無情 (2:1)

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『無情』


無から何を生み出しますか
テーマ「無」参加作品

橘 文雄(フミオ):貴族の令息。宗一以外には心を開かず、どこか陰のある青年。
平川 宗一(ソウイチ):文雄の元学友。実家の事業が失敗し、橘家に雇われている
     明るく楽観的な青年。
清(キヨ):橘家で奉公している下女 東北なまりを必死に隠している ※可能なら東北弁のイントネーションにすると田舎っぽさが出ますが、そのままでも大丈夫です。

上演時間 約30分

◆コピー用

文雄:
宗一:
清:

◆◆◆

(橘家 庭の手入れをする宗一を縁側で眺める文雄)

宗一:しかし、君も物好きだな。

文雄:なにがだね?

宗一:僕の庭の手入れを眺めるのがそんなに楽しいかい? 忙しい身だろう?

文雄:別に楽しくて見ているわけではないよ。
君の鋏の音は心地よくてね、休憩するにはちょうどいい。
仕事はちゃんとやっているから心配はいらない。気にせず続けてくれ。

宗一:そう言われてもね。一々見ていられると、落ち着かないものだよ。
見物料として給料に色を付けてもらいたいくらいだ。

文雄:雇い主として、君の働きぶりを確認するのも仕事の内だとは思わないかね?

宗一:ちっとも。わかった、あれだろう? 僕が美男だから見に来ているんだろう?

文雄:なんだ、ばれてしまったか。

宗一:(笑う)君と冗談が言える間柄になれたのは嬉しいね。
学生時代の橘君は、誰一人近づけない風情だったのに。

文雄:そうだったか?

宗一:ああ、そうだとも。橘家の御曹司とお近づきになろうと近づいてくる学友達を、上から睨(ね)めつけていたじゃないか。
あれは、おっかなかったよ。

文雄:確かに。挫けずに話しかけに来たのは君だけだったな、宗一。

宗一:ああ、そうとも。僕はこう見えて、誰よりも野心家なのさ。
それに、近づくなと言われれば、ますます興味がわくってものじゃないか。

文雄:どっちが物好きだか。

宗一:君だよ。

文雄:いや、君だな。

宗一:で、まだ見ている気かい?

文雄:雇い主を追い払いたいのかね?

宗一:いや、まだ居るつもりなら、友人として、耳に入れておきたいことがあってな。

文雄:なんだ?

宗一:清と恋仲になった。

文雄:え?

宗一:おかしくはないだろう? 使用人同士だ。

文雄:……いや、しかし、君の父上が聞いたら。

宗一:そりゃあ、おかんむりだろうね。かつての父なら。でも、今は怒る気力もないさ。

文雄:清、清か……気が付かなかった。

宗一:そりゃあ、気づかれないようにしてたからね。僕はかまわないんだが、清が嫌がるもんでな。

文雄:私にも気づかせないとは、君もなかなか鉄仮面だな。

宗一:僕ももう子供ではないさ。だが、親友の君に隠すのは仁義にもとるかと思ってね。

文雄:そうか。どんな、お付き合いをしているんだい?

宗一:お付き合いも何も、文のやりとりだけだよ。
一度ミルクホールに誘ったら、着ていく服がないから嫌だと断られた。

文雄:……そうか。

宗一:情けないな。好いた女に洋服の一枚も買ってやれないなんて。
でも、僕は諦めてないよ。
きっと平川の家を再興して、清にもいい生活をさせてやりたい。

文雄:……そうか。

宗一:だから君には感謝している。

文雄:感謝?

宗一:平川家は家名はそこそこだが、しょせん田舎者だからね。
君がここで雇ってくれているから、東京に居られる。
ここにいると、世の中が急速に変わっていくのを感じることができるよ。
そのうち、街に電灯がついて、自動車が走るようになるだろうさ。

文雄:そうだな。

宗一:新しい事業を立ち上げる機会もきっとある。
そうだ、聞いたかい? なんでも、髪結いの店を出して財をなした女もいるとか。

文雄:ああ、聞いたことはある。女だてらにすごいな。

宗一:まったくだ。女にできて僕にできないはずはない。
僕の夢はね、清を幸せにすることと、君とまた肩を並べることだよ。

文雄:私と?

