめよ……あなたがそれでは……。私がやったことは禁忌なのよ!」
アヤは頭を抑えて激しく震えている。自分がしてしまったこと、これからプラズマが言う罰の内容が怖かった。
「アヤ……大丈夫だよ。時神には恐怖で縛り付けるルールはないんだ。俺はわかる。あんたはクロじゃない。……なんかひっかかるんだ、この空間もそうだけど、俺や栄次が現代の世界にきた理由もアヤとは無関係な気すらしてくる」
「アヤ、俺もプラズマに同意だ。何か、おかしい」
プラズマと栄次はアヤを心配しつつ、眉を寄せながら、辺りを見回した。
「でも、私以外にこんなこと……」
「……これは仕組まれてるんだ。何かしらで時空が歪んだ。俺達が同じ世界に存在したら、こういう真っ黒な何にもない世界になる可能性はある。過去、現代、未来が一気に同じ場所に来るんだ、世界は機能不全になる。でも実際、あんたの風呂に俺達が出現した時は何にもなかっただろ? この黒い空間が俺達がそろった段階でおこることもあったわけだよ」
「……私が無意識におかしくしていたのよ、きっと」
アヤが涙目でプラズマを見ていた。
プラズマはため息をつきつつ、頭をかく。
「あのな、なにかしらで時空が歪んだから俺達が来たとして、この空間が出ることを予想して出ないように動いていたやつが別にいるんじゃねぇか、と言ってんだよ。あんたのせいかはわからないが、他にも意図的に動いているやつがいるんだ」
「……どちらにしろ、私は関与してるわ……」
「だから、それすらもわからないんだって。あんた、身に覚えがないんだろうが。証拠もそろってないのに、俺があんたを罰するわけないってば。こんなに泣いて震えてかわいそうに」
プラズマは冷静に優しくそう言った。
「プラズマ、これができる者に心当たりがある。アヤ、そんなに震えなくても時神がお前を罰することはない。安心しろ」
栄次はアヤの肩に手を置き、アヤを立たせてやった。
「アヤ、大丈夫かよ……。アヤは時間関係になると繊細だよな……。で? 俺達が来てもなんもない空間ができないようにすることができる神って?」
「ああ、歴史神だ」
栄次は即答した。
「歴史……やっぱり全部ヒメか?」
プラズマが言いかけた刹那、幼い子供の声が響いた。
「うわー、何故、この店に入ったのじゃぁ! せっかく、楔をここで設定してコレが出ないように細工をしていたというにっ!」
幼い子供の声はどこか焦っていた。
「待って、この声……」
反応したのはアヤ。
「アヤ! あの娘とサルはバックアップ、陸(ろく)に行ってしまったのじゃ!」
「……ヒメ……?」
「そうじゃ、そうじゃ! すぐに陸へ向かい、追いかけよ! はよう!」
ヒメは全てを飛ばし、そう叫んでいた。
「ま、待ちなさいよ! どういうこと? ここから出るには? と、いうかなんなのよ……」
アヤは息を吐くと冷静になる。
「時空の動きがめちゃくちゃになったことで、人間が季節などを疑問に思い始め、天狗が動き始めた故、過去神、未来神がこちらに来ることを想定したワシは、罪を承知でこの店に楔を作ったのじゃ。三柱が現世よりそろえば時間が止まり、世界は矛盾を修正するだろうと読んだワシは時間が止まらぬように店にワシが持ってる店員の歴史をねじ込み、楔としてこの周辺を保たせることにしたのじゃ。しかし! おぬしらがココへ入った故、楔がちぎれてしまった! 過去、現代、未来が入ればそれは何をしても勝てぬー。あー、ワシはほら、人間の歴史管理をしている神だからの、こんなことがで……」
「その最初に言ってた時空の歪みはだれがやったの? 私?」
アヤは矢継ぎ早に質問した。
「最後まで話させてくりゃれ……。ま、まあ……時空が歪んだのはアヤのせいではない。むしろ、アヤはこの辺周辺だけでもよく現代を保ってくれた。時空を歪ませた者はまた別じゃ」
ヒメも時空を歪ませた者自体はわかっていなさそうだった。
「アヤ、とりあえず良かったな。やっぱりあんたじゃなかった。サキとサルは陸に行ったのか?」
プラズマがアヤの肩を優しく叩き、ヒメに尋ねる。
「うむ。この、時間が歪んだこの真っ黒な空間、ここは言わば宇宙になる前の空間と同じ。時間もなにも生まれてはいないのじゃ。そこへ、一筋の光が差し、それに向かい、サキとサルが走り、この空間から出ていった。いままでここにあった楔は、異常はない陸(ろく)の世界の人間の歴史を非常事態である壱(現世)の世界に結びつけ、なんとか、この空間が出ないようにしていたのじゃ。故、この空間から出たとあれば、太陽が現在ある、普通にまわっている陸(ろく)以外にない」
「……んん……難しいな……。俺達はどうしたらいいんだ? どうやったら出れる?」
プラズマはこの空間から出る術を知らないため、知っていそうなヒメに聞いた。
「そうじゃの。陸に存在するアヤの記憶で……」
ヒメはそこで言葉を切った。
「ん? なんだ?」
プラズマが尋ねるもヒメは何かを考えているのか返答がなかった。
ヒメはバックアップ世界、陸にアヤのバックアップがいないことに気がついた。他の神々はバックアップとして壱と陸にそれぞれ同じ神が存在している。人間も壱と陸にそれぞれ同じ人間が鏡のように生活している。
プラズマや栄次は元々、壱(現世)の世界にはいないため、壱のバックアップ陸(ろく)には存在しないが、それぞれの世界での陸(ろく)にはいるかもしれない。
アヤはなぜバックアップのアヤが陸にいないのか。
ヒメは人間の記憶を見る中で、「立花こばると」の存在に気づいた。アヤは元々特殊でこばるとのバックアップだったようだ。だからか、こばるとは壱と陸でふたりいないし、アヤもふたりいない。
「しかし……彼は壱にも陸にも今はおらぬ……なぜ……」
ヒメはこの時、何も知らない。アヤがこばるとを黄泉へ封印してしまったこと、歴史神ナオにより、時神は記憶を改ざんされ、何も思い出せなくなっていること。
ヒメはつぶやいた後、違う方法を考え始めた。ここから初めてヒメは立花こばるとの記録を調べ始めることになる。
「うむ。月にある装置を使おうとは思うが、月子がまともにワープ装置を使わせてくれるかどうか……」
「こんな何もないところからどうやって月に行くんだ?」
「今、壱は夜。月はこちらにおる。逆にバックアップ世界、陸(ろく)には太陽があるはずじゃ。サキ達が向かったのは太陽の光に導かれた故、ここは時間関係がなくなっている宇宙空間に近い。おそらく、月も月のウサギも呼べる」
ヒメがそう発言した時、栄次があることに気づいた。
「待て、お前はどこから俺達に話している?」
「現世上空、ツルが引く駕籠からじゃ。ドームのような巨大な空間が徐々に大きくなりながら町を飲み込んでおる。ワシは楔をまたいくつか設置し、おぬしらが閉じ込められている、時間が消えた世界の膨張を防いでおる。宇宙空間のようなものが地球の内側にできたことになる故、焦っている。宇宙空間ならば壱は夜。だから月の使いウサギを呼べるのではと考えた。ワシの声はそろそろ届かなくなるはずじゃ。それまでに月へ行き、今現在、太陽のある陸(バックアップ世界)へワープ装置で飛ぶのじゃ」
「……月の使い、ウサギか……」
栄次がつぶやき、プラズマは眉を寄せた。
「俺達は時神だ。月神の使いのウサギなんて呼び方知らないぜ」
「らっびだーじゃぁん!」
プラズマがつぶやいた刹那、とんでもなく明るい少女の声が響いた。プラズマと栄次はアヤを見るがアヤは顔を赤くしながら首を横に降っていた。
「アヤじゃない……」
「当たり前でしょ……いきなり意味不明な言葉を叫んだりしないわ……」
アヤ達は声の主を探した。
「ウッサギンヌー!」
声はアヤからした。プラズマと栄次は再びアヤの顔を見る。
「ちょっと、何よ……違うわよ」
「これが絶対領域ぱんつか!」
やはりアヤから声が聞こえる。アヤは咄嗟に下を向いた。視界に映ったのは白い兎だった。白い兎がアヤの両足の間に座って上を見上げている。
「いやぁ! 兎がっ! ……うさぎ?」
アヤが尻餅をつき、栄次とプラズマは兎を見つめた。
「……因幡の白兎? なんだかよくわからないが、女の子のパンツを覗くなよ」
「ぱ、パンツなんてはいてないわよ!」
アヤがそう言い、プラズマが顔を赤くした。栄次は女性の下着がパンツなことを知らないようで首をかしげている。
「え、パンツはいてないの?」
「ち、ちがっ……寒いから黒いスパッツはいてて……パンツは……その下に履いてるわよっ!」
アヤは顔を真っ赤にして慌てて立ち上がった。
「あー、びっくりした。パンツなんて履いてないって言うからー」
「こんなに寒いのにスカートの下がパンツのままなわけないでしょ、と言いたかったの! へんたいっ!」
プラズマとアヤの話で栄次が下着のことだと気づき、遅れて顔を赤くする。
「まあ、そんなことより、我がウサギになに用でごじゃるか?」
白兎は突然にヒト型に変わった。真っ白な髪を兎の耳のように結わいて、赤い目の前歯がたくましい子供の姿になった。おそらく、少女だ。
「ウサギ……っ! 都合よくなんで……」
プラズマが冷や汗をかきながら詰まりながら尋ねた。
三話
「ウサギは! こそこそとアヤ姉さんのおうちで人間生活を満喫していたのでありますっ! なんせ、夜のままになってしまったのでありまして、月子さんから様子を見てこいと……」
「なんだって?」
ウサギの発言にプラズマは眉を寄せた。
「ちょっと、はじめからいたってこと? 何よ、怖いじゃないの!」
「アヤ、監視されてたのかよ……」
プラズマはあきれた顔を向けた。
「……ところで、陸の世界とやらには行けるのか?」
栄次がなんとも言えなさそうな顔でウサギを見た。
「あー、うんうん、陸にいく装置ならあるでごじゃる! 月子さんがー」
「月子のところに行かなくて向こうにはいけないの?」
アヤは嫌そうにウサギに尋ねる。
「うう……まあ、ワープ装置は壱と陸を自由に動いて遊ぶためにわちきが開発した装置で、弐の世界のものを使って、こう、トンテンカン! っと細工を。……うむ、別に月子さんがいなくてもここからでも行けるとは思うでごじゃるが……。このワープ装置、見つかって他のウサギ達、月神からこっぴどく叱られ、お仕置きまでされたわちきの代物であり……」
「……もういいわ。あなた、ワープ装置を私達へ起動させるために月子に言われてきたんでしょ」
アヤに言われ、ウサギははにかむ。
「いんやー、まあ、そう言われればそうなのでごじゃるがー。アヤ姉さんのおうちをもう少し拝見したく……」
「そんなことを言ってる場合じゃないのよ」
「へーい」
ウサギはアヤに否定され、どこかふてくされながら装置を出した。
ブレスレットのようなものだ。
「真ん中のボタンを押せばわちきらデータは元のデータになり、データの波のままバックアップの世界にいけるのでごじゃる! バックアップとはいえ、同じ人間、神が生活を普通にしているが、霊的太陽と霊的月は壱と陸の監視のため、交代で壱と陸を交互に回っているのでごじゃる。つまり、我々はふたりいない! だからこそ、このワープが……」
「いいから、私達は大丈夫なの?」
アヤにまたも話を遮られ、むくれたウサギはてきとうに答えた。
「大丈夫。アヤ姉さんはまあ、平気。過去神のエイジンと未来神のヴィラドゥムとかいうのも元々ここにいないからヘーキ」
「……誰だよ……」
プラズマはとりあえず突っ込むがあきらめた。
ウサギはそれぞれに腕輪を渡す。
「ウサギは、平気なのか? 元の場所へは帰れるのか?」
栄次に問われ、ウサギは前歯を見せて笑った。
「大丈夫でごじゃる! ではではこれでー! らびだーじゃん!」
ウサギはさっさと帰る準備を始めた。時間のない真っ暗な空間にいきなりエスカレーターが現れ、遠くに月が見えていた。
「……直接、月に帰れるのかよ……」
プラズマ、アヤ、栄次はあきれたまま、ウサギを見送り、エスカレーターが消えたのを確認すると腕輪に目を向けた。
「とりあえず……ウサギが言う通りに押してみるか? この……」
「ボタンね……」
「せーの、で押してみようぜ……」
「そうね」
「じゃあ、せーの!」
プラズマの掛け声でアヤ、栄次は同時にボタンを押した。
時神達はその場から電子数字になり、消えた。
一瞬だけ目をつむり、恐る恐る目を開けると、太陽の光に目がくらんだ。
目がくらんだと思ったら目の前が暗くなり、何者かにアヤは押し潰された。
「あうう……」
アヤが呻くと、上に被さっていたふたりがすぐにどいた。
「うわあっ! アヤ、ごめん! 座標ミスった!」
「まさかアヤの上に出現するとは……。大丈夫か、アヤ……」
「うう……座標と時間のコントロールくらいしてちょうだい……。死ぬじゃないの、私が……」
乗っかってきたのはプラズマと栄次だった。ふたりは咄嗟にアヤを避けて落ちたが、アヤに少し当たっていた。
「逆だったら良かったんだけどな……。小柄なアヤが落ちてきたところでダメージあんまなさそうだし……。ガタイがイイ男が二人落ちてきたら、普通に怪我する……」
プラズマは顔を青くし、栄次は焦りながらアヤを起こした。
「怪我はしていないか?」
「大丈夫よ。ありがとう。避けてくれて……」
「あ、ああ……本当に大丈夫か?」
「ええ。本当に平気よ。それよりも……ここは陸よね?」
アヤは青空に浮かぶ太陽を指差した。なんだかすごく暑い。
気がつくとセミが鳴いていた。
「夏か。陸とみて良さそうだ」
「ねぇ、陸にさっきの空間が出たりしないのかしら……。どちらにしろ、私達が三柱、こちらに……」
アヤが言い終わる前にヒメが現れた。
「ふむ。こちらに来れたかの。ヒメちゃんじゃよ!」
「……ヒメ!」
「ああ、ワシは陸の世界のヒメじゃ。ワシはの、人間の歴史管理が仕事。伍以外のすべての世界に神はおるが、ワシはすべての世界の自分と繋がっておるのじゃ。つまりー、ワシは陸の世界でのヒメじゃが、壱の世界のことは知っておる。多数の楔をすでに設置しておいた。また、あの空間が出ることはおそらくないじゃろう」
「それで、これからどうしたら?」
アヤが代表で尋ねるとヒメは腕を組み唸った。
「太陽へ向かってほしいのじゃが、サルがの、太陽神を見つけたらしいのじゃ……それが……」
「それが?」
「幼少の外見のサキ……だったのじゃよ」
ヒメの言葉に時神達は眉を寄せた。
「サキも一緒にサルといるの?」
「……いや、まあ、サキと一緒と言えばそうなのじゃが、幼少ではないサキの行方は不明じゃ」
「どういうこと?」
「ワシもわからん。あのサキという少女は何回も壱に現れたり消えたりするのじゃ。ただ、小さきサキはどうやら、外見は同じでも存在が違うようなんじゃ。元のサキを覚えておらん。とりあえず……サルのところへ案内する故、太陽へ向かうぞい!」
「本当に何言ってるんだかわからないなあ……」
プラズマは首を傾げつつアヤと栄次を見た。ふたりも眉を寄せたままだ。
「とりあえず、ヒメに従うしかないわね」
「うむ……。壱にいたサキの過去は見えなかった。……幼少のサキの過去は見えた……。だが、幼少のサキは壱のサキとは別だった……。彼女は……今も幼少……なのだ……」
栄次が切れの悪い言葉で迷いながら言葉を発する。
「どういうことだよ?」
「わからぬ。だが、そうなのだ」
「もうわからないからサキに会ってみましょう?」
アヤの言葉にふたりは納得いかなそうな顔で頷いた。
太陽へ
ヒメに連れられてやってきたのは近くの山とまではいかない丘を登った先にある民家付きの神社だった。
暑い。夏だ……。プラズマは汗を拭い、アヤは息を漏らした。
栄次だけはなんともないのか顔色変えずに歩いている。
「暑い……。暑い!」
プラズマが半泣きで叫び、アヤがため息をつく。
「私達、霊的着物になってないからよ。プラズマ……。冬の格好しているし」
「ああ、そういえばそうだった……。脱ごうっと」
プラズマは上着を脱ぎ、下に着ていた黒の半袖一枚になる。アヤは控えめに上着を脱ぎ、腕をまくった。
「しかし、本当に暑いわね。こちらも異常気象なの?」
「そうじゃ。連日猛暑を通り越しているのじゃよ……」
目の前にできた陽炎を眺め、ヒメちゃんは息を吐く。
「ああ、逃げ水まで見える……。地面、普通に土なんだけど……」
「日の光が異様に強いのじゃよ」
ヒメは鳥居まで歩くと、横にある看板を指差した。
「なんだ?」
プラズマは目を細めて看板を見る。
看板にはアマテラス大神を祭ると書いてあった。
「……アマ……テラス?」
「まあ、そういうわけでの、太陽神の神社ということじゃの」
「は、はあ……」
ヒメはなんとなく言葉を濁すと困惑している時神達を鳥居の中に入れた。
鳥居をくぐるとすぐに民家があった。宮司さんが住んでいるのか?
