還暦夫婦のバイクライフ43

ジニーバイクを代替えする

 ジニーは夫、リンは妻の、共に還暦を越えた夫婦である。
 3月のある日、リンは友人からLINEをもらった。友人の息子が乗っているGSX-S1000を買わないかという話だ。
「ジニーこんなお知らせが来てるけど」
「○○さんの息子のI君の?彼、バイク手放すのか」
「子供が生まれるんじゃない?なかなか乗る機会がないみたいよ。バイクは岩角さんとこに置いてあるって」
「そうか、ちょっと考える」
ジニーは悩んだ。彼の乗ってるGSX-S750は、8万キロ走行している。今までノントラブルで調子もよいのだが、この先どうかは分からない。換え時と言えば換え時だった。愛媛バイク商会においてある現車を見たり、店主の岩角さんと話をしたりしてさんざん悩んだが、結局GSX-S1000の購入は諦めた。しかし今度は、以前一度諦めたGSX-8Sが気になり始めて、降って湧いた話に後押しされるように代替えを決めることとなった。早速色を指定し、オプションのサイドバッグも合わせて岩角さんに発注した。
「3月受注分に間に合ったよ。4月中旬には入荷すると思う」
岩角さんはそう言っていたが、3月末にはバイクが入って来た。
「早!岩角さんまだお金、用意してないんだけど」
「うん。僕も仕入れ先にそう言ってるから大丈夫」
「じゃあ、4月第一週のどこかには入金します」
「よろしく~」
ジニーは入荷したバイクをじっくりと見る。新型2気筒エンジン、アルミ製スイングアーム、四角い液晶メーターパネル。巷では評判がいいバイクの2025年モデルが目の前にある。
「いつくらいに取りに来る?」
「そうですね。12日土曜日ではどうでしょう?」
「全然オッケーだよ。それまでに仕上げておくよ。住民票取ってきてね」
「了解です」
まだ入荷したばかりでエンジンも始動できないバイクを、ジニーはしばらく眺めていた。
 ”本日入金しました”
4月4日の昼、岩角さんにLINEを送ったジニーは、折り返しの返事に驚いた。
”バイク出来ました。いつでも取りに来てください”
「早い!3日間でETC手配、取り付け、登録、納車前点検全部やったのか!」
ジニーはその日の夕方、仕事帰りにバイク屋さんに寄る。
「早いですね」
「いつ来るか分からんかったサイドバッグも来たよ」
「えっ!あの納期未定のバッグが?」
「そう」
ジニーは早速エンジンを始動する。2気筒独特のアイドル音だ。少し吹かす。
「思ったより静かですね」
「点検で少し走ったけど、振動も無いよ」
「へえー。あ、もう帰らないと。じゃあ、明日取りに来ます」
「S750乗ってきてね」
「了解です」
ジニーはリンとの待ち合わせに遅れないよう、大急ぎで家に帰った。
 翌日夕方、ジニーはGSX-S750に乗って愛媛バイク商会にやって来た。駐輪場にバイクを止め、
「じゃあな」
と一言つぶやき店内に入る。
「岩角さん、取りに来ました」
「いらっしゃい。用意できとるよ」
ジニーは岩角さんからキーと書類一式をもらう。
「S750の車検証は、シートの下に入ってます。これは予備キーと取説です」
ジニーは鞄から取り出し、テーブルの上に置いた。それからS750に取り付けてあるパーツを数点外し、8Sに移設する。その後岩角さんから取り扱い方をレクチャーされて、バイクにまたがる。
「タイヤ皮むき出来てないから。ガソリンもほぼ空だから」
「わかりました」
ジニーはヘルメットのシールドを下ろして、バイク屋さんを出発した。
 家までゆっくりと走りながら、操作を覚える。S750とは全く違った感覚だ。低回転からぐいぐい加速する。4速5速を使いながら6速に入れるが、そこからでも加速する。4気筒エンジンとは使う回転域が全然違う。
「6速でも加速するのか。普通に走るには4千から5千回転で充分間に合うな。ポジションもオフ車に乗ってるみたいだ。足が楽だな」
いろいろと確認しながら走っていると、あっという間に自宅に到着した。
「全然確認できんな。明日じっくりと走ってみよう」
ジニーはバイクを車庫に片付けた。
