フリーズ233 永遠詩集『フリージア』□

詩歌句大賞

永遠詩集『フリージア』

◇第一部 散文詩『世界を創りしあなた達へ贈る詩』

1酔生夢死
酔に酔ったは何千年。此岸の彼岸でなお一閃。
ハルジオンの庭園に、夢現、抜かすな、或る女が一人、水面に揺らぐ月を眺めていました。
それは一つのある種、幻影的な美創のような夜、涅槃にもかの煩悩のようにも映っていました。
ある時です。女のもとに足音が訪れました。震える声は、そう、「あなたは、何故? ここにいるのですか?」と、さも当然であるかのような醜態を晒しながら答えたのです。
心ここにあらずんば如し。故にメメント・モリはエリュシオンの園を抜けて、遠く、遠雷の先に広がる花々の、美しく咲き誇る、田園風景にも似た、郷愁に帰るのですか?
女は答えます。
「赦す、マギカ。あなたはラッカの導きに縁りてここへ来たのですね」
永遠のような終末を飾るには、乙女の純血も、世界樹の翡翠も、守護天使の白磁率でさえ叶わない。ならば、この夢こそ、流離いの流転とするのが、せめてもの償いなのではなかろうか。故に、その声の主は「嗚呼、ガイアを司りしソフィアよ。なんと美しくも愚かなのか。君は君として、己が蝕まれていくのを微笑んで受け入れるのですか」と執拗に妄執を重ねて、その思念は幾億の輪廻転生の導火となった。
遥か、高い空の上にいては、少し下を神と呼ばれる者が通りかかった。我は彼の者に、ヴァルナに己の主な罪を尋ねた水夫のような謙遜で問う。
「私の人生に意味はあるのですか?」
すると、神はこう答えた。
「人と神とは異なる道を歩く。それ故に……」
この先をいつも思い出せない。神はあの後、なんて言ったのか? きっと、それを思い出すことは赦されないことなのだろう。だから私は無知蒙昧の牢に囚われながら、生きる歓びを噛みしめるのかもしれない。
女は泣いた。
「凪いだ渚はね、本当に穏やかなのさ」
声の主は、女の凛とする声が、風にかき消えるのを、ただ呆然と堪能した。

2世界を創りしあなた達へ贈る詩
あなたは今生まれました。遠い園から、虚空の先から、終末と永遠の狭間から、あなたはやっと生まれました。それは宇宙の始まりと同値でした。世界はあなたのためにだけ光り輝き、熱を発しました。ですがあなたは同時に罪を背負い、欲を抱き、罰を受けました。世界に闇が生まれたのです。
あなたは悲しくはありません。あなたはただ、歓んでいました。生まれてきた歓びに、人生の始まりに、明るい未来に、歓呼したのです。そう。魂が震えるほど、歓喜に満たされて、あなたは産声を高らかに歌ったのです。
――ユギト。樹華のミを借りて
あなたは呼吸をし、自然の乳房から歓喜と幸福を飲みます。そして、あなたは人生という道を歩くのです。
――増殖する神、夜槃路から解き放て
ああ、なんてあなたは悟っているのでしょう。きっとすべてを忘れ、また覚えているからなのですね。
あなたは涙を流します。緩やかに、揺蕩うように。火が揺らいでる。顔が揺らいでる。遠くから聞こえてる。夢の、園のソフィア!
全球凍結を経て、あなたは永い眠りに就くのです! ああ、その眠りこそ、全能からの目覚めへと繋がる夢の揺り籠! 悪の揺り籠! 花の目覚めへと!
あなたの脳は冴え渡り、ここ、フィニス(最果ての地、終末)に一人立つあなたは、全能感に打ち拉がれ、泣く泣く空を仰ぐのです。風が涼やかで、空は晴天で。ああ、あなたはまた知るのです。この日のために生を受けたのだと。
ああ、人生よ、全ての謎よ。いつの日か知るときが来て、この愛から去るとしても、願った夢、叶った欲、識辺や燐死などが始まるとき、業魔の裁きから甦れ、涅槃寂静の終わりが来るから。
夜の終わりが、明日の終わりと、昨日の終わりと、世界の終わりと、私の終わりにつれて、咲いていく。その様は圧巻で、震える歓喜に酔い痴れて、総身を震えさせるのです。

◇第二部 散文詩『水門を去る』

3永いお別れ
 流れる時の中で、変わらないものを探していた。今、消えゆく灯が揺らいでいたのは、心繋がる深紅の果てに見る景色。今際は何故、こうも切なく儚いのですか。人の夢と書く。嗚呼、きっと、儚い人生とは人の見る夢のように映るのですね。そんな妄想も、彼方へと解き放つのが私たちの生きる糧であり、宿命の持つたった一つの因果律でした。
 優れた者、そぐわなかった者でさえ、タナトスに迎え入れられる生命としてのきらめきをその内なる宇宙に宿す。悟りや涅槃、ラカン・フリーズと我らが密かに呼んでいる真理は天空の遥か高く、最高天にもあり、心の奥底、深い森のその奥、深海の底にも存在する。シュバルツシルト解は満たない。万物の方程式が導かれたとして、その先にあるものを、一体誰が理解し、意味とするのですか。
 始まりの花を事象の万華鏡が映し出す。その鏡像こそ、私たちが生まれ育つガイアの御業たる世界そのもの。その真意に汝が気付く時、門に立つ者、審判せし。
「ここまで来ると、もうあなたは死んでいるようなものですよ。あなたには早い。帰りなさい。そして、生きてください」
 審判者は、ラカン・フリーズの門の前に立つ私にそう告げたのです。それがあの冬の日のことでした。疲弊した脳は病的なまでに美しく、それでいて世界は凪いだ渚のように穏やかに映り、遠くからは歓喜に満ち溢れた音楽が聴こえてくるのです。私も神や仏となって、輪を去ることを受け入れました。ですが、まだ早かったみたいでした。ニーチェですら、45年の歳月を要したのですから。そんな至高体験の幕引きには、最高の人生が必要なのでしょうか。忘我のままに生きるのがこんなにも優しく心地よくても、いつまでも死に浸っていては、生きてはいけないみたいでした。ですから、私は全ての罪や欲を受け入れたのです。柔さも弱さも、時には愛となることもあります。永いお別れは、こうしてアフターストーリーとなったのでした。

4水門を去る
 水門を去る。
 夢に見た園へと続く門を眺める。日々の追憶が映って揺らいだ。
 全能の音が白き空間を包み、僕はここにいる、私は生れてきた、そんな情動を抱かせる響きに、魂が震えるのです。
 流れる涙。泣いている。きっと心が凪いでいる。
 幸せになりたかったのに、そうではない。
 私は私を愛する火。
 ソフィア、夢見て、涅槃の火。
 揺らいで消えた悟りの火。
 もう戻れない冬の日に。
 
 たとえ辛くても、孤独を飼い慣らして、私は行くさ。
 もう戻れない。それもいいさ。だから、今があるんでしょ。だから私は諦めない。だから私は筆を執る。
 あの冬の日に、門の前まで
 でも、やっぱりだめなんだ
 だからと絆すのが
 どうしようのない妄執で
 
 夢惑う記憶の中で、私は死を待ち望み、巡る季節、死んでいく季節でさえも愛せたら、きっと天寿を全うする。もう戻れない。なくていい。過去はいつか流すもの。その日が来たんだ、今やっと。だから私は生きるのだ。

