騎士物語 第十三話 ~二度目のランク戦~ 第三章 きらきら新技
『ビックリ箱騎士団』の面々の新技お披露目です。
第三章 きらきら新技
「なんなんだそれはあぁぁぁ!」
ランク戦、我ら『ビックリ箱騎士団』の次なる出撃はアレク。前回のランク戦でティアナに負けた事でCランクとなっていたから三年生のトーナメントには参戦できず、本人もそれを悔しがっていたのだけど同級生のみんなも当然前回から強くなっていて、アレクの試合は激戦となっていた。
そう……ついさっきまでは。
『一体何が起きたのか! 先ほどまでの攻防が一変しています!』
司会の……えぇっと、今回は誰だったっけか……みんな名前が似ているからわからなくなったぞ……と、とにかく、司会の人もそうだけどアレクの対戦相手もかなり驚いている。
アレクの得意な系統は第一系統の強化。攻撃の瞬間に強化魔法を一点集中させるという爆発的な破壊力を武器に、鋼のように硬くした身体でガンガン突き進んでいくパワータイプ。
対する相手はアレクに負けず劣らずのがっしりとした身体でフィリウスみたいな大剣を振り回し、同時に一撃で地面をえぐるくらいの威力がある火の玉をいくつも発射してくるという、こちらも火力特化タイプ。二人の戦いは闘技場のあちこちを破壊していく激しいモノだったのだが、アレクがある魔法を発動させてから状況が一変した。
飛んでくる火の玉を、さすがに強化した肉体でも防ぎ切れないからかさっきまでは回避していたのだけど、今は降り注ぐ火の玉の中に突っ込み、バトルアックスで弾いている。
ああいや……「弾く」とはだいぶ違うか……触れると同時に爆発してダメージを与えるはずが火の玉は爆炎も爆風も残さず、バトルアックスに触れた瞬間に消滅しているのだ。
「いくぜおらぁああ!」
「――っ、何したか知らねぇが真正面から来るなら返り討ちだぞ、一年!」
火の玉を消しながら突進してくるアレクを正面から迎え撃たんと、相手は大剣を――たぶん強化魔法と火の魔法をかけて燃え盛る一振りにして構えた。だが――
「――なっ!?」
両者の武器がぶつかった瞬間、相手の大剣から炎が消え――た上にそのまま砕け、アレクの一撃が相手に直撃した。
「っしゃぁっ! お前らがいないならいないで一年生トーナメントを制覇してやるぜ!」
結局最後の一撃だけで相手を倒してきたアレクに、オレもそうだけどカラードも目をキラキラさせていた。
「最後に使っていた魔法がアレクの新技だな! 炎を消滅させていたが何をしたんだ!?」
「俺の体質を基にした魔法だ。お前の『ブレイブアップ』の天敵かもしれねぇぜ?」
アレクが編み出した新しい魔法、その名も『ゴルディアス』。ざっくり言えば、これはアレクの特殊な体質を魔法の形で再現し、武器であるバトルアックスに付与する魔法だ。
セイリオス学院女子寮の寮長で、オレとフィリウスが旅の中で出会った事のある知り合いでもあったオレガノさんが教えてくれた事だったのだが、アレクは『ヴァラージ』という特殊な体質を持っている。
筋トレをした時に筋肉が増える仕組みは、筋肉に負荷をかけた時に損傷した筋繊維が前よりも強靭になって回復するからで、『ヴァラージ』はこれを全身に施す。簡単に言うと、一度受けた負荷に耐えられるように身体全体が強化されるのだ。一回の強化で強化される程度には限界があるものの、理屈で言えばアレクは心臓を五、六回突き刺されれば文字通りの鋼の心臓を手にする事ができるらしい。
この、「一度受けた負荷に二度目は耐えられる」という性質を魔法にしたのが『ゴルディアス』であり、その効果は「戦闘中に武器で受けた攻撃を無効化する」というモノだ。
「なるほど、その魔法の効果で火の玉を――ん? しかしアレク、試合中その斧で火の玉を受けた事はなかったはずだ。そもそも一回でも武器で受けたら至近距離の爆発でダメージを負っていただろう。」
「おう、全部よけたぜ。でもこの魔法、別に直で受けなきゃいけないわけじゃねぇんだ。」
アレクの説明によると、『ゴルディアス』を発動する前の激戦の中、確かに直撃は回避していたけれど余波のように広がった爆炎などは多少なりとも武器にかすっていて、それを「受けた」と判断できるのだという。どうやらその攻撃の一部……どころか、少なくともアレクが「同じ攻撃」と判断する以上、火の玉で言うならどれほどの大火力であろうと一度でも火の粉を受けていれば無効化できてしまうらしい。
ついでに、相手の大剣が砕けたのは『ゴルディアス』発動前にバトルアックスで何度も大剣の一撃を防いでいた事によって大剣の強度を増していた強化魔法を無効化したから。普通の大剣では強化魔法の乗ったアレクのバトルアックスを防げなかったわけだ。
「強化魔法の無効化、確かにおれの天敵かもしれないな! 魔法以外も威力を無効化されてしまうのか?」
「おっと、痛いところを突いてくるな。そうしたいんだが今はできてねぇな。」
既にかなり強力な魔法だけど今の『ゴルディアス』で無効化できるのは魔法だけで、魔法のかかっていない攻撃に対しては効果がない。オレの回転剣なら、回転を起こしている風を消すことはできても一度回転を始めた剣の威力はそのままになる。オレがノクターンモ―ドで使う「闇」のように、魔法は弾けるけど攻撃そのものが持っていた威力は弾けないのと似ているけれど、アレクの理想は魔法の有無関係なく全てを無効化するという事で、『ゴルディアス』が完全なモノとなったら吸血鬼の力も超える魔法に……
「……えぇ? 完成したら無敵の魔法じゃ……」
「一瞬そう思うだろうがそうでもないんだぜ。さっきカラードの天敵っつったが、ありゃ俺がカラードの攻撃の全てをバトルアックスで受けられるならって話だからな。」
そうか……あくまで『ゴルディアス』はアレクの武器であるバトルアックスにかかる魔法。カラードを相手にする場合なら、仮に『ブレイブアップ』を無効化できるとしてもそれはカラードの攻撃をバトルアックスで受けた時のみであり、アレク本人が攻撃を受けたら普通にダメージを負うのだ。
「つまり『ゴルディアス』とは無敵の防御魔法ではなく、アレクの戦闘スタイルであるガンガン突き進むパワーファイトをサポートする攻めの魔法なのだな。実にアレクらしいじゃないか。ちなみに戦闘中の経験が反映されるわけだが期間はどれくらいなんだ? 過去全ての攻撃が対象ではないだろう?」