時神達が鳥居をくぐったすぐ後に、先程消えたサルが民家の扉を開けて出てきた。
「あ、サル! 勝手に行くなよ……。びっくりしただろ?」
プラズマがサルを心配し、サルはなんとも言えない顔で頭を下げてきた。
「申し訳ない……太陽神の力があるこちらの……」
サルは言葉を濁しながら後に民家から出てきた少女を見る。
「……っ!? あ、あんたは……」
「サキ!? 子供の……サキ?」
出てきた少女に時神達は驚いた。サキは六歳くらいの少女だった。
「こんにちは。時神さん? あたしはサキだよ。よろしく」
サキはまるで初めて会うかのようにあいさつをしてきた。
「あのサキとは違うの?」
「あのサキって?」
サキは首を傾げていた。
「どういう……」
アヤが言葉を詰まらせた刹那、サキが鳥居の先にある社に目を向けた。
「おかあさん……もうやめようよ……」
社から見える太陽に階段が現れた。そこから太陽神らしい神々と使いのサルが剣や鏡の盾を持ちこちらに向かって走ってきていた。
「な、なんだ!」
プラズマが怯え、ヒメが後退りをする。
「……まずいのぅ。太陽がおかしくなっておる。なんとかして太陽へ向かいたいが、あやつら、時神を消しにきたか!」
「なんだと!」
プラズマは慌てて霊的武器「銃」を取り出し構える。
「相手は太陽神だぞ。何故俺達を襲う?」
栄次は刀を抜くか迷っていた。時神は太陽神と争うことは何一つない。
そもそもなぜ、突然攻撃を受けることになったのかわからないのだ。
気がつくと太陽神やサル達に囲まれていた。剣を向けてきているが顔は戸惑い震えている。
不思議な状態だ。
「剣を俺達に向ける意味はなんだ……?」
プラズマはそう問いかけたが太陽神の一柱が剣を振りかぶってきた。
栄次が間に入り、剣を受け止める。
甲高い金属音が響いた。
「アマテラス様の……ご命令だ……」
栄次と剣を交えた青年の太陽神は力で剣をそのまま振り下ろしてきた。
栄次は力を抜き、後ろへ下がり、攻撃を危なげに避けると再び構えた。
一方で現在太陽に逆らっているらしいサルは太陽神達から罪状をよみあげられ、拘束されかかっており、なにやら逃げている。
猿らしく、太陽神の頭を飛び越え、他のサル達の攻撃を避けていく。
「太陽神様、どういうことでござるか! くっ! 時神殿! うまく避けて太陽へ続く階段へ!」
「このまま太陽へ行くのか?」
栄次は太陽神の攻撃を避け、階段に目を向ける。
「栄次、俺がアヤを抱える! 逃げるぞ!」
プラズマはアヤを抱え、アヤは栄次とプラズマに早送りの鎖を巻く。
「……っ! 時間操作!」
太陽神達はわずかながら後ろに退いた。ただ、一柱のみ燃えるような炎に包まれた剣で追いかけてきた。
栄次と刃を交えたあの青年だ。
「うわ、なんだ! 剣が燃えてる……」
「太陽へは行かせぬ……」
青年はまわりの太陽神をまとめ、剣を振りかぶってきた。
「待て! エン! や、やはりアマテラス様のご意向は間違ってはおらぬか! エン!」
「アマテラス様はこんなことを望まぬはずだ! エン!」
太陽神達はエンという青年に必死に声をかけるがエンは迷いながらも剣を栄次に振ってきた。
「……迷っているのか……?」
栄次に問われ、エンと呼ばれた青年は眉を寄せた。プラズマに似ている風貌をしている青年だった。
「……太陽へは行かせぬ……。アマテラス様がようやく現れた。太陽が乱れることはもうないのだ」
エンは苦しそうな顔でそうつぶやき、栄次を剣で凪払う。栄次は前に走りながらかろうじて避けた。
追いかけているのはエンだけだ。
他の太陽神、サル達の顔には戸惑いしかなかった。狙われたサルは華麗に飛びながらアヤとプラズマの横に着地し、一緒に走り始めた。
「なぜだが、やつがれが罪に問われているようでござる。太陽命令に背いたと言われた」
「太陽命令に背いた? なんでだ?」
プラズマが眉を寄せた時、太陽神の何柱かに強烈な神力の刃が落とされた。
「アマテラス様っ! おやめください! ご命令には逆らいません故!」
「……っ!」
プラズマ、アヤ、栄次は目を見開いた。先程まで立っていた太陽神達が黒焦げで倒れた。苦しそうにもがいている。
「どうなってるんだ……」
「……時神さん達! 先に行っておくれ! あたしがこの子達を治すから! おかあさん! もうやめておくれ!」
幼いサキは心配そうに倒れた太陽神達の元へ寄る。サキは悲しそうに泣き、必死に太陽神達に神力をわけていた。
「……サキ……。プラズマ……どうしよう……」
アヤが不安になり、プラズマを仰いだ。
「……太陽に行こう。なんかヤバイ」
プラズマはアヤを抱え直すとさらに足を速めて走り出した。
栄次もエンの攻撃を避けつつ走る。
エンは必死に追い回してきた。
プラズマはエンを見てから、なんとなく横にいたサルに尋ねた。
「なあ、あの太陽神……強いな。名前は何て言うの? エンはあだ名だろ?」
「……ああ、蒼炎王(そうえんおう)様でござる。皇族の血筋の太陽神でござる。神名は炎天照槍神(えんてんしょうそうしん)」
「……あー、親族かよ……。まあ、いいや」
プラズマはそこで話を切り、階段をそのまま登り始めた。
階段の横には四足の犬かなんかの石像が等間隔に浮いており、階段はそのまま太陽に続いている。
栄次はエンを振り切り、階段を登り始めた。
階段はどこまでも続いているように見えた。景色が遠くに見え、階段はどういう原理か浮いている。登っていると景色が橙色一色へと変わった。
階段の終わりも見えてきた。
「はあはあ……やっと太陽か!」
「暁(あかつき)の宮でござる」
「プラズマ……ごめんなさい。重いわよね……」
アヤが控えめに言ってきたのでプラズマはそのまま走りつつ答える。
「大丈夫、大丈夫。あんたに危害が加わる方が俺は怖い!」
「もう降ろして大丈夫よ……」
「まだエンとかいうやつが追ってきている。いいから俺に抱っこされてろ。ちょっとイケメンセリフだな?」
プラズマが自分で言っておいて恥ずかしくなっているので、アヤはそのまま何も言わずにプラズマに任せた。
「……サキは……なんだか壱にいた時よりも神のことがわかっていたわね。当たり前みたいに助けようとしていたし、神力のわけかたもわかっていた」
アヤがそう言い、栄次、プラズマも頷く。
「一体、サキは何者なんだ?」
プラズマはサルを横目に見つつ、暁の宮に入り込む。
「あのサキ様は……太陽神だったのでござるが、壱にいたあのサキ様は太陽神ではなかった……。やつがれもよくわからないのでござるよ」
「あっちのサキはどこに行ったんだよ……。太陽神は壱と陸、どちらかにしかいないんじゃなかったのか?」
「……壱にいた方のサキ様は、太陽神ではなかったのでござる。彼女の方は我々を認識していなかった。こちらのサキ様は……太陽神で神力の使い方がわかっておられた。やつがれもよくわからないのでござる」
サルもなんだかわかっておらず、太陽神の神力を感じて幼少サキの元へと走ったらしい。
「……ヒメは?」
アヤが尋ね、プラズマと栄次はヒメが一緒に来ていないことに気がついた。
「そういえば……。でも大丈夫だろ。あの子は狙われてなかったから」
「ヒメは確かに狙われてはいなかったな。そもそも太陽神が迷っていた」
プラズマと栄次は話しつつ、暁の宮の門を抜ける。中へはすんなりと入れた。不気味なくらい静かだ。
ただ、気配はする。
プラズマはアヤを降ろし、栄次が一番後ろを歩き、様子をうかがう。
サルは一番前を歩いていた。
「……エンという青年が追ってこない……」
栄次は後ろを気にしつつ歩いている。
暁の宮は長い廊下の両側に部屋があるのかすべて障子で仕切られていた。
「……とりあえず太陽へ来たが、これからどうすんだ?」
プラズマはサルに尋ねた。
「よくわからぬが、やつがれが太陽神様の力を感じ、お迎えしようとしていた時期に太陽では何者かの指導者が現れて、その指導者が暴走をしているようでござる……。太陽をこちらに止め続けているのはその指導者で、歴史神ヒメはバランス調整をせざるえなくなっている。ということのようでござる……。故に太陽をこちらに止め続けている指導者に会い、時間管理が仕事の時神が指導者を止めねばならぬ」
サルはそう言い、頭を下げた。
「お願い申し上げるでござる。現太陽神トップを止めてくだされ……」
「……とりあえず……会えばいいのか?」
プラズマが尋ね、サルは冷や汗をかきながらさらに頭を下げた。
「行くか……」
栄次は刀を構えたまま障子で仕切られた部屋をうかがう。神力はするが恐ろしいくらいに静かだ。
サルは霊的武器「剣」と「鏡の盾」を手から出現させた。
様子をうかがいつつ歩くと後ろから複数柱の太陽神が剣と鏡の盾を持ち、再び襲ってきた。先程攻撃をしてきた太陽神の残りか。障子扉奥では気配が怯えに変わっている。
栄次はやりにくさを感じつつ、プラズマとアヤに落ち着いて言葉を発した。
「……先に行け。エンとやらは俺が抑える」
栄次がそう言ったので、プラズマとアヤは先へと進み、戸惑いながらも走り去った。
サルは栄次とこの場に残る。
……女の太陽神がいない……。
栄次は目の前に立ったエンを視界にいれ、息を吐いて刀を構えた。
複数柱の太陽神は皆、男性。
戦士なのか。
太陽は神々しく産み出す力と燃やし尽くす荒々しい力の両方がある。役割がありそうだ。
エンは炎を纏わせ、栄次に斬りかかってきた。
二話
燃えるような剣が栄次を襲う。栄次は刀を凪払い、風圧で剣の炎を飛ばそうとしたが、赤い炎は消えない。
エンは剣を振り下ろし、栄次は後ろに退がり炎ごと避ける。剣を振り抜いてきたエンにさらに後ろに飛びかわす。エンは栄次を攻めてきた。何度も鋭い斬撃が栄次を襲うが栄次には当たらない。
「なかなか強い」
「そちらも強いな」
栄次の刀もエンには避けられていた。お互いかすりもしない。
サルは他、襲ってきそうな太陽神を鏡の盾で防御していた。サルとしては上司である太陽神へ刃を向けたくはない。
エンは鏡の盾も出してきた。他の太陽神らも鏡の盾を出し、炎を出現させる。まぶしい光が鏡に反射する。
栄次は一瞬怯んだ。エンが炎を纏わせ剣を振り下ろしてきた。刀で剣を受け止めたが栄次の頬と肩から血が滴る。
熱い。燃えるような炎が栄次を苦しめる。着物が燃え、煤が舞う。
栄次は刀を弾き、無理やりエンから逃げた。髪紐が燃えて消え、着物の一部も切り裂き、燃えるのを回避する。
刀を構え直した刹那、エンが神力を乗せた剣を袈裟に斬り下ろしてきた。
栄次はなんとか避けたが胸から腹にかけて剣がかすった。
燃えるような神力がかすり傷を焼く。
「うっうう……」
栄次は血を滴らせながら呻いていた。神力が体に入り、栄次は口から血を吐いた。
「げほっ……げほっ……」
エンはさらに剣を突き立て、栄次に追撃をする。栄次を殺す気なのか。
栄次はかすむ目で刀を構え直し、エンを横に凪払うがエンの着物を一部裂いただけだった。
