世界を救う勇者のパーティー外伝 共和国三百七十八年第十二回フォルティナ出兵「ベルタ戦役」

これまでのあらすじ

 共和国三百七十八年第一季。メサイアノポリス都市共和国に五万の軍隊と共に善隣のために駐屯した竜宮公主アルベルタ・アルベルタ・タイラントは、山歩きのさなか、熊を追いかけることに夢中となり国境を越えてしまう。
 隣国フォルティナ王国の領内に迷い込んだ彼女は、山中で出会った少女を撲殺したことを皮切りに行き掛けの駄賃として四つの村落を略奪。さらに追いすがる騎兵の二個中隊を銀貨の投擲で粉砕。単騎で無事メサイアノポリスの領域に帰還したのだった。

遠征か、百叩きか

「冒険はお気に召されましたか、姫様」
 鶏冠めいたオールバックを構成する前髪と眉毛に金のメッシュを入れ、鼈甲作りの黒縁眼鏡を掛けた男。アルマース共和国第七軍団参謀長のモサ・フタバがベルに問いかける。彼も王族なので、王女殿下などと仰々しくは呼ばない。
「見ての通りです。素晴らしいでしょう」
 褐色の羽毛と広い額がチャームポイントのドラゴンの少女は、熊の左手を三つ突き出して自らの武勲を誇った。上着のポケットは村落から略奪した銀貨でいっぱいである。
「人間の手は持ってこなかったのですか?」
 問いただしたのは、彼女の師であり、参謀長の長男であるエラスモ・フタバ。彼も父同様に金の前髪に金の長い眉、王族であることを示す青く長い髪を編み込んでいた。
 ベルは胸を張ったまま語る。
「それも考えましたが、あまりにも数が多すぎたのと、騎士の手首を切断する暇がありませんでした。騎士を撃ち落とした武勲を村人の手で水増ししたと言われては私の沽券に関わります。国境を越える前に捨ててきましたよ」
 豪胆で鳴らすエラスモも、これには開いた口が塞がらなかった。
「……賢明な判断です。姫様」
 モサが話を進める。
「それで、これからいかがなされるのですか、姫様。我々も、竜王陛下に申し開きの程をいたさねばなりません」
 ベルの声が厳しさを帯びる。
「その必要はありません」
「しかし、他国の境を犯し、村を焼き、ポケットを銀貨で満たしたとあっては。少々お戯れが過ぎるのではありませんかねぇ」
 モサの口調に嫌味が入る。
「私には非がないのです。いいですか、私はメサイアノポリスとフォルティナの国境を散策したところ……そう! 何者か、いや、フォルティナの手のものに誘拐されかかったのです。私は邪悪なる誘拐犯から辛くも逃げ延び、フォルティナに迷い込んでしまっただけ。そうなれば自力で返ってくるのは当然でしょう? それに、竜王の孫が誘拐されかかったのです。何もなしとはいきません。……かくなる上は武力を持って恥を雪ぐのが、妥当というべきでしょう」
 口から出任せを考えたそばから並べたてるベルに、二人は辟易する。
「勇者のパーティーの決断無しで、戦争ですか? 姫様」
「愚かですね。先生」
 ベルはエラスモを一喝した。
「いいですか、代行と呼ばれようと、十歳になったばかりであろうと、第七軍団の長は私ですよ? ここは旧大陸。アルマースではありません。戦地にあっては君命にも受けざるところあり。です。あなたたちも私の護役として付いてきたのなら、少しは考えて下さいな。今から我々が取るべきは逆です」
 モサの眼鏡が光った。
「逆? といいますと」
「ええ、逆です。第七軍団は今すぐに国境を打ち抜きフォルティナの首都を制圧。勇者のパーティーの決議が出る四週間以内にフォルティナを屈服させるのです。そうすれば、私の名誉を挽回することは不可能ではありません」
 モサは苦言を呈する。
「兵がやる気なら、私は一人の兵として姫様の冒険にお付き合いいたしますよ。ですが姫様。彼らもそのような冒険に巻き込まれたいとは……」
 苦言にベルは喚き散らす。
「やってみなければわかりません! いいでしょう! 私は私の兵を信じます」
 後には引けないのだ。

