空蝉 Pバージョン
普通の恋愛小説ですが、途中から一部性的表現が有りますので成人向けに、尚途中から強烈なシーンが随所に登場します。
美人の落合麻結が悪党達に狙われ、災難に見舞われ、両親の新たな策謀も絡んで麻結が無残な姿を晒してしまいますよ!
後半は卑猥なシーン、残酷なシーンも多数登場。pはポルノの意味69から
昔の恋
空 蝉
作 杉 山 実
84-01
もう遠い昔、この場所で交通事故が、、、、、
落合麻結は今年もその場所にやって来た。
半袖の白に近いワンピースを着て、逆光に成るとシルエットで身体のラインが透けて見える。
素晴しいプロポーションの美人で、胸の膨らみも腰の括れも見て取れる。
「もう12回目よ!伸ちゃんが突然この世から姿を消して、、、、」明るい太陽の光を背に受けて呆然と見上げながら呟いた。
花束を道沿いに置きながら「こんなの見つけたのよ!今の私の様でしょう?」
花束の花と一緒に蝉の抜け殻、空蝉をひとつ花の上に置いた。
空蝉を置くと同時に一瞬風が吹いて、空蝉を空に飛ばした。
「あっ、飛んじゃった!」空蝉は車が走って来て、もっと遠くに飛んで行った。
ロングの黒髪を風に靡かせて、空蝉の飛んだ方向に走った。
でも麻結の手の届かない場所に飛ばされてしまった。
当時17歳の少女は、今は行き交う人が振り返る様な美人に成っていた。
一歳年上の坂上伸一と高校時代に付き合って居た。
大學入学の祝いに、バイクを買って貰った伸一が嬉しそうに新品のバイクで、夏休みに友人達二人と旅行に出かけた。
伊豆半島一周の一泊二日の旅だった。
このバイクツーリングが終わると、明日一番に電車で実家に帰る予定に成っていた。
三台のバイクが縦列で走っていたが、不意に飛び出した子供を避け様と一人がハンドルを切った。
その煽りで後ろを走っていた伸一がまだバイクに不慣れで、ブレーキを一杯に縛った結果横転して対向車線に滑った。
運