整体師

整体師


 男が待っている部屋に、真っ裸の女性がはいってきた。女は男の前にたつと、男の目を見た。男が指で女の目を閉じると、なにやらささやいた。ほんの五分ほどのことだったが、男は最後に、
 「ベッドの上にうつ伏せでお願いします」
 と言った。
 女は目をつむったまま、ベッドの上にあがると、枕におでこをつけて、両手両足を広く伸ばした。
 そのとたん、ぐっすりと寝入ってしまった。
 「もう効いたようですね」
 男はベッドに裸で寝ている女の身体から、片方の足を持ち、上に持ち上げると、尻の膨らみごとひきはがした。そこにサランラップのようなものをかぶせ、はずした足はまたベッドの上においた。残った足と両腕ももぎとった。女の手足はバラバラになった。もぎ取られた跡から血がでるようすがない。完全に止血されている。
 もう一人の男がその様子を食い入るようにみつめていた。
 「先生、どこからはじめますか」
 「右足をのせてくれますか」
 男は右足を隣のベッドの上にのせた。
 「あなたは、右の腕をたのみます」
 いわれた男が右上をもちあげて、反対隣のベッドの上にのせた。 
 「みてみなさい、この女、尻の筋と太股がこんなに発達している、その割にはふくらはぎがほそい」
 そういって、右足の足首をつかむと押した。
 もう一人の男がそれを見て、
 「そうですね、もう少し筋肉がつくともっと速くなるのでしょうね」
 そういって、反対どなりのベッドの上の肩からひきはがされた右腕をみた。
 「上腕にもっと筋肉がついた方がいいですね」
 その男は言った。
 「速く走るには腕の振りも大事ですからね」

 身体をバラバラにして、悪いところを手で探る、今の整体師は、関節をはずし、皮膚を引きちぎり、そうやってから、腕なら腕、足なら足の筋肉をもみほぐし元に戻す。
 患者は心理麻酔で痛みを感じない。腕を引きちぎったときに、肩から皮膚、筋肉はもちろん、血管神経腱、諸々のものも切れるが、熟練の整体師の引きちぎり法でやると、血管の先はねじれて血液は止まり、神経の先も不可逆的な変化を受けない。接着再生能力を高める引きちぎりの方法である。
 整体師は、ひきち切りと、心理麻酔の高度な二つの国家試験をパスしなければなれない。一方で、ひきち切り専門医と心理麻酔医はそれぞれ独立した資格となっており、この手法を使って手術を行う場合には、どちらかの資格を持った医師たちがチームとして手術を行う。医師の資格の上に、どちらかの資格があればよいわけである。
ということは、整体師の国家試験は医師よりも難しく、高度な資格ということである。もちろん医師でも両方を取得している人もいる。
 医師と整体師の資格、取得するのはどちらも難しい。
 その大昔、ある国で腹を切らないで、腹の皮膚に手を突っ込み、虫垂をつまみ出して虫垂炎手術をおこなうという男が現れた。それはマジックであったが、今の医師のいく人かは、指先で腹の皮膚を破り、手で虫垂をもぎ取り、虫垂炎を直すことができる。ただ手を腹の中に入れることから、傷跡が大きい。一般に普及している腹腔鏡手術が一番手軽である。手を皮膚から腹に突っ込むことのできる医師は、おうおうにして整体師の資格ももっている。 
 運動選手はかかりつけの整体院があり、著名な整体師を専属にしている。スポーツ競技のあとには必ず筋肉のもみほぐしをしてもらう。それと同時に、皮膚からしみこむ酸素とエネルギー源の混合乳剤を塗りこむことで、筋細胞内の筋原繊維がリフレッシュして次の試合が次の日であっても体調が整う。
 今、もみほぐしをされている女は、一年前は短距離の国際記録保持者だった。だが、新人が出てきて新たな記録が打ち立てられてしまった。もう一度記録保持者になりたいとがんばっている。
 試合は一月後だが、今日の午前中、ローカル大会で優勝し、試合後もみほぐしのためにこの整骨院で施術を受けているわけである。
 一人の教授資格を持っている整体師がはずした足をもんでいる。
まだ見習いの男は右腕をもんでいる。この男、まだ整体師の資格は持っていないが、心理麻酔師の資格をもっている医師で、いずれ引き剥がしの資格も取得し、整体師の資格も取って、より高度な治療のできる医師になろうとしているわけである。
 この整体院に高額な授業料をはらっている。
 腕と足をとられた女アスリートは胴体だけになって、ベッドの上に寝かされている。夢を見ているのか、ときどき瞼がきょろきょろと動き、腕のついていた部分や、足のついていた部分がぴくぴく動いている。ちぎられた四肢の付け根は、ちぎられた部位の感染予防ラップで覆われている。
 「先生、腕の方は上腕二頭筋と三頭筋がだいぶいい状態になってきました、この程度で、あとは頭からの情報が入ればちょうどいいリラックス状態になるとおもいます」
 教授の整体師は腕の様子をチェックして、
 「そうだな、とりつけてくれ」と一言言った。
 腕をもんでいたしていた研修の医師が、もみほぐした腕のちぎれた部分から染み出した黒い汚れた汁をふきとり、再生ジェルを塗布した上で、ベッドの上の女の右肩のところの防菌ラップをはがし、もみほぐした右手を肩バンドで止めた。数分で元通りになる。今度ははずしてあった左腕を、治療用のベッドの上に載せもみはじめた。
 研修の医師はまだ自分ではもぎ取ることができない。その前の段階だ。
 先生の施術している足の方は少し時間がかかる。先生はたくさんある筋を一つずつ、状態を確認しながらもみほぐしていていく。
 整体師の先生は腕から少し遅れて仕上がった足を女の元に運んだ。尻の膨らみのところからはがされているので、右側の尻のふくらみがない。尻の筋肉も一緒にもみほぐしている。走るのには重要である。
 整体師の先生がもんだ足をくっつけた。おわると反対側の足をもみはじめた。
 すでに腕のもみほぐしをおえた研修の医師は、先生のおこなっている細かい筋のもみほぐしを熱心にみまもっていた。
 研修にきているということは、すでに猫や犬で四肢のひきち切りともみほぐし、それに接着が確実にできるようになったということである。
 整体師の先生はすべてを終わらせると、女を上向けにして、目の上に手の平をあて、力を抜いてかすかに揺らした。
 女が目をあけた。
 「気分はどうです」
 「とても速く走る夢を見ました」
 「それはよかった、次も優勝しますよ」
 整体師の教授は、ここでも暗示をかけ、女性は身軽にひょいとベッドから飛び降りると礼を言って更衣室にはいっていった。