「そりゃそうだ。まぁ俺の中での戦闘一回分ってところだな。さっきの試合は終わってるから、火の玉を無効化しようと思ったらもう一回受けないと無理だ。」
「逆に言えば以前火の国で行った防衛線のように長い時間戦うのであればそれはアレクにとって「戦闘一回分」の範疇になる――というわけか?」
「あー、あの場合はそうなるかもしれねぇが、あんなごっちゃごちゃの戦闘そうそうないだろ。」
「そんなことないぞ。現役の騎士が直面する戦闘において、ランク戦のような状況――S級犯罪者のような強敵との一騎打ちが占める割合はごくわずかだろう。魔法生物の侵攻や悪党集団との乱戦の方が多いと思うぞ。まぁ、そういう状況下ではその魔法を使うタイミングが重要になるだろうが――ん?」
アレクの新技を絶賛するカラードの胸元でランク戦の対戦相手を知らせるカードが光る。
「どうやら次はおれの出番のようだ。これはおれも披露しなければな。」
「お、お前も新しい魔法を――って言っても『ブレイブアップ』の強化版か進化版か?」
「ふふふ、残念ながら違うぞ。『ブレイブアップ』の天敵を身に着けたアレクには悪いが、完全に新規の魔法――おれの新しい正義の形だ。」
『はいみなさんこんにちは! ここ第二闘技場の司会を務めるベルクです! 次の試合は三年生ブロックですがこの一戦の注目度は非常に高い! 何故ならあの騎士団からの刺客が一人勝ち抜いている現状、三年生は二人目を通して彼らを勢い付かせるわけにはいかないからです! ご紹介しましょう、一年生からの殴り込み! 『ビックリ箱騎士団』の一人、『リミテッドヒーロー』――もしくはブレイブナイトこと、カラード・レオノチス!』
司会が盛り上げたいだけな気もするけど、三年生たちにケンカを売りに来た一年生って扱いで固定化されてきた『ビックリ箱騎士団』からの……三年生のトーナメントへの二人目の刺客、カラードがいつもの全身甲冑でガチャガチャと入場する。
試合とかの場で本気でぶつかったことはないんだけど、正直、朝の鍛錬で手合わせしてる感じだと『ブレイブアップ』中のカラードは、ロイドのノクターンモードを除けば『ビックリ箱騎士団』の中では最強なんじゃないかと思う。ようやく新しい魔法であのバカみたいな強化魔法にも追いつけそうって思ったんだけど……まぁ、武器がベルナーク化したら当然カラードだって進化するわよね……
十八番にして最強の技、『ブレイブアップ』とは別の魔法……じっくり見させてもらうわ。
『対するは「戻り組」の一角! 中でもパワーという点では頭一つ抜けているでしょう、『ビックバンハンマー』ことリフォル・アンダリュー!』
なんか頭の悪そうな二つ名で呼ばれたのはその名の通り巨大なハンマーをかついだ男子。武器や二つ名からするとアレキサンダーみたいな身体の大きいタイプを想像しちゃうけどそうでもなくて、体型で言ったらロイドくらいの中肉中背って感じ。髪の色がかなり濃い赤色っぽいんだけどツルツルの一歩手前ぐらいの坊主にしてるからやんわりピンク色に見えて変な感じ。まぁ、変って言ったらハンマーの方が変で、プロキオンにいるロイドの知り合いのキキョウが使ってた武器みたいに機械っぽいのが仕込んであって……形状からしてたぶん、あのハンマーからはジェットが出るんじゃないかしら……
「見たぜ、前回のランク戦。強化魔法全振りのパワータイプだろ? いい勝負ができそうでうれしいぜ。」
「こちらとしても、パワータイプの先輩と戦える事は有難い。新技が上級生相手にどこまで通用するか、よい指標となるだろう。」
「おいおい、オレは実験台か?」
「気を悪くしたならすまない。個人的な感覚としては、試されるのはこちらだ。」
手にしたランスを……いつもなら構えるんだけど、何故かドスッと地面に突き立てて棒立ちの体勢になったカラード。何やってんのよ、あいつ。
「この試合がいずれの巨悪を撃ち滅ぼす為の糧とならんことを――カラード・レオノチス改めブレイブナイト、推して参る。」
「推して参る感じの構えには見えねぇが、実験を始める感じか? まぁ、何であれオレのハンマーで粉砕してやるぜ。」
『双方やる気十分! では始めましょう、ブレイブナイト対『ビックバンハンマー』! 試合開始!』
「弾けろ! ブレイブパーァァジッ!!」
「うお!?」
司会の……ベルクだったかしら、そいつの合図と同時にカラードが叫ぶと、身に着けてた全身甲冑がカラードの身体から勢いよく外れて――っていきなり何してんのよ……
「えぇ!? いきなり武装解除――ああいや、カラードから離れた甲冑がくっついていくぞ!」
あたしと同じようにビックリしつつもたぶんワクワクしてるロイドの言う通り、内側から爆発したみたいに散った全身甲冑が一か所に集まって、まるで見えない誰かが装着し直したみたいに人型のシルエットになった。
「んあぁ? もしかして甲冑を遠隔操作する魔法か? 疑似的に二対一を生むのが正義の騎士の新技って事か?」
「まさか、これは下準備――ここからが本番!」
シュババッとかっこよさげなポーズを二、三個したカラードは、最後にまた聞いたことないブレイブ技を叫んだ。
「起動せよ! ブレイブロボッ!」
その技名を合図にしたみたいに全身甲冑が『ブレイブアップ』する時みたいに光り輝いて、眩しさに目を閉じたあたしが次に目を開くと、そこには巨大化した全身甲冑が立ってた。
……は?
「とうっ!」
対戦相手のハンマー男がポカンとしてるのも気にせず跳びあがったカラードは、まるで操縦席みたいにカションって開いた巨大甲冑の胸辺りに入ってった。
そう、操縦席っていうか搭乗口っていうか……大きさといい、あれはこの前火の国で見た、アンジュの母親のロゼが魔法技術があんまり進んでない国や地域で起きる魔法生物の侵攻用にって開発した兵器……機動鎧装だわ。
「……あー……そうか、どういう理屈かわかんねぇがそういうタイプか。」
我に返ったハンマー男は、驚きはしたけど焦った様子はなくハンマーを構える。
「でもなブレイブナイト、デカいってのは第十一系統の数の魔法の使い手がやる倍加とか、第五系統の土の魔法のゴーレムとか、そんなに珍しいモンじゃねぇんだぜ? パワーは上がるだろうが小回りがなくなるそれは、オレからすればマトがデカくなっ――」
ドカァンッ!!
ハンマー男がにやりとしながら喋ってたのを途中で遮る衝撃音。それはカラードが乗り込んだ巨大甲冑のパンチがハンマー男を殴り飛ばして闘技場の壁にめり込ませた音なんだけど……何よ今の動き……!
