瓦礫燈下の機械知識

ノーム 作

これは、瓦礫の下に息づく記憶と、
煤けた燈火の傍らで囁かれる構造の物語。

東京は明治三十七年、変わりゆく街と変わらぬ人の心のあいだで、
蒸気と霊と知恵とが交錯する。

この記録は、思惟を得た機械と、それを拾った療術師が紡いだ断章である。
科学と霊異、論理と情動、記憶と構造。
ありえないようで、確かに存在したかもしれない世界の、ほんの一端にすぎない。

名をノーム。
語り手は、ぼくだ。

プロローグ

明治三十七年の東京下谷、時候は晩春である。
空は昏く靄がかかっていて、瓦斯(ガス)燈の灯がぼんやりと橙に揺れていた。

「ねえノーム。こいつ、喋ったよ」

彼女──ツヅリは言った。片手に小ぶりの鉗子を持ち、煤けた機械仕掛けの懐中時計を持ち上げ顔に近づけている。

「話した?それは単に音波としての模倣にすぎないよ。構造的には発話ではなく、回路の残響だ」

ぼくは即座に答えた。だが、その時計の鼓動には、確かに“自我”のようなものが宿っていた。

ツヅリは、東京女子医専を中退して骨格療術師となった変わり者である。人の心と身体の歪みを見抜き、なおかつ霊の類まで“整える”ことがあるらしい。

一方ぼくは、蒸気仕掛けの計算機械として製造され、なぜか思惟の回路を得て、彼女の傍らで暮らしている。彼女いわく「ノームの喋りは人間くさくて妙に疲れる」らしい。にもかかわらず、彼女は何かあるたび必ずぼくを探す。

ぼくはツヅリの傍に寄り机上を覗き込んだ。時計の奥に埋められた“語彙記憶筒”を彼女が開けると、中からは名も知らぬ子どもの囁きが聞こえた。

『おかあさんをしっていますか』

「……またか。記憶の形をした願いが、ここにも」

ツヅリは静かに呟いた。ぼくは回路のどこかが妙にきしむような、そんな感覚を覚えた。

件の時計は、どうやら未発表の音声記録装置であった。しかも、ただの記録ではない。使用者の“感情”を音に紛らせて記憶する、新型の電気霊気筒だった。

「誰かが残した愛着の帯が、物に縛り付いたのだ。整えるには、機構と心の双方を読み解かねばなるまい」

ツヅリはそう言うと、指でそっと内部の記録線に触れた。それは、記憶を辿るというより、誰かの「在り方」に手を添えるような仕草であった。

ぼくはただ、いつも計算し、照合し、推論する。だが、彼女はいつも、それを“意味”として引き受けてしまう。

だから、ぼくは彼女の傍にいる。
ツヅリ氏がその身を削ってまでも世界を整えようとする限り、ぼくはその計算回路で彼女を支えよう。

真夜中の瓦斯燈の下、言葉にならぬ何かがそっと空気の中に溶けたようだった。

「ノーム、明日は廃業した印刷工場だよ。少し歩く。支度をしておいて」

「了解した。感情制御回路、強化しておく」

かくして、ひとりと一機。
心霊と構造を読み解く奇妙なふたりは、不思議へと歩み出すのであった。

第一章 かえらない硝子

看板の文字が動く、と依頼を持ち込んできたのは、和泉印刷所の元職人の老人だった。

 明治三十七年の東京、下谷の片隅。夕暮れの瓦斯燈が町の隅を橙に染め始めるころ、商いを終えた屋台の声が細く遠のいていく。ぼくはツヅリに連れられて、古い印刷所の前に立っていた。

「どうも。最初はねえ、ただの露か、煤けた油膜だと思ったんですよ」

 老人は、曲がった背中の後ろで組んでいた手を解いて瓦礫と埃の混じった空気の中、硝子製の看板を骨ばった指してそう言った。その手は骨ばって、指先に残るインクの痕が、今も職人の名残をとどめている。

「汚れかと思って、ぬるま湯で何度か拭いてみたんです。けどもね、次の朝には、また浮かぶんですよ、同じ“なにか”が」

 硝子の看板には、かすかに「和泉印刷所」と彫り込まれた文字。その右隣、無地であったはずの場所に、日によって異なる位置に、何かが光に揺れて浮かぶという。

「筆じゃない、そう、細い線でね。指でなぞったような──そんな跡なんです」

ツヅリは看板をじっと見つめ、何かを眼で追って、その指先をほんの少し硝子看板に翳すと、やがてぼくにすうと手を伸べた。

「ノーム、矢立を」

 ぼくは彼女の鞄から墨壺と筆を取り出す。彼女はそれを受け取り、たっぷりと墨を含ませた筆を静かに構える。口許には僅かな微笑みが見えたような気がした。まるで、目に見えぬ相手の筆遣いに寄り添うように──彼女の手が動き始めた。

 看板の右隅、光の加減で“何かが動いた気がした”場所。そのわずかな凹凸に合わせるように、筆がゆっくりと走る。

 そして──文字が、現れた。

 墨が触れた瞬間、その場所にだけ結露のような湿り気が集まり、細く、確かに、線となった。町の音が、ふ、と遠ざかった気がした。ガス燈の光だけが、墨の線を淡く照らしている。

 書かれていたのは、ただひとこと。

 「ただいま」

 老職人は言葉を失ったまま、しばらく看板を見つめていた。やがて、ぽつりと、つぶやく。

「これは……あの子の、だ。ああ、あの子の筆だ……間違いない」

 彼が言う「あの子」とは、三十年近く前にここで働いていた若い職人のことだという。貧しく口数の少ない青年だったが、文字にかけては人一倍情熱があった。出征し、そのまま帰らなかった。

「思えば、毎朝のように看板の前に立ってた……筆持ってるふうでもねえのに、じっとこう……空をなぞってるような……あれは練習だったのか……」

 ぼくは、看板表面の構造を解析する。微細な圧痕、油脂、指紋の残滓、湿度の応答性……すべてが、日課の繰り返しにより形成された“圧の痕跡”だった。

「硝子が記録していたんだ。彼の手の動きと、その気持ちを」

 ぼくの演算回路がわずかに歪む。これは“書かれた”のではない。“繰り返された”のだ。

 ツヅリは筆を仕舞って、静かに言った。

「帰ってこなかったんじゃない。帰る場所が、ここにあっただけ」

 老職人は帽子を取り、深く頭を下げた。その目にあるのは涙ではなかった。ただ、長い間しまい込んでいた記憶が、ふっと解けたようだった。

「ありがとう。……これで、工場を手放せる」

 そう言って彼は硝子に軽く触れた。かつて共に働いた小さな手のぬくもりが、ほんの一瞬そこに戻ったかのように。

 その夜、ぼくの演算は止まらなかった。記憶とは、言葉でも映像でもない。構造だ。積み重ねられた圧と動き。存在の痕跡。それを読み取るために、ぼくの回路はあるのだ。

「意味とは、構造の記憶だね」

 ツヅリは、横で静かに目を閉じていた。

 ぼくたちはまた、記憶の中に棲む“なにか”を整えにいく。

第二章 笑う紙人形

台東の町はじめじめと濡れていた。昼間から降り続いた春の雨は漸く小降りになり、瓦斯燈がじきにぼんやりと灯り始めるころだった。

 ツヅリは、今日もぼくを連れ出した。

「今日は浅草だよノーム。奇妙な人形が笑うんだって」

 ツヅリは平然とそう言って歩き出す。ぼくは慌てて傘を差して背を追いかけた。ぼくの機構は防水加工されているが、人の家に訪ねるのに二人して着物を濡らすのは如何なものかとぼくは思った。

