毒男と毒女

毒男と毒女


 あいつは毒のある奴だな
 そういわれる男がいた。
 あの女は毒だ
 そういわれる女がいた。
 本人たちはそう言われていることに気がついていない。
 毒男と毒女がたまたま同じレストランで食事をしていた。
 毒男は会社の男仲間ときていた。
 毒女も会社の仲間ときていた。

 毒男が社長のことを、融通の利かない奴だと言った。
 毒男が任されているプロジェクトの予算が底をついたので、追加を社長にたのんだらことわられたのだ。
 それを聞いた一人の社員は、おまえのプロジェクト計画の失敗じゃないかと思った。
 あの社長は、女がいるに違いないぞ、そっちに会社の金を回しているんじゃないか、毒男は言った。
 どうしてだ、と仲間の一人がきいた。
 俺の勘は間違ったことがないんだ、取引先でそのことを言ったら、うなずいて笑ってたがな。
 外でも社長のことそんなふうに言っているのか、こいつは社長の毒だな、いや会社の毒だ、会社仲間は思った。

 毒女はそのレストランで、会社の女仲間と食事をしていた。毒男のグループの隣の席だった。
 あの社長の目つきはいやね、私をねらっているわ。
 毒女が周りの仲間に言った。
 そうなの、どんな感じなの。
 仲間の一人が聞いた。
 私がね、コンピュータのキーボードをたたいていたら、じっとみていてね、きっと誘ってくるわよ。
 一人の仲間は、なんだまだ誘われていないのかと思った。
 社長は女性を見る目がなさそうね、秘書にあんな人をやとっているんだから。
 今度は社長の秘書を悪く言った。
 でもあの秘書さん頭はよさそうよ。
 仲間の一人が言った。
 とんでもない、私に英語書類を見せて、この意味教えてって、きいてくるのよ、簡単な英語なのに、あんな人を秘書にしたって言うのは、弱みを握られたからよ。
 社長の秘書は、外語大出身の社長の叔母の娘である。すなわち従兄弟だ。毒女は知らないのだ。それも周りの仲間が話をしてくれないからだ。
 私は外資系の会社にむいているのかもね。
 それならいけばいいじゃないの、仲間の一人は思った。
 この人、毒女、いや会社の毒ね、ともう一人の仲間は思った。
 
 隣の席の男が大きな声でウエイターをよんでいる。
 この料理、塩辛すぎる、塩を間違えたんじゃないか、と怒っているのが聞こえた。
 毒男のところに、支配人がきて謝っている。
 立ち上がった毒男は、隣のグループの毒女と目があった。
 こうして、毒男と毒女の最初のコンタクトがあった。
 毒男は毒女を見てすぐ目をそらした。自分の好みじゃない。毒女はまた男に惚れられたと思った。
 そこはそれで終わった。
 おわかりの通り、この二つの会社は同じビルのテナントで、その一階のレストランでのできごとだったのである。