エンは鏡の盾を使い、栄次の視覚をおかしくし、後ろから斬りつけてきた。
「ぐっ……背中を斬られた……」
さらに炎が傷口を焼くため、栄次は気合いで立つしかなかった。再び振りかぶってきたエンを栄次は刀で凪ぎ払い、エンを遠ざける。
栄次は刀を一度軽く振り、集中を高め、エンの胴を振り抜くように横に凪いだ。
エンは飛び退いてかわしたが、腹を軽く斬られていた。
「……斬られたか。おぬし、なかなかやりおる」
「はあ……はあ……そちらもお強い」
栄次は速さを一段階上げ、エンの背後をとった。
「まだ動けるのか」
エンは剣を横に凪いだが栄次はしゃがんで剣を避け、そのまま脇腹を刀の柄で突いた。エンが呻いてよろけた。
エンは栄次に鋭い剣撃を繰り出すが栄次は再びエンの背後をとってきた。
エンは体を捻りながら栄次を剣で凪払い、栄次は腕を薄く斬られながら避け、そのまま踏み込み、刀を峰に返し、腹を付近を勢いよく打ち付けた。
エンは剣で受け止めようとしたが、首を狙ってくると思ったエンは腹をかばえず、そのまま吹っ飛ばされた。
「がはっ!」
苦しそうな息が聞こえ、栄次は目を伏せた。障子扉にエンは突っ込み、障子扉の木枠などがバラバラに壊れた。
障子扉の部屋から女の小さな悲鳴が響く。
エンは再び剣を振りかぶってきた。
栄次は刀を返しながらエンと対峙する。エンの攻撃を避け、エンは栄次の攻撃を避ける。お互い切り傷が増えていき、暁の宮の廊下は二人の血が飛び散っていた。
「……もう、やめよう」
栄次はエンに言葉をかけた。この戦いに意味を感じなくなったからだ。
栄次は過去を見て気付いてしまった。
エン達、男の太陽神が戦う力を持たない女の太陽神を守って戦っていること、男の太陽神達もなんで戦っているのかわかっていないこと、この戦いは時神が正義であることを。
「お前達もやめろ。サルは仲間だろう。そのサルが命令違反をおかしたと本気で思っているのか?」
栄次が鋭い瞳で交戦中の太陽神達を睨む。サル一匹に複数の太陽神達が剣で攻撃をしている。サルは太陽神に忠実、サル自体も太陽神に攻撃ができず、鏡の盾で防戦一方だ。
太陽神達もサルを本気で斬ろうとはしていない。誰かに配慮して動かざる得ないようだ。
「……わ、わかっておる……。だが、アマテラス様のご命令には背けぬ」
「逆らうと罰があるというのか。先程の太陽神達のように。太陽神がそんな思考を持ってはいかぬ。独裁ではないか」
栄次がエンから目を離さず、太陽神達をなだめる。
「この会話も筒抜けなのだ。我々はアマテラス様と常に繋がっている!」
「やめろ! あまりこの者に話すな!」
太陽神の一柱をエンが止め、エンは誰かに向かって話し始めた。
「我々は太陽と共に。時神は排除いたします」
「……太陽神を守るために俺を殺しにきているのか。なるほど。話さなくて良い。すべて見えた。女子達はそこか」
「やめろ……。女太陽神は関係がない」
エンは障子扉の部屋内にいる女性太陽神を必死でかばっていた。アマテラス様とやらに伝わるのを恐れ、あまり言葉を発さない。
「……人質か。女子太陽神は産み出す力の強い神。平和を愛する気質だ。こんな斬り合いをしているところなど見られれば神力が不安定になる。戦わぬ方が良い」
「……できぬ」
エンが苦しそうに言葉を発した時、少女の太陽神がエンの前に現れた。
「……っ?」
「ニチメ! 隠れていろ!」
エンは目の前に立った幼い風貌の少女に焦りを見せた。
「あちきは日女神(にちめのかみ)! 女の太陽神であっちが一番戦えるんだ!」
日女神、ニチメは綺麗な橙の髪をなびかせ、剣と鏡の盾を出した。
「ニチメ! やめなさい……」
「血が……なぜこんなことに……」
「ニチメ、手を汚さないで……」
「エン、もう頑張らないで……」
女の太陽神の声があちらこちらからする。栄次は体が震えてきた。
太陽神は誰も戦いに参加していない。上の命令に従っているだけだ。
ニチメは周りの太陽神を守るため、栄次に剣を向けている。
「エンは……や、休んでて……あ、あちきが倒すからね……。うん、あちきが頑張るから……」
ニチメは剣を向けているが虚勢を張っているようだった。栄次が怖いようだ。血に塗れ、刀を持ち、仲間の太陽神をここまで痛め付けた男など怖いに決まっている。
「……娘、俺は……戦いを放棄する。故、剣を下ろしてくれ……頼む」
栄次は悲しげにニチメを見ていた。
「で、できるわけないよぉ……。あ、あんたが……わ、悪くないのは知っているんだ……。で、でも……」
「太陽神の頭がそんな神道的ではないことをするのか?」
「だって、だって……照姫(てらしひめ)様が……」
ニチメは涙目になっている。栄次はニチメの過去を見ていく。
照姫神(てらしひめのかみ)という女太陽神が太陽の頭が出てこないこの数十年、上に立ち頑張っていたようだが、ここ最近、アマテラス神だと言う強力な力を持つ女が現れ、平和の象徴として保とうとしていた照姫を暴力で下し、封印刑にした。
アマテラス神の神力を持つ謎の女に照姫は封印され、優しい気質のアマテラス神力を凶器に使っている。
「……照姫(てらしひめ)は……今も苦しんでおられるのか。封印されるところをニチメは見てしまったと」
栄次からそんな言葉が出て、ニチメは驚いた。
「うっうわあああ!」
ニチメは気持ちが乱れ、剣を栄次に振り下ろしてきた。涙を流しながらニチメは剣を振り回す。
栄次はニチメの剣がすべて見えていた。エンよりもはるかに遅い。
元々、戦ったことがない神だろう。
栄次の冷や汗が頬をつたう。
……どうすれば良い……。トップに立つ例の女がどうくるのかがわからぬ。
エンや彼女達に理不尽な罰がいかないようにしなければ。
栄次は息を飲んだ。
「ニチメ! 時神をもう……攻撃するな……。我らは理不尽に彼に刃を向けているっ……」
「エン、ダメだ! それはアマテラス様に反するよっ! 言っちゃダメだよ! エン!」
ニチメは怯えた顔でエンに叫んだ。エンはあきらめたように目を伏せた。
「時神過去神はお優しい……。我を斬らなかった」
エンがそう言葉を口にした刹那、鋭い神力がエンに雷のように落ちた。
栄次はエンを抱え、アマテラスの神力とやらを避ける。
「……過去神……かたじけない……。我はもう良い。我ではなく……ニチメ達を……」
「……俺があまり頭のことを発言してはいかぬということか。過去は見えた。何も言わなくて良い」
栄次はエンを下ろし、悲鳴を上げている女太陽神達を見回した。
皆、エンを心配している。エンは慕われているようだ。栄次は過去見で深く知った。
「……もう戦わぬ。お前は負けた。この場に残ると良い」
栄次は一言そう言い、戦闘を無理やり終わらせることにする。
ニチメは剣を構えたまま涙を流し、震えていた。
「かわいそうに……剣は持たずとも良い。俺は何もせん」
栄次は怯えているニチメの横をすり抜け、女太陽神達が注目する中、刀を納め、廊下を歩きだした。誰ももう襲っては来なかった。サルも栄次の後を追い、走り出した。
ニチメは脱力したかのように膝をつくと恐怖により意識を失い、倒れた。
エンがニチメを廊下に倒れる寸前で受け止め、戸惑いの表情で栄次の背中を見つめた。
「エン、何も言わなくて良い。彼女が負った恐怖を少しでもなくしてあげてくれないか。太陽は今、見ていられん」
去っていく栄次にエンは軽く頭を下げた。
三話
プラズマとアヤは階段を駆け上がり、二階へ到達していた。暁の宮は三階建てらしい。とにかく広い。階段へ続く廊下は一本のようだが両側は障子で閉め切られているなんかしらの部屋だ。
「女の悲鳴が聞こえる……。下か……」
プラズマが困惑していた。
下の階には栄次がいる。
「栄次が女の子になんかしてるわけじゃねぇよな、たぶん。女の太陽神になんかしたら大変なことになるぞ……」
「大丈夫じゃないかしら? 栄次は同性にだって攻撃できないわよ。優しすぎるの。きっと、なにかあったのよ」
「だな……。でも戻るわけにも行かないし、このまま行くか。俺も異性はちょっとな……。嫌だな」
二階も誰かの気配はするが息をひそめているようだ。
「……このまま上に行っちゃうか?」
「お待ちなさい!」
プラズマの言葉に誰かが反応した。女性の声だ。障子扉が静かに開く。
「こ、黄輪君(こうりんのきみ)様! 出ていってはなりませぬ!」
さらに別の女性達の声がした。
「黄輪の……君?」
プラズマとアヤは眉を寄せ、とりあえず構えた。障子扉から出てきたのは赤い髪をしたプラズマに似た少女。
少女は霊的武器「薙刀」を出現させ構える。
「ここより先にはいかせません。黄輪王(こうりんおう)、リンがお相手いたします」
「……さっきのエンといい、親族ばっかりだな……太陽は……」
プラズマは霊的武器「銃」をとりあえず出した。アヤは眉を寄せながらプラズマを仰ぐ。
「……知り合い? あなたに似ているけれど……。蒼炎王(そうえんおう)エン、黄輪王(こうりんおう)リン、そしてあなたは……」
「紅雷王(こうらいおう)ライってか? どっかの芸術神かよー。俺はプラズマなのー。うーん、知り合いっていうか……姉ちゃんというか……。俺の小さい時にアマテラス様の元へ行ったとされていて……行方不明だったというかー、ほとんど知らないというか。エンはマジで知らなかった」
「……紅雷王、太陽は現在、入城を許可しておりません。すみやかにお帰りなさい。蒼炎王を下したからといい気になるんじゃありません」
リンは薙刀を構えながら睨み付けてきている。気迫を感じた。
「エンは負けたのか、栄次に。なるほど。それで悲鳴があがっていたわけか。ここにも多数の太陽神がいるようだが、俺とやるってこと? 俺、まあまあ強いぜ」
「わたくし達は陸(ろく)担当の太陽神、エン達は壱(いち)担当の太陽神。壱の太陽神は現在休めておりません。わたくし達、陸担当が本格的にお相手します」
リンの手はわずかに震えていた。あまりやりたくないのかもしれない。
「無理すんなよ。あんたら、俺達を追い出すことはたやすいだろうが、滅多打ちにするのはできないだろ。なに? 上が殺せと命令してきたの?」
プラズマが冷や汗をかきながらリンを見据える。
「そうです。アマテラス様のご命令です。時神は特に邪魔、暁の宮に絶対に入れるな、殺せという命令をうけております。入れてしまいましたのでおそらく、私達も蒼炎王もただではすみません」
リンは薙刀を突き立てた。プラズマは慌てて避ける。風圧が炎のように巻き付き、リンは神々しく輝く。
「ま、待てよ。このままこんな思想だと太陽が傾くぞ。あんたら全員、邪神に落ちる!」
「わかっています!」
リンは薙刀でプラズマに斬りかかった。
「やめろってば!」
プラズマが危なげに避ける。しかし、頬を切られた。血が廊下に散らばる。リンは血に怯えていたが、息を吐き、覚悟を決めた目でプラズマを睨み付けた。
