(同人)ドラゴンボールZ もう一つの明日 第4話
鳥山明 作
ムラカミ セイジ 編
PDF縦書きPDFePub 情報 これはドラゴンボールZの、もう一つの未来で起こった物語である。
コルド精鋭隊の宇宙船は、周囲一帯を見渡せる高台に着陸していた。ナメック星の自然とは馴染まない独特の色彩、巨大な円盤状のシルエット、それらはひどく目立つ。強固な外壁のようだが、この宇宙船は所々で損傷していた。
宇宙船には何人もの異星人が奴隷として乗船している。戦闘員としても駆り出されるのか、戦闘服を着ている者も中にはいた。
新ナメック星への強襲、その時ナメック星人の思わぬ抵抗にあった宇宙船は、機関部を損傷し現在は飛行能力を失っている。奴隷達は修復作業を急がされていた。せわしなく動き回る彼らは、医務室からの異様な邪気に落ち着かない様子だった。皆、その医務室からは目を背けて作業を続けている。
邪気の元凶である男は、正面をじっと睨んでいた。半裸のサンボは特殊な液体に満たされた治療ポッドの中で回復を待っている。
サンボの片腕は肩口から消失していた。それはトランクスとの戦闘で奪われたものだ。
「おのれぇ……」
油断していたとはいえ、劣勢のサイヤ人1人にやられたのは彼にとって屈辱的な出来事だ。サンボは憎々しげに「グルゥゥゥゥッ」と唸った。こもった声が医務室の内部で反響する。冷酷な男の不気味なノイズだ。
ノイズを聞き取っていたのは同じくコルド精鋭隊の1人、マーシャル。
「やれやれ、ご立腹なご様子で」
薄暗い別室には、彼の他に3人の奴隷がいた。これから1人のナメック星人を拷問するところだった。
部屋の真ん中に縛られて自由を奪われたナメック星人の青年が寝転がっている。ナメック星人の中では大柄な彼だが、今は激しく衰弱していた。かなり痛めつけられているが、生き長らえているのはナメック星人の丈夫な体のおかげだ。
奴隷の1人、小太りな男が青年の胸板を踏みつけた。
「うぐっ」
「ほら、起きろ!」
小太りな男はさらに何度も青年を蹴り上げてニタリと笑う。普段虐げられている自分の鬱憤を晴らしているのは明らかだ。
マーシャルはつまらなそうにその様を眺めていた。捕虜にしたナメック星人は10人にも満たず、これは三度目の拷問になる。前の拷問から生き残っているのはこの青年のみ。
聞き出したい事はそう多くはない。残るドラゴンボールの場所と、生き残っているナメック星人の居場所、そして神龍を呼び出す方法。
拷問は奴隷達任せだ。無抵抗な者をいたぶる趣味はない。マーシャルにとっては目的の神龍でさえも興味はなかった。いまさらフリーザ達を生き返らせようなど、どうでもいい事だったのだ、彼にとっては。
「ジュドーにでもやらせれば良いものを」
マーシャルとは同じコルド精鋭隊の1人、ジュドー。大柄な体格で傲慢な男。そして拷問は残忍なジュドーにとって最も好む仕事だ。おそらく想像もつかないような苦痛の限りを与え尽くして、このナメック星人をなぶり殺す事だろう。
「だが、アイツではやり過ぎる」
そう、ジュドーでは聞き出すべき事も忘れ、殺してしまうだろう。頭の弱いあの男では、この仕事には役に立たないと彼はよく理解している。長い付き合いだが、マーシャルはジュドーという男をあまり好ましく思ってはいなかった。
苦痛に耐えかねてようやく話し出したナメック星人の青年は、ペラペラとナメック星の古い言語を叫びはじめた。こうなっては奴隷共ではお手上げだ。
マーシャルは奴隷共の拷問の手を止めてやった。それからナメック星人に向かって彼の使っていた言葉で「さっさと楽になればいいものを」と呟いた。
ナメック星人の青年は驚いた。なぜ異星からやってきた男にナメック星の古い言語が話せるのか、まるで理解できない。
マーシャルは面倒くさそうにナメック星の言語で続けた。
「オレには特殊な能力があってね、どんな言語でも聞き取り、瞬時に自分の知識にできるのさ。まぁ、お前達ナメック星人がオレ達の言葉を話せるのと同じような理屈だ」
ナメック星人の青年はそれで黙り込んだ。マーシャルは「やれやれ」と呟くと彼の頭に手を添えた。ナメック星人の青年は激しい頭痛に襲われた。電撃を受けているようだった。
意識を失ったナメック星人は何かをブツブツと呟いていた。マーシャルはしばらくそれを聞くとナメック星人の頭から手を離し、奴隷共に「殺せ」とだけ言いつけた。
拷問は終わった。あのナメック星人から聞き出すべき事は、すべて無意識の中から探り当てた。それがマーシャルの本来の能力である。一種の暗示や催眠術の類いのものだ。彼に触れられてしまえば、隠し事は通用しない。
トランクスを追跡に別行動をしていたジュドー。彼のスカウターにマーシャルから通信が入った。どうやらマーシャルは捕虜から情報を聞き出したようだ。それによると、残るドラゴンボールの一つに最も近いのがジュドーだったらしい。
「そうか、この森の洞穴、ね……ククク」
実は精鋭隊の中で今回は一つ賭けをしている。誰が最も多くドラゴンボールを見つけられるか、だ。今のところジュドーはその賭けでリードしている。賭け金自体は大した額ではないが、ジュドーには良い手応えがあった。
「今のオレ様はツいてるぜぇ!」
何か彼にとって面白そうな事が起こる、そんな予感に興奮していた。
「あのスーパーサイヤ人のガキも、オレ様が先に喰っちまおうか。それも良いなぁ」
