広東麺
一度だけハコスカに乗った事があった
ギヤシフトがグチャグチャした感触だったのを覚えている
俺はやりたい事はなんでもやってきた、と言った豪快なスケベおやじの車だった
みんなから慕われたスケベおやじだった
のむ、うつ、かうの三拍子が揃っていた
人生の最後までそんなわがままを貫いた
奥さんとは大恋愛で周囲の反対を押し切って一緒になった人だった
そして最後は不自由な体になったが、奥さんはそんなわがままおやじの世話をして見送った
いろんな生き様がある・・
今日はラーメン屋で広東麺を食べた
スケベおやじの家の近くだった
スケベおやじは鳥の眼と魚の目を持てといった
高いところからと低いところからと両方を見る眼を持てと言った
無常は時の流れを押し流す
スケベおやじは過去の人になった
戻ってはこない
自らの生き様を肯定して、決して後戻りしないというマイペース
そのわがままを押し通して生きるのは、なかなか真似ができない
太く短い人生だった
野武士のような風貌で優しさがあって皆なから慕われた
広東麺がすこししょっぱい
でも汗をかいたせいか、ちょうどいい
ラーメン屋の店の賑わいの内にいて、ふっと時間が後戻りする
つわものどもが夢のあと・・
ちがう
夢のなか、つわものどもの声姿
広東麺の底に残った、短い麺を箸でつまむ
野菜もあった
完食だった
これで後はコレステロール対策の薬を一つ飲めばオーケー
小さく小さく無難に生きる
スケベおやじのような豪快な人間はいなくなった
そんなおやじの形見が二つある
一つは中国で買ったという安物の硯
もう一つは売りにきた物を買ったという汚れた象牙
なぜ硯があるのかというと、スケベおやじは書に興味を持っていた
実際に書いたものから伝わってくるのは野趣的なもので、誰がどのように見るのかなどという事は意に介していない
広東麺はうまかった
910円だった
妥当な金額だった
おいしいものを食っている間は無常を忘れる
寂静は遠い
広東麺