「……姉ちゃん……やっと会えたのに」
プラズマはリンにせつなげに言葉をかけた。
「……暁の宮にはあなたの親族がたくさんいます。わたくしは太陽神達を守らねばなりません」
リンは薙刀を振り回し、的確にプラズマを襲う。プラズマは未来見で辛うじて避けていく。
アヤがプラズマに早送りの鎖を巻いた。プラズマはリンの薙刀をなんとか避けていく。攻撃の隙が見つからない。
「まいったな……けっこう強い」
プラズマがつぶやいた刹那、他の太陽神達が障子扉から複数飛び出し、必死にアヤを捕まえ、床に押し付けた。
女性も男性もいる。まだまだ障子扉奥には太陽神がいるようだ。
「……あぐっ!」
「あ、アヤ!」
プラズマがアヤに気を取られた一瞬でリンはプラズマを切り裂いた。
「……ぐあっ!」
プラズマが口から血を漏らしながらうつ伏せに倒れる。さらに傷をリンの神力が焼く。リンはさらに震えていたがプラズマを睨み付けていた。
「ぷ、プラズマ!」
「うっうう……」
アヤは押さえつけられながらプラズマに巻き戻しの鎖を巻いた。傷は元に戻る。
プラズマはすぐに立ち上がりリンと距離をとった。
「はあ、はあ……わかった。そっちがそうなら……」
プラズマは神力を爆発的に解放した。髪が伸び、霊的着物へと変わる。
プラズマの鋭い神力でアヤを押さえつけていた太陽神達が気絶して倒れた。
「アヤを放せ。彼女は現代の時を司る現代神であるぞ」
プラズマの神力を浴び、障子扉奥に隠れていた太陽神達が次から次へと倒れる音が響く。
「プラズマ……もうやめて。私も……倒れてしまうわ」
アヤがプラズマを止め、プラズマは神力の放出をやめた。アヤは障子扉の奥で気を失った幼そうな太陽神に駆け寄っている。
リンは倒れない。薙刀を構えているが冷や汗が頬をつたっていた。
「あの子は……最近出現した私の娘です。最近、私と結ばれた夫はエンと共にあなた達を追いかけて、帰ってきません。これが……わかりますか」
「……わかるよ。今の太陽の頭がやばいやつってことがな。ねぇちゃんの旦那は消滅してないよ。サキっていう太陽神が神力をわけてた。太陽神の方の……かな」
「サキ……様」
リンがそうつぶやいた時、強力な神力がリンに落とされた。アマテラスの神力。プラズマは未来見で神力が落ちる前にリンを押し倒して回避した。
「う……うう……」
プラズマがリンを守り回避したはずだがリンは腕から肩先からあちらこちらがこげていた。
「……避けたはずだぞ!」
プラズマがリンに駆け寄り、必死に傷を見る。
「ごめん、姉ちゃん! うまく避けられなかった! 俺、あんまり戦うの得意じゃないんだ」
「プラズマ、横に避けて」
アヤがすぐに巻き戻しの鎖をリンに巻く。
「アヤ……ありがとう……。これは酷すぎる。姉ちゃん、なんもしてねぇのに」
リンは回復し、自分のために怒るプラズマをせつなげに見ていた。
「……紅雷王、現代神、ありがとうございます。やはり戦うことはできません。わたくし達は本来、こうあるべきではありません。太陽がこうでは……」
リンは目に涙を浮かべた。
「うん。そうだね。なんも言わなくていいぜ」
「……サキ様を助けてください。サキ様はアマテラス様の力を受け継いだ太陽神です。人間からはじまり、徐々に力が強くなりました。サキ様の母親は……それがわかり、態度を変えました。親は子供の神の名を変えられ、神力をある程度操れる期間があります。………サキ様は母親からアマテラス様の神力を剥奪されたり、戻したりされ、徐々にアマテラス様の神力がなくなっています。壱の世界にいらっしゃったサキ様は太陽神の神力を剥奪され、人間とも神とも言えない何かに変えさせられた姿です。太陽神ではないため、陸にも壱にも出現します。ただ……彼女が現れるのは神力を剥奪されたタイミングです。太陽神と神と人間を行き来させることで、神力を混ぜ、太陽神の力を薄め、いずれ、サキ様を消滅させてアマテラス様の神力をすべてあの母親が……」
リンに再び神力が落ちる。
「姉ちゃん!」
プラズマは動けず、呆然と立ち尽くしていた。煙が晴れると栄次がリンを抱えているのが見えた。
「栄次!」
栄次はケガをしており、あちらこちらに切り傷があるがリンを守った。
「話しすぎでは……。危なかったぞ」
「……あなたは……エンと戦っていた……」
「時神過去神、白金栄次だ」
栄次はリンを抱え、アヤがいる幼い少女の前まで歩いた。
「心配だっただろう。子供と共にいると良い」
「……ありがとうございます……」
「悪い、ねぇちゃん、気絶させちまった」
プラズマは申し訳なさそうにあやまる。そんなプラズマをリンは真っ直ぐ見つめた。
「あなたはあなたの仕事をしたのです。別に良い。時神現代神を拘束しようとしてしまい、申し訳ありませんでした。ただ、この上には向かってほしくはないので、わたくしは全力であなた方を止めねば……。このまま行かないでほしい」
リンがそう言い、時神達がどうするか悩んでいたところにエンがニチメを抱えてリンの元へやってきた。
サルも共に来ていた。
「リン、ニチメが……」
「……そんな……」
リンはニチメを見て震えた。気を失っているニチメは足先から徐々に消えていっている。
「こんな小さな女の子まで……」
プラズマは拳を握りしめた。
太陽がおかしな舵取りをしているため、元々の太陽神としての神格が保てなくなっているのだ。
「ニチメは……明るい太陽のような子供の笑顔とヒマワリからきている女神。もうそれが保てなくなっている」
「そんな……」
リンはうなだれた。
エンはリンに悲しげな顔を向けつつ、一緒に来ていたサルに目を向ける。
「サル、お前は太陽にいなかった。だから、影響を受けていない。そのまま……上に立ったあの女を止めてくれ。このままでは……太陽神は全滅する」
「や、やつがれにはそんな力はないでござる……。太陽神様の使い故……」
サルは困惑した顔でエンに答えた。
「お前しかおらぬのだ」
エンは目を伏せ、しぼりだすように言う。
「……サル、行こう。このままだと正の力の太陽神から消える」
「プラズマ殿……」
プラズマは怒りをまとわせながら歩き出した。彼にも太陽の力があるのだが、それに気がつくのはまだ先である。
「……もう、止めることはできない。彼らに助けてもらう他、我々には道はない。リン、我々は倒れた太陽神、怯えている太陽神達を守ろう。照姫(てらしひめ)ならそうする」
「……そうですね」
リンは悲しそうに自身の娘をそっと撫でた。
※※
「ところで……おぬしは太陽神なのかの?」
ヒメは不思議そうに尋ねた。
時神を見送った後の神社内で小さなサキは倒れた男性太陽神達に神力を与えていた。
「あたしは太陽神だよ。今は。ダメだね……もう、力がほとんど残ってないよ。後、二回くらいで限界かな」
「なぜ、そこまで太陽の力を失っておるのじゃ?」
「お母さんが……あたしのこと、嫌いだからだよ」
サキはどこか悲しげに答えた。
「仲が悪いのかの?」
「……お母さんは優しい人だったよ。あたしが七歳超えたあたりでアマテラスの神力を持ち始めた。あ、あたしはさ、今は、十七年目の神なんだ。太陽神は神力の安定が遅くて、外見はまだ幼く見えるだろう? 話を戻すと、お母さんは熱心に太陽を、アマテラスを信仰していた。だから、なんで自分じゃなくて娘がって思ったんだ。太陽神はいるけどアマテラスはお話の中での存在。アマテラスを祭る神社なんて、ここしかないんだ」
「……こちらの世界ではアマテラス様は確かにおらぬな。おらぬことになってはいるのぅ……」
「……何か知っているのかい?」
サキに尋ねられ、ヒメは慌てて口を閉じた。
「いやー、知らぬ、知らぬのじゃ。それで? おぬしは子供に見えるが十七年目の神と……」
ヒメが話を続けようとした刹那、小さなサキが呻いた。
「う、うう……もう、あたし……太陽神力がほとんど残ってないんだよ……お母さん」
小さくか細くつぶやいた小さなサキは、その場で急に十七歳のサキになった。
「な、なんと……サキ、大丈夫かの?」
「うっ……あれ? なんであたし、こんな場所で寝てるんだい? ってなんかコスプレイヤーみたいな人が沢山倒れているけど、なに? うち、イベント会場にでもなったのかい?」
「……サキ……」
ヒメは戸惑いの声をあげた。
サキは母親から神力を剥奪され、今、人間と太陽神ではない神力を微妙に纏わせたよくわからない者に変貌していた。
「あれ? 暑いねぇ。なんか寒かったような気がしたんだけど。まあ、いっか。イベントやるなら他所でやってほしいわー。なんか楽しそうだけど」
「……何も覚えてはおらぬのか?」
ヒメの言葉にサキは首を傾げた。
「なにが? てか、君、どっかで見たような……。ああ、だいぶん前にうちでコスプレして立ってた子供ちゃんじゃないかい! 駄目じゃないかい、お仲間連れてくるのはいいけど、一応、うちなんだからさ」
「……そ、そうかの」
ヒメが曖昧に返答した時、サキの足元に突然に五芒星が現れた。
「うわあ! な、なんじゃこりゃ?」
サキが驚いている一瞬でサキはすぐに消えていった。五芒星もすぐになくなってしまった。
「……あれは高天原産のワープ装置……まさか……例の母親とやらに連れ去られたか! これはまずいのぅ。追いかけるか……」
ヒメが焦っていると、倒れていた太陽神の男が目覚め、上半身を持ち上げてこちらを見ていた。
「歴史神殿、太陽の門を……繋ぎ止めておく故……向かってくだされ……」
「……あまり話すでない、太陽神よ……。わかったのじゃ、ありがとうなのじゃ。すぐに向かう故、自身を大事にするのじゃ……」
「……情けなし……。妻と娘がいるのだ……。守ってやれぬ……」
「……リンか。安心せい。時神を追いかける故、しばし、そこで癒せ」
ヒメは霊的空間が広がる太陽の門と階段を上り始めた。
母と娘
サキはまどろんでいた。
笑顔のお母さん。
「アマテラス様を祭る神社はもうここだけ……。他の太陽神の神社はとりあえず、照姫(てらしひめ)を祭るようになった。うちは昔からずっとアマテラス様を信じるわ」
お母さんはサキの席があるテーブルに手作りのクッキーを置いた。
「わあ、おいしそうなクッキー!」
「何飲む? 麦茶?」
「お母さんが作った梅ジュース!」
「ああ、こないだ作ったあれね。じゃあそれでティータイムしましょ、サキ」
幸せそうな自分と笑顔なお母さん。
ずっと一緒に過ごしてきた。
特に何もない平和な親子だった。
それが十年ほど前から崩れ去る。
ある時、サキは不思議な力に目覚めた。燃えるような熱い何か。子供のサキは戸惑い、母に相談を持ちかける。
「お母さん、あたし、なんか変なんだよ。なんなんだろう? 体が熱いんだ」
そんなことを言うサキにお母さんは眉を寄せていた。
……なんでこの子が、アマテラス様の力を持ち始めたの?
ここを保たせているのは私なのよ!
