とある男の奇妙な話

ラブクラフトの話を読んだ後に、触発されて深夜テンションで作りました。なので特に深い意味とかは無いです。

 私がアレを見たのはどこだったか、未だにはっきりしない。
 それは歩いているときに突然現れたのか、夢の中で出会ったのか、全くもって不可解なのである。

 それを初めて見た時、私は当時30代かそこらだったと記憶している。
 そのときの私は軽い肺病を患っていて、毎日咳き込みながら日々を暮らしていた。症状こそ軽かったが、無茶をすると悪化すると医師から言われていて、事実、歩きすぎて咳が止まらなくなり、窒息しかけたことが幾度となくあった。
 その日、私は薬を貰いに病院へ行き、家へと帰る途中であった。
 家から病院へはそれほど距離も無かったので(歩かないにしても私は車を持っていないので)、いつも歩いていた。
 通りの角を曲がり、細い小道に入ったところで、私は普段とは違う物音がするのに気付いた。車の走る音に紛れて、ぺちゃぺちゃと音がするのだ。ご存じの通り、その日は雨は降っておらず、むしろ吸い込まれそうなほどの青空だった。近くに川や海も無いので、私は首をかしげた。
 と、その時、信じられないくらい強い風が吹いて、周囲の建物の窓にひびが入った。それと同時に、例のぺちゃぺちゃという音が私の背後まで迫っていることに気付き、私は咄嗟に駆け出した。走りながら振り返ると、遠くの方に黒っぽい塊が見えた。それはゴミ袋のようで、近付くと強烈な悪臭が感じられそうなぐらい、大量の蠅がたかっていた。
 それを認識した途端、私は急に怖くなり、家まで全速力で走り続けた。…が、気付くのが遅かった。私はもともと肺病を患っている身であり、突然長距離を走っては体が持たなかった。
 私はようやく家が見えてきたところで血を吐いて倒れた。そこからの記憶は無い。背後からまたもやぺちゃぺちゃという音を聞いたような気がしたが、今、そんなものはどうでもいいことだった。
 気が付くと、私はベッドの上で寝ていた。病院のベッドではなく、自分の家のベッドの上だった。起き上がってもどこも痛い所は無く、血を吐くことも無かった。私は、まるで今まで何事も無かったかのように無傷だったのだ。
 今のは夢だったのかとも思ったが、病院で貰った薬はちゃんとベッドの隣の机に置いてあったし、日めくりカレンダーもその日の日付のままで、デジタル時計も今がカレンダーと同じ日付だと示していた。だが、不思議なことに、外に出て先程のアレが出た場所へ行くと、突風でひび割れたはずの窓はすっかり元通りに直っていた(もちろん例のアレも消えてしまっていた)。

 次にアレを見たのは、私の肺病がだいぶ良くなり、アレを見たこと自体もすっかりと忘れていた頃だった。当時の私は40代後半だっただろうか。
 私は出版業者の編集部に入り、残業で会社に一人残っていた。その日は雨で、雨漏りも朝からあったので、ぴちゃぴちゃという音がどこからともなく聞こえてきた時も、私は特別変に思わなかった。だが、明らかに雨漏りをしていない場所からその音が聞こえて来たり、終いには私の背後から聞こえたりもしたので、流石に何かが変だと気付いた。
 ぴちゃぴちゃという音が聞こえた時、私は何度も辺りを見回した。だが、何も見つけられず、仕方なく仕事に戻ることを繰り返した。繰り返して、やがて音の確認もしなくなった。そうすることが面倒になったのだ。そして突然頭上からぴちゃぴちゃという音がした時、流石に気になって上を見た私は度肝を抜かれた。
 そこには、例のアレがいた。アレは天井に張り付いており、相変わらずゴミ袋の形をしていた。その時に私は、前に見たアレの存在を思い出した。強烈な臭いがあるかのように蠅がたかっていて、今見ているこれも同じように大量の蠅が周りをグルグルとしているが、酷い臭いは全くしなかった。ただ、前回よりもずっと近くで見ているので、これが何か分かるかもしれないと思い、私はこのゴミ袋モドキをじっと眺めてみた。
 …口があった。横の部分に巨大な口があり、それが開閉することで、ぴちゃぴちゃという音を出しているらしかった。だが、それ以外に何か分かることは無く、そのゴミ袋モドキは、ただひたすら口を開閉させる以上のことをしなかった。
 私も段々飽きてきて、私が仕事に戻ろうとしたとき、アレは突然落ちてきたのだ…。
 そこで私は目を覚ました。私はいつの間にか眠ってしまっていたみたいだった。見上げてもアレはいなかったので、あのぴちゃぴちゃという音が聞こえてきた辺りから夢だったのかとも思ったが、その間にこなした仕事は完了されたまま残っていた。
 私は気味悪くなり、仕事を手早く切り上げると、コソコソと隠れるように逃げ帰った。アレに見つかりそうで恐ろしかったのだ。

 その後も同じようなことが数回起こった。そして、その全てで意識が途切れる瞬間が一回あり、その後は夢のように消えるものは消え、残っているものは夢を否定するように残り続けているのだ。
 アレがなぜ現れるのか、アレが現れるのは果たして夢の中か現実か、それは定かではない。ただ、アレは私が死と隣接しているときに現れることが多く、もしやあれは死神なのではと思ったりする。出会う度アレはいつも何かを咀嚼しているが、きっとそれは魂を食らっているに違いない。血を吐いて倒れた夢を見せたのは、いつかお前も食ってやるという宣言なのかもしれない。
 今では運が良くアレに食われるのを免れていたが、今度こそそうはいかないだろう。何しろ、ぴちゃぴちゃという音が聞こえなくとも、私にはアレが数えきれないぐらいウヨウヨしているのが視えるのだ。そう、1年ほど前に目の病気で失明したのにもかかわらず、私はあれを一昨日から見ることが出来ている。恐らく死期が近いのだ。
 だから友よ、妹に伝えてくれ。
 40年前、お前を殺したのは私で、今、その罪による罰を受けようとしている、と。
 おお、ぴちゃぴちゃという音が聞こえてきた。私はもう逝かなければならないらしい。
 …ん? ああ、誰かと思えば、我が妹ではないか。迎えに来てくれたのか? いや違う、あのゴミ袋モドキはお前だったのだな。ずっと私を憎んでいたのか。
 ああ可哀想に。今、一緒に逝ってやる。ともに地獄へ行こうじゃないか、ハハハ!
 友よ、別れだ。何、辛いことではない。ただ息が絶えるだけではないか。それならお前も同じ日が来るだろう? それでは別れだ、さらばだ!!
 ハハハハハ!
 ハハハハハハハハ!!
 ハハハ…

とある男の奇妙な話

ナンダコレ?

とある男の奇妙な話

  • 小説
  • 掌編
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-03-14

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