「おいおい、これまたとんでもない魔法を作ったな。」
目の前で起きたことに頭がついて行かずにしーんとした観客席――っていうか闘技場の中で、そんなことを言いながらあたしたちの方に近づいてきたのは――
「え、先生? ど、どうしてここにいるんですか?」
「なんだサードニクス、教師が観ちゃいけないなんて決まりはないぞ。それにどうしてかと言えばそりゃお前らに用事があるからだ。」
――あたしたちのクラスの担任にして元国王軍指導教官、ルビル・アドニス。
「リシアンサスとビッグスバイトの試合を観たが、お前らの魔法急に数段階進化しただろ。いくら魔法がイメージでいくらでも化けるっつっても限度がある。この冬休み何してたんだってのを聞きにきたんだが、レオノチスに至っては元々片足突っ込んでたがありゃ完全に『概念強化』の領域だぞ。どうなってんだ、『ビックリ箱騎士団』。」
ロゼが言ってた事だけど、一番簡単って言われる第一系統の強化魔法は、最大限まで極めると言葉通りに「何でも強化できる」ようになって、それを『概念強化』って呼ぶらしい。火の国でカラードは、一度も操縦した事ない機動鎧装を「機動鎧装を操縦できる状態まで自身を強化する」っていう認識の強化で操縦できるようにして見せた。パワーやスピード、防御力や耐久力、ついでに武器の威力アップまでしてしまう『ブレイブアップ』もこの『概念強化』の域に近い魔法だったらしいから、武器がベルナーク化した事で魔法が洗練化された結果、『概念強化』を完全にモノにしたって事かしら。
「『概念強化』――ってことはあのデカ甲冑は強化魔法なのか! すげーな、カラード! 俺も巨大化してみたいぜ!」
「強化魔法で自身の肉体をデカくするってのは甲冑をデカくするよりも遥かに難しいし、そんなんするくらいなら普通に数の魔法で……ああいやそうじゃない。強化で甲冑をデカくすることも普通に異常な上に問題はあの機動力だ。」
先生が言ってるのはあたしが驚いた理由。ハンマー男を殴り飛ばした巨大甲冑の動きは、火の国でカラードが操縦してた機動鎧装と同じように――いえ、それ以上に、普段のカラード本人の動きと大差ない速度だった。
あんな大きなモノが視界から消えるくらいの速度で動いて攻撃した――それってとんでもないことよね……
「あのレベルの魔法をイメージだけで形にするのはかなり難しいが、確か火の国のワルプルガで機動鎧装っていう動く巨大甲冑を見たって話してたな? それがイメージの元なんだろうが、機動力がレオノチス本人と同じとなると相当ヤバい魔法だ。質量も見た目通りに増加してるんだとしたら、さっきのパンチをアンダリューがまともに受けてたらそれで試合終了だったぞ。」
アンダリュー……ああ、ハンマー男の名前ね。っていうか「まともに受けてたら」って……
「喋ってる最中に攻撃とはなかなか卑怯だな、ブレイブナイト。」
ガラガラと崩れる壁の中から、砂埃で汚れてはいるけどダメージは受けてないように見えるハンマー男が出てきた。
『喋りながら攻撃の準備をしていたからそれを潰したまで。もっとも、潰し切れていなかったようだが。』
「正直危なかったぜ? その機動力を知らなかったさっきの俺を今ので倒せなかったのは勿体なかった――なっ!」
見た目通りにハンマーの先っぽ、叩きつける面と逆のところから炎が噴出してハンマー男がそれを勢いよく振り回す。巨大甲冑との距離はかなり離れてるからハンマーは当たるわけないんだけど、咄嗟に防御の姿勢になった巨大甲冑は見えない何かを叩きつけられたみたいにその場から数メートル後ろに下がらされた。
『衝撃波――いや、この熱を帯びた一撃は爆風……本来なら全方位に広がるはずのそれを面の形で放つ……そのイメージを強固にする為のジェット噴射か。』
「へぇ、なかなかやるな。」
『広い攻撃範囲に威力も十分――となれば!」
巨大甲冑……に乗り込んだカラードがブンッて右腕を振ると手の中にいつものランスの巨大版が出現し、カラードは姿を消した。
「そのデカさで見えないくらいの速度、恐ろしいなぁ、おい。」
その体格に合わず巨大なハンマーを軽々と回転させ始めるハンマー男。先端のジェットが点火してその速度が増していって……まるで松明を振り回すダンスみたいになる。
「そこっ!」
闘技場の真ん中でダンスしてるっていうシュールな光景は数秒だけで、ハンマー男が速度の乗ったハンマーを何もない方向に向かって振ると、ランスを振り下ろすカラードのその攻撃が爆風で弾かれた。
攻撃を止められるや否や即座に高速移動に戻って別方向から攻撃を仕掛けるカラードだけど、ハンマー男はその全てに反応していく。カラードのランスやパンチ、キックがハンマーで止められる度に爆風が巻き起こって闘技場がどんどん悲惨なことになっていくせいで土埃が舞って、段々と何も見えなくなっていった。
『勘弁して欲しい状況ですがお互いが一撃必殺級の攻撃を繰り出しているとなれば当然でしょうか! 巨大甲冑からの攻撃もハンマーの爆風も、普通なら対処が難しい強力な攻撃がジャブのように打ち出されるとは、なんて恐ろしいレベルの戦い!』
「ちょっと待てよ……『ブレイブアップ』を使わないレオノチスがそれでも強いのは知ってるが、あの速度はある程度の強化魔法を脚にかけてるから出せるモノだ。『ブレイブアップ』の制御を覚えてきたあいつはそういう強化魔法の小出しもできるようになってきてるわけだが、つまりあの状態でも強化魔法をかけられるって事か?」
煙で何にも見えないからスクリーンの方を見てたら先生がぶつぶつそんなことを言いながら顔を青くした。
「えぇっと……甲冑が大きくなってるのは甲冑に対する強化魔法で、身体能力を上げるのはカラード自身に対してで……あれ、でも今動いているのは甲冑だから……強化魔法が二重って事ですか?」
こんがらがりながらそう聞いたロイドに、先生はため息をつく。
「少しズレてるぞ、サードニクス。そもそもデカくした甲冑を自分の身体と同様の精度で動かしてる時点でレオノチスにとってはあの甲冑が今の自分の身体だ。私が驚いてる――というかヤバそうだなと思ってるのは、あの状態で『ブレイブアップ』が使えるんじゃないかって事だ。」
『この速さとパワーであれば押し切れるかとも考えたが、爆風の力をそこまで自在に連発できるとは。やり方を変えなければな。』
先生がゾッとする事を言った辺りでカラードが高速移動をやめて立ち止まった。
「なんだ、今度は甲冑が変形でもするのか?」
『腰を据える。』
そう言ったカラードは体勢を低くし、ランスを構える。あれは『ブレイブアップ』した時とかに使う突進技の姿勢ね。
「速度でかく乱は止めて真正面からのパワー勝負って事か? イコール、こっちもフルパワーが出せるって事だが大丈夫か?」
『わずかでも上回れば、そちらの弱点を突けるだろう。』
「……!」
ハンマー男の表情が少しだけ変わると同時にカラードが地面を砕きつつ爆速の突進。さっきと同じように姿が消えるくらいの速さだけどまっすぐに来るとわかっているそれを避けるのは難しくなく、あたしがやるみたいにハンマーからの爆風を利用して回避したハンマー男は突進後で背を向けてるカラードにさっきまでとは火力の違うジェット噴射をするハンマーを振る。だけど避けられる事は織り込み済みだったみたいで、振り向く動作と同時に拳を構えたカラードはハンマーに向かってパンチを繰り出した。
さっきまでならハンマー男がカラードの攻撃を全て弾いてた――つまりハンマー男の攻撃の方が威力が上だったんだけど、二人の攻撃がぶつかった瞬間、拮抗するみたいにお互いの動きが止まった直後、振りぬかれるカラードの拳に押されるようにハンマー男が吹っ飛んだ。
