
アンダーシャツ
夏のある日、おかしな死体が発見された。
出勤するはずが来ず、連絡がつかないと会社から、死んだ男のマンションの管理室に連絡があった。
連絡を受けた管理人が男の部屋を開け、ベッドの上で、着物を着込んで死んでいる男を発見したわけだ。
すぐに警察署から刑事がきた。
刑事は一目で病院に運んでもだめなことがわかり、検視官を呼んだ。
検視官が死を確認し、着ているものを脱がしていった。
若い男はパジャマの上に、長袖のスポーツウエアーとズボンをはいて、その上にサマーセーターをきてボタンをきっちりとめていた。
真っ白のランニングシャツとブリーフが皮膚にぴったりとはりつき、脱がすとき、アンダーシャツの内側に茶色いものが点々と付着した。
見ていた刑事が、シャツが小さかったんですかね、とたずねた。
女性の検死官は、皮膚が張り付いてますね、死んで皮膚が膨張したのかもしれませんね、と答えた。
死んでどのくらいですか
おそらく、まだ数時間でしょう。
夏なのに、何でこんなに着込んでいたのでしょう、冷房も止めてある。
急な病かもしれません、伝染性だといけません、保健所には連絡してありますが、警察病院の方で詳しく調べます。今は簡単に消毒しておきます、アルコール綿があるので手は消毒してください。刑事さんも手袋はめた方がいいですよ。
遺体は検査のため運ばれていった。
刑事はしばらく、男の部屋の中を調べて回った。洋服ダンスの中にはきちんと整理された服が吊るされていた。引出しを開けると、きれいに折りたたまれた下着やシャツが入っている。
着ていたランニングシャツとブリーフもおろしたてのきれいなものだったし、タンスの中のものはどれも綿で、化繊のものが一つもなかった。自然繊維のものしか着ていない。繊細な男だ。刑事はこの男の着るものに対するこだわりから、性格を読み取った。
すぐに伝染性のものではないとわかった。会社の情報から両親に連絡がいき、遺体は一週間後に引き渡された。ずいぶん時間がかかったのは、死因が特定ができず、詳細な解剖検査がおこなわれたからだ。他殺ではないと言うことだけははっきりしていた。
奇妙な点がいくつか残ったままだ。その25歳の男は、スポーツマンで、今まで病気一つしたことがなかった。血液、内蔵どこも異常が認められなかった。特に心臓と脳が詳しく調べられたが、脳梗塞、心臓発作の兆候はまったくなかった。死ぬような原因がみえてこない。
次に、なぜアンダーシャツ類に皮膚がこびりついていたか、調べた医師は体が膨張した様子が見られず、皮膚に特殊な性質があったと考えた。胸や肩、首回り、背中の皮膚、さらに尻と外陰部の皮膚組織を生化学検査に回した。
その結果、下着の布目にまで入り込んでいた皮膚に異常性はなく、男の皮膚もおかしなところはなかった。もちろん皮膚細胞の遺伝子の検査もした。それも全く正常だった。
暑いのに異常に着込んでいたということは、何らかの原因で寒さを感じたということである。体温の調節機能が狂ったとしか考えられない。目に見える異常がないということは、突如として脳の機能に異常が生じたと結論するしか仕方がなかった。
その話を聞いた担当した刑事は、その男がその日にとった行動をあらいだすことにした。
会社の同僚の話などを総合すると、生命保険会社に勤めるその男は、いつも土曜日の夜、仕事が終わるとスポーツジムに行く。サウナにもよく行っている。ウイークデーは会社がひけると食材を買って自炊をし、栄養のバランスを考えながら食事をする。酒はつきあい程度で、家では飲まなかったようだ。このように健康管理には驚くほど気を使って、完璧と言ってもよいほどの生活をしている。俺にゃできないなと刑事は思った。
死んだ前の日も、会社でもおかしなところはなかったというし、胃の内容物の検査や捨てられていたレシートから、帰宅後、買ったサンマを焼き、野菜炒めを作って食べたのではないかと思われる。寝るときになって、急に寒さを感じ、ありったけの服を着たのか、寝ている途中で寒さを感じ着込んだのかということになる。
なにもわからない。
SF好きの刑事は、宇宙からの電波が彼の脳に当たり、異常をきたしたと思ったりしたが、いかんいかん、昔からの捜査方法にもどろうと首を横に振った。
刑事は死んだ男が、夕方会社をでて、家に帰るまでの通勤路を改めて歩いてみた。
男の部屋のくず箱にはいっていたレシートから、サンマや野菜を買った店はわかっている。アンダーシャツの入っていたビニール袋が風呂場のくずかごにあった。「YUKIONNA」と言うメーカーのものだ。新しく開けたようだが、それはいつどこで買ったかはわからなかった。でもなぜ、寝るときに新しい下着をつけたのか。俺だったら、朝出かけるときに取り替える。夜相手がいたわけではなさそうだし不思議だ。
