とぅいんくる・りとる・すたあらいと
空は美しい星月夜。月は白銀の三日月、星はまるで先日行った政府主催のパーティーの天井に輝くきらきらとしたシャンデリアか、自分の宝物のガラス玉の指輪を砕いて散りばめたかのようだった。
……と、審神者は思い、ネグリジェのまま、裸足でそっと外に出た。
審神者の白い髪も、買ったばかりのフリルの付いた丈の長いネグリジェも、月と星の光を受けてぼんやりと輝いていた。審神者の目は、物が見えにくい。しかしぼんやりとした世界の中でも、降り注ぐようなこの光ははっきりと目の中にいたずらをするように入り、キャンディのようにぱちぱちと音を立てた。
「……何してんの?」
小さな声と、ざ、と足音がした。審神者が振り向くと、そこには審神者の愛しいひと。はじまりの一振りであり近侍の加州清光が、内番着をまとったまま、眉をほんの少し下げて、困ったように、夜ふかしをする審神者を見ていた。
「こんばんは加州さん。空見て、綺麗ね」
「空? ああ、そうだね」
「大昔に描かれた有名な絵を思い出すわ。夜闇の中で。光がくるくると描かれているの。吸い込まれてしまいそう。……加州さんこそ、寝ていなかったの?」
「あんたの部屋の水差しを取り替えようと思って。夜中に起きても冷たい水が飲めるように。厨に行く前にあんたを見つけたわけだけど」
「ありがとう、加州さん。でも私、なんだか元気なの。眠れないわ」
「こら」
「ふふっ、ごめんなさい」
かれは肩をすくめ、いたずらっぽく笑う。加州清光はわざと腰に手を当てて怒ったような素振りを見せたが、すぐにそれを解き、審神者の手を取った。
「眠れないならさ……少し、俺と踊ってくれませんか、主」
「……まあ!」
伺うような加州清光の赤い瞳が、ふわりと光る。審神者はこの素敵な誘いに、頬を薄桃色に染めた。
「先日のパーティーを思い出してさ。あの時は……人間も刀剣男士もめかし込んでたけど、あくまで俺は護衛で、主と一緒に踊らなかったから」
「私も……こんな目だから誰とも踊れなかったし、踊るなら加州さんとが良いって思ってたの。嬉しいわ……ええ、踊りましょう」
「……音楽も衣装も無いけどね」
「それでいいの。それがいいの」
お互い、正直に言えば社交ダンスの知識は無かった。だが、審神者の手の甲に口付けを落とす加州清光も、それを見ていた審神者も、そんなことはどうでもよかったのである。
右、左、次はくるりとターン。
あの時の着飾った他の大人の審神者たちを思い出して、少年────子どもの姿をしたふたりは、ままごとのような舞踏会をした。たまに審神者のやわい裸足が加州清光の足を軽く踏む。それすら愛しくて、なんだか楽しくて、ふたりは互いの腰に手を当てて額をこつんと付けた。
そしてくるりと回る度に、審神者のネグリジェと長い髪がふわりと広がり、淡い光を受けて加州清光の目を灼く。どんな大人よりも、どんな刀剣男士よりも、加州清光は自分の主が美しく見えた。
「綺麗だ」
「そうね、私の目からでも見える……今日の星は宝石みたい」
「鈍感」
「あら?」
加州清光はステップを止めると、鈍感なこの審神者を引き寄せ抱きしめる。いつもは自分の一挙一動に一喜一憂するのに、どうしてたった今だけ気づいてくれないのだろう。そう思いながら、彼は審神者の耳元で囁いた。
「あんたは、星が人の形になったみたいだ。……すっごく綺麗。どんなものより、一番」
「か、しゅうさん」
「好きだよ、主」
そして、その薄桃色の頬に唇を軽く触れさせる。ぴくりと審神者の肩は跳ね、そして、目はとても愛しいものを見るかのように細まった。
「……なら、加州さんは夜の人ね。夜があるから、星は綺麗に見えるの。星は夜に恋しているの。私が綺麗に見えるのは、加州さんを愛しているからよ」
そのまま、審神者は微笑み、両の手で加州清光の頬に触れる。
「……口付けをするなら、唇にもちょうだい?」
その言葉に、加州清光はふっと笑ってしまった。小さな子どもが菓子をねだるような声音が、星の色をした幻想的な姿とは裏腹に、とても可愛らしく感じたからだ。
「ん。じゃあ目、閉じて」
「ん……」
互いに頬に手をそえて、唇と唇を───やわらかく、喰む。
空の星が審神者の大好きな金平糖になって落ちてきたら、この唇に、舌に、そっと触れさせてあげるのに。……けれど、そんなことをしなくても、とても甘い口付けだった。一瞬、あるいは長いこと、無音の時間が流れる。どちらともなくそっと離れると、再び手を取り合った。
「もう少しだけ」
「うん、もう少しだけ」
右、左にステップ、そしてターン。
こいびとたちの小さな舞踏会は、まだ終わらない。それを、星月夜だけが静かに見下ろしていた。
とぅいんくる・りとる・すたあらいと