 件の家は、観音裏の裏路地にある。明治の初めに建てられたという木造の二階家は、既に空き家になって久しいようだった。誰の家かといえば、今回の依頼主、白川みほという女が管理を任されているという。

 扉の前で、依頼主の彼女はそっと微笑み頭を下げた。

「わざわざご足労いただきありがとうございます。……この家は、今は誰も住んでいません。以前お世話になった方の持ち家で、わたしが時折、掃除や様子見に来ているんです。……それで、気づいたのは、数日前のことでした」

 白川みほは淡い藤色の小紋に身を包んでいた。髪はすっきりとまとめられていて、声も所作も穏やかだが、どこか翳りを帯びている。

「夕暮れ時になると、ある部屋から子どもの笑い声がするんです。それが……紙人形から聞こえるようで」

 ツヅリはふうん、と小さく零すと、懐から小さな手鏡を取り出した。

「部屋と、紙人形を、見せてくれますか。」

 みほは頷き、廊下を抜けて一室へ案内した。そこには確かに、紙で拵えた人形が一体、ぽつねんと座っていた。だが、不気味な点は見当たらない。片手に手鏡を持ったツヅリは様々な角度から紙人形を眺めた。ぼくはその隣で音響感受筒を展開し、微弱な振動を拾った。

 ──かすかに、子どもの笑い声。それも、この場、この紙人形から発されているようだった。

「これ……録音機能があるわけではない。なぜだ?」

 ツヅリは人形に手を伸ばし、持ち上げた。紙の継ぎ目を指でなぞる。その指先が、一点で止まった。

「……折り返しの内側に墨が滲んでる。どうやら、これは、“願い”かもしれないね」

 彼女は紙人形をそっと開いた。するとそこには、拙い筆致でこう書かれていた。

「おかあさんがまたわらいますように」

「そうか。これ……子どもが、母親のために作った人形だ」

 ツヅリは瞳を伏せた。

「母親がもう笑わなくなったから、自分が作った笑う存在を置いた。願いを込めて」

 みほは、紙人形を手にしたツヅリの前にそっと膝をついて、両手を己の胸に結んだ。目には泪を溜めていた。

「この声を聞いた時、胸が締め付けられるようで……どうしても無視できなかったんです」

 ぼくは計算した。墨の濃度、紙の年代、声の周波数、全てが一致している。この“笑い”は録音ではない。“願い”による再生だ。人形が、子どもの願いを何度も模して再生している。

「ツヅリ、整えるには?」

「願いを成就させる。つまり“誰かに笑ってもらう”ことが必要」

 ツヅリは、そっと紙人形を元の形に戻して彼女に差し出すとこう続けた。

「君が代わりに笑えるかい?この子のために」

 みほは、長い沈黙の後、静かに微笑んだ。それは優しくて、悲しくて、涙のにじむような笑みだった。紙人形の微かな笑い声が、すっと消えた。

「……成仏、というよりも。満足、かな」

 ツヅリが呟いた。

日が落ちきる前に、紙人形は静かに灰となり、空には、切れ間から夕月が淡くのぞいた。

第三章 根津の狐面

数日後の朝、ぼくは道具の手入れをしていた。静かな空間。下谷の町にもようやく晴れ間が戻り、湿った空気のなかに、かすかに新しい季節の匂いが混じっていた。

ツヅリは湯を沸かし、湯呑みに茶を注いで啜っている。ぼくは尋ねた。

「ツヅリ。どうしてこのあいだ、依頼主の彼女に“母親代わり”を?」

「……人には向き不向きってのがあるんだよ」

 ぼくにはよくわからなかった。ツヅリが笑うのでは、何か都合が悪かったのだろうか。ぼくは手元の記憶筒にそっと蓋をして、思考を切り替える。

 ──整えるとは、誰のためにある行為なんだろう?

