恋した瞬間、世界が終わる 第12部 仮面舞踏会

恋した瞬間、世界が終わる 第12部 仮面舞踏会

第12部 仮面舞踏会 編

第89話「命題」

第89話「命題」

 建築については詳しくはない
 
 ただ、これはタワーマンションで

 バベルの塔をモチーフにしていることは分かる
 


鏡の前の私の手元には、仮面が置かれている。
それが何を意味するのかは察しがつく。
だから私は見せたくないものがあるのなら、聞きたくないこともあるだろうと思ったわけだ。
こっそりと、耳にイヤホンをつけることにした。

鏡の前の椅子に座り、音楽を聴くことにした。
ライアン・アダムスのGimme Something Goodという曲を何故だか思い出して、
携帯端末にダウンロードをしようとした。
電波は遮断されていた。
なるほど、と思い、仕方なく頭の中でその曲を思い起こしてみることにした。


控え室のドアがノックされ、案内人が着替えが済んだのかを確認しに来た。
イヤホンが耳についたままだった。
気づかないほどに小さいものだから、私はそのまま仕方なく会場へと向かう。



会場につき、挨拶を交わし、椅子に腰掛け、このフロア全体を見渡すことにした

仮面をつけ、着飾った人たちが、挨拶などを交わしている。
上流階級のやり取りなどには付き合ってられない。
私はすでにこの場に居ることを後悔しているのだ。

郊外の別荘地に案内されるのかと思っていた。
しかし、ここは都会の真ん中だ。
立地的には目立つ場所にある。
いや、おそらくこの周囲の建物はすべて関連しているのだろう。
だから大胆なことができるのだ。
ほら、この窓から見える周囲の建物も、確かに超高層であるが、この建物を取り囲むように建築されている。
始めに言葉ありき、というわけだ。

ここは何階になるのだろうか?


私たち人間はどうも高いところを目指すようだ。
そこにユートピアとなる天国を求めたことから始まったのだろうか。
それとも単純に、空に“何か”が在ったのか。

見下ろすことか

見上げることか

土に根を下ろす木々や、植物、アリの巣。
彼らが賢者であることだけは分かる。

私たちは何かを発見、発明、発展するたびに高みに昇ったつもりになるが、
そのさらに先の広がりがあることにも気づいてしまう。

私たち自体が、【空間】であることを都度に忘れてしまうからだ

そして、その【空間】の中に何かを置き忘れてしまう

世界政府が打ち出した施策は、一人一人の人類への投げかけになったのだ。
「マニュアル」の中の『あなたの人生の置き忘れ防止を保障します』。
気づく人は気づくのだろう。
その「マニュアル」の先にも広がりがある。
【生きている】ことの再定義が必要になることを。

GIたちは、一体どこまでの広がりにまで達しているのか?
先回りした考えの中で彼らがしようとしていることは、昇ってゆくだけなのか?
それとも、賢者のように……


そういえば、人工知能にディープランニングを施し、発展させる過程を任された彼もここに居るのだろうか?
しばらく会っていないように思う。
同じ開発メンバーとして、彼のような優秀な人材とはもっと話すことがあったように思う。
彼は本社に帰ってくるべきだった。
何故、彼は…。
しかしながら、あの“反発者”ら団体が独自に開発していたコンピュータが、どのようなものであったかを彼はまだ知らないのかもしれない。
私たちがそれにアクセスが出来るようになったことを知ったら、きっと驚くだろうに。

同じ開発者としての血が騒がないかい?


GIは、この社交界で何かを発表すると言っていた。
それは彼らのコンピュータにハッキングできたことか?
或いは、あのnew leavesとかいう連中のメッセージに対しての政府としての対策のことか?
財界の連中もこの場に来ているらしい。
まあ、何かをお披露目するには良い機会になるのは間違いない。

しかしながら、誰が誰なのかが分からない。
こうも、皆が仮面を被って、尚且つ、スーツやらドレスやらで粧めかし込んで、個性を消している。
アイズワイドシャットという映画があった。
あれは、歪んだ面の願望の住処があるということだった。
そんなことをこの社交界には思い起こさせる。
ミシェル・ウェルベックの主人公なら喜ぶような機会なのだろうけど。


これから何が始まるのか?

