「守りて」

序詩

眠る夜に月の幻燈を仄かに焚く
睡眠薬のまどろみが未だ微笑んでいる内に
銀白色の鍵を掛けて錠を下ろせば綿毛の散る音
懐かしい雨音に被さって霙はいつしか霧へと離れている
駈け出して
雨の中佇んでいればきっと来てくださる
品の良い蛇目傘で困ったように笑う人
振り返って 泣きながら そうした方が楽だけど
旭の極光は必ずやって来る 雨などお構いなしに
待ち続ける時ではないと自分の手首を大きな手で握り込んで
駈け出されていく
もう遠い靄の都 キャンディの街 ホッピンシャワー
遠く離れて遠く引かれてもう影に灰色に滲んでいく
幻燈の移し身カンテラに
月を思って火を灯す
いつまで忘れられないでいられるだろう
いつまで覚えていられるだろう
夜の森枝葉のトンネルを手が引くまま目を閉じて
走りきる後
其処は人気配の一本も枯れた古城
青い滝は枯れずに領内を巡っている
湖に浮ぶ切り絵のお城
カンテラの火は緩まない
影と待つ白いお城
湖に浮ぶ孤独の城
コツ・コツ・と固い靴音 響音に身を強張らせる
いらっしゃいませお客様お一人でのご来店ですか?
一人な訳が無い此処には手を曳かれて来たんだと振り向いても一人だけ
雨音が直き其処迄聞こえて来ているのは
切り絵の城に飛び込んだ 飛んで()っても見慣れぬ恐怖
どうぞ此方へと靴音の反響音が案内(あない)する
さあ、順番にお召し上がり下さいませ

誕生石

青緑の石がころころと視界を(よぎ)ってゆく
足を忘れて置いて来た亡霊達
そんなにいそがなくても君達の家は()くならない
帰る場所があるのならば あるのだから

夏の向日葵が霜を表層に浮べていた
蟬の黒曜石の眼球(めだま)が凍り始めていた
動けもしない寂しさは
仏壇の前でナイフになって(りん)を震わす
死者の姿を生きる者に()せるのは
赤い宝石一つあれば出来るもの
貴女の弟の骨よと言って
首飾りを持たすれば済むだけのこと

父と母は今日も念願の第一子に語り掛ける
貴女の弟の骨よと言って
でも首飾りを付けていたって不思議は無いと
女のような顔立ちの息子に笑い掛ける

「望み通りに生きられんのなら死ね、親不孝者。」
机で詩を描いているのがばれた直後、父親は子供を撲り倒した。母は父のもとへ駈け寄り、愛する男の肩を持つ。
「詩なんて何の役に立とう、小説家になる訳でも無しに。」
夫婦は子供に唾を吐き吐き寄り添い合って部屋を出た。
世の中が忙しくなって来た時代のことである。女が男以上に働いて、男が女よりも働けなくなっているのが常となって幾百年過ぎたのだろう、時勢はは移ろわず教会の鐘は何かの部品の一部へ溶かされ寺には無縁仏が群を成し神社には落葉が吐き溜まっている。人はこういう時に空想を望み物語を求め出す。その空想語りが長ければ長いほど土から離れていればいるほど飢えは満たされ渇きは潤い笑顔の持続は長く()ち、首はポキリと中折れせずに済むものを、詩などを描くなど言語道断、子供が殴られたのもその為で。
理由如何にせよ人が人を傷付けて良い道理は無い、増して親が子を虐待するなど以ての外。嗚呼諸君、君達の時代は幸いだ。例え口先だけでも庇護の言葉が生まれるのであれば幸せだ。
先程叱られていたのは白羽(しらは)と言う妙齢の娘である。白羽は一人弟が居るのだが、彼は産声をあげることもせず肉塊のまゝ手足も生やさずに旅立ってしまった。男子を流産した現実は両親の瞳をくもらせていつしか娘を息子として生きさせるようになっていたので、白羽は年頃のお嬢さんが好む服を一度も着た事が無い。リボンも、帽子も、三ツ編も、何も許された(ためし)が無い。
予備兵の格好(いでたち)で街を歩けば、人は彼女を端正な海軍予備兵と錯覚する。喋ってしまえば女だと判明(ばれ)てしまうから口は家でも外でも閉ざしたまゝ、ニコリともお微笑(わら)いなさらないところが反って頼もしいではないかと近所では評判で、両親からも自慢の息子だと褒められる。白羽は段々話し言葉を忘れていった。
或日のことである。白羽は街の本屋に用があったので訪れた。両親に頼まれた雑誌を二冊、和歌俳句の本と裁縫の最新刊をそれぞれ買いに来たのであった。無言のまゝ店主に会釈しては雑誌を手に取り会計を済まそうとしたら、視界にちらと赤い本が見えた。
三五〇頁はあろうかな、赤い拍子に金の題字、いかにも派手そうな色味の合わせ方であるのに葉巻のくゆりと洋酒の孤独、そして燃え()しの捨てられた燐寸(マッチ)を思い浮ばせるのは何故。
「おや、軍人様。」
店主の声。
「それは詩集ですよ。この作家は、(いいえ)作家と申して同じ部類にするのは烏滸がましいですな。この詩集の(あるじ)はね、詩人と宣う奴ですよ。新聞小説でも書くなら御立派と讃えられもしましょうが、詩人なんざポツポツと一言二言書き散らして喚くだけにございましょう、和歌や俳句のような風流も雅も持ち合わせぬ未熟な八ツ当りの作法です。軍人様のお目に入れてしまい大変申し訳も御座居ませぬ、これはもう処分しようとしていた屑同然の物でして、つい、手前の用事を言い訳に店棚の脇へ置きっ放しになり申して…ハハ、誠にお恥かしい次第です。」
聞かぬことをべらべらと。屑と見なして捨てる腹積りの本ならば自分が貰っても良かろうと、普段頼まれた動作以外は一つもせぬ白羽は店主(おやぢ)が会計と包装をしている間大胆にも赤い表紙の詩集を手に取り身の丈よりも大きな袂でそっと隠した。今になっても騒ぎにならないのを見れば、連れて帰って良かったのであろう。

両親にお使いを手渡し自室への階段を上がる途中で我慢ならず一目から伏せていた詩集を開き読み始める。
それは、此の国に無い宗教を土台とした話。物語は単調に適応してしまうことも無く一語一語媚薬の薫りを含む白いヴェールで顔を覆い、ほのかに透ける蒼白の唇から言葉を紡ぐ。寿ぎを否定する冷めた頬、氷柱を煙管にして呑む毒草、七星 背負(にな)う小さな虫のやがて蛾に到る湖面下だけの突然変異、その(さゞなみ)。驚いて向けたは青い撫子の朽ちる音、その死体からむくむくと(かつら)の伸びて月を薔薇の形に囲うこと、鳥籠は旭にとろけて陽のしづく、雨は鏡の羽を生やして飛ぶ姿。
生れて初めて己に向けられた遠くの誰かの関心が、こんなに嬉しいものだとは。此の方は、自分に手紙を書いてくれたのでしょうか。まるで、まだ見ぬ会えぬ恋人を想って言葉を綴ってくれたよう。これが、詩。自分の読んではいけないとされて来た類の本、知らない言葉、小説には表しきれない心情の独白、音の許されない歌。
詩集を胸に抱きしめて、そっと作者の名前を見つめて静かに静かに声に出す。
星北(せいほく)川面(かわも)。星北さま、川面さま。」

反骨無頼

家の傍を流れる緩やかな小川に、首根っこを引ン掴まれたまゝ顔面を突込まれた。親父とお袋の顔はそれ以来見ていない。くそくらえ。そんな感情の癒えぬまゝ家を出て、群衆に紛れて都会へ流れる。敗戦国の人だかりは数歩歩けば直ぐに見つかる、薄汚れた格好を咎める者はいやしない。
何度戦争に負けたのだ。国々同士の調停役を買って出て圧倒的な兵力・兵器差と士気の高さの前に幾億の肉塊が産まれたろう。熱狂する若者、老爺(ろうや)、涙を流す(ばばあ)、世間体を気にする婦人。戦争を止める為に戦争をするのだと大義名分を用意しておくと動搖は抑えられ平静を保てる、事前の準備が大切と言うのはそういうことだ。
諦めずに立ち上がり、国は随分とゲッソリ痩せたようで、都会の熱狂の大通りの裏手には冷めた煙草の毒が霧のように待機している細い路地。健気な台詞は人の心も国の体形をも駄目にするとは、これ如何に。
北へ北へと流れゆく。食べる物は道端の死体から奪えば済む。懐に入れた万年筆をしわくちゃの原稿用紙の無事を確かめると徐に取り出し暫く佇んでみるが、今はやはり何も思い浮かばない。が、
「あゝ。」
丁度良い。生まれ持った名を捨てて、好きに名乗ってしまえば良い、所詮家を失くした身、誰に何と言われようが貴方達に迷惑は掛けることも無いのですから。

此れより内へは来るは易し、踏み入れ易い足置き場
帰りのお靴お草履(わらじ)は御座居ませんのでさようなら
別れを済ましてお入りなさい
貴方が覗くは硝子の秘国
逆しまなテエブル・クロスにティーセット
紙ナフキンは船になり申す
指を弾いていただきましょう
煙草を刻んで振り掛けたロオスト・ビイフ!
銀食器持て金の盃満たしてしまえ
大いに食え食え!鏡の正面
質素に暮らす敗残國
あゝくだらないファンタジア、リアリズム
夢見がちな女も真面目な男もお断り、逆でもダメダメ()れたげない
よくある話は嫌いなの
ねえいつ手を取ってくださるの貴方様

星北川面

「あゝ良い、やっぱり詩は楽しいな。」
国が御法度とする詩の創作だって、都会の溝でなら朗々と唱えられる。
「そうだ、いつか詩集を出してやる。そしてもう一度詩の地位を押し上げるんだ。」
軍の制服に反して青と銀ではなく赤と金文字、人を直接には殺めぬ爆弾よ。読めば本に夢中になって、読まないでは正常でいられぬほどに詩に飢える呪い。そして自らも詩を作り始めるのだ、かつて国を困窮させた感染症の最新型は言葉生れよ。
「さあ、どうか上手く爆発しろよ俺の武器。」
数年後出版した本は、数年後店から盗まれ、否、此の場合に限ってのみ、救われた。