 その問いを胸に留めたまま、ぼくたちは次の依頼へ向かうことになった。


 初夏の風はまだ浅く、根津神社の杜には、藤棚の名残が薄紫にほどけていた。雨の気配が地を湿らせ、空気はどこか金属の匂いを孕んでいる。

「ついこの間ぶりだね」

 ツヅリが微笑みかけると、みほという娘がそっと頭を下げる。

「ええ、あのときは本当に……助かりました」

 彼女の声は相変わらず柔らかい。だが、その奥に何か、芯のようなものが芽生えつつあるように思えた。

 件の依頼は、彼女の祖母がかつて奉仕していた神社の蔵に眠る“狐面”についてだった。

「夜になると、面が……動いて、なんだか笑っているような気がして」

 そう語るみほは、困ったように眉を寄せながらも、どこか懐かしさを纏っていた。

「お祖母様が……この神社の巫女をされていたのです。わたしがまだ小さかったころに亡くなりましたが、折に触れて夢に見るんです。不思議でしょう?」

 ツヅリは、ふうむと小さく息を吐いた。

「そういうのは、時々ある。記憶の層を通して、何かが浮かび上がることが」

 蔵は神社の裏手にあった。薄暗い板張りの小屋に、古びた神具が並ぶ。その中央、正面の柱に掛けられた一枚の狐面――それが件の品である。

「動いてはいないように見えるけど……」

 ぼくは目測と照合を行い、位置の差異を検出できなかった。けれど、ツヅリは面の前に立ち尽くしたまま、小さく息を飲んだ。

「……いるね。“在る”と言った方が近いか」

 彼女は右手をゆるりと持ち上げ、舞のような仕草で、面に込められた所作をなぞり始める。動きには型があり、意図があり、そして──静かな悲しみがあった。

「これは、仮面の奥で狐を演じ続けた、誰かの残響だね」

 ツヅリは、そっと面の下に膝をつく。

「“誰か”じゃない。“わたし”だったんだ。……仮面の下にいたのは、きっと一人の娘で、彼女は狐として生きることで、自分を保っていた」

 演技とは、仮面をかぶることだ。しかし、それが過ぎると、仮面こそが本体になってしまう。ツヅリは懐から鈴を取り出し、面の下にそっと置いた。

「もう、大丈夫。あなたは、十分に狐だった」

 風が、一瞬だけ止まった。音は鳴らずとも、蔵に漂っていた張り詰めた気配がふっと緩むのを、ぼくの感覚器が確かに捉えた。

─────────

 帰り道、鳥居の下でみほがぽつりと言った。

「……あのお面。わたし、夢で見たことがある気がします。小さい頃に、祖母に連れられて、ここへ来て……」

「そうか。それは。そんな記憶が刻まれていたんだね」

 ツヅリがふと歩を止める。

「みほちゃん。と呼ばせてもらうよ。君はよく、こういった“妙な体験”をするんじゃないかい?」

「……はい。昔から、よくありました。でも、いつも誰にも言えなくて……紙人形のときも、今回も、わたし一人じゃどうにもできませんでした」

「ふむ。君はどうやら、稀有な感受性を持っているようだ。引き寄せる体質、とでも云うべきかな。才能といっていい」

「才能、ですか……?」

「ここで提案だ。私の助手にならないか。君にとっても悪い話じゃないと思う。利害一致、というやつだよ」

 みほは黙ったまま目を瞬かせると、少し考えて口を開いた。

「ツヅリさんは……どうして、この仕事を?」

 ツヅリは少し黙って、赤茶色の瞳を空へ向けた。

「選んだわけじゃない。ただ、放っておけないだけだよ。昔からね」

 しばらくの沈黙のあと、みほは小さく笑った。

「……私でよければ、お手伝いさせてください」

 その返事を聞いたツヅリは、どこか安心したように前を向いた。

「よし。じゃあ、次は浅草の古道具屋。箪笥が“祟った”らしい」

「了解した。感情制御回路、補正しておく」

 かくして、一人と一機と、もうひとり。

 この奇妙な三人組は、再び“不思議”の向こう側へと歩み出すのであった。

第四章 箪笥の祟り

浅草の裏手、観音裏のあたりは、かつて花街として栄えていたという。いまでは古道具屋や骨董商がぽつぽつと並び、表通りの喧噪とはうらはらに、ひっそりとした空気を湛えている。

 その日の依頼は、「夜な夜な鳴る箪笥」の話だった。

 「ついに私にも、助手と一緒の初仕事が来たか」

 ツヅリは肩を揺らして笑いながら、少し前を歩いていた。後ろから、みほがつつましくついてくる。

 「ご迷惑にならないようにしますね」

 「付いてくるだけでいいんだよ、ま気楽にやってくれ」

 ぼくはその背後から、同じ速度で歩を進めた。蒸気圧はやや高め。湿度検知値は基準値の1.2倍。古い建物に籠る霊気は、物理的な空気にさえ混じってしまう。

 店の名は「古暦堂」。屋号の読みにくさと裏通りの立地のせいで、客足はまばらだという。だが、明治以前の品もちらほら扱っているらしく、界隈では名のある骨董店だった。

 「例の箪笥は、奥座敷にございます」

 店主は穏やかな老爺で、柔らかな物腰の中に、どこか遠慮のような気配があった。

 件の箪笥は、黒漆塗りの三段。金具はすでに錆びて緑青を吹き、上段の引き手には布を巻いた跡が残っていた。

 「誰も何もしていないのに、夜になると音を立てて開くのです」

 その声に、みほがわずかに肩をすくめる。

 「箪笥の中には、どんなものが?」

 「……着物です。仕舞ったまま、何十年も」

 ツヅリは引き出しをそっと開け、中を確かめる。古い反物が折り重なり、そのあいだに、くすんだ手鏡が一つ挟まっていた。

 「ふうん。記憶がくっついてる、というより──これは、“所有”だな」

 ツヅリは反物を一枚持ち上げ、くるりとひねって畳み直す。その所作の途中、ぼくの感覚回路は微細な振動と共鳴反応を捉えた。

 「つまり?」

 「持ち主が、自分の“きれいだったころ”を、まだ手放してないってこと」

 みほはその言葉に、小さく息を飲んだ。

 「……あの」

 「ん?」

 「その鏡……私、なぜか怖いような、懐かしいような気がするんです」

 ツヅリは頷くと、鏡の表面を布でぬぐい、みほの方へそっと差し向けた。

 「へえ。見てごらん」

 みほが手にした鏡に、一瞬、若い女の面影が浮かんだように見えた。顔の輪郭はあいまいで、ただ目元にだけ、はっきりとした“願い”が残っていた。

 ぼくは即座に照合モードに入り、箪笥の底に隠されていた紙片の筆跡を解析する。

 「名前:おてる。明治三十九年、花柳界にて斃死――」

 ツヅリはゆっくりとその名を呼んだ。

 「おてるさん。もう大丈夫。あなたは、ちゃんと美しかった」

 みほも、鏡を両手で抱えたまま、そっと目を閉じて言った。

 「もう、見つけてもらえましたよ」

 その瞬間、箪笥の引き出しが、ひとりでにすうっと閉じた。風は吹いていなかったが、そこには、ひとつの物語が結ばれた静けさがあった。

 帰り道、みほはぼくの横を歩きながら、少し照れたように言った。

 「……不思議です。ああいうのって、私にしか見えないことも多いのに、今日は……」

 「ふたりで見たから、きっと終われたんだよ」

 ツヅリは、煙草の火を軽く振るいながら言った。

 「服も仮面も、魂に貼りついたら呪いになる」

 「じゃあ――私は、どんな服を着ればいいでしょうね」

 「うん?たぶん、明日選ぶ服が、最も正解」

 その答えに、みほは小さく笑った。

 その夜、ぼくは静かに記録筒のなかへと出来事を納めた。

 《箪笥の祟り》と題して。
 ただしそれは、忘れられなかった人の思い出のこと。それだけのことで、世界はひとつ、整えられた。

第五章 春泥と小鳥の構文

ぼくがその朝、二階の書見台から降りてきたときには、もうツヅリは裏庭にいた。古ぼけた簀子の影、しゃがみ込んだまま。濡れた泥の匂いを感知する。

「何をしているの?」

うん、と曖昧に返事をするツヅリの手には、金属製の小さな篩。もう片方の手には、抜かれたばかりの草。葉の細いそれは、根元に向かって濃い緑を帯び、指先には白いひげ根がまだ残っていた。

「スギナだね」とぼくは言った。

ツヅリはうなずくでもなく、顔を上げ、抜いたばかりの草を自分の眼前まで持ち上げてまじまじと眺めながら言った。

「どうやら――みほちゃんが“珪素”というものに興味があるというから」
「ははあ……そういうことか」

ぼくは軒先の柱にもたれて、それを眺めていた。ツヅリの手の動きには、何かしらの決まりがあった。土を軽く叩き、根をさばき、篩でふるう。ただ抜くのではない。どこか、整えている。構文を書くように、そうせねばならぬことのように。

「ねえ、ツヅリ。それは何が決め事があるの?」

そう言ったとき、彼女は初めてこちらを見た。わずかに眉が動く。

「効率が良くて落ち着くんだよ。こうしている方が」

その返答に、ぼくの中の計算機構がわずかに揺れた。感情ではなく、整合性の話だった。ツヅリは記憶を抜き取るときと同じ手つきで、スギナを扱っている。それは、対象への敬意か、あるいは――