私がアマテラス様の……
「お母さん、聞いてる?」
サキに問われ、母は我に返る。
「聞いてるわ、それはあなたが……」
「お母さん、どうして、そんな辛そうな顔に……」
「あなたが太陽神として自覚したからよ……」
嫉妬を抱えながらも母はサキと平穏に過ごそうと努力をした。
「大丈夫よ、私があなたを……守るから」
だんだんと生活するにつれ、母の励ましの言葉には感情が何も含まれなくなった。
サキの力は日に日に増大していき、サキが太陽神のトップに立つことはもうすでに確定していた。アマテラス大神が伍の世界に行き、隠れる手前に発言していた予言、いずれ私の代わりが現れる、私の力をこちらに少し残す、と言っていたことはこの時、記憶操作されていたプラズマは知らないが、世界大戦時にプラズマにアマテラス大神がそう伝えていた。
この時期は知るよしもないが。
しかし、「私の代わり」というのがサキであることは間違いなかった。
アマテラス大神を皆が忘れているこの時代は誰も気がついていないのだ。
忘れ去られたアマテラス大神を唯一祭るこの神社に住むサキの母は、サキがアマテラス神力を持ってうまれ、いずれ太陽の上に立つことに気づいた。
「……この子じゃなくて、私がなるべきだわ。アマテラス神に」
母はおかしくなっていった。アマテラス大神になろうとしていた。
自分ではなく、自分の子がアマテラス神力を持ち、太陽神になることが許せなかった。
母はサキからアマテラス神力を剥奪し始めた。気付かれないよう慎重に。
太陽神のサキには神としての名前があった。母はそれに注目し、親であれば名をしばらくは変えられることを知り、サキから太陽神に関係する文字をとった。
「照」、「天」、「輝」などだ。
サキは太陽神を剥奪され、神になった。そして一回目、サキは向こう側である壱の同じ神社の前に現れる。太陽神は二柱いない。
壱と陸を太陽と共に交互にまわっているため、バックアップの世界にはいないためだ。
なんだかわからない神になってしまったことによりサキは二柱になった。今度はサキの名前に太陽神の文字を戻した。
すると、壱にいたサキが跡形もなく消えた。壱のサキは陸にいるサキやサキの母からは観測はできないが、それよりも、ずっと一緒にいるサキの太陽神力がかなり減っていた。
サキの母は口角を上げ、不敵に笑う。
「これだ……。これであの子の神力を徐々になくせる……」
サキは太陽神力現れる不鮮明な時に名前の剥奪などをされた影響により、人間のデータも残ってしまった。
サキの母はさらに何度も名前の剥奪と元に戻すを繰り返し、サキの力をどんどん削いでいった。
名前を剥奪するたびに現れたもう一人のサキは誰もいない神社に当たり前に住み始め、なんの疑問も持たずに名前を戻されたタイミングで消える。
十年、繰り返された。
向こう側に現れるもうひとりのサキは十七歳になった。人間と神が混ざるよくわからない人物となり、人間の時間軸で現れたり消えたりしながら成長をしていた。
たいして、オリジナルのサキは成長もせず、太陽の力も完璧にはなくさずにきていた。母が自分から力を奪っていると知った時、とても悲しい気持ちだった。
新しい力はわき出るものの、すぐに奪われるのでサキは次の一回で神力がなくなり消滅すると考えていた。
母の体にアマテラス神力が漂いはじめ、母は太陽から帰ってこなくなった。
サキはずっと母を神社で待ち続けた。
「お母さんのために神力を渡して、あたしは消えるのか。それでもいいかもしれない」
サキはそんなことを思っていた。
母は優しかった。
優しかったのに。
サキは虚無な時間を過ごした。
自分が一人の人間になり、お母さんが太陽のトップになる。
それでも良いと考えていたが、母はアマテラス神力を持っているわけではなく、サキから奪った力を纏わせているだけだった。
太陽神の本質もわからずに母が太陽を壊しはじめているというのをサキは知るが、天に向かって「もうやめて」と言うことしか、もはやできなかった。
「あたしは結局、なにしてたんだろ?」
サキは目の前に現れた幼いサキに目を向ける。
「あっち側のサキ、はじめまして。あたしは……こっち側のサキだよ。あたしとあんたは同一神物なんだ。元々一柱さ。今回は同じ陸(ろく)で神力の交換をしたからあんたはあたしの世界に現れた」
「全くなんだかわからないね。家に帰しておくれよ、もう」
サキは幼いサキにあきれた声を上げた。
「次は、あたしとあんたが一つになる。そうしたら、あたしは今を保てないかもしれない。あんたは太陽の力がない人間に近い神のような何かだ。そんなあんたと混ざったら、あたしの太陽の力はなくなってしまうんだ」
幼いサキは悲しげにサキに話してきた。サキにはよくわからなかった。いままで特に疑問はなく、生活してきた。
「あんたは元々、あたし、神社でお母さんと暮らしてる。あんたの生活費はお母さんがこちらの世界の、うちの机にお金を置いていた。壱と陸はバックアップ関係だから同じものが置かれる」
「へぇ、だから机にいつもお金が……」
サキはよくわかっていないが、机の上にあったお金を勝手に使っていたので使って良いと知り、安心した。
「あんた、何もわかってなさそうだけど、あたしなんだよ」
「あたしの小さい頃なんじゃないの?」
サキは走馬灯でも見ている気分だった。
「あたしは今もこんなだ。あたしの神力が安定しないから子供の姿のままなんだよ」
「へぇ、よくわかんないなー。しんりょくってなにさ?」
サキの質問に幼いサキは答えなかった。答えてもきっとわからないだろうと考えた。
「ねぇ……」
代わりに幼いサキはサキに質問を投げかけてきた。
「ん? なんだい?」
「あたしはさ、お母さんを止めた方がいいかな……」
思い詰めたような幼いサキにサキは首を傾げた。
「君のお母さんが何か悪いことをしようとしているなら、あたしは止めにいくかな。何したか知らんけどねぇ」
「……あのさ、あたし……お母さんにさ、ひどいことされてたんだけどさ……止めにいった方がいいのかな」
幼いサキはサキに助けを求めるように尋ねてきた。
「ひどいことねぇ……どうだろうねぇ。一瞬、放置したくなるねぇ。でもさ、あんたは止めようとしてるんじゃないかい?」
逆にサキに尋ねられた幼いサキは下を向いた。
「あんた、お母さんのこと、そんなに嫌いなのかい? 止めにいく行かないをどうしてそこまでこだわるんだい?」
「嫌いじゃなかったんだよ。すごく好きだったんだ」
幼いサキがしぼりだすように言う。
「じゃあ、助けに行くべきかもねぇ。あたしは、あんたを応援するよ」
「……そっか」
視界がだんだんと暗くなってきた。向こうのサキが見えない。
……あんたは、そういう考えか。
「……はっ!」
サキは目が覚めた。暁の宮最上階の一部屋でサキは眠っていたようだ。
「……んん」
体を起こし、目の前にある鏡で自分を見る。先程まで、成長していた自分を見ていた。だが鏡に映った自分はまだ幼い風貌だ。
「サキ、目が覚めた?」
目の前に立って声をかけてきた者はサキの母親だった。
母親はアマテラス神力を纏わせ、微笑んでいた。元々、あの神社を守り続けていたのはサキの母だが母は人間だ。
人間は神にはなれない。
霊などの存在になってからの話だ。
「お母さん、もうやめようよ……」
「サキ、だいぶん太陽神の力がなくなったわね、もう少しよ。もう少しで人間になれるわよ、サキ!」
「お母さん……」
興奮している母にサキは何も言えなかった。
「じゃあ、もう少しで私が太陽神の上に立てるから、あなたはここに向かってくる時神達を消しなさい。お母さんとあなたのためよ、できるわよね?」
「……で、できないよ……」
サキは陽気な母に静かに伝えた。母は笑顔を消し、サキを睨み付けてきた。
「ダメよ。あなたは私の下なの。私がもう少しで太陽の上に立つ! あなたは次で消滅する。人間に『戻れる』わよ! とりあえず、行きなさい! はやくっ!」
母の圧にサキは悲しくなりながら頷いた。優しいお母さんはいなくなってしまったのか。
もう一度、元に戻ってほしい。
サキは暗い顔で障子扉を開けた。
二話
合流した時神達、サルは三階の階段を登り途中で幼いサキに行く手を阻まれた。
「子供のサキ……私達より先に……上にいたのね? 倒れていた太陽神は大丈夫だったの?」
アヤは雰囲気のおかしさに気がついたがとりあえず、尋ねた。
「太陽神達は大丈夫だったよ。あたしの神力でなんとかね。でもさ、あたし、あんたらを倒さなくちゃいけなくなったんだ」
幼いサキは手から太陽の剣を出現させた。
「え……?」
アヤは怯え、不安そうにサキを仰いだ。
「三階には行かせない。全員ここで消えてもらうよ!」
サキが剣と鏡の盾を持ち三階から飛んで攻撃をしてきた。
間に入ったサルが鏡の盾で時神達を守る。
「サキ様、あなたは太陽神の頭でござる! こんなことしては……」
サルが声をかけるが、サキは太陽神力を放出し、炎を撒き散らした。
「あんたはお母さんを裏切ったサル……。あたしがこちらの世界の太陽神だと知ったから手のひら返したんだね」
「サキ様、やつがれが探していた太陽神様はあなたでござる! 向こう側にいたあなたは……太陽の力がなかった……。だから、気がつかなかったのでござる」
「あっちもあたしなんだよ!」
サキは剣を振りかぶり、サルを襲う。
「さ、サキ様……」
サルがサキの剣を受け止めた刹那、突然、強力な神力がサルに落ちた。
「サル……っ!」
サルを引っ張り、強力な神力から助けたのは栄次だったが、サルは栄次の前から唐突に消えた。
「消えた……」
「お母さんに呼ばれたのか。あのサル、再起不能にされる」
サキがわずかに震えながら小さくそう言った。
「……はやく、あんたのお母さん、止めないと……」
プラズマがサキを説得しようとするが、サキは燃える炎を自分の後ろに壁のように作った。
「行かせないよ。あんた達は……お母さんをあたしから奪う気だ。お母さんはあたしの大事なお母さんなんだ」
サキはプラズマに剣を振りかぶった。慌てて栄次が間に入り、サキの剣を刀で弾いた。サキは冷や汗をかきながら手を前にかざし、栄次めがけて炎の柱を飛ばした。栄次は刀で炎を軽く切り裂いた。
「うわあああ!」
サキが栄次に剣を凪払う。
「栄次! 反撃するな!」
プラズマに鋭く命令された栄次はサキの剣を軽く避け、剣を弾きとばすのも止めた。
「当たらないっ! くそっ!」
サキは栄次に何度も剣と炎で攻撃するが栄次には当たらない。
「やめろ……子供が剣など振り回すな」
「あたしは子供じゃないっ! あたしは十七だ! 外見が子供のままだけどね!」
サキの剣先が鋭くなってくるが、サキは剣術を知らない。
栄次には当たらない。
「お母さんはあたしの大事な家族だ! 時神に消されてたまるか! 止めるだけに……してよ……。お願いだよ……」
「和解できるなら和解を目指すよ!」
プラズマは困りつつ、そう発言した。
「そんなこと、絶対……。あそこまでやってしまったんだ。お母さんは許してはもらえない」
サキは必死に栄次を攻撃してきた。一番手強いのが栄次だからだ。
「……申し訳ない」
栄次はサキから剣を弾き飛ばし、鏡の盾をはたき落とし、拘束した。
「お母さんはっ! 本当は優しいんだ……! お母さんになにもしないでおくれっ! 止めなきゃいけないのはわかっているんだ!」
「サキ、落ち着け……」
「がはっ……」
栄次がそう声をかけた刹那、サキが口から大量の血を吐いた。
「なっ!」
「神力が……くっ……あたしはもう……」
サキは驚いている栄次を突き飛ばし、再び剣と鏡の盾を出現させた。血が口から滴っており、かなり立っているのも辛そうだった。
「も、もうやめろ!」
「それ以上、神力を使うな!」
栄次とプラズマが声を荒げ、アヤは怯えながら巻き戻しの鎖をサキに巻く。しかし、サキの神力はたいして戻らなかった。
「力が……戻らない。あなた、なんでこんなにも力を失っているのよ!」
「うるさいな!」
サキはさらに神力を放出した。
「やめろって言ってるんだよ!」
プラズマが霊的武器「銃」をサキに向かって撃った。
サキは飛びそうになる意識を呼び戻し、炎の柱を目の前に張った。弾は消えてなくなった。
「避けんなよ……当たっとけよ……。これ、神力を網にした銃だ。捕まえようと思ったんだが」
「はあ……はあ……うっ……」
サキは剣を床に刺し、かろうじて立っている状態だった。着ている子供用のワンピースはサキの血で赤く染まっている。時神達は見ていられなかった。太陽に詳しく、太陽神の力を持つ、この子供姿のサキは、違法だとわかっていて母を止めようとしているが、母を守っている。
気合いで立ち、階段上から時神達を太陽神とは思えない顔で睨み付けていた。
「どうする……? あの子、消滅するぞ」
「……原因は母君だ。彼女を助けるには母君が奪った力をサキに返さねばならぬ」
「和解は無理か。あの子はそれがわかっていて……」
栄次とプラズマは辛そうにサキを見上げた。
「そうだ。だから俺達を攻撃してきている。揺れているのだ。先程は母君を止めてほしいと俺達を太陽に入れたはずだ」
「……そうだな。かなり矛盾している。はやくサキの母親ってやつをどうにかしないとサキも危ない」
プラズマは眉を寄せた。
「プラズマ……あの子は攻撃できない」
栄次の刀が震えていた。
「わかってるよ……あんたはそういう男だ。連れ去ろう。アヤ、俺達に早送りだ」
「わ、わかったわ」
プラズマの言葉に動揺しつつもアヤは慌てて早送りの鎖を栄次とプラズマに飛ばした。
「栄次、攻撃するふりだ」
「……わかった」
栄次がサキの前に入った。サキは剣を栄次に向かい凪ぎ払ってきた。
栄次がわずかに後ろにさがってかわした刹那、プラズマが後ろからサキを拘束した。腕をとり、剣をはたき落とす。
「くっ……」
「一緒にお母さんのところに行くぞ。だっこしてやるから」
「待っておくれ! あたしは時神を消去しなくちゃいけないんだよ!」
「いい加減にしろ。『アマテラス様がそんな乱暴な言葉をおっしゃるわけがない』。あんた、自分のことも考えて動けよ。もう、立ってらんないだろうが」
プラズマに睨まれてもなお、サキはプラズマから抜けようとする。
「やめろと言ってるんだ! 消えるぞ、あんた」
「あたしはもう消えるんだ! だから……」