 ベルが中庭に出て行った後で、エラスモは父に尋ねる。
「兵は付いてくると思いますか?」
「それは、皆さんのやる気次第だとは思いますけどねぇ。いいですかエラスモくん」
 モサは瞳孔を窄めて、口を少し開けて鋭い歯牙を輝かせた。
「ドラゴンが一個軍団でやって来て、光り物を集めて帰らないなんて、そんなことはありえないんですよ」

 ベルは第七軍団の将兵を集めて演説をぶつ。
「いいですか。諸君。私の汚された名誉を……」
 威勢はいいが中身のない演説に、将校は苦笑している。不意に兵から野次が飛ぶ。
「名誉で腹が膨れるものかよ!」
 ベルは不意の野次に切り返す。
「その通り、そこの兵隊よく言いました! 私には名誉、お前たちには銀貨をやろう!」
 銀貨。の一言に集まった兵士たちは一瞬静かになった。ベルはその隙を逃さない。ようやく兵士の欲しいものと、自分の沽券が結びついたのだ。
「あなたたちは何のためにここまでやって来たのですか。徴兵ですか? 義務ですか? そんなものは下らないお遊戯にしか過ぎません! ねぇ、豊かになりましょうよ! この遠征はあなた達の人生を塗り替える、ほぼ唯一の機会なのですよ! 根拠を示しましょう。フォルティナには十分な銀貨があります。私と第七軍団の力を持ってすれば。彼の地の銀を得ることは、赤子の手をひねるよりも容易いでしょう。さすれば! さすれば! 我が母なる神、氏祖たる古龍、私に流れる竜王の血に誓いましょう。私の名誉のために戦い、今次戦役に勝利するならば、あなたたち全員に、軍足一本分の銀貨を約束します!」
 ベルはエラスモに急いで軍足と銀貨を持ってこさせ、詰めた後でひっくり返して銀貨をぶちまけた。
 軍足一本分の銀貨!
 広場に集まった兵たちが騒ぎ出した。不意に、未だにベルの想像を超える発言が帰ってきた。
「おら銭しか見たこたねぇだ! 姫様! 靴下一本分の銀貨たぁ、銭何枚だぁ!」
 ベルは急いで計算した。軍足一本分の銀貨だと銀貨二百枚。金貨一枚が一ポンドで重量三分の一オンス、これは銭に直すと二十万枚になる。
「二十万!」
「二十万?」
 想像を絶する単位だったらしく、田舎者らしい兵隊が混乱を起こし始めた。
 今度はベルが慌てる番だった。
「とにかくいっぱい! 例えば、そう! 商売だって店一つから始められるし、畑一枚買うことだってできるわ! 代わりに私が買ってあげてもいい!」
 しばらくしてどれだけの報酬が約束されているか気がつき始めた兵たちは。今度はおののき始めた。
「ひ、姫様ぁ。おれらは一体何と戦うのでさぁ!」
 ベルは泥を固めてぶつけた。
「ドラゴンが怯えるなぁ! 金が欲しくないのか!」
 すかさず音頭を取る。かーね! かーね! かーね! と。ノリが悪かったので二回聞き直した。「いらないの?」と。
 その内、どうやらベルは本当に金をくれる気であるというのと、ばかばかしいが試しに合わせてみようという空気が広がり、ベルに合わせて唱和しだした。

 改めてベルは第七連隊の兵を整列させ、台の上に載って演説を始めた。
「恥辱のこの戦役は私の名前を以て語られるでしょう。冬の雪をやわらかな春日が暁光を以てせせらぎに漱ぐように、汚名は戦場によって挽回され栄光へと昇華されるからです!」
 兵は既に気合が入っていた。ベルの飾り立てた演説をかき消すように唱和する。
 かーね! かーね! ひかりもの!
 おひめさまの靴下いっぱい!
 かーね! かーね! ひかりもの!
と唱和する。
 兵が全く自分の話を聞いてもいないし、金の話しかしないことに気がついたベルは地団駄を踏んだあとで、やけくそになって言い返す。
 かーね! かーね! ひかりもの!
 わたしの靴下いーっぱい!
 第七軍団の将兵は言い返された言葉に対して、不敬にも姫様万歳で応じた。

