悉曇 ファーストガンダム余話

悉曇 ファーストガンダム余話

2025年~作品

1 怯懦

 宇宙世紀0079年。
 コロニーの独立を巡る地球連邦軍とジオン公国の戦いは膠着状態に陥っていた。
 その社会の片隅の電子掲示板に、匿名でちょっとした投稿記事があった。その頃先のジオン公国成立の際に、国名として掲げられた亡きジオン・ズム・ダイクンの提唱したニュータイプという新人類の考察について、簡単な意見が交わされたのである。それはその頃世論でよく言われていたことの風評であった。
 投稿者Aはニュータイプとは精神分裂病の一種であり、人はそのような知覚を自由に使えるはずがない、世迷言であると切り捨てた。またダイクンの唱えたニュータイプとはジオン公国のプロパガンダであり、そのようなお題目で宇宙移民であるコロニー側は地球から権益を奪おうとしているとした。
 それに対し投稿者Bはニュータイプはもっと汎用的な意味で捉えなければならないと言い、ダイクンは理想主義者であったのであり、今は病識としてしか認識されていないことでも、可能性として人が言葉の壁を越えて遠隔でも自由に意思疎通できたならば、人の世の革新となりうるであろうとした。
 しかし両者が譲らない論争を繰り広げる中で、投稿者Cは別のことを言い出した。ニュータイプとは軍用に開発された人種であり、テレパシーが使えるらしいというのも、兵器として発展したものであると。事実そのような強化人間を軍部は生み出しており、いわばニュータイプとは恐竜の脳である小脳の発達したようなものであると。そしてそれらの幻想に人類は振り回されるであろうと。ダイクンはそれを見抜けなかった愚かな男であると。
 この投稿者Cの投稿後、電子匿名掲示板は沈黙した。