 翌4月6日は、朝からいい天気だ。気温も高くなく低くなく、おまけに桜が満開で景色も良い。
「ジニー久しぶりにD屋に行かない?」
「リンさん、まさしくそれ!時間になったら電話してみるよ」
ジニーは時計を見る。10時30分になったら電話するが、今はまだ9時前だ。今のうちに朝ごはんを済ませ、掃除洗濯を済ませる。出発の準備をしていたら10時30分になったので、ジニーは電話をかけた。時々臨時休業や、予約がいっぱいの時とかがあるが、今日は13時30分に予約が取れた。
「リンさん、オッケーですよ」
「久しぶりねえ。前回行ったのいつだっけ?」
「え~と、去年の10月だったかな?」
「半年振りかあ」
「今年は遅くまで雪降って、山越えできんかったからね」
二人は外に出て車庫からバイクを引っ張りだす。ジニーは振り分けバッグを装着して、バイクのスイッチ類を操作する。
「あら?トリップメーターのリセットってどうするんだっけ。岩角さんに教わって、取説も確認したのに覚えてないや」
「え~大丈夫なん?」
「バイク?大丈夫だよ」
「誰がバイクなんよ!ジニーの頭が大丈夫かって話!」
「あ~、・・・どうだろう」
「全く」
リンがあきれたように笑う。
 準備も完了して二人は家を出発する。いつものスタンドで、ガソリンを給油する。それからいつもの道程で南下し、R33に出てさらに南に下る。砥部町を抜けて三坂峠へと上る。途中から旧道に入り、タイヤの皮むきをしながらのんびりと巡行する。
「ジニーヘアピンの所で停まれる?」
「停まれるよ」
ジニーはヘアピンの手前でバイクを止める。
「リンさん、斜めだから気を付けてね」
「うん。大丈夫。ここはスタンド立つかな?」
そう言いながら少しでも平らな所を探して、リンはバイクを止めた。
 ここは桜が10本以上植えられていて、まだ木は若いが一斉に満開となり、見事な景色だ。二人は何枚も写真を撮り、自撮りもして楽しむ。
「さて、ジニーそろそろ行こう。おなか空いてきた。何時になった?」
「12時だな」
「間に合う?」
「全然平気」
二人はバイクにまたがり、旧道を駆け上がる。峠を越えてバイパスと合流し、久万高原町の街並みを走り抜ける。気候が良いのでたくさんのバイクとすれ違う。
「いぇ~い」
すれ違うたびに手で合図する。何度も合図しながら先に進む。やがて見えてきたR440へと乗り換え、檮原町目指してさらに走る。
「リンさん、ちょっと休憩」
ジニーは道中にある草餅やさんへ立ち寄る。
「ジニー、チラシ寿司あったら買おう」
「うん。ここのはおいしいからねえ」
ジニーとリンは、ばあちゃんたちがやっている売店を覗いて、草餅5個入1パックと、チラシ寿司2パックを買った。それから自販機で水を買う。
「なんだかやたらのどが渇く。何でだ?・・・ああ、そういえば花粉症の薬飲んだな。それか!」
「どしたんジニー」
「薬のせいで、のどや鼻の中までカラカラに乾いてる」
「花粉?まだ飛んでるんだ」
「飛んでるよ。リンさんは平気なんだ」
「花粉症ではないからね」
「うらやましい」
「新しいバイクはどう?」
「いいと思う。まだ全然回して無いけど」
「そう、良かったね。さて、行きましょう」
二人はバイクに戻り、草餅やを出発した。前を走る車の後ろに付いて、狭い区間を抜ける。道が広くなってから前を走る車をパスする。そのまま地芳トンネルに突入して高知県へ入る。そのままどんどん下り、檮原の街並みに到達する。マルシェユスハラの横を抜けて川の対岸に渡り、裏道を通って県道26号線に乗る。そこから谷を奥に詰めてゆき、途中で県道2号線に乗り換え、さらに県道304号線へと右折する。そのまま谷を奥まで走ると、D屋がある。店の前を通り過ぎ、その先にある駐車場にバイクを止める。
「着いた。今日は先客がいないな」
「おなか空いた」
ヘルメットを脱いでホルダに固定してから、しばらく景色を見る。駐車場から見上げる源氏ヶ駄馬は未だ冬枯れしたままで、新緑に覆われるにはもう少しかかりそうだ。