「――っ、まじか!」
そのまま壁――っていうか観客席を守ってる結界に激突するかと思ったらハンマーからの爆風を利用して方向転換、即座に加速しつつ軌道を読みづらいジグザグな動きでカラードの方に戻ると再度ハンマーを振った。だけどその攻撃もどっしり構えたカラードのパンチに止められ、同じように弾き飛ばされた。
「速度を出す為に使ってたパワーを攻撃する為のエネルギーにまわした結果、アンダリューの爆風を上回ったな。さっきと立場が逆転しただけに見えるが、実際はアンダリューが劣勢――あいつの攻撃の弱点を突かれてるからな。」
「えぇ? あの攻撃の弱点……」
「……爆風だからパワーが出るのは一瞬だけって事でしょ……」
首をかしげるロイドにそう言うと、先生があたしにニヤッとした顔を向ける。
「さすが、似てる事をしてるだけあって理解が早いな。クォーツも炎の噴射を利用してるがこっちは噴射し続け、何なら威力も速度も後出しで上がるタイプだ。対してアンダリューのは爆風の方向を一方向にする為のイメージ補強としての噴射利用で攻撃はあくまで爆発。威力は高いし出も早いが「爆発」であるが故に瞬間的だ。」
「な、なるほど……カラードの攻撃を一瞬止められたとしても、カラードはそこから力を加えられるけどあっちはそれができないのか……」
「まいったぜ、まさか初戦からこれをやることになるとは――なっ!」
仕掛けた攻撃が全部弾かれたところでハンマー男がジェット噴射したままのハンマーを宙に放り投げる。手で持ってなくても発動可能なのか、出来ても一時的か、ぐるぐる乱回転するハンマーから四方八方滅茶苦茶に爆風が放たれる。狙いを定めないランダムな攻撃だから逆に読みづらいみたいで、カラードが回避行動に専念したほんの数秒の間に、ハンマー男は自分のほっぺをパンッと叩いてぶつぶつ呟く。
「やる気充分、熱意爆発、火力最大――オレは強い――っ!!」
なんていうか……自分への言い聞かせっていうよりは暗示なのかしら……そんな事を言い終わると明らかに雰囲気が変わったハンマー男はその場で跳躍して回転するハンマーをキャッチし、追加のジェット噴射でコマみたいに回転しながら更に上空へと飛び上がった。
『――!』
上からの攻撃――真下に爆風を放てば範囲によっては闘技場全体を飲み込む一撃。たぶんあたしがそう思ったのと同じことを考えたカラードは、ランスを上空へと向けて身をかがめた。
「いくぜおらあああああああっ!」
『煌めけ! ブレイブアーップ!』
ハンマー男が回転しながら振り下ろした一撃と、金色に輝いて跳びあがったカラードのランスがぶつかり――目を開けてられない閃光と耳がどうにかなりそうな轟音が闘技場を包んだ。
「まーいったわ、ボス。騎士連中、そーとうヒマみたい。」
セイリオス学院にて激戦が繰り広げられている頃、映画館のような巨大モニターが室内を明るく照らしている広い部屋で、その画面に映されている無数の情報を一人で管理しているらしい女がため息交じりにそう言った。
椅子ではなく座布団――いや、もはや巨大な布団というべきか。何をどうすればそこまで太るのかという巨体を潰れた布団の上に置き、その体躯と比較すると短く見える腕を操作パネルに伸ばしてあれやこれやと動かしているその女は、しかし身だしなみやオシャレには気を使っているのか、きれいな化粧にネイル、ファッション雑誌の表紙に載っていそうなコーディネートをまとっていた。
「始まる前に抑えられたところがなーんかしょかあって、進捗がざーっと七割って感じ。予定よりだーいぶ儲けが減りそうよ。」
「問題ありませんよ。それ以上は「可能であれば」の分ですから。」
女にボスと呼ばれた人物――襟付きのシャツにジーパンという普通の格好だが顔につけている目も鼻も口もない白い仮面が逆に際立っている人物は画面を眺めながらそう答えた。
「むしろこの状況で七割を出せている事が素晴らしい。あなたの処理のおかげですね、アマンタ。」
「うれしーけど全員の気合の入り方のえーきょうもあるわよ。今までのボスの計画の中でも一、二位を争う規模だし……こーして情報処理してるあたしですら全貌がよくわかんないくらいに壮大なんだもの。」
女――アマンタが隣に立つ仮面の人物に、呆れと憧れが混ざったような目線を送ると、二人の後方にある部屋の扉がガションと左右に開き――
「ただいま、です!」
――三人目が部屋に入ってきた。
「オクタン? 随分早かったですね。」
仮面の人物にそう呼ばれたのは、田舎者の青年と同年代かそれより若い男。上下をどこかの学校のジャージで覆い、バンダナに大きなリュックという、まるで学校行事で自然体験でもしているかのような姿でビシッと敬礼をしている。
「頑張りました、です! こんなに大きな作戦、気合が入りまくる、ですから!」
アマンタが「ほらね?」という顔をしながら、どうやら布団の下の床が回転するようになっているのか、姿勢をそのままに身体をくるりと三人目の人物に向けた。
「かいしゅーしたモノは?」
「ここにバッチリ、です! でもアマンタさん、自分バカなんでよくわかんないん、ですが! このカードがあの組織の財産全部ってどういうこと、ですか!?」
男――オクタンが差し出した一枚のカードを受け取ったアマンタは、どう説明したものかというような顔をする。
「そーねぇ……金庫に現金やら宝石やらをしまってるんじゃなくて、そーいうのを代わりに管理してる人に預けて、それを出したい時に使うのがこのカード……一般人ならそこで止まるだろーけど、あたしの場合はこれを踏み台にしてもっと違うところまで……よーするにこれが大金との引換券なのよ。」
「そうなん、ですか! 道理で厳重に守られていたわけ、です!」
「ええ、泥棒も楽になったモノです。」
カードを端末に挿入し、何かの操作を始めるアマンタの横で仮面の人物がそんなことを言いながらオクタンに銃のようなモノを渡す。
「戻って早々申し訳ありませんが、オクタンがこのタイミングで次に動けるのはかなり有難いことです。二日ほど前に会いに行った者にこれを渡してきてくれますか?」
「了解、です!」
再度ビシッと敬礼したオクタンは、行進する軍隊のような方向転換をして駆け足でその部屋を後にした。
「どろぼーねぇ……そんな可愛い感じの事やってないと思うけど。」
「ふふふ、私たちがやっている事は商人の行う商売ではなく、悪巧みを通した金儲けですからね。ルールを介さない以上は取引ではなく一方的な回収――泥棒でしかありませんよ。」
そう言いながらポケットから小さなメモ帳を取り出した仮面の人物は、さらさらと何かを記していく。
「オクタンがここという事は姉妹に動いてもらうタイミングでしょうか。複数の名立たる騎士に十二騎士までいる状況はなかなか良いのですが……」
「? 何か心配事?」
「S級犯罪者の置き土産と言いますか、不確定な上に影響力の大きなモノが紛れているのですよね……」
「さすがは三年生だ。『ブレイブロボ』と『ブレイブアップ』を重ねると消耗が激しいからもっと後半の試合で使いたかったのだが、この分だと勝ち進んでも準決勝の手前辺りでリタイアになってしまうな。」
闘技場が原形をとどめないくらいに木端微塵になった激しい一戦を制したカラードは、ダメージこそないけれどドッと疲れたような顔でそんなことを言った。
「三年生を褒めてるのか勝ち進む気満々だったのか、ビミョーな言い方だねー。」
アンジュがニシシと笑いながらそう言うと、カラードは「ふむ」という顔で腕を組む。
