
エルピコ共和国での決闘
以前、漫画で作ったものの続き
明鏡止水龍神拳を放った者は確実に死ぬ運命にある。

カダクラヤの拳聖ムラタは迷宮寺院の奥深くで古代のファラオであるラムセス二世を倒したのだった…自らの命を犠牲にして……
しかし、彼の死より先だったのか、あるいはその後だったのか、ラムセス二世の不死の源泉である迷宮寺院の泉は確実に彼の口に含まれていたのだった……
広い廊下を歩く男。
左手に豪壮な日本庭園が望め、上空からの太陽の光が人工池に照り映えている。静謐な空間が演出されているもののそれは何処か軽薄で、表層的だ。文化的な思想が欠落しているのが一目で分かるものだ。そして、男は突き当たりの大きな扉の前で立ち止まる。ノックをすると部屋の奥から入室を許可する声が返ってくる。
そこは広いスペースに机だけがあり、遠目に男が座っているのが望める。大きく豪勢な机の割に椅子に座っているのであろう正面の男の上半身は限りなく小さく、まるで机の上の小物か何かのようにも見える。背後に大男が控えている。彼があの男のボディガードである例の爆肉パイソンだろう。部屋は大きく端から端まで歩くのに時間を要するほどだ。ガラス窓によって画された日本庭園が望め磨かれた床に光が反射する。
「よく来られましたね。あなたが世界一の格闘家ムラタ様ですね?」
机の向こうから立ち上がった男の影、立ち上がると思っていた通り小さく子供ほどの背丈だ。それが上等なスーツを着ているのがまるで対比的であった。そしてまた自身の地位に対する揺るがない自信に満ちあふれているのがまた対比をなしている。MUROMATI工業のエルピコ工場を統括する副社長のイカガワである。イカガワは非常に勿体ぶった物腰で、その地位の揺るがない自信に裏打ちされた優雅ともとれる動作でムラタに近づき、握手を求める。
「そして、あの神秘の国ガダクラヤの拳聖でもあらせられる」
「ええ」
ムラタは首肯しながらイカガワの手を握り返しながら、さっとイカガワの背後に控えるパイソンを一瞥する。殺気にみなぎっているのはある種の嫉妬であろう。イカガワの右腕は自分で充分だと。彼も相当な達人である。その優に二メートルは超える巨体はまた横にも大きくそれでいて全てが筋肉で構成される硬さがそのスーツの内部には覗える。スーツは繊維が引き延ばされ皮一枚と言ったほどに膨らんでいる。聞くところによると彼が怒ると信じられないことだが筋肉だけの膨らみでそのスーツがほとんど粉々に破けるそうだ。
イカガワは勿体ぶった態度のまま、まるで芝居仕掛けで後ろ手に床を歩きながら語り始めた。
「あなたを招いたのは他でもない、お恥ずかしい話だが私どもの労働者たちに不穏な気配がありましてですな、単刀直入に言うなればある種の反乱でも起こそうかという情報を察知しているのです。私どもはこのエルピコ共和国の認可を正当に受け、全く合法的な法人運営をしているのは周知の事実、ところが彼らは非常に強欲に過ぎるようです。もっと待遇を良くしろ、賃金を上げろ、とそういう強欲にとりつかれている、そしてまた彼らはその実力があると自分で思い込んでいるようでもあります。私どもは最も合法的な組織であると自負しています、そして最も合法的な方法で私どもはこの問題に取り組んでいるところでして、私どもは承知の通り日本企業ですあなたは5Sという言葉をご存じですか、つまり最後の躾がもっとも肝要ということでして、徹底的に、断固とした、躾の必要性を彼らに理解させたいわけです」
イカガワは持って回った言い回しをしているが、要するに躾と称して単純に彼らの労働者を痛めつけろ、とそう言っているのだった。
「それは肉体的に、ということでしょうか?」
「そう、あくまでも肉体的、この上もなく現実的な痛みを知らしめていくということです」
この独裁国家エルピコではその寄付量の多寡によってその寄付者がより合法化されていく傾向がある。世界企業として十本の指に入るこの天下のMUROMATI工業は一体いかほどの寄付をエルピコに行ったのか?独裁者カチーロとその一味の権利を侵害しない範囲ではこの国では何処までも合法化される傾向にある、当然だがそれは寄付量の大きさでしかない。
「よろしい。それは私の範囲に属することだ。ところで約束の報酬に関してだが…」