 予約した13時30分少し前に、入店する。おばちゃんとシェフのWさんが迎えてくれる。
「予約していましたジニーです」
「ジニーさん、お待ちしていました。どうぞお席に」
おばちゃんに案内されて4人席に座る。
「今年は雪が大変じゃなかったですか?」
「そうなんですよ~お店の前も雪が積んで、2月とかは本当に誰も来なくてね~」
「3月も降りましたもんね。僕たちもやっと山向いて動けるようになりました」
ジニーとおばちゃんが、しばらく談話する。それから注文を受けて、おばちゃんが厨房に引っ込んだ。
 料理が来るまでの間、ジニーとリンは高知の情報誌をパラパラとめくる。ここはソフトバンクが圏外なので、スマホが役に立たない。せいぜい写真を撮るくらいだ。お店はPAYPAYに対応しているのに、肝心のソフトバンクがこのありさまだ。頑張ってもらいたい。
 しばらく待って、ジニーの注文したイノシシのハンバーグステーキコースがやって来た。リンのキジ肉のスパゲティコースも運ばれてくる。前菜のサラダから食べ始める。
「ここの野菜は本当においしいね。何でだ?」
「自家製有機栽培じゃない?」
「なるほど。このドレッシングもおいしい」
ジニーは皿一杯の野菜を、パクパクっと平らげる。その後順番にやって来るスープやメインも平らげ、シェフ手作りのデザートを堪能し、暖かいコーヒーを飲み干す。
「ごちそう様でした」
すべての料理をきれいさっぱり胃に収めて大満足のジニーとリンは、パンを数点とシュークリームを6個取り、会計を済ませる。
「ありがとうございました」
「また来ます」
二人はシェフに見送られて店を出た。
 バイクに戻り、買ったパンをバッグに収める。
「ん?意外と口が狭いな。入るか?」
ジニーはパンをつぶさないように気を付ける。
「ジニー帰りはどうする?城川廻りで帰る?」
「いや、今日は来た道戻ろう」
「わかった」
準備を済ませ、駐車場から走り出る。谷沿いの来た道を戻り、檮原の街並みに戻る。
「リンさん、今日はほとんど人がいないや。いつもは何組かの観光客と思しき人が歩いてるのに」
「観光にはまだ少し早いかもね」
閑散とした街並みを抜け、地芳トンネルまで登り道を駆けあがる。トンネルの途中で愛媛県側に戻る。そこからどんどん下ってゆく道を、車をかわしながら走り、ループ橋を渡り切った所でR33に乗り換える。途中にある道の駅みかわに立ち寄り、美川茶を購入する。しばらくベンチに座って休んでから、バイクに乗ってR33を松山方面に走る。
「ジニー、三坂の旧道の途中に古い桜の木があって、それが満開になってるのを来るときに見たのよね。帰りに寄ってもかまんかな?」
「いいよ。場所が分からんから前走ってね」
じにーとリンは前後を入れ替えた。久万高原町の街並みを通過して、三坂の旧道に入る。峠を越えて、来る時に止まったヘアピンを通過し、どんどん降りてゆく。もうすぐバイパスと合流しそうな所の路側が広くなっている所で、リンはバイクを止めた。
「ここだ。もう少し前に詰めてと」
先客が居たので、邪魔にならない所にバイクを止める。
「どう?」
「見事だ」
枝をいっぱいに張った桜の古木が2~3本あり、どれも白く見えるほど満開だった。しばらく立ち尽くして鑑賞する。
「さ、帰ろう」
二人はバイクにまたがり、出発した。
 三坂を駆け降り、砥部の街を抜けて重信川を渡る。市内を通過して16時過ぎに自宅に到着した。
「お疲れ」
「お疲れ様でした」
バイクを車庫に片付けて、ジニーはバッグを外す。その流れでタイヤの状況を確認する。タイヤはあたりがきれいについて、いい感じになっていた。
「200キロほどしか走っていないけど、これはなかなかいいバイクだ」
ジニーは満足そうにつぶやいた。

還暦夫婦のバイクライフ43

還暦夫婦のバイクライフ43

  • 随筆・エッセイ
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-05-04

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