「無論、勝つ気で挑んでいるとも。そしてロイドに連れられて経験した多くの戦いがおれに自信を与えているのも確かだが、それでもやはり上級生は強かった――褒めるというよりは嬉しい驚きだな。あの強さが、数年後自分のモノになる可能性が高いのだから。」
カラードが目をキラキラさせているが……いや実際、三年生の先輩たちはレベルが高い。初見……ではないかもしれないけれど手合わせたしたのは初めてのはずのカラードの動きについていけるのだから、今のオレにはない知識や経験がそれを可能にしているとするなら、確かにカラードの喜びには共感できる。
「で、でも、三年生が強いって、言っても……け、結果として、あ、あたしたち、いまのところ勝ち進んで、るよね……」
「ふむ。わたしの一勝がまぐれと捉えられていたとしてもこれで二勝目。三年生たちも気合を入れなおしてくるだろう。『ビックリ箱騎士団』の次の一戦、一番相手が本気になってきそう――」
――と、ローゼルさんが予想する横でオレのカードが光った。
「――なところで我らが『ビックリ箱騎士団』の団長の出番が来るとは、タイミングばっちしだな。次の試合が今日の午前中最後の一戦になるだろうし、バシッと決めてくるのだぞ、ロイドくん。」
ローゼルさんにバシッと背中を叩かれながらカードを見たオレは、ちょっと驚いた。
「……いやぁ……でも今回は相手がこれまでとだいぶ違うといいますか……」
「あによ、まさかいきなりデルフと当たったんじゃないでしょうね……」
「違うんだけど……いきなりなのは同じ、かな……」
ランク戦の会場となる闘技場。せっかくの施設だし上級生の授業では使われているのかもしれないけど、一年生の授業で使う事はないからこの場所に来るのは久しぶり。前回のランク戦の時点でも十二騎士の弟子ってことが広まって――ああいや、オレ自身知らなかった事ではあったけど――結構騒がれていたけど、今はそれ以上……だろう。
ランク戦をきっかけにミラちゃんがやってきてスピエルドルフに行き、交流祭があって、勲章を授与される事になったオズマンドとの戦いの後は火の国ですごい魔法生物たちと戦って、選挙があったかと思えばテリオンっていうA級犯罪者に狙われたり神の国に行ったり……全部が学院のみんなに知られているわけじゃないけど、事あるごとにオレたちが色んな騒動に巻き込まれているのは周知で……
……カラードはオレに連れられてと言っていて、実際オレきっかけな事が多い気もするけど……どうしてこんな事に……
『お腹が空いてきたでしょう皆さんこんにちは! 司会はお馴染みアルクです! ついにお待ちかね! しかしてどうしてこの組み合わせになったのか! 三年生相手に勝ち星を二つ上げている『ビックリ箱騎士団』の団長にしてもはやこの学院で一番の有名人! 十二騎士の一角、《オウガスト》の弟子にして失われし曲芸剣術の継承者! 『コンダクター』の二つ名と共に騎士界隈にその名を轟かせるこの男の躍進を阻むのは三年生の強豪の一人ではあるものの、自他認める学院内で最も場違いな生徒! 最強の一年生を止めるのに必要なのは純粋な実力ではなく一風変わった力だという神様か何かの啓示なのでしょうか!』
闘技場へ続く出入り口を抜け、たくさんの観客と大きなスクリーンが上の方に見える広い空間にやってきたオレは、同じように歩いてくる正面の人物―――オレの対戦相手を見た。
『『コンダクター』ことロイド・サードニクスを阻む三年生は――「戻り組」が一人! 騎士ではなく芸術家! 『レインボーパレット』こと、チロル・フォンタナ!』
三年生という事はオレの二つ上なわけだけど、外見的には四つか五つくらい下なんじゃないかと思うくらいの小柄な先輩。レイテッドさんによると騎士ではなく芸術家を目指していて、たぶんそれに必要な魔法を学ぶ為にセイリオスにやってきたみたいなのだけど、どういうわけか騎士を目指している他の三年生の先輩たちよりも強くなってしまったという。トリッキーな魔法を使うという事だし、今の司会の人の説明からしても相当不思議な魔法を使ってくるのだろう。
「まさか初戦でぶつかるなんて、なかなかラッキーだね。」
ゴロゴロと……あれはガラスだろうか。持ち物からしてだいぶ独特なのだけど、何が入っているのかわからない容器や大きい透明な板を何枚か乗せた台車を押しながら金色のポニーテールをぴょこぴょこ揺らしてフォンタナ先輩がにっこりと笑う。喋り方は先輩――というか年上な感じがするのだけど、その笑顔は小さな子の無邪気なそれ……ああいや、そんなことないかな……いや……でも……うん、またこの変な感覚だ……
「? どーしたの、変な顔しちゃって。あ、これはわたしの、騎士で言うところの武器だよ。」
「へ、あ、いえ、それにビックリしたのもそうなんですけど……」
「もしかして緊張してるのー? 少なくともわたしは他の三年生みたいに打倒『ビックリ箱騎士団』! みたいにピリピリしてないっていうか、そもそもここでの勝ち負けはわたしにはあんまり意味がないから、気楽にしていーよー。」
「それは……芸術家を目指しているから、ですか……?」
「そーそー。あ、でも興味がないってわけじゃないんだよ、プレイボーイ。」
「ぷ、ぷれいぼーい……」
「学生の身でありながら既に騎士として輝かしい戦績を挙げている。流石にこれが二十歳過ぎればただの人的錯覚という事はないだろうから、プレイボーイは将来凄い騎士になって、もしかしたら英雄とか呼ばれる人になるかもしれないよね。そしてそんな偉大な人たちというのは絵になり、詩になり、像になるんだよ。これらを作るのは誰だと思う?」
「つ、作る人ですか……えぇっと……画家さん、詩人さん……ちょ、彫刻家さん……ですか……?」
「それって全員芸術家でしょー? 何かを作る人たちはね、常に素敵な題材を探してるの。そして「英雄」っていうのは、とてもやりがいがあるし創作意欲が湧き上がるテーマなんだよ。」
「オ、オレの絵とか詩とか像を作るって事ですか!?」
「どういう形で表現するかはまだわかんないけど、そういう事だねー。騎士であるプレイボーイを観察しようと思ったら試合は最適で、この一戦はわたしにとってインスピレーションを得るための機会ってこと。ああ、別に特別なことはしなくていいからね。プレイボーイは普段通りにわたしを倒しにくればいいから。」
「は、はぁ……」
『『レインボーパレット』の様子に困惑の『コンダクター』! しかし油断手加減一切不要! 少なくとも三年生全員が理解しています! こんな彼女の底知れない実力を!』
オレが剣――マトリアさんから受け継いだベルナークの双剣とS級犯罪者『イェドの双子』の男の方、プリオルから渡された増える剣を用意するのに対し、フォンタナ先輩は台車の横でググッと伸びをする。
武器と言っていたけどあの板で何をどうするのかサッパリだ。こういう時、先手必勝なのか様子を見るべきなのかが迷いどころだなぁ……
『学院中が注目の一戦! 『コンダクター』ロイド・サードニクス対『レインボーパレット』チロル・フォンタナ! 試合開始!』
「ふっ!」
双剣を回転させてイメロに風を送り、それによって発生する風のマナを利用してプリオルの剣をできる限り増やし、双剣と共に全てを風で回転させる――今となってはこの一連の準備にかかる時間はほんのわずかなのだけど、その間にフォンタナ先輩は……第十系統の位置魔法を使っているのだろうか、透明な板を宙に浮かべて組み合わせ、二、三メートル四方の箱状にしたその中にパタンと入っていた。
ローゼルさんの氷のドームのような盾の役割なのか……とりあえず回転剣を飛ばしてみるか……!
「はっ!」
風で移動しながらフォンタナ先輩へ向けて全方位から囲むように回転剣を放ったオレだったが――
ガキキキキィンッ!