あのキャバクラ で働いていたあの女は来ているのか?

GIは一体、どのペルソナを被っているのか?

 

第90話「別々の運命を被るとき」

第90話「別々の運命を被るとき」


 そしてまた、別なメッセージが届いたーー



助手席のリリアナがノートパソコンに送られてくる彼らからのファイルを読み上げ、私がその内容の指示通りに運転をする。
私たちは、もう迷うことのないタンゴをする為に、そのメッセージに従い、現在地を彼らに正確に把握されたまま、目的地へのルートを計画的に誘導されることに仕方がなく委(ゆだ)ねることにした。

「ハポン……トイレ休憩の時間はあると思う?」

私とリリアナは先ほど飲み終えたコーヒーの利尿作用に恐れ慄いてしまっていた

「時間の指定はあるけど……時速何キロでとは書かれていないわ。こんな時だから、法定速度を超えても何も言われないの? どう思うハポン?」

「今の車には、法定速度を超えないように制御装置をつける義務があるんだよ。この旧い車にだって、後付けされているんだ」
 
「それって、GPSみたいなものなの?」

よくよく思えば、彼らが私のパソコンへのアクセスを可能にしたのは、車に取り付けられている装置の電波で、事前にもう現在地が特定されていたからなのかもしれない。
始めから私の行動は管理下にあったということか。
この心地よくない運転に気の詰まりを感じた私は、何処かへと向かう車内の窓を少し開けて、外側の景色に救いを求めた。


雨がまだ降っていたーー

外を歩く若い男性と擦れ違いざまに目が合った。
(この張り詰めた意識は、外へも影響しているのだろうか?)
信号待ちで停止すると、対向車のトヨタの大きい車を運転する女性とも何故だか目が合った。
(私たちは物珍しく見えるのか? どこが? リリアナか?)
バックミラー越しに見ると、後方の中年の男性ドライバーとも目が合った。
(やっぱり何か物珍しさを発しているのだろうか?)
信号が青になり車を発進させ加速、歩道の花壇や街路樹を横手に駆け抜けていくと、歩道寄り側の自転車レーンを軽やかに走るロードバイクが見えた。
距離が近くなって行くにつれて、私は何か不気味な考えに憑かれていることに気づいた。
(まさか、このロードバイクを漕いでいる人物とも目が合うのではないか?)
私は走行速度を、法定速度の限度まで上げることにした。
その不気味さを早く躱(かわ)し、見ることなく過ぎてしまいたかった。
花壇、街路樹、花壇、街路樹、加速に逆行してスローに横を過ぎるーー花壇ーー街路樹ーー花壇ーー街路樹ーー車輪ーーロードバイクーー自転車用ヘルメット…
こっちを見た


ーー通り過ぎても、サイドミラー越しに伝わる気配。
歩いている人、自転車を漕ぐ人、対向車を走るドライバー。
擦れ違いざまに会うすべての人たちが気づいたように凝視する。
その不気味な気配が私たちに被さっていくーー

雨が強まった


ーー音が私たちを呑み、目的地まで追走するーー



日没ーー時間は衰退して夕方になっていた。
都会であるはずが、辺りは暗く、郊外であるかのような雰囲気に。
予約されているホテルの一室に向かうことになっていた。
車が部屋近くまでそのまま入れるようだった。

「ハポン……ここはあれなところですか?」

「もしかするとそうかもしれない」

私たちは車を降り、顔が見えない仕切り越しに鍵を受け取った。
そして、用意された部屋へと向かった。

「ハ、ハポン…何か雰囲気があるところよね?」

リリアナはフィラデルフィア・フィリーズの帽子を深く被りなおし、やや暗がりの部屋のドアの近くに立ち尽くしたままで、ソワソワとしながら、どうして良いか分からない様子だった。
私はとりあえず、ドレスが入ったケースを置き、フィリーズの帽子をベッドの上に置いた。
ベッドの上に帽子を置くと、その音にビクッとリリアナは反応した。
私は、一言二言リリアナに何か言われることを覚悟したが、何もなかった。