修行

 先づは、ノオトブックに硝子ペンとインキを用意して書き写してみよう。川面さまの詩を一言一句感じ触れるには此の方法がきっと一番良い。真似は一番最初の学ぶ姿勢、意味や理解は後から自ずと付いて来るもの。
「背丈の高い…樹々のあわい…春が雪に遠慮して……」
 一階で親が寝静まった後、二階の一室に秘かな娘の声が澄む。幾年振りに喉から音を出したろう、しゃがれた錆声だと思って久しかった自分の声は、失う前の其とほぼ変わりが無かった。
「此方を見つむる寂しい瞳、其の眦、なれど微笑むその唇は、」
 さら さら さら さら
「一言も語らぬ、偶像なるか、或いはまた涙を捨てた身か……」
 さら さら さら さら
 一人で自分の為だけに活動する、秘めていなければならないような、けれど他人に見せたいような、もどかしい時間を筆記の音が軽やかに区切っていく。このような音も感覚も白羽にとっては初めてのことである。楽しい、と呼ぶのだろうか、けれどもヘラヘラしている訳ではない、真剣に、一言一句間違えず書き写す、一文字でも変えてしまっては意味を成せなくなってしまう細い綾糸の連なり。
「これは本当に恋文のよう。川面さまにも恋焦がれたお相手がいらっしゃったのかしら。」
 若しそうだとすれば、どんな方?お優しい方、つれない方、蠱惑な方、嘘つきな方、あなたが身も世も忘れて一方的に思い慕いたいのはどのようなお人でしょうか。
「私が川面さまのお立場だったなら……」
 このような想像から物語は生まれる。誕生の契機は喜劇悲劇こもごもであるが、白羽の場合は恋から始まった。一目も見たことの無い詩人を思って祈って写した作品の横、それも隅っこにどきどきしながらぽつぽつと言葉を考え、選び、置いていく。
「烏滸がましいかもしれないけれど、いつかあなたのお顔を拝見したい。そしたらまた言葉は綴られるかしら。」
 此の日から毎晩、両親には勉強をしていると信じ込ませる為に集めた和歌の雑誌を数種類重ねた机の下で、隠れて詩を読み詩を描く時間が出来た。最初のうちは窓硝子を掠む風の歔欷にも肩をびくりと震わし咄嗟に雑誌で覆うのが常であったがやがて大胆になって来て一階で親が未だ寝ない先から部屋に籠るようになっていった。しかし父も母も息子が和歌の勉強に励んでいるのだと信じ咎めも諫めもしなかったので、白羽は思い込みを味方に付けることが出来たのである。更に都合が良かったのは、詩に触れることで彼女は或程度和歌を作ることも出来たことであった。その為父も母も子を疑う必要も無く。“和歌の勉強を熱心にする予備兵の孝行息子”と捉え続けていられたのだった。
 きっと此頃(このころ)が白羽にとって最も純粋な幸せを感じられた時期であろう。再び国が戦争を始める迄が。
 再び世間は忙しくなり始めた。父と母は何時息子が徴兵されるか気を揉んでいたが、戦争への招待状が白羽に届く訳ではないのである、何せ白羽は軍に入隊出来る男子ではないのだから。しかし両親は気にしている、白羽はこの時分かなり(はら)が据わって来ていたので、或日一階で父と母を手招くと、
「お二人とも、私が軍に呼ばれることは先ずありますまい。我が国の軍隊は何度壊滅しても歩みを止めぬ不屈の軍隊、私のようなこのように声も細い男が駆り立てられることなどありませんよ。むしろ自分みたいな軟弱者が戦場に立てば士気を下げてしまいましょう。ですのでどうか、私の為に心を傷めてくださいますな。」
 喉の細さは変えられねども声色を低く下げて演技をすることを新しく覚えた乙女は見事に親を欺いた。父も母も息子の立派な発言に涙を流し何度も何度も頷くのを見て白羽は内心微笑んだのだが、自室へ戻る階段を一つ一つ登っていると、だんだん笑みは薄れてゆき部屋に戻って扉を閉めた頃にはもう項垂れていた。
 このような日が幾度も幾度も続いた。その渦中でも白羽はペンを投げ捨てることは一度もしなかったが、初めて詩を描いたあの日の喜びと淡い心は黒く暗い水底の雨にぐっしょりと濡れ始めていたのに、彼女はまだ気が付いていない。

来訪侵入

 自分は望まれて両親のもとへ生まれたのだと、まだ娘として扱われていた時に教えてもらった。子供は親を選び自らの意志で生まれて来るの、だから子供は誰しも親を慕い、親は子を慈しむものである、その関係性から親は子に道を示し子は親の期待に応えようとする構図が誕生する、この構図を人の道と言い、道理と言います、人は道理に従って生きる命です。貴女も人に生まれたのであれば道理を弁えておくようにしなければなりませんよ。
 母上、母上は私に望みましたか。貴女の望むように生きることを望みましたか。父上、貴方は私にどのように在ってほしかったのですか。私、私は何を望み何を欲していたのですか、何を願って二人のもとに向かったのでしょう。
 月を仰ぐ。月は古来より悲しみと慈しみにあふれる存在とされて来た。太陽が居なければ輝けない宝石、磨かれなければ光ることの叶わぬ原石。きっと月が生れた時に悲哀の概念も生れたのではないかしら。
「新月。新月したる。」
 涙と共に言葉が零れ、またペンを持ち紙に音さす。

 月は原初の涙を知る
 それは湖であった、鏡のような悲しい湖
 星は湖のか細い声の糸に連なり空へと刺繍(ぬいつけ)られていく
 月は自らの姿を見つめている
 背後には極光が搖らめいて
 月の姿を明るいものへと押し上げようと微笑んでいた
 向けていた背中を返し、正面からヴェールを見つめた後、
 月は背中から湖へと落ちて行った
 遠くの歓喜に微笑(わら)うよりも
 菫の泣き声に沈んで溺れたがったのである
 湖は枯れず今も花を咲かせる水辺
 その散る破片を身に抱きしめて透明な血が流れている
 天上から零れた傷ましくも美しい硝子の水よ

「月を水に見立てるのは如何言う了簡だ?」
 声が明らかに自分に話し掛けた。部屋には白羽一人きり、もう親は一階で寝ている。使用人の類はもうとっくに解雇して、広い日本家屋の中に起きているのは娘一人の筈なのだが。
「おばけ?」
 侵入者とも泥棒とも疑わず真先におばけと信じ怖がる女の子の無邪気さと素直さよ、親に娘として思われなくなってしまい己を殺して過ごす荷を背負ったにしては少々呑気だと言わざるを得ないが、発想の転換、仮面を被り心を氷に閉ざした日々の中でも生来の純真さと素朴さを失わなかったのだと考えれば良い、そうすれば彼女の、彼女自身も知らない頑なさもとい芯の強さがおのずと想像さるることであろうと思う。
 さて、娘の性格が新たに一つ判明したは良い、良いが此の物語には生憎怪異の類は身を潜めているので、声の主をきちんと把握しておかなくてはならぬ。
「おばけじゃない、不法侵入者さ。」
 きょろきょろと部屋を見回していた白羽の背後に音も無く立ち、小さなナイフを細腰にひたり押し付けて脅迫する者は誰。
「不法侵入。」
 鸚鵡返しのあんまりな素直さに凶器を持つ方がはあと不安気に眉を顰め息を吐く。見た目ではもっと騒いだりするかと思っていたが中身はどうだ、微塵もナイフに怯えていない、どころかおばけではないのが残念だと少しはしょげているかもしれない声の色。
「要は泥棒だよ。これから都の北に向おうと思ったんだが金が無くてね。まあ、家を流れて飛び出して来たんだから元々一文無しみたいなものではあるが、こんなになっても人間は流石だ、腹が減る。なので手始めに何か食事がしたい、金はその後から取らせてもらうことにする。お嬢さん、何でも良い、生米でも構わない、一つ食べさせてくれはしないか。」
 顔を見られたくないのか、恐らく男だろうと思われる声の主は白羽の背後から立ち位置をずらす心算は無さそうだ。背中にまだナイフを突き付けられた姿勢のまま、侵入犯は白羽の腕を掴み家の中を案内させようとしたが、ふと机の上の詩に目線を移した。
(やはり此処で間違い無い。)
「なあお嬢さん、お名前は?」
「白羽。」
「うむ、白い羽、か。白羽君、君は俺のことが怖くないのかな?君頃の年齢なら直ぐにでも甲高い悲鳴を上げそうなものなのにさあ、白羽君は未だ助けも望まないよね。それともアレか、怖い時程声が出なくなっちゃうタイプかな。可哀想に俺なんかに目ェ付けられちゃってね、でもまあ諦めてね、君のような箱入りお嬢さんはどう見たって喰われる方のお人だもの。」
 撫肩にそッと手を掛けて、耳元に少し近付き小さな声で囁くように問い詰める、おっといかん、今泣き崩れさせたら事だろう、慣れない仕事は段取りが悪くなってついつい普段の減らず口が疑問と一緒に噴き出した。どうしよう、どうしようもないさっさと窓から木を伝って逃げようか……
「何故漢字が分かったの。」
 此処に侵入までして法を破り来た本来の目的を置いて一度逃亡を図った不審者は、白羽の上ずっていない声に動きを止めた。
「何?」
「私、自分の名前がどんな漢字を書くかまで言っていないのに、如何して白いに羽だと分かったの。」
 二人の声はひそひそと、内緒の逢瀬でもあるかの如くに秘やかなものだった。
 しらは、人の名前、しかも娘、であれば真先に思いつくのは白羽の矢、天使の羽色。白い歯なんて一人娘に付けるものかよ、それに、今時当て字は厳しく取り締まられる対象であるから奇妙な漢字を使っちゃいまい。たったこれだけのことを、困ったことにまだ顔もハッキリと見ていない相手は嬉しそうに聞きたがっている。
「…理由を教えてあげるから、一先ず食べ物持って来てくれるかい。」

レモンとビイフ

「これってもしかして、ローストビイフ?」
「はい。今日の夕食の余りです。母が夜食用にと置いていてくれたのがあったので、それをお持ちしました。」
「へえ………」
「あの…お嫌いでしたか?」
 嫌いも何も食べた経験が無いし、食べる為の高額な金が家には無かった。憧れを抱いていた訳ではないが、市井に暮らす者達が容易に食べることの出来ない料理を目の前にして喉がむずがゆくなるのは止められない。
「本当に食べても良いのか。」
「是非どうぞ。その方が自分にも都合が良いので。」
 最後まで聞き終わらず薄肉にむしゃぶりついた。長いこと食事らしい食事を摂っていない前に現れたのが高級料理。今此時白羽が警察を大声で呼んだとしても彼は止めないであろう、このような御馳走を食べて刑務所へ走られるのならば良い気分だ。それはそれとして白羽君。
「君、俺が怖くないの。仮にも本物のナイフを突き立てようとしていた男だよ。」
「不思議なことを仰有りますね。不審者に対して男子がどうこう喚く筈は無いでしょう。」
 嗚呼、予想はしていたが貴女も大概か。まあ予想はしていた、していたし、恐らく今の世では珍しくもないのかもしれない。でもそんな性分だからこそ気の付くものとはあるので。
「それもそうか。あゝ、御馳走様。やはり食事はたまにきちんと摂るのが好いな、頭が刺激を受けてよく冴える。冴えたところでもう一つの用件を御所望しようか。」
「お金、ですよね。」
(いや)違う。君、詩集持っていないか?」
 白羽の眼が一度泳ぐと素早く半身を後ろへくねらせて戸の向うを気に掛ける素振を白地(あからさま)。搖らいだ、と直覚する。ぐッと声を潜めて男は畳み掛けた。
「若しかして禁句だったか?君一人だけの内緒だった?」
扉の向こうは静かである。両親は良い夢を見ているのかもしれない。娘は薄絹さえ重そうな両肩を自らの腕で()かと抱くが呼吸は一向に深く戻らず外は凪であるのに細かにカタカタ震えている。
「怯えなくて良い。俺は君から詩集を取り上げる為に親御さんに頼まれた訳じゃあない。あのね、君の持っている本、赤い表紙に金の題字を刻んだやつだよ、嗚呼好かった震えが止まったみたいだね。そんなに大切に想われているのなら作者冥利に尽きるや、実に有難い。」
 え、では貴方が星北川面さま?
 言葉は二人の間に黄色く射す半月の光に吸い込まれ、白羽はそれまで俯向けていた顔をパッと上げて初めて不法侵入者の顔を正面(まとも)に見たのである。爽やかな高鳴りと苦い締めつけが胸に同時に湧き上がり喉をくすぐって鼻腔に到る、瞬間身体は涙を零す、涙は机に置かれた白色灯の水面を返し湖水に滴る光の雫となってきら、きらと乙女の膝元に一片二片降りそそぐ。少女は泣いた、娘は泣いた、乙女は初めて人前で泣いたのだった。

