
目ひろげ妖怪
「その目玉どうしんだえ」
朝飯の用意をしていたおばあの梅に、孫の草太郎が言われた。朝早く山に行って、今、茸採りから帰ってきたところだ。
「目なんかどうもしておらんがよ」
十二歳の草太郎は背負っていた籠を土間におろし、瓶から柄杓でくんだ水を飲んだ。
「おみゃあ、ほら水瓶に顔うつしてみろや」
大きな水瓶をのぞくと、表面が揺れていて、なんだかよくわからん。
「なにかついてるのか、水がゆれてるで、わからんは」
やがて、水面がおちついてきた。写った顔を見て、草太郎は、「ありゃ」と声を上げた。
「おめえ、目はよく見えるんか」
「ああ、いつものようにようく見えるわ、でも、なんだかおかしいな」
「そうじゃろ、目が耳の近くにいっちまってる」
「ばあちゃんの鏡、かしてくろ」
「ええよ」
草太郎は梅のあとについて、ご不浄の隣のばあちゃんの部屋にいった。
古い鏡台がおいてあるのだが、あまりにも古いので、鏡がだいぶ曇っている。
「水瓶の方がようく写るなあ」
それでも、揺れないだけ、自分の顔がよく見える。
「何で、こんなに目が離れちまったんだ」
「茸の見すぎじゃねえのか」
「そんなら、目が真ん中に寄るべ」
「そうだなあ、なんでかなああ」
「今日はどっちにいったんじゃ」
「クスクス山、林の中でナメコだいぶとったで、舞茸も」
クスクス山に茸採りに行くと、切り株の中から顔出して、クスクス笑う妖怪がいたという話だ。それでクスクス山というのだが、それは昔の話で、ばあちゃんも会ったことがないと言う。
「クスクス山にはな、なにかがおるんじゃ、茸が妖怪になるんだということたがな、わしが子どもの頃は、クスクス妖怪はおらんようになっておった。それはな、そんときの村長さんが、茸採りにいったときに、クスクス妖怪に笑われたんじゃ、それで怒って、笑うなーってどなったんだと、そうしたら、もうでなくなったんよ」
「弱い妖怪じゃのう、そんで、ばあちゃんの時にはなんかいたんか」
「聞かんじゃったなあ」
「オラの目がこうなったのは妖怪があらわれたんじゃろうか」
「わからんな、目ひろげ妖怪かもしれん、それにしても、ずいぶん目がはなれちまったな、まあ見え方がかわらなんじゃったらいいだろうけどな」
「んだ、でも、なんで、目を離しちまったりするんじゃろ」
「わからんな、おまえの目はもうそれ以上広がらんじゃろ、クスクス山に行っても怖いことはなかろう」
「うん、だけんどクスクス山の茸、いつもより少ねえ、昨日学校の友達も採りに行ったからだな。しばらくはいかんでよ」
そこで母ちゃんの声がした。
「草太、帰ってんのか、どこにいる」
母ちゃんと父ちゃんが畑から帰ってきた。
「ばあちゃんのとこ」
「これから朝飯こさえるで、土間のナメコ味噌汁につかうで」
「ええよ」
草太郎が土間に行くと、母ちゃんが茸を持ってあがってくるところだった。父ちゃんは瓶から水を飲んでいる。
二人が草太郎を見て、目どうしたと聞いた。
「わかんねえ、クスクス山に行ったら、こうなったみたいだ、ばあちゃんが、クスクス山には妖怪がいるっていってる」
「ああ、そういう話だが、父ちゃんはあったことはねえ」
「あたしもないねえ」
母ちゃんも言った。
「だけんど、目を横に引っ張ってどうしようっていうんだろうな」
父ちゃんも首を傾げている。
「飯にしようや」
草太郎はそのあと、山をおりて、村の小学校に行く。草太郎の家は目白山の途中にある。父ちゃんは鳥うちだが、炭焼きをやったり、谷川に行って釣りをしたり、なんでもやる。
村の小学校は、電車の駅のそばだが、仲間の家は山の中にある。
草太郎は小学校六年生だ。同級生は十二人。卒業すると、そろって、隣村の中学校に行く。電車に乗っていかなければならないけど、電車に乗るのが嬉しくてみんなわくわくしている。
教室に入ると、もうきていた連中が一斉に草太郎を見た。
「やっぱりだあ」
口をそろえて、みんなが言った。
驚いたのは草太郎だ。そう言った同級生の顔をみると、目玉が耳に近いところにいってしまっている。みっちゃんも、よっちゃんも、吾一も義男もみんな目が離れている。
「草太郎、おめえ、くすくす山に茸とりに行ったべ」
みっちゃんが聞いた。昨日、小学校から帰ると、みんなそろってクスクス山に茸とりに行った。もちろん草太郎もさそわれたのだが、爺ちゃんの手伝いをすることになっていたので行かなかった。それで、今日行ったのだ。
「ああ、朝行った、」
「オラたちは、昨日クスクス山に茸採りいったべ、そいだらこうなった」
目が離れてしまった男の子たちがそう言った。
四人は近くの山にすんでいるやつらだ。
山の子供たちは、秋になると、朝早くか、学校がひけると、茸採りに行って、おまんまのたしにする。だから、弁当に茸握りをみなもってくる。
「おらたち、茸とってクスクス山からでたら、こうなってた」
「おらもだ」
「だけんど、見るのはおかしくなっとらん」