 次の日になった。
 その日の患者はとある大学の女性の短距離選手だった。大学選手権に出場するトップの選手だ。そんなに揉みこまなくてもいいということだ。
 おねがいします、と裸になった選手が部屋にはいってきた。
 「やってみてください」
 整体師の教授が研修に来ている医師に言った。
 研修生の医師は女性の瞼に指をあてささやいた。この医師はすでに優秀な心理麻酔師の資格をもっている。
 女子大生はすぐ催眠に陥り、ベッドの上でうつ伏せになった。
 整体師の先生が、ちぎってごらんなさい、と医師にいった。医師は足を持ち上げ、尻のところから右足をもぎとった。
 「なかなかうまいですよ、先生」
 教授がほめた。
 医師の男は女子大生の右足をベッドに運び臀部のところから揉みほぐしていった。
 先生は左足をちぎり揉みはじめた。
 時間がかかったが、教授が研修医の揉んだ足をチェックすると完璧きだった。接着も上手にできた。
 整体師の先生のおこなった反対側の足はすでに終わっている。
 これなら大丈夫と思った先生は、
 「両腕はおまかせしますよ」 
 と言って自分の部屋に戻った。
 医師は両腕をいっぺんにもぎ取り、ベッドの上にならべ、揉みほぐしていった。なかなか手際がよかった。
 教授の整体師が施術室に戻ってきたときには、女子大生は心理麻酔からめざめ、ベッドの上から起きあがって、更衣室にむかうところだった。
 「はやくおわりましたね」
 整体師の教授は研修の医師に声をかけ、おわったばかりで笑顔の女子大生のお尻を見た。
 「走るのをがんばってね」
 そう言って送り出した
 「上手になりましたね」
 研修の医師にはそう言った。
 本当は、出来上がりをチェックしてから完了にするつもりだったのだ。だが女子大生のお尻のふくらみがきれいだったので、大丈夫だろうと思った。
 医師ははいと嬉しそうにうなずいた。
 「先生は手技が速くなりました、それに上手ですね、すぐ資格がもらえますよ、次の国家試験をうけてみたらどうです、実習は終了ということにします、最高点をだしておきます」
 整体師の先生にそう言われ、医師は喜んで帰っていった。
 
 しばらくして、新記録をうちたてた女子大生が礼をいいに整体院にやってきた。
 「ありがとうございました、でも手がちょっとおかしいんです」
 そう言って、整体師の教授に両腕を差し出し、手の平を見せた。
 整体師がそれを見て驚いた。
 手のひらを上に向けて差し出した女子大生の親指が内側になっている。
 右腕と左腕をとり違えてくっつけちまいやがった。上下を間違えたんだ。だが、肩関節によくうまくくっついたものだ。そこが不思議だが。
 右も左もわからんようじゃ、あの医者、整体師どころか、医者としても大丈夫なのだろうか。
 それにしても、この女の子、右手と左手が逆になっていることに気がつかなかったとは、なんと鈍感な。
 「両腕が外側によくふれて、はやく走れました」
 そんなもんなのか、整体師教授は思った。
 「ものをつかむときに不便だったでしょう」
 女子大生は逆になっていることにまだ気がついていない。
 女子大生は首を横にふって、
 「いえ、大丈夫なんですけど、表彰台の上で、二位の子と握手をしたとき、なんだかおかしかったので、どうしてかなと、思っただけです」
 と笑った。
 整体師が、「握手はできたんですよね」とたずねると、彼女はうなずいた。それで、それ以上はいわずに、
 「ともかくおめでとう」
 といって終わりにした。

整体師

私家版幻視指小説「夢見虫、2027年、一粒書房」所収予定
絵:著者 

整体師

今の整体師はからだをばらばらにして施術する。ちょっとした失敗もある。

  • 小説
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  • コメディ
  • 青年向け
更新日
登録日
2025-09-19

CC BY-NC-ND
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