才たる罰

 暴力的でない反応など如何せん初めてなので最初川面は驚きに涼しい眦を見張ったが、女性の涙には幾らか慣れているので袂から手巾(ハンカチ)を出して差し出そうと次には冷静に思い付き手慣れた動作で袂を探ると取り出した手巾は薄汚れていた。面目を捨てた身では何をしても締まりが無く恰好がつかないらしい。頭をポリリと掻いて何か拭える清潔な物を月明りに探せばティッシュケースにちょこんと収まったティッシュが一箱。それを手にして白羽の傍にそうっと添える、此処までしおらしい川面は初めてである。
 暫くの間言葉は黙って待っていた。今はそれぞれの主人が泣き止むのを急いだり泣き止むのを気長に待ったりといそいそどきどき忙しそうだから、部屋には時計の秒を刻む音だけが鳴っている、任された時計は二人をじっと見守って。秒針が幾度も幾度も地球を回ったところでようやく男の方が声を出した。
「此の辺りを歩いて、と言うか彷徨っていると、俺の昔描いた詩を読む声が聞えたんだ、他の人には音無にしか捉えられないだろうけれど、俺にはよく聞えたよ。此の耳に感謝したのは今が初めてだ。それで当分君の家の前で突っ立ってたら今度も詩が届いた。でも今回のは自分の作品じゃないなと首を傾げてみるとどうにも気になってならない。深夜だし、折角だから話のついでに泥棒もしてからサヨナラする計画だったが……
 やれやれ、俺は本当に幸せ者だ。」
 まだ少し鼻をスンスンさせている白羽に心底の笑顔を向ける、その目は普段の飢えた光の鳴りを潜めた、慈しみの微笑みであった。誰にも今迄向けたことも、向けられたことの無いお互いの来歴の厳しさよ。
「すみません、驚かせてしまいまして、あの…まさか急に、御本人さまに会えるとはこれっぽっちも想像していませんでしたので、私、本当に吃驚して、あの、すみませんでした。」
 もうしどろもどろは落着いたかな?心中(しんちゅう)頷き、川面は訊きたがっていた質問をする。
「月を水に見立てるのは如何言う思いがあったのかな?それが訊きたかったんだよ実は。」
「あの詩は…(ただ)、悲しくて、思い浮ぶまゝに文字をしたためただけです。考えも、何も、あ…無くって。」
 生来の才。詩を描くべき人は生れ乍らに決まっている。小説家は努力次第で頑張ったらなれる世界だが、詩人は努力を許さない。懸命に励む者に詩の才を与えず、一見詩の世界に無縁そうな者の所へ赴いて行く。勿論当人は無縁だと思い込んでいるだけで、項に結ばれた可憐な雨の糸は赤子の時から付いてまわっている、詩の才能からは、逃げられない。
 ならば存分に使えば良い。借り物は散々に使い古してなんぼだ。
「じゃあ君も詩人として生まれるいたんだな。」
 川面の言葉に白羽は頬を輝かせた、雨中に眺む街の灯火(カンテラ)の風に怯えつつも光る色の目覚ましさ。
「一度抱えちまったら、もう手放せなくなる。ほら、詩を描くのは楽しいだろ?一回知ってしまえばまた知りたくなる、連綿とそれの繰り返し、見切りを付けられる奴もいるが、まあ詩人はそう出来ないタイプ、言葉を綴らないで丸一日過ごせるか?俺は土台無理だね。食うより寝るより探していた言葉を見つけたら書かずにはいられない、詩を描くのは俺に与えられた唯一の幸せさ。」
「私も…そうかもしれません。一人で机に向かって好きにペンを走らせる時が、唯言葉と向き合っていられる時間が至福です。父も母も弟も世間も物音も、其時だけは私を振りまわさないから、唯一の幸せ、と言うのは少し理解(わか)る気がします。尤も、貴方がお嫌でなかったら…の話ではありますけれど……」
 また俯向いてしまったデクレッシェンド、自信の無さは自分を示されない場合に起るもの、無理もあるまい、誰も彼女を彼女として見ていないのだろう、壁に掛けた清潔な軍服を見れば大抵事情は察せられる、妙齢(としごろ)の娘の部屋にしては殺風景なインテリアも…
「君は、どうしたい?」
 連れ出されたい、と思ったことは?
「……………」
 白羽はこっくり黙ってしまう。自分の未来(これから)を考えた経験など一度も無かったから、如何返答して良いのか分からずに考え込んだからである。川面は急に表情から一切の感情を消した仄暗い湖を見て背筋に寒気を感じずにはいられなかった。この少女で娘で乙女の瞳は過去も未来も見てはいない、現実だけを映しているかと思えばそうでもない、かと言って空想に遊び続ける眼差しでもない、何を見つめているか分からない、見てはいるけれど見つめてはいない、見つめたがらない堅固な虚ろの意志。未来など過去など現実など全て黒い雨水に同じ、泥の水溜り、流れて何處へなりと行ってしまえど一欠片も痛まぬ無感覚な心、彼女の闇は想像よりもずっと深くひん曲がっている。
 どうでも、いいのだ。詩以外は。

燐光

 目を覚ませば、まだ深更であった。月は太陽に目を伏せたまゝ街を見下ろし一言も発しはしない、静かな、静かな夜。枕元には一枚の紙切れが、恐らく原稿用紙の欠片であろう、癖のある達筆な文字で
「また来ます。夜更かしの習慣を取り入れておくように。」
と記されている。白羽は紙片を胸に抱きしめ暫くそのまゝ眠っていた。
 パチリ 薪が、爆ぜる
 いつものように軍服を手に取り、本来予備兵が着用するにはやゝなめらかなる手触りの袖に腕を通す。釦留(ボタン)を掛け違えぬように気をつけて襟を正し鏡の前に立って短い髪を軽く整えてから帽子を深く、鍔持つ指の爪白く。視界が少しくらくらする。
 階段(きざはし)を降り朝食の味噌汁の香りに身体を向けて襖を開けると新聞を読む父と仕度をする母の姿。此の家で最も広いスペース。
 私が左手に握りしめている原稿用紙を机上に置いて、二双の眼玉がぎょろと詰る。説明をしようと開いた蒼さめた唇からは
「さようなら」
の単語しか顕れなかった。
 白羽は()たれ、勘当された。痛みに俯向く顔は両親を見上げられないで表情も分らない。長い前髪がバサリと目を隠す。
 両親が去って行った部屋で白羽は原稿用紙を畳み愛用のペンと洋墨(インキ)と詩集を入れた手提げ革鞄(かばん)(しま)うと、取れた帽子を被り直して家を出た。二人の泣き声に足を止めないよう背を向けて。
「おはよう。」
「川面さま。」
「手紙読んでくれたなら、もう今すぐにでも発ってしまいそうだなあと一応危惧した甲斐はあったな。一度俺もビンタと一緒に喰らったっけ。“箱入り娘を舐めないで”って。本当、侮るものではないね、お嬢さんがたの行動力はね。」
「お供します。」
「あゝ、だろうなあ、そう言うと思っていたよ。まあいいか、おいで白羽君。今日から俺が君の師匠だよ。」
「はい、師匠。」
 二人の詩人は此の日から旅に出た、行く先々を決めない放浪の身、自分の為だけに行う外出、遠出、白羽の夜空が星空に染まり大きく見開いたまゝ川面の後を追い掛けた。

昨日の友は

 白羽の雅号は無かった。彼女は詩人として名告(なの)る際は必ず白羽を称した。まあ実名で小説描いてる奴も澤山いるし、川面はさりとて気にしなかったと言う。
「師匠のお名前は、本名ですか?」
 彼女は無口な上に内気で恥ずかしがりやでもあった為、滅多に自分から川面に話し掛けることはしなかったのだが、此の時期一度だけ進んで質問をしたことがあった。
「本名ではないよ。本名はね、もう思い出せない。」
「では何が契機(きっかけ)名告(なの)るようになったのですか?」
「うむ。家を出た時だ。俺は親から虐待されていたから、もう少し腕ッぷしが強くなれば今に家出してやる、と毎日毎日狙っていたよ。で、其時を迎えたから家を出た。直前に親父に顔面を川に突ッ込まれてね。川面は其処(そッ)から取った。星北は、まあ取り敢えず北に向かうからてことで。」
「………申し訳ありません。」
「何を?」
「てっきり、その、心得違いを、私……」
「俺の藝名についてかい?」
「私…その、北極星が冬の澄み冴えた水面に映る景色から名付けたものだろうと、勝手生意気にも考えて…居りましたので……お恥ずかしい、情けない…御容赦を。」
 川面の此時の顔。鳩が見れば飯を噴く。
「師匠の詩は、とてもロマンチックで、命懸けの恋文のように思いますもの。だから筆名も、てっきり……」
 師匠だよと豪語しておき乍ら早速(さそく)に面目丸潰れである。あちゃーとむず痒く後悔しながら苦笑する他あるまいて。
「まあ、男が詩を描くなんて物好きにしか見えんだろうな傍目(はため)には。詩は女性のするもの、手遊び慰め暇潰し、誰ももう懸命の仕事とは考えてくれんさ、君を除いて。」
「師匠、何故詩はこんなに嫌われて蔑まれているのでしょう。私が物心着いた時にはもう文壇からも世間からも詩は厭うべきものと処断されていました。初めからこのような扱いを受けていたのでしょうか?」
 彼女は知らないのか、そうか、一つの幸せでもあるかもしれないけれど知っておいても不幸にはなるまい。川面は此時確かにそう思った、思ったからこそ昔話を白羽に教えたのである。
 小説の一節を憶えろ、或いは詩の一節を憶えろと言われた時人は何方(どちら)を選ぶだろう、勿論詩は詩でも叙事詩のような歴史を歌う長大なものではなく、歌詞の如く短いものであるならば。人はあらすじが好きで、印象的な台詞が好き、記憶力の問題云々も関係しているだろうが心に残りやすいものが好きなのだ。そしてそれの代表格に押し上げられたのが詩であったと言う訳で。詩は讃えられ尊ばれ貴い芸術と見なされ詩人は神聖化された。
 けれど人は移り気で、いつだって神を呪い敵対したがる。そうして幾星霜嫌われ続けて来たのだろう、本家本元がそのように扱われるのであればその名を借りた存在もすぐに同じ扱いを受けてします。戦意高揚の為に用いられた詩は敗戦後憎しみと侮蔑の格好の餌食とされてしまった。此処迄話せば詩人が此の国でどのような態度で接されているか見当は付くであろう。
「師匠も、戦意を上げるような作品を描かれたのですか?」
「いんや。」
 川面の暮らしは世間の流れと隔絶されていた。それもそうである、子供を虐待していることを他人様(ひとさま)に知られたら両親は無傷では済まされない、しかし川面の両親の心配は杞憂であったのだ、だって、汚らしい男子一人大衆がどうしたものか。
「だが此の境遇が今となっては有難いものだったのだよ、負け惜しみのように聞えるやもしれんがね。親は子供に愛情を以て接しなかったが夫婦間ではそうでなかった。二人きりの時だけだと実に微笑ましく仲睦まじい――俺は幼いなりにも恋人と言う存在の美しさを知った、そして家族の情け無さをも痛覚した。だからまあ、君が命懸けの恋文と感じ取られるような作品ばかり仕上げたんだろうよ。」
 自分の作品達を他人事のように扱うのは、彼の子を持ちたくないと忌む心の表れであったかもしれない。実際川面は自らの描いた詩を描き終った次の瞬間にはよく憶えていないと言う。それでは師匠の詩が可哀想ではありませんかと弟子は問うたが、彼は少し笑っただけだった。

溺れる翡翠

 美しい霙がやって来るのである
 わたしの持つ傘を透して額に触れる
 精霊達の末期の口づけは静脈に沁みて
 やがては白い雪となって頬を伝った

 灰色の空に手を伸ばす
 愛しく過ごした日々の名残の色
 物を燃やす不吉な色が灰色とは限らない
 大切な生き物の記憶 その澄んだ瞳と長い睫毛

 星は動かず月も動かず
 太陽に目を逸らして来た冬の街々
 極光は城壁となりやがて視界を覆うだろう
 捨てられた唄を肌に感じながら
 夜が降る 夜が降る
 美しい霙がやって来る
 もう鳴らぬ鐘を動かしながら
 忘れられない冷たさを抱いて