「リリアナ」

と私が言った

「は、はい!!」

リリアナは緊張した声で返した

「パソコンを開いて、新しいメッセージがあるか確認しよう」

「そうね…そうよ……それがいいわ」

「たまには良いことを言うだろう?」

と、私が言ってみたが、冗談が通じる状態ではないようで、リリアナは顔を背けたまま、部屋のドア近くからテーブルまで恐る恐る忍び足で歩いていって、何か変なところを触ってしまわないように注意しながらそっと、パソコンをテーブルに置いた。その自分が置いた音でまたビクッと震えていた。椅子には腰掛けずに、そのままパソコンを開き、画面を見てから、私の方を見ずに新しいメッセージが来ていると言って、内容を震え声で読み上げていった。

「どうした?」

聞き取れない為に私が直接パソコンのメッセージを確認しに行った

「まだ! まだ早いの!!」

「何が?」

リリアナはパソコンを置いてその場を飛ぶように跳ねて、近くのベッドへ座った。ベッドに自分が座ったことに気づいたリリアナはまた飛ぶように跳ねて、
壁側に回転しながら飛んでいった。

私は置きざりにされたパソコンのメッセージを確認した

「リリアナ、10分以内に着替えるんだ」

「き、着替えですか!?」

壁に張り付いたままリリアナが声をあげた

「衣装はそっちのクローゼットに入ってるみたいだ。このケースの中のドレスのことは彼らも知らないのかもしれない。とりあえず、ケースの中のドレスを着るんだ。私の衣装はそこのクローゼットのものを着る」

「あとは、この引き出しに」

私は、テーブルに備え付けられた引き出しを開けた。
何かが目に映ったがそれは見ないことにした。

「この仮面を被らないといけないようだ」

私は仮面を出して、テーブルの上に置いた

「リリアナ、よく聞くんだ」



指示の内容は、私とリリアナはここで別れること

リリアナは別に案内されて舞踏会へと向かう

私は自分の車で先にここを出て舞踏会へと向かえ、と



「…何か音楽かけてよ」


私は、部屋の中の音響機器を探してみた。
TVの前のテーブルには、ゲーム機の本体が数台。
ゲームソフトがTV台の下にあるかと思ったら、何もない。
おそらく、ゲーム機の本体にダウンロードされているのだろうか。
装飾過多のLEDライトが落ち着かない気分にさせ、電気代が心配になる。
後ろを振り向くと、透けたガラスの先にバスルームが見えた。
慌てて視線を何処かへ戻そうとする中で、リリアナの姿が目に入る。
深く被ったフィリーズの帽子のつばでリリアナの顔は見えなくなっていた。
表情を見なかったことにほっ として、視線を部屋の片隅で休めることにした。
ケンウッドのCDプレーヤーが部屋の角に、置き型のライトのイルミネーションやらの乱立の中で音を発せずに待機していた。
プレーヤーの蓋を開けると、奇跡的にピアソラ のCDが入っていた。

再生すると、ピアソラ のAdios Noninoが流れ始めたーー


「これを」

私は、フィリーズのパーカーを脱いだ

「ハポンッ?!!?」

私はパーカーの下に着ていた服の胸ポケットから、リリアナが包んでくれたハンカチを取り出した

「君を守ってくれると思う」

私は自分の手のひらに乗せて、ハンカチを開き一輪の花を見せた

「…ばか。ドレスのどこにポケットがあると思うの?」

私はそういえばと思って考えてみた

「いい。肌着の下にでも入れておくわ」

リリアナは私の手にそっと触れて、体温を感じた瞬間ーー受け取った

部屋のイルミネーションのライトが、リリアナの不安と、何かを半々とにして陰影を引き立たせていた。
私はクローゼットの中の衣装を持って、バスルームに入り、カーテンを引いた。
カーテン越しにピアソラ のバンドネオンの音が届いた。