 シャアがキャスバル・レム・ダイクンの名を捨ててから数年が過ぎようとしていた。父の唱えたニュータイプ論は巷で軽々しくもてはやされ。自分はその父の名だけ冠した国で働いている。自分の周りの空気は。亡き父のおかげで浮わついていると彼は思う。しかし人には慇懃無礼にふるまうようにしていた。今から久しぶりに会うガルマ・ザビという男にもそのようにふるまう必要があった。
 彼はザビ家の末弟であり、地球の北米ベースを父であるデギン公王からまかされている。自分と同じスペースノイドだが、もうすでに地球上に一個の領土を持っている。それに引き換え自分はガルマの兄であるドズル中将旗下の少佐にすぎない。士官学校では成績は常に自分の方が上だったが、現実はそのようなものである。それは認めねばならない事実であった。
 ガルマ大佐がガウ空爆から降りてくると、シャアは敬礼して出迎えた。
「木馬には手こずっているようだな。君らしくもない。ドズル兄さんから話は聞いている」
 と、ガルマは言った。シャアは答えた。
「木馬には新型のモビルスーツが配備されている。そのパイロットもなかなかにやるのだ」
「新型と言ってもたかが一機じゃないか。あとは鈍重な旧型のモビルアーマーぐらいだろう」
「しかしその新型には対戦艦用のビーム砲が装備されている。機動性もなかなかいいのだ。だが君専用のザクがあれば十分だと思う」
「君にはできなかったのにか?私は君に戦果を譲られたのかな」
「君の力を借りなければならないことは、重々承知しているつもりだ」
「士官学校時代と変わらず接してくれてうれしいよ、シャア。そうでなければな。しかしこれでドズル兄さんもキシリア姉さんに対してひけを取らずにすみそうだ。私と君が力を合わせば、そんな新型は撃退できるだろう。これからも力を貸してくれよ」
「ああ」
 ガルマがこう言うのも、彼がドズル配下の大佐であるからである。
 ザビ家の兄弟は表面上は父デギンを家長としての一群であったが、その内実は高齢なデギンの跡目争いをしているのであった。デギンは末弟のガルマを年若い故に溺愛していたが、それはあくまで家族としてである。実質的な実力を認めているわけではなかった。そして長兄であるギレンが政治的権力を握っており、その次席を争っているのが長女のキシリアと次男のドズルであった。
 そしてここが一番の重要なのだが、シャアの父親であるジオン・ズム・ダイクンはザビ家のデギンにより心臓発作の薬を盛られて毒殺されていた。それは公けにはされず、デギンはジオンの作った宇宙移民コロニーのサイド3独立宣言運動を継承し、ジオンの名を冠したジオン公国を打ち立てた。幼いシャアは父の葬儀には参列したが、その後母アストライアを残し妹のセイラとともに、サイド3を脱出した。そのまま居続けることはザビ家の手前遺児であり危険であった。軍人バーの元歌手であった母は父ジオンの愛人で病弱であり、シャアらの脱出行には同行できなかった。
 父ジオンには年老いた正妻がいたが、仲は冷え切っていたようである。それは最初に彼らを養父母であるマス家の老人らに紹介した、ハモン・ラルからシャアは聴かされていた。ハモンは母アストライアの勤めていたバーの若い歌い手であり、母と似た面影の女性だった。彼女はたまにシャアらがマス家で隠遁生活をしていたテキサスコロニーを訪ねてくることもあった。その時は連れ合いのランバ・ラルがいたりいなかったりだった。幼いセイラは壮年のランバ・ラルにはなついたようである。亡き父の面影を見たのであろう。
 そのハモンの話では、正妻ローゼルシアは父ジオンが市井の活動家であった頃から金銭的な援助をし、独立運動の指導的立場にあった女性であったが、あまりにも政治熱がすぎるので父ジオンはけむたがったらしい。それでバーに通い母アストライアと親しくなった。しかしそのような隙があったので、デギンに毒殺されたと思うのがシャアのこの頃の父への評である。ローゼルシア様は醜女でしたから、とハモンに言われても、シャアのその評価は変わらなかった。このようにシャアの亡くした父母への思いは複雑であった。
 シャアが仮の故郷であるテキサスコロニーを捨てたのは、やはり立身出世欲があったことと、サイド3にいたままの母の非業の死が原因である。母はローゼルシアには頭があがらず、彼女の言うままに塔での幽閉生活を送っていた。ローゼルシアは父ジオンの忘れ形見を見守るということで、ザビ家に温情を取り付けていた。つまり監視することで利益を得ていた。ローゼルシアはアストライアの死後、不慮の死を遂げたが死因は不明である。その頃シャアはすでにジオン公国に潜入し、ガルマも在籍していた士官学校にもぐりこんでいたから、あるいはという話であるだろう。しかしその話はこの話の本筋ではないので割愛する。
 前述の年上の女性ハモンとの間にも、なにがしかの交渉があったのではと推測するが、それは不明であるという事にしておこう。しかしシャアはガルマを見ている時に、こいつはまだ童貞だろうと考えている節があった。彼が妹セイラを残して出奔した理由に、遠方にいたハモンの存在もあげられるのかもしれない。