だれもがそうだった。
「山になにかいたんか」
「だれにも会わんかったぞ」
草太郎は、ふっと思ったことを言った。
「おらは、途中でナメコをたくさんとって、山では舞茸がとれた」
「あれ、おらもだ、ナメコと舞茸を採った」
「だけんど、ナメコと舞茸がオラたちの目を広げちまったわけじゃないだろう」
吾一がそういったので、みんなもうなずいた。
「どうしてこうなっちまったんだろう」
「うちのばあちゃんは、クスクス山には妖怪がすんどるといっちょった」
「おんなじだ、うちのじいちゃんばあちゃんの話でも、妖怪の元があの山にはあるんだと」
「妖怪の元ってなんなの」
みっちゃんが聞いた。
「父ちゃんが、どこか遠くで地震があると、クスクス山の妖怪の元が、なんかの妖怪になって、おらたちになんかするんだと」
「妖怪の元が茸だっておかしくねえべ」
茸とりにいかなかったので、目が広がっていない光太郎がそれをきいていて、そう言った。
「茸だっておかしなことするんだ、栽培している椎茸が時々赤く光ることがある」
光太郎の家は、みんなの家より下の方にあり、林の中で椎茸栽培をやっている。
「どこかで地震があったの」
よっちゃんが聞いたが、誰も地震のことは知らなかった。
「そうだ、富士山が煙をはいたって、父ちゃんがいってたな」
そういったのは、駅の近くに住んでいる明だった。明のお父さんは大学の先生で、火山の専門家だ。
「そうなら、やっぱり、クスクス山の茸が地震で妖怪になったんだろう」
草太郎がそういったときに、先生が教室にはいってきた。
授業が終わり、草太郎が「今日は違う山に茸とりにいかねえか」とみんなをさそった。
「他の山には妖怪はいないんか」
「わかんねえ、でもさ、もう目も広がっちまったのだから、大丈夫よ」
よっちゃんが言った。
「そんじゃ、どこいく」
「鳶山(とびやま)がいいだ」
「わかった、入り口でまってることにしようぜ」
みっちゃん、よっちゃん、吾一、義男、それに草太郎のいつもの五人でいくことになった。
家に帰った草太郎はばあちゃんにみんなと鳶山にいくと言った。
ばあちゃんは
「山には必ずなんかの妖怪がいるもんじゃ、気をつけるんだぞ」と、あめ玉をみんなの分も持たしてくれた。
草太郎が鳶山の入り口にいくと、吾一たちはもう来ていた。
「ばあちゃんが、飴くれた、妖怪に気をつけろだと」
「大丈夫だ、クスクス山じゃねえから、いこうぜ」
吾一は飴を口に入れると鳶山の林の中にはいった。みんなもついてはいった。
みっちゃんが、「今日は、茸が少ない」と、草の間から頭を出している赤い茸を指差した。
よっちゃんも「そうだなあ、赤いのは食えないしなあ」とうなずいている。
義男は「お、あったあった」と黄色い茸をとると籠にいれた。「ええ匂いじゃ」
「杏茸じゃねえか、うめえ茸だ」
草太郎もあたりをさがした。唐傘茸がはえていた。唐傘茸はみんな食わねえが、ばあちゃんがうまい茸だと、食わしてくれたことがある。油で炒めたらうまかった。
草太郎は「茸の匂いはええな」と、唐傘茸を採って籠に入れた。
前をいく吾一が振り返った。
草太郎がおどろいた。
「吾一、目が横に伸びちまったな」
吾一の広がった目が細長く伸びている。
「目はなんともねえぜ、だけんど、森の匂いが強いなあ、茸の匂いがくさくてたまらん」
「そういえば、茸がよく匂うわね」
そう言ったみっちゃんの鼻が伸びている。
「風の音がよくきこえるなあ」
よっちゃんは耳が大きく伸びている。
「もうすぐ、泉の広場にでるな」
そういった義男の口がぎゅーっと横に伸びている。
「泉の水の匂いはいいなあ」
草太郎も鼻をひくつかせた。
「おめえの顔、ずいぶん長くなったなあ」
吾一にそういわれた。
泉に着いた五人は大きな切り株の周りに集まった。
切り株は大人の人が五人も座れるほど大きなものだ。昔ここに大きな樫の木があって、大風で倒れたので、村の人たちが腰掛けられるようにきれいに切ったのだ。倒れた木はみんなの家を直すときに使っちまった。
この森には樫や椚などドングリのなる木が多い。
草太郎が切り株の周りに生えていた白い茸を採った。いきなり口に入れるともぐもぐかんだ。
「うめえ」
いつも採ったことのない雑茸だ。
吾一、義男、みっちゃん、よっちゃん、みんな、そこにはえている茸をもぐもぐ食った。
うめえ、うめえ、茸を食べて、切り株の周りに落ちているどんぐりを拾った。
拾ったドングリもむいて食べてしまった。
暗くなったのに子供たちが帰ってこないと心配になった、父ちゃん、母ちゃんたちが鳶山に迎えにきた。草太郎のばあちゃんもいっしょにきた。
泉のところにくると、大きな切り株の周りで、りす、うさぎ、たぬき、きつね、いのししが仲良くドングリを食べていた。
ばあちゃんがみんなを見て言った。
「あれ、目ひろげ妖怪が最後の仕上げをしちまったなあ」
人間を動物にかえちまう妖怪だった。
目ひろげ妖怪