支度を済ませて、私は仮面とパソコンを手に取った


「大丈夫。タンゴを二人で踊るんだよ」


そう言って、表情を隠したまま部屋を後にしたーー

第91話「ワンダーウォール或いは、リヴ・フォーエヴァー」

第91話「ワンダーウォール或いは、リヴ・フォーエヴァー」


 ノートパソコンでの指示通りに案内されたのは、タワーマンションだった。
 入り口は厳重なゲートになっており、門番が配置されていた。


私は、門番のいる入り口で車を停止させると、映画のブレードランナーのような
土砂降りの雨が降る中で、ワイパーを頻(しき)りに振りながら、上下のレインウェアを着た門番に「こんばんは」と挨拶をしてみた。
門番はこの雨の中で煙たい表情を浮かべることもなく、機械化の度合いが高いであろうと思わせる『人間っぽい』応対で「お待ちしておりました」と、私の仮面と車のナンバーを見て、やや余分な傾きの動作と丁寧なジェスチャーで持って、先へ進むように促した。

入り口から先はアーチ状になっていて、そのアーチは先へ先へとトンネル状に奥行きが伸びていた。
土砂降りの雨が降っていることで、水がアーチ状につたって流れ落ち、まるで水族館のガラス張りのアーチ型の水槽の中にいるような感覚から、テーマパークに来たときの好奇心のような心の動きも感じたが、やはり彼らの土地へと来てしまった心の動揺が強くまさり、それを落ち着かせようと努めながら車を前進させていくことになった。


『テーマパーク』

テーマパーク(英語: theme park)は、日本では、特定のテーマ(特定の国の文化や、物語、映画、時代)をベースに全体が演出された観光施設を指す。娯楽やレジャー、知的好奇心を触発する各種趣向などを盛り込み、遊園地、動物園、水族館、博物館、ホテル、商業施設などを併設することもある。
(ウィキペディアより)


アーチ状のガラス張りの外側には、何かの剥製のようなものを覗かせていた

私は、ゆっくりとローギアで車を前進させた。一体、何の剥製であるのかが気になり、車を停止させないギリギリの速度で運転席側の窓から覗いた。
アーチ状のガラスをつたい流れる雨が、剥製の輪郭を変化させていった。それはまるで、キュビズムの絵画のように視覚の平面を歪め、輪郭それぞれに時の流れを思い起こさせていた。そして、その剥製自体を3次元的な物から4次元的な物へと移行させ、時の空間という変化が加えられたかと思うと、立体的な輪郭に分解され、多角的な解釈を持たせると、輪郭の中で時間軸が枝分かれし、5次元的な物へと移行させていく動きを見せた。
イデアとなるその原型が何であるのかを再定義させているようでもあり、個別の存在としての先天的な物の価値を歪めながらも、後天的な要素がまだらな時の空間の中で垣間見せているようでもあった。
ここは、そんなテーマパークか、庭と言ってよいのか、アートの展示場と言ってよいのか分からないが、何か目的を持った生態系を覗かせている。

ーー突然、暗がりを何かの動物が行き交うのが見えたーー私は、その物を追視しようとフロントガラスの上方を目で探った

大きな植物の蔓がアーチ状のガラスの面に覆いかぶさったーーそれで視界の一部が塞がれたかと思うと、蔓の枝が雨で跳ねるような曲線で動いたーーその跳躍の先に、この世にいないはずの生物が見えたーーそれは、ガーゴイルのようだったーーガラスをつたう雨が輪郭を歪めるために、それが動いているのか、石像であるのかが判別できなかった。



