シャボンダマ
お母さんとお父さんが庭でバーベキューの用意をしている。三人の子どもがお手伝いをしている。
四番目の末っ子の男の子が一人、バスルームから石鹸の小さなかけらを持ち出した。
おやおや、キッチンのテーブルの、いつもミルクを飲んでいるカップに放り込んだ。
カップには飲み残しの砂糖がたっぷりはいったミルクが少しばかり残っている。
ぼおやはカップをストローでかき回すとそいつを口にくわえた。そのままストローに息を吹き込んだ。泡がぶくぶくでてきた。泡はカップからはみだし、ぼおやの目の前の宙に飛び出した。
ぼおやは喜んだ。
ぼおやはストローをいれたカップをかかえ、庭にでるとストローを吹いた。泡がカップからこぼれ落ちて風に舞った。ぼおやのはじめてのシャボン玉だ。甘いミルクの泡はシャボン玉になって空に舞い上がった。
抜けるような青空に薄い雲がたなびいている、とても穏やかだ。弱い風がふいているだけだ。シャボン玉はふわふわと舞い上がっていく。どれひとつとしてつぶれなかった。
お父さんとお母さんはバーベキューの火を起こそうとやっきになっている。ぼおやが庭に出てきたことに気づいていない。
大きく大きくなったミルクの香りのするシャボン玉が空に舞っている。
ふわふわシャボン玉を風が押した。
大きなシャボン玉に小さなシャボン玉がくっついた。大きなシャボン玉はもっともっと大きくなった。
そうしたら大きなシャボン玉がぼおやの目の前に降りてきた。
ぼおやはシャボン玉に手を伸ばすと、ひょいと中に飛び込んだ。
風が吹いた。
ぼおやが喜んで両手をばやばやうごかした。シャボン玉はその勢いで上へ上へと舞い上がり、青い空にすいこまれていってしまった。
ぼおやは下を見た。屋根がちいさくなっていく。手を振った。だけどそれが自分の家だとはわからなかった。
空高く上ったシャボン玉は気流にのっかった。空気のジェット機はシャボン玉をのせて遠く遠くに飛んでいって行ってしまった。
海の上だ。
ぼおやは緑色の海を見て手をたたいた。大喜び。
シャボン玉のミルクの匂いは海をおおった。
渡り鳥がミルクの匂いをかいだ。いい匂いだと、ぼおやのはいった大きなシャボン玉の周りに集まった。みんなが顔を寄せたものだから、くちばしが刺さってシャボン玉がぱちんと割れた。
ぼおやは手をばやばやさせて海の上に落ちた。
ぼおやの両足が海の中に入った。
そのとたん、痛てえ、と大きな声がした。
ぼおやが自分の足を見ると、怒ったオオダコの顔が見えた。
立ち泳ぎをしていたようだ。
蛸のやつ、口をとがらせて墨をはいた。
ぼおやは真っ黒になった。
黒いぼおやはタコの頭に載って島についた。
ぼおやはタコの頭から砂浜に飛び降りた。
波打ち際でシャボン玉を探したけどなかった。
砂浜で遊んでいた島の子どもたちが黒いぼおやを見ておどろいた。子供たちはおまわりさんに言いに行った。
おまわりさんがかけつけてぼおやを警察署に連れていった。
おまわりさんは名前をきいた。
シャボンダマと答えた。ぼおやにはおまわりさんの言うことが分かったのだ。
おまわりさんは書類の名前のところにシャボンダマと書いた。
指をだして、いくつときいた。
みっちゅと答えた。
家はどこときいた。
あそこと指さした。警察署の壁に世界地図がかかっていた。指さしたところがニッポンだった。
どうやってきたの。
ときくと、ぼおやは飛んできたと答えた。
おまわりさんは、飛行機にのっていたぼおやが海の上に落ちて、砂浜に打ち上げられたのだと思った。
これは世界中で驚くと思った、おまわりさんはテレビ局にぼおやをつれていった。