 シャアとガルマは士官学校時代では同じクラスで成績を競い合っていた。しかし首席はシャアであったし、学内の軍事紛争の際には彼は目覚ましい働きをした。というか、彼がシャアという名前を名乗りだした経緯も、テキサスコロニーで知り合ったシャア・アズナブルという青年の、士官学校への入学通知を奪った形で名乗りだしたのだ。この青年はシャアの仕掛けた小型爆弾で、乗客たちごと輸送船で爆殺された。非情であると言わざるを得ない。このように氷の冷徹さと濃い情愛が入り混じった人物がシャアであった。
 ガルマはガウ空爆三機でキャルフォルニアベースにやって来た。木馬の進路を絶つつもりで、ドズルの肝入りでよこされたのだ。むろんドズルがそうしたのは、木馬に対するシャアの不手際をなじるつもりなのであり、末弟の士官学校時代のシャアへの立場をあげてやろうというつもりであった。ドズルは士官学校の校長も兼任していたのである。
 コンピューターのはじき出した木馬の進む予測コースを見て、すぐにガルマは作戦を打ち立てた。艦の後方に編隊を組みザクで出撃すると言う。敵をあなどっているのではないか、とシャアは言ったがガルマは聴かなかった。
「君はガウ上で援護してくれ。もしもの時は出撃で頼む」
 シャアは了解したと言った。木馬の進路はキャリフォルニアから大陸を横断し、ニューヤーク市に至る道筋であった。
 そのニューヤーク市には今ガルマがつきあっているイセリナ・エッシェンバッハという女性がいる。市長の娘であり、お嬢さんである。彼らは既知の間柄である。ガルマとイセリナはジオン公国で開かれた政治家パーティで知り合い、それで付き合いだしたのだ。その何度目かの席上には、シャアも元学年首席ということで招かれていた。シャアにとっては苦々しい思い出である。
 その席上で、ガルマはテーブルでカードゲームを余興で始めた。イセリナは青い繻子(しゅす)のドレスを着て、にこやかにその前に座っていた。ガルマは全部の札を並べて、イセリナに手を広げて言った。
「これ、あてられるかな。君に」
「ええ。御覧になっていてくださいね」
 イセリナは笑顔で答えた。その首筋にはシャンデリヤの光で、ダイヤのイヤリングがきらめいていた。
 シャアはグラスを片手に見物していた。いかにも以前にもしたゲームを再現していると思った。彼らは示し合わせて、大勢の客の前で何かを披露するつもりなのだ。それはつまり、サイコカードだろうと思った。しかしあてられるものかと思った。それも手のうちで、失敗して笑いを取るつもりなのだろうと。
 ところがイセリナは全部の札を言い当てたのだ。シャアのグラスを持つ手が固く白くなった。こんな女がニユータイプなものかと思った。しかしガルマは得意げに言い放ったのだ。
「君こそ、来るべき世界のニュータイプだよ」、と。
 観客たちからまばらに拍手が沸き起こり、最後には全員が拍手していた。いや、背を向けたシャアだけは例外だった。彼はグラスを持ったままバルコニーに出た。夜風が頬に当たり冷たかった。
 不意に後ろに気配を感じたら、イセリナがそこに立っていた。彼女は言った。
「何かお気に障られましたか。ガルマ様の友人と伺っております」
「いえ、素晴らしいお手並みです。脱帽しました」
「幼少の頃からよくした遊びです。ガルマ様の前でしたら受けてしまって」
 そこでガルマがやって来て、イセリナの肩を軽く抱いてこう言った。
「僕たち婚約しようかと思っているんだ。彼女の父親にはまだ内緒だけどね」
シャアは答えた。
「そういう話は気安くするものじゃない。軽々しくないか」
「でも僕は、彼女がニュータイプだったらなって、そう思ってるんだ。ほら、ジオン・ズム・ダイクンの提唱した人の世の革新になるんじゃないかって。僕らが結婚すれば」
シャアは一言言った。
「君たちの未来を祝福する」
 それだけ棒のように言うと、彼は風のようにバルコニーをあとにした。
 イセリナの声が背後で聞こえた。
「あの方、どうして怒ったの?」
「ああいう男なんだよ。悪気はない」
「そうなの?なんだかマスクをしているし、優しくないわね……」
 帰宅した部屋でマスクを邪険にはずしベッドに投げると、シャアは吐き捨てた。
「ガルマらしいよ、お坊ちゃん」
 彼はパソコンに向き直り、メールを開いた。さる極秘研究機関からの通知であった。ドクターフラナガンからのメールであったが、今パーティ会場で見かけたことを彼は返事には書かなかった。フラナガンからのメールには、少佐にもテストの結果、可能性はあります、と書かれていた。踏んだり蹴ったりだな、と彼は思った。以前のメールで彼はモビルスーツのパイロットを続けることで、ニュータイプ能力率はあがるかとドクターに尋ねたことがあった。ドクターの答えは不確実性の問題としか言えないというものであった。