『ガーゴイル』

ガーゴイルとは、英語のガーゴイル(英: gargoyle)はフランス語のガルグイユ(仏: gargouille)に由来する。原義は「のど」(ラテン語: gurgulio)であり、その近縁語は、水が流れるときのゴボゴボというような音を表す語根(擬声語) gar から派生している。(中略)ガーゴイルは雨どいである。そして、芸術であるとともに、宗教的意味合いが強い。例えば古代エジプトでは寺院の平らな屋根の上にガーゴイルがあり、その吐き出す水で聖杯などを洗っていた。
怪物の姿をしたガーゴイルの多くは中世以降に登場するが、悪魔・怪物・架空の動物などグロテスクなものから、普通の人間や動物も使われ、その形態は幅広い。(中略)後付けで作られた伝説だが、フランス北部のルーアンの街の近くのセーヌ川河畔の洞窟にガーゴイルという名の竜が棲んでいた。竜は洪水を引き起こすほどの水を吐き出し、河に嵐や竜巻を起こし、牛や人間を沼地に引きずり込んで食べ、さらに口から出す炎で全て焼き尽した。そのため、ルーアンの住人達は竜をなだめるために毎年生きたままの人間を生贄に差し出していた。
6世紀に、ロマヌス司祭がルーアンにやって来て、街の住人が洗礼を受けて教会堂を建てる約束をすれば、ガーゴイルを追い払うと約束した。 ロマヌスは2人の重罪人を囮に、竜と対決して捕え、十字架で串刺しにし帯を首に巻きつけてつないで動きを封じると、ルーアンに連れて行き、薪で火あぶりにして燃やした。だが、頑強な頭と首だけは燃え残った。街の人たちは頭部を悪魔ばらいのお守りとしてルーアンの聖堂にさらした。それ以来、聖堂の雨樋にはガーゴイルを象り飾るようになった。ロマヌスは聖人に列せられた。
(ウィキペディアより)



 しかしながら、なんでそんなに泣いているのだろう?


車が前進していくにつれ、雨がつたう輪郭の物の一部から判別できたのは、石像が一定の感覚で並びつつ、よく手入れをされた庭であり、暗がりの中で最小限の照明でライトアップがされているのが分かった。
これが映像ではないのだとしたら、膨大な並行世界の時間軸の蓄積の因果が映っているようだった。
ただ、右側と左側とで時間の逆回しになっているかのようで、右側が進化の過程を進み、左側は退化の過程を進んでいるようにも見えた。

ーー気づくと、眼前に巨大なタワーマンションがそそり立っていた。

入り口近くに至ると、右側には機械人間の姿が映り、その先ーー何かが見えたそこで、大きな扉の入り口へと着いたーー



 ーーわたしは鏡の前で、ココの白いワンピースの上から彼らが用意した黒いドレスを着てみた自分の姿を恐る恐る確認したあと、椅子に座り震えていました



 ドアを開けてくるのが、青い眼の男なのか?

 それとも、見覚えるのある赤い眼の男なのか?



わたしの左眼に神経痛のような感覚が走ります。どちらにせよ、わたしの運命はもう、自分自身でどうにかできる段階ではないということ。誰かに左右されたまま、命の尽きる瞬間をどう決めるのか?ということです。
こんなとき、音楽があれば気を紛らせることができるのに……あの奇妙な入り口から別々に案内されていったあの娘たちは無事なのでしょうか…。

仕方なく、頭の中で思い起こせられる音楽を探ってみましたーー


ーーオアシスのワンダーウォールのイントロが脳内に流れました


その歌詞を思うと、この状況に絶妙に合わさってしまい……わたしは苦笑いを浮かべました。
音楽が今のわたしを軽くするわけではないようです。

苦笑いでは肩の力は抜けず、身体の震えも変わりません。ただ思うのは、最後の瞬間までは誰かを信じてみたいーーそのような思いでした。
例えば……運転手さん? ええと、違うわ……例えばそう、せんぱい。
せんぱい…せんぱいが助けてくれる。
そんな都合の良い考えで、せんぱいを求めてしまいます…。
でも例えば、せんぱいがこの場所に居たとしたら…わたしのこのドレスアップした姿を見たら、どう思うかな…?
喜んでくれる? キレイだとか言ってくれるかな?

