進化
私は十五の誕生日まで、病気一つしたことのない娘でした。成績も優秀で、かわいらしい部類にはいる女の子です。しかし何人もの男の子から恋文をもらったり、誘われたりしたのですが、男の子には全く興味がわかなかったのです。その点だけが成長していませんでした。
親はともかく、容姿もいいし、学業も目立つほどできるし、私の将来を楽しみにしていたのです。
高校、大学は簡単には入れない学校になんなく進み、よい成績を収めてきました。その間も楽しく勉強をし、男の子も女の子も友達としてはたくさんいましたが、恋人と呼ばれ人は全くいませんでした。
健康診断でもからだの生きるための内臓に悪いところはなく、女性としての生殖機能もどこも悪くはありませんでした。
女の友達が、男の子たちに熱を上げるのを見て、どうして私は興味がわかないのだろうと思ったことはありますが、それよりもコンピューターにむかって熱を上げ、新しい発想のプログラムを組めたときほど嬉しいことはありませんでした。
そういうこともあり、大学の先生が大学に残って研究をするようにさかんにすすめてくれたのですが、基礎研究より新たなものを作り出す応用研究の方に興味があったので国際的な宇宙開発会社にはいったのです。
そこで宇宙開発にかかわるプログラミングをすすめ、その会社をますます発展させ、三十歳で執行役員にまでなりました。
もちろんたくさんのいろいろな国の男性が私にアプローチしてきましたが、全くそそられることがなく、会社人間になりきっていたのです。
現在、宇宙空間にはいくつもの国の宇宙ステーションが浮かんでいて、そこを起点にして太陽系内旅行がさかんにおこなわれています。
それだけではなく、地球人は火星に町を作っており、そこから太陽系外の探索船をとばす計画になっています。だが、まだ太陽系外の星にいくほどの高速宇宙挺が開発されていませんでした。今、地球がもっている技術では、光速ちかくで動かすのははるか先のことです。なにしろ光の早さは音の早さの百万倍なのです。
火星は地球から六千万から2億キロメーター以上離れていて、秒速30万キロの光速だと、20秒から60秒、すなわち1分ほどでつくのですが、音速は秒速340メーターで、16667時間、695日ですから片道2年ほどかかります。
それでも今の宇宙艇は開発が進み、音速の千倍、マッハ1000ほどですから、一日ほどでつくことができます。
20世紀にはじめてアポロで月に行ったときが三日かかったのでしたから、秒速11キロになります。ですから音の32倍、それから比べると、格段に早くなっているわけです。しかもとても大きな宇宙ステーションを地球の周りに浮かべることができるようになり、そこから宇宙艇を出発させることができるのは、太陽系内をいききするにはとても便利です。
23世紀の今、宇宙ステーションから地表に太いチューブがそれぞれの国の地上ステーションにつながっていて、人が宇宙ステーションで生きていくのに必要なものが供給されています。
月までも宇宙ステーションから大きなチューブが延びていて、その中を飛ぶ乗り物で月に簡単にいけるようになっています。
宇宙ステーションの建設や、宇宙艇の設計に、私の働いていた会社は大事な役割をになってきましたが、取締役として組織のマネージをする立場になってからは、宇宙言語学を学び、宇宙通信士の資格も取り、太陽系外とのコミュニケーションのエキスパートになっていました。
生命のいる星がいくつか確認されています。ただ遠すぎて、行くことはもちろん、通信もまだクリアーにはできません。グラフとして書き出される地球外生命の言葉を解読するのも私の仕事ですし、その言葉を覚え、地球のことを相手に向けて発信する大事な役割もあります。答えが返ってくるのに何ヶ月という星もあります。
それらの星の言語の解読プログラムを私が組みました。すべてとはいいませんが、かなり複雑な言語体系をもった宇宙人との会話も、すぐに解読してくれるすぐれものです。
私は世界から絶賛されました。
そのとき70歳、とうとう結婚をしないどころか、男性に指一本触らせることがありませんでした。どうしても男に魅力を感じなかったのです。それ自体は、常体質であることを自覚していました。おそらく脳の問題です。
私にはもう一つ異常体質と言われることがありました。顔にはしわが寄り70の顔をしているのですが、体はまだ子供のできる30代の機能を有していたのです。仕事にまい進している本人としては嬉しいことでした。
脳の権威に私の脳の質が他の人と違うと言われました。脳により体の臓器が若い状態に保たれているのです。顔の皮膚にしわがあり、年相応に見えたのですが、皮膚そのものの強さはまだ30代だと言われました。
80をすぎた頃でした。銀河系の比較的近いところから通信を傍受しました。
私が開発した宇宙語自動翻訳機が、一つの星、惑星のようですが、から発せられた、宇宙に向けてのメッセージであること示しました。はじめてのことです。
世界中の宇宙研究者はもちろん、国際宇宙機構がどよめいて、わたしのところに、地球から親善のメッセージを送るように依頼がきました。文案は国連総長の名前で草稿され、私はその事務官として働くことになりました。国際宇宙機構の中の国連総長室分室で私は働きました。