 指を伸ばして示してくれた
 遠い燈台の北極星は
 きっと今ごろ瞼を閉じて
 穏やかに眠っていることだろう

 祈りあれ 平和あれ 白い菫よたんと芽吹け
 微笑みを忘れた笑顔の街々に霙よ降っておくれ
 優しい蔦で抱き包む遠い昔の物語よ
 涙を忘れた涙の街々にどうか降りやまぬことの無いように
「新月したるゝ」

 復興とは時間が合えば速やかに進むもので、国の中枢機関が集結する都市は数か月で戦前の暮らしに巻き戻っていた。そうでも言わなければ人は前に進めない、明らかに元の通りの生活ではないのに、さゝやかな喜びは旧来と変らぬとして恰も日常が再び送れるようになったと顔の下は引き攣っていても明るく笑っている。如何に腰を伸ばそうと、神経は何處かしらひん曲っているもの、人目には感知し得ぬ歪みを直感で見聞きするのが詩人なのだと、昔誰かがそう言っていたっけか。
 川面は穏やかな日を過ごしていた。此処は都会から少し離れた郊外の一軒家。平屋造りではあるが煉瓦やタイルが施され貧相な藁屋とは程遠い、染みも汚れも寄り付かぬ青濃い藍色の城壁達は森の傍、山への入口へ踏み入る者共を一人も見落すこと無く瞳を鋭く光らせている艶の冴えた色。その城壁の一部がカタリと軽い音を立てて前面に動いた、扉が開いたのである。
「師匠、お食事が。」
 中から日射しが眩しそうに目を細め微笑んだのは彼の弟子であり今は妻である白羽のエプロン姿であった。
「ああ、うん。」
 些か呆けた声で返事をする夫に彼女は嬉しそうに再び顔を緩ませ、家の中へ戻って行った。その後を川面が続き、扉は静かに閉められる。
 白羽が実家を出て数ヶ月で二人は夫婦(めをと)の契りを月に交わした。素面の弟子に酔った師匠が手を出した、と言う愚かな類のものではない。
「新月したるの次は新月したるゝかい。」
 白羽の描き上げた詩を横からちらと見ただけでもう全部読んだらしい。
「師匠。」
「いや済まない。盗み見る形になってしまったが全部きちんと読んだとも。白羽は新月、朔が好きなのかい。」
 硝子ペンを置いて洋墨(インキ)の蓋を閉めると両膝にきちんと両手を揃えて俯向いた。じっと考え込む癖は簡単には治らない。
「あまり、深くは考えていませんでした。詩を描く時、最初の頃は言葉が降って来るような感覚があったのですけれど、家を出て、街を彷徨っている間、溺れるような感覚が新しくやって来たのです。」
「溺れる?」
 家を出てから頭の中に水のイメージがよく湧いて来るようになった気がする。流れる清水の小川の時もあれば凪の湖の時もあり、雨の破片山奥の泉空を映さない水溜りの場合だってあった。そして其処にはいつも一つのモチーフが必ず佇んでいるのである。
「モチーフ。一体どんな?」
「古時計です。歌に出て来るような焦茶の古びた柱時計。秒針が動くでしょう、時計ですもの、そうしたら頭から爪先まで水に浸かっているんです、立ったまま、いつもいつも目を開いて、唇は小さく開けていると思います、水の中でも呼吸は出来るから苦しくてもがくことは無いですが、その代り、なのでしょうか、音は一つも届きません。」
「それが、君の言う溺れることなのかな?」
「はい。それが最近頻繁で。溺れている時は必ず朔を思い雫を思います、だから多分、新月としたたりばかりではないのかと……」
 自分を客観的に読める者はよく本音をパタリ閉じることがよくあるが、白羽は本音の頁を音読していた。これが恐らく詩人の才の其の一ツなのであろう。川面は喜色満面に何度も何度も頷いて、夫の腑抜けた仕草に妻はふと緩く微笑んだ。
 その日の次の日であった。白羽が消息をパタリと閉じたのは。

木樵の案内人

 朝起きると、隣で抱きしめていた温もりも、ほの甘い清廉な残り香も居なかった。朝飯の仕度だろうかと布団を出て寝巻きをゆるく羽織り居間へと向う。と、白羽ではなく一人の老人がちょこんと座敷童のようにかしこまって正座していた。
木樵(きこり)の爺さんじゃないか。」
「旦那さん、随分遅起きなことで。奥さまから言伝を預かっておりますよ。」
 柔和な眉毛ふさふさと白く温和な声でほくほくと笑う爺やの様子を見て、川面は白羽が買物にでも出掛けたのだと思ったらしい、余りにのどかな朝の一景は平和の単語の有難さをひねくれ者の臓腑にも深く沁みさせた。
「白羽は買物にでも行ったのかい爺さん。」
「いいえ。」
「なら朝の散歩かい?あの()は一人で近所を歩くのが好きだろう、この周辺(あたり)では人の姿もまばらだし、都会ほど喧しくもないから過ごしやすいんだよ。本当に爺さん良い家を紹介してくれた。」
 此処で少しこのお爺さんについて話をしなければならない。川面と白羽の今住んでいる家を与えてくれたのは他でもないお爺さんなのである。
 白羽には自傷癖があった。それはどうやら川面の詩集と逢うずっと以前から続けられていた大切な秘密らしく、垢も寄り付かぬいつも綺麗な袂の内に一筋の月夜の銀の小川みたいなカッターナイフを潜ませており、誰にも見られていない夜更の時間に自らの左腕(彼女の利き手は右である、ペンも右で扱った所為であろう)を四五度細く切り付けていた。
 初め其を偶々目撃した時、川面は幼少期両親の平手打ちを喰らい翌日喉を突いて死んでいた幼い妹を重ねた。
「やめろ!」
と叫んだのが不味かった。てっきり誰も見ていまいと思い込んでいた白羽の手元が狂い太い血管をズキリと刺してしまったのである、夥しい出血と倒れた妻の肌がみるみる鮮明に生死のコントラストを分けて行くのを呆然と震えながら抱いていた時、
「これを巻きなされ。」
何處から現れたのか霞のようにふらりと手を出し腕を伸ばし瞬きの間に洗浄消毒止血をこなした人こそ、今夫婦の家に腰を伸ばす老人なのである。意識を戻した白羽は惨めさと羞恥で涙ぐむ声で夫と老人に謝罪し頭を下げた。短時間、ものの数分の間に深夜の路地で起きた次々の出来事に川面は呆れ慄いたが、白羽の温もりを確かめる怯えの腕は解かぬまゝ、じっと老人を見た。青褪めた二人と裏腹に老人は頬の血色も確かにフォッフォッと笑う。
「おや、旦那の方もちと怪しいな、薬が切れましたか、酒の震えではござらん、モルヒネか、阿片か、まあ双方(どちら)でも構わん構わん、一粒これを飲みなされ。」
 手渡された藍碧の秘密深い丸薬を覚束ぬ指先で受け取ると貪りついて噛み砕いて溜飲を下げた。
「若い者は無茶をなさる。ちょっくらいらっしゃい、もう儂には広過ぎる家が一戸余っているからそれで雨露(うろ)を凌ぎ米と野菜を食べて布団で寝れば、お二人の憑き物も落ちようで。まあ先ずは温かい風呂に浸かりなせえ、(じい)が湧かせてあげませづ。」
 たった一晩で川面と白羽は路地上でのその日暮らしから立派な一軒家での日常を与えられ、死肉を切り取り食べていた食生活も温かい白米と味噌汁おかずの三食となり、温かな風呂と布団に身を置ける身上となったのであった。これらの工面は万事お爺さんがしてくれた。
「如何して自分達にこんなに良くしてくださるのです。」
 一度川面は流石に問うたことがある。他人に親切を施し頭から一呑みにされてしまう者など戦時下でも大勢見た、その者達の残酷な末路も知っている、そして彼等彼女等には差し伸べられる手も無い事実も余裕も現状此の国には無いと言うことも。故に例え愛する妻の命の恩人であっても、自らの禁断症状を鎮めてくれた者であっても、心から信用するには危険ではないかと考えたのである。老人は暫く川面の顔を黙って見つめていたが焦点の合い始めた眼球を見るとにっこりと微笑み頷いた。
「何、暇な老人の人助けだとでも思うてくだされば良い。貴方がたをどうこうしてやろうとは微塵も企んではおりません。それに、儂自身が先の戦争で息子夫婦を亡くしております、お二人がどうも息子達に似てござってな、哀れな(じゞい)を助ける功徳と思うて御慈悲をお垂れくださいませ。」
老人はやがて深々と頭を下げた。此処迄丁寧に親切に言ってくれるのならば仮に騙されても良いだろう一層のこと清々しいと思うた夫の意は正気づいた妻の夢にも届いたか、
「師匠。」
 布団の中から弱々と呼ぶ声に駈け寄って病める手を取る。
「白羽。」
 川面は白羽を娶った時より彼女に口数を尽すことはしなくなった。話し言葉が本当は苦手な男は、最愛の前では素面で居られるようになったのである。そしてその言えぬ本音は幸いなことに同じ呪いに愛された心の身内への通じた為、二人はさして言葉交わさねど一言二言で充分に足りた、なので白羽の一言は川面へ常人の十言となって響いたのであった。
「言わなくても良い。何も言わなくても良いから……良いんだ、白羽。良いんだ。」
 慰めきれぬ心の水底が(あけ)にポトリポトリ染みる、その傷は生きている間も死んだこれからも塞げず繕うことは叶わない。寄り添い抱き合い涙する、前世からの宿業の傷を持ち合う二人の背中を爺は邪魔せず見つめていた。その瞳には目の前に居る夫婦とは別の俤が滲んでおり、そして皺だらけの手には一片の紙切れが握られていた。

森へ

 木樵を生業とする老人の名は鴉谷(からすや)と言った。彼は都会に住んでいながらも毎日郊外にやって来ては森の中へ入り木を伐っては森の入口にある家(今は川面と白羽が住んでいる家である)で一息ついて日暮れにはトボトボ都会の家へと帰る、ちと不思議なルーティンを穏やかにこなしている人物であった。
「爺さん言伝って何だい。」
「奥さまから預かりました、これを。」
 いつもと何一つ変らぬ温厚な顔に川面はすっかり気を抜いていた、だからこそ、書かれている文字を読んだ時の胸に氷柱を押し当てられたような抜身の戦慄は如何程大きな衝撃を与えたであろう。

“星北川面様
 この(ふみ)をお読みになっている頃、私は貴方のお傍に居ないことと存じます。もう二度と見ることが叶わないのであれば目に焼きつけ心に刻み烙印のような痛みとして抱き続けようと思い、師匠の安らかな寝顔を見られたことは私の最後の幸せでありました。
 私はもう貴方とは一緒に居られない身になってしまったのです。川面様、どうか私を探さないで。師のもとをお許しを請う詫びすらなく立ち去ることをどうか愚かと罵り唾棄してください、そして私をお見捨てになってください。それを餞として胸に抱き白羽は遠く生きて参ります。
 私が生涯の内唯一愛なるものを捧げられた貴方、北極星のような貴方、どうかお身体をお大事になさってくださいまし。
白羽“