 だが偶然始まったフラナガン機関とのつきあいは、シャアにとっては父の遺産の検証作業に今のところは過ぎない。何よりもパイロットとしての技能は優れていることは折り紙つきだったのだ。自分がニュータイプとしての素養が少ないかもしれないということは、今対処しているべき問題ではない。ただ次の世を考えた場合気がかりな事例ではある。その足元をすくわれるかもしれないという予感も、今の彼にとってはニュータイプとしての第六感の齟齬にしか思えないものであった。
 彼がこう考えるのも、ドクターフラナガンからまだサイコミュについての具体的な開発について聞かされていないせいもあった。フラナガンは食えない男であり、少佐にすぎないシャアには一サンプルとしてしか研究を開陳しない向きがあった。キシリアの息のかかった研究機関だからな、とシャアは思った。しかし今ドズルから転身するのはやぶさかではない。それはあまりにも危険すぎることだ。ドズルは鈍重な上司であったが、軍内部の力関係には敏感であった。意外にもそういう事には頭が回るのだ。
 そのドズル配下でこのガルマと軍功争いをするというのは、シャアにとっては不本意なことだった。自分は回り道をしている。おそらくそうだ。つまり素養が少ないと言われたニュータイプ能力について、自分は攻めるべきなのだ。父の影がちらつくそれを、自分は退けるべきではない。それはシャアの勘であった。父に怯える自分を笑うべきだ。怯えているといえば、こいつもそうだな、とガルマを見ていてシャアは思う。歳の離れた大きすぎる兄弟たちに、この男は怯えているのだ。
 このようにシャアにとってのニュータイプ能力とは、メビウスの輪のように堂々巡りをする論であった。その行きつ戻りつする推論の上で、彼は行動している。それというのも確たる能力の証が彼には見られないからで、それに比べてモビルスーツでの戦闘においては、計測機が簡単に彼のスピードが三倍であることを証明してくれる。その漠然とした巨大な雲の渦のようなものを、ニュータイプというものにシャアはいつも感じるのだった。このガス星雲のようなものかもしれないな、と彼はパソコン上の天体写真を見て思う。人の意識の、巨大な渦だ。
 ガルマがモニター画面から合図した。すでにパイロットスーツ姿で、専用ザクから出撃するところだった。木馬は前方に推進中だ。追撃すれば難なく落とせそうだが、しかし。と、シャアは思う。あの白いモビルスーツはまた曲芸のような戦闘を披露するだろう。やつの速度はそれほど速くない。しかし敏速に行動する。反射能力にすぐれているのだ。おそらく全天察知能力がある。戦闘機のパイロットは上下左右の全空間に察知能力が高いのが理想であるが、そういう三次元空間を素早く正確に察知できる人間は限られている。
 だからサイコカードなのだな、とシャアは思う。私がそれに劣っているだと。その事実は鼻先に突き付けられた不快な物体であった。その片割れのガルマが今出撃した。あれにできるものか、と思いつつシャアはモニターへの指示を艦橋の兵らに出した。今のところは、自分は冷静だよと思った。
 ガルマの専用ザクがトップを切り、ザクの編隊が木馬の後方に取り付いた。むろん前方から仕掛けることは、この場合危険である。木馬の高射砲や長距離ビーム砲に狙い撃ちにされる。木馬すなわちホワイトベースは、今のところ単独行動をしている戦艦であるが、この先合流されると厄介だし、何よりも北米ベースのジオン制空圏内を航行中である。実際にここに来るまでの間に、ジオンの基地をひとつ破壊しているのだ。木馬から仕掛けたものではなかったにせよ、結果として破壊活動しながら進んでいる。それは見過ごすわけにはいかなかった。
 ザクの一騎がガルマの機体に合図を送っている。前方に進み木馬の動力推進部分を狙撃しろと合図した。その時木馬からあの白いモビルスーツが滑るように発射された。やはり来たか、とシャアは思った。モビルアーマーも発射され、それらは地上に降りてザクに向かって攻撃をしかけてきた。地上からと空中で挟み撃ちにする気だ。
 ガルマの機体は軽くそれらの射撃をかわし、モビルアーマーに向かって砲撃を加えた。まずは地上のこうるさい連中を黙らせるつもりだ。と、その背後に白いモビルスーツが回りこんだ。木馬との距離は離れていく。ガルマ機は白いモビルスーツ、すなわちガンダムと死闘を演じ始めた。始めはガンダムはただ追いかけていただけだったが、ガルマ機が射撃する隙をついて、急角度で旋回し、ビームサーベルで一撃を加えた。まずは一撃、そのあと次々と攻撃を加えた。周囲のザクにもその攻撃は及んだ。何度も急旋回しながら、急降下する時に一撃する。その執拗さは、執念深い偏執狂じみたものであった。シャアは見ていて思った。あのパイロットはおそらく若い。手加減というものを知らない。それであんな戦い方をするのだ。
 ガルマ機はガンダムをなんとか引き離し、シャアの乗るガウ空母に近づいた。シャアの耳にガルマの焦った声がスピーカーから聞こえた。