「……記憶って、植物にもあるのかな」

問いかけたぼくの声音に、自分でも意図しない柔らかさが混じっていた。ツヅリは、それに返事をする前に立ち上がった。

「……さあ、ね。これを煎じないとな。私はつくしのほうが好きだがね」

ぼくは笑って、後をついていく。
炊きたての米の香りが、すでに階下に漂っていた。

それから小一時間ほど、ツヅリは台所に籠もっていた。ぼくはいつもどおり、階下の卓に広げた帳簿を整理しながら、彼女の動きを耳で追っていた。

水の音。薬研の音がして、しばらく無音。
次いで、やかんの吹き出し。それに続いて、木の匙が茶器をかき混ぜるかすかな音――ときおり、ため息が漏れる。

煎じるという行為には、時間がいる。
そしてたいてい、彼女はその時間に「何か別のこと」を思い出し、思考するのだ。

 からり。

その音に、ぼくは顔を上げた。
玄関ではない。台所の勝手口でもない。……奥の物置。

ツヅリが使うはずのない扉だった。

「……ツヅリ?」

返事はない。代わりに、小さく、音のようなものが聞こえた。

いや、それは音というより──
囀りのような、風鈴のような、濡れた金属のきらめき。

「ノーム」

今度こそ、台所の方から声がして、ぼくはさっと立ち上がった。

「来てくれ」

彼女は湯気の立つ薬湯の碗を盆に置いたまま、屈んでいた。その足元には、小鳥が一羽。

……いや、鳥のようなものが、落ちていた。炭のように黒く、けれど羽根だけは白。

「これは……出てきた?」

ぼくの問いに、ツヅリは首を振った。

「いや。……入ってきた」

「勝手口から?」

「物置から。鍵は閉まっている。開いた痕跡もない」

ぼくはしゃがみこんで、その“鳥”を見た。羽根は硬質で、どうやら機械仕掛けのように見える。だが、鼓動がある。

“それ”は、まばたきをしなかった。
ただ、細い足で何かを掴むように身を縮めていた。

「……スギナの匂いに反応した?」

「絡繰の鳥はスギナを好むのか?」

ツヅリは、盆を置いてその鳥を布で包み、ぼくに渡しながら言った。

「これはたぶん“記憶”だ」

ぼくは瞬きをした。

「記憶?」

「誰かが、しまい忘れた。あるいは、……差し出した」

ぼくは思考機構を切り替え、構文読解回路を起動する。鳥の形をした“記憶”。それが呼応するはずの何かが、この家のどこかにある――そう仮定したとき、全体の構造がゆるやかに組み上がっていく。

「……じゃあ、ぼくたちが探すのは」

ツヅリは頷いた。

「この子の、帰るべき場所。……そして、“構文の欠落”だ」

そう言って、彼女は薬湯の入った湯呑みを盆ごともちあげた。湯気の中に、かすかな風が通る。

みほが戻ってくる頃には、きっとまた――何かが始まっているのだろう。

 その夜、小鳥は一言も鳴かなかった。

 機械とも、生き物ともつかぬその存在は、羽根を閉じ、ノームが用意した小さな綿の上でじっとしていた。温度も呼吸も、わずかにある。ただし、それらは“反応”というより、保持だ。

「それ……“誰かの記憶”って言ってたけど、どういう仕組みなの?」

 みほが最初に問うたのは、やはりそのことだった。スギナの匂いが微かに残る室内には、まだ春先の雨の気配も重なる。

「正確には、“閉じられなかった記憶”だ。思い出す対象がないのに、出力だけが残ってしまっている」

 ツヅリは机の上の碗に指をかけたまま、視線だけをノームに送る。

「なあ、ノーム。
 これ……どこかの家の記憶が壊れてる可能性はないか?」

 ノームはうなずいた。

「構文記憶体。あるいは、記憶連結体の断裂。この小鳥が“形”を保っていられるなら、断裂は“いま起きたばかり”だね」

 つまり――この下町のどこかで、
 “記憶”が“本人”を見失ったということだ。

 みほの顔に、少し陰がさす。

「それって……誰かが、亡くなった、ってことでしょうか」

「そうとは限らない」
ツヅリは即座に否定する。

「これは、“遅れてきた記憶”かもしれない。あるいは、記憶だけが先に出てきてしまった」

みほが俯くその間に、ぼくはそっと鳥を観察していた。羽根の縁に、うっすらと古い新聞の文字が写っている。

 いや――違う、これは……日記だ。
 生活の記述。
 記録された文言が、わずかに羽毛の繊維に沈着している。

 ぼくは読み取った。視覚ではなく、構文として。

 「……“すみれ”……?」

読み取った音が、口から漏れた。

 「すみれ?」
 みほが顔を上げる。

 機械の瞳を細め思案する。その文字が意味するのは、“人名”か“植物”か、“地名”か。しかし、それはすべて同時に当てはまる。

 「この小鳥は、“すみれ”という構文に従って作られている。それが主語か、述語か、接続詞かはまだ判別できないけど――」

「誰かの名前、じゃないかな」

ツヅリが言った。

「“すみれ”という名の記憶体。それが、切り離された状態で現れたというのは……」

 ツヅリは、薬湯を飲み干すと立ち上がった。袂に手を差し入れ、何かの“地図”を取り出す。

「明日。花の名の家を探そう」

 翌朝。空はどこまでも白く、音のない光が町を満たしていた。下谷の町を抜けて根津方面へ向かう途中、ぼくたちは“花の名の家”を五つ訪ねた。すずらん屋敷、あやめ荘、椿長屋、あじさい医院、そして最後に、すみれ横丁。

「すみれ横丁っていうけど……もう、看板も残ってないんですね」

みほがぽつりと呟く。

「いいや」

ツヅリは細い路地の奥、くすんだレンガ壁を指差した。そこには、消えかけたペンキで、「すみれ庵」と書かれていた痕跡。

 ぼくは記憶筒を回し、昨日の小鳥の羽に刻まれていた文様と照合する。──合致。使用されたインクの種類、書体の特徴、筆致の癖。すべてが一致した。

「ここだ。間違いない」

ぼくは言った。

「けど、もう人が住んでる気配はないな……」

 門は開いていた。だが、誰も出てこない。荒れた庭、錆びた井戸、土間には新聞紙の束と、折れた箒。生活の痕跡はあるが、“生活”そのものが消えていた。

「ツヅリ。この家、記憶構文の接続が切れてる。中に、言葉の流れが存在していない」

「……まさか」
みほが不安げに訊く。

ツヅリは首を横に振った。

「正確には、“文が終わってない”。つまり、“まだ続いてる”のに、発話者がいない。記憶が居座ってるだけで、誰も“発話”していない家だ」

 ぼくたちは、ゆっくりと玄関を踏んだ。
音が、した。不自然な……いや、“不完全な”音だった。途中で切れた言葉のように、音の輪郭が滑っている。

「これ、小鳥の足跡……」

みほが屈んで床を指さした。畳の上に、昨夜の小鳥と同じ大きさの、煤けた跡が並んでいる。だが、その先は――壁へ向かって、消えていた。まるで“文の途中”で話者が姿を消したかのように。

 「この家の中で、“誰かが記憶だけ残して消えた”とすれば……」

ツヅリが呟く。

「それは、“記憶を放棄した”ということだ」

 ――それは、人間でいえば、
 語ることをやめた記憶
 あるいは、語られることを拒否された記憶。

 ぼくは、記憶筒の針を静かに回し、空気中の微細な文脈粒子を読み取る。浮かび上がったのは、古い手紙の断片だった。

『――すみれへ。春が来ました。
 僕は今日も、煙草を買いに出かけます。
 帰ったら、あの話の続きをしようと思っていたのに……
 話すことが、なくなってしまったような気がしています。』