「良いわけねぇだろ! サキ、お前は太陽神だ。俺はわかったぜ。お前は太陽の頭、『アマテラス様の力を受け継いだ、太陽神達が待ち望んでいた存在』だ! それがわからねぇのか! 神は人間とは違う! お前はもう、人間の子供として生きてちゃいけねぇんだよ!」
「……あたしはっ……がふっ……」
「おい! しゃべんな!」
サキは言葉を話そうとしたが、神力を使いすぎたらしく、再び血が逆流し、血を吐いた。
「はあ……はあ……」
「……辛そうだ……。一回、休め。神力が逆流してる」
「あたし……なかなか消えないねぇ……げほ、げほ……」
「いいから、話すなよ。太陽のトップがそんな簡単に消えてどうするんだ」
プラズマは幼いサキを抱き抱えた。
「お母さんにさ、この力を全部あげてあたしはさ……」
「あげることなんてできないさ。あれはあんたの神力だ。あんたのお母さんがアマテラス神力に逆らい、あんたの力を使って暴力行為に走っているんだ。アマテラス神力への違反行為はあんたに全面にかかる。あんたのお母さんはそれがわかってやってんだ。悪質だろ」
「……知ってるよ……。でも……あたしのお母さん……なんだ」
「……気持ちはわかるよ」
プラズマは霊的武器「銃」を取りだし、焦点が定まらなくなってきたサキのこめかみに当てる。
「ま、待て……プラズマ……」
「プラズマっ!」
栄次とアヤの悲鳴に近い声を聞きながらプラズマはサキに向かって神力の銃を撃った。
サキは意識を失い、プラズマにもたれかかる。プラズマは手の震えを抑えながら、サキをしっかりと抱きしめた。
「意識を失わさせただけだよ……。ちょっとショッキングだけど」
サキは何の怪我もしていなかった。
「……かわいそうに」
栄次は刀を鞘にしまい、目を伏せ、階段をのぼり始めた。アヤは何も言わず、顔色が悪いまま栄次についていく。
「連れていこうと思ったけどやめる。サキを太陽神達に預けたい。神力をわけてもらえば少しは楽になるはずだ」
「それは……わたくし達がおこないましょう」
階段をのぼって来たのはリンだった。
「ねぇちゃん、太陽神トップに銃つきつけて悪かったな」
「しかたありません」
プラズマはリンにサキを渡した。
「かなり衰弱している。彼女の神力をある程度戻さないと、まずい」
「ええ、大丈夫です。沢山の太陽神がサキ様に力を与えます。あなたは早く、あの人間を止めてください」
「……ああ。だから、サキを気絶させたんだ。俺達時神は……今の太陽を許さない。起きたらすべてが終わっているといいな」
プラズマはリンにそう言うと背を向けた。
「わたくし達はもう、あの女には従いません。なにがあってもです。あなた達を傷つけてしまったこと、申し訳なく思います」
「……ねぇちゃん……いや、お姉様、ご無理をなさらず、太陽神達をお守りください。私に攻撃をしてきたことは仕方のないことで流します。どうか、ご無理はなさらず」
プラズマはそれだけ言うと、そのまま三階へと階段をのぼっていった。
三話
時神達は階段を登り、三階までやってきた。
「あら、ついにきてしまったわね、時神」
廊下の先に禍々しいものを纏った女が立っていた。
「……あんたがサキの母親か」
プラズマが鋭く尋ね、アヤは横で怯えていた。
「そう、私はアヤメ。太陽神の上」
サキの母、アヤメは突然、アヤに神力の雷を落としてきた。
「ひっ!」
アヤは小さい悲鳴を上げたが栄次がアヤを抱え、神力を回避していた。
廊下と一部の天井に穴があいた。
「全員、下の階に落下させて致命傷与えてやろうか? 私はあんたら時神が嫌いだよ」
アヤメの存在はアマテラス神力を取り込んで幻想になりかけている。アヤメはゆっくりと浮いた。
手をかざし、先程の強力な神力を次々と落としていく。
「まずい、下に太陽神達とサキが……」
「心配ないのじゃ。ワシがおる!」
さらに後ろから階段を上がってきたのはヒメだった。ヒメは穴があいた廊下部分に結界を張っていた。
「ヒメ……」
「時神よ、あの女をすぐに止めるのじゃ。やつは人間の歴史にあってはならんことをしておる」
ヒメは厳しい顔つきでアヤメを射貫いた。
「……止めるとは、そういえばどうする?」
栄次がヒメに尋ね、ヒメはアヤを見た。
「アヤが……導くはずじゃ」
「えっ……?」
アヤは動揺の声を上げた。
「何を話し込んでいるの? 全員消えな」
アヤメが再び、多数の強力な神力を落とす。ヒメが結界を張って時神を守ったが、天井が崩れ、青空と宇宙が混ざり合ったような空が現れる。
アヤメは空に舞い、アマテラス神力の炎を時神にぶつけた。
「まずい、なんだ、あの力!」
プラズマがアヤの手を引き、炎を避けたがアヤとプラズマは円形の炎にとらわれた。
熱風がふたりを焼く。
「あ、あつい……」
「アヤ、神力を安定させろ」
「あんな強力な力にどう立ち向かえばいいの?」
アヤは震えていた。プラズマはアヤに結界を張り、炎に耐える。
「俺は結界がうまくないんだ、ごめん」
プラズマがあやまったところで栄次が炎を刀で切り裂き、ふたりを炎の柱から出した。
「大丈夫か!」
「アヤは大丈夫だ。俺は……」
「……っ!」
アヤと栄次は息を飲んだ。プラズマの背中が焼け焦げ、血が流れ出ていた。
アヤが慌てて時間を巻き戻す。
それを見たアヤメは狂喜的に笑い出した。
「そう、その能力、ほしいわねー」
「……あなた、サキのお母さんでしょう? サキは心配じゃないの? あの子、血を吐いたわよ!」
アヤが意味のない質問をした。
「心配よ。心配すぎるわ。あなた達のせいで余計な力を使ってしまっている」
「アヤ、彼女には何を言っても無駄そうだ。だいたい、サキを見殺しにしようとしている」
プラズマはアヤをなだめ、アヤを庇うように立った。アヤが時神達のカナメなため、アヤに何か危害があると問題が起きるためだ。
「プラズマ……」
「あの女はあんたの力がほしい。何をされるかわからない」
プラズマがそう言い、栄次は刀をとりあえず構えた。
「太陽神が使えないなら、使いのサルを使えばいいのよ」
アヤメは先程連れ去ったサルを指を鳴らして呼んだ。サルはアヤメの前に連れてこられ、時神を倒せと命令された。
「さ、サル……? 大丈夫なの?」
アヤが尋ねると、サルは突然に襲ってきた。
「なっ! 何をしたんだ! あんた!」
サルに傷はない。今回、一番影響を受けていなかったサルがアヤメに連れ去られたことで、なんだかおかしかった。
「時神は敵でござる」
いつものサルの雰囲気ではなく、本気で剣を振るってきた。栄次が間に入り、剣を受け止める。
「あははは! そう、敵は時神。猿達は本当にアマテラス神力に従うのねぇ、おもしろい」
「……お前、何をしてんのかわかってんのか! アマテラス様の神力は……そんなんじゃねぇんだよ。人間風情が神を使おうなどと……」
プラズマは霊的武器「弓」を取り出し、恐ろしい顔で睨み付けた。
「プラズマ! どうしたのよ。あなた……そんなこと言う神じゃなかったはず……」
アヤがプラズマを揺すり、プラズマは我に返った。
「……え、あ、ああ。弓でサルの動きを止めてみよう」
プラズマがサルに神力の弓を放つがサルは飛び退いて避けた。
「追尾するぞ」
神力の矢が柔らかく曲がり、サルを再び襲った。サルは鏡の盾を操り、プラズマの神力の槍を跳ね返し始めた。
「そんなこと、できるのかよ……」
冷や汗を拭いながらプラズマは飛んできた神力の矢を結界で防いだ。サルは栄次を襲う。剣は避けるが、あまり反撃しない栄次。
「やっぱり、栄次、やりたくなさそうだな。栄次、黒幕はそこの女だ。捕まえるぞ」
プラズマの言葉に冷や汗をかきながら栄次は頷いた。
「大丈夫か? 栄次」
「……申し訳ありません、紅雷王様……。どうにもやりにくく……」
「サルはあの歪んだアマテラス神力を受けておかしくなってる。あの女を止めなければ……」
プラズマは栄次の前に結界を張り、サルの攻撃を防いだ。
「栄次、大丈夫か?」
「……申し訳ありません」
「サルを止めないと……」
「わかっています」
栄次は先程まで仲間であったサルに攻撃をしたくなかった。
サルは鏡の盾を反射させ、栄次達の視覚を奪う。栄次は仕方なく構えた。
視覚がおかしい中、栄次はサルに刀を振るう。だが距離を間違え、当たらなかった。
鋭い剣撃が栄次を襲う。栄次は光の点滅の中、かろうじて避けた。着物が裂ける。
それを確認している暇もなく、サルは太陽神の神力を放出し、炎を撒き散らした。暑いのと反射で栄次の神経をおかしくしていく。
栄次が反応しきれなくなり、プラズマが未来見で的確に結界を張って栄次を助ける。
「ラチあかないな。サルを倒さないといけないのか?」
プラズマが困惑していた時、アヤが何かに取りつかれたように歩きだした。
「アヤ! なにしてんだ! あぶな……」
プラズマの言葉はそこで切れた。
アヤの瞳に時計が回っていたからだ。アヤは意識がない。
「ア……ヤ?」
「ついに始まったかの。時神による裁きが……」
下の階に何も起きないように結界を張っていたヒメが意味深な言葉を吐いた。
四話
サキは再びまどろんでいた。
「あれ? またちっこいのがきたね」
「あ、サキ……大きい方の……」
サキは年相応の大きくなったサキを見上げる。
「さっき、消えたけどまた、現れたね」
「あ……あのさ」
サキは大きいサキをなんとも言えない顔で見上げている。
「なんだい?」
「やっぱりお母さん、止めること、できなかったよ」
「そうかい。それは感情から? まあ、止めらんないのもわかるさ」
大きいサキはサキに同情する。でも、彼女は肯定も否定もしない。そしてどこか達観している。
「ねぇ、あんたさ、もうすぐあたしと混ざり合って、あたしごと消えるって言ったらどう思う?」
サキは少しだけ震えながら大きいサキに質問した。
「……うーん。別に。あんた、あたしなんだろ?」
「別に、で、終わる話じゃないよ! あんたはあたしじゃないよ! あんたはもう、あたしじゃない……。何て言ったらいいんだろう……」
「うん、まあ、あたしはあの神社で勝手に飲み食いしちゃあ、やっぱダメだよねぇ」
「そういうことを言っているわけじゃない! あたしとあんたは……」
サキは涙をこぼしながら抜けた表情をしている大きいサキを睨む。
「あんたは! あたしと別な人生を歩んでしまった別の人格で! あたしとあんたはそれぞれ違う感情を持った別の個を持った存在なんだよ!」
大きいサキは少しだけサキの表情に怯えながらも、頭をかく。
「まあ、そうなんだろうけど、それが今、何の関係があるのかな? あたしとあんたが別の個を持っていたとしても、もう別々になることはないんだろ? あんたはあたしだし」
大きいサキは苦笑いをしながら必死なサキを見ていた。
「……自分が……消えるのが……怖くないの?」
サキは震えながら大きいサキにそう言った。
「怖くないよ。あたしはあんただし」
「あんたは……強いね。強すぎる。まるで……あたしじゃないみたい」
サキの言葉に大きいサキは軽く笑った。
「いや、あんただよ。あたしはてきとうなサキ。あんたの中にある感情なんじゃないかい? あんたにもあたしがいるだろう? ねぇ?」
大きいサキはサキを強い瞳で見つめた。
「……あのさ、もう一度……聞くんだけど、あたしはお母さんを止めるべきかな……」
サキは大きいサキに先程と同じ質問をした。
「うーん、あんたのお母さんがなんか取り返しのつかないこと、やっているなら止める方がいいんじゃないかと思うね。あんたはどう思う?」
大きいサキはサキに聞き返してきた。
「……っ。大人のサキ、足が」
サキは大きいサキの足元が徐々に消えているのに気がついた。
「ん? あー、本当にあんたと一緒になるんだねぇ。……でさ、あんたはどう思ってるの? まあ、言わなくたっていいさ。答えはあんたの中にある」
大きいサキはサキの胸元に指を突きつけた。
「……わかった」
サキはそうつぶやいた。
大きいサキは笑顔で消えていった。
……ありがとう。
もうひとりのあたし。
※※
「う……」
サキは目を覚ました。サキは五芒星の陣の真ん中で横になっていた。母から奪われていたはずの力がやや戻っていた。
「あれ……あたしは……」
ゆっくり起き上がると沢山の太陽神、サル達に囲まれていた。
「サキ様、目を覚まされましたか」
「えーと……」
「黄輪王(こうりんおう)、リンでございます」
目の前で頭を下げていたのはプラズマの姉、リンだった。他にもエンやニチメなど他の太陽神達も集まっていた。
「サキ様……ご無事で……」
「……あんた達があたしを助けてくれたのかい?」
「はい……。サキ様はご成長されたようですが……」
エンの言葉にサキは咄嗟に備え付けられていた鏡を見た。サキは先程、目の前にいた個が違う自分と同じ見た目をしていた。
「……大人のサキ……」
「力が少しだけ戻ったようじゃの」
声をかけてきた幼い少女にサキは眉を寄せた。この子と「ここはコスプレ会場じゃない」などの言葉をかわしていた気がする。
「ああ、ワシは歴史神、ヒメちゃんじゃ! 皆でおぬしを元に戻しておる。西の剣王軍としての責務は果たすつもりじゃ」
「……は、はあ……。歴史神……」
「大丈夫じゃからの。もう時期、時神が判断を下す」
ヒメは穴が空いた上階を睨み付ける。
「え、あ……待っておくれ! お母さんは?」
「……気にすることはない」
サキはヒメの剣幕に固唾を飲んだ。
「だ、ダメだ! もっ、もう一度お母さんに……」
「……やめておいた方がよいぞ……」
ヒメは静かにサキに言った。
だが、サキはヒメを振り切り、階段を駆け上がって行った。気がつくと、体がやけに軽かった。そして神力が時間が経つにつれてサキに入り込んでくるのも感じた。
「おかあさん……」
サキは階段を駆け上がり、半壊している天井を見上げてから、目線を前に戻した。
「お母さん!」
サキが声を上げた時、時神のアヤが手を前にかざし、よくわからない神力の鎖をサキの母、アヤメに巻き付かせていた。
「な、なにしてんのさ! アヤ!」
サキが声をかけるが、アヤの瞳には光がなかった。
「……アマノミカヌシが命じる……。アマノミカヌシが……システムをブロックしました。人間の干渉を強く拒みます」
アヤはよくわからない言葉を話している。
「アヤ……どうしちゃったんだい……」
近くにいた栄次やプラズマを見る。
彼らもアヤに寄り添って何も話さない。アヤを中心として五芒星の陣が現れた。
……時神はお母さんを消すつもりだ!
