恋した瞬間、世界が終わる 第91話「ワンダーウォール或いは、リヴ・フォーエヴァー」

恋した瞬間、世界が終わる 第91話「ワンダーウォール或いは、リヴ・フォーエヴァー」

 ノートパソコンでの指示通りに案内されたのは、タワーマンションだった。
 入り口は厳重なゲートになっており、門番が配置されていた。


私は、門番のいる入り口で車を停止させると、映画のブレードランナーのような
土砂降りの雨が降る中で、ワイパーを頻(しき)りに振りながら、上下のレインウェアを着た門番に「こんばんは」と挨拶をしてみた。
門番はこの雨の中で煙たい表情を浮かべることもなく、機械化の度合いが高いであろうと思わせる『人間っぽい』応対で「お待ちしておりました」と、私の仮面と車のナンバーを見て、やや余分な傾きの動作と丁寧なジェスチャーで持って、先へ進むように促した。

入り口から先はアーチ状になっていて、そのアーチは先へ先へとトンネル状に奥行きが伸びていた。
土砂降りの雨が降っていることで、水がアーチ状につたって流れ落ち、まるで水族館のガラス張りのアーチ型の水槽の中にいるような感覚から、テーマパークに来たときの好奇心のような心の動きも感じたが、やはり彼らの土地へと来てしまった心の動揺が強くまさり、それを落ち着かせようと努めながら車を前進させていくことになった。


『テーマパーク』

テーマパーク(英語: theme park)は、日本では、特定のテーマ(特定の国の文化や、物語、映画、時代)をベースに全体が演出された観光施設を指す。娯楽やレジャー、知的好奇心を触発する各種趣向などを盛り込み、遊園地、動物園、水族館、博物館、ホテル、商業施設などを併設することもある。
(ウィキペディアより)


アーチ状のガラス張りの外側には、何かの剥製のようなものを覗かせていた

私は、ゆっくりとローギアで車を前進させた。一体、何の剥製であるのかが気になり、車を停止させないギリギリの速度で運転席側の窓から覗いた。
アーチ状のガラスをつたい流れる雨が、剥製の輪郭を変化させていった。それはまるで、キュビズムの絵画のように視覚の平面を歪め、輪郭それぞれに時の流れを思い起こさせていた。そして、その剥製自体を3次元的な物から4次元的な物へと移行させ、時の空間という変化が加えられたかと思うと、立体的な輪郭に分解され、多角的な解釈を持たせると、輪郭の中で時間軸が枝分かれし、5次元的な物へと移行させていく動きを見せた。
イデアとなるその原型が何であるのかを再定義させているようでもあり、個別の存在としての先天的な物の価値を歪めながらも、後天的な要素がまだらな時の空間の中で垣間見せているようでもあった。
ここは、そんなテーマパークか、庭と言ってよいのか、アートの展示場と言ってよいのか分からないが、何か目的を持った生態系を覗かせている。

ーー突然、暗がりを何かの動物が行き交うのが見えたーー私は、その物を追視しようとフロントガラスの上方を目で探った

大きな植物の蔓がアーチ状のガラスの面に覆いかぶさったーーそれで視界の一部が塞がれたかと思うと、蔓の枝が雨で跳ねるような曲線で動いたーーその跳躍の先に、この世にいないはずの生物が見えたーーそれは、ガーゴイルのようだったーーガラスをつたう雨が輪郭を歪めるために、それが動いているのか、石像であるのかが判別できなかった。



『ガーゴイル』

ガーゴイルとは、英語のガーゴイル(英: gargoyle)はフランス語のガルグイユ(仏: gargouille)に由来する。原義は「のど」(ラテン語: gurgulio)であり、その近縁語は、水が流れるときのゴボゴボというような音を表す語根(擬声語) gar から派生している。(中略)ガーゴイルは雨どいである。そして、芸術であるとともに、宗教的意味合いが強い。例えば古代エジプトでは寺院の平らな屋根の上にガーゴイルがあり、その吐き出す水で聖杯などを洗っていた。
怪物の姿をしたガーゴイルの多くは中世以降に登場するが、悪魔・怪物・架空の動物などグロテスクなものから、普通の人間や動物も使われ、その形態は幅広い。(中略)後付けで作られた伝説だが、フランス北部のルーアンの街の近くのセーヌ川河畔の洞窟にガーゴイルという名の竜が棲んでいた。竜は洪水を引き起こすほどの水を吐き出し、河に嵐や竜巻を起こし、牛や人間を沼地に引きずり込んで食べ、さらに口から出す炎で全て焼き尽した。そのため、ルーアンの住人達は竜をなだめるために毎年生きたままの人間を生贄に差し出していた。
6世紀に、ロマヌス司祭がルーアンにやって来て、街の住人が洗礼を受けて教会堂を建てる約束をすれば、ガーゴイルを追い払うと約束した。 ロマヌスは2人の重罪人を囮に、竜と対決して捕え、十字架で串刺しにし帯を首に巻きつけてつないで動きを封じると、ルーアンに連れて行き、薪で火あぶりにして燃やした。だが、頑強な頭と首だけは燃え残った。街の人たちは頭部を悪魔ばらいのお守りとしてルーアンの聖堂にさらした。それ以来、聖堂の雨樋にはガーゴイルを象り飾るようになった。ロマヌスは聖人に列せられた。
(ウィキペディアより)



 しかしながら、なんでそんなに泣いているのだろう?