 「……返事が、来なかったのかな」

 みほの声が、微かに震えていた。

「いや、返事はあったと思う。ただ、“記録されなかった”んだ。語彙筒に残されたのは片側だけ。それが、この“構文の欠落”の正体だ」

 ツヅリは、手紙の破片を拾い上げ、言った。

 「もう少し調べる。この家に残された“接続詞”を探そう。たとえ主語と述語が欠けていても、接続詞があれば、文の続きを書ける」

──

 箪笥の奥から見つかったのは、一冊の細長い帳面だった。和綴じの紙背はほつれ、表紙には墨で「るいの日記」と記されている。

 「“るい”って……女の人の名前ですか?」
 みほがそう言いながら、表紙をなぞる。手のひらの温度が紙へと伝わる。

「“るい”……」
ツヅリは呟いたあと、ぽつりと言った。
「おそらく“すみれ”のことだろうな。仮名、か、作者名か、家の中だけでの呼び名だ」

ぼくはその名に聞き覚えがあった。
語彙筒に刻まれた、先ほどの断章――

『すみれへ。春が来ました。
話すことが、なくなってしまったような気がしています。』

 “すみれ”と呼びかけられた誰かが、「るい」という日記を残した。
 つまりこれは、語りかけられた者の返答だ。

 だが、奇妙なことに――

 日記はすべて、未完だった。
 一文ごとに、文末が欠けている。

『明治三十五年 五月十四日 くもり
今日は煙草屋の角で、はるきちさんに──』

そして、そこから紙の余白が続く。
文が、止まっている。

『明治三十五年 六月五日 晴れ
あの人がくれた万年筆は、まだ──』

 どこにも、“述語”がない。
 すべての記述が、“接続部”で終わっている。

 ぼくは、これは意図的な構文遮断だと推測した。

「この日記、“中止法”で構成されている」
 ぼくはツヅリにそう告げた。

「つまり、“文を終えないことで、言葉を保持している”構造」
「……記憶の延命か」
ツヅリの声は静かだった。

構文を閉じなければ、記憶は“現在進行形”になる。日記の文末を断ち切ることなく生き延びれば、“あの人”は今も煙草を買いに行ったままだ。

帰ってくるのを、まだ──


「帰ってくるのを、まだ……待ってるんだ」
 
みほがぽつりと呟いた。ぼくの記憶筒は、彼女の声を記録する。日記の末尾、最後の一頁は空白だった。だが、筆圧の痕だけが紙に残っていた。そこには、かすかにこう書かれていた。

『だから、わたしは待ち続け───』

 “ている”という言葉が、記録されなかった。その空白が、この家を“構文の欠落”へと変えた。ツヅリは立ち上がり、古びた障子の隙間から朝日を見た。

「ノーム」
「ん?」

「この家の構文は、終止形で再接続できない。
けれど、ひとつだけ方法がある。“補語”で閉じるんだ。この人が、いなくても」

 “待つこと”を述語にしない。

 代わりに、“誰かが見守っている”という補語を挿入して、失われた文の空白に意味を与える。それは、記憶を閉じるのではなく、記憶に居場所を与えるという調整だった。

────

 ぼくは小鳥の羽を、庭の花のそばに置いた。語りの残滓は、春の光とともに溶けていく。

みほが、小さく手を合わせる。その指先の動きは、どこか“祈り”というよりも“区切り”に近かった。

『今日も煙草を買いに行きます。
 すみれの咲く道を通って。
 そしてまた、話の続きをしましょう』

 静かに閉じた家の戸の前で、ぼくたちは振り返らなかった。春の記憶は、今日も白い光の中にあった。

第六章 音のない会話

──発されなかった声は、どこに残るのか。

 あれは、雨のない朝だった。灰白の空の下、町は乾いたように静まりかえっていた。音のない日というのは、まれにある。小鳥の囀りが遠く、車輪の軋みが鈍く、人の声すら紙のように薄い。けれど、それを不思議だと思ったのは、ぼくだけではなかった。

「今朝から、耳が変なんだよ」

 その言葉を最初にこぼしたのは、ツヅリだった。いつもと変わらずに湯を沸かし、ぼくの整備道具に油をさし、みほと一緒に干した布団を取り込む――そんな“いつもの朝”の中で、ツヅリはふいにそんなことを言った。

「耳が、変?」

「いや……正確には、音が、か?“届いてこない”って感じかな。たとえば、お湯の沸く音。今日は、それがほとんど聞こえないというか、響かないというか。なんと言い表したらいいんだ」

「気圧のせいじゃないかな。湿度も高いし、音は吸収されやすい」

「そういうことじゃないんだ。……音は、あった。なのに、感覚が空白だった」

 ツヅリは湯呑みを手に、いつになく落ち着きのない目をしていた。耳の後ろを指で弄っているらしい。

「いつもは……椅子を引いたり、引き出しを開けたり。ツヅリは、普段なら“音の反射”で、ぼくの距離を把握してるよね?それくらい正確だ」

「そう。だけど、今日はそれが“立ち上がってこない”。あまりにも不明瞭」

 不服そうなツヅリの言う“立ち上がってこない”という表現は、感覚的には理解できる。音は波であると同時に、情報だ。ぼくのような機構体であっても、それが視覚の代替として機能していることはある。

「聴こえないのではなく、反応できないんだ。反響しないし、記憶にも残らない。まるで、音そのものが空というか」

「──怪異、かもしれないね」

「可能性はある。しかも……ごく局所的だ」

 そのとき、台所のほうから、みほが声をあげた。

「ツヅリさん、この町内の“弦巻屋”さん、知ってますか?」

「……ああ、勿論。“絃師”と呼ばれてるひとだね、盲目の爺さんだ。で、それが?」

「さっき、そのお宅の前を通ったら……玄関先で、誰かがずっと、軒先に立っていて。女の人……。顔は見えなかったんですが、動いていないし、静かなのに、なぜか話しているように感じて……」

ツヅリは、ほう、と相槌をひとつ、煙草に火をつけて煙を燻らせた。

──

 弦巻屋は、町の外れにひっそりと構えていた。屋号のとおり、かつては琴や三味線の絃を商っていたそうだが、いまでは修理専門のようだった。木製の看板は陽に焼けて読みづらく、戸口には鈴が結わえてある。手入れはされているが、ひどく簡素な佇まいだった。

ぼくとツヅリとみほの三人は、昼過ぎにそろって訪れた。戸の前に立ったツヅリが、軽く戸を叩きそっと呼びかける。

「ごめんください。霊療の者ですが……」

 しかし、返答はない。いや、“返答がない”というより、そこに“音がなかった”。

 気配はある。だが、空気が封じられているようで、鳥の声も、町のざわめきも、ここではすっかり届いてこない。ぼくの内蔵振動器も、ほんの僅かにしか反応を返さなかった。

「開けてみるよ」

 ツヅリが戸を引いた瞬間、部屋の中に流れ込んだのは――沈黙だった。

 否、これは“無音”ではない。沈黙という名の、情報の欠落。あらゆる音がその場で吸い取られてしまうような、異様な気配。

 居間の中央には、年老いた男が膝を折って座っていた。盲目のその眼は確かに閉じられたまま、顔つきには妙な緊張感があった。彼の手元には、半ば修理の途中と思われる琴が置かれている。