その日の男のタイムカードの出社時は5時53分と押されていた。刑事もその時間に会社の前から駅に向かった。駅では駅ビルの中のマーケーットで、サンマを見て、野菜を見た。レシートに時間が書いてあるので、ほぼその通りにマーケットを出た。次に駅ビルの中のシャツを売っている店に行ったがYUKIONNAというメーカのものはなかった。
その駅から電車に乗って、男の住んでいた駅で降りた。6時半になろうとしているがまだまだ明るい。
駅から歩いてマンションまで10分だろう。駅からほぼまっすぐのびる片側一車線の道路を歩いて行けば男のマンションにいきつく。歩道と車道の間にはツツジが植えられている。
刑事は歩き始めた。道の両側には商店が並んでいる。コンビニもあれば食堂もある。よくある住宅地の様相だ。
洋品店の前で刑事は足を止めた。最近では珍しい仕立屋だ。ウィンドウにはステッチのはいった背広が飾ってある。その前にワゴンがでていて、中のものに目がとまった。
冷たい下着、天然素材100パーセントと書いた紙が張ってあり、男物のランニングシャツ、半袖シャツ、ブリーフ、それにトランクスがおいてある。張ってある紙には、女の目の絵があり、YUKIONNAとある。あった。刑事は男のシャツの出所を見つけた。
刑事は店にはいった。毛の薄くなったじいさんがミシンを動かしている手を止めた。
仕事中すいません。刑事は警察手帳を見せた。
仕立屋の主人は手帳を見るとあわててたちあがった。緊張している。
なんでしょうか。
いや、この先のマンションで亡くなった男の人が、店の前のシャツを着ていたものですから
じいさんがずり落ちそうになっためがねを指で押さえた。
じいさんの反応に刑事はあわてて、事件じゃありませんと言った。
あの男の人ですか。
知っている人ですか。
いえ、まったく、そこのシャツを買ったのはその人だけですから。
ああ、そうですか、どんな様子だったか覚えていますか
店の前で、シャツをしばらく見ていると、これくださいと、二つもってはいってきました、均整のとれた感じのいい男性でしたな、手提げに入れようとしたら、そのままでいいおおっしゃって、お金を払って出ていいきました。
どちらにいったかわかりますか。
住宅街の方です。
前にも見たことのあるひとですか。
いえ、はじめてです。
あのシャツはそんなに売れないのですか。
ほかのものより高いですからね、天然素材なので。
どこでしいれたので。
刑事がそう聞くと、じいさんは困った顔をした。
実は知らんのです、若い女性が新しく作ったシャツを置かせてほしいときまして、十日ほど前です、売れなくて困っていると言うので、ついつい、いいですよと言ってしまいました。名刺をおいていきました。
じいさんは机の引き出しからそれを出すと刑事に渡した。
名刺には、冷たい下着、YUKIONNAとあり、取締役、秋田雪目とあった。住所は秋田県だ。ずいぶん遠いところから来たもんだ。
一月後にまた来ると言ってました。車できたようで、ワゴンごともってきました。
刑事はしばらく考えていたが、店の外にでて、パンツをもってまたはいってきた。
これもらっていきます、と金を払った。
自分ではいてみようと思ったのだ。死んだ男はブリーフをはいていたが、どうもにがてだ。それでトランクスにした。
あ、ありがとうございます
じいさんは刑事を見送った。
パンツが三千円近い、こんな高いパンツをはいたことがない、いつも三つで千円だ。
刑事はとりあえず男のマンションまで歩くと、すぐに駅に引き返し自分の家にむかった。
刑事は風呂からでるとパンツをはいた。
お、たしかにすーっとする。寒いと感じた。
あっと思うと、ふるえがきて、鳥肌が立ってきた。
脱衣場の鏡に映る自分を見た。
鏡の中に女がいる。
だれだ、振り返ったがだれもいない。あたりが冷えてきたように感じた。
あわてて、パジャマをきた。空気が冷たい。もっと何か着なければ。
鏡の中の女の白い足が長く伸び、脱衣場の床にでた。
刑事は、寝室に逃げた。あたりは凍るように冷たい。女のことも忘れて、タンスからズボンを取り出しパジャマの上からはいた。掛かっていたジャンパーをはおった。
我慢ができないくらい寒い。
押入れから布団を取り出し、上で横になった。掛け布団を引っ張りあげた。
なにかが寝室にはいってきた。
長い髪の毛が刑事の顔にかかった。
女が刑事のパンツの中に冷たい手をいれてきた。
刑事の心臓がことっと音を立て、そのあと動かなくなった。
鳥肌が皮膚の上から消えていき、パンツの布目に残った。パンツは茶色いシミだらけになった。
アンダーシャツ