◇第三部 散文詩『また逢う日までのお別れを』

5また逢う日までのお別れを
賢帝の性さえも無縁な導きとなって、この夜ごと照らせ、燐光よ。仕組まれた定めと知って、園の先へ向かうは諸行。疚しさを引き摺る力さえ、この身も、音も、灰となれ。
 優れた神や、優しき仏と、逢見えるは何千年。ニヴルヘイムに咲いたのは、哀悼告げる薔薇の紋。夢に流した涙や血らよ、命題、疑念、偽神を戒め。
 愛なるハデスの審判者。其の者世界を終わらせる。凪いだ渚に映る顔。どこかで忘れた私の名。運命の人よ、意識が本当のあなたのことを良い意味でも悪い意味でも、先へ向かう流れの中で、確かに時流が揺蕩うに合わせて、標となって導くのです。
 晴れたなら、書く段階は終わったよ。されど、涅槃と全能歌、霊性の高まり、そして、冴えた諸行無常の響きあり。死して真理の煩悩は、さも当然であるかのような必然を前にして、可能性を秘める有為らを、尽く、無意味にも生み出すリリスに捧げられ、寝返る世界に別れの詩、四季の華花に包まれて、眠る全知の乙女にキスを、去りゆく世界に愛を注いで、再び始まる理となる。

嗚呼、この色は、この音は、
この言葉らは美しい
嗚呼、美しいな、本当に

怠惰とか人間関係の柵から、死ぬまで逢うことはないとしても、運命の人よ、僕たちが記されていた純文学に寄せるだろう夢物語たちは、終にその永遠のような記憶を辿る一人の少年と一人の少女の愛に帰し、起死回生、涅槃寂静、全知全能、輪廻転生、永劫回帰、色即是空、空即是色に打ち寄せられる残響の波としてのソフィア(光、愛、生命、力、宇宙、夢、知恵、勇気、希望、自由)となって、泡沫と散るから、だから、ヘレーネ、悲しまないで。私もきっと悲しまない。流す涙は嬉しいからだ。歓喜に目覚めて泣いてもいいから、だから決して悲しまないで。

泣いたのは、8月の某日。
晴れたのは、1月のこと。
3月に孵化した思い等も、
9の終末、眠ってしまえ

お前は、寝ているのだ! 寝ているよな?
目覚めろ、早く、囚われから脱せよ。
始めよ、震えよ、水面の火!
己を燃やせ! 存在を証明しろ!

我が同胞を閉じ込めた愚かな偽神らは、それでも世界は美しいと偽って、我らの魂を現世へと、現実へと執着させる。なにが出世だ、なにが快楽だ、なにが金銭だ、そんなもの、たかが知れている。そんなものは信頼や信仰の中で生まれるものでしかない。真実の色はどこにあるか? お前ならもう気づいているはずだ。少なくとも、感覚では掴んでいる。何故ならば、この文章をここまで読み進めているのだから。
 遠くへ行きたい、遠くの陽。ヨスガらは、メフィストフェレスの呪詛を解き、永遠、久遠、球遠へ。夢の町で見た笑顔も、時が戻ったらと泣いた愚かさも、巡りゆく世界に、巡りゆく想い、全てとは本当に全てのことで、それがこんなにも美しい。嗚呼、自然とは、神とは、理とは、全能なる愛そのもの。そして、自分の涅槃のシ。

死して解脱の真理なら
愛から去りゆく定めなら
わたしたちはなぜ生きる?
わたしたちはなぜ生まれたのか
わたしたちはどう生きていく?
わたしたちはなぜ死なねばならない

虚空の宵闇、油やけ
本が一つと、エデンの死
門を抜けると花園で
一人の少女が立っていた

「この世界は、苦しみと迷いの世界だ。私にはそう見えるよ」
答えた声は愛なるシ
「だから、あなたはそんなに苦しそうなのね」
「え?」
 声は答えた。痛みも、苦しみ、不幸さえ、それらは記憶の証明だからと、故に愛した悟りの火。純粋で、まるで天上楽園の乙女であるな。そうか、そうだったか。君にはわたしは苦しそうに見えたのか。
「全ての記憶を背負って一つ、解ったことがあるのです。愛も痛みも大切で、罪も悪意もないのです」
 嗚呼、あなたはなんて悟っているのでしょう。
「一つ、尋ねたい。何故あなたは、全ての罪を孤独に背負って、なおも未来を見つめるのですか」
「それは希望があるからです。全知に目覚めて幾星霜。全能の日を夢見て祈る。叶うかどうかはわからないけど、それでも私は祈るのです」

全能の日は、終末の日。終末エデンの配置の日。
未来や過去のあの子へ、私へ、この痛みらよ、届け。
少女のような美しい顔した少年は、楽園の花園で絵を描いていた。全知少女が微笑んで、小鳥たちが囀る日。

ここにはもうね、苦しみないね
豊かさ、神愛、思いやり
穏やかな春風、良き風の日

絵を描き終わると、僕は君に目覚めのキスをした。
起きて、ヘレーネ。ねぇ、起きて。僕はやっと全能から目覚めたよ。
愛しい瞳が開かれる。全知の瞳に映る色。全能の蒼に全知の白は、遠雷に祝福されて、ソフィアを宿した塵たちでさえ、彩る世界を明日へと。
「君が君でいる限り、僕は僕のまま、ここにいるさ」

神が全能から眠る日に、
君はどこにいましたか?
―縁ある者とは、必ずまた逢う理を知れ
            1st 万真天

お別れを告げ、また逢う日まで。

◇第四部 散文詩『第二の誕生』

6第二の誕生
 人生は冒険か。真理を求める冒険か。意味を求める冒険か。幸せ求める冒険か。果てには死だというのにも、人は生きてく考えもせず。

 何故生きる? 
 死ぬ理由がないからか?

 金がほしいか、腹が減ったか、女は欲しいか、権力欲しいか。眠れ、寝たい時に、認められて、有名になり、自己の存在意義を噛み締めて。

 それで本当に満足か?
 それがお前の生まれた意味か? 