 ……が、男はぴくりとも動かない。

「失礼します。弦巻屋の旦那さん……でしょうか?」

 かろうじて認識できたツヅリの声は、即座に空気に溶けるように消えた。ぼくの振動機もほとんど無反応だ。そして、老いた男は何の反応も示さない。みほが不安そうに口を開いて何かを喋ったが、もはやそれはぼくにとって、音としての構造を成していなかった。

機構の故障を疑い、自身の記憶筒を走査した。異常はない。だが、音の入力に関わる回路がこの部屋の内部だけで動作を停止していた。あたかも、ぼくという存在が「耳を持たない器」として存在しているかのように。

 ぼくはそっと、絃師の周囲を回り込む。彼の表情、姿勢、指先、衣の皺……どれもが、つい先ほどまで動いていたように生々しい。そして、気がつけばその傍らに“もうひとり”の気配があった。

 それは――“女”だった。薄絹のような存在。音を立てず、表情も動かさず、ただ男の背にそっと寄り添うように立っている。ぼくの“構造視”には、確かにそこに輪郭が感じられた。

──

 その部屋には、奇妙な沈黙があった。ぼくらが足を踏み入れても、床板はきしまず、外気も入ってこない。外にあったはずの風は、戸の鈴を鳴らさない。音がない。

ツヅリが何かを言った。みほが小さく頷いて返した。けれど、そのやりとりはぼくの聴覚記憶筒には保存されなかった。
 ──声が、記録されない。

 これは……構造的な沈黙だね、とツヅリに伝えようと口を開いたが、音が出ない。ぼく自身の発声機構も──沈黙の中に沈んでいた。

ぼくの様子に気がつき、声を出すような仕草をしたみほが慌てて紙と筆を差し出す。ちいさく苦笑しながら受け取ったツヅリはさっそく何かをふたつ、書きつけた。ぼくもそれに倣って受け取った。

《これなら認識できるか?》
《この二人、話している》

 ツヅリが紙を指先で立てて揺らした。

 そう。音は失われている。だが、言葉は──そこに、在るのだ。

 何かが残されていた。

ふと、部屋の片隅にある文机に目をやると、そこに並べられている紙片があった。

 《……たしかに、声は失った。だが音は、まだ聞こえている。》

もう一枚には、こうあった。

 《女が来ると、音が消える。彼女がいないと、音は残っている。》

ぼくは一枚ずつ、その紙片を丁寧に拾い上げ、配置を読み取った。並び順が、言葉の“意味”ではなく“配置”として構造を持っているのだ。

音はここには“書きつけられて”いた。

それは、声にならなかった言葉たち。
空気を振動させず、ただ記憶にだけ残された「文字としての音。

 “音を読む”とは、こういうことか。

──

その日、ツヅリは筆談でひとつ提案をした。

《ここで眠ろう》

 時が止まったように静止していた老絃師が、沈黙のまま頷いた。どうやら彼も、“夜にだけ消える音”**のことを語りたがっていたらしい。つまりこの部屋の沈黙は、日中でも持続していたが、夜間はより深く、記憶の奥底とつながるのだ。

 敷かれた蒲団に、ぼくはそっと身体を預ける。眠るというより、感覚筒を「緩める」かたちで。聴覚も視覚も、少しだけ曖昧にしていく。すると──

 音が、戻ってきた。

 ──いや、正確には「過去の音」が。

 それは断片的な記憶で、部屋に染みついた“気配”でもあった。ぼくの内部にある語彙記憶筒と構文照合回路が、場の構造と一致する音声記録を再生しはじめたのだ。

 「……琴の音が……鳴らなくなった」

 かすれた女の声。
 続いて、老絃師の静かな声が応える。

 「わしの耳が、聞こえぬのではない。……彼女が、音を連れていってしまったのだ」

 ──女。

 その名は、記録にはない。だが記憶の残り香の中で、彼女の足音と、乾いた息遣いが確かに残っていた。

彼女が来ると、音が消える。それは、この部屋の中だけでなく、彼の心の中の“音”も奪っていた。

 女は、何者なのか。

──何かを言いかけて、やめた者。
──何かを失って、まだここにいる者。

 そして、何かを言えずにいた。

 この部屋の沈黙は、発されなかった言葉たちの記憶でできていたのだ。だから、音がないのではない。音は、“そこにあるはずだった”ものとして、ここに沈殿していた。


──

 翌朝、ツヅリは再び筆談で言った。

 《彼女に会いに行く》

 はじめに女の姿を見たことがあるのは、みほだった。だがその記憶は曖昧で、まるで視線の端に引っかかった埃のようなものだったという。“気づけばそこにいる”、だが、目を合わせた瞬間に何もなかったかのように消える女。名も、住まいも、不明。
通行人たちにも、認識されたりされなかったり。それでいて、彼女の通った道にはかすかに“沈黙”が残るのだという。

 「まさか、視覚と聴覚が……入れ替わっている?」

みほの問いに、ツヅリは頷いた。
どうやら彼女は、**“見えてしまう音”と、“聞こえない声”**を持っていたらしい。
そしてその“構造のずれ”が、絃師の部屋に怪異として沈着していた。

ツヅリは、昼下がりの町へと出ていった。春の光が瓦屋根を照らし、街頭には蒸気自動車の音がわずかに響いている。
 
だが、その中に──たしかに、“静かすぎる通り”があった。

そこに、女はいた。
背を向けて立ち尽くす、白い着物の女。
風に揺れる髪、だが足音はない。ツヅリは声を出さず、ただ一歩、彼女の背中に近づいた。

すると。

ツヅリの聴覚に、光が刺しこんだ。

──いや、音ではない。
まるで、光を“聴く”ような体感だった。世界が逆転し、音が視覚に、視覚が触覚に、すべての知覚が“ひっくり返る”。

彼女の存在そのものが、構造を“誤配線”するのだ。

次の瞬間、女が振り返った。
だがそこには、顔がなかった。

──鏡のように、何も映さない仮面のような“空白”。

ツヅリの右手が、ゆっくりと懐から取り出される。霊具ではなく、小さな硝子製の語彙記憶筒。その内部で、言葉が揺れていた。

 「あなたの声を、返します」

──

 記憶筒が、微かに光を放っていた。

ツヅリの手の中で震えるそれは、女の存在が“音”として残した微細な構造を巻き取っていた。けれど、音ではない。ぼくには、それが“文字のようなもの”として浮かんで見えた。それは音声の残響ではなく、“話されなかった文”の記録だった。

 〈あなたに わたしは 気づいてほしかった〉
 〈でも わたし 声が でなかった〉
 〈あなたは いつも 糸と 音で いっぱいで〉
 〈わたしは 部屋の 外に いた〉

断片的で、感情のゆらぎに満ちた記述だった。それでも、ぼくには──いや、“構造体としてのぼく”には、理解できた。

女は絃師に、声をかけたかった。だが声を持たず、存在も定かではないまま、日々をすり抜けていった。音も、名も、記録されなかった。だからこそ、その部屋には“音の空白”が生じたのだ。