宗一:そう、勉強で首位を争っていた学生時代のように。
ふぅ……お、木蓮が蕾を付け始めた。もうじき咲いてくれるね。

文雄:(M)宗一は息をついて、手ぬぐいで額の汗をぬぐった。私は思わず目を細める。

宗一:……ん? どうかしたか?

文雄:いや、君は太陽のようだと思ってな。

宗一:どういう意味だい?

文雄:決して陰ることなく、常に周りを明るく照らし出す。
私にはときどき、まぶしすぎる。

宗一:だったら日傘でもさすがいいさ。

文雄:そうさせてもらう……じゃ……(立ち上がる)

宗一:仕事かい? それじゃあ、また。

文雄:ああ、また。

(場面転換、橘家の台所)

清:あ、若旦那様……

文雄:(M)清は、私を見ると目を伏せて頭を下げた。
油っ気のない髪を結上げ、ヒッパリとモンペ姿の下女、それが清だった。
田舎の農村から奉公にきたこの女が「女」であることが、私を苛立たせた。

文雄:清。

清:はい……なにか?

文雄:(M)清はこわごわと顔をあげる。
鼻が少し上を向いて、頬が赤ずんだその顔を、私は好まなかった。
けれど、唇だけは、やけに肉付きがよく、桃のような産毛に覆われていた。
それがまた、私を苛立たせた。

文雄:私宛に、郵便が来ていなかったか?

清:郵便、ですか? いいえ。なにかお急ぎでしたら、郵便局まで取りに行ってきますか?

文雄:いや、聞いてみただけだ。来てないなら、いい。

清:あの、郵便屋さんが来たら、すぐにお届けしますんで!

文雄:(M)叱ってもいないのに、怯える彼女とこれ以上話すのは苦痛でしかない。
私は書斎へ向かう足を早めた。

(橘家 庭)

文雄:ほう、それで?

宗一:父親から縁談を勧める手紙が来たと、清が随分沈んでいてな。
それはそうだろう、親子ほど年の離れた男の後家ではな。
だから、僕が挨拶に行くと言っているんだが、お父様が厳格なお方らしくてね。
昔かたぎで、婚前恋愛は不良のする事だと考えている人だから、勘当されかねないって言うんだ。

文雄:そうか。

宗一:ちなみに、君ならどうする?

文雄:……わからない。

宗一:そうだな、君に聞いた僕がバカだった。

文雄:その通りだ、君と私では立場が違いすぎる。
私は清の境遇が羨ましい。

宗一:異(い)な事を言うね? 
貧しい農村に産まれた女は、誰に嫁ごうと、子供を産まされて、一生こき使われるだけだぞ?
清は僕に、もし自分がお嬢様に生まれていたら、なんて夢物語をするのが好きだよ。

文雄:貴族の令嬢もいいことばかりではないさ、親が決めた相手と結婚させられて、愛されて幸せな芝居をするだけの人生だ。
少なくとも、好いた相手が親から庇ってくれるなんてことはない。

宗一:それはまあ……清にとって、僕と出会った事が幸運であればいいとは思っているよ。

文雄:……ふうん、女学生からいくら恋文をもらっても、学業が第一だと返事をしなかった君が変わったものだね。

宗一:人は変わっていくものさ。それに、恋文なら、君の方が多かったじゃないか。

文雄:そうだったか? すぐ薪にくべていたから覚えていない。

宗一:まったく、君はもう少し変わるべきだよ。
そうだ、君の方はどうなんだい? そろそろ身を固める時期じゃないのか?
相手は藤本家のご令嬢だろう?

文雄:ああ、一度だけ会ったよ。相手は、乳母を伴って来たがね。

宗一:どうだった、別嬪かい?

文雄:耳隠しの半分が隠れていなかった。

宗一:そんなことしか覚えてないのか?

文雄:向こうも私の顔なぞ覚えてないだろう。
代わりに猿に行かせたところで大差ない。

宗一:君の冗談はときどき度が過ぎてるよ。結婚するまでに直したまえ。
大事な奥方になる人だろう?

文雄:大事にする芝居をするさ。それが橘家の当主としての役目だからね。

宗一:そういう言い方はないだろう。女は飾り物じゃない。

文雄:……飾り物ならどんなによかったろうな。

宗一:なにか言ったかい?