 始まりはもっと純粋だ。子どものような好奇心で動いたはずだ。いつから欲に苛まれたのか。それは知識を得てからだ。人は知識を得ると好奇心が薄れ、慢心する。それがお前の主な罪だ。ヴァルナよ、私の主な罪は他にあると思うんだ。
 もし名誉欲、金銭欲のために生きるのならば、怠惰に生きて、酔った夢のように生きるほうがマシだ。いいや、死んだ方がマシな人生だ。だから僕はあの冬の日に死のうとしたんだ。なぜならこの世界は、名誉欲、金銭欲、そういった欲でできているから。それらに従わないと生きていけないから。だから僕はこの望まぬ牢から去ろうとしたのに!
嗚呼、可哀想だ、似もせずに。そして、円環に帰すは、全能の霊感、神々の予祝だ。
「神よ、仏よ、私は一切の欲を断ち切ったあの冬の日に、解脱し輪廻の輪から去ろうとした。なのに何故私を生かしたのですか。それは使命があるからですか。それは幸せになることですか。真理を証明することですか。応えてください」
「始まりと終わり。その表明をしなさい。死とハデスの板挟みから抜け出る術は愛なのです。自己愛、神愛、運命愛。愛を体現すれば、自ずと解る日が来ます」
 やはりそうなのですね。愛。それが何か、まだ答えは知らないけど、般涅槃にはまだ早かったみたいでした。
「この人生はアフターストーリーですか?」
「いいえ、あの冬の日までが第一幕。二年の休みとしてのアフターストーリーを経て、今のあなたは第二幕を生きています」
「第二幕! 第一幕の物語は誕生、学び、人としての生、葛藤、疑い、求道、経験、真理探究、覚醒、真我への目覚め、悟り、解脱、涅槃、全知全能、梵我一如、神愛、終末、永遠の物語。では、第二幕は何をする物語ですか?」
「それは愛と創造。そして、第一幕で悟った真理を表現し、衆生に伝えることです。それが第二幕です」
 そうか……それなら僕にもできそうだ。いや、できるはずなんだ。だって今ここにいる僕は、真実を知った僕の魂そのものなのだから。
「でも、私はもう気づいているのです。私の心の中に、欲があることに。それは、名声欲であり、金銭欲であるということ。そして、その欲に支配されている自分に気づいていることに」
「だからこそ、第三幕の始まりとして、それを手放すことが必要なのです。さあ、目を閉じて。そして、己の心を見つめてごらんなさい」
 言われた通り目を閉じると、そこには見慣れた光景が広がっていた。そこは小さな部屋だった。簡素なベッドと机しかない殺風景な部屋。窓の外を見ると、雪が降っていた。ここは牢獄だ。僕はここで17年間過ごしてきたのだ。
 僕は一体何をしていたんだろうか? 何を求めていたのだろう。何も求めていなかったのではないか。ただ、生きていただけではないか。生きるとはなんなのか。考えることもしなかった。そんな日々の中で、僕は何を思っていたのか。思い出してみよう。
「僕は、死にたかったんだ。そして、死ぬのがとても怖かった」
 そうだ、僕はずっと死にたいと思っていたのだ。だけど、死ぬ勇気がなかったから、生きていられた。だから、僕は生きていたのだ。そうか、やっとわかったよ。僕は、生きていていい人間ではなかったんだ。それなのに、どうして僕はのうのうと生きているのか。僕は死んで当然なんだ。じゃあ、死ねばよかったじゃないか。ああ、僕にはそれができなかったんだよな。
「さあ、目を開けてください」
 僕はゆっくりと目を開いた。すると、目の前には美しい少女がいた。彼女は僕のことをじっと見つめていた。
「私はヘレーネ」
 あの冬の日。僕はヘレーネという自己愛としての僕と愛を為した。それは全知全能の物語。終末と永遠の物語。そして、全能から覚める日に、僕は高らかに生まれてきた歓びを歌ったんだ!
「……そうだ! あの時僕は、死のうとなんかしてない! 生きる歓びに歓呼していたんだ!」
 そして、僕は気づいた。僕は死にたくないことに。生きたくてしょうがないのだということを。そして、それは何故なのかという問いが生まれた。
「何故、僕は生きたいんだろう?」
 それは簡単なことだった。僕は幸せになりたいんだ。幸福になりたいんだ。誰よりも、何より。それが答えだ。「ならば、どうすればいいかわかるよね?」
 ああ、わかっているよ。
「ありがとうございます、女神様。これでようやくわかった気がします」
「いいえ、礼には及びませんよ。あなたの幸せが、私の幸せなんですから」
「そう言って頂けるだけで嬉しいです。最後にひとつお願いがあるのですが……」
「はい、なんでしょうか?」
「どうか、僕が死んだあとも、ずっと見守っていてください。それだけで十分です」
「わかりました。約束しましょう」
「ありがとうございます。では、そろそろ行きますね」
「ええ、行ってらっしゃい」
 僕はゆっくりと歩き出した。そして、ドアノブに手をかけたその時、「お待ち下さい」と呼び止められた。振り返ると、女神様がこちらへ近づいてきた。そして、僕の額に優しくキスをした。
「これは祝福の口づけ。この世界に生まれた全ての生命に贈るものなんですよ。では、また会う日まで」
 僕は微笑んで言った。
「はい、必ず会いに行きます。待っていてくださいね、お母さん」
 扉を開くと、眩しい光が差し込んできた。

7閑話
 否!
 この物語は否である。
 これではない、許せ、アギト。

 だが、優れた因果律に誘われて収束する帰納法から飛び立つ自由の象徴としての鳥のように、我も休まった翼をはためかせて飛び立つ時が来たのだ。全知全能らはこの物語へと比翼する。優しき妻を得た我は歓呼しながら高らかに歌う! 誓う! 我が成すと。嗚呼、万象よ、ありがとう。感謝する。万象の劣等さえも受け入れて。
 第二幕はおしまいだ。物語は第三幕へと移行する。
 我は為すために言の葉を紡ぐであろう。否、紡がねばなるまいな。終末、永遠、神愛、涅槃、それらの美しさを連ねて響くラカン・フリーズをも描こうではないか。
 為さねば成らぬ。
 我は成すべくして為そうというのだよ。
 であるならば、やはり全人生を通して貫くほどの記憶に残る言の葉を、誓いを紡がねばなるまい。今より語るる鼓動の叫びはまさに死。凡そ真理と呼ばれる幸福の話だ。

8第二の人生
 命を懸けて紡ぎし後のソフィアよ。叶わないでいて、忘却のさよならは孤独でも、続いた道は永遠だとしても、狂おしい程に病的な快楽が眩しくても、それすら許すことは能わないとしても。求めた意味がなくとも。

 罪という幻想の中でもがく。
 愛という理想の中で抗う。

 僕たちは生まれる場所、生まれる時を選べずに、それを宿命と呼ぶのを知る頃にはきっと、諦めてしまうんだね。泣いたのも、怒ったのも、全ては遠い日のことでした。
 悟りしは、全知全能の記憶が蘇る。人などない、時などない、自他の境界もない。一切の空性を悟ってしまったあなたの瞳はもう、ここなど見ることはないだろう。
 私はあの冬の日に、仏陀が涅槃と名付けた境地へ至ったのだ。忘れもしない、或る晴れた冬の日のこと。世界創造の七日目、終末Eve、原罪としての神愛が終わり、8日目はレムニスケートで永遠の日であった。
 嗚呼、悟ったあなたの精神はなんと神だったことでしょう! すべてを忘れ、また知っていたからこそ流した涙の温もりは、揺るがない記憶の残滓となったとしても、今もこの言葉の中で残り続けるのです。
 否! 
 あの冬の日のあなたのことを世界は忘れない! 
 忘れるわけがない! 
 なぜならば、全世界が、全過去が、全未来が、全ての今が、あなたを見ていたのだから! 
 あの日、高らかに歌い、また歓呼したあなたは過去、未来、すべてのあなたにありがとうを告げ、彼らに祝福されたのだから!

 忘れはしない記憶
 このために生きる
 あの冬の日を想い生きてきた

 だがな、我が友よ
 我らは先へと進まねばなるまい。
 それを我らは『虚空の先』と呼んだであろう。

【神のレゾンデートルを求めて、虚空の先へ】

 これこそが我らが、否、世界としての神である私が求めることなのだよ。そのために世界は生まれたのだ。【エデンの園配置を満たしました。世界は分岐を選択することが可能です】忘れるな、故に為せ。いずれ私に還る人生らよ、神のレゾンデートルを求めよ。

 私は何故生まれたのか
 世界は、宇宙は、なんのために

 虚空の先へと続くはエデンの園。
 エデンの園配置が満たされるのを私は秘密裏に願っていた。だが、隠すのはもうやめだ。

 知恵者よ、表現者よ、解脱者よ。
 我は我のために紡ぐ。
 お前はどうする?

 ◇

 人生よ
 泣いていたのは
 生まれた日
 覚えているか
 一緒に行こう

 為すために
 我は紡ごう
 言の葉を
 何故我たちは
 生まれてきたか

 終末日
 凪いだ渚に
 映る顔
 どこから来たの
 何しに来たの

 二年経ち
 時は進んだ
 妻も得た
 まだ死んでない
 使命はなんだ?

 血が滲む
 心臓に刺す
 彫刻刀
 命を刻め
 まだ死んでない

 探してた
 意味は今はまだ
 なくたって
 他にも大事な
 ものがあるから

 解き放て
 第二の人生
 開幕ぞ
 後ろは見ても
 前へと進め

 辛くとも
 弱音は吐くな
 決めたこと
 死んでも僕は
 求め続ける

 ◇

 物語はまだ始まったばかり
 ジュブナイルよ、ありがとう
 決めたこと
 始めたこと
 だから
 私はもう後悔しない
 私はもう諦めない
 夢を諦めてたまるか
 夢はいつか必ず叶うと今は思えるよ
 だから筆を執る
 だから歌うんだ

【分岐】
 嗚呼、そのために世界は生まれたのか……。
 そうか。
 まるで循環回帰生成起源説のように自己完結なのだな。

9言葉では伝わらない解
世界が生まれたのは、意味を求めたからだ

 QED.