「聞こえるか、シャア。そちらから後ろのモビルスーツを砲撃しろ。早くしろ」
「わかった」
 シャアはしかし、ガルマ機の援護はせず、はるか前方の木馬に照準を合わせるように指示した。木馬は砲撃を受けて、回頭を始めた。横に立つドレンが、はじめからこうすればよかったのですかなあ、と独り言ちた。
「それでは彼のプライドを傷つけることになる。ガルマ大佐は、すべての敵を撃ち取りたかったのだ。彼ひとりの力で。そうだろう、ドレン」
「なるほど。大佐を立てられたのですなあ、少佐は」
 ドレンは巨体をゆすって少し笑った。
 その時木馬から最後っぺのような砲撃がガウ空母に当たり、シャアらは動揺した。しかし木馬は叱られた子供のようにのろのろとその場から舵を北に向けて進み始めた。ドレンが、砂漠地帯に逃げる気ですな、市街地を通る経路からはずれてよかったです、と言った。
「わからんよ。連中は連邦の上層部の言いなりで進んでいるからな。おそらくあのモビルスーツを連邦のどこかに運ぶつもりでいる」
 と、シャアは言った。自分が今討ち取ることができないのは残念だ、と思った矢先だった。まだガルマ機とガンダムの戦闘は続いていたのだ。ガルマ機がその時、素早く曲撃ちのような仕草をした。白いモビルスーツはかわしたが、続いてガルマ機は接近して撃とうとした。やるな、と思いシャアとしては意外に思う他なかった。ガルマがあのような態勢から撃つ技術を身につけているとは思わなかった。あれはどこから、とシャアは考えて、はたと気づいた。おそらく鏡像同化現象だ。
 同化現象とは生物が特に同族の生態をまねていく性質を持っていることを指す。まさかあのイセリナとの交際からそんなことが?しかしその可能性はあるのだ。イセリナは優れた勘の持ち主だった。生体オーラ、つまり脳から発生する精神波がどのように干渉しあうのかは、シャアにはわからない。しかしこれはありえる。
 そう結論づけた瞬間、シャアはガウの操舵手に自ら貸せっと言い、舵を切っていた。ガウは大きく円弧を描いて、ガルマ機と白いガンダムの間を降下して、二機の戦闘を引き離した。
 ガルマが戦闘から離脱してガウ空母に戻った時、シャアはなんとか言い逃れをした。ガルマは非常に興奮していた。
「貴様のせいで撃ちもらした。なぜあんな飛行の仕方をしたのだ。味方を邪魔する気か?」
 ガルマがこう言うのに、シャアは答えた。
「大佐が援護を頼んだので、そうしたまでのことです。自分の判断ミスでありました。けれども、大佐は勝利なされたのです」
「何にだ?」
「木馬にですよ。彼らは敗退したのは明白でありましょう。大佐の攻撃に連中は手も足も出なかった」
「そ、そうだろうか」
「そうです。次の機会ならしとめられます。今回は、大佐が危険だったので私の判断で援護したのです。勝利の栄光を君に」
 シャアがそう言って敬礼してみせると、ガルマはやっと肩をすくめた。
「お世辞ならいいよ、シャア。士官学校の時のようなことを言わなくてもいい。しかし私も思わぬ攻撃ができたので、幸先がいい感じだった。次はしとめられる気がする」
「はい」
「次もうまくやってみせてくれよ、シャア。笑うなよ」
 そう言いながらガルマは自らの髪の毛を指先でくるくるともてあそんだ。シャアは微笑を含んだ顔で見ていたが、内心ガルマの乗せやすい性質にあきれていた。ガルマはそうした動作をしたせいで、落ち着いたらしかった。彼は笑顔になりシャアに言った。
「わかればいい。ニューヤーク市に戻るぞ。木馬はそのあたりで合流するかもしれない。我々も立て直した方がよさそうだ。敵モビルスーツは新型のものが一機ある。あいつが厄介だからな」
 そう進路変更を命じると、ガルマは艦橋をあとにした。ガルマが言うのに、シャアは無言だった。実は彼はコンソールモニターのプラグを、艦橋の者に気づかれないように小細工をしていたのだ。その接触不良は誰にも気づかれることはないと思った。艦内整備していた時に、彼はこっそりとそれを行った。少しの可能性が生じることに、常に彼は気を配っていた。それはそうした事のひとつだったのだ。  
 しかしこれはガルマには気づかれていた。さっきの髪の毛をいじる癖は、それとなくシャアに示したものだった。ガルマはシャアが自分の地位に、単純に嫉妬していると思った。そこに殺意を見出さないのが、ガルマという人間であった。
 ニューヤーク市では市長の部屋でいざこざが起きていた。イセリナが父親の市長にガルマとの交際を問い詰められていたのだ。彼は宇宙移民であるジオン公国とのおつきあいを、決して快く思っていなかった。特に自分の娘がそうであるという事を、父親は許さなかったのである。