文雄:なんでもないさ。それで、清とはどうするつもりなんだ?

宗一:ああ、近々、挨拶に行くよ。清の父君も根気強く話せばきっとわかってくれると思う。
清の幸せを願うもの同士だからね。

文雄:そうか……

宗一:近々、2人で、休みをもらうことになると思う、お許し願えるかい若旦那様?

文雄:あ、ああ……いいとも。

宗一:ありがとう。上手く行くよう応援してくれ。

文雄:ああ、そうだな。

(場面転換 橘家の書斎)
(ノックの音)

文雄:はい。

清:あの、お茶をお持ちしました。

文雄:そこに置いておいてくれ。

清:はい……失礼しました。

文雄:待て。

清:……は、はい。

文雄:宗一と言い交わしているそうだね。

清:え? は、はい……すみません。

文雄:いいんだよ、別に。宗一は、優しいかい?

清:あ、はい……その……とても…よくしていただいてます。

文雄:そうかい。

清:はい。

文雄:(M)清からは女としての自信が溢れていた。
宗一に恋文を送っていた女学生たちの半分も美しくないであろう清を見ていると、体の奥からどす黒い感情が沸き上がってきた。

文雄:そうか……そうなのか。

清:若旦那様?

文雄:いや、羨ましいと思ってね。

清:え?

文雄:私には、産まれた時から決まっている許嫁がいて、もし、好いた者が居たとしても、想いを伝えることはできないからね。

清:そんな……でも……その……奥様になられる方は、すごくお綺麗なお嬢様でいらしゃるんでしょう?

文雄:君ほどではないよ、清。

清:え……?

文雄:時代は変わり続けている。婚前恋愛も一昔前はご法度だった。
そのうち、街に電灯がつき、車が走るようになるだろう。
……その頃には、どんな立場の人間でも、好いた者同士が一緒になれる時代になっているかもしれない。
私は、そんな時代に生まれたかった、そう思ったりするよ。

清:そう、なんですか……あ、あの私には難しくてよく……どうして……私にそんな話を?

文雄:なぜだと思う?

清:えっと……わかりません。

文雄:私はもうすぐ結婚しなくてはいけない。……私が想い人は別にいるのに。
(清の手を取る)

清:え? あ、あの、あの……どうなさったんですか……その、離してください……

文雄:ああ、君は宗一と手を握ったこともないのだったね。

清:あの、あの……こんなの、いけません……私には宗一さんが……若旦那様にも……

文雄:嫌かい?

清:え?

文雄:私に触れられるのは君にとって不快かい?

清:いえ……でも……こんなの誰かに見られたら……

文雄:誰もいないよ。ここには君と私だけだ。
……君は私をどう思っている清?

清:え? オ…わ、私は……

文雄:……

清:えっと、その……若旦那様はいつも素敵なお召し物で……いつも難しい本を読んでいらして……その……私なんかとは世界の違う方ですから……

文雄:……清。

清:はい。

文雄:君は多分、貴族社会は優雅で洗練されたものだと思っているだろう?
意外とそうでもないのだよ。
一皮むけば、庶民よりも低俗で退廃的なものさ、今も昔も。
自由恋愛が認められてない半面……君も噂に聞いたことはあるだろう?
『蕎麦屋の二階』

清:あ……

文雄:『今井』という蕎麦屋を知っているだろう?
今夜、私の名前を出せば二階に通してくれるように、取り計らっておく。

清:……わ、若旦那様、それは、一体、どういう……

文雄:私に、これ以上、言わせないでくれ。

清:でも、でも……

文雄:君にその気があるなら、来るといい。待っている。

(夜 蕎麦屋の二階 清がおそるおそる入ってくる)

清:……

文雄:……来ると思っていた。

清:若旦那様……わ、私……

文雄:こっちにおいで

清:はい……

文雄:緊張、しているのかい? 大丈夫、何もおかしいことではないよ。
君も恋愛小説くらい読むだろう?
だったら、男女の間では、生物学的に自然な事だってわかるね?

清:でも、でも……あの……これって、どういう事ですか?
……あの、若旦那様は、私の事を……?