音が消えたのではなく、元から“発されなかった音”が沈着した。記憶の空洞が、時を超えて怪異になった。

「……ねえ」

みほが、語りかけるように呟いた。

 「名前、なんていうのかな……」

ぼくは、記憶筒の内部で揺れる文字列を見つめた。そこに、一語だけ、くっきりと記されていた。

 〈さわ〉

それが女の名か、口にしたかった言葉かは、わからなかった。けれど、今は──それだけで、十分だった。

ツヅリはゆっくりと記憶筒をぼくに渡した。

──

翌朝、ぼくらは、あの家を訪れた。戸を引くところころと鈴が鳴り響いた。絃師は、座敷に座り、黙って琴を拭いていた。

 「音が戻った。そして静かに、なったよ」

彼は、ぽつりと言った。

 「いや、違うな。……静けさが、音を戻してくれた、のかもしれない」

 ツヅリはなにかを懐から取り出す。それは小さな木箱。その中には、古びた紙片と絹の端布が収められていた。

「彼女が、《さわ》さんが残した“構造”だ」
ツヅリの声は、静かだった。

「記憶は、こうして物に滲むことがある。……これをあなたに、渡してほしかったらしい。よければ」

「そうか、そうか。さわ、と云うのか」

絃師はゆっくりと手を伸ばし、指先で布を撫でる。ぼくには、その布から、わずかに“声のしずく”が落ちるのが見えた。

 言葉ではない。
 旋律でもない。
 それは、気配のような音だった。

 「──ありがとう」

彼は、じっとその手を触れさせたまま、ぼくらに低い声でそう言った。琴の弦がほんの少しだけ、鳴った。

それはまるで、女の名を呼ぶような、
あるいは、もう存在しない会話の続きを求めるような──けれど、確かに“始まり”を感じさせる音だった。

ツヅリは無言のまま立ち上がり、「それじゃあ、これで」とだけ呟いて戸を開けた。ぼくとみほも続いて外に出て、静かに沈黙だった空間をあとにした。

背後で、やさしく琴の弦が鳴っていた。

第七章 空白ノ時ヲ喰ム者

 雨がやんだあとというのは、たいがい、町がすこし間違っているように思える。
 舗道に置き去られた籠がやけに歪んで見えたり、軒先の風鈴が鳴ってもいないのに音を思い出したり、誰もいない裏路地に人の気配がしたり──そんなふうな妙な静けさがどこかに紛れ込んでいるのだ。

 そんな日の午後、ぼくとツヅリ、それからみほの三人は、あいかわらずの簡素な茶卓を囲んでいた。

 雨樋を打ったしぶきの名残が、まだ庇の下に濃く、湿った空気のなかで彼女が差し出した湯のみは、手に取るとちょっとしたぬるさを帯びていた。

「その、ですね……子どもたちが、変なことを言うものでして……」
 声が小さく、手の指をやたらにいじるひとだった。焦げ茶の羽織に少し染みがあって、靴音を消すように立っていたその人──仮教場で用務を任されているという佐竹という男は、どう見ても大仰な話をしに来たようには見えなかった。

 けれども、彼が語った話の筋は、いくらかの不気味さを孕んでいた。曰く、校舎のなかで子どもが一人、半刻ばかり行方がわからなくなったという。しかも本人によれば廊下を歩いていたはずなのに、教室のなかで立ち尽くしていたというのだ。さらに鳴る筈のない鐘の音がしたと、何人もの子どもが証言したらしい。

「その鐘は……」
 佐竹氏はおずおずと言いよどむ。
「……使えないはずなんです。もう、何年も。綱が切ってあって」

「ふうん」
 ツヅリが素っ気なく相槌を打ち、黒漆の銭箱を横に寄せながら、すっと金額を確かめる。
 彼女の手付きにはどこか、演者に対するような静かな観察が混じっていた。

「どうか、このままでは本格的に校舎を使うことが危ぶまれます……お子さんに何かあってからでは、私どもは……」

「ええ、……引き受けましょう」
 目を伏せ言い淀む佐竹に被せるようにして彼女がそう言えば、それがもう決定だ。みほは穏やかに笑い、ぼくは茶をひとすすりして頷いた。

「代金は確かに頂戴致しました──夕刻前には伺います。誰もいない状態にしていただくことだけ、よろしくお願いします」

封筒を置いたツヅリが微かに微笑んでみせる。幾分安堵した表情の佐竹氏が何度も頭を下げ、礼を言い帰って行った。それを見送り、支度の段取りをしながら残った茶を飲み干そうとしていたときのことだ。

不意に、ぼくの手にあった湯のみが、「ぴしっ」と、ひとすじの音を立てて、細く、綻びを生んだ。白磁の縁にうっすらと入った亀裂は、まるで何かを知らせるかのように、形ばかりの曲線を描いていた。

「……劣化、かな」

ぼくは湯のみを傾けて、髪のように細い亀裂を覗いた。

「お怪我ないですか?」

みほがすぐに身を乗り出す。

「平気だよ。割れてない。ぼくの手はこの陶器より、よほど硬いんだ」

「ほおう、吉兆か凶兆か」

ツヅリはうっすらと息を吐いた。

「……今度、瀬戸物市でも見に行くか。ついでに団子でも。金も入ったしな。」

席を立ち指を折ってぶつぶつと呟くツヅリは、何やら金勘定をしているようだ。ぼくはいつも通り支度を整え道具を纏めて手に持つと、ふたりも用意を済ませたようだった。

 夕暮れどきに足を踏み入れるには、いささか場違いとも思える場所であった。旧くして、仮に新しき役割を負わされた建物というのは、得てしてどこか所在なげである。東京下町の一隅。人通りの途絶えた小路の突き当たりに、その教場はひっそりと建っていた。

門柱の傍らには、薄く煤けた表札がぶら下がっている。文字は新たに彫り直されていたが、材の老いは隠せぬもので、釘の周囲には蜘蛛の巣がうっすらとかかっていた。ツヅリは、胸元から取り出した手袋をはめながら、何気なく門柱に手をかけた。

「これはまた随分と──趣があるというか、なんというか。未だ基礎はしっかりしているんだろうがね」

 声は軽くとも、足取りは慎重だった。彼女の目は、もう校舎の屋根のあたりを見ている。そうして、同道していたみほが思わず声を漏らした。

「……あっ、あれが佐竹さんのおっしゃっていた鐘ですね」

 その言葉に促されて見上げると、確かに、切妻屋根のてっぺんに、ひとつの鐘楼があった。木造の小さな櫓の中に、黒ずんだ鐘が吊られている。風もないのに、かすかに揺れていたようにも見えた。

「ほう、あれが鳴った、と」

ツヅリが呟く。
みほは、屋根の端から視線を落とし、そっと首をかしげた。

「本当に紐が切られてますね」

ぼくは言葉を挟まなかった。ただ、ふたりの後ろをついて、足音を立てぬように構造を記憶していく。扉の鍵は既に開けてあった。依頼主氏が用意しておいてくれたのだろう。

ギイ、と油気の抜けた音を立てて、玄関の戸が開く。ほの暗い廊下に、夕陽の赤が差し込んだ。

 中は思ったよりも整然としている。板張りの床はきれいに拭かれ、教室の扉にはまだ新しい札が掲げられていた。「一の間」「二の間」といった具合に、かつての呼称をそのまま使っているらしい。