「ええ。約束通りに二千万ドルを支払いすることになっております」
「うむ。そのことに関してだが、それよりお宅の会社が所有しているある遺物を私は欲している。バグダッドの古代電池だ。文化財の所有に熱心なヨシミツ社長のコレクションの一つにあったはずだ」
「あのガラクタですか?確か先日までオーパーツとされていたものの科学的機関の精密な検証ではただ祈祷文を入れるための壺に過ぎず鉄製の芯に巻物を巻き付けて埋めていただけという断定されたものでした。電池などではありません。巻物が腐食しただの鉄心と巻物のあった空間だけが残されたもので、その空間があたかもそこに電解液を流し込むことでまるで電池のような構造になっていただけという。そんなものでよろしいのですか?」
「そうだ。報酬はそれで充分だ」
「変わった方だ。二千万ドルよりもガラクタを欲しておるとは。分かりました。では一応社長に報告しておきます。おそらく大丈夫でしょう、あれは社長のコレクションの一つですが、それほど彼にとっての価値もない模様ですので…古代の電池とは全くお笑い草です…」
そう言いながら彼は卓上電話の受話器を取り上げダイヤルを回し始めた。ムラタは怪訝にその時代遅れのダイヤル式電話を見詰めていると、「これも社長の趣味でしてな、われわれ幹部陣での連絡手段は全てこれですよ、全く成功者というものは先進的でありながらも懐古主義的なものであります…、もっとも下っ端は当然」と言いながら肩の上に受話器を挟みながら両手の指先を用いてキーボードを叩く仕草をする。そして受話された先方と二三の会話を交わしてから再び受話器を置いた。
「ええ、社長の了承は得られました。あのガラクタは…、おっと失礼、古代の電池でしたな、あれはあなた様の物となる。もっとも約束を果たしてからですがね」
その時、パイソンは蔑むように笑った。
長い廊下を歩く三人。

「二千万ドルの代わりに電池一個とはな…お笑い草だな。ところで拳聖くん、君は不死の男とされているようだが、どんな奇術を使っているのかね?」
爆肉パイソンがムラタに話しかけている。
「ふっ、奇術などではない。俺は不死なんだ。自分でも驚いている、カダクラヤの泉によるものだ、そこで俺はラムセス二世と闘って勝ったんだ」
「ははは、ジョークは一人前だな。ははは、あのファラオのか?なかなか面白いところがあるなお前は。だがな正直に言うとお前などいらんのだ、労働者の連中には腕の立つのが三人いるが、俺一人で充分なんだ」
「まあそう言うな、パイソン。やつらを徹底的にたたきのめすには一人でも多い方がいい、それもとびっきりの強いのがな…」
先頭を歩いていたイカガワが話に割って入る。
「あなたの噂はかねがね聞いてますよ、先日は「流星脚」で有名なカレー王国のムエタイチャンプとの死闘を見事制してましたね。彼は今夜の戦いの筆頭候補でしたがそれがためにあなたに役目を取って代わられました。たった一晩で二千万ドルを得る予定でしたが……、いやはや電池一つでしたか」
「ははは」
イカガワは先頭を歩きながら話を続ける。彼らは巨大な社屋を後にし炭鉱じみた洞窟に入っていく。
「わたしどもはここで希少金属「ミスリル」を採掘しています。武器防具だけでなく電子部品などにもこの金属は欠かせません。このエルピコではミスリルが豊富でしかもここのものはとても質が良い」
洞窟の中には鍾乳石のようなあるいはクリスタルのような鉱石がところどころにタケノコの如くに迫り出している。ほのかに発光しているようで蒼白い。これがミスリルなのだろう、ムラタは歩きながら思う。
「わたしどもはとても合法的かつ配慮的な生産活動を行っています。それだのに何処にも不平不満を述べるものはいます。それはまるで底なしの穴のような要求として現れ、もっともじみた言葉を述べながらその実は空疎な九官鳥に過ぎないのです。そしてわたしどもは合法的に認められた正当防衛を行ったのです。そう彼は日系人でしたが、労働者一味のある種の理論的な支柱を自認するそんな一匹の九官鳥を血祭りにあげました」