文雄:(苛立ちながらキスで言葉を封じる)いいよ、もう、何もしゃべるな。
文雄:(M)宗一が味わうはずだった唇に自分の唇を合わせ、宗一が触れるはずだった体をまさぐる。
宗一……彼の太陽のような笑顔を思い出しながら、そっと目を閉じる。

清:……そんな……あ……若旦那さま……オラ……こんなの……あ……

(数刻後 布団に横になる清と文雄)

清:若旦那様、見てください。今夜は満月です。

文雄:満月ではないよ、十三夜だ、確か。

清:でも、まんまるで、綺麗です、すごく。

文雄:私にはいつもの月と変わらなく見えるけれど。

清:若旦那様……私、幸せです……

文雄:そうかい。

清:田舎から出てきた時は、こんな日が来るとは思ってませんでした。

文雄:こんな日とは?

清:旦那様は、手の届かない方だと。
私なんて……田舎者で、女学校も行ってないし……男と女の事もわからないけど……色々教えてください、一生懸命勉強しますんで。

文雄:そうかい。

清:あの……もっと抱きしめていてくれませんか?

文雄:やってるだろう。

清:若旦那様?

文雄:ん?

清:もう一度名前を呼んでください。

文雄:その必要はないだろう。

清:若旦那様……怒ってらっしゃいますか? 私、何か失礼な事を言いましたか?

文雄:そんなことはないよ。

清:なら、いいんですけど……あの……ダンスホールって知ってますか?

文雄:……さあ。

清:若旦那様と行ってみたいです。それから、デパートで、アイスクリームを食べるのが流行ってるって……

文雄:そうかい……(立ち上がって身支度をする)

清:若旦那様?

文雄:どこなりと、行きたいところへ行くといい。今日の駄賃として、多少のお金は用意しよう。

清:へ? 若旦那様、それは、どういう……

文雄:何か誤解があるようだ。私は君と恋仲になったつもりも、これからなるつもりもない。

清:へ……

文雄:では、先に帰っている。一緒に帰るわけには行かないから、少し経ってから出てくれ。

清:そんな……待ってください! 私、私、若旦那様の事を……(抱き着こうとする)

文雄:(突き放す)これからもしっかり働いてくれたまえ『使用人』として。

清:そんな! ……ひどい……なんで……なんで、私の事……綺麗だって、想い人だって……!

文雄:言った覚えはない。

清:……そんな……じゃあ、なんで……なんで、私を……ここに呼んだんですか?

文雄:なぜ……? それは……ないよ、意味なんて。

清:そんな、若旦那様、若旦那様……! (やがて静かにすすり泣く)

(橘家屋敷の前 清を探しに出た宗一と、とぼとぼ帰ってくる清)

宗一:清!

清:……

宗一:こんな時間までどこに行ってたんだい? 心配したんだよ?

清:宗一さん……私……

宗一:どうしたんだい? なんだか様子が変だよ? ねぇ、清?

清:私……もう宗一さんのお嫁さんに、なれね……

宗一:え、何を言ってるんだい?

清:私は、田舎者で、バカで、バカで……分かってたけど……やっぱり、バカだった……なんで、なんで、私は……ごめんなさい、宗一さん……あんなに、あんなに……優しくしてくれたのに……

宗一:清?

清:オラが悪いだ……許してけろ……宗一さん……宗一さん……

(文雄の書斎 飛び込んでくる宗一)

宗一:文雄!

文雄:……ああ、やっぱり来たね。久しぶりだな、君に名前を呼んでもらうのは。

宗一:お前、お前……清に、なんてことを!
(胸倉をつかむ)

文雄:(動じない)誤解しないで欲しい。無理強いをしたわけではないよ。私は、清に選ばせた。清が望んで、私と枕を交わした。それだけだ。

宗一:よくもぬけぬけと……! 僕の婚約者だと知っていながらなぜ奪った!

文雄:なぜ? 理由などないよ。

宗一:は!? 清を愛しているんじゃないのか!? 
いや! 愛してなかったとしても、お前は責任を取って彼女と結婚すべきだ!