「白羽。」
 手紙を潰さぬように握りしめ青褪めた顔色のまゝ勢いだけよく外へ飛び出そうと走る川面。ところがその背中に声を掛けた者が居る。
「旦那さま、落ち着かれなさいまし。(わし)は奥さまの行先を知っておりますで、だから今此方にお伺いしているのでございますよ。」
 鴉谷の相も変らぬ声に川面はピクリと動きを止めて、今度は彼に走り寄る。
「爺さん本当か?白羽が何處に向かった知っているのか?」
「えゝ。儂も貴方もよおく知っとる場所であすよ。」
「何處か、それは一体何處なんだ。」
「森ですよ。此の家が入口になっとる此の山です。白羽さんは此方(こちら)に入られて行きましたよ。」
「爺さん、今直ぐに仕度だ。振り返って森の入口が望める辺り迄は入ったことはあるが、俺はそれより深く山に潜ったことが無い。けれど貴方(あんた)は木樵で、毎日森深くまで踏み入っている。お願いだ、頭を下げて、頼みます。妻にもう一度逢って話がしたい、その為には鴉谷さん、貴方(あなた)のお力を是非ともお借りしなければならない。山への案内人として、自分と一緒に来てくれませんか、どうか、この通り……」
 話し言葉が苦手な男がこれ程淀み無く助力を求める(ぶん)を話すとは。…鴉谷は森の方へ顔を向けると、片方灰色に染まる両眼玉をぎょろりと四方に動かした、途端に鳥や獣草木花々が冴えた冬風にざっと揃って声を上げる。
「うん。協力的ですわ、安心なされい。」
 今の老人の様子を黙って見ていた川面は文を読んだ時は背筋だけで済んだ氷柱が今度は肋骨全てになったかと錯覚(まが)う程肝を冷やした。何か妙な爺さまだとは薄々思ってはいたけれど、もしかしてさあ、タダ者じゃない感じ?否怯むな放浪詩人!白羽と話をするまでは何があっても退ることはしない。
「旦那さまァ。」
「何だい。」
「旦那さまの身仕度整えられましたらもう入りましょうか。荷は全て儂が纏めさしてもらいましたので、御心配無く。ゆっくり、しっかり身仕度なされましよ。」
 速い。俺が寝巻きを脱ぐ前にもう物資の準備が出来たなどと。やはり山も森も、其処を日々通う者に頼むのが一等安全な行路なのだ、此の爺さまが居てくれて本当に良かった。
「待たせてしまい申し訳無い。」
「いんえ、山は真面目に優しく登ってあげれば怒ることは無い。焦って礼儀を欠けば目的の叶えられないようにちゃあんと摂理道理が回っておりますから、準備で遅れるのは大目に見て下さいますよ、その証拠にまだ朝方ですわ。さあ、参りましょう。」
 鴉谷と川面は前後一列に並んで歩き出した。その縦一列の小さな小さな行列に、旭が白蛇の鱗を擽るように男二人の背中を照らしていた。

 いつも溺れていた気がする。産まれる筈だった弟は羊水に溺れて死んだのだろうかと一度考えたことがあったけれど、もしかしたら其時からだったのかな、頭の内に、泉やら湖とかの影たちが照らされ始めたのは。水、水、水。そう言えば演じていたのも陸軍ではなく海軍の予備兵だったっけ、縁があるのかな、名前には一文字も水に関する言葉なぞ含まれていやしないのに。あ、でも待てよ、泉の漢字は分解すれば白いに水だな、泉の資質は知らず知らず与えられていたってことになるのかしら。
 あゝ嫌だ。愛してもくれなかった母が付けた名であるのに。
 けれど弟と逢えなくなってから白羽と呼ばれることも無くなった。代りに紀莟(きがん)と呼ばれた、与える予定だった息子の名前を、師匠に伝えようか迷っていた時だったのに。傷を深く抉るのは何時だって慣れない、痛みとは容赦が無さすぎるもの。
「紀莟。」
 また呼ばれようとは思わなかった。実家から逃げたのに、名前はいつも付いて来る。見た筈も無い弟に、声も知らない弟に、ずっと甘えられている、名前を呼ばれれば白羽は紀莟になって私は自分へなっていく、白羽が溶けて、小川になって、花びらを時折混ぜ返し乍ら小さな莟にそゝいでゆく、いつまでも花を知らず咲かせられない莟へと。
「白羽。」
 川面さまのお声を想い出す。貴方が呼んでくださったからようやく好きになれた名前を耳にしたら、私は涙が止まらなくなる。川面さま、川面さま、私だってお逢いしたい。逢って、また抱きしめてほしい。抱擁など私には一生縁も無く与えられない愛情のしるしだと信じきっていたけれど、貴方さまが初めて恵んでくれた、家を出ると決めて外へ逃げたあの夜に。
 嗚呼、此の胸の内をそのまゝ記してはいけない、半分溺れている間に詩を描き上げてみせましょう、師匠の弟子に相応しいように、川面、さま。
「紀莟。」
 声の主は白羽が気を失ったのを見届けると、ぐっしょり雨露に濡れそぼった無垢の皮膚を拭い始めた。
「夜露を眺むるのは風情を含んだ行為ではありますが、あまり深酒はされぬように。」
「面倒はお掛けしませんよ。」
 紀莟と呼ばれた娘はすっくと立ち上がり手際良く寝巻きを締め直すと、ニパッと笑って続けた。
「この雨景(うけい)(じか)に身に浴びてみたらさぞ佳い詩が()れるだろうと思っただけなんです。でも、姉上の御身を流石に此処迄濡れそぼらせる肚はありませんでした。自分はもう寝ましょう。」
 そしてまた虚ろな紫陽花の色を深く籠めた娘がふらふらと床に倒れた、冷たい冬の川のような大理石の床の上に。
「もう今晩は限界でありましょう。」
 気を失った乙女の微かな吐息を確認して一つの声が言った。
「えゝ、人間がそもそも抱えることですら無い筈のものを、ましてそれに挑むなど…此方(こちら)のお嬢さんは顔に似ず結構な頑固者であらせられる。…今日はもう休ませてあげましょう、部屋へは自分が運びます。」
 もう一つの声が先の声の心配を受けて提案した。まるでお姫様を運ぶように月光に照らし浮き彫りになる黒い靄のような人影達は一体何。

昔話

 朝の眩しい光の中二人は森を通り山を登って行く。
「此の森のお話を聞いたことはございませぬか?」
 会話のタネにしてくれるのだろう鴉谷が、厳めしい表情を一つも乱さぬのを背中で感じながらフウと呑気に口を開いた。
「話?何か伝承でも有する森でしたか。」
「えゝ、まあ、細かいのは道々歩いていれば自然にお気づきになりましょうで、一番有名なお話を不束乍ら申し上げてみましょう。」
 昔、此の森には村が在り、桑の木の傍に建つ家の横、其処には一人の青年が住んでいた。青年の名前は彼岸(ひがん)と言い、彼岸には二ツ下の妹がいた。妹の名前迄は現在伝わっていないので妹とだけ称するが、妹は彼岸が二十二の(とし)二十歳(はたち)の旭を迎える直前、十九の(とし)の月夜の雨に泉下へと旅立った。村に於いて二十歳とは成人を意味する目出度い年であったので、其を迎えられない者が居ると不吉とされた、彼岸の妹は不吉な女、不名誉な女と見なされて彼岸の家は村八分に処され追い込まれてしまった、人はこういう時新たな発想と称して奇妙で陰惨な考えを起こしてしまう。
(彼岸と言う名を戴くのであれば、妹を其の身に取り込んでおくれ。)
 訳の分らない文である。彼岸の家系は巫子(いたこ)の血は一滴も引かないのだ。しかし話し言葉にはこの呆れた物言いでもそれらしく思わせるエフェクトが付く。それは表情であったり声音であったり身に纏わせる雰囲気だったり呼吸だったり、無理を頷かせるのは言葉そのものの力による圧力ではないのが人の世の習慣(ならひ)である。
 親に乞われた日から彼岸は死に、彼岸の妹、として生きることになったのだった。親を選べなかった不幸の他にもう一つ彼の不幸があるとすれば、生娘と名乗っても疑いの余地無いくらい美しくしとやかな顔をしていたことであろう。
「彼岸はその後も、娘として生き続けたのですか。」
 川面の胸には言う迄も無く白羽の境遇が思い返されていた。問われた爺はゆっくり首を横に。
「身を投げました、三十を迎える直前の、二十九の月夜に。妹さまと同じく雨の綺麗な夜だったと申すことで。」
「昔話とは、彼岸と言う哀れな青年の物語のことなのですか。」
「いんえ、本題は此処からでございますよ。彼岸が投身なさった次の日に、不思議な現象が村の長者宅で起こり始めました。
 先ずは家の庭に植えていた花が三日に一度、しかも一本だけ忽然と消えるのが始まりでありました、それから次は一週間に一度丑三時にトントン、と戸を叩く音がするように。」
「はあ、あゝ。」
「戸が鳴るのは流石に獣の悪戯ではあるまいとは思いましたが、人の寝静まる時間に表を歩くは何ものよと疑う長者殿、初めのうちは知らぬ態度を通しましたが毎週其の日其の刻になるとどうしたものか目がぱッと冴えて眠りを必ず中断される、そして例のトントン……でござりましょう。一ト(ひとつき)経てば気は滅入り、とうとう丑三時に扉を開けましたとの。」
「外に居たのは幽霊ででもありましたか。」
 思わず身を乗り出して話に聴き入る、青年の眼の下の隈は濃くも目玉は続きの知りたさにキラキラしている。それを見て鴉谷は意外、と目を丸くする。
「旦那さまはこういう類の話がお好きでしたか。」
「えゝ、まあ。怪異に興味が無いと言えば嘘になる、実際好きな方ですよ。正直人間ドラマよりも人で無しを扱った作品が好いんです、人の感覚は俺には分らないから興味が無いし、つまらない。何處で誰が泣こうが苦しもうが喜ぼうが舞い上がろうが構わない、尤も、人が目の前で苦痛に嘆き声を上げて喚き泣いていたとしても自分は如何したら良いのかさえ分らない、そんな男です。人の道理や通常の感覚も弁えない奴が人のドラマを観たところで、でしょう。」
 若い男の眉間が僅かに険しく歪んだのを、老夫は見逃さなかった。若気の至りとまで小馬鹿にはせぬが壮年にはまだまだ遠い青年ゆえの苦悩の他、詩人としての宿業も負った気苦労も重なって川面の表情は(とし)の割に憔悴している、最愛の妻が行方知れずであれば尚更であろう。せめて昔話に凭れる寸毫と雖も気休めになれば良いと爺は続きを始め出した。
「幽霊かと長者本人も案じたそうで俯向き乍ら戸をガラリ、一息に開けました。すると、きちんと揃えられた脚がある、おやおや裸足でもないわと恐る恐る目線を上げてゆきました、砂泥や塵も寄せぬ端整な裾、雪を染め抜いた真冬の曙の色に染めた着物には乱れもあらずパチンと固く締めた帯留めの桔梗、黄金(こがね)に旭の輝き放ち凛然たる紺の帯は緩みも認め得ぬ上品な二重太鼓、深く菅笠をかぶる輪郭の清らかさ、牡丹の唇、長者殿は(ゾッ)としながらも目を離すことが出来なかったと申し伝えまする。
 呆気に取られている親父を余所に客人はしなやかな御手(みて)でスッと(かろ)く笠を外しますと、なんと其の女性は盲目の方でありましたが、目は天ノ河を墨に溶いたように艶々(つやつや)と涼しい御様子で。」
「目の不自由な方がまた、一体如何して森に来たと言うのでしょう、其の御婦人はお一人で?」
「えゝ。お連れ様を従えている訳でも無し、道中おみ足に触れたものかもしれません、丈約一メエトルと六十はあろうかと言う木の枝をな、杖代りにして背も曲げずにすらりと立って居られました。一体 ()のような用件でと長者が(たず)ねますとな、此の村に彼岸と言う青年はいるか、と問われました。」
「ははあ。恩返しの仇返し、と言った顛末ですか。長者はさぞ困ったのではないですか。」
「想像するに難きことではござりません。もう死んだ男の名を求むるお前は何者かと震えに震えて指差したとのことで。貴婦人は奴の態度を気に留める素振りも無く、唯一言キッパリとお答えなさった。
(彼に命を救っていただいた者です。――)
 翌日、年老いたがめつい男は首を括って絶命していました。それもどうやら自ら進んでの働きらしい……話は此処迄です。」
「え、終りかい?」
「はい。旦那さまのお見立て通り恩返しの、と言う部類のものでございます。面白うございましたでしょう?」
「そうだね…面白くはありましたけれど、結末がちと唐突だったかな。もう少しあれこれ場面があるものだと思い込んでいたものだから、呆気に取られた感じですね。一体、その謎の女性が何者かも分らずのままじゃないですか?」
「それはまあ、実際逢われた方が宜しいので。」