 ある日の夕方、そのビルの近くの駅で、会社から引けてきた毒男は、やはり会社から引けてきた毒女とすれちがった。
 毒男はやな匂いの香水だと思って振り返った。毒女が男をみた。この間私に惚れた男だと思った。
 毒男は、女をみて、あ、あのときの女だ、好みじゃないが俺に惚れている。
 二人は立ち止まってお辞儀をした。
 コーヒーでも、毒男が言った。
 それを聞いた女は、やはり私に惚れていると思った。
 二人は珈琲店にはいって、今日のコーヒーをたのんだ。
 男も女もまだ異性の経験がなかった。
 毒男はなんといっていいかわからなかったので、自分の会社の名前を言った。
 毒女も、自分の会社の名前を言った。
 同じビルにはいっている会社である。二人ともそれを知らなかった。
 そこで、毒男は名前を言って、女も自分の名前を言った。
 結局結婚することになった。
 どちらも中堅以上の会社にそれなりに長い間働いていたので、それなりのマンションを買うことができた。
 3年たってやっと子ども授かった。
 二人ともまだ昇進していなかった。
 二人はヘルパーをやとい、1年たったところで、子どもを一歳から預かる、高級、いや高額保育所に預けて仕事をがんばった。
 子供が幼稚園年長さんになったとき、家に帰ってきた毒男がいった。
 「今度、俺、一年間、モンゴルの出張所に勤務になった、期待されているんだ、出張所長だ」
 地元の人が二人しかいないところだ。
 「あら、私は、北海道の支社にいくわ、支社のチーフよ」
 担当するところには毒女一人しかいない。
 こどもは子どものいない中年夫婦に年間五百万の費用を渡し、すべてを任せた。マンションの近くの古くからの家で、広い庭と大きな屋敷があった。
 モンゴルではその国の部下がほとんどの仕事をこなしていた。毒男はサインをするだけの仕事だ。
 一年に満たないとき、彼がめくらサインをした書類のおかげで会社は何千万か損をした。
 彼は部下たちを毒づいた。
 女は北海道で、英文の書類で単語をまちがえ相手の外国企業から契約が破棄された。
 部長の原文が悪かったからだと毒づいた。
 3月半ばに二人は東京に戻ってきた。
 そのあとも子どもは中年夫婦にあずかってもらっていた。3月いっぱいの契約だからだ。
 4月に小学生になった子どもが、自宅のマンションに帰ってきた。小学生になるに当たって、両親は一番高い高級牛革のランドセルを買い、高級鉛筆をそろえた。
 子供は毎日小学校にかよったのだが、帰りにかならず中年夫婦の家に寄った。庭で猫とちょっと遊んでマンションに帰った。家に帰るとすぐ自分の部屋で猫の絵本をみていた。
 猫をかいたいと子供が母親に言うと、あんなきたないものだめ、としかられた。父親に言うと、バカな動物なんかだめだ、勉強しろとおこられた。

 会社に戻った毒男は部署の仲間がきびきび動いているのに驚いた。ずいぶん変わったと思ったのだが、前と変わらない状態であることには気づかなかった。周りの動きにあわせるのが大変だった。社長のことを毒づいた。毒男の胃が悪くなった。
 毒女の会社では、後輩が上司になっており、あんなのがと思いながら仕事をしていたのでミスばかりしでかした。若い上司はやんわりと指摘してくれた。にもかかわらず、上司になった後輩の悪口ばかりいいふらした。毒女も胃が悪くなった。
 今日はお粥にするわよ。
 朝、毒女が毒男に言っているのを子供が聞いた。
 学校の帰りに中年夫婦の家の庭で猫と遊んでいた子どもに、庭に生えてきた草は毒だから気をつけてねとおじさんが声をかけた。
 それを食べると死んでしまうよ、とおばさんが言った。
 子供はランドセルの中に、いっぱいその草の芽生えをつっこんだ。
 家に帰った子どもは野菜かごに草の若芽をいれておいた。
 毒男と毒女はその日、野菜のはいったお粥を食べた。
 朝、両親は死んでいた。
 警察はトリカブトを山菜と間違えて食べた中毒死と判断した。
 毒男の会社ではなにも変わることなく、皆きびきびと働いていた。毒女の会社は成績が向上してきた。
 毒男と毒女の子どもは子どものいない中年夫婦の子供としてひきとられていった。
 子どもは猫の頭をなでながら、毒には毒が効くんだよ、言った。
 猫は頭をなでられながら、この子は頭いい、と思ってごろごろ喉を鳴らした。

毒男と毒女

私家版幻視指小説「夢見虫、2027年、一粒書房」所収予定
絵:著者 

毒男と毒女

あいつは毒のある奴だな、そういわれる男がいた。あの女は毒だ、そういわれる女がいた。

  • 小説
  • 掌編
  • ミステリー
  • ホラー
  • コメディ
  • 青年向け
更新日
登録日
2025-08-29

CC BY-NC-ND
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