文雄:そんな気はないし、彼女とそんな契約をした覚えもない。
貴族社会ではよくある話だよ。許嫁に恥をかかせないように、乳母が手ほどきをするのは。私には乳母はいないから下女の清に頼んだがね。

宗一:ふざけるな! この、人でなし……

文雄:ああそうだとも。私は無情な人間だ。だが、宗一、君は人の事を言えるのか?

宗一:は?

文雄:あの女を哀れに思うなら、お前が結婚してやればいいだろう、違うか?

宗一:……

文雄:お前に私を責める資格があるのか?

宗一:……

文雄:離してくれ。

宗一:(手を離す)くっ……

文雄:あの女も別に私を愛してはいないだろう。
君の言う通り、私が『責任』を取ることを期待したのだろうね。

宗一:言うな……

文雄:主人が使用人の女を娶るような恋愛小説が巷(ちまた)では流行っているらしいから。
彼女も夢を見たのだろう、私に見初められ、橘家当主の妻、悪くても愛人になれば、人に遣われる側から、遣う側になれると。
その愚かな夢のために……裏切った、宗一、君を。

宗一:言うな!

文雄:そして君も、そんな彼女の全てを許し、受け入れてやりはしなかったのだろう?

宗一:うるさい!

文雄:(M)宗一はまっすぐに私を睨みつけた。
彼の目が私だけを捕らえていることに、全身が震えた。
ああ、壊してしまった、私がこの手で。
いかなる時も、希望にあふれていた宗一のまなざしは、暗く濁っていた。
私が壊し。私が汚した。

宗一:ああ、そうだよ……お前の言う通りだ。
すがって来た清を、僕は受け止めてやることができなかった。
僕も……無情な人間だ。

文雄:恥じることはない。人はみな、無情なものだ。

宗一:僕は、そうは思わない。

文雄:そうか

宗一:お前を一生許さない。

文雄:そうか、ああ、それでいい。

宗一:……清から伝言だ。田舎に帰るから暇(いとま)が欲しいと。

文雄:そうか。わかった。退職金は送金しよう。

宗一:要らないそうだ。

文雄:そうか。でも、送ろう。彼女の父親なら受け取るだろう。

宗一:僕も、この屋敷を去るよ。もう一刻だってここに居たくない。

文雄:いいや、君はここに留まるさ。

宗一:は?

文雄:実家に帰ったところで、なんになる。

宗一:お前に関係ないだろう。

文雄:君のお父さんの事業に出資しよう。

宗一:は?

文雄:その代わり、君は庭師ではなく、橘家の執事になれ。
橘家を継いだ私を、ずっと傍で支えて欲しい。

宗一:……

文雄:君は断れない、そうだろう?

宗一:……お前と言う奴は……なぜだ、なぜ僕を苦しめる?

文雄:理由などない。強いて言えば私が無情な人間だからか。

宗一:くっ……

文雄:どうする?

宗一:文雄……お前と言う奴は……

文雄:ああ、無情だ。私は、そういう人間だ。君と同じようにね。

(約一年後、橘家 帰宅した文雄)

文雄:宗一、いるか?

宗一:おかえりなさいませ、旦那様。どうぞお鞄を。

文雄:外套(がいとう)も頼む

宗一:はい。奥様は、まだお戻りになっていません。

文雄:ああ、そうだろうね。夕餉の後は、書斎で仕事をする。手伝ってくれ、宗一。

宗一:かしこまりました。

文雄:そういえば、庭の木蓮がしおれていた。

宗一:そうですか、申し訳ありません。すぐに庭師を手配します。

文雄:君がやってくれてもいいのだよ。

宗一:……手配します。

文雄:そうかい、じゃあそうしてくれ。木蓮は枯れると汚いものだな。
君が庭師をやっていた頃には、気が付かなかったけれど。

宗一:すぐに綺麗にするよう、申し伝えます。

文雄:ああ。頼むよ、宗一。


清:(M)ごめんなさい、宗一さん。でも、私はあなたの事が憎い。

宗一:(M)ごめんよ、清。情けない僕のことは、どうか忘れてくれ。

文雄:(M)私の傍にいてくれ、宗一。これからも、ずっと。


【完】

無情 (2:1)

無情 (2:1)

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  • 青年向け
更新日
登録日
2025-09-20

CC BY-NC-ND
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