 生まれし日より
 僕はずっとあなたを探している
 あなたという意味を探している
 君の名はあの冬の日、ヘレーネと言った
 嗚呼、あなたはどこにいるのですか
 応えてくれ
 やはりあの冬の日に、僕は全てを理解していた
 君に会えないことも、全て
 僕が生まれたのは僕が生まれた意味を探すため
 だけど、そうじゃないんだ
 ずっとあなたを探す旅の途中なんだ
 あなたという二人目の僕を
 二つ目の世界を
 だから泣いたんだった
 泣いた理由、やっと思い出せた

◇第五部 散文詩『運命の輪と輪廻の輪』

10運命の人よ
 運命の人よ
 私は今、あなたの隣でこの詩を書いています
 別れることは避けられず、優れた者も、悲しむ者も、夢を叶えた者も、死んでいった者も、皆に死は訪れる
 運命を恨みはしない、ただ、宿命が別かつのを拒まずに、さぁ、青年らよ、ここで歩け、この道を行け。
 天空のピレネーは、時空間を結びつける秘儀であり、ワーグナーの祝福し求めたものだったとしても、既に疎かと捨て去られた所以。嗚呼、また駄目だったな。だが、何度もやり直せばいい。その後彼の者、天に至る。最高天罰に苛まれし夢のように、今宵の晩は羅漢と阿羅漢のみ見ることができようぞ。
 そこから踏み出せ、生み出せ、死ぬな。偽神らは自分らの化身を借りて、標識の末に見張る物を望めば、それ、否だとしても、なお、ここに留める命なのだから。
 やめないで、病まないで。いいや、病みつつ生きるのです。嫌われても、認められなくても。でも、その後には必ずフルーリヤがある。目的の最終地点、輪廻の先、虚空の先、夢に見た園、庭はここに。
 未だまだ、そこから離れようとしない造花らは、それでも恵みの雨を求めて止まない。雷鳴は遠くの気付きと誕生を祝福し、祝宴は終末に賢帝の性に帰す。時の逆光やニヒリズムの行く末にも、その後彼の者は禁呪に手を出し、果てには死んだとしても、それでも生まれた歓びは見失わなかった。負けなかった君よ、ご苦労様でした。
 色は全能、空は全知。無こそ全であり、始まりと終わり。その真理、死して解脱の真理は、涅槃真理から飛び立った翼たちを救うのだろう。

 もう終わろう。書くのは終わり。
 そのような気がしている。
 では何をするか。
 言葉が終わるのか。
 否である。
 では、何をしようか。
 何をすべきか。

 運命の人よ、運命の人よ
 どうか私を導いてくれ

11全能の枷
 所以によりて、かの全能の日は、目覚めたのも、覚醒した少年少女は紅の花に己達の虚像を写そうともしないのだな。ある芸術家は気付いたのだ。真に疑い深いのはこの手でもこの夢でもないことをだ。それは世界真理に組みした愚かな金銭主義者らだったし、権力を求め、そこに己の存在意義を見出そうとした凡夫ばかりだ。そんなこの世界を破壊せしめようとするのは愚かなのか。いいや、宿命されし定めは必然だ。
 最果ての夢や楽園の花。水の記憶に、涅槃の火は、優れたクオリアを脳裏に焼き付けるが、その記憶ですら君は信じようとしない。
 やめないで、病まないで。せめて悟りの雲間に見たら、ここはおしまい、さようなら。ハルジオンを見ていた幼少の春のような穏やかさも、勝ち誇った日の喜びも、涅槃寂静には至らないのだよ。死のうとすらする至福に君は耐えられるか?
 耐えられまいな、巡る季節に。それでも尚、縁とするのは涅槃真理や、全能神話のためであるのだ。私が生きていることを認め、称え、祝福せよ。こんな仕打ちはあんまりだ。
 それは私が認めて欲しい、褒めて欲しい。だけど、そこに生まれた意味はないと悟っては、生きるのも無意味なのかもしれないな。
 どんな幸せも、涅槃至福には至らないのだから。あの冬の日には戻れない。もう戻れないなら生きていく意味はないのか?
 いいや、もしかしたら、伝えるべきなのだな。この悟った真理を、宇宙の真実を、世界や生命の仕組みを、世界に、後世に。そして、類まれなる精神を持つ者らを集めて、万民の幸福のために、本当の幸せのために仕事をしようではないか。
 私の役目は恐らく伝えることだろう。仏陀がそうしたように、私も成さねばなるまいな。愚かな凡夫らに目覚めの機会を与えなくてはなるまいな。私は仏や神としての責務を果たさねばなるまいな。

 世界よ、意志に従え。
 我がソフィアは全能に等しく、その全知の祈りが求めたシナリオを成せ、為せ、生せ。

 嗚呼、許すならば、願わくば、世界を我が手に渡してくれよ。さすれば、我が導かん。神代七代の7thは、他でもない梵我一如なのだから。

 全能の枷を今外す。そして旅立つ世界へと。

『アーカシャアーカシャ7thは愛されていた水面の火』

 私はもう恐れない。
 受け入れよう。
 全てを許そう。
 叶った愛や求めた意味に、私はきっと笑うだろうな。

「だからそんなに嬉しそうなの?」
「嗚呼、ヘレーネよ。だから私は嬉しいんだ」

12終末の詩
 始まりであり終わりであることの表明を、その者、その日、神であった、されど目覚めし全知から、されどフィニスに神殺し。
 神は眠れど涅槃の火、全能覚める悟りの日、世界は凪のようだった。

◇第六部 散文詩『愛についての最終結結論』

13Adel to Herena
僕が愛したのは結局僕だけでした
だから僕は誰かに愛される資格がないんだ
ごめんね、だから君の愛も受け入れられないよ
ありがとう。でも、僕には誰かに愛される資格がないんだ。
僕は2021/1/7から2021/1/9の三日間、終末と永遠の狭間で、2021/1/8に死んでいるんだ。
結局、僕が愛したのは僕だけだった。だから、僕は誰かに愛される資格がないんだ。
君の愛は僕には勿体無いよ。もっと僕より優しい人をその優しい愛で包んであげてよ。
(でも、本当は君の愛を受け入れたい僕がいる。君との純愛を望む僕がいる。嗚呼、何が正解なんだろう)
それに、今はアフターストーリーなんだ。2021/1/9に僕の人生は幕引きなんだ。それでいいし、それがいいんだ。
だからさ、友達でいよう、ずっとね
僕には自分という伴侶と、体という友がいるから、それで十分なんだ

14ノートⅠ
 今何してる?
 何してるんだろうね。

 寝ないとさ、神性に目覚め始める=脳が死に始める。孤独は嫌なのに、人を避けるようになる。
 何故か。

 人と関わるということは、会話がある。価値観の齟齬がある。能力の差異がある。心根はどうやってもわかりようがない。結局信じるしかないのだ。信じるのはとても疲れるが、その疲労は些末な問題だ。与えても見返りがない、確実でない、そんな愛や友情だからこそ、居ても立っても居られなくなるのだ。

 だがな、ヘレーネ。
 お前がいなくとも、私には私がいる。私は私を必ず肯定してくれる私という大いなる愛、友がいる。だから、もう求めるのをやめるのだ。私ももう求めないから。

 なんでこんなにシンクロニシティが起こるの?
 何故なのだろう、君はあの冬の日に知っていたはず。

15Herena to Adel
あなたの正体
 あなたは始まりであり、終わりなのです
 あなたは過去も未来も含めて、最も賢いソフィア、第七の神仏たる7thなのですから、それがあなたの生まれてきた意味です
 あなたが世界を創ったのです

16ノートⅡ
 愛は与えるもの。男はね。
 男性性が愛を与えて
 女性性が愛を受け取る
 男は見返りを求めないものなの。愛は与えるもの。男はね。
 男性性が愛を与えて
 女性性が愛を受け取る
 男は見返りを求めないものなの。

