『トーベとムーミン展〜とっておきのものを探しに〜』


 一歩ずつ進むごとに、展示会場内に横溢し始める『ムーミン』な世界観。それをしっかりと胸に抱き留めて、噛み締められる喜びはどこをどう切り取っても幼くなり、今より昔の、もっとずっと前から続いていた物語の大切さを教えてくれる。
 その始まりとなるのは、作者であるトーベ・ヤンソンが生涯貫いた画家としての姿勢。印象派やフォーヴ、抽象主義と移り変わっていく作風はアカデミックな決まり事から離れ、表現の自由度あるいは内心への探究を増していく度に、潤沢なイメージをキャンバスの上に広げていく。反抗心いっぱいの自画像もそこに加えれば、政治的な文脈で語れる「トーベ・ヤンソン」も垣間見える。
 自立に自覚的な彼女は50歳になって愛する人と無人島で夏を過ごすバイタリティの持ち主で、想像の羽をずっと動かし続けてきた。学生の頃に描かれたというファンタジックなスケッチ群、政治雑誌の表紙に込められた鋭いアイロニーは一見して背反する表現のようでいて、現実を眼差し、夢や希望を忘れ(られ)ないトーベ・ヤンソンの内側を確かに語る。 
 本人も言葉にしているように、世界大戦を二度も経験したという事実が『ムーミン』シリーズの創作に決定的な影響を与えた。痛ましいリアルからの逃避が掘り起こす普遍的なテーマ、そこから育まれるキャラクター性、名前を付けられて元気いっぱいに動き出す、歩き出す、走り出す皆んなを追って、追って、追って、描いた彼女は直ちにベストセラーの絵本作家になった訳では決してない。大ヒットの口火を切った漫画の連載はロンドンの夕刊紙に載り、イギリス国内での人気を得て国境を越えていった。そのネームを鑑賞できる贅沢は本展で最もお勧めすべきポイントだろう。
 自分の作品と胸を張って言うには余りにも大きくなり過ぎた『ムーミン』の手を、作者として改めて握り直すことができたのもまた『ムーミン』というお話だったというのも非常にクリエイティブで、運命的だ。この世で夢を描く彼女だから、同じ発音で呼べば振り向くであろう二人の人物ないしキャラクターを真っ直ぐに愛した。冬を越えて春に、夏を過ごして秋に至って、また巡るまで。
 作家として多彩な顔を持つトーベ・ヤンソンはその人生においても豊かであったと私は言いたい。筆者の心を捉えた窓装飾の作品は、だから『人生の水源』と銘打たれて会場内でより一層の輝きを放っていた。誰もが誰も、自分でいられる。贈り物は沢山あるのだから。贈られてきたものを、ずっと、大切に。一つひとつ、確かめ合いながら。
 生きられる。
 そこは谷。ムーミン谷。


 『トーベとムーミン展』は、六本木の森アーツセンターギャラリーで開催中。会期は来月の9月17日まで。休館日はなし。日時指定制が適用されるが、お盆の期間中にご家族で足を向けて欲しい。とても素晴らしい展示会だった。グッズの充実度も半端じゃない。お勧めです。

『トーベとムーミン展〜とっておきのものを探しに〜』

『トーベとムーミン展〜とっておきのものを探しに〜』

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-08-09

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