忘我の指鳴らし
生きるという悪しき思念を追い払うには
ぱちん、と指を鳴らすだけで充分だ。
人間への憎悪が発狂を促しそうなときには
ぱちん、と指を鳴らすだけで充分だ。
失くしたものへの執着を断ちたいときには
ぱちん、と指を鳴らすだけで充分だ。
祈りが成就しないことを悟ったときには
ぱちん、と指を鳴らすだけで充分だ。
かつて愛していたものをまとめて忘れたいときには
ぱちん、と指を鳴らすだけで充分だ。
去りゆく人を追いかけたい衝動に駆られたときには
ぱちん、と指を鳴らすだけで充分だ。
新たなよすがを求めたいという気を起こしたならば
ぱちん、と指を鳴らすだけで充分だ。
月が満ちるのを待てずにしびれを切らしたときには
ぱちん、と指を鳴らすだけで充分だ。
目を閉じろ。そして
ぱちん、と指を鳴らすだけで充分だ。
忘我の指鳴らし