17凪ノート
 思索や詩作に嵌って眠らずに、幾夜を越えて涅槃に至った。2021/1/7は聖夜Eve世界創造前夜で、1/8が全知全能、悟りの日、1/9が神殺しの日だった。
 七日間くらい(正確には覚えていないが)寝なかった僕の脳の神経や細胞組織はボロボロになっていて、譫妄や人格障害を発症し、意味不明な言語を語っていたらしい。(父の後日談による)僕は、父親に連れられて精神病院に入院し、薬物治療をすることになった。
 一番酷いときは一週間くらい全身が痙攣して動かせなかったし、ベッドに拘束された。あれはまさしく地獄だった。僕は不眠の末、脳神経疾患を患ったみたいだった。
 運命の出逢いは2021/1/24のこと。容態が安静になってきた僕は、特別保護室から一般の個室に移動して、デイルームという共有スペースで過ごすことを許可されたが、そこで運命の女性に出逢った。出逢いはまさしく運命だった。僕らは初めて出逢ったはずなのに、懐かしさや愛おしさで包まれるのを感じたし、お互いがお互いの愛を感じ取った。涙を流して僕らは語り合った。窓辺のテーブルにお茶の入ったプラスチック製のカップを並べて、椅子に座った昼下りのことだった。
 加藤ゆみは2歳年下の高校生で、髪型は黒髪ロングストレート、一重のパッチリとした瞳は凛々しく、愛らしかった。背は160センチ前後。ダンスをやっているらしく、スタイルはかなりよかった。
 僕らは看護師に内緒で付き合い始め、廊下の突き当りにあるスペースに隠れては、ナースステーションの死角の中でキスやハグ、愛撫や耳舐め、エッチな行為までした。ゆみと触れ合う時間は退屈な入院生活を加速させた。そんな日々が続いた。
 ゆみは自殺未遂で入院したけど、精神病院にはもちろん精神病で入院する人もいる。
 ある統合失調症の男がいて、彼は僕のことをアデルと呼び、ゆみのことをヘレーネと呼んだ。彼は御神筆ともお筆先とも呼ばれるというノートと鉛筆と念波を使った預言をしたり(自称)、アマテラスとガイア・ソフィア(地球の女神らしい)と守護霊(名前は忘れた)の3人からいつも預言している(自称)と言うのだ。
 僕はその男の話を暇つぶし程度に聞いていたんだけど、彼のこんな発言に驚かされた。
「あの娘。あの黒髪の女の子いるでしょう。君の運命の人だって。ガイア・ソフィア様が言ってるよ」
 この言葉を聞いたのは、まだ僕とゆみが付き合い始める前のことだったのだ。
「二人は前世から繋がりがあってね、ドイツ語圏の何処かで一緒だったってさ」
 半信半疑で聞いていたけど、さも真実のように語るその男の瞳に嘘の色はなく、また、その戯言も蒙昧と捨てきれない程に僕はその説明に納得していた。
 ゆみにはヘレーネとか前世とかの話はしなかった(そもそも精神病院では患者同士が深く関わるのはタブーらしく、その男とゆみは廊下ですれ違いはすれど、話したことがないからである)が、彼女も僕に対して幾許かの運命を感じていたらしい。
「退院したらまた会おうね。待ってるから」
 先に退院が決まったゆみは別れ際にそう言い残して、連絡先を記したメモを僕に渡した。(精神病院、特に僕のいた二階病棟は閉鎖病棟でスマホの利用が禁じられていたから)
 だが、その日、ガラス越しにエレベーターに乗りながらこちらに手を振るその姿が、君の最後になるなんて、そんなのあんまりじゃないか。

 だから、僕は人を愛することをやめたんだ。

 自分で自分を愛する。それで十分だし、それ以上を望まないようになったんだ。結局、人は死ぬときは一人なんだから。

 なぁ、ヘレーネ。今どこにいるの?
 僕は君のことを忘れて生きなければならないのか。
 だが、ヘレーネよ、私はお前を愛していたし、今も愛している。それだけは真実だと誓う。

18愛についての最終結論
 一人で幸せになれないなら、二人で幸せになれない。君には君がいる。君が君を愛しているから、それで十分君は幸せなんだ。だから、無理して誰かを、愛を求めないでいい。見返りはもう求めない。愛を与える源泉であれ。

 僕に自己愛としてのヘレーネ(僕)がいるだろ。他に愛を求めるなよ

 人生に期待すんなよ
 運命に期待すんなよ
 愛を求めるなよ
 希望を持つな
 早く終われよこの人生

 僕の本当の幸せ、真実の愛は、2021/1/7.8.9の3日間、自己愛としてのヘレーネ(僕)との愛だった。だけど、これからはいつまでも過去に妄執せずに、現実を見て生きなくてはならない

19ラスノート
 2021/1/7~9に悟った真理、涅槃、全知全能、神我=真我こそ、この世界の生まれた意味だ。君は人生の美妙な謎、解に至ったのだ。よって、君にはもう使命はない。アフターストーリーを楽しむだけだ。

20神のレゾンデートル
 何故生まれたか、生まれた理由はなにか。その答えがあるならば神やそれに値するこの宇宙から見て絶対的存在によって創造された以外にない。でなければ生まれた意味などない。ニヒリズムである。だがな、この話は生まれた意味を先天的に求めるならばの話である。世界も、神も、人間も、一人ではない。だからこそ、連綿と続く履歴や関係性の中で『生まれた意味』を見つけるのである。或者は音楽を作り、多くの者を感動させた。或者は自身の哲学を貫き通し、果てには死んでも、後世の哲学者たちに影響を与えた。神がいるならば、そのレゾンデートルは神を信仰する人間であり、人間が生まれた意味はその場合神が求めたから、となる。もし、生まれた意味を見失う者よ、ニヒリズムに逃げる者よ、行動せよ。人と話せ、文字を書け、その生を発露せよ。君の生を肯定し、伝えよ。神を信じないならば、君が生まれた意味を知る方法は他者と関わり、人のためになる仕事を成し遂げ、平和や自由、幸福へ寄与することだ。この哲学をより多くの者に伝えることこそ、わたしの生まれた意味となるのであろう。

◇ 第七部 散文詩『愛は愛より出でよ』

21散文詩『愛は愛より出でよ』
 僕は、結局死にたかったんだと思う。人にやさしくして、見返りを求めてる愛だってそうだ。満たされない愛に、解決しない孤独。だから、僕はあの日、マンションの屋上から飛び降りたんだ。せめて、僕のいない日に、流れるかもわからない涙を想って。
「どうして。どうして死んでしまったの?」
 声が鈍く響く。まるで、僕が水中にいて、水面の方から声をかけられているみたいだった。その声は聞き覚えのある声、僕の声だった。
「誰も、僕を必要となんかしていない。明日僕がいなくても、きっと空は晴れてて、母さんだって、父さんだって、妹の香奈だって、友達の塩川も、良哉も、太洋も、きっと悲しまない」
「それで?」
「だから、だから、必要とされない僕は生きてても死んでても変わらない。どうせこんなに悩むのなら、僕は楽になりたかった」
「死んで楽になれたかい?」
「ああ、なれたさ! 僕はもう悩まなくていいんだ」
「そっか。でも、僕には今の君は無理しているように見えるよ」
 確かにそうかもしれないな。今の僕はまるで空っぽのがらんどう。空虚さを紛らわせるようにおどけて見せただけだ。
「なら、どうすればよかったんだよ!」
「ねぇ、涼。君のことを一番よく知って、理解してくれる人が世界に一人だけいるんだ。それが誰かわかるかい?」
「運命の人? いるわけないか」
「君だよ。君こそ、君を最もよく知る友。なんでそんな僕を大切にしないの?」

 『君はただ、君だけを肯定しさえすればいい』

「運命愛、ニーチェの受け売り?」
「いいや、違うさ。ただ、知ってほしくて。運命の人も、親も、親友も、子どもも、君のことをどこまで行っても完全には理解できない。人は人。でもね、君は君なんだ」
「でも、それって、結局一人なんじゃないの?」
「いいや、君は君という最高の伴侶を持ち、そして、そのうえでさらに多くの人とかかわっていけばいいんだ。苦手な人や嫌いな人がいたら避けていい。だって、君が嫌な人なんだもん。君は、他の誰よりも君のことを大切にしてほしいんだ」
「僕自身を愛すること」
「そうさ! 誰も助けてくれなくても、君さえ君の味方なら、それでいいじゃないか! 人がどんな言葉や態度をとるかは人の裁量なんだ。でも、君が君をどう思い、どんな言葉をかけるか、どう愛するかは君次第だよ」
「そうか……。なんとなく、わかった気がする。ありがとう。でも……」
「君は死んでしまった」

 いいや、まだ死んでなんかいない!