生存者

 何と言った?
「逢う、とは俺の聞き間違いかな。」
「いいえ旦那さま、爺は言い違えておりませんし、貴方の耳は聞き違えなどしていませぬとも。」
「でも、貴方が今話してみせたのは昔話でしょう。」
「確かに昔話ではございます。ですがね旦那さま、昔話のものと言って現代と切り離すのは賢いとは呼べませぬ。何故かお考えになったことはありますか、昔話と称される者達が今世迄生き残っておられるかを。」
 風がととと、と木々の間を緩く走り始めた。木の葉の微かに触れ合い擦れる音がする。
「うん、それは昔の教えや戒めを伝え続ける為にあるのでは?実際人の在り様は古今東西似たり寄ったりだ、時代が変遷しようと人間は同じような事を繰り返す、その際の解決策になるようにと受け継がれて来たのではないでしょうかね。」
「そうですか、貴方はそのようにお考えなさいますか。」
「爺さんは違うのかい?」
「奥様にも同じ質問をしましたら、あちらはこうお答えなさったのです。……それは、生き残りでしょう、と。」
 物語は人の心と同じように何回も襲われて殺されるもの、尤も物語に限ったことではないかもしれません、実際詩はもう殺されています、戦争を起こしただの、戦意高揚の為に嘘を吐いていただの、敗戦に追い込んだだの、まあ滅茶苦茶にされています、責任は誰かが負っていると人は安心を覚えますから、誰の所為でもない・誰の責任でもないと口では言いつつ本心は誰かを苛みたくてならないのでしょう、その矛先は何時(いつ)だって物言わぬもの達へと向くのでしょう。
 ……私は弟の流産死した責任を負わされました。何の関係も、出産にだって立ち合ってはいないのに、母親は呆けている私を恨めしさに潤み淀む瞳で睨み、父親は表情を消した顔で私を見ました。そして揃って一言、お前の所為だと。
 私は本当ならとっくに死んでいて良い存在なのです、人の普通や人間の常識を持ち合わせていなかったから、疎んじられましたよ弟が母を妊娠するまでは。その日から我家は明るくなりました、両親は私の学校でのテストの結果より弟の話で持ちきりでしたから、毎日楽しそうだったのですけれど…人ならざる化物が生れた家だから祝福されないのだと咎められた時、自裁すれば良かったのですが、そうはしませんでした、理由はね、実のところ分らなくって、生き延びてやると確固たる意志を持っていた訳でもないのに…
 でも物語だって、そういう子も居ると思いますよ、もしかしたら。人間がそうやってフラフラ生き続けているのだもの、(おんな)じように特に意味も無く生き続けた子だって居たって良いではありませんか…なんて、彼等に言ったら怒るかしらお爺さん。あんまり情けない考えだから師匠にも怖くって恥ずかしくって言えません。きっと、物語の生命力も似ているのかもしれません、だって人が作るんですもの、人と似ていたって可笑しくはありません。…なんてね、自分を誤魔化してみてはいるけれど、やっぱり師匠には言い辛いの。師匠はよく詩人は嘘吐きでも素直でなければいけないと仰有います、私は素直ですらないのだから、本当は詩人でないのかも。折角、認めてもらえたと言うのに、本当に――
「最後の方は遠い静かな目で話されていました、奥さまは元よりお静かな、おっとりした、それでいて何處か寂しく狂気を隠したそうな綺麗な瞳をされていますがな。」
 白羽がそんなことを、自分が詩人であるかなど疑う必要も無い程彼女は歴然とした詩人の器であるのに、育てられた環境の所為で自らを愛することが未だに出来ないでいる。夫が如何に心を尽くして想えども妻の微笑みは何故か寂しい、そして止まない自傷癖、己を責めて血を流さなければ落ち着いていられないやるせなさ。自分や白羽のような人間は底無しに渇いている、幾ら雨が降れども満たされることは決して無い、孤独が解消されることは無い、詩人とは団欒の()の内にも歔欷の休符を聞くのである。薄らと感じてはいた冷汗が、氷となって肋骨を這い鳩尾に噛みつく、人が人を愛してもすくいきれぬと言う事実はちらちらと舌を出しながら川面を正面(まとも)に見据える。
「所詮、詩人は生きている限り苦しまなければならない規定(きまり)か。
「だからこその、昔話でございましょう。」
 鴉谷は小さく息を吸うと、詩を一遍空で読み上げた。

 遠く垣根の柵を越え
 蜜柑がひとつ寒空に留まる
 灰色(グレイ)外套(コオト)は金の(ボタン)を千切り離した
 落ちて来る嘗ての旭の威光は
 ポトリ 地面に心臓を残した
 暗い雨が降り始める
 その合図となった砲声は
 街に轟く雄叫びでもあったらしく
 人々は黒波となって道に押し寄せ
 誰も潰れて石のように変貌した果実を気に留めなかった
 鳥も、木々も黙っていた
 けれどかれらは、蜜柑の変化を見逃さずにいた
 小さな溜息が何處かから零れた
 遠く 垣根の柵を越えて

 爺さまが滔々と朗じたのは川面の過去の作品の一つであった。しかも、まだ詩を描き始めた時のもので、発表した詩集にも含めていない筈のものであった。
「貴方、何故そのような未熟な作を…?」
「人を信じられなくなった者は後ろ姿に安心します、勿論人間の姿も意味しますが、純粋な疑心暗鬼の根はあらゆる実物・概念にも繊毛を伸ばしますので、彼等彼女等は自ずと過去や歴史を眺め始め見つめるようになりやがては安堵を覚えていくのです。その為、その安堵の為に積み重なって来たものこそが昔話、過去の記憶なのでございます。
 未来の誰かが投身自殺を図った時、最後の最後で大きな綿袋となって命を救うのが、昔話なのでございます。」
「…………」
「作家詩人は未来の名も知らぬ悲鳴の為に今を犠牲にして言葉を連綿と紡いでいるのです、現在報われぬは当然でありましょう、例えそれが確固たる意志を持ち生き残ろうが目的も無く生き延びようが、ただ、在れば良いのです。人が手づから編み出し産んだものであれば、背骨などどうなっていようが構わないのです。」
 一息に言い終えた老人の後ろでざわざわと樹の鳴りが強まる。
「貴方はどうお考えです。」
 其の声はもう老夫の喉から出るしわがれたものではなかった。

玲瓏苛烈

 変化譚、と呼ばれる物語は数多い。人ならざる者が人の見た目を借りて訪ねて来る御伽話はよく知られているであろう、川面自身も馴染みが無いことはないが、まさか現実に起きる展開になろうとは予期もしていなかったに違いなく。
「誰です、あなたは、鴉谷の爺さんじゃない。」
 如何に普段他人に対し反骨無頼を以て接する(勿論白羽以外にであるが)野郎であってもこれには怯夫(きょうふ)にならざるを得まいと思う、爺さまと信じていた相手が老人とは似ても似つかぬ瑞々しい鈴蘭の如き声を発したら。
「木樵の老人には昔会った記憶がありますから、そのお姿を空気中の鏡に映しただけですよ。…声真似はしていましたが。」
 クスリと微笑み老人は羽織っていた赤い半纏を脱いだ。すると忽ち玲瓏たる美人が眼前に代って居た。
 男か女か分らない。眦は凍れる彗星のようにすらりと長く尾を引いた、端から零れる威は静かであるが逆らえない、それを見越した瞳の色は潤みを混ぜた銀の雪に首を傾げる円らな灰色、ともすれば小動物の眼を想起させる風情であるものの隙が見つからぬ鋭利な微笑が油断を打ち消す。黒髪すらりと肩にまですなおに伸びたおかっぱ頭からは想像も出来ぬ気高さと威圧は川面の両肩を寒からしめた。
「鴉谷です、改めましてにはなりますけれど。まあ可愛らしいまん丸な目、さぞ驚いたことでしょう、しわしわのお爺さんがぼろの半纏を脱いだ途端こうなったから。」
 クスクス笑う、穏やかな笑み。けれど目も口元も確かに微笑んではいるのに詩人の直感がこれは笑顔ではないと冷汗垂らすのは何故であろう。敵意や悪意でないのは分かる、判断は出来るのだか、このものは、ちっとも笑っていない。それを見透かしたか鴉谷はまたフフと笑う。
「貴方を害しようと企んで老人になっていたのではありませんよ、それは直感で分る筈でしょう?わたしが近付きたかったのは白羽さん。あの()に用があったから、ほら、穏やかでお人好しなお爺さんなら警戒されにくいと思ったもので。だけれどもまさか自傷行為の最中に逢うとは流石に考えられなかったから、あの時は正直吃驚しました。」
「妻に、何の用です。」
 絞り出す。
 「妻だなんて、まあ立派な旦那気取りだことですね。実際わたしが旦那さまって呼んだら気分良さげな顔していたものね。でもね、白羽さんはもう貴方のもとへは戻って来られませんよ。」
「何故。あんたは白羽の居場所を知っていると言ったじゃないか、そもそも白羽は如何して俺のもとを離れなければならなかった。」
「あの娘がいつまでも人間の振りをしているからに決まっているでしょう、詩人だと豪語する割に大した直感は持ち合わせていないのね。」
 鴉谷はフッと溜息を短く吐いた。さもそれが当然であるかのよに。
「白羽が人間の振りをしている?貴女(あんた)の言う其は振りじゃなくて人間ならではの行動のことじゃあないのか、白羽は元より人なのだから。」
 何を馬鹿げたことをと次は川面が嘲笑えば。鴉谷はピクリと柳眉を片方引き攣らせ凪の空を装った瞳の色は颶風(ぐふう)霹靂(へきれき)渦巻く嵐の本性を露わにする、おかっぱの毛先はするすると土に伸びて地を這う黒蛇怒りの矛先に鎌首を擡げ刃の鋭さの陽光を裏切る痛々しいギラつき様、髪の重さに震うのではなさそうなしなやかな肩は撫でた素振を投げ捨て(きッ)と睨む針山を双方に隆起さす。染み一つ無かった滑らかな陶器の肌には数多の裂いた傷の名残であろうか白い線が手首と平行に幾条も浮び上がり、握った拳は鬱血して青黒い。
「白羽が人間?白羽が根ッからの人間?侮辱だ、それは私の友への侮辱の言葉だ!」
 身じろぎも出来ぬ川面の頬をヒュッと冷たい風が吹いたと思うと、眦から顎下に掛けて顔を斜めに横断するように激痛が走る。鼻と唇にも容赦無く刃先は見逃さない、赤い血滲み始めた切り傷を両手で押さえ呻く川面の頭を土足で踏みつけ額を血に抑えつけた。
「謝れ、謝れ、謝れ!貴様如きがあの子を幸せに出来るとでも思うたか、人ではない者が人の世界に生れ落ちたのがどれ程の苦しみか分るのか、人に成らなければならなかったあの子の心が、貴様のような人間に分かってたまるか!」
息荒く切らしながら頭を蹴りつける、強い衝撃で血が噴き出し川面は身動きもままならない、意識は痺れ痙攣し