ジーク、そしてサンボとの戦闘で見せたトランクスの強さは、ジュドーの戦意を高ぶらせた。スーパーサイヤ人という自分達以外の強大な存在。それはコルド精鋭隊の強者達にとっては、恰好の獲物でしかない。
ジュドーはマーシャルからの通信にあった森の洞穴へと急いだ。
薄暗い洞穴、デンデの隠れ家。長い話を終えたトランクスが、深い溜め息を吐いた。人造人間との激闘の日々、自分が過去の世界へ行った経緯、そして孫悟飯の死。必要な事は何もかも話したつもりだ。
「そうですか、そんな事が……」
悟飯の死の知らせに顔を曇らせたデンデ。わかってはいたが実際に反応を見てみると、トランクスはひどくいたたまれない気持ちを抱いた。
「だがもうすぐ、悟飯さんも、みんなも生き返る。ナメック星の神龍、ポルンガならどんな願いも3つまで叶えてくれるんでしょう?」
トランクスは期待に胸を躍らせていたが、デンデの口から告げられた真実は意外なものだった。
「確かに神龍は願いを叶えてくれます。ですが、ナメック星の神龍、ポルンガが生き返らせてくれる人は、一つの願い事にたった一人だけなのです」
「そんなバカな!」
トランクスは耳を疑った。信じられない。
(せっかくここまできて、無駄足になってしまったのか? それとも他の人達には悪いが悟飯さんだけでも……)
考え込む深刻な表情のトランクス。デンデは今さら彼には残酷だと思うが、事実は事実でしかない。
「きっとブルマさんがナメック星に来たのは昔の事ですから、ポルンガの秘密についてはすっかり忘れていたのでしょう」
それはジーク率いるコルド精鋭隊も知らなかった事情である。連中の余裕の態度からも明らかだ。
(どうせ連中のドラゴンボールに関する知識は、フリーザ襲来に関わった者が漏らしたものなのだろう。噂を嗅ぎつけてきた荒くれの連中だ)
デンデは忌々しげに奥歯を噛み締めて「ギリリ」と鳴らした。
2人の沈黙。だがすぐにデンデは名案が浮かんだ。
「もし大勢の人を生き返らせたいのであれば、地球の神龍に願いを叶えてもらってはどうでしょう?」
トランクスは疑問に思う。
「しかし地球の神様はピッコロさんが殺されたため同時に死んでしまい、地球の神龍も消失しています……それを今さら」
「だったら、神龍を生き返らせれば良いんですよ! かつてフリーザが襲来した時、悟飯さん達がそうしたようにね!」
トランクスはすぐにやるべき事を理解した。
「そうか! ピッコロさんを生き返らせれば地球の神様も蘇り、神龍も復活する!」
デンデは笑みを浮かべて頷いた。薄暗い洞穴で、彼らに微かな希望が見えた。
地球でのドラゴンボール探しは、トランクスならどうにでもなる。だが慌てて飛び出したトランクスは、ドラゴンレーダーをブルマの宇宙船に忘れてきてしまった。
「そうと決まれば早くドラゴンボール探しに行きたいところですが……」
「ここにはドラゴンレーダーがない)
ドラゴンレーダー。その昔ブルマが開発したドラゴンボールを探し出すためのアイテム。液晶画面にドラゴンボールの座標が表示され、現在位置を即座に把握出来る優れものだ。未来ではトランクスが生まれた時既にドラゴンボールが消失していたため、使ったのは過去の世界での事だ。
散らばったドラゴンボールを、ドラゴンレーダーなしに広大なナメック星から探し出すのは苦労する。のこのこ出て行って、探している最中にコルド精鋭隊に囲まれては二の舞いだ。だが、手を拱いていては先に連中が揃えてしまうかもしれない。
こちらが下手に行動しないため、コルド精鋭隊に対する時間稼ぎになっているのも事実なのだ。連中は何故トランクスがすぐに姿を現さないのか、そこまでの考えには至ってはいない。ましてやデンデと合流しているなど知る由もなかった。
今トランクスが宇宙船にドラゴンレーダーを取りに戻るのは、物理的には不可能ではない。だがそれはデンデとブルマを同時に危険にさらす事にもなりかねない。もし敵のスカウターによって2人のうちどちらかの居所がバレては、おそらくどちらか一方を守ってはやれないだろう。トランクスにはそんな賭けのような選択はできなった。
ふとデンデは徐に何かを取り出すと、嬉しそうにトランクスに向けて見せてきた。オレンジ色の光輝く球体、中心には赤い星印が描かれている。それは地球のドラゴンボールよりも大きい、ナメック星のドラゴンボールの一つだった。恐らく他のナメック星人達も、命がけで守ってくれたものなのだろう。
「あんな連中に渡すものかと、大切に隠していました」
「すごい」
コルド精鋭隊の元に今いくつのドラゴンボールがあるかは知らないが、これさえ奪われなければ勝機はある。
「お願いです、トランクスさん! 殺されたナメック星人の仇を討って、そしてみんなを生き返らせてあげてください」
目に涙を浮かべたデンデの切実な願いに、トランクスは堅く勝利を誓う。気付くと血が滲むほどに拳を握りしめていた。
(もうヘマはしない! すぐに終わらせてやるぞ!)
トランクスは今でこそ気を消して、戦闘力をスカウターで感知されない限界まで下げているが、その胸に秘めた闘志は熱く燃え盛っていた。悪を決して許さない勇気と怒り。それは銀河の果てでも受け継がれている、正義の系譜。
トランクスが再びスーパーサイヤ人となって、猛威を奮う悪の超戦士達に立ち向かう時は近い。
(同人)ドラゴンボールZ もう一つの明日 第4話