 その頃ガルマらが追っている木馬の進路が、大陸東海岸のニューヤーク市には行かずに、西海岸に行くという情報が流れた。ガルマは父親と喧嘩をしたイセリナにその事を告げ、自分らは西海岸のシアトルに向かうとメールを送った。イセリナは父に反抗して、単独飛行機で単身シアトルに向かった。しかしこれはキシリア配下のジオン軍の手配した飛行機だったのである。彼女は恋しいガルマの元に向かっていると思っていたが、行く先はニュータイプ研究施設のひとつであった。イセリナはそこに収監され、ただガルマの消息を待つこととなった。だがイセリナ自身はホテルに滞在していると考えていた。彼女はそのような悲しい箱入り娘であった。
 その経緯にはむろんシャアがからんでいた。彼はガルマとイセリナの関係について、そのニュータイプ能力の萌芽を危惧して嫉妬していたし、またイセリナが母アストライアや妹アルテイシアの面影を宿した金髪女性であることに、強い執着心があった。あのハモンにこだわったのもそのひとつである。彼はキシリア貴下の機関に連絡し、イセリナにニュータイプ能力の因子があるとメールで送った。その事はキシリアの耳にも入っていて、彼女は政敵になる可能性のある弟ガルマを拘束する目的で、イセリナを捕縛したのである。しかし彼女は、シャアのガルマへの目論見にまでは気づいていなかった。
 それらの事柄が起きた数日後、シアトル市街に木馬が停留している事は、ジオン軍はすでに察知していた。市民ドーム跡地の球場内に隠れている事は、偵察衛星の画像で判明していた。地球上ではミノフスキー粒子はそれほど散布されていないのである。すぐにガルマの攻撃空母ガウはそこへ向かった。シャアは陽動のためザクで出撃していた。あの新型モビルスーツをおびき出せとガルマに言われていた。シャアはしかし、数機の敵機を狙撃しただけで潜伏し、ガルマのガウが来るのを待った。木馬は息を潜め籠城策を取っていた。新型機の虎の子は温存しておきたかったらしかった。それも彼の計画に僥倖な事のひとつだった。
 ガルマはドップでは出撃しないだろうとシャアは踏んでいた。あの新型機について、彼は十分怖気づいていると思った。その感触はあった。そのために今まで道化を演じていたのだ。ならばガウで低空から木馬に攻撃を仕掛けてくるはずだ。そのガウの真下から自分がザクで攻撃を仕掛ける。ガウのエンジン部分を狙えば、木馬も下から同時に集中砲火していればできるはずだ、とシャアは考えた。怯えるな、自分はうまくやれるはずだ、と彼はドームの残骸に身を潜めていた。操縦席のコンソールパネル上で、刻一刻接近してくるガウの航跡の光点が刻まれているのが目に入った。それは彼に対して異議を唱えている、あの父の研究の生き証人の軌跡であり、自分はそれを抹殺すべきであった。
「シャア、聞こえるか。木馬から今攻撃を受けている。援護を頼む」
 というガルマからの通信が入った。いつものように彼は自分に頼んでいる。シャアはその時何を考えたのだろうか。彼は言った。
「ガルマ、君のお父上がいけないのだよ。君の生まれの不幸を呪うがいい」
「なにっ」
「木馬は今死力を尽くしている。君もそうしたまえ」
 シャアは笑い声を含んだ声でそう言い、こちらからの通信回線を切った。ガルマはその瞬間蒼白になった。帰ってくればシャアを叱らねばならない、そう一瞬考えたが、父上とはどういう意味だと思った。その時艦橋員が悲鳴をあげた。
「下方から被弾しています!エンジンが!」
「なんだとっ。木馬のやつかっ」
「わかりませんっ。このままではガウが!」
 ガルマは叫んだ。
「謀ったな、シャア!しかし私とてザビ家の男だ!無駄死にはしない!貸せっ!」
 ガルマは艦橋の操舵手を奪い取り、木馬に照準を定めて降下するようにした。このまま突っ込めば木馬を大破できるはずだ。ガルマの眉間に殺意が走った。
 「ジオン公国に栄光あれーッ!」
 ガルマの喉も張り裂けんばかりの絶叫が、シャアの乗るザクの無線通信からも聞こえた。その瞬間ホワイトベースのブライトは恐怖した。ガウは火球となって上昇するホワイトベースぎりぎりに落ちてきたのだ。その火球を間一髪でよけられたのは、ミライの操舵のおかげだった。
 シャアのザクはその時、すでにドーム跡から脱出していたのだった。彼は火球が地上に激突した時、光芒を見ながら敬礼した。あのガルマは彼の父親の仇である事は、確かであった。
 
 
  

悉曇 ファーストガンダム余話

悉曇 ファーストガンダム余話

ファーストガンダムの二次創作作品です。ジオン側の話が主になります。ずいぶん昔に考えた案なのですが、ジークアクスの2話を見て思い出したので今回書いてみます。老眼でなかなか進められないと思いますが。しかもガンダムには詳しくないので。

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • アクション
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-05-03

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work