 目を開ける。身体が仰向けにされている。背中に感じるのは山道の砂利じゃない。視界を片側覆う白いもの、肌ざわりからして包帯かガーゼらしきものが。少しずつ覚醒していく中で、切られた痛みもジンジンと熱くなって次は頭の痛みも起きて来た。また目を閉じる。
 血の匂いはしない、土の匂いも、葉の音も。横たわっているのはベッドだろうか。ならば屋内に運ばれた?此処は病院かもしれない、手当ての際に使用されたろう消毒液の匂いが遅れて鼻に感じられた後、こうなる直前の、記憶が。
 息があがる、恐怖でじっとりと身が冷える、奴は、相手は、いないかと確かめるため首を横に動かす直前、
「師匠。」
 聞き慣れた、声が。
 そして手を握る、ぬくもり。包帯の巻かれていない目から熱い寂しさが堪え切れず零れてしまう。カハ、カハ、と掠れた呼吸だけを繰り返す夫の姿に、白羽は唇を震わせる。
「師匠、自分です、貴方の、妻の……白羽です。ごめんなさい、ごめんなさいよ、貴方をどれほど苦しませたか、私、私……」
 結婚の道を選ぶ前からも見続けてきた泣き顔は、およそ一日会わない間にいたく窶れて頬は幾らか落ち窪み痩せた顔に乱れた細い毛がぱらりと擦れる、その刺激にも耐え得ざるべき搖らぐ瞳は夫を見つめて恥と恐れと愛おしさに俯向くものの焦点はきちんと定まっていた。彼女のさまを他人(ひと)は一縷の頼母(たのも)しさと馬鹿にし軽んじようが、川面には戦艦の錆びぬ錨よりも深く安心出来ることであった。
「良い、良い。俺とて以前君の住居(すまい)にコソ泥として這い上がった前科がある、それと比ぶれば俺の方がよっぽど悪人さ、妻が夫に無断で出掛けたとてまたこうして会えれば何者にも咎めることは能わず、気に病むものじゃあない。さ、涙を、お拭き。」
 手の伸ばして触れられる距離に愛する者が居る嬉しさと安堵感からつい心は弾み口が軽くなり普段の調子を取り戻す。
 こういう時に魔は笑う。
「まだ夫婦だと言い張るのかい。」
 声を聞いただけで傷が酷く疼く、言うまでもなく(ぬし)は鴉谷である。
「あ。」
 白羽は振り向きざまに軽く声を立てたが、直ぐに、
「菫ちゃん、あの、私からちゃんと説明しますから。」
「どうでしょう、人が簡単に納得する性質であったでしょうか。」
「大丈夫、川面さまならば大丈夫だから。……貴方。」
彼女と会話をするのはどういう関係だろう。夫が尋ねるより一足先に妻は真摯な眼差しで伴侶を見つむ。
「私が家を離れました事は、今から申します話でお分りいただけるかと思います、けれど、複雑であまりに突拍子も無い内容だとどうぞお嬲りあそばさないで、法螺話だと疑わないでくださいますか。」
 手を握る細い指を、力を込めて握り返す。
「無論、疑いも貶しもしないと約束しよう。現に怪異に文字通り打ちのめされた身だ。まして君の言葉だ、俺が見切りをつけるなど有り得ない。」
 白羽はほろりとも一度微笑んだ。
「………闇市で売っていたラムネを憶えていますか。」
 ラムネ。
 もう数えるのも止めた戦後の食糧難、あまり頻繁に起きるから定期的に訪れるイベントのように賑いと活気を楽しみにしている者も多いのは人々の表情でも分かる。前述した通り以前は路傍(みちばた)の人間の死骸の肉を削ぎ食った経験も多々あったが、結婚の後は木樵の翁に変装していた鴉谷に養われるような形であった為大衆の需要からは遠のいていた。いたのであるが…それはあくまでも食料に関する話、詩人が寂しさから逃れられないように、白羽が自傷癖を止められないように、川面もドラッグを手離せない、そして闇市は非合法なものである。
 違法薬物の代価を賭場で稼いで来た或昼中のこと、いつもより良いクスリが買えたと喜んで勇み足にて家路を急ぐ時、会わぬ筈の白羽の姿を市場で見つけた。他人の空似で無い証拠に、川面と目が合うと小走りに駈け寄って来たではないか。
「師匠。今お帰りですか?」
 場面だけ見れば微笑ましい夫婦の逢瀬である、日は明るく雲は白く風もそよりと吹くばかり……片頬笑む互いは互いの瞳の奥濁る結晶を知っている、日は暗く雲は煤け風塵には家屋人肉の焼けて地面に焦げ付いた匂いも混じる。
「あゝ、今日は良い買物が出来たから。…それより、おまえは?市場に来なくとも食材も水もあの家にはあるだろう。しかも一人で、こんな時勢だ、悪漢にでも攫われたら危ないよ。」
 本心の心配の言葉すらも自嘲の声色になってしまうニヒルは引き剝がせない。それでも白羽は笑うのである。
「お爺さんがラムネを飲みたいって、そう言って…」
「ラムネ?」
「えゝ。自分が幼い時飲んだっきりでこの(とし)になるまで再会出来ない、老いれば突拍子も無くふとした事柄が妙に懐かしいと思うものだからって。普段お世話していただいているお礼に、私家を出て来ましたの。」
「そんな話をしていたのかい、他愛の無い日常だな。」
「ちゃんと買えました、この通り。」
「駄菓子屋も露店商へ移り客は大人ばかりさ、つまらない…ラムネ瓶なぞ誰も望みはしまいものを、もう都会にしかない玩具みたいなのを欲しがるなんて爺さん可愛らしいもんじゃないか、ねえ。」
「本当ですね。」
 帰る手に握っていたラムネの入った風呂敷包みの影が伸びたを、いくら白昼と言え二人は気付くことはついぞ無かった。
 白羽が言うのは、その時買ったラムネ瓶のことである。

「憶えているよ、何だか昔の色はぼやりと朧気だが、輪郭はまだはっきりしている。闇市で買った物だろう。」
「私達にとっては変哲の無い瓶だったのですが、菫…鴉谷さん達にとっては大切な物なんです。それは、その理由は…ラムネの玉、瓶に栓をしているビイ玉があるでしょう、それが、人間の始まりの姿とおんなじだからなんです。」
「ビイ玉が、人の始まり…?」
「人は赤子として生れる前は皆ビイ玉の姿をしていて、それは綺麗な湖から作られる物だから基本的に他の物と混じることは有り得ないのです。けれどもやはり極く稀に居るのですって、自分と関わりの無さそうな誰かの硝子玉を知っている人と言うのが。
 罪ではない。罪ではないらしいのです。仕方の無い事象であって、目に映ずるものを、耳に聞くものを、肌に感じるものを拒むなんて出来ないからと…けれど、現実にそういう人達は苦しむのです、前世でも来世でもない知らぬ他人の記憶を身に抱えて切り離せられないなんて…まるでへその緒みたいで嫌なんですよ。」
 不純物、とまで言うのは行き過ぎな気もするので、恐らく謝って紛れ込んだビーズや硝子の欠片(かけ)と言った雰囲気のものであろう、白羽の言う全く繋がりの有さぬ他人の記憶とは。命を直接奪いかねない致命傷を生む武器屋脅威にはならない代物であるかもしれぬが精神を病む種には充分に成り得る厄介な存在だとは川面は妻の笑えない微笑から察した。
「ビイ玉の理論は分った、そのような概念も確かに在るべきものなのかもしれない、(いや)現に君が証明しているのだから疑うことも無いのだが。俺がさらに教えてほしい問題は、何故鴉谷はビイ玉を欲したのか、そして白羽、君は誰の硝子を混ぜられているのか、の二つだ。答えてくれるかい?」
 努めて優しく問う夫に、妻は目を紅く疲れさせながらもハッキリと頷いた、その細い骨に何を澤山背負わされているのだろう。
「私の内側には、彼岸と言う青年の破片を混ぜられているようです。」
 本来の性別の通りに生きられない苦しみを聞いた時、妻を思い浮べなかった訳ではなかったが、今昔も似た境遇の者は存在するのかと人の世を嘆く程度にしか到らなかったのである。
「じゃあ、君が望むように生きられなかったのは、その、混じった欠片の所為だと…?」
 もしかしたらそうなのかもしれない。そのように因果を決め付けても良かったのかもしれない、けれど、それではあまりに可哀想だと咎める自分が居たのも事実。
「貴方も、そうお考えになりますか?」
 妻の瞳は一度夫から逸らされた。嗚呼、彼女は得心がいかぬのか。
「白羽。君は如何思いたい、考えたいと?」
 やはり話し言葉は嫌い。心に想う万分の一も伝え切れないから。
「彼岸青年の所為にはしたくないんじゃあないか?」
 拍手。二人は同時に肩をびくッと上下し音の出所を見向いた。待ちあぐんだ鴉谷が高く手を鳴らしている。
「腐っていても師匠は師匠でいらっしゃいますのね。まあ随分と下らない問答と茶番を見せてくれましたこと、人は茶番に身を沈めて生きるのねェ…なんて脆い。」
 川面には明らかな敵意の微笑みで、白羽には憐憫の微笑を湛え代る代る頷き終えるとピタリと真ん中で停止し笑顔を消して無表情になった。読者は憶えておられるだろうか、川面が過去一度だけ白羽の表情に背筋を震わせた時を。あの時晒した彼女の本性の一部、堅固な虚ろ、無感覚が今鴉谷のする顔を酷似していたのである、温度、湿度、吐息の静かさ穏やかさ、瞳の彩色までも。
「自分からきちんと話すと仰有って今一つ要領の得ないお涙頂戴なお話をどうも彼岸さん。本当に貴方は話すのが下手、文章なら好きに暴れるくせして声に出すとなると良い子ちゃんになろうなろうと無意識に精神を削るもんだから性質(たち)が悪いし性格も悪い。でもまあ良いわ、そうでなくっちゃ彼岸さんじゃないもの、貴方じゃない、貴方でなかったら今頃私は此処に居ないから、感謝はしていますよ、でも感謝と好意はまた別物です。感謝している相手の背中を襲ったり、好意の微塵も無い相手を庇うことだって人はするもの、でしょう?」
「鴉谷、おまえは一体何なのだ?以前彼岸青年と繋がりのある人間だったのか?」
「菫ちゃん。」
 その名前を忘れないでいてくれたから
「彼岸さんに免じて川面さんは殺さないでいてあげます、このことからもお分かり?私は人間ではないのです。昔、彼岸さんが暮らしていた家の傍に生えていた桑の木ですよ。ちゃんと冒頭に勿体付けて話したでしょう、聴きとれていいましたか詩人先生。」
 彼岸青年は人と面と話して話すことが嫌いであった、それは赤の他人だけでなく血縁関係にある両親に対しても同様で、唯一嫌悪を抱かずに済んだ話し相手が妹と桑の木だけだったのである。
「私は見ていました。彼岸さんが妹さんと楽しく笑っている姿を、そのお顔がだんだん感情を消していく過程も、身を投げる前に一度だけ私を抱きしめて泣いていた体温も。木は人の世であるから人のように自在に動けぬのです、人の妨げにならないように静かに黙って耐えているだけ、けれど想う人が居なくなれば人の世ではありません、人の世でないのなら嘗てのように動いても良い。」
 長者の命を絶ったのは、人間の手によるものではなかった。
「彼に、命を救われたと言うのは…」
「私、私のことです。私達のような生命は掟を破ると二度と本来の格好に戻れなくなる決まりがあります。掟とは勿論人を勝手に殺すこと、人の世界とよく似た決まりごと、私は何百年掟を守って心を殺して来ましたが、彼岸さん、貴方が亡くなって私は生きることが出来たのです、私の心を助けてくれたのは貴方なの、だから長者は始末しました、二度と本来の在るべき姿に帰れなくっても、身体を失い心を生かすことが叶いました。私に、相応しくもない菫なんてあだ名を付けてくれた貴方…」
 鴉谷の告白に川面と白羽は互いに身を抱きつつ絶句していた。人の殺意は街で度々目にしたが、人ならざる者の其を初めて知って、その単純に落ち着けない熱量と複雑怪奇な冷酷さに肝は冷えて瞳が熱い、恐ろしくてやりきれない人を超えたものの純烈たる意志を骨にまで刻みつけられたから。