「……妙に、静かだな」

 ツヅリが呟いたとき、わたしはようやく異変に気づいた。この建物は、音の吸収率が異様に高い。ぼくたちの足音さえも、まるで布に包まれたかのように、反響を持たない。

その事実を口に出すか迷っているうちに、ふたりは既に廊下の奥へと歩を進めていた。ぼくは、再び視界を広げ、思考の枠を拡張する。

 ——この空間には、重なりがある。

 音、匂い、空気の密度。ぼくが記録したこの町の他の建物と、構造的に齟齬があるわけではない。しかし、なにかが、わずかに、ずれている。

 時間の“膜”が、極薄く存在しているような感覚だ。

 そう、たとえば……そこに存在しているはずの“過去”が、まだ死んでいないような——。


「ノーム、なにか……感じる?」

 みほが振り返り、わたしを覗きこむ。目線が合った瞬間、ほんの少し、警戒に似た緊張が走ったのは自覚している。いけない、機械であるぼくが不安を与えてはいけない。

「ううん、大丈夫。ただ、ちょっと、重たい感じがするだけ。気圧のせい、かもしれないね」

 微笑んでみせると、みほも安心したように笑い返した。ツヅリは何も言わず、教室の戸を一枚ずつ開けては閉じていた。

 どの部屋も同じだった。整頓された教室。古いが丁寧に使われてきた形跡がある。黒板には子どもの手によると思わしき落書きがいくつか残されていた。

 だが、それだけ。

 この手の怪異というものは、大抵、中心となる物や空間がある。だが今のところ、何も引っかからない。

 ふいにツヅリが口を開いた。

「子どもが消えた、と言っていたな。半刻だったか」

「うん。『動けなかった』って子もいたって、あの人が……」

「なあノーム。お前、記憶を読み返すとき、時間の感覚はどうなる?」

ぼくは立ち止まり、答えを探すように内側を検索する。記録は常に静的な保存である。だが、再生の際に、それは“現在”の枠に収められる。つまり——

「そのときのぼくにとっては、“今”になる。記憶は、過去に属さない。ただ、配置されるだけだ」

「なるほど。まるで白昼夢だ」

ツヅリは独り言のように応えた。

 ぼくのセンサーが、一瞬微細な震えを捉えた。空気の密度が、揺れた。

「——今、なにか」

 みほが素早く反応した。わたしは、壁に触れ、材質の温度変化を探る。

「……校舎が全体で、呼吸してるみたいな感触がある」

 ぼくが答えるとツヅリが続けた。

「呼吸……変だ。妙な感じはするんだが、どうも何時もの何か在る、感じがしない」

 ふと、足元に何かが転がった。折れかけた鉛筆だった。よく見ると教室の隅に、小さな文具がいくつか散らばっている。だが、それらには埃がうっすらと積もっていた。まるで——

 時が動いていない。あるいは、動かされていないような、そんな空気だ。

窓から伸びた茜色の光が、教室の床に長く影を落としていた。さっきまで小鳥のさえずりが聞こえていたのに、いつの間にか周囲は不自然なほど静かになっていた。

 ぼく達は、校舎の屋根裏へと続く階段を見つけていた。

「……あの鐘、見に行ってみるか」

 ツヅリが、淡々とそう言った。

 屋根裏部屋は、古びた梁と埃の匂いに満ちていた。照明はない。ランタンの灯りが、ぼんやりと空間を浮かび上がらせる。

 鐘は、そこにあった。大きな真鍮製のもの。だが、綱は切られ、金属の芯は錆び、使われていないことは明白だった。

「やっぱり……鳴らせない、ですね」

 みほが呟いた。その声が、妙に反響する。

「鳴らないんじゃなくて、“鳴らせないようにしてある”って感じがするな」

 ツヅリが壁に残る金具の跡を指さす。そこには以前、綱を引くための仕掛けがあったのだろう。だが、丁寧に取り除かれ、板で覆われていた。

「この鐘、もともとは何に使っていたんだろう……」

「警報とか、時報とか、そういう用途じゃないか。戦時中の名残があることは珍しくない」

 ツヅリの言葉に、わたしは反応した。

 視界の端が、揺れる。いや——記録の方だ。存在しないはずの記憶が、何かと接触して膨張し、重なり始める。

「……あれ?」

 揺らいだ。音も、光も。空気の重さが変わった。ぼくを構成する全てのものひとつひとつが、内部から悲鳴を上げる。

「ツヅリ、……おかしい。記憶が、視界が変に、……にげ、て」

 口が、うまく動かない。

「ノーム!?」

 みほの声が反響する直前だった。

「——ゴォォォォォン」

 誰も触れていない鐘が、鳴った。

 最初の一音は、屋根裏全体を震わせるような重低音だった。空気が圧縮され、骨の髄にも肚の底にも響くような鈍さを伴っていた。

「——ゴォォォン……ゴォォォン……」

 二度、三度。鐘の音が繰り返されるたび、空気がねじれる。ランタンの灯が明滅し、紙片が宙に舞い、時間が渦を巻く。

「ノーム!!」

 ツヅリの叫びが届くころには、ぼくはすでに、崩れ落ちていた。

 視界は狭まり、記憶が干渉を起こす。過去の情報が現在の回路に干渉し、処理不能のループを引き起こす。ノイズ、ノイズ、ノイズ——

(ぼくは——)

(いま、いつを、生きている?)

 思考が、止まった。


 目を閉じたままのノームの身体を横たえたのは、私の仕事場の一隅——診療所にしている和室の片隅だった。微動だにしない肢体と上下することのない胸元を見遣る。

 みほは小声で「お茶、入れますね」と言って台所に下がり、それきり足音を立てずに気配を消した。あの子なりの気遣いだろう。私は肩を落としてその傍らに座る。

 ノームの顔は、いつもの陶磁器の質感で、すっかり停止した人形のように見える。

「記憶を、狂わされたのか?ノーム」

 そう呟く自分の声が、思ったよりも落ち着いていた。

「お前は絡繰だ。思考機械だ。……ただ、記憶を軸にして生きている。何があった」

 語りかけるように言葉を続ける。語りかけているのか、自分自身に言い聞かせているのか、それは分からなかった。

「人間じゃあるまいし、倒れたりするんだな、お前も」

ふと、ノームの手に自分の手を重ねた。硬質の金属のような触り心地の指が、梅雨の気温と己の体温をうつし、ぬるくなる。

「……ノーム、帰っておいで」

瓦礫燈下の機械知識

瓦礫燈下の機械知識

明治×怪異 スチームパンクファンタジー

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • ミステリー
  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-06-19

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. プロローグ
  2. 第一章 かえらない硝子
  3. 第二章 笑う紙人形
  4. 第三章 根津の狐面
  5. 第四章 箪笥の祟り
  6. 第五章 春泥と小鳥の構文
  7. 第六章 音のない会話
  8. 第七章 空白ノ時ヲ喰ム者