寝室

 雨が降っている。
 それはとても小さな音で、しかし確かに地面へ降り打つ。
 地面を靄す音がする。
 目を開く前からその感触をじくじく味わっていた。昨日変えたばかりなのに白いシーツは体温に濡れ、触れる頬を擦り寄せると、かすかに抵抗が起きる。
 左手の指先は顔の横に伏せてあり、人差し指の爪で引っ掻くと繊維にかかって微音がした。もたつくまぶたを開ける。遠くの壁が見える。薄暗く、凹凸のある壁紙に影が落ちる。いつか付いてしまった墨のあとが、視界の左下から右上にかけて大きくはらいをかけて、そこから滴り落ちる流れと墨汁の溜まったまるみが、気味悪さを助長する。
 時期は春だったと思う。春一番が吹いたというニュースを数日前に聞き、ラジオはそれからつけなかった。水を飲もう。左手のひらにぐっと力を込めるとスプリングの軋む音。心許ない足元。嫌いだ。
 二の腕を震わせうっそりと起き上がる。シーツは皺がより、頭の跡が丸く凹んでいる。髪が伸びた。両脇から黒いざんばらが流れ落つ。頭を少し振ると、慣性の法則に則って揺れる。
 墨の壁の反対には窓があるが何日も閉め切って、しとどに濡れているさまはどちらも同じだった。透明な分、雨の方がましかもしれない。
 ため息をつくとシーツがざわつく。湿ったそこにいつまでもいられない。重たい体を引きずり下ろす。むしろ落ちた。ベッドから上半身だけ吊り下げて、力尽きた。
 ベッドの下は埃だらけで息も出来なかった。床に頭、ベッドに腹を置き、落ち着いてしまったため汚い埃を吹いては寄せ吹いては寄せている。フローリングの木目が見えるが、埃の流れとは反対のようだ。木目は窓と平行に、埃は窓に垂直に進んでいる。左膝はベッドの上だ。気だるさと戦いながら数ミリ単位の運動を繰り返し、足先を木枠から外した。すると体が左に傾き、太ももの筋がチカっと切れた。
 少しの痛み。筋肉の伸びきらない、くだらない人間が得る痛み。
 目の前には大きな埃がこびりつき、吹いても吹いても飛んでいかない。筋は切れ視界は汚い。右足はバランスを取るために膝から曲がり、鍵のようにベッドへ居座ってしまった。
 起き上がることは実は容易だ。右足を下ろせばいいのだから。でもそれが出来ないのは、雨のせい、鬱陶しさのせい、やる気のせい。
 埃まみれの床に体を伏せたのは間違いだった。よくない考えが浮かぶ。壁まで行って部屋を出なければならないのに、それに背を向けてくたばっている。
 起き上がれば泥だらけよりも悪いことになる。雨音が強くなった気がする。この床を洗い流してくれるなら、きっとそのまま起き上がれるに違いないのに。右膝を少し伸ばすと体勢が楽に感じられた。目を閉じると何も見えず、地面を打つ雨の音に没入した。

寝室

寝室

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-04-05

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