善行

「菫ちゃん、菫ちゃんって、憶えていてくれたのね、嬉しいです。」
 夜になっていた。三人が居るのは消毒液の匂い強かった部屋ではなく、囲炉裏のある木組の一室で、天井には幹もそのまゝに見事にうねった松が入り組んでおり、屋根の更に上から今を覗かんとする何ものかの目をあてる為開けた障子の穴(それにしては数百倍はあるが)に魚を焼く煙がもくもくと濃く上っている。話す菫はにこにこと嬉しそうに夕餉の世話を甲斐々々しく務めており、彼女に面倒を見られている白羽と川面の顔は極めて神妙それもその筈、二人は此の場所から出られない状態に整えられてしまったからだ。菫の激昂から幸せそうな笑顔に到る迄何が起き何が判明したのか物言う余裕の無い二人に代って説明申し上げよう。先づはそもそも此処が何處なのか、から。
 菫が彼岸を迎える為に言霊で編み出した白い木槿の花の屋敷。彼岸を追い詰めた村の人間を一人残らず肥やしへと加工しその土で育てた歓迎の花々、を大理石にし畳にしフローリングへと刺繍した、床ばかりではもてなしにしてはなんとも貧相、では次は柱をそれぞれ組みましょうと一ツ目虚ろな花を澤山(たん)と注いで骨組を造ると、あれもこれもと興が乗って尽きぬ花を材料に一夜の月光の光の(もと)に大きな屋敷を建築した、内装も外装も質素純朴なれど質の高く(ひん)の好い飾りつけで潤す気配りの殊勝さよ。殺風景だと昔の村を思い出してしまうかもしれないと現代寄りに寄せたデザインは山の中の森の中に建つにしては僅かに浮世離れをしているが、其を咎める者は一人も居ない。否、そもそも気づかれることは無いと言う。その理屈は
“桑の木が風にそよぐのを疑う人はいませんから”――
人ならざるもの達の世界に、人智は一切意味を成せない。考える葦と称される種族に考えるなとせゝら笑う、彼女等は敵意があるから災いを引き起すのではない、憎しみから災いを引き起こすのではない。天罰、天誅と言う単語も恐らく菫達の常識には当てはまらないのであろう。
 兎角此方側にどうこうしよう、困らせよう、などと企む気配は無いのは今彼女の表情からも見て取れる。若い夫婦が身を寄せ合い目の前の乙女に戦慄していた時、愛しい面影月輪に濃い白羽の表情に怯えを察したのか、苛烈な物言いは急に鳴りをひそめ腰の抜けて立ちも出来ぬ人間の女の前に両膝をついた。
「まあ彼岸さん、驚かせる心算(つもり)《つもり》は無かったのよ、急に貴方の立ち去った後の話をされても困るわよね。えゝ、えゝ、私ったら慌てたのかしら、いきなりオチから話すだなんて藝の無い、無粋だわ。先ずは貴方との想ひ出から始めなくてはいけないわ。それから順々に話をしていけば貴方もこんがらからない筈、こういう時は夕食がぴったりね、今直ぐ仕度をしますから。」
と瞬き一つ触れ合えば山の中は夜になり、目の前には囲炉裏があり…と言った次第である。
「貴方…」
「怖がらないであげた方が良い。今は彼岸として彼女と話してあげなさい。」
 そのうち人の世界に戻る方法も分かるかもしれない。あんなに厭うていた人間達が此時になって懐かしく思うとは…川面は苦い笑いを胸に秘め、震える腕を着物の上からギウとつねった、二人で帰るのだ、元の世界、住むべき所、在るべき場所へ、相手に畏れを(いだ)けど怖がっている暇は無い。妻は川面の言葉に静かに頷き、菫と二人話に花を咲かせている。
「では、菫ちゃんがビイ玉を探しまわっていたのは、自分に逢いたかったからなの?」
「私達はね、視力が鳥達みたいに良くないの。だから人を見ただけでは破片が混じっているかどうかは分らない、ビイ玉を透かして人を見ないといけないから。」
「だからラムネ瓶のビイ玉が欲しいって、お爺さんの姿の時によく話していたのね。」
「えゝそうよ。ねえ彼岸さん、あのお爺さん憶えている?村に一度だけやって来た不思議な木樵が居たでしょう。僧だか木樵だか何方(どちら)なのか判然としないから村の人達は避けていたわ、どうせ物乞いだろうと結論づけたのでしょうね。でも貴方は違ったのよ、妹さんを亡くしたばかりなのに、お爺さんを泊めてあげたじゃない。」
「そう…そうだったかな。」
「お爺さんお名前は?ッて尋ねたら鴉谷と申しますと丁寧に頭を深く下げたのを私見ていてよ。まあ何てきちんとした人だろうって感心したもの。」
「菫ちゃんは本当によく憶えているのね。そのお爺さんの姿になって逢いに来てくれたのなら、その人はきっと、とても優しい人だったのではない?自分はよく憶えていないけれど。」
「彼岸が完全に記憶を探られないのは、白羽さんとして生きた記憶が邪魔をしているの、道を塞いでしまっているんだわ。でもね、それももう今日でおしまい、わたしが硝子瓶を集めていたのは此時の為だもの。」
 底知れぬ崖から落ちる列車の積荷が終いまでその事実を知らぬまゝ穏やかに瞳を閉じて眠り続けているように、恍惚(うっとり)と目をそばめ夢みる乙女は薔薇に笑う、その頬の艶は相手の顔からますます血の気が引くのも物ともしないで可憐に色づく。さながら生き血を吸うかのように、相反して。
「何を、するの?」
 白羽の声色は読者の想像に難くない。
「元の通りに戻してあげるの。混ざった異物を取り除いて、健康な精神にしてあげる、爽やかな、良い心持ちになれたら、彼岸だって嬉しいでしょう?人が人ならざる者に戻るだけ。今迄通り故郷で楽しく生きるだけ。」
 菫さん、と声を上げ制止する間も認められず、白羽の額に一粒の丸い硝子玉がトン、と当てられた。

発火

「……あれ?」
 白羽が目を開くと、其処に夫の姿は居なかった。布団の温もりも消えている、家の天井の木目も変わっている、模様替えなんてしていないのに。
「師匠?」
 消毒液の濃い空気に肌がピリつき喉が()まる、見覚えの無い場所の筈が、懐かしさを交ぜた恐れを感じているのは如何してだろう。
 師匠、ともう一度愛する人を呼んでみる。此処は何處、と首を動かし身体を起こし視界に入った白いカーテンを左右に開き窓の外の景色を確かめようと試みた。
「……何、これは。」
 それしか言えなかった。彼女の視野一杯に広がるのは、堆く積まれて今や巨大な山々と成り果てた硝子玉含むラムネの瓶、瓶、瓶。或る物は鳩尾を抉られ或る物は頭部を破壊され或る物は別の瓶を身体に無理から捻じ込まれ、ただの廃棄場にしては不穏な色濃き霧の中に、嘗て誰かの傍に居たであろう物体達は凄惨な姿となって倒れている。捨てる為の場所、と言うより此処は
「捨てられた物達を集める場所よ。」
 咄嗟に悲鳴を呑み込み振り返る。すると、其処にはおかっぱ頭の綺麗な身なりした女性が一人立っていた。
「誰?」
「忘れちゃったの?菫ですよ。菫ちゃんってよく話し掛けてくれたじゃない、彼岸。」
「彼岸?それは――」
誰のこと、と質問する前に、胸が大きくさざめく。のたうつ心は指先を細かく震わせて瞳の焦点をぐらぐらと歪ませた。目の前に立つ娘の姿がだんだん薄墨にぼやけて木の葉が擦れる音が際立って来る、窓の外にも部屋の中にも木なんて生えていないのに、眩暈は回り足から力は抜け冷たい大理石の床にぺたんと崩れるように座り込む、この冷たさ、冷たい、冷たい。私は、この温度を知っている。
「そう。貴方は、身を投げてしまったの。その先には、清い川が…けれどもとても深くて、溺れたらもう溺れ続けるしかない淵の川に、貴方は身を任せてしまった。」
 何で、いや、私は理由を知っている、だって、私は、自分として生きられなかったから、あの時も――
「姉さん。」
 やめて、聞える筈の無い声。
「兄さん。」
 助けられなかった十九の妹。
 離れて、離れて。あなた達なんて知らない、憶えていない、
「忘れて良いのですよ。」
「忘れたって良いのよ。」
 嘘。こんな言葉掛けてもらったことなんて無い、これは嘘だ、夢だ、まやかしだ、自らに都合の良い願望を見ているんだ。だってあの子達に物語なんて無かった、持つ前に消えてしまった、紡ぐ契機(きっかけ)すら与えられなかったではないか、在ることさえ認めてもらえなかったじゃないか。
だから、わたしは

「白羽君。」

 描ける時をずっと待っていたんだ。誰かが与えてくれるのを、貴方が与えてくれる日を。
 パチリ
 今度は薪が青い火花を散らすのを見逃さなかった

 ビイ玉を押し付けた菫の手首を(しか)と掴み本来曲げてはならぬ方向へ素早く回した。
()ッ。」
 菫は指から硝子を零し、コロコロ転がる其を川面が袂と床の間に押さえ付ける。直接人が触るのを本能で嫌がったのは賢明であった。
「白羽、無事か?」
 無事でないのは自身の心であろう、まだ動悸の止まぬ胸をえいと抑え付けて窮地を脱する手助けをした川面の顔は英雄、と褒めるにはだいぶ間抜けが過ぎる表情ではあるものの、何が何やら分らぬまゝ蚊帳の外の立場にしては胆勇を示した方である、流石死体の肉を削ぎ取ってでも生きようとしたしぶとさは其処等の雑草にも劣らず立派と言う他ないであろう。そんな夫の、懐かしい本性を見て白羽はにっこり微笑んだ、寂しさの晴れた、出逢った月夜のような旭の光で。
「はい、師匠。白羽は無事でございます。」
 もがく菫の手首を放し、キッと見上ぐる涙目に一歩も怯まず白羽は続けた。
「菫ちゃん。私は確かに混ざりものです、彼岸青年の記憶を所々有しているのは事実、前世でもない者の記憶を点々と持っている事自体恐ろしくて理解出来なくて苦しみました、自分は人間じゃなくて化物か何か異類のものではないかって。でも、今、思い出せた気がするの。この記憶を物語にすることが、彼岸の望んだ、私に託した願いではなかったかと。」
「ねがい…?」
「思い出すのがこんなに遅くなってしまってごめんなさい。もっと早くに出来ていれば、貴女は硝子瓶を躍起になって集めることも無かったのに…昔から鈍間なの、だから妹も助けてやれなかった。」
 菫の手を両手で取り、そしてそのまま抱きしめた。彼女の背中は肉も薄く、細かった、何よりずっと震えていた。
「ずっと一人で頑張っていたのに、傍に居てあげられなくてごめんね菫ちゃん。もういいの、もう頑張らなくっていいの。戻っておいで。」
 くたりと菫の身体から力が一気に抜けて行く、恰も人形から空気がシュルルと抜けてしぼんでしまうように。みるみるうちに乙女の姿は小さく小さく縮んでいって、最後には一本の枯れた小さな枝だけが音も立てずに床へ落ちると砂糖が崩れるみたいにほろほろと輪郭を手放し、一欠片も形を残さなかった。

「守りて」

「守りて」

それは、たった一粒の未練。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-04-07

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 序詩
  2. 誕生石
  3. 反骨無頼
  4. 修行
  5. 来訪侵入
  6. レモンとビイフ
  7. 才たる罰
  8. 燐光
  9. 昨日の友は
  10. 溺れる翡翠
  11. 木樵の案内人
  12. 森へ
  13. 昔話
  14. 生存者
  15. 玲瓏苛烈
  16. 善行
  17. 発火