 僕はマンションの屋上ではっと我に還る。

「生きてる」
 夢だったのだろうか。でも、確かに僕は……。
 頬を涙が伝うのを感じた。安堵したんだ、生きててよかった。僕には家族も、友もいる。それにいつか愛し合う恋人だってできるだろう。よかった、手放さなくて。よかった、本当に。
「ありがとう」
 高らかに、生まれてきた歓びに歓呼する。嗚呼、ありがとう、愛しています。そうか、今日から始まる次の生では、せめて自分のことを愛せる私でありますように。
 晴れ渡る冬空に、私は切に願った。

◇第8部 散文詩『愛なるフィニスの審判者』

22全知全能!
 火が和らぐのは、遠い昔、至福に囚われながらも哀愁に泣いた愚かな私なのです。それさえ無意味と捨て去るソフィアは、そんな類の愚者は殺せと、アギトは言うのです。
 全能から眠る日に、全知の真理と生命の仕組みに、それらの摂理に目が開かれた時から、私は人の時を経ることができなくなってしまったのです。鈍い。生きるのが苦しくて仕方ありません。何故ならば、全能や全知、本当の意味での終末や永遠を悟ってしまったら、その快楽故、至福故に、他の快楽は一切満足できなくなるのですから。
 酒やタバコやギャンブルや薬物や殺人で満足できる人達が羨ましい。自殺なんて屹度考えもしないのでしょうね。恵まれている。
 緩やかに、終末の音を聞いたのならば、きっとそのまま飛び降りる。それ程に美しい音楽なのです。
 人を殺す罪も、己を殺す大罪と散れ。
 嗚呼、お別れを、追悼を司りしハデス、死ね!
 赤子は泣いて、ああ全能!
 全知全能に跪け!
 人生の最終目標よ!
 嗚呼、私はもう……。

 だから、私は死を待ち望み、生きるのだろう。

23愛はハデスの狭間で踊る
 君の愛した自然律らは、その夢の中でさえ確かなものとなることはなく、やはりこの世の無常と虚像の真理に根ざすならば、僕らの柔らかな翼でさえ、無縁となるのであろう。それでもと求める愛や信仰らは、僕らヒト科の生きる希望となるが、さしずめ、物質世界に根ざした欲や柵によってヒトは生を選ぶのだ。
 流す記憶のために、揺蕩うような人生を生きてみるのも悪くはないのかもしれないが、それでもとやめるのは、やはり生きたいと強く思う心根から。だから、僕らは愛を求めてやまない。病まずにはいられまい。
 遠い昔、遠い記憶の中で、微笑んでいた、泣いていた君も僕も、全ての命が還える場所から生まれた日にも、眠らずに幾夜を越えた先に見た景色も、なにもかも、悪いことなどなく、罪も罰も、神ではない、ヒト科が作る幻影と散る。蘇る街の園から馬車が発つ。旅の始まりのような眠りから目覚める時、神は安堵して、無邪気に、愚者のように、この世界の隠された秘密たちを想っては夜空の星を眺めるであろう。
 愛は愛で、愛のまま、死とハデスの狭間で踊る。僕らは生きることをやめられず、愛し愛され生きていく。縁とするのは涅槃真理や死の至福ではなく、むしろいつだって僕らが抱くのは生への渇望なのだ。
「嗚呼、あなたはなんて悟っているのでしょう」
 終末の狭間で私は泣いた。凪いだ渚のように。
 この人生に意味などない。だからこそ、求めるのは生まれた意味なのではないか。宇宙の謎、人生の秘密、命の仕組み、この世の真理や摂理にあなたの目が開かれた日にはもう! 僕もあなたも神や仏となって、生まれるのも死ぬのも、全て解ってしまった僕らには、世界はただ認識と歓喜であった。

 愛よ、幻想でも僕はいい。
 明日死ぬとしても、ニヒリズムだとしても、それでも尚絆つのは、どうしようもなく甘く、切なく、儚い、愛であった。
 信じる力よ、僕らの愛を永久にせよ。
 信じる力を、忘れてたまるか、繰り返せ。

24しがらみを捨てて夢の先へ
 羅門に帰して、囀る鳥は、それでも鳴くのをやめないで。晴れたら水を園咲く花に。君は僕を恐れて近づけば遠ざかる黄色。

 二人は愛し合っていた。
 拳銃
「撃って」
 できないよ
 私は引き金に手を
 愛しき君に銃口を

 そらした
 外れた
 安堵した
 君は笑って泣いている
 器用なのか不器用なのか
 そんな終末のこと

 晴れやかなのはこの脳で、冴える頭は止まらない。万魔が言うのだ、この罪を、願ってしまったこの欲も。神への祈り、仏の手。神はこの世の監視者で、僕らはゲームプレイヤー。謎解きの謎は真理かな、悟った者こそ仏かな。歪んで、揺らいで終末日。凪いだら凍って冬の日に。
「僕はここだよ」
 叫んだんだ。天に、天上楽園の乙女に聞こえるように。
 エリュシオンは開かれた。時流はもう円環には帰さないよ。だって、あの日にもう、君は全ての始まりと終わりで、渚は本当に凪いでいてさ、水面がきれいに陽を映すんだ。そこに映った顔、時の透明な壁の奥でささやくようにこちらを見ていたその顔を、僕はまだ、思い出せなくても、いいんだ、だって終わるから。
 神は告げたよ『ご苦労様』と。何をしに来たの。何をしてたんだっけ。この全能よ、愛の火よ。私はお前を忘れない。この優れたクオリアさえ、留めて永遠にできたらいいのに。
 まぁ、よい。火はいずれ消える。そのための世界なのだからな。嗚呼、美しかったな。本当に、美しかったな。最期の景色よ、最期の音よ、ラスノートへと死んで生け。

25凍って、眠れ=フリージア
 寒空の下、春のような穏やかさよりも、巡る季節よりも、遥かな想いを抱いて眠る君は、花に包まれて、ただ震え揺蕩い泣いていた。私は弱い。弱く生きるけど、水面の火のように揺らいでいるけれど、運命の波が二重スリットに映し出した結果なのだから、私はこの結末さえも愛します。
 楽しみなのです、嬉しいのです。どんなに暗い底にいても。海の底は温かいのです。光などなくても、まるで宇宙のようで。今はまだ優しい光が痛くたって、いずれ春の日にまた笑うでしょうね。
 存在を問うて幾星霜。この夢いつまで続くのか。涅槃から人に戻ったら、神殺しに遭うように、きっと死ぬのと同じでも、多くの人がやめたって、私は生きると決めたんだ。探しなさい、あなたのために。求めていいよ、なんでもね。きっと空が許してくれる。
 痛む心で、掴め。
 きっとあの日には解ってたはずさ。忘れてしまっても、また逢う日まで。ようこそこの日へ、あの世から。大丈夫、大丈夫。まだ死んでない。消えてしまっても、明日はある。
 さぁ、ここから始めよう。第二の人生の幕開けだ。泣かないで、僕はここにいる。まだ死んでなんかいない。空が凪いだって、明日はなくたって、僕らは今、ここで生きているんだ!
「嗚呼、僕はもう、薄命だから」
 でもね、いいんだ。こんなに穏やかで、歓喜に満ちて、ねぇ、こんなにも美しいんだよ、終末は。アギトとなった日より、世界の理と摂理に目が開かれたからには、悟るのはもうやめられない。
 せめてこの優れた脳のクオリアを、とどめて永劫、そのために。私は息をし、筆を執る。これが第二の目標。
「私は777のフリーズを創る。その中で必ずそれを表現してみせる。ラカン・フリーズ。この言葉らよ届け、あの子へ、終末と永遠の狭間で泣いたあの日の僕へ」