そう気がついたサキはアヤ達を通り抜けて母の前に立った。力が直接、サキに流れ込んでくる。母が自分から奪った力がサキに返ってくる。
「おかあさん……もう、やめよう……。こんなこと……」
サキは弱々しく母に声をかけた。
「神の世界でもこれは犯罪なんだよ、おかあさん……」
サキが霊的着物に変わった。赤い古代風の着物に、金色の太陽を模した王冠。
サキが霊的着物に変わった刹那、アヤメの顔色が変わった。
「なんであんたが、それを着てそこにいるのよ!」
アヤメはサキを睨み付けてきた。
「おかあさん……太陽神の頭は……おかあさんじゃなくて……」
「うるさい! あんたは私の言うことを聞いていれば良かったの! なんでへらへら笑っていただけの子供のあんたが! 太陽神なのよ!」
「へらへら笑っていた……って……」
「なんにもできず、私に育てられるだけだったあんたが、私の苦労も知らずにアマテラス様に認められた? ふざけないで」
アヤメの鋭い声にサキは怯えた。
「あ、あたしは……愛されていたんだよね、そうなんだよね……」
「すべてワガママでできているような子。私はあんたを毎日毎日、育てて、あんたの要求を叶えて……私が……あんたを育てることに縛られながら、なにもできずに生きていることも知らずにノウノウと……。私はアマテラス様に認めてもらえるような努力をできるかぎりしてきた。でも、あんたのせいでできることは限られて、努力を認めてもらえなかった! 太陽神になったのが、なんであんたなのよ!」
「ま、待っておくれ……。あたしは何もお母さんのことを知らなかった。そんなに追い詰められていたことも……。だから、あやまるよ、ごめん……」
サキはあやまったが、アヤメは笑い飛ばした。
「そう、あんたは何も知らない。自分の子に私の辛さを語ったところで壁打ちなのよ。あんたは子供を育てたこともないくせに、何をあやまるって言うのよ。いらつく。いらつく。私の人生を奪っておいて……」
アヤメに鎖が巻き付いていく。
「お母さん……選ばれたのはあたしだったんだよ……。でも、お母さんの努力は……」
「うるさいなァ! あんたは何をしにきたの? 私に力が消えるところを見物しに来たの? 悪趣味! 人間の理から私は外れられなかったの。笑いに来たの?」
アヤメは鎖に巻き付かれながらサキを睨み続ける。
「違うよ……たぶん、神も……一生懸命に子育てするよ。人間から産まれた、人間に近しい存在なんだから……」
サキはリン達を思い出す。しかし、アヤメは全くそれに気がついていなかった。他の太陽神をただのコマとしか見ていなかったアヤメは太陽神がひとりひとり個を持ち、考え方も違うということに気がついていない。
「もういいのよ、こうなる前に時神を消したかったのに」
アヤメはサキをずっと睨み付けていた。
時神現代神であるアヤはまるでアヤではないかのようにアヤメに時の鎖を巻き付けていた。
「アヤはなんでこんな感じに……プラズマも栄次も……」
プラズマと栄次も意識がないのか黙ったままアヤに神力を渡している。五芒星の陣はさらに光り輝いていた。
「ねぇ……皆……、もうちょっと話させてよ……」
サキがせつなくなっている余裕はなく、アヤメは時神の鎖が巻き付き、動くことができなくなっていた。サキから奪っていた神力も剥がれ、サキに返っていく。
それを忌々しそうにアヤメは見ていた。
五話
「あ、あのさ……」
サキは気付いてしまったが納得ができず、母に尋ねてしまった。
「お、お母さんはさ……」
サキはなかなか先を続けられなかった。
「あのさ……」
よくわからない涙がサキの頬をつたう。
「あのさ……」
下を向いたサキはすぐに顔を上げ、口を開いた。
「あたしを愛してた?」
サキとアヤメの間にとても冷たい風が吹いたような気がした。親子なのに、何かがとても遠い。
アヤメは何も話さなかった。
「……お母さん……お母さんはたぶん、人間に戻る……。時神がやってるのは、たぶん……時間の巻き戻しだ。この世界はそれぞれに必ず意味があるんだ。この世界を保つために……。だからさ、余計なことをしてはいけなかったんだよ、お母さん」
サキはなんとなく思うところを口にした。
「あんたは偉そうに語れる立場にない! なんの苦労も努力もなしにヘラヘラ笑っているだけでアマテラス様に認められる? なんで、私じゃないのよ! あんたのワガママ聞いて、自分を犠牲にして、必死に育てたのは私じゃない! 許せない……あんたなんかっ……」
アヤメが冷ややかにサキを見て笑った。刹那、五芒星が光り出し、アヤメは光りに包まれてその場から消えていった。
「大嫌い」
という言葉を残して。
サキはその場に膝をついた。
知っていた。
自分にアマテラス神力が出てきた時から心の片隅にずっと押し込めていた母の気持ち。母が自分をどう思っているのかという気持ち。
ハッキリと言われた。本当は否定してほしかった。
「……おかあさん……あたし、そんなわけないじゃない、って……言ってくれるんじゃないかと思ってた……。間違いだって……言っておくれよ……」
サキの目に涙が溢れた。母を助けに来た、止めに来た、自分はそのために来た。そのはずなのに。
サキは未だに意識が曖昧なアヤを睨み付ける。
「待ってって言った」
アヤの意識が戻り始めた。
「あたしはっ! 待ってと言った!」
サキがアヤの頬を思い切り叩いた。
「この……っ!」
アヤが目を見開いて倒れた。頬を押さえて動揺している。
「待ってって言ったのに!」
プラズマと栄次の意識が唐突に戻った。なんだかわからず、アヤを助ける。
「アヤを殴ったのか!」
プラズマがサキを睨み返すが、サキは怒りに任せ、アヤを殴りに来た。
「栄次、おさえろっ!」
プラズマが冷酷に指示し、栄次はサキの腕を取った。
「あたしはね! お母さんを止めに来た! 話しに来た! まだ途中だったんだ! それをあんた達が!」
サキは激怒し、叫ぶ。
アヤはなんだかわからず、怯えた表情をしていた。サキの母、アヤメがいないことに気付き、自分がやったことを思い出している。
思い出せない。この意識が飛んでた時に何をしたのか。
「サキ……私……何をしたのか思い出せない……」
アヤの言動にサキはさらに激昂した。
「あんたは、あたしのお母さんを人間時代に戻したんだよ! お母さんの記憶からあたしをなくして! あたしはお母さんの娘だ! その事実をなくしたから、あたしがお母さんの娘だったという思い出がお母さんからなくなってしまったんだ!」
叫ぶサキにプラズマが冷静に声を上げた。
「……サキ。あんたの母さんはやりすぎた。これは太陽だけの話じゃない。あんたもこれから、勉強していくといい。神とはどういうものなのか、というのを」
プラズマは威圧をまとい立っていた。サキは思わず黙り込む。
栄次がサキを離した。
サキはその場に崩れ、手で顔を覆い、泣き叫んだ。
「おかあさん……おかあさん! おかあさん!」
母が自分を嫌いだなんて言うわけがないと思っていた。何度も何度も問い詰めていこうと思った。
自分が止めに入ったことで母が改心してすべてをやめ、また幸せに母と暮らせる。
「……そんなわけ、ないじゃないか。なに、夢見てんだろ、あたし」
サキは自嘲気味に笑った。
「はは……あはは……。なにを期待してたんだろう」
サキは立ち上がり、崩れた天井から宇宙空間を見る。
「まるで、あたしとお母さんは太陽と地球みたい……」
サキの身体に太陽神の力が戻っていくのを時神達は黙ってみていた。
太陽のかしら
サキは動揺していた。目線が、消えた母の場所から変わらない。そんな様子を先程まで何かに操られていたかのように動いていたサルはただ黙ってみていた。
「……やつがれは一体……まるで自分ではなかったかのよう……」
サルはよろけながらサキのいる場所まで歩く。
「サキ様……やつがれは……」
「サルは……何も悪くないよ……」
サキは涙を流しながらサルを仰いだ。
「やつがれは太陽神力からもっとも離れた行為をしたのでは……」
「大丈夫。サルも……あたしも、時神に助けられた。情けもかけられた」
サキは拳を握りしめた。
「サキ様……」
「あたしだって、わかってたよ。あんた達に触れては来なかったけど……あんたがあたしに気付いて迎えにきた段階から……あたしは太陽に行かなくちゃならないことは確定していた」
サキは同じように戸惑うアヤに目を向ける。
「アヤ、ごめんね。いきなり叩いて。あんたらも……しょうがなかった」
サキはアヤにもあやまった。
「……サキ」
プラズマと栄次はそんなサキの変わり様を見てわずかに驚いた。
時神を恨んでくるかと思ったからだ。プラズマに至っては現世を担当するアヤが太陽と仲が悪くなると困ると考えていた。
「サキ、私は何も覚えていないの……。サキ……ごめんなさい」
「いいよ。あんたらは悪くない。この気持ちの処理は……あたしの問題だ」
サキは宇宙空間を見上げた。
「お母さんは人に戻った。あんた達が情けをかけてお母さんの力を巻き戻しただけにとどめたんだろう? 本当は消滅しててもおかしくないのに」
「そうなのかしら……」
「そうなんだよ、アヤ」
サキは困惑しているアヤにはっきりとそう言った。自分に言い聞かせているようにも見えた。
それを見たプラズマは追加で口を開く。
「……サキ、あんたは立派だよ。俺のさっきの言葉、わかってくれたんだな。お母さんを救うにはもう、これしかなかったんだ。俺は……」
「あんたにはアマテラス様の力があるんだろ?」
「……それは……わからない。だけど、これが最適解だと思った」
「そうかい」
サキは深くは聞かなかった。
「サキ、お前は本当に強い……。俺達はお前の強さ、尊敬する」
栄次はサキの心を心配したが、サキの目には太陽のような橙の光が宿っていた。
「そうでもないさ。この強さはあたしのじゃない……。あんた達が関わった方のサキのものだよ。あっちのサキなら、たぶん、こうする……そう思った」
サキは拳を握りしめた。
「そうか……和解の話を持ちかけていたというのに、俺達は……」
栄次がせつなげに下を向く。
「……うん。でもさ、あたし、思ったんだ。お母さんは変わらないって」
サキはサルの肩に手を置いて軽く笑った。微笑むことしかできなかった。
他にどういう表情をしていれば良いかわからない。
「サキ様……もうお休みになられた方が……」
サルはサキを心配するが、サキは時神達をまっすぐに見た。
「栄次、それからプラズマ。あんたらはこちらの世界にいてはいけない。太陽はあたしが立て直す。だから、元の時間軸へ帰りな」
「ああ、終わったしそうしたいんだが……」
プラズマが歯切れが悪くそう言っていると、ヒメが歩いてきた。
「うむ。ワシがふたりを元に戻しておくのじゃ。良いかの?」
「どうすんだよ?」
「おぬしら、天記神(あめのしるしのかみ)の図書館からよく元の世界に戻っているであろ? それを使うのじゃ。簡単なお話じゃ。今回は陸に皆が来てしまっておる。弐(霊魂、夢の世界)の先端にある神々の図書館では陸の世界の神としてシステムが作動する。元々の世界からあそこに入れば、元々の世界へ帰ることができるのじゃが。……なのでな、ワシら歴史神がその設定をいじり、元の世界に帰れるようにする」
ヒメは手を広げて語ったが、栄次とプラズマは首を傾げていた。
「ま、まあ、とにかく! 天記神の元へ行こうとするかの。後はワシらがなんとかする」
ヒメはサキに一礼をするとさっさと階段をおりていった。
「……サキ、ごめんな。太陽が再び起動することを願っている。頑張ってほしい。俺は……煮えきらないけど、ここで帰るよ」
プラズマがそう言い、栄次も頷いた。
「もう、俺達ができることはない。お前の力になってやりたかった。本当にすまない。なんと、言ったら良いか……」
「……うん。ありがと。……あたしさ、一段落したらさ、あたしを忘れた人間のお母さんに会いに行こうと思うんだ。あたし、身体を人に近づけさせられた影響で人間に見えるらしいから。もう何を言われても傷つかないよ」
サキは言葉を切ると続ける。
「関わらない手もある、確かにあるし、そちらのがあたしは傷つかなくてすむかもしれない。でもさ……」
サキはさらに続ける。
「でもさ、あの人はあたしのお母さんなんだ。だから、あたしが向き合わなくちゃいけないんだと思う」
サキは困惑していたアヤの背中を優しく押した。
「サキ……」
「あたしは大丈夫。立て直す。だからさ、アヤも元の世界、壱に帰りな……。仲良くしておくれよ。陸の世界に存在するあんたは優しいかわからないからね。壱のあんたとは仲良くしておきたい。後であたしの連絡先、送るよ」
「……もうそんな話をするの? 前を向けるの?」
アヤは心配そうに尋ねた。
「あたしが……お母さんへの気持ちの折り合いをつける時、アヤ、あんたに一緒に来てもらいたいんだよ……。不安で怖くなるかもしれないからね。でも、絶対にお母さんには会いに行くつもりさ」
「……そう。わかったわ。私も同行する。あなたは立派よ……」
アヤが控えめに声を上げるがサキは堂々とアヤに声をかけてきた。
「アヤ、あたしとお友達になってよ。あたし、神の知り合いがいないんだ。あんたなら話しやすいし、やさしそうだ。栄次やプラズマは時間軸へ帰る影響であたしを忘れてしまうかもしれない」
「……ええ。私で良ければ……ぜひ、お友達に……。私、あなたのお母さんを消した本神だけれど、いいのかしら……」
アヤが戸惑いながら小さな声で言うが、サキはアヤの手を握ってきた。
「いいんだよ。そのかわり、気持ちの折り合いがついたらお母さんに会いに行くから……一緒に来て……横にいて……お願い……」
サキはアヤにすがるように涙をこぼした。アヤの手にサキの涙が落ちる。
「……ええ。いつでも呼んで。怖くなったら話も聞くから」
アヤはサキをそっと抱き寄せた。サキはアヤの背に手を回し、アヤにすがって静かに泣いた。
その様子を栄次とプラズマは悲しげな表情のまま黙って見ていた。
何も声をかけることはできなかった。栄次とプラズマはそれぞれ、参(過去)、肆(未来)の世界の平成へ帰る。
世界の辻褄合わせで記憶操作が一部される可能性もあり、栄次もプラズマも今のサキを助けようとは言えなかったのだ。
アヤなら同世界の反転の世界へ帰るだけなので一番、そのまま戻れる可能性があった。
「俺達は……アヤに頼るしかないな。彼女を見ていてくれますように」
「……ああ」
プラズマと栄次はヒメを追い、歩き出した。
「アヤ、一回……いくぞ」
「サキ……ちゃんと連絡先、送りなさいよ……。私はいつでも……」
サキはアヤを離し、プラズマ達の元へ押し出した。
「サキ、本当に大丈夫なの……?」