 フォルティナ王国との外交交渉は難航した。呼びつけられた駐メサイアノポリス大使は国境での狼藉の謝罪ではなく、居丈高に居直るどころか更に覚えのない陰謀を一方的に詰られ。国境から蹴りだされたのだ。
 要求は簡潔なものであった。
 一週間以内に銀貨五百万ポンドを用意した上で、国王自ら鞭を持ち頭を刈り上げて上半身裸で謝罪しろ。と。フォルティナ王国は一週間で一個軍団を動員できるような国家ではない。同盟国の汎人類統一帝国に救援を求めても、おそらく直近のアイリス公国が国境を固めるのにも間に合わないだろう。
「飲んだらいかがされるおつもりです」
「モサのおじいさま。私は戦争がしたいわけではありません。私は恥を雪ぎ、兵に銀を配ればそれで十分ではありませんか」
「その場合。姫様は竜王陛下または王太子殿下から、尻百叩きを賜ると思いますが、いかがされるおつもりですか」
 ベルは舌打ちした。
「……彼ら恥知らずの不逞の輩が、このような提案を飲むとは思いません。今すぐにでも国境を突破し、フォルティナに要求を履行させましょう。そうしましょう」
「賢明なご判断です」
 共和国の書記長から「私の知る限り、君は楽園の蛇みたいなやつだな」と言われた男は眼鏡を光らせて首を縦に振った。

 第七軍団は回答を待たず国境を越える。
 共和国最強を自負する第七軍団は共和国でも数少ない充足超過の軍団であり、第七、二十、三十三、四十六の四個師団基幹の五万五千の兵力を有している。構成される各個師団は騎兵連隊を内包しているため、戦略単位は師団。ドラゴン特有の戦術構成から胸甲騎兵を持たず、竜騎兵で代替している。砲兵を必要としないのは、彼らはスリングを用い、自らの膂力で二ポンド榴弾を投擲できるためである。
 さらに、今回の戦役に先立ち旧大陸で数個連隊の義勇兵を招集している。これは義勇兵という名前ではあるが、徴兵開けの兵と予備役編入直後の士官で編制された戦意の高い部隊である。彼等は先の第十二軍団派兵では得られなかった金銭と栄誉を求め、軍団直下の親衛隊として配置されていた。

 メサイアノポリス・フォルティナ国境を圧倒的兵力差で突破した第七軍団は途中の要塞に監視の兵だけを置き、四日で首都のフォルティーン・ダー・グロースを包囲する。

 ベルはその低い背で、フォルティナの国名を示す高い壁を睨む。
「さて、当面の目的地までたどり着きましたが、目の前のケーキをどう切り分けて食べましょうか」
 エラスモは例えて応じる。
「姫様は「マナー」をご存じないと見えます」
「お小言ですか、先生。私だって食事中に手に持っているナイフで下僕を刺したりはしませんよ。ここは作戦会議ですが、似たようなものでしょう」
 エラスモは彼女が食事中に下僕の大腿動脈を一撃したことがあるのを見たことがある。が、それはそれとして、まぁお待ちなさいとベルをなだめた。
「いいですか、姫様。貴婦人が家に招かれるときに、その家の戸を自分で開けたりはしません。必ず、その家の従者に戸を開けさせます」
「なるほど、優雅にお入りなさいと、そういうことですか」
「城壁も同じです。父が内応者を準備しています。正門から堂々と入城しましょう」
 モサの眼鏡が光った。

 名にし負うフォルティナの城壁なにするものぞと声高らかに歌うベルを尻目に、モサは息子に声を掛ける。
「そういえば、エラスモくん。呼ばれないと家に入れない化け物が、貴婦人の他にもいましたよねぇ」
「ええ、いますね」
「いくら搾り取るんでしょうねぇ」

 合図としてフォルティナの外周をベルが輿に乗って仰々しく周回する。
 三周目の途中で内応者は北西の跳ね橋を落とした。第三十三師団が北西正面からフォルティナに侵入し、ベルは開け放たれた正門から堂々と入場したのだった。

世界を救う勇者のパーティー外伝 共和国三百七十八年第十二回フォルティナ出兵「ベルタ戦役」

世界を救う勇者のパーティー外伝 共和国三百七十八年第十二回フォルティナ出兵「ベルタ戦役」

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 成人向け
  • 強い暴力的表現
  • 強い言語・思想的表現
更新日
登録日
2025-03-18

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