『……これが搾取と言わずしてなんと言おう。君たちは知っているのか?この設備、生産手段あの豪壮に建てられた社屋、そして役員室の革張りのソファーにいたるまで全て、僕らの物なんだ。彼らは全てピンハネしている。何故か、全て働いているのは僕らだからだ。彼らの態様をよくよく観察してみよ!彼らは富とこの労働力の間にあたかも寄生しているかのようだ。何故、彼らはそんなところにいるのか?いる必要があるのか?そんなところにいるべきではない、彼らは富とこの正真正銘たる労働力の間である種の弁のような役割をしているに過ぎない。何の弁であろうか。富と労働力の間を弱めたり、止めたり、する必要があるのだろうか。そしてこの弁は強められることが決してない欠陥品だ。そんなものが必要あるだろうか。翻ってその弁がたとえ必要だったとしてもその役目が決して彼らでないことははっきりしている……」
その大演説の後、熱弁を振るった彼のトレードマークである学生服を着た男が倒れている。彼は日系人であり生粋の共産主義者であったトリカワであった。彼は瀕死の重傷を負う。
「私どもはこの国においてもっとも合法的な実力的な手段として認められた決闘を行います。彼ら側には三人います。ところで私どもは二人だ。この点でもこの国風な言い方をすれば王者の風格と申しましょうか。パイソン一人でも事足りるのはすでにシュミレートされた状況でしたが万全を期すためにもあなたを招いた次第です」
物々しい雰囲気に包まれた洞窟の開けた一角。

隅にはミスリル採掘のつるはしや猫車が置かれ、それを運ぶためのベルトコンベヤは今日は電源が切られている。バンテージを巻きながら暗澹とした表情のフーシに親友のアキリーノが話しかける。
「いけそうか?」
「……多分、多分無理だろう。俺は知っているんだあの爆肉パイソンの恐ろしさを。やつはモンスターだ、俺のパンチは全て跳ね返されるだろうあの鋼鉄の筋肉に。あの化け物にはどこにも急所がない全部が強力な筋肉だ」
「そうか…、それでもやるのか?」
「ああ、せっかく選ばれたしな。それに俺はやつのことがあまり好きではなかったが、あいつも俺たちの仲間なんだ」
「トリカワか」
「ああ、やつの言うことはあまり信用は出来なかった。弁を取り仕切るの話はよかったがあれは彼らではないとしたら誰だ?きっと、その役目をやつは狙っていたんだろう。それでは一緒じゃねえか」
フーシは以前ボクシングのオリンピックの選手だった。しかしオリンピック開催間近の政変によりエルピコ共和国は出場を見合わせることになった。それは敵対的なアメリカニアでの開催だったからだった。それはカチーロの反アメリカニアを主張する個人的な問題に過ぎなかったが。次のオリンピックもこのエルピコではどうなるか分からない。それはやはりカチーロの気まぐれに委ねるしかなかったが、彼は未だ夢を諦めることはなく練習は怠ってはいなかった。
「あの音速拳はどうなった?」
「マッハパンチか、だめだ、今の俺の実力では出せねえ…しかし、俺の頭の中ではこれがあればパイソンには勝てるってものがあるんだ。これがあれば勝てるっていうプロセスすら見えているんだぜ、ところが何か俺の前に壁があるんだ。もう一息なんだがなあ…」
「他の二人はどうだろう?」
「はっきり言って俺たち三人が束になってもやつには勝てねえよ」
「そうなのか?」
「ああ、俺たちは分かっている。口にこそしないが、当人同士には分かるってのがあるんだ。俺たちは勝てねえ、エスカビノやアレバロも何の手は持ってないのは確実だ、やつらもそこそこだが、パイソンの前ではただジュードーの上手いやつで、ケンポーの上手いやつで、それにボクシングの上手いやつに過ぎないだろう」
フーシがバンテージを巻き終えた頃、天井に点々と吊り下げられた裸照明の暗がりから曲がり角を曲がってきた人影。
「来やがったぜ、お偉方の登場だ」
労働者側
フーシ ボクシング
エスカビノ 柔道
アレバロ 拳法(太陰紅拳)
経営者側
爆肉パイソン 拳法(爆肉皆殺し殺法)
ムラタ 拳法(カダクラヤ流)
「お待たせしました。我が社の労働者の皆様方。今夜はあなた方にとってまた私どもにとっても特別な一日になることでしょう。これで私たちの契約上に問題はないと再確認することになることを願っています。つまりはこの賃金、待遇、残業代金の有無など全てこのことに異存はないという証明となることでしょう」
