閉店

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 僕が小学4年生の頃、最寄駅の近くに中規模の商業施設ができた。地下にイートインとスーパーが入っていて、1階には雑貨屋と薬局、2階には高齢者向けのフィットネスジムとブティック、3階はフロア全体が100均になっていて、田舎にふさわしい建物だった。
 できてからはたくさんの人で賑わっていたが、3年が経った頃、近くにイオンモールができてからは閑散とした施設になった。

 僕はイオンに行くよりもこっちの方が近いし、楽しかったからよくここに通っていた。
2階に小さなゲームセンターがあって、そこのコインゲームのハイスコアは全て僕の名前だった。
小学5年生の夏。夏休みに入る3日前に転校生が来た。都会から来たらしく、僕たちが話す言葉と少し違って、それがすごく新鮮だった。
 夏休みが始まるまでの3日間で、女の子はすっかりクラスにとけこんだ。名前はミチカと言う。

 ミチカは僕の家から3分ほどの団地に住んでいた。この3日間の間も一緒に帰り、お互いの事をたくさん話すことができたから、クラスのみんなよりもほんの少しだけ仲良くなることができた。

 夏休みが来た。でも結局やる事は何も変わらない。例年通りゲームセンターに通った。
自分のハイスコアを自分で塗り替える日々が5日間ほど続いたある日、ミチカがゲームセンターにやってきた。
 「本当にいるんだね…」冗談まじりに引いた演技をするミチカに、「こんな廃れたゲームセンターで遊ぶモノ好きはいないからね…」と返した。
 今年の夏休みもいつも通りで終わると思ったのに、こんなに楽しくなるとは夢にも思ってなかった。

 この夏、僕たちはゲームセンターで遊び尽くした。幸いにも今までに貯めに貯めたゲームコインは、1人で使いきれないほどあったから2人で使った。最初は下手だったミチカも、その日の午後にはコツを掴んだらしく、2人でも使いきれないほどコインは増えた。

 そんな日々が10日間程続いたある日、突如として宿題のことを思い出した。
絶望している僕に「そんなの一緒にやればいいじゃん」とミチカが笑う。お年寄りの溜まり場になってるイートインの片隅で、僕たちは10日間足らずで宿題を終わらせた。

「ミチカはなんで転校してきたんだ?」2人並んでコインゲームをしている中、僕が言った。
 ミチカはしばらく考え込んで「親の都合だよ」と言った。
 なんとなく、聞いちゃいけないことを聞いてしまったんだと思った。
 それ以降、この話をする事はなかった。
 思い返せば、あの瞬間が分岐点だったんだろうと今になって思う。ゲームをしながらでも、帰り道にでも、2人っきりの時間にもっとミチカの話を聞けばよかった。
 僕はあの時、逃げたんだ。

 夏休みが終わってからも、僕とミチカの距離は中途半端で、縮まることはなかった。
10月の席替えをきっかけに僕とミチカは少しずつ疎遠になっていった。
 ゲームセンターでは今まで通り話をしたりコインゲームをしていたが、中学に上がる頃にはミチカは来なくなった。
 僕もだんだん1人でゲームをする事が虚しくなって、ゲームセンターに行くことはなくなった。

 あれから5年。もう直ぐ潰れるこの商業施設のゲームセンターには、2人で使っても使いきれない量のコインが保存されている。

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  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-09-30

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