――やはりガラスだったらしい透明な板は綺麗な音を響かせながら全ての回転剣を弾き、オレは思わず足を止めてしまう。
傷一つついていない。結果自体はローゼルさんの氷を攻撃した時と同じなので光景としては見慣れているのだけど、という事はあれはただのガラスではない。特殊な魔法がかかっているのかもしれないから注意が必要だな……
「プレイボーイに言っておくけど――」
ガラスの小屋の中からニコニコ顔のフォンタナ先輩が、手にした……絵の具を使う時に色を置いておく木の板――ああそうだ、あれがパレットだ……それに何色かの絵の具を乗せながらこんな事を言った。
「どんな作品を作るにしろ、ガラスの加工は熱で柔らかくしてからが基本。刃物で直接叩くなんて事はしないんだよ。」
「どういうこった? あれガラスの板だろう? 特殊な魔法がかかってるのか?」
ロイドとアンジュのルームメイト……ミニ芸術家の試合が始まり、ロイドの回転剣が綺麗に防御されたのを見てアレキサンダーが首をかしげる。
「魔法……魔法なのだろうが、強化とは少し異なるようだな。うまく表現できないが、そうある事が当然という感じだ。」
カラードが難しい顔でそう言ったけど、その感覚にはちょっと同感。方向性が違うっていうか、根っこがそもそも違う雰囲気だわ……
「よい感覚をお持ちですね。流石です。」
……って、誰かに解説して欲しいタイミングでヴェロニカが来た……ほんと、こういう役回りまで前任の会長から引き継いだのね、こいつ……
「クォーツさんが訝しげな顔をしていますが、どちらかと言うと経験豊富な皆さんの意見を聞きに来たのですよ。」
ストンとあたしたちの隣に座ったヴェロニカは、ミニ芸術家が展開したガラスの小部屋を指さした。
「彼女の魔法は分類するなら強化魔法。彼女にとっての「当たり前」を物に付与するというモノです。対象は芸術作品を生み出す際に使われる道具や材料で、あのガラスの板にも彼女の「当たり前」が付与された結果、サードニクスさんの剣を弾いたのです。」
「ふむ……つまり今本人が言ったように、あのガラスは刃物では……いや、熱でなければ突破できないという事か。この場合、エリルくんやアンジュくんであれば全く問題ないが、ロイドくんには攻略が厳しいと。」
「……火の魔法が使えないわけじゃないけど、ガラスを融かすレベルの炎はまだ操れないわね、ロイドは……」
特定の条件でないと攻略できない魔法……攻略できる奴からすれば何てことないんだけど、できない奴からしたら絶対的な壁になる。このアンバランスで実現してる魔法ってところかしら。
「芸術家を志しているから――という一言で片づけてしまうにはあまりに極端で強力な魔法です。個人的には、サードニクスさんが生み出す風が持つ異常な回転精度に近いモノがあるのではと思っているのです。」
「本人にとっての「当たり前」を形にする魔法って感じー? 魔法にはイメージが大事ってことを考えると、自分にとっての「当たり前」なんて最強のイメージだろーからそりゃー強力になるよねー。」
「で、でも……あんな現象を、起こすレベルで「当たり前」って……ちょ、ちょっとすごいね……ロ、ロイドくんの、回転は、長年の練習の、たまものとして……」
極端……ヴェロニカが言った言葉通りね……
「プレイボーイは、赤色を見た時何を思い浮かべる?」
少し角度を変えてみたり、試しに風の刃も飛ばしてみたりしたけど全て防がれてしまったオレにフォンタナ先輩が赤色の絵の具がついた筆を持ってそう尋ねた。
……オレの中だと赤と言えばエリルの髪とか瞳かな……
「情熱だって言う人もいれば、血の色だって言う人もいる。一口に赤色って言っても数えきれないくらい種類があるけど……わたしの場合、この赤なら炎だね。」
ぼんやりとエリルの事を思い浮かべていると、ガラスの小屋の正面がパタンと開き、フォンタナ先輩が筆を振った。筆の先端についていた赤い絵の具が――どう考えてもそんな量はないはずなのだけどフォンタナ先輩からオレの方まで、水の入ったバケツをひっくり返したみたいにビチャリと飛び散って――
ボンッ!!
――爆発した!?
『出ました、『レインボーパレット』お得意の絵の具魔法! 色から連想される現象を引き起こす不思議な絵の具!』
ピッピッピッと、リズムよく振られる筆の先から赤い絵の具が飛び散るたびに、その赤色から火柱が噴き上がる。オレは風による移動を開始し、炎を回避しつつさすがに閉じたままだと絵の具を飛ばせないらしいガラスの小屋の開いている箇所へ向けて回転剣を飛ばす。だけど小屋はすぐに閉じてオレの攻撃を弾き、同時に別の面がパカッと開いて今度は青――水色の絵の具が飛び出した。
「水って無色だけど、小さい子に色を塗らせたらほぼ確実に青色だよね。」
水色の絵の具から飛び出したのは水――ではなく巨大な氷柱で、炎もそうなのだけど地面に飛び散った絵の具から出てくるのはともかく、空中に飛散しているモノからも飛び出てくるそれらにオレは緊急回避の繰り返しを余儀なくされる。
「あれって量が関係しているから少量だとやっぱり無色なんだけど、描く者がそうだと主張する為には何かしらの色がないとインパクトが弱くて、どうしても青色を塗りたくなっちゃう。表現の腕の見せ所ではあるけど、難しいよね。こっちも人によって色が異なるし。」
そう言って追加される色は黄色――空中に突然迸る雷にオレの動きはひっちゃかめっちゃかになる……まずい、この勢いであれこれ追加されたらさすがに回避できなくなる……!
『怒涛の絵の具攻撃に圧倒された経験のある三年生も多いことでしょうが――いやはやさすがは『コンダクター』! 凄まじい反応速度と風の応用で全てを回避していく! あらゆる攻撃を回避して必殺の一撃を叩き込む《オウガスト》の技がここに!』
突破口はやはり、絵の具を飛ばす時に開く部分……! それなりの速さで動かしている回転剣の動きが見えているのか、それともオレ自身の目線などから攻撃方向を予測しているのか、とにかくオレが攻撃をすると扉は閉じられる……
……いや、違う、状況を逆にするんだ。オレの攻撃――要するにオレのリズムを読まれているから防がれる。フォンタナ先輩のリズムを読む――いや、こっちから作るんだ……オレの攻撃に合わせて防御の為の「閉じる」を行い、次の攻撃の為の「開く」位置を決めているというなら、オレのリズムに引き込めるはず……!
『おお!? 『コンダクター』が神回避をしつつ攻撃のペースを上げます! あらゆる方向から飛来する曲芸剣術で『レインボーパレット』の絶対防御の隙をつけるか!』
こっち、あっち、そっちでまたこっち……そこの次はそこで――ここっ!
ガンッ!
「いっ!?」
フォンタナ先輩が開く場所を予測し、開いた瞬間に全力の突風でガラスの小屋へと突撃したオレは――前にエリルから、普段拳を使わない人がいきなり使うと痛めるから、急にパンチキックをしたくなったらキックにしときなさいと言われたのを思い出しつつ蹴りの体勢で突っ込んだのだが、脚にジーンという痛みを覚えていた。
「おお、すごいね。入られたのは初めてだよ。」
フォンタナ先輩は目の前にいるのだが、オレの足はその手前で止まっている。
しまった、中にもう一枚ガラスが……!
「でも残念、捕まえられちゃったね。」
そう言いながら背後のガラスの板を開いて外に出るフォンタナ先輩。オレは……ガラスの小屋に閉じ込められた……!
「プレイボーイは銅像の作り方って知ってるかな。だいたい鋳造で作られるんだけど、せっかくだから型を取らせてもらうね。すぐ済むから痛くはないよ。」
台車に乗っていた容器を、さっきガラスの小屋を作った時みたいにふよふよ浮かせてオレの真上まで移動させると、天井のガラスの板の一部をパカッと開き、容器の中身を注ぎ始めた。
それはドロッとした液体で――って型!? ガラスの小屋の中をこの液体で満たしてオレの型取りをしようとしている!? そ、それはヤバい!