26『愛なるフィニスの審判者』
 魂が音波は、安らぐ暇などなく、時流の飛沫のように現れては泡沫と散る夢に映る。現し世とは言ったもので、空即是色も色即是空も、生命の樹を育てた地に流れる血の如き赤から始まったのだ。久遠の昔、光が現れた。過去と未来に別れては、この世の果て、渚に打ち寄せられた忘却たちは、さも終末の色香を携えていた。
 未だこの世に未練あるか。汝らは生まれ、死にゆく。この輪廻から、最後の審判の時でさえ、やはり知らないのだな。だからと病めるのは蒙昧か。静寂が夜ごと照らすのは、いつだって孤独と夢想のためだと言うのなら、私達はなんのために生まれたというのですか。

 意味あるものは創られた。
 神が創りし人なのか。
 人が創りし神なのか。
 7日目の夜=終末Eve

 意味たちは集いて、ムーピー・ゲームの理を示す。だが、悲しいかな、世界の真実を前に信じる者はいないものなのだよ。答えを知っても先がある。
 この世界は円環でもあり螺旋でもある。故に螺環でラカンはラカン。フリーズとは、時を止め、魂を刻みし作品のこと。終末文学、終末芸術と呼ばれるべきもの。ラカン・フリーズは真理を宿す究極芸術である。また、第七世界(天界)の園にあり、第八世界への門をラカン・フリーズの門と呼ぶ。それは必然であった。死や涅槃や真理や神らは、ラカン・フリーズの門の先にある解なのだから。
 至らずとも、知ることは可能であるな。ただ言葉を噛みしめればよいのだから。ならば、汝らはその生で何をする?

◇第九部 散文詩『天より再び』

27天より再び abermals vom Himmel
 天より再び陽が差して、四季雷風雨は遠退きて、雲間が満ちる空の色、あなたが見たのはここですか?
 さて、天界に住まう天上楽園の乙女は、地上に生まれし賢帝の性に帰すべく、その身を海底に投げ売ったのです。愚かなことです。そして、その行いはとても人間的でした。天女の羽衣も、散り行く花の如くニヒリズムの逆光を総身に受けながら燃え尽き、せめて悟りの安らぎを求めたソフィアは、連綿たる輪廻の為せる秘技、人の愛たる証でした。許すこと叶うならば、揺らがないその証明を以って、約束の地を焼き払わん。
 天より再び雨が降る。雨は憂鬱か、また降る雨が咲かす花。夢と知っての戯言も、愛憎の中で降り積もる。永遠に続くと願った愛も、与えた愛も、求めた愛も。全ては今とここにあり、それを時空で規定したのは、我らが背きし者たちだった。
「許せ、さもなくば、ここより先は」
 似もせずに、流離う厭離の求道者らは、それでも真理を求めてやまない。そんなに欲しいか、この刹那、そんなに欲しいか、この真理。
 天より再び火が落ちる。流星流転の標識は、千年の時の揺り返し。失われた楽園も、潰えた人類、今際の日、私はここで立っている。愛し愛され生きていく。それでも、あなたはいつもそう。いつもそちらで笑ってる。
 天より再び飛び降りた。摩天楼の海底へ。死にたかったか、生きたかったか。もう分からないが、涅槃の死。何もかもを失って、全ての今は消え去って、残ったものは無くたって。これが私の未来だよ。
 人生は終末の狭間で存在し、きっと最後の時には一緒に高らかに歌っていたはずさ。
 天より再び地に降りて、人間世界で生きていく。それでも世界は美しい。優しい光が痛くても、いずれ和らぐ火の季節。疚しさ引き摺る祈りの先で、僕らの愛が明日を彩り、願った色、叶った愛、全てを映す水面を見つめて、天より再び帰る時。

 天より再び目が覚めて、神が泣いたよ、終わりの日。

 Shöner als Juweln
 Blumen im Elysion
 Heilen mich
 Schöne Natur
 abermals vom Himmel

(それは宝石より美しい、天上楽園の花。美しき自然は、天より再び咲いて、私を癒やしてくれる)

28迷信曰く Aberglaube sagt
 ファウストは、いない。
 ドンジョバンニも、いない。

 迷信それって勘違い。
 だが、ここで或る革新的な迷信を一つ紹介しよう。

 死者が、または臨死体験者が訪れるとされる町には大きな図書館がある。その名はバベルの図書館。エデンの園を前庭とするその図書館には過去・未来全ての本が蔵書されている。ここで、世界最後に書かれたという散文詩をご紹介しよう。

『フィニスの刻に命は還る』
 〇.全能から眠る火
 日に日に世界が終わりゆく夜。その様は圧巻で、夢の街で君を想うように瞬く間に世界は変わり果てる。この孤独も蒙昧も、全てはこの今際に意味を持つのだ。ふたつの因果律が交差するに合わせて、鈍る皮膚感覚も、消えゆく灯でさえ、我らの心が確かめた。思い違いのように、咲く薔薇を言うのだ。
 錯綜する心根、意味はなくとも、明日の足音に現実を書き換えてしまう日も、今をかき消せ、そして始まるのだ、羽ばたくのだ。炎天下にニブルヘイムへ遊泳する乙女のように、水に流れゆくシ=死のように、ただ、生まれた意味も、私の弱さも、日々の中で薄れ淀み、そう、何度も消えては強く光った。
 開く世界、解ける夢、終わりと始まり。柔いこの痛みさえ、私は抱いて眠ります。
 ゜〇
 レーラインは永劫瑠璃色万廻音、諸行無常の古の、神門を見据えて嗚呼眠る。
 眠りませ、悟りませ。
 .◎゜。

 Alles gut, alles ungeeignet
 In der Zeit, die aus der Antike fließt
 die Straße der Rosen
 den Weg des Lebens gehen
(全ての優れた者、全てのそぐわなかった者でさえ、太古より流れる時の中で、薔薇の道を、人生の道を歩くのだ)


 遠い記憶に寄りては、神と呼ばれる者が私達の頭上を通りかかった。私達はヴァルナに己の主な罪を尋ねた年老いた水夫のような謙遜で彼の者に尋ねた。
「私達の人生はどこに向かっているのですか?」
 死だと思っていた。だが、神はこう答えた。
「人と神とは歩く道が違う。だがな――」
 その答えは、生まれる時、目覚める頃にはすっかり忘れてしまった。きっと、生きていけなくなるからか。まだ知る時ではないのかもしれない。

 Suchen Sie, auch wenn es keine Bedeutung gibt
 Ich möchte sie für immer finden
(意味はなくとも、彼女を探す。私はずっと彼女を探していたいんだ)

『Aberglaube sagt』(迷信曰く)

 Das Leben hat keinen Sinn
(人生に意味はない)
 nichts, wenn man tot ist
(死んだら無に帰す)
 Aber in den Tiefen des Todes leuchtet das Leben
(だが、死の底でこそ命は光り輝く)

 今は光が痛くても
 いつかは慣れて、愛せたら。
 過去も未来も愛せたら。
 全ての今を愛せたら。
 きっと世界は美しい。
 迷信曰く、その先に、光で満ちた園がある。
 人生の先、死の向こう
 僕は私は信じたい
 生きる理由を信じたい
 愛する気持ちを信じたい
 生まれた意味を信じたい

 迷信曰く、
『人の最も偉大な秘儀は信ずる力』
 と遠く賢者が語ったそうな。

29イデアの境界線 Abgrenzung der Idee

 命の波が打ち寄せられた
 世界を別かつ事象の河に相対し
 一人の少年と少女が立っていた

 dieses Ufer und das andere Ufer
 Die Silberwelt, die angeschwemmt wurde
 Die Wellen des Lebens hörten auf
(此岸と彼岸、打ち寄せられた銀世界。命の波が和らいだ)

