
インターネットの怪3 ライブカメラ篇
風通しの良いテレビ
食事中は壁掛けテレビで徳島のライブカメラを見ている。日々のルーチンである。
左に眉山。右に藍場浜公園。下は道路。上は青い空をバックにワシントン椰子の緑の葉が風で揺れている。画面の真ん中あたりに新町橋と新町川。新町川に面してホテルが建設中だ。並びにマンションが3棟できるらしい。
食卓に向かい合って座る妻は、左からテレビを見ている。
「あら、アミコまで見える」
「そんなはずない」
妻の方へ回ってテレビ画面の右端を見た。確かに銀行とアミコビルが見える。
今度は画面の右端から角度をつけて、左端の阿波踊り会館の方向を見る。
「天神社の階段と隣の駐車場まで見えた」
「おかしい」
テレビ画面に顔を近づけた。その時画面が2、3回ぶれて画角が狭まった。離れてみると、人間の目の視野に近い気がした。ライブカメラのレンズが広角から標準に変わったのか…。建設中のホテルの真ん中あたりから、藍場浜公園の奥の阿波銀ホールまでの範囲しか見えない。が、テレビ画面に近づくと視野が拡がった。
ライブカメラの映像ではない。ディスプレイそのものが、今は硬い質感でなく、妙に柔らかそうに見えた。そっと画面に触る。指先に薄い膜のような柔らかい感触があり、そのまま指先が画面の中に入った。
「テレビの中に指が入った!」妻が息をのんだ。
画面を突き抜けた指は画面の中にある。私はあわてて指を引っ込める。指が通り抜けた穴から風が入ってきた。
徳島の街に流れている空気だ。右手を入れてみる。微かな抵抗。テレビの中に手が入ったという感覚ではない。たんに窓から空中に右手を出したという感じだ。その手でテレビ画面全体を掃くように動かした。薄膜が取れて、テレビ画面は全面「窓」になった。リアルに「窓」である。テレビの枠が窓枠だった。
――徳島の風が「窓」一杯入ってきた。「窓」から見える風景は格別だった。まず光が違う。当たり前だが。全体に色調が自然だ。当然そうだろう。現実の街角風景なのだから。信号が青になって眼下の道路を通るバスのエンジン音がストレートに響いてきた。
「窓」から頭を突き出した。どうやら建物の屋上らしい。私から見て「窓」の5メートルほど左、建物の外壁の上にカメラが設置されている。これがライブカメラだ。「窓」は宙に浮いているのだろうか?ぐるりと頭を巡らすと、屋上の看板に「窓」がはめ込まれているようだ。古びた看板で塗装が剥がれている。
私は頭を引っ込めた。スマホをポケットに入れる。
「向こうへ行くの?」と妻。察しがいい。
「うん。例のリュックを持っていく」
“こんな時(①)”用に準備しておいたリュックを背負い、スニーカーを履いた。テレビは壁掛け式で、前に踏み台を置いて慎重に、今は黒い枠でしかないテレビの「窓」から上半身を入れて、片足ずつ「窓」をまたいだ。幸い看板の下に右足が届き、両足が着いた。
――屋上である。心地よい風が全身を包んだ。風に乗って工事中の建物から金属音が聞こえてくる。
「大丈夫?」
「窓」から妻が見下ろしていた。奇妙な眺めだ。
「ああ。屋上は手すりが無いから気を付けないと」
私はリュックを背負い直した。
「さあ、ここからどうする…ホテルの工事現場でも見てくるか」
ホテルの工事の進捗状況を毎日見てきているのだ。
「1階の店舗になる所を見てきて」と妻。
「こっちへ来て自分の目で見たら?」
妻は一瞬考えて「無理。用事があるし、この窓いつ閉じるかもしれない」
そうだねと私は同意した。
「――さてと、ここから下へ降りられるのかな」
妻が「窓」から首を出して見回した。
「外階段じゃないかな。あれ」と妻が指さす方向に、階段の手すりが見えた。
「下まで行けるかもしれん。でも、建物の関係者に見つかったらやばいよね」
「…やめた方がいいかも」と妻。
「下りる時に見つかったら、下まで降りて逃げる。この場所へは戻れないから、駅まで行ってバスと新幹線で帰る。上がる時に見つかったら、隙を見てここまで走って来て「窓」へ飛び込む」
「どちらにしても建造物不法侵入だよな…」と私はつぶやいた。
「やめとこ」と妻。「了解、やめとく」と私。
私は「窓」枠に両手を掛けて這い上がり、右足から順に足を入れて、我が家のリビングに戻った――。
「窓」はそのままだ。徳島の空気が部屋に流れる。昔買った高倍率の双眼鏡で、ホテルの工事の様子も肉眼より遥かによく見えた。ユーチューブの映像ではあり得ない。雨が部屋の中に入り込む(虫なども)時はテレビの電源を切る。テレビをつけると、最初ユーチューブの映像が映り、しばらくすると「窓」に切り替わる。阿波踊り期間中、私たちは二台の双眼鏡で藍場浜演舞場の踊りを垣間見ることができた。風向きで露店のたこ焼きや焼きそばのいい匂いが部屋の中に漂ってきた――。
テレビ番組や他のユーチューブを見るときは普通に見れる。徳島のライブカメラの時だけ「窓」になる。この現象がいつまで続くのか……。
(了)
①「インターネットの怪YouTube篇」の終り頃6行を参照
参考:「徳島 眉山・阿波おどりチャンネル」
インターネットの怪3 ライブカメラ篇