ぼおやはお巡りさんと一緒にテレビに映った。
おまわりさんは一度テレビに映ってみたかったのだ。
テレビで世界ニュースを見ていたぼおやの両親が、あんなところで日焼けしている、と大騒ぎをした。
誘拐されたおもって、日本の警察にとどけてあったのだ。
日本の警察がその島の警察に連絡をして、誘拐されたぼおやであることを伝えると、ぼおやをテレビ局につれていったおまわりさんは誘拐犯人をつかまえると、もっとテレビにでられると思った。それでぼおやが上陸した浜辺に犯人をさがしにいった。
ちょうどそのとき、海から蛸坊主が顔をだした。
おまわりさんは、こいつが犯人だと思って、拳銃を向けて手をあげろと言った。
タコはくちをとがらせて、二本の足を使って立ち上がり、残りの六本の足をあげた。
お巡りさんは蛸に手錠をかけなければいけないと思った。だけど手錠は一つしかもっていない。
蛸に手をだせと言って、六本の手をまとめて手錠をかけようとした。
蛸は「これは手ではない、足だ」といって、思いっきり墨をお巡りさんの顔にぶっかけた。
お巡りさんは驚いて鉄砲を砂浜におとした。
タコはすぐさま鉄砲をひろうと、お巡りさんに手をあげろと言った。
おまわりさんが手を挙げると、蛸が手錠をおまわりさんにかけた。
蛸はおまわりさんといっしょに警察署に行った。
警察署にはテレビ局がきていて、顔を真っ黒にしたおまわりさんが手をあげて戻ってくるのをカメラで捉えた。
おまわりさんの後ろには怒ったタコが鉄砲をもっていた。
その様子が世界中におくられた。
ぼおやの親はタコが誘拐犯人を捕まえたと喜んだ。
警察はタコから拳銃を返してもらうと、顔が黒くなったお巡りさんを牢屋に入れた。
別のお巡りさんがぼおやになにがほしいか聞いた。
ミルクと言ったので、ミルクをもってきた。
ぼおやはストローもと言った。
ストローをもってきた。
役目を終えたお巡りさんは部屋から出ていった。
ぼおやはストローをミルクの器に差し込むと吹いた。
ぶくぶくとアワブクがでたのだが、音だけでふくらまなかった。
ぼおやは一生懸命吹いた。
泡ぶくの一つがカップの外に飛び出した。部屋の中に舞い上がると、警察の玄関に向かって飛んだ。
ぼおやはミルクの泡を追いかけた。
警察所の外にでると、陽にあたったミルクの泡は膨張して大きくなった。
ぼおやはミルクの泡に飛び込んだ。
ミルクの泡はぼおやをいれたまま空中に舞い上がり、空の上へ上へと飛んで行った。
空の上の上で風に押されたミルクの泡はちいさくなった。
なかにはいっていたぼおやもちいさくなった。
小さくなったミルクの泡は日本の空の上に舞ってきた。
鳶が飛んできて、ミルクの匂いのする泡を頭にのせた。
鳶は自分の子供に持って帰って、ミルク泡を食べさせてやろうと思ったのだ。
町の上を飛んで巣に帰ろうとしていたとき、頭に乗せていたミルクの泡がおっこちちまった。
泡はふわふわと舞い落ちると一軒の家の庭におりた。
家の庭では、お父さんとお母さん、それに三人の子供がバーベキューをしていた。
お父さんは椅子に腰掛け、大きなジョッキでビールを飲んでいた。
「もうすぐぼおやが帰ってくるわね」
お母さんがお父さんに言っている。
ぼおやの入ったミルクの泡はビールのジョッキにおちた。
お父さんがビールの中のミルクの泡を見た。
ミルクの泡の中の三歳のぼおやがお父さんを見た。
髭を生やしている。
ぼおやはこれが大人になった僕だとわかった。
シャボンダマ
私家版幻視指小説「夢見虫、2027年、一粒書房」所収予定
絵:著者