還暦夫婦のバイクライフ 42

ジニー&リン、冬眠から覚める

 ジニーは夫、リンは妻の、共に還暦を過ぎた夫婦である。
 1月2月と荒れた天気も、春の訪れと共に穏やかになってきた。
「リンさん、だいぶ暖かくなってきた。そろそろ走りに行くかい?」
「そうねえ。この前走ったのって、いつだっけ?」
「1月3日。八幡浜のみなっとまで」
「あ~、二ヶ月走ってないんだ。こんなに長いの初めてだね」
「まあね。年取ったのを実感するよ。5年前には雪の中走ってたもんな」
「それも有るけど、今年は異常だわ。とにかく寒いし道は凍結するし、2月にはまさかの大雪で道後平野から出れなかったし、3月になった途端私がコロナに感染するし、バイクに乗る気も起きんかったもん」
「天気のいい日にはなぜか用事が入るしね。このままバイク乗り引退かと思っていたよ」
「それはない。私のストレス解消法の一つだから」
「ふ~ん」
「で、どこ行くの?」
「どうしよっかなあ。高知方面はまだ道が怪しいし、久しぶりだから長距離もねえ」
「じゃあ、年明けから行く行くいって行けてない善通寺に行こう。買いたいものもあるし」
「買いたいもの?堅パン?」
「いや、あれはちょっと。昔はハマってたけど、もう歯が無理だから」
「そうか」
丁度そこに、長男がひょっこり現れた。今は今治に住んでいるのだが、時々フラっと帰って来る。
「あ、イチお帰り。あんたも行く?明日善通寺に行くんだけど」
「善通寺?いいよ」
「じゃあ、お前がいつも行ってるうどん屋に連れてってくれよ」
「わかった」
こうして3月9日は、親子三人で善通寺に行くこととなった。
 3月9日朝8時、ジニーは台所で朝食を作っていた。卵を焼いて、ウインナーをゆでる。みそ汁も作ってご飯を食べていると、リンが台所に現れた。
「お早う。天気どう?」
「いいよ。寒いけど」
「イチは?」
「バイクをいじってる」
「ふ~ん。私たちのバイクは動くの?二ヶ月動かしてないけど」
「平気だろう。でもタイヤの空気圧は見とかないとだな。スタンド行った時に見るよ」
「スタンドの充填器、使えないって言ってなかった?」
「大丈夫。前にタイヤ交換したときに、合わせてエアバルブも横向きに交換しているから」
「私には分からんけど、オッケーなんだ」
「うん。メシ食えよ」
リンも食卓に着いて、朝食をとる。そのあと、二人は完全冬仕様のウェアに着替えた。
「暑い」
「私も。早く走らないと」
身支度を済ませた二人は、外に出る。イチはカワサキZ1200ダエグのタイヤにエアを入れていた。手漕ぎの空気入れをポンピングしている。漕ぐたびにキイキイとやかましい音がする。ジニーはバイクを車庫から引っ張り出し、並べる。イチからエアゲージを借りて、2台のバイクの空気圧を測る。
「やっぱり低いな」
ジニーはエアゲージを片付けて、バイクにバッグを取り付けた。
 10時前に家を出発して、いつものスタンドで給油する。エアも補充してスタンドを出る。裏道を走って南幹状線を横切り、はなみずき通りに入る。車列の後ろに付いて南下し、高速道導入路からゲートをくぐり、高速道に入る。
「リンさん、ちゃんと通れた?」
「通れたけど?何?」
「正月にETCカード入れ替えたから、問題なかったかなと思って」
「そういう事ね。大丈夫だね。イチはいる?」
「居るよ。リンさんの後ろにね」
「そう。私からは見えないや」
「入野で止まりますよ」
「了解」
3台のバイクは40分ほど走り、入野P.A.に入る。駐輪場にバイクを止め、ヘルメットを脱ぐ。
「ふう。久しぶりの高速は疲れるなあ」
「そお?私は平気だけど」
「リンさんのバイクはSSだから」
二人がそんな話をしている間に、イチはコンビニに入っていった。二人も後に続く。しばらくうろうろして、ジニーはホットココアを手に取った。
「久しぶりだなココア。これにしょっと」
ジニーはレジで会計を済ませて店を出た。いつもの見晴らしのいいベンチに座り、リンと二人でココアをシェアする。
「ぬるいなあ」
リンがつぶやく。イチは買ってきたドーナツを、アッという間に平らげた。
「ドーナツだと思ってたら、ドーナツ型の揚げパンだった」
そう言ってイチは、歩いてゆく。ジニーはイチに聞いたうどん屋を、スマホの地図アプリで確認する。
「あ~これなら、大野原I.C.を降りればいいのか。あとはイチに案内させよう」
ジニーはスマホを閉じた。
 入野P.A.を出発して再び高速を走ってゆく。川之江JCTを通過し、豊浜S.A.を通り過ぎ、大野原I.C.で高速を降りる。イチとはインカムがつながっていないので、ジニーは手ぶりで先に行けと合図する。イチはすっと前に出て、先頭に立った。出口からR11へ右折して、しばらく走る。県道8号線との交差点で左折し、次に県道237号線との交差点を右折する。観音寺市街を走ってゆくと、左手に目的のうどんT屋があった。広い駐車場にバイクを止め、店に向かう。