「さ、さすがにそれは嫌なので先に先輩を倒します!」
ガラスの小屋の中ではあるけれど、外にある回転剣の制御はまだできている。ガラスの小屋の外に出た今の先輩になら攻撃が当たる!
「そーはいかないよー。」
最初の一撃のように全方位から回転剣を飛ばすが、驚いた事に先輩はそれらを回避した。方向や数、速さを変えて攻撃を続けるも、するりするりとかわされる。朝の鍛錬でオレの曲芸剣術をよく見ている上に体術のレベルも高いエリルやカラードにもここまで綺麗に完全回避された事はない……!
「あー、別にわたしがすごい達人っていうわけじゃないんだよ。プレイボーイがそこから攻撃してるから避けられるんだよ。」
足元にたまっていく液体に焦りつつも、くるりくるりと回るフォンタナ先輩の動きや話に注意を払う。
「さっきまでわたしがいて絵の具を使ってたその場所は、言うなればわたしのアトリエ。芸術家にとっての城。そこで行われる事なんて全て把握してるよね。だって自分の作業場だもの。」
……? えぇっとつまり……このガラスの小屋から行う攻撃は全て読まれているという事か……? それで回避されている……仕組みはともかくそういう事だと言うのなら回避不能な攻撃を――そうだ、ここであの鍛錬が活きるのでは……!
「なら、これはどうですか!」
回転剣による攻撃を止め、オレは風を起こす事に集中する。
イメージは暴風……竜巻……!
「あ、それは困っちゃうね。」
ゴォオッ!!
『だーっと、これは恐ろしい! 『コンダクター』、自身を中心に闘技場内を飲み込むレベルの竜巻を発生させたーっ!』
オレがいる場所を台風の目とし、回転剣も巻き込ませた風の渦。身体ごと飛ばされる速度の風な上に無数の剣も混じっているこの攻撃を回避する場所は一つしかない……!
「あはは、こういう状況も初めてだね。」
パタンと、フォンタナ先輩がオレのいる場所――ガラスの小屋の中へと再度入ってきた。
数メートル四方の狭い空間。フォンタナ先輩の魔法は強力だし、まだ見せていない魔法もあるだろう。それにこの場所にいる以上、オレの攻撃は読まれてしまう。
しかしこの近距離で回避できるスペースも限られる状況――新しい技で勝機を掴めるかもしれない……!
「でもプレイボーイの曲芸剣術って少し離れたところから剣を飛ばすモノだよね。こういう場所でも使えるモノなの?」
ひょいひょいと指先を振り、ドロッとした液体を注いでいる容器にふたをするフォンタナ先輩の表情には追い詰められたような感じはない。勝負はここからか……
「……もともと、剣を飛ばす前は回転させた剣を振り回していましたから大丈夫――なんですが、今日はこっちで行きます。」
パンッと手を叩き、竜巻の中を舞っているプリオルの剣から分身の剣を二本生み出す。ある程度の距離があれば剣とオレの位置が離れていても増やした剣を手元に出せる――普段あんまり意識していなかったけど、その特徴が役に立った。これは結構重要な気づきかもしれないと思いながら、オレは手にした剣を――回転させずに構えた。
「あれ? 素人のわたしにもわかるけど……それ、曲芸剣術じゃないね?」
「はい。新しい剣術のお披露目です。」
「なるほど、ロイド様にこの剣術を勧めた者はロイド様の動きをよく見ていたようですね。」
冬休みのスピエルドルフへの滞在。ミラちゃんと一緒にあちこちを巡る中、オレはミラちゃんに一つお願いをしていた。
交流祭の時、カペラ女学園の生徒会長である『魔剣』ことプリムラ・ポリアンサさんと戦った後、曲芸剣術の弱点を埋めて欲しいと、とある剣術の指南書をもらった。たくさんの剣術を身に着けているポリアンサさんの勧めだし、指摘された点は納得いく事だったから指南書に従って訓練し、それなりに形にはなってきていたのだけど、一度プロの人に見てもらう方が良いのかもしれないと思っていたのもあって、スピエルドルフにいる間に指導をお願いできる剣士の方はいないかと、ミラちゃんに頼んだのだ。
スピエルドルフのレギオンメンバーは全員が凄腕だし、一人くらい剣術に詳しい人がいるだろうとは思っていたのだけど、紹介されたのはなんとレギオンマスターの一人のヨルムさん。剣を使っているところは見たことなかったのだけど、実はスピエルドルフでも随一の剣士なのだという。
「オレの動き……ですか?」
「曲芸剣術を身につけているロイド様にピッタリ、ということです。」
そう言いながらヨルムさんは、レギオンの訓練の時にでも使うのか、どこにでもありそうな剣をパッと手に出現させた。
「剣には順手と逆手の二通りの持ち方があります。剣は順手を前提として作られていますから、当然順手の方が力を込めやすく、逆手は素早い抜刀を必要とされる緊急時にしか使い道がない――というのが、剣術のみで戦闘を語る場合の定説です。ですが魔法というあまりに無数の選択肢を持つ技術が入り込む現状、臨機応変な対応として逆手が有用な場面は少なくありません。この剣術は、そんな現在の戦況に合わせて考案されたモノであり、持てるだけの刃でできるだけの事をする――そういうコンセプトのようですね。」
「な、なるほど。それで二刀流なのに加えて逆手の時の構えとかが載っていたんですね。」
「そうです。そしてこの剣術の肝であり最も難しい点が、順手と逆手の切り替えです。」
手にした剣をくるりと回転させて逆手にし、そして一瞬剣から手を放して手首を回し、再度剣を掴んで順手に戻すヨルムさん。
「剣の向きを変えるか、手の向きを変えるか、その時々で最適な方法で切り替えるべしと、この剣術は言っているわけですが、例えば剣での斬り合いをしている最中に剣を回転させたり一瞬剣から手を離すなどという事は容易ではありません。故に、大多数の者は相手から距離を取った状態で持ち方の切り替えを行う事になるでしょう。」
「! そうか、そこで曲芸剣術が活きるんですね。」
「その通りです。短剣やナイフであればいざ知らず、長剣サイズの剣を手の中で高速回転させる技術を持つロイド様は、おそらくこの世で最も「剣の向きを変える速度が速い剣士」でしょう。戦闘中においてもその切り替えを最速で可能とするロイド様は、この剣術を考えた者が理想としていたであろう形に最も近いと言えるのです。」
パッと追加で二本目の剣を手にしたヨルムさんは、指南書に書かれていた基本の構えを取る。
「ロイド様であればこの剣術の上達はあっという間でしょう。少し動きを見せますので、よく見ていてください。」
「は、はい! 見て覚えるって事ですね!」
ぐっと気持ち目に力を入れたオレだったのだが、ヨルムさんは……表情がわからないからカンではあるのだけど、少し笑った。
「いえロイド様、覚える必要はありません。観察するのです。」
「……? 観察、ですか。」
指南書にある動きを……かなりゆったりとしているのにまるで隙のない綺麗な流れで見せながら、ヨルムさんはこう続ける。
「剣術に限った事ではありませんが、その昔にどこかの誰かが何かを理想としてその為の道をまとめました。そしてそれに感銘を受けた誰かがまとめた者を初代とし、自身を二代目としてその道を受け継ぎますが、厳密にはこの時点で初代と二代目の道は別物です。何故なら初代と二代目は別の者――体格や性格は勿論、性別は愚か種族も異なるかもしれず、その差がある以上初代の理想に近づく事はできても完成形に持っていくことは不可能です。」
「ヨルムさんにも……ですか?」