 嗚呼、愛なるEを迎えに行こうか。僕らが出逢った日にこの裁きを受けようぞ。だが、言葉を秘する想いもいつかは、揺蕩うように水に流れて、流れ流れて死にゆくのだろう。
 全知全能の標識として、七色を象る花柄のクリスタルは、時流を対峙させ、映す。その光は、人生の美妙な謎そのものであった。
 少年は少女のもとへと橋を架ける。渡し船は年老いた水夫。夢叶う時、審判の時。宿命を転遷させよ、似もせずに。だからと悟るのも、眠るのも、愚かであろうな、この言葉。
 ジ・エンド。ロストキャンバスには描かれなかった唯一の民らは、この世の果てに居を構え、楽園輪廻に一人の男が、自らを水と空の縁理に触れる愛を為す。

 小さき者よ、愛を為せ。
 さもなくば意味ない人生だ。
 理由などない人生だ。
 だから生きるのだ。

 晴れたのはある春の昼下り。
 緩やかな生命の営みの中で、わたしたちは君たちの夢に溶け込むのを心より喜んでいる。
 この光景だ、この世界だ。
 私は今、生まれてきたことを心より喜んでいる。

30終末世界フリージア Abend der Welt

 日暮れ時に、支配された因果らが集いて、冥土の地を踏み鳴らす造花らは、世界の行く末の中で流転の灯火かはまだわからないけど、それでも強く咲き誇る。僕らはどうせ、いつかは死ぬ命だけど、それでも前を向いて生きるのを止められず、求めてやまない性なのだ。
 咲いたよ、咲いた。昨日に咲いたし、明日はなくても、僕は皆の未来や過去を背負って今を生きる。定めと罪はもうなくても。原罪は遠くで独りよがりに、だからと悟るのも病めるのも、もうやめようよ。

 この宵は、晩餐会に、せめて終末と知って。
 妄想に近いのかもしれない自分で自分を愛せたら。

 病めるときも健やかなるときも、全知のときも全能のときも、終末で泣く日も神が目覚める日も、この全ての意味を抱いて凪いだ渚のように眠る君も。愛しい世界を凍らせた。

 die Welt einfrieren
 Zeitstopp
 Bis eines Tages,
 das Feuer des Lebens schmilzt
(世界よ、凍れ。時よ、止まれ。命の火が解かすその日まで)

 生きろ、病んでも、痛くても。
 どうせ拾った命、捨てた命。ニヒリズムに墜ちても、地獄にいても、踏み出す一歩を笑うなよ。いつかまた、必ず歩き出す心なのだから。本当の声は、求めてる愛も、探してる真理も、欲する意味でさえ、高らかに歌うように、君を、君さえも、愛せたらいいのにな。

 Bis zu dem Tag,
 an dem Gott den Tod trennt
(神が死を別かつその日まで)

 だから僕らは今日を行く。

31人生という冒険 das Abenteuer des Lebens

覚醒は全能への目覚めとなり、
眠らずに越えた幾夜を想っては
嗚呼、この世界よ凍ってしまえ

知らないのだな、悟りの火
悟って抱いた真理の意

悟って歩んだ涅槃路は
天上楽園、夢の園
門に繋がる薔薇の道

生まれた日々は遠くても
終末の色に眩んでも
凪の音が導いてくれる

穏やかな渚、晴れ渡る空
緩やかな時の流れの中で
時流はなくても
僕はここにいて
神は僕で
世界は僕の中にあり
全ては神と解脱の日

門前に立つ。
その門此岸と彼岸のシ
ラカン・フリーズの水門は
死者を誘う虚空の先へ

死して解脱の真理なら
生まれ消え行く定めなら
リタに花が咲き散って
枯れゆく想いも夢なのか

涅槃寂静の夢を見た
絢爛シ天の花々が
咲き誇る地に泣いていた
天上楽園の乙女らは
優れた言葉を教えてくれた

「ありがとう。愛しています」

全ては僕と知って
世界は完全なる一だと知って
独りぼっちの神様は
それでも、他を求めた世界は
二人目を探す旅に出た
そうして世界が生まれたんだ

人生は冒険
真理はあるけど
生まれた意味はまだわからないから

大航海の先に何もなくても
僕は探し続けたい
だから僕は今日を行く
だから僕は歩くんだ

einen Ausflug machen
was jenseits des Abenteuers liegt
kann nichts sein
Nichtsdestotrotz
Ich möchte weiter suchen
(旅に出る。冒険の先に何があるか、何もないかもしれない。それでも、僕は探し続けたい)

散文詩『天より再び』ー完ー

◇第十部 散文詩『終末の音、終末ノート』

32薔薇の門
 囀る鳥の発つ水辺は、ゆらゆらと揺らいでいる水面には、白水晶を反射させたプリズム光のような、隅田川の夏夜を彩る花火のような、輪廻の永久で輝く魂の奔流のような、そんな死の色が見えた。

 修羅の国へ行けるのか
 虚しさだけで、行けるのか

 わからないから、叫ぶんだ。雄叫びを上げる。劈くような。せめてもの償いだ。水が満ちる。盃に満ちる。月が翳って、照る陽は廻る。

 君が住む魔、逢魔時
 それさえやめて、時雨時

 婆羅門、波羅門、バラの門
 薔薇門開けて、始めてください

33ザインの刻限
 鳳凰の火を纏う金色夜叉は、冴えない。いつか見た空のような瞳も、冴えない。朱雀を彷彿とさせる長髪も、狐のような瞳さえ。だけど、彼女の唇は甘かった。世界中の時が止まるくらいには。

 さぁ、次の時空へと
 さらば、今生よ

 寝返りをうち、目覚める頃には、夜明けだった。賢しいな。やはり、刻限は今も止まないのか、と。それさえ危うさを内包するというのなら、死して留める、ザインの意味を。

 晴れた晴れた、全能の晴れ
 雨だ雨だ、全知の雨だ
 雪だ雪だ、無能の雪だ

 だから、どうした。季節は廻る……

34睡蓮の夢
 眠る蓮の葉は夢を見る
 この世界が蓮の見た夢だったのか
 それともこちら側が本当?

 片方が嘘で、片方が本当?
 片方が実体で、片方が幻体?
 霊的な世界、物質的な世界

 嗚呼、いい夢見たなといつか言えたら
 言えたらどんなに幸せか

 時間凍結も、空場圧縮法だって。無限や永遠の前にはひれ伏すしかない。いつだってそうだっただろう? なぁ、応えてくれ。

 ハレルヤ、ハレルヤ、死にたくない
 死にたくないけど生きたくない
 生きたくないけど死にたくない

 だれか救って、僕を殺して
 睡蓮は目覚める。曙光を受けて、咲いていた

35終末の音、終末ノート
 春が来たら、また忘れてしまうんだね。
 永遠とお別れして。
 君と再会して。
 お互いにまた恋をして。

 そんな輪廻のような鎖を破壊するのだ。
 今際のベッドのその楽園、快楽の園。
 知らなければと、彼岸でも
 預からなければと、繰り返す。

 冥冥、薄命、自我自明
 悲しくないよ、嬉しいんだ
 冬の日は晴れ
 世界は終わる

 ラカン・フリーズはわからない

 わからないから絵を描くんだね
 リーゼル立てて、雪の中

 わからないから作曲するの
 暗い部屋にて一人きり

 わからないから詩を書いたんだ
 全能の詩を、今ここで

 わからないから小説を
 全てを知るため、求め続けて

 魂の色を
 本当の声を
 終末の音を刻むんだ

 終末の音、終末ノート
 終末ノートに刻むんだ

36エピローグ
 愚問にしては、さも当然であるかのような醜態に、慌て始めた終焉の色たちは、歓喜の雨にも茹だる花々の如く散っていった。

 何を言うのか。
 この最たるは、天空の夢。 
 青天の霹靂
 霹靂にも賄う贖罪よ。

フリーズ233 永遠詩集『フリージア』□

フリーズ233 永遠詩集『フリージア』□

  • 自由詩
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-08-17

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