ああ…でも、案内人から引き出しに入っている仮面を被っておくようにと言われていたんだ。仮面を被っていたら、わたしのこと、分からないよね…。

鏡に備え付けられた引き出しを開け、仮面を取り出して被ろうとしたときーー鏡の歪みに気づきました



 その鏡に映っていたものは、

 サッポー

 そう名乗ったのですーー




ーー社交界の壇上に、階段を降りてきて、仮面を被った背の高い男が上がった


何事にも丁寧なあの男らしく、行き届いた作法で開会の挨拶を始めた。
私は仕方なく、腰掛けていた椅子から立ち上がり、シャンパンを受け取った。

さて、これから彼がどんな内容で【私たち】のことを語るのか?
どのくらい踏み込んだ話題で、今の世界の状況を物語るのか?

私は、興味深く聞くことにしようーー


「ところで皆さまーー



壇上に上がった仮面を被った背の高い男の一言が会場の隅々にまで行き渡った


「最近、世の中で、奇妙なハッキングがありました」

大広間の会場の来客たちが皆、彼の方を向いて聞き入った

「そうです、new leavesという団体による犯罪です」

会場は“犯罪”という、マニュアルによって、もう聞かれなくなった話題に、ややザワザワとした動きが起こった

「彼ら犯罪者は、詩のようなメッセージを通し、私たちの社会に犯行声明となるものを送り続けています」

どうやら会場の反応は、その見解に一致しているようだ

「それがなんでも、恋した瞬間、世界が終わる。その猶予は、なんと3日間! 今夜はその2日目の夜です。
さて、この会場にお集まりの皆さんはそのようなことをまさか信じておられますか?」

会場から、クスクスと笑い声が聞こえた

「どうやら、私たちにはあと、1日しかないようです」

会場から、今度は非常にくだらないものへの笑い声が響いた

「彼らが指定した期日までの間、私たちはその間抜けな脅迫に耐えなければならないのでしょうか? それはまるで、地震予知の未来予測を聞かされて、ただただ備え、不必要なものまで買い込まされる洗脳のようなものです」

そうだ!!

声が、会場に上がった


 「ところで」


そう言って、仮面を被った背の高い男は
テーブルの上に分厚い本を並べた

外の空気はこの長続きの雨の所為か湿っていた
氷河期の気配
肌寒さをなんとなく感じた

「これは、なんですか?」

会場の誰かが、背の高い男に問いかけました

「この本は、元にあった一本の大木が散り散りに別れて
 彼の地、彼の時へと渡っていった物です」 

「彼というのは、人間ですか?」

感の良い誰かが、問いかけました

「それは、またの機会にお話しできればと思います」

仮面を被った背の高い男は、本題にはこれから入るという合図のように、開いた本をパタンと閉じて、会場内の来客らの時の秒針を体感遅く感じさせた


「私たちは、彼らの情報発信元であるコンピュータをハッキングすることに成功しました!」

会場からは、大きな歓声が上がった


「これでもう、彼らの脅迫に怯える必要はありません!」

よくやった! と、また会場から大きな声が上がった



そう、この発表をこの場で伝えたことで、目的は達成されたようなものだ。
そしてこれからどうする?
彼は、【今日】をどうするのか?
今日はおそらく発表だけではなく、何らかの実行をしなければならないはずだ。
それが、【今日】でなければならないはずだ…



 「今夜は安心して大いに楽しみましょう!
  それでは皆さま、お待たせいたしました
  これより、舞踏会を開始致します」

恋した瞬間、世界が終わる 第12部 仮面舞踏会

カーニバルの完成

恋した瞬間、世界が終わる 第12部 仮面舞踏会

メルクリウス マーク・ロスコ 高架下 シャッター街 ビジャ・エペクエン エンキドゥ 芭蕉 ゴジラ ビル・エヴァンス ディケー サッポー デルポイ 古代ギリシャ 紀元前6世紀頃 パピルス文書 オルフェウス メトロポリス ファミレス 鳳凰 安楽死 ココ・シャネル アリュール 地上の上 路上 ログアウト マニュアル ビートニク 恋した瞬間、世界が終わる

  • 小説
  • 短編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-05-21

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

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  1. 第89話「命題」
  2. 第90話「別々の運命を被るとき」
  3. 第91話「ワンダーウォール或いは、リヴ・フォーエヴァー」