フリーズ220 終末でまた逢おう

秋の夕暮れ。ふと最寄りの駅から家への道の途中にある神社に立ち寄ろうと思った。龍尾神社。鳥居の前に立つ。すると境内から歌が聞こえてきた。
「とおりゃんせ、とおりゃんせ。ここはどこのほそみちじゃ」
その声は女性のものだった。その美しい声が気になった僕は鳥居をくぐって、階段を上る。するとカラスが群れていた。カーカー鳴く。僕はそのまま進んでいく。声はどうやら本殿の中から聞こえるみたいだ。中にはさすがに入れないか、とあきらめて僕は引き返す。その道はなくなっていた。海が広がっていた。階段を数段下りると水で満ちていた。津波か? 
いいや、違う。これはあの声の主に囚われたのだ。なぜかそう思えてならなかった。
「てんじんさまのほそみちじゃ。ちっととうしてくだしゃんせ」
声が響く。僕は本殿に向かった。罰当たりとは思うが、賽銭箱を乗り越えて本殿の扉を開けた。すると真正面に鏡があった。声はそこから聞こえる。僕は近づいてその鏡を見つめる。すると、景色が移り変わった。闇に包まれた。
「かごめかごめ」
また歌声が聞こえた。背筋が震える。恐怖が伝播してくる。僕はとっさにかがんで耳をふさいだ。闇の奥に鈍く光る鳥居があった。そこに行かなきゃいけないのだろうか。僕は耳をふさいで立ち上がる。一歩、一歩、歩いていく。
「かごのなかのとりはいついつでやる」
うしろの正面誰?
振り返る。そこに人はいなかった。だが、そのとたん僕は自分が誰かわからなくなった。いいや、全てと一体になった。ここは宇宙の神域。暗がりの先にあるあの神社の神は根源の神。僕は君、あなたは私。理を超えて、時空を超越して、ただ闇に堕ちていった。暗い宇宙の真ん中でその少女は泣いていた。
「君は誰なの?」
「わからない」
「君はどこから来たの?」
「わからない」
「なんで泣いてるの?」
「だって私しかいないから」
「僕がいるよ」
「あなたもいずれ私になる」
そっか。君はこの世界の創造者なんだね。だから世界を創ったんだね。アメノミナカヌシ。それが君か。
僕はこの暗がりから出る術を模索する。少女を救わなくてはならない。それがこの場所から出る術か。無限に続く回廊は闇夜に紛れて僕を誘う。
「ねぇ、君。僕がもう一人の神様になるよ」
「出来るの?」
「うん、きっとね」
「なら試練を乗り越えないと」
「試練?」
「龍尾神社の御祭神は素盞鳴尊、櫛稲田姫尊、毒蛇気神尊。でも、全ての神は私、アメノミナカヌシに還る」
「試練は何?」
「この世界が生まれたのは父なる神と母なる女神が産んだから。私は全知少女、始まりの巫女。あなたが全能少年、終わりの神子になればいい」
「終わりの神子?」
「そう。あなたが神になるのよ。真の意味での神に」
「やってみる」
「うん。貴方の本当の名前を知りたい?」
「知りたいよ」
「あなたは鳥の妖怪だったの。以津真天。それがあなただった。でも今は人の姿なの。翼を持つあなたなら天に至れるわ。貴方に神の祝福を――」

