赤い記憶

過去の経験がばらばらに散在していた
それらの経験をなんとか時系列にならべる
そのためにずっと苦労している
痛い経験が生々しい状態で放置されている
赤い記憶が悲鳴をあげる
いくつかあるそんな記憶と向き合ってきた
結局何度も蒸し返すしかない
何度も何度も蒸し返して痛みを感じる
そうすればあまり痛まなくなる
そうして痛い記憶はなんとか時系列の中におさまってくれる
なんで俺だけこんなことをしないといけないのだろう
記憶と向き合うために読んだり書いたりしてきた
記憶をまとめるために物語が必要だ
貧しい物語だとしても自分には必要だった
物語を必要としない奴らが
物語を馬鹿にしてきやがる
どれだけ貧しくても
私の物語は私だけのもの
自分の中にある負の感情を浄化するために
過去を整理したい




できるだけ不誠実に

適当に書けば詩らしきものができると知りました
まったく自分の素直な感情を書けません
もともと素直な感情なんてなかったのかもしれません
どれもこれも理屈で汚れていました
素直というのもまた概念です
すべては言葉遊びであり何一つ誠実なものはない
そう考えれば少し楽になる気がしました
言葉を覚えたことが嘘つきの始まり
言葉が言葉を生み出す悪循環
一度言葉と思考の関係を断ち切ってみたい
言葉が思考に思考が言葉に影響を与える
言葉と思考の間に渦巻く螺旋が
刻一刻と人間を社会を世界を変えていっている
しかしそんな事情はきっと知らない方がいい
言葉の裏をかこうとして誠実さを貫こうとすると
きっと心は壊れてしまうのでしょう
だからほどほどに不誠実に嘘を大事にして生きていきましょう




自閉

結局自分が心を開かないといけない
自分をさらさないと何も変われない
他人に対して心を開こうとしても
自分に対して心を開いていない
前段階で失敗している
自閉的な思考がずっと回り続ける
その時点でエネルギーを消耗して
もう何もしたくなくなる
それでもそこで終わるのがいやだから
なんとかして社会に溶け込もうとした
一度発進すると止められない
ガス欠のまま無理に猛烈に走り続ける
過剰な努力で塗りつぶした人生
自閉という性質から逃れられないのなら
自分も世界も自閉の中に入れてしまえばいい
それが私のささやかな野望だった
でもそんな大それたことが実現するはずはなかった
私は心も身体も破綻させてしまった
破綻後も自閉的思考は治らなかった
悔しいという感情があるのだけど
何に悔しがっているのかよくわからない
湧き上がってくる強い負の感情はいくつかあるが
どれも起源と向かうべき対象がはっきりしない
感情だけがその存在を主張してくる
私は感情の虜になっている
疲れる




酒自体はそんなに好きではなかった
酔っ払うのが好きだった
酔えばすべてを許せるようになる
ものすごく憎んでいたあいつも
殺してやりたいと思っていたあいつも
酔ってしまえば愛することができる
酔えば許しが得られる
酔えば世界は慈悲で満たされる
酔えば人の心に深い愛があることがわかる
酔うことで彼岸に旅立てる
酔うことで楽園への扉が開かれる
酔うことでようやく愛を知る
素面ではいつも緊張しているが
緊張から解放されて知らない世界へ
酔うことで罪と裁きと過ちを赦す
そうかああいう文章は
すべて飲んでいるときに書いていたのだな




死と俗悪

自分がどうしたいかと
自分がどう見られたいか
ずっとその間で揺れ動く
後者の方が切実で命に関わる
他人にどう見られているか
それだけが重要だ
自分の死と他人の評価を比べるなら
後者の方が重要に決まっている
自分の死というご高説の行きつく先は
我欲を肯定するか他人を恫喝するか
死について考えるのはくだらない
他人の世界にまみれて
俗的に生きよう




言葉と闘争心

誠実に素直に生きるなら
言葉は邪魔だ
言葉は不浄なものだ
言葉は闘争心を湧き起こす
言葉は闘争心の源
言葉で考えすぎると
闘いたくなってくる
言葉は孤独に思考するためには向いていない
他人の存在があって初めて言葉は成立する
思考よりも会話の方に言葉の起源はあるのだろうか
孤独な思考と言葉の相性が悪いのなら
言葉はこれからどうなっていくのだろう




タービンはまわる

ねえ今日はどこへ行く?
タービンはまわる
遊園地なんて久々だな
タービンはまわる
カラオケ楽しかったね
タービンはまわる
ここって結構美味いね
タービンはまわる
よかったらうちくる?
タービンはまわる
昨日はよく寝ていたね
タービンはまわる
風呂入んなよ
タービンはまわる
朝飯食っていく?
タービンはまわる
次はいつ会おうか?
タービンはまわる
じゃあ送ってくよ
タービンはまわる




怠惰と勤勉

ずっと布団の中で寝ていたかった
本当は何もしたくなかった
根はものすごく無気力で怠惰だった
でもそれでは生きていけないので
いつも無理にひっくり返す
必死に裏返して生きてきた
裏返すときに最もエネルギーを使う
布団から出ることができればあとはなんとかなる
一度怠惰状態から抜け出すと
ものすごく勤勉な人間に変質してしまう
怠惰な勤勉性と
勤勉な怠惰性を
行ったり来たり
ずっとこの両極で揺れる人生




裂け目

大きな顕微鏡で宇宙の果てをのぞいたり
精緻な顕微鏡で小さい世界をのぞいたり
きっとそこには裂け目はないのだろう
日常生活の何気ない場所にこそ
何か異様な裂け目がある
満員電車の中のやりきれない空間だったり
くだらない動画を見終わってふと我に返った時だったり
息が詰りそうですぐにでも逃げ出したい職場だったり
最寄りのコンビニでパンを買おうとする時だったり
街中の人ごみだったり
散歩したときに感じる澄んだ空気だったり
隣人との他愛のないおしゃべりだったり
実はまだ気づいていないだけで
いたるところに裂け目はある
異様なものは実はすぐそばにある
本当は皆知っているのに知らないふりをしている

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-08-08

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