忘我の指鳴らし

生きるという悪しき思念を追い払うには
ぱちん、と指を鳴らすだけで充分だ。
人間への憎悪が発狂を促しそうなときには
ぱちん、と指を鳴らすだけで充分だ。
失くしたものへの執着を断ちたいときには
ぱちん、と指を鳴らすだけで充分だ。
祈りが成就しないことを悟ったときには
ぱちん、と指を鳴らすだけで充分だ。
かつて愛していたものをまとめて忘れたいときには
ぱちん、と指を鳴らすだけで充分だ。
去りゆく人を追いかけたい衝動に駆られたときには
ぱちん、と指を鳴らすだけで充分だ。
新たなよすがを求めたいという気を起こしたならば
ぱちん、と指を鳴らすだけで充分だ。
月が満ちるのを待てずにしびれを切らしたときには
ぱちん、と指を鳴らすだけで充分だ。
目を閉じろ。そして
ぱちん、と指を鳴らすだけで充分だ。

忘我の指鳴らし

忘我の指鳴らし

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-10-07

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