ミクロ/コスモス
どうせ、わたしの想像だから。
一人ひとりの頭を卵のようにコンっと割って、コップのように傾ければ流れ出すであろうお話の、とろんとした様子を飽きもせずに眺める。地面に染み入ることも、道路の窪みに溜まることも、排水口に流れ落ちることもしない感じはとても夢のようで、手で掬おうとする努力を無駄にしてくれる。
混和もしない。お話同士は水と油のようにぶつかって、押し合って、保ち合う。その量が増え過ぎると、ひょっとしたら違う結果になるかもしれない。現実を見失って、誰もが溺れ死ぬ運命を辿るのかもしれない。けれど、悲しいぐらい、故郷のように止まり続けた頭の中から流れ去るお話の量は少なくて、災厄とは無縁に思えた。
石を投げても跳ねない。砂をかけても止まらない。それを生み出した頭の方じゃなく、現実というものの端っこが傾いているかのようにお話を流れ動かす力は失われることなく続き、それに夢中になる僕や私を連れ去って、その数を増やしていく。笛は鳴るんじゃない。鳴らすものなんだって誰かが言った時、それを近くで聞いて胸の辺りを押さえてた。荒い鼻息が、まるで獣のようで。
いい子、いい子と頭を撫でるようにずっと遠くで瞬く星の形がシャシャッと描かれる。紙の上。そのすぐ近くを、大行進が静かに過ぎ去る。何度踏まれても立ち上がる雑草を分け入って、鬱蒼と茂った森の奥へ。小さくなるその背中たちに贈られる文字を、言葉をごくっと飲み込む。意外なほどに大きく鳴った、そして痛かったと書き記す、その遅れが生む「者」あるいは「姿」。
どうせ詩人。わたしは詩人。
ならば涙ながらに語って見せようぞ、と。
ミクロ/コスモス