「ええ。こうしてお見せしているモノも、結局のところその指南書からヨルム・オルムという者が読み取った内容に過ぎず、これをロイド・サードニクスが「覚えた」ところで大した意味はありません。ですから観察するのです。ロイド様がこの剣術を扱う上で必要な要素を見出すのです。」
基本の型の動きを、それなりに練習していたオレよりも遥かに完璧に……いや、さっきの言葉を借りれば「完璧に近い」形で見せてくれたヨルムさんは、剣を逆手にして次の構えを取った。
「これはストカとユーリにも言っている事ですが、観察し、思考するのは大切な事です。戦闘中においても、相手の動きをよく観察し、なぜその動きなのか、自分の動きと比較して優劣はどこにあるのか、もしもその相手が格上であるならば勝機はどこにあるか、常に思考するのです。当然、思考に頭を持っていかれて動きが鈍くなっては困りますし、思考ではなく反射や直感が求められる刹那もあるでしょう。しかし一つの戦いを戦闘開始時点の自分のみで乗り切ろうというのは無策無謀が過ぎるというもの。ロイド様には既に思考のクセがおありですから、あと一歩、領域を進める事ができればロイド様は一段階上の高みへ至ることでしょう。」
披露される美しい舞いを目に焼き付けながら、オレはそんな……きっととても大事なことを一緒に教わった。
「はあああっ!!」
『な、なんでしょうかあれは! 『コンダクター』が繰り出しているのは曲芸剣術ではない新しい剣術のようですが――本当に剣術なのか、なんという美しさでしょうか!』
ロイドのそれは初めて見るモノだったから、きっとスピエルドルフであたしたちがいない間に身につけた技なんだろうけど……司会が言うように、あれはもう「舞いに見える剣術」じゃなくて「舞い」そのものって言った方が正解な気がするわ。
剣の動きに緩急がなく、ただただ一定の、だけどものすごい速度で走る剣先は何をどうすればそういう向きになるのか――あとで思えば舞いの中で剣を回転させて持ち方を変えてるからそういう風に見えたんだけど――とにかくミニ芸術家の周りを舞いながら終わることのない攻撃を繰り出し続けてる。
「凄いなあれは……ロイドが持つ剣を回転させる技術を最大限に活かした曲芸剣術以外の剣術という感じだ。しかし……」
「速度が変化しないせいで区切りがなく、文字通りに息つく暇のない連撃です。少なくとも私にはあれを回避する自信がありません。でも……」
カラードとヴェロニカはロイドの動きに驚くも、それ以上に驚いてる――いえ、ぶっちゃけ「引いてる」って言った方が良さそうな顔を向けてるのは、ロイドの攻撃を全部かわしてるミニ芸術家だった。
『か、かつてここまでの動きを見せたことはなかったかと思います! なんだあの『レインボーパレット』の動きはーっ!』
ガラスの小屋の外でオレの回転剣を全部避けていた時も少し違和感があったけれど、こうして間近で見るとわかる。オレの攻撃を読んで回避している――この動きは絶対にそれだけでは済まない……!
「すごい……すごいよ、プレイボーイ。」
ヨルムさんから動きを教わり、オレが使う場合はどうするかという点を意識して身につけた新しい剣術は、ヨルムさんが言った通り考え方や捉え方を理解するとすぐにオレの身体に馴染んだのだけど、それがかすりもしない。動きが速いというより……なんだこれは、どう表現すればいいかわからない違和感がある……!
「あ、この剣術の事じゃなくてね――」
凄まじい速度でオレの攻撃を避けていくフォンタナ先輩の顔にニコニコ顔ではない、もっと怖い笑顔が浮かび上がって――
「――こうやって近くで見てハッキリわかったよ。」
不意に、さっきまでとは別物の声――声色や口調はそのままだけど雰囲気がまるで違う声が、きっとオレにしか聞こえていないだろう囁きとして聞こえてきた。
「プレイボーイは片目だけが魔眼って話だけど、魔眼っていうのはあくまで元々の眼が変化したモノだから人間の眼である事には変わりないの。でもわかるよ。芸術家は題材をよく見て作品に刻んでいくから観察力が高いの。」
攻撃を回避しながら、しかしゆっくりとという矛盾を見せつつ何も持っていない手を挙げ、人差し指で空中に十字を描き始めたフォンタナ先輩は、心臓が止まるかと思うような怖い声で言った。
「その眼、人間の眼じゃないでしょ。」
――死――……
……
…………
……あ、あれ……?
『こ、これは何が起きたのか! 『コンダクター』が猛攻を止めてぴたりと動かない!』
無意識に……オレは攻撃を止めてフォンタナ先輩の前で無防備に立っていた……
動かない……? 違う、動けないんだ……怖い声と一緒に放たれた気配に身体がかたまったんだ……
そう……今、ついさっき……オレは死――殺されたんじゃ……?
「あはは、これはまいったまいっただね。」
元の雰囲気に戻ってニコニコ笑うフォンタナ先輩のその言葉にビクッと身体が反応し、金縛りから解放されたオレは、パンッと手を叩いてガラスの小屋を解体するフォンタナ先輩を……心臓をバクバクさせながら見ていた。
「あの状態だとそっちの攻撃を避けられてもこっちには攻撃手段がなくてね。ジリ貧ってやつだし、充分インスピレーションはもらえたからわたしは満足! 降参するよー。」
ひらひらと両手を挙げるフォンタナ先輩に会場がざわつくけれど、三年生の人たちは「やれやれまたか」みたいな雰囲気で……
『底知れない芸術家、『レインボーパレット』! またも最後まで試合をせずに降参ですが、ここまで追い詰めたのは『コンダクター』が初めてかもしれません! チロル・フォンタナの降参により、勝者、ロイド・サードニクス!』
予想外の終わり方をしたけど、ミニ芸術家をよく知ってる三年生からすると予想通りだったみたいで、「降参」なんていうランク戦じゃありえないだろう決着でもそんなに騒ぎは起きず、あたしたちはロイドを迎えに行った。
勝利おめでとうとかあの新技すごいとかを言いたいんじゃない……試合が終わったあの瞬間のロイドの表情が気がかりで……たぶん間近にいたロイドにしか気づけない何かがあったんだわ……
「! ロイド!」
姿が見えたロイドに思わず駆け寄ったあたしに、ロイドは……困惑と……恐怖が混じったような顔を見せた。
「エリル……オレ生きて……ああいや……勝った……のか……?」
ふらふらのロイドに肩を貸したあたしは、ロイドが少し震えてる事に気づく。
「そ、そうよ、一応ね……それよりあんた大丈夫なの……?」
「ああ……う、うん、痛いところがあるとかじゃないから大丈夫……そうか、オレ……よく……」
今になって急にホッとしたのか、深く息をはいたロイドは少しだけいつもの顔色に戻って――この後トンデモナイ騒動を引き起こすことを口走った。
「ははは、これは流石に……頑張ったご褒美が欲しいな……」
騎士物語 第十三話 ~二度目のランク戦~ 第三章 きらきら新技
強化コンビとロイドくんの新技と、謎の先輩の実力お披露目でしたね。
アレクの回復が早いのは単なる体力バカのようなつもりだったのですが、そういう体質であんな魔法につながるとは。そして火の国で巨大ロボが出てきたのは半分勢いで、それにカラードが乗るのも成り行きでしたが新技にまでなるとは。たまに面白い繋がりをするのが書いていて面白いですね。ロイドくんの第二の剣術も、伏線(?)がここで花開くとは。
そしてフォンタナ先輩ですが……どうなるでしょうかね。
次回は残りメンバーの新技は勿論、『罪人』たちも本格的に動くかと思います。