イカガワが対立する労働者の集団に対して恭しく言葉を述べた。
「ふざけるな!トリカワをあんな目に遭わせやがって」
「そのことについては私たちもそう言う結果になってしまったことを悲しく思っています。ただしあれは間違いなく正当防衛でした。私たちは公然と侮辱され、その存在すら否定されたのです。もはや耐えがたい言葉の暴力と言わずして何と言いましょうか。時に言葉の暴力は肉体への暴力を上回って人を傷つけるので」
「おめえらが傷つくだって?なんてお笑い草だ!」
「卑怯なやり方だ!それにまたなんて卑怯な言い訳だ!」
あちこちで罵詈雑言が飛び交う。鬱屈した怒りが怒号となって坑内に響き渡る。
「おい、そこの男は誰だ!?」
ある一人が指摘する。
「彼もこの闘いに駆けつけてくれた我が社の親友の一人です。彼もこの闘いに紳士らしさを持ってあなた方と相対することになってくれることになりました、世界最強の男と誉れ高いムラタさんです」
「あの拳聖だとかいう……あの、ムラタか?」
世界の格闘事情に通じたある一人が声を上げる。どよめきが起こる。
「おい、世界一だって?聞いてないぞ…」
「左様で。もっともそれでも三対二、私どもが不利であることは火を見るより明らかで」
「直前になって一人増やすとは聞いてないぞ!」
「全く、あんたらは何て卑怯なんだ!」
あちこちで怒号が再び巻き起こる。ある種の鬱屈した中にある娯楽のようなお祭り騒ぎである。そういう狂騒は人に幻想を起こさせるものだ。この闘いに勝つと明らかに低めに設定された賃金の向上が認められ、何か夢物語のような生活が送れるのではないかという幻想が一時的に彼らの身内に沸き起こっていた。ただ、その当事者の三人を除いては、であるが。
ただし労働者の先頭に立った三人は自分たちは負けるだろうという素振りは一切見せなかった。それでも雰囲気としてのものは、ある一定数は見抜いていたので、何処かに索漠としたものがその怒号に混じってあったのだった。
「パイソン、さあ誰と闘うのか決めろ。お前は二人と闘うんだぞ」
イカガワがそう言うと、パイソンは、そうだな、と言った風に三人を見渡し、ではお前とお前と、フーシとエスカビノを指さした。それからしばし黙考した後、いや、やはりお前とお前だ、とエスカビノとアレバロを指さした。特にパイソンには思惑などなかった、ただ勿体ぶったことをしただけだった。どれも団栗の背比べ、自らの勝利の確信に揺らぎなどなかった。しかし、そのことが後に彼の選択の大きな過ちとなった。
したがってフーシはムラタと闘うことになったのだ。そしてムラタはこのフーシを一目見て曰く言いがたい何かを見いだした。実力的には劣っているものの秘めたるものを持っていることを。それが引き出された時、化けるだろうという予感を感じたのだった。
後にテレビ番組のインタビューで当時を語ったとき彼は、その時まではなんて嫌な仕事を引き受けてしまったのだろう、と後悔の淵にあったが、どうしてもその時は例のバグダッドの古代電池が必要だったのだ。まるで心ここにあらずであの坑内にいたものだったが、彼を一目見たとき何故か自分がそこにいることが肯定的な意味合いに変わったことが自分には分かったと述べた通り、ムラタはこのフーシの秘めたる才能を引き出すことを意味として悟ったのだった。それもイカガワたちに悟られずに闘いの中で行われなければならなった。このことは二重に難しい問題だった。フーシが自らに感じる壁を取り除くのに力を貸すためには彼の感じているその壁を第一に知らねばならず、そして言葉を用いず誰にも悟られずにその壁を取り除くのに力を貸すということだった。
「フーシ、どうだろうパイソンじゃなくやつなら勝てるんじゃないか?」
アキリーノが彼の耳元で囁く。
「まあ、やつが口先番長ならあるいは、もっともそうは思えないが。それに俺が例え勝っても2対1で俺たちの負けさ。所詮出来レースさ」