車が前進していくにつれ、雨がつたう輪郭の物の一部から判別できたのは、石像が一定の感覚で並びつつ、よく手入れをされた庭であり、暗がりの中で最小限の照明でライトアップがされているのが分かった。
これが映像ではないのだとしたら、膨大な並行世界の時間軸の蓄積の因果が映っているようだった。
ただ、右側と左側とで時間の逆回しになっているかのようで、右側が進化の過程を進み、左側は退化の過程を進んでいるようにも見えた。

ーー気づくと、眼前に巨大なタワーマンションがそそり立っていた。

入り口近くに至ると、右側には機械人間の姿が映り、その先ーー何かが見えたそこで、大きな扉の入り口へと着いたーー



 ーーわたしは鏡の前で、ココの白いワンピースの上から彼らが用意した黒いドレスを着てみた自分の姿を恐る恐る確認したあと、椅子に座り震えていました



 ドアを開けてくるのが、青い眼の男なのか?

 それとも、見覚えるのある赤い眼の男なのか?



わたしの左眼に神経痛のような感覚が走ります。どちらにせよ、わたしの運命はもう、自分自身でどうにかできる段階ではないということ。誰かに左右されたまま、命の尽きる瞬間をどう決めるのか?ということです。
こんなとき、音楽があれば気を紛らせることができるのに……あの奇妙な入り口から別々に案内されていったあの娘たちは無事なのでしょうか…。

仕方なく、頭の中で思い起こせられる音楽を探ってみましたーー


ーーオアシスのワンダーウォールのイントロが脳内に流れました


その歌詞を思うと、この状況に絶妙に合わさってしまい……わたしは苦笑いを浮かべました。
音楽が今のわたしを軽くするわけではないようです。

苦笑いでは肩の力は抜けず、身体の震えも変わりません。ただ思うのは、最後の瞬間までは誰かを信じてみたいーーそのような思いでした。
例えば……運転手さん? ええと、違うわ……例えばそう、せんぱい。
せんぱい…せんぱいが助けてくれる。
そんな都合の良い考えで、せんぱいを求めてしまいます…。
でも例えば、せんぱいがこの場所に居たとしたら…わたしのこのドレスアップした姿を見たら、どう思うかな…?
喜んでくれる? キレイだとか言ってくれるかな?

ああ…でも、案内人から引き出しに入っている仮面を被っておくようにと言われていたんだ。仮面を被っていたら、わたしのこと、分からないよね…。

鏡に備え付けられた引き出しを開け、仮面を取り出して被ろうとしたときーー鏡の歪みに気づきました



 その鏡に映っていたものは、

 サッポー

 そう名乗ったのですーー




ーー社交界の壇上に、階段を降りてきて、仮面を被った背の高い男が上がった


何事にも丁寧なあの男らしく、行き届いた作法で開会の挨拶を始めた。
私は仕方なく、腰掛けていた椅子から立ち上がり、シャンパンを受け取った。

さて、これから彼がどんな内容で【私たち】のことを語るのか?
どのくらい踏み込んだ話題で、今の世界の状況を物語るのか?

私は、興味深く聞くことにしようーー


「ところで皆さまーー



壇上に上がった仮面を被った背の高い男の一言が会場の隅々にまで行き渡った


「最近、世の中で、奇妙なハッキングがありました」

大広間の会場の来客たちが皆、彼の方を向いて聞き入った

「そうです、new leavesという団体による犯罪です」

会場は“犯罪”という、マニュアルによって、もう聞かれなくなった話題に、ややザワザワとした動きが起こった

「彼ら犯罪者は、詩のようなメッセージを通し、私たちの社会に犯行声明となるものを送り続けています」

どうやら会場の反応は、その見解に一致しているようだ

「それがなんでも、恋した瞬間、世界が終わる。その猶予は、なんと3日間! 今夜はその2日目の夜です。
さて、この会場にお集まりの皆さんはそのようなことをまさか信じておられますか?」

会場から、クスクスと笑い声が聞こえた

「どうやら、私たちにはあと、1日しかないようです」

会場から、今度は非常にくだらないものへの笑い声が響いた

「彼らが指定した期日までの間、私たちはその間抜けな脅迫に耐えなければならないのでしょうか? それはまるで、地震予知の未来予測を聞かされて、ただただ備え、不必要なものまで買い込まされる洗脳のようなものです」

そうだ!!

声が、会場に上がった


 「ところで」


そう言って、仮面を被った背の高い男は
テーブルの上に分厚い本を並べた

外の空気はこの長続きの雨の所為か湿っていた
氷河期の気配
肌寒さをなんとなく感じた

「これは、なんですか?」

会場の誰かが、背の高い男に問いかけました

「この本は、元にあった一本の大木が散り散りに別れて
 彼の地、彼の時へと渡っていった物です」 

「彼というのは、人間ですか?」

感の良い誰かが、問いかけました

「それは、またの機会にお話しできればと思います」

仮面を被った背の高い男は、本題にはこれから入るという合図のように、開いた本をパタンと閉じて、会場内の来客らの時の秒針を体感遅く感じさせた


「私たちは、彼らの情報発信元であるコンピュータをハッキングすることに成功しました!」

会場からは、大きな歓声が上がった


「これでもう、彼らの脅迫に怯える必要はありません!」

よくやった! と、また会場から大きな声が上がった



そう、この発表をこの場で伝えたことで、目的は達成されたようなものだ。
そしてこれからどうする?
彼は、【今日】をどうするのか?
今日はおそらく発表だけではなく、何らかの実行をしなければならないはずだ。
それが、【今日】でなければならないはずだ…



 「今夜は安心して大いに楽しみましょう!
  それでは皆さま、お待たせいたしました
  これより、舞踏会を開始致します」

恋した瞬間、世界が終わる 第91話「ワンダーウォール或いは、リヴ・フォーエヴァー」

次回は、8月中にアップロード予定です。

恋した瞬間、世界が終わる 第91話「ワンダーウォール或いは、リヴ・フォーエヴァー」

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  • 短編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-07-20

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