ゾンビの告白
意外なのは、ゾンビへと変化するとはこれほど爽快な経験であるのか、ということだ。
よくある映画のように、俺も噛まれたのだ。
噛んだのは突然暗がりから飛び出してきた老人で、数時間前から政府がテレビやラジオを通じてさかんに警告を出していたにもかかわらず、
「まさか本当に世界の終わりが来るとは…」
とたかをくくって信じなかった俺自身の責任でもある。
だがこの老人、片方の腕がちぎれ、口の中に歯が3本しか残っていない癖にやたらと元気で、俺の右の小指を噛み千切った。
繰り返すが、歯が3本しかないジジイの癖にだ。
ジジイの胸を蹴飛ばし、肋骨の数本もへし折って、何とかそれ以上の攻撃からは逃れたが、何をしてももう遅い。
すでに俺は感染しているのだ。遠からずゾンビ化する。
そして、それは突然訪れた。
自分の意識が失われかけていることは数分前から感じていた。
噛み千切られた小指はジンジンと痛む。
頭が少しフラフラし、俺の足取りは酔っ払いのようだ。
俺の脳の内部では、ゾンビウイルスと白血球がギリギリの戦いを繰り広げていた。
しかしウイルスの強さをあなどることはできない。
ゾンビウイルスは、人間の細胞自身が持つ分裂能力、増殖力をフルに利用する。
抗体もワクチンもないまま、俺の体内を急速に満たしていった。
これが勝ち目のない戦いであることは、俺もとうに承知していた。
自分の人生は終わりに近い。それが悲しくはあったが、同時に奇妙な予感もあったのだ。
人間としての俺は本日ただいま死亡するが、ゾンビとしての新しい俺が本日、誕生するのだ。
ついにゾンビと化した瞬間、俺は視野が明るくなったような気がした。
まるで暗いトンネルから外へ抜け出したような気分だ。
世界が深さと広がりを持って感じられ、歓迎しつつ俺を包んでいる。
生まれたての赤ん坊は、こういう気持ちで周囲を見回すのか、という気がした。
感じたことのない力とエネルギーが体内に満ちるのを感じる。
今や俺は酔っ払いのようではなく、しっかりと大地を踏みしめ、立つことができる。
「さて、これから俺は何をするのだろう?」
もちろん決まっている。あんたを食いに行くんだよ。
ゾンビの告白