毎日、その星からのメーセージの解析をおこなっていましたが、それは全宇宙へのだされている同じ内容のものがほとんどです。
地球からのメッセージをだしました、メッセージがとどけば、地球宛のものがくると期待していました。
銀河系の研究者がその発信元の位置をつきとめました。地球から比較的近いところにある今まで知られていなかった恒星の第三惑星からのものでした。地球からみると公転の関係で、いつも恒星の裏側に位置している惑星でした、地球からの距離はおよそ5光年です。地球に一番近い恒星、プロキシマル・ケンタウリとほぼ同じ距離です。しかし、方向が違っています。今まで発見されていませんでした。
繰り返し出されているメッセージの中で、その惑星は「水球」と呼ばれています。地球と同じようにかなりの部分を水がしめる星のようです。水球人は陸地ではなく水の中に住んでいるようです。
電波は光の早さと同じです。もし水球からメーセージがだされると、地球が受け取るのは5年かかります。今受け取っているのは5年前に出されたものとなります。逆にこちらからだしたのは5年後でなければとどきません。私が85歳になってからです、その返事もその5年後ですから90になってからです。
ところが、細かな情報が1年後に送られてきました。これは驚くべきことでした。光の速度より早い通信方法はないはずです。半年でこちらからの発信したものが向こうに届いていたのです。
その理由が、返事を翻訳することでわかりました。水球人は最初のメッセージをだしたときに、たくさんの宇宙探索船をいろいろな方向に出発させていたのです。地球の方向に向かった水球人の宇宙船が、地球の2分の1光年先まできていたのです。
宇宙船が地球から私が送ったメッセージを受け取って返事をくれたわけです。
それには半年後に地球に着陸したいことがかかれており、水球や水球人の生活の画像と映像がふくまれていました。
地球の国際宇宙機構と国連本部は大歓声をあげ、私は歓迎の意と地球の情報、もちろん着陸する場所など、科学者がつくったものを電波にのせました。
とても科学の発達した星で、しかも平和思考の地球の隣人としてふさわしい星人たちでした。
ともかく81になった私が驚いたことがあります。
宇宙通信基地の壁一面のモニターにうつしだされた、水球からきた宇宙船の船長の顔でした。
鱗に覆われた顔をもっていました。ちょっとイグアナと鰐と人間を合わせたような顔なのです。
私は水球人の船長に心臓がどきどきしました。初めての経験です。これは何なのでしょう。寝ても覚めても鱗に覆われた水球人の船長の顔が目に浮かびます。思春期の解説書を読みました。これが恋のようです。たしかに胸のときめきを感じました。
宇宙通信基地から水球の宇宙艇には毎日のように、地球の細かな情報を送っていました。
そこで私は禁をおかしました。
私の翻訳機をつかって、相手の船長に恋のメッセージをおくったのです。もちろん私の写真も送りました。
しばらくすると私宛に通信文がきました。
私もあなたに恋をしました。あなたを水球につれて帰りたいとありました。
私は、私も行きた行きたいと返事を書きました。
半年後、水球人の宇宙艇は日本にある国際宇宙基地に着陸しました。
水球人の背丈は、地球の人間ほどです、水の入ったヘルメットをかぶって宇宙船からおりてくると、国連の人たちや各国の代表と挨拶を交わしました。私は翻訳機をもって船長について歩きました。
彼は尾鰭を立てて、ぴょんぴょんと飛び跳ねて歩きます。
大きな水槽がホテルの部屋に用意され、水星人が泊まれるようになっています。
私は船長の部屋にいきました。
ノックをすると船長の、はいっていらっしゃいという声が聞こえました。鈴の鳴るような素敵な声です。精悍でやさしさにあふれた鱗に囲まれた目で私を見ます。私はすでにことばを習得していました。
中に入ると、船長は水槽の中にいました。
あなたのしわしわの顔はすてきだと彼は言います。
私は、裸になって水の中に入り、彼とだきあいました。
水球人は一年地球に滞在し、もどる予定です。
私はすぐに身ごもりました。82になって子供を産むことになります。
私は地球人と水球人の子供を産むのです。
私のことを、宇宙に地球の遺伝子が残るように進化した人なんだ、と、水球人の彼は言いました。
私の体が、80すぎても40の若い肉体が維持されているのは異星人との出会いのために進化した地球人だということです。
このしわしわの顔が水球人にはとても魅力があるそうです。
私は宇宙の人に恋をするように定められて生まれた地球人なのです。
十月十日で私は子どもを産みました。
子どもは顔に鱗としわのある女の子でした。鰓足があり手は地球人のように五本指でした。人魚です。
わたしはこの子を抱いて水球人の宇宙船に乗り、水球に行きます。もっと子供を産んで、地球に里帰りしたいと思います。
彼の両親や兄弟に会いたい。
水球人の宇宙船の一室を空気の部屋に改装してくれました。
水球には少しは陸もあるそうです。
さーそろそろ、子供にお乳をあげる時間です。
80過ぎてもお乳は出ます。
そのために若さが保たれてきたのです。
尾ひれのある子供を抱えてお乳を吸わせるのはなんと気持ちのよいことでしょう。
人魚のむすめです。
幸せです。
進化
私家版幻視指小説「夢見虫、2027年、一粒書房」所収予定
絵:著者