「ありがとう、アヤ。あたし、まだこれから太陽でやらないといけないことがあるんだ。頑張るよ」
サキは痛みを残した笑みをアヤへ向けた。
アヤはプラズマの背中を見つめ、サキを見つめ、迷うように視線を動かしていたが、サキに背を向けて歩き出した。プラズマの大きな背中を黙って見つめたまま、アヤは涙を流した。
……私はやってはいけない選択をしたのでは……。サキの母を奪ったのではないか。サキが来るまであの母を止めておくべきだったのでは……。
サキと話させるべきだったのでは……。
階段をおり、沢山の太陽神達にお礼を言われ、頭を下げられながらアヤはただ黙ってプラズマの背中を見ていた。プラズマと栄次は太陽神にサキを頼み、今後も仲良くしてほしいと声をかけ、足早に歩いていく。
栄次はエンと短く会話をし、お互いをねぎらい、軽く握手をかわし、頭を下げて別れた。
アヤはそんな栄次も黙って見つめる。ひどく感情的になっているのはアヤだけだ。サキに心を痛め、泣いている理由は……。
「アヤ」
ふと栄次がアヤに声をかけてきた。プラズマはリンに言葉をかけている。
「……な、なに……?」
栄次はどこか人間離れした雰囲気を纏わせ、アヤを見ていた。
「アヤ、俺は過去が見える……。お前は……自分の家族とサキを重ねているだけだ。故に……心を痛め泣くことをやめる必要はない。俺はお前のことをよく知っている。俺は……お前にもサキにも同情している。元の世界に帰りたくない。心配だ」
アヤは栄次から目を離せなかった。栄次は過去見ができる時神である。
アヤよりもはるかに神格の高い神なのだ。アヤは少しだけ怯えながら栄次に頭を下げた。
「……ありがとう、ございます……」
「……どうしようもできぬ……。また、あの天記神の図書館で、話を聞こう。俺も毎日あの図書館へ通う。あのすべての世界が繋がっているという図書館でまた……」
「……ええ。そうね」
アヤは栄次の優しさを感じ、少し安心した。時神達はあの図書館でいつでも会えることを江戸時代にプラズマが見つけている。あの立花こばるとの過去戻り事件で皮肉にも別の世界にいた時神達は結束を強めたのだ。
あれがアヤの時神神生の初めだった。本神達はまだこの時、彼を覚えてはいないが。
アヤはまた、プラズマの背中を見て歩き出した。
彼がこの場にいると安心する。
ずっと同じ世界にいてくれればいいのに。ひとりは心細い。
サキには支えてくれる神はいるのか。
暁の宮から外に出た。オレンジ色の不思議な空間にただ建っている天守閣。太陽にいるというなんともいえない恐怖がアヤを包む。太陽の力が膨大だからか。
行きと同じようになんとも言えない犬のような像が浮いている長い階段をおりる。アヤはまたプラズマの背中に目を向けた。
二話
アヤはプラズマの背を眺めながら階段をおりる。こんなに見ているのだからプラズマは気付いているのかもしれない。栄次はアヤを心配そうに見ている。自分がケガをしてまで戦っていたというのに。
階段をおりる最中、プラズマが振り返った。
「アヤ、なんでそんなに俺を見ているの?」
プラズマは太陽神やサル達が誰もいない場所まで来て初めて話しかけてきた。
「えっ……いえ、その……あなたが前を歩いているから……」
「……そうだったの? ふーん……で終わっていい話じゃねぇだろ? 無理すんなよ。ひとりになるから……不安なんだろ」
「……それは……」
「あんたさ、あの時みたいに意識が飛んだと思ってる? またそれとは今回は違うぜ。あの時の悲しい気持ちはシステムが作動したのは確かだが違和感がある。記憶操作のような……。どうしても思い出せない。今回は、システムが作動したと思われる。あれは俺達が三柱いないと出ないシステムなのではないかと思う。だから俺は違うと感じた」
プラズマは再び前を見ると階段をおりはじめる。
「……そうよね、違うわよね」
「ああ。違うよ。だから安心しな」
「……あの……」
アヤは小さく声を上げた。
プラズマは立ち止まらず、階段をおりる。
「……なんだよ、さっきから」
「……ごめんなさい。なんでもないわ」
「アヤ、話せる仲間がいないんだろ? 俺達がいなくなったら」
プラズマは階段をおりきってから再び振り返った。
「話していいことなのかもわからない……ってか?」
「アヤ……そんなに不安を感じていたのか」
栄次にも声をかけられる。
優しくされると甘えが出てしまう。ふたりはアヤの世界には本来いない。このまま、皆で家に帰れたらいいのにと思うが、時神はそれぞれ別々に元の生活に戻るのだ。
「ごめんなさい。なんでもないの……。私は私の生活に戻るわ……。私は……神の友達も多いのよ。今回は無事に終わって良かった。サキの動きは私が見ておくから……。今回の時間の綻びも……見て修正しておくわ」
アヤは無理に笑った。
「アヤ、心配ならば俺は少し残ろうか……」
栄次がそう声をかけるが、プラズマは栄次を止めた。
「ダメだ。俺達は早く元の世界に帰らないといけない。こちらの世界にきたのはイレギュラーだ」
「……しかし、このままではアヤが」
「時間が解決するよ。図書館では毎日会える。同じ世界にいないだけだ。またこうやって同じ世界に来れるかもしれないし。今は……俺達じゃあ、この世界に関与できない。壱に関われるのはアヤだけだ」
夏の暑さ、セミの鳴き声が戻ってくる。暁の宮は太陽にあるのに暑く感じなかった。霊的太陽が何かわかったような気がする。電脳世界……それが一番近いかもしれない。
「元々は夏。壱のアヤがいた周辺だけおかしかった。すべてがそのうち戻って、霊的太陽も霊的月同様に壱と陸を今まで通りに交互に回ることになる」
「プラズマ……」
アヤが不安げな顔のまま、プラズマを見上げた。
「アヤの周辺だけおかしくしたのは歴史神だ。時空を歪ませて俺達を呼んだ。サキの母の時間を戻させるためだ。これはもっと上のやつらの指示だと思われる」
「高天原の東か西の頭か」
栄次はアヤに寄り添いながら眉を寄せた。
「そうだ」
「未来を見たのか」
「そうだ。見えた。歴史神達が事後報告をしている。あんたもそのうち、過去が見えるさ。俺より明確な内容がわかるんじゃないか?」
プラズマは神社を背に苦笑いを向けた。
「あなた達は……すべてが見える……。ふたりいれば、全部わかる……。私は何も、わからない」
アヤは夕方になりつつある空を見上げた。セミの鳴き声の中にいつの間にかヒグラシが混ざっていた。
「あなた達は世界を渡って、このことを忘れてしまうかもしれない。明日、あの図書館で会って、この話をしても覚えていないかもしれない……。私が狂った部分がないか確認して、この世界を保たせないといけない。あなた達の世界に迷惑はかけられない……」
「……そうだよな。よくわかってらっしゃる……一緒にいられなくて、ごめんな」
プラズマは目を伏せ、あやまった。
「仕事はちゃんとやるわ……。あなたを怒らせると怖いもの」
「……はは。あんたに怖いとこ見せたことないのに、何言ってんだか」
プラズマは軽口を叩いた。
「プラズマ、あまりアヤを怯えさせるな。神力がわずかに上がったぞ」
栄次に指摘され、プラズマは苦笑いを浮かべた。
「一定にさせるのが難しいんだよ」
「太陽に触れたからか?」
栄次は眉を寄せたまま尋ねる。
「太陽? いや、わからない」
「俺も何故、今の質問をしたかわからぬ……。アヤをからかって神力を上げたのならすぐに下げろ」
栄次はなぜ太陽を持ち出したのか自分でもよくわからなかった。
「ちょっとからかっただけだよ。アヤはなぜかいつも、俺を怖がるんで」
「……そうか」
栄次は眉を寄せたまま、アヤを横目に見た。
「大丈夫か? アヤ」
「……大丈夫よ。ありがとう。うまく世界を整えられるのかわからないけれど」
「俺は過去神だ。この件もおそらく覚えている。安心しろ」
「……ありがとう、栄次。あなたは本当に頼りになるわ」
栄次は少し照れていた。
再び歩きだそうとしたところでヒメが鳥居の横から顔を出していた。
「遅いのじゃ! 色々と詮索をしているようじゃが、ワシもよく知らんのじゃ。サキに関しては壱と陸を巻き込む状態だったとは……。ワシは人間の歴史管理が主である故、サキがなんなのかよくわからなかったのじゃよ。ワシの歴史神としての仕事は時空が歪んだ時の対処じゃ。時神が来ても時空が狂わぬよう、楔を設置していたじゃろ? おぬしらは触ってしまったがの……」
「別にあんたは責めてないよ。もう終わったしな」
プラズマはヒメに向かって歩き出した。
「……プラズマ……」
アヤは一番この世界を知っていそうなプラズマに不安な気持ちを伝えようとしている。
プラズマは振り返り、アヤに迷いながら口を開けた。
「あー……、俺も……覚えていられたら覚えておこうと思うし、忘れてたら経緯を説明してくれ。俺はあんたの話をバカにしないから。相談はいつでも、のる。だから安心しろよ。現代神はひとりでも、あんたはひとりじゃない」
「……ええ、ありがとう」
アヤはようやく少し安心し、歩き出す。時神三柱はヒメに連れられ、神々の図書館へ向かった。図書館には天記神(あめのしるしのかみ)という書庫の神である歴史神がいる。この神はわけありで神々の図書館から出られないそうだ。この図書館がある空間はすべての世界が繋がる不思議な空間でできている。天記神は何か罪をおかしたらしく、この混ざり合う空間に作られた図書館で幽閉されている、特殊な神だ。
ちなみに行くには人間の図書館にある霊的空間を抜けて棚にある白い本を開くと行ける。
「皆、心配はあるじゃろうが……今回は歴史神達に任せ、安心して元の時代へ帰るのじゃ」
ヒメが腰に手を当てて得意げに言ってきたので、時神達はそれぞれの世界へ帰ることにした。
三話
月日が流れた。
サキは太陽神のかしらとなり、日々太陽を立て直すことに一生懸命だった。
「……お母さんはあの時、私を愛しているとは言ってくれなかったな」
ぼんやりとそんなことをつぶやきつつ、暁の宮でゲーム休憩をとるサキ。
やっているゲームは「ジャパニーズゴッティ」という、かっこいい男の神と恋愛ができるという特殊な恋愛ゲームだ。
「はあーあー」
「おい、なにため息ついてんだよ」
ゲームをプレイしていると、後ろから男の声がした。
「ん? あー、みーくん、いらっしゃーい」
「ゆるいな……。また、それやってんのかよ」
「うん、今、天御柱さまを落としているよ」
「はあ? 俺かよ……」
鬼の面をかぶった着物姿の青年、みーくんはため息をついた。彼はみーくんと勝手なあだ名をサキからつけられた天御柱神(あめのみはしらのかみ)という厄神である。
サキに不当な厄がつかないか、監視にきているらしいが、けっこう遊びにきている感じが強い。
風でもあるため、簡単に入り込める。
「また、入り込んだのかい? もう……」
「あんたの母さんの話なんだが……」
みーくんは言いにくそうに口を開いた。
「うん、なんだい?」
「やはり根強い厄を持ってた」
みーくんは畳の上に座っているサキのとなりに座った。
「お母さんが……」
「厄は……『どうにもならない気持ち』が変貌したものだ。調査をすると、ずっとこの気持ちを持っていて、お前を神の座から引きずり下ろそうと必死になることでプラスの感情を引き出し、自分を保っていたらしい」
「そうかい……」
「あんたの母さんは時神や歴史神達の行動であんたと過ごした十何年を消され、時神の時間の鎖によってあんたがいなかった状態で十何年前まで巻き戻されてもう一度、この時代に戻ってくる。ヒメの話じゃあ、子をふたりもうけて旦那と幸せに暮らしているそうだ。あの太陽神を祭る神社の神主の家系としてな」
「……そうかい」
サキの持つゲームのコントローラーが震えていた。みーくんはサキの肩に優しく手を置く。
「大丈夫だ。お前はもう、ひとりじゃない。俺は東のワイズ軍だが、お前とは友好にいきたい。お前を守るぜ」
「陸の世界のみーくんはもっと厳かだけど、壱のみーくんは穏やかだねぇ……」
サキの言葉にみーくんは首をかしげた。
「鏡の世界の俺、そんなに固いのか?」
「あんまり変わらないけど、陸のみーくんはあんたよりかは仲良くないよ。あたしの力が苦手で深く関わろうとはしてこないし」
「へぇ、壱と陸を回ってるだけあるな。俺には知り得ない事実だ」
みーくんは軽く笑った。
「……壱のお母さんに……会ってみようかな……。壱の世界のが、なんだか柔らかいから」
「お前のことは覚えてないぞ?」
「いいんだよ。なにげなく……挨拶に行こうかなって」
サキはみーくんに微笑んだ。みーくんはサキの表情に息を飲むとしばらく黙っていた。
「んん……、い、いいんじゃね? 行ってみたら。ついていってやるよ」
「ありがとう、みーくん! あと……アヤにも電話したくてさ……」
「お、おう。まあ、いいんじゃねーか?」
みーくんは立ち上がると壁に寄りかかった。
エピローグ
「みーくん、アヤ、来てくれるって」
「よかったな」
みーくんはサキに微笑んだ。
「あたし、やっと前に進める気がするよ。最初は挨拶から。そのうち、核心を話せるようにしておくつもりだよ」
サキは立ち上がり、人間用の私服を選ぶため、クローゼットをあける。
「そんな現代なもん、暁の宮にあったっけか?」
みーくんは笑いながらクローゼットを眺めつつ、聞いた。
「いや、あたしが輸入したよ。ちょっとは今時にしときたいじゃないかい」
サキは青いワンピースと白い薄手のカーディガンを出してきた。
「挨拶ってどうすんだよ、家に行くのか?」
「いや、メインはショッピングにして、ご近所さん装ってすれ違ったら挨拶するよ」
「ははは、なるほど」
みーくんは笑いながらうなずいた。
……ようやく、お母さんに会う気持ちが持てた。あたしはあの人の娘。あたしを忘れたとしても、あたしはあの人を助けるべきだ。
あたしは太陽神のかしらだ。
希望を持って皆を助ける。
それがあたしの使命じゃないかい。
あたしの中にいるサキも……きっと同じ判断をするはず。
「サキ、お、俺がいるぞ……」
「え、あー、ありがと! みーくん!」
サキは頼もしいみーくんにお礼を言ったが、どうやらそういうことではなさそうだ。
「違うー! ここで脱ぐなー! 出ていくからー!」
「え、あ……当たり前みたいに霊的着物から私服に着替えるとこだったよ。危ない、危ない。みーくん、ごめん、ごめん」
サキは苦笑いであやまった。
「……びっくりした。外で待ってる。じゃな!」
サキはみーくんが去るのを見届け、着替え始めた。少しだけ緊張感を持ちながら。
「外出なされるのでござるか?」
障子扉ごしにサルの声が聞こえた。
「うん、行ってくる」
サキは力強く答えた。
(2026完結)TOKIの世界譚 太陽神編