しかし、第一の問題はすぐにも解決された。闘いの中でフーシを知るにつれ、ムラタは問題点が見えてきたのだった。それは指標があったのだ。ボクサーの癖としてパンチを放つ時に吐かれる「シュッ」というある種のかけ声のようなもの、彼はそのかけ声より早くパンチを放とうという意図が感じられた、しかしそれは未だその壁を越えてはいないという状態が見えるにつれ、音速の問題であると、つまり伝説のマッハパンチのことだとムラタは勘付いたのだった。マッハパンチ、二十世紀初頭の伝説的チャンプ「ジム」が得意とした「シュッ」の一声で数十発のパンチが繰り出されるという衝撃的パンチのことだ。カダクラヤにもそれに似た技があった。ムラタはその技は使えなかったが、ルー老師はそのスペシャリストだったのだ。そしてこの問題はある種の心理にもよるものだった。例えば、ムラタの使う「苛斂誅求無呵責脚」などは彼の心理によるところのものが大きい。相手が少なくとも身ぐるみ剥がされるまでは無限に蹴り続けるという技は理屈では考えられない。それは相手が防ぎきれないある意味で無敵の技だ。しかしラムセス二世はファラオの仮面が剥がされたことで逆に力が解放されたというそういう教訓もあったが。とにかく、そうあらねばならないという強い気持ちのようなものがそれを会得させるのだった。そしてそれはある種の霊的なものだった。それが先にあるのか後にあるのか定かでない希薄な霊気のような領域に辿り着けるのかという問題なのだ。
彼がテレビ番組で語ったとき、強さの秘訣について何度も肉体的なものでなく精神的なものに言及したように、それがあるのかないのか、そしてそれはまた自分のものなのか、またそう、それは自分を受け入れるのか、こういう複雑な精神的な相克をものにできるのかが鍵になってくると。そして残念ながら私はマッハパンチの才能は全くないのは再確認させられたんだ、という自嘲気味のトークを見せて彼は聴衆の笑いを誘った。
ところが私にはなかったが彼にはあったんだ、ムラタは続ける。そして私はマッハパンチ、あるいはそれに類するものを見たことがある、それは非常に大きな意味合いでもあったんだと思う。私はルー老師のカダクラヤでは「極舜打々々」と言われるものを思い浮かべながら彼に相対していた。そんな感じではなかったという顔をしてね。彼はまるで闘いの中で試行錯誤していた。そんな感じではない、もっとあんな感じだったな、と思い浮かべていると驚くことに彼はそれにやや近づいていく。そうだ、そんな感じだったという風に。そういう言葉ではない感覚がそこにはあった。そしてある瞬間フーシはそれを超えた。「シュッ」という一声の前に、後ではなく、前に、パンチが一瞬で数十発も放たれたんだ、そして遅れて「シュッ」と声が遅れて聞こえた。彼が見事マッハパンチを会得した瞬間だった。

ところで、ムラタはテレビ画面の向こうで顔を曇らす。私は負けるわけにはいかなった。その時は、なんとしてでもバグダッドの古代電池が必要だった。私もここで負けるわけにはいかなかった、負けた場合もしかするとそれが手に入らない可能性があったのだ。彼はその瞬間に数倍も強くなっていた、この勝負においては脅威となりつつあったのだ。ただしある種の完成の高揚感とまるで私が彼を導く先生のような、確かにそういう意味合いもその時にあったが、しかし私は彼の敵でもあったんだ、その油断に乗じて一瞬の強烈な一発、私が愛用している手刀を見舞った。勝負は決した。当然、他の二人はパイソンに為す術もなくやられ、3対0でこの決闘の勝敗は決まったのだった。
しかしその時には確実にもフーシはパイソンを倒すだけの実力を備えていたのだった。もう一度勝負すれば、しかも一対一で、誰が見ても明らかな、有無を言わせない正当さでもってして、彼は勝つことが出来るだろう。音速を超えた瞬打が局所的に同じ箇所に打ち続けられた場合、たとえ硬い物体でさえもある一点は致命的に毀損されるであろう。そして生物に等しい内蔵部に到達されるのである(それは非常に寡黙な闘いになることだろう。一秒の更に細分化された長い時間の中で、彼は熱心にもパンチを黙々と打ち続けることになる、小さなほころびが出来るまで、ほころびが小さな穴になるまで、小さな穴が大きなトンネルとなるまで)。このことは爆肉パイソンの敗北を意味している。そしてこの国の法は決闘はこの国においてもっとも合法的な実力的な手段として認められている。革命は、むしろ革命こそはカチーロの権利を侵害しない範囲では認められるのだった。
エルピコ共和国での決闘
これで漫画を描く予定……いちおう予定。