「あまり混んでないね」
「12時前だからな。これからじゃないか?」
入り口の列に並んで、店員さんにうどんをオーダーする。ジニーとリンはかけの小、イチは肉ぶっかけ小を注文する。ジニーはトッピングにかき揚げ、それとイナリ、リンはとり天とちくわ天を取った。うどんを受け取り会計を済ませて、空いている席に座る。店内はほぼ満席だが、どんどん出ていきどんどん入って来る。香川のうどん屋は、回転が早い。三人もさっさと食べ終えて店を出る。外にはすでに長い列ができていた。
「腹いっぱいだ。うまかった」
「とり天が柔らかくておいしかったよ」
イチはこの店がお気に入りらしく、ぶらっと一人でバイクに乗ってよく来るらしい。
「朝出て下道ずっと走って、昼頃喰って引き返したら、夕方には家に着く」
「ずっと下道かい!元気だなあ」
道がある限りどこまででもバイクで行ってしまう奴だから、観音寺一般道往復など全然平気なんだろう。
「次は善通寺に行きますよ」
バイクにまたがり、うどん屋を出発する。県道237号線を走り、R11へ出る。そのまま善通寺方面に向かい、さぬき豊中I.C.を右手に見ながら走り、斜め右へと分岐する県道49号線へ乗り換える。田畑をまっすぐ抜ける道を走り、小さな丘を越え、善通寺市街に入る。陸上自衛隊善通寺駐屯地を回り込み、ゆうゆうロード、県道24号線経由で県道48号線に乗る。そこから善通寺裏口にある駐車場に向かう。ここは二輪車無料で止められる。駐車場に乗り込み、隅の駐輪場にバイクを止める。エンジンを停止してヘルメットを脱ぐ。
「今日は空いてるねえ」
「正月はすごいのにね」
三人は橋を渡って裏口から境内に入る。御影堂で手を合わせ、売店でリンは腕に付けるミサンガのようなお守りを買った。
「これが欲しかったんよ。前付けてたのが無くなっちゃってね」
「リンさん、それで正月からずっと善通寺に行くって言っとったん?」
「うん」
リンがにっこりと笑う。
 三人は境内をぶらぶらと歩き、本堂へ向かった。ご本尊の薬師如来にお参りしてから、周囲をうろつく。しばらく散策してから御影堂方面に戻る。
「ジニーまおかふぇだって」
リンが立て看板を指さす。
「ふ~ん。前は無かったな。行ってみるか」
三人は案内に従って歩いてゆくと、善通寺いろは会館という宿坊にたどりついた。靴を脱いでスリッパに履き替える。矢印に導かれてゆく先は食堂だった。中に入ると何組かお客さんがいた。三人は空いている席に座り、店員さんにオーダーを伝える。
「まおって何だ?」
「ジニー知らんの?まおって、空海の俗名よ」
「ああ、なるほど」
「善通寺は空海の生誕地だからね」
「うん、それは知っとる」
そんな話をしているうちに、甘味がやって来た。
「安倍川餅ご注文は?」
「僕です」
ジニーが受け取る。残りのぜんざい二つもそれぞれが受け取った。
 甘味を食べてしばらくまったりとする。30分ほどしてから三人は席を立った。
「さて、寒くなる前に帰ろう」
善通寺の境内を抜けて、駐車場に戻る。準備を済ませ、駐車場から出発した。狭い裏道を通り、県道49号線に出る。そこからは来た道を戻る。小さな丘を越え、田畑の中をまっすぐ伸びる道を走り、R11へ合流する。その先のさぬき豊中I.C.から高速に乗り、松山方面に向かって走る。
「リンさん、豊浜S.A.寄る?」
「スルーで」
「オッケー」
三台のバイクは豊浜S.A.を通過する。そのあたりから少しペースを上げて走る。三島川之江、土居I.C.を通過し、入野P.A.が近づいてくる。
「入野は止まる?」
「もういちいち止まると動くのがおっくうになりそうだから、家まで直行で良いよ」
「わかった」
ジニーはさらにペースを上げ、どんどん先へと走ってゆく。少しずつ日も傾き始めて、気温も下がって来る。
「さむっ、早く松山市に入りたいぞ」
「松山市、周りより気温少し高いもんね」
桜三里のトンネルを抜けて川内に出る。松山I.C.で高速を降り、バイパスを走ってR56に出る。そこから右折して市内に向かい、市内を抜けて16時に家に着いた。
「お疲れ様」
「お疲れ。イチは?」
「ガソリン入れに行ったんじゃないか?」
「ああ、そうね」
バイクを車庫に仕舞い、部屋に入って思い真冬装備を脱ぐ。
「やっぱりバイクは楽しいな」
ジニーはそうつぶやいた。

還暦夫婦のバイクライフ 42

還暦夫婦のバイクライフ 42

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-03-20

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