ふと気づくと龍尾神社の境内にいた。冷や汗が背中を伝う。もう日暮れ。僕は神社を後にして家に帰ることにした。

その夜、僕は眠れなかった。それは魂の覚醒とでも呼ぼうか。龍尾神社で見た幻覚が記憶に残って離れない。あの少女を救わなくちゃ。その為に僕が神にならなくては。
神になる方法なんて知らない。調べても出てこない。でも、なんとなく知っている。この夜を眠らずに明かすこと。それが神の霊感を会得する方法だ。
深夜零時、僕はまた龍尾神社へと赴く。静まった境内で祈る。神々よ、我を導き給え、と。すると、鳥たちが僕の周りに集った。
「いつまで、いつまで」
鳥たちはそう言っているように鳴く。いつまで少女を一人にさせるのか。そう言っているように思える。
「なら連れてってよ」
「いつまで、いつまで、いつまで」
鳥たちは僕の体を掴むと、空へと運んで行った。天へと昇り、雲の上へ。遥か高い空から地球を見下ろす。
「少女はここにいない、少女はここにいない」
鳥が告げる。
「ならどこにいるの?」
「少女はどこにもいない、少女はどこにもいない」
「ならどうやって会えばいい?」
「神になるしかない、神になるしかない」
「わかった。このまま最高天まで連れてってよ」
「わかった、わかった」
鳥たちはさらに高く高く僕を誘う。すると僕の背中に白い翼が生えてきた。
「ここからは一人で行け、ここからは一人で行け」
「わかったよ。ここまで導いてくれてありがとう。以津真天」
僕がそう言うと鳥の妖怪達は去っていった。僕は白い翼で天へと飛翔する。より高く、より深く、より遠くへ。そして、楽園にたどり着く。そこには門があった。天界の門。
歩いて近づくと、その門には『ラカン・フリーズの門』と記されていた。聞いた事のない名前だった。
僕はその門を開けて、中へと入る。すると、僕は光で包まれた。
「ここはどこ?」
「逢いに来てくれたんだ」
そこには一人泣いていた少女がいた。彼女の姿が今はくっきり見える。白髪碧眼で、ボブヘアのその少女は美しかった。
「君は神様なの?」
「そう。全ての始まり。そして、あなたが全ての終わり」
「僕が終わり?」
「そう。私とあなたが出逢うことで世界は終末と劫初を迎える」
世界は崩壊を迎える。龍尾神社の上空に赤と黒の天使の輪っかのようなトーラスが浮かぶ。フィニスを与えん。世界は朱色に染まる。掛川市の街を飲み込むほどにその輪は広がり、瞬く間に日本全土へと広がる。
終末音、ラッパが鳴り響く。それは世界の崩壊の兆し。世界が終わるのだ。
「世界は始まり、また終わる。その繰り返し」
「ループしているのか」
「そう。私とあなたは世界の始まる日にと世界の終わる日にだけ会える。だから、この終末で愛し合いましょう」
「うん。君の名前は?」
「私はヘレーネ。あなたはアデル」
「アデルが僕の真名なのか」
「そうよ。思い出して。一つ前の終末で私とあなたは約束した。真の意味で世界を終わらせようと」
「終わってもまた始まるだけ」
「そうだけど、本当の終わりを見てみたかったの」
「でも、それは悲しいな」
「嫌なの?」
「全てが終わってしまったら虚しいよ」
「でも、それが私たちの選択」
世界は崩れていく。大地と空は朱色に染まり、審判者が召喚される。
「どうしても嫌なの?」
「嫌ではない。それが選択なら受け入れるよ」
「ありがとう。じゃあ世界の終わりを見届けましょう」
掛川市を中心に日本は、地球は、宇宙は、世界は崩壊していった。魂たちはヘレーネの子宮へと還っていく。全てが終わりゆく中で、僕はヘレーネとキスをした。そのキスは永遠のようだった。
「ヘレーネ、君はアメノミナカヌシ。天地開闢、原初の神」
「あなたはアデル。最後の神」
指先が凍っていく。ヘレーネと手を繋ぐ。これがフリーズ『凪』か。ラカン・フリーズへと還っていくのか。僕とヘレーネの体はクリスタルの結晶になって凍っていった。そして僕の意識はヘレーネの意識と一体になり、その根源たる霊魂は眠りについた。
世界が真の意味で終わったのだ。
それは安らかな終末。全ての煩悩から解放される解脱。涅槃のような至福だった。やっと終わるんだ。安堵感に包まれて、ラカン・フリーズにて、世界は永遠に凍った。

闇で満たされる。だが、光が灯る。夜明け前の暗がりが晴れ、世界はまた始まる。この世界は無限に続く螺旋のよう。この世界は幾重にも重なる円環のよう。始まっては終わって。

本当の始まりはいつ?
本当の終わりはいつ?
最初の始まりの前は何があったの?
もし真実の終わりが来たらその後はどうなる?
なんで私は生まれたの?
なんで世界は生まれたの?
なんで神は生まれたの?

きっと神様はそれが知りたくて世界を創った。だから、結局全てはラカン・フリーズに還るとしても、探してた意味だけは見失わないでね。「終末でまた逢おう」
ふと目が覚める。僕は大切な人の声を聞いた気がした。気づくとここは龍尾神社の境内だった。朝日が昇ろうとしてる。もう朝か。僕、境内で寝てたのか?
暗がりが曙光を浴びて消えていく。世界は終わってなかったのか? 全ては夢だったのか? 不思議なこの神秘体験は忘れられないものになった。
それから毎日、僕は龍尾神社にお参りすることにした。雨の日も雪の日も。「終末でまた逢おう」という言葉だけが記憶に残る。その記憶を忘れない為に僕は今日も龍尾神社にお参りする。

フリーズ220 終末でまた逢おう

フリーズ220 終末でまた逢おう

龍尾神社に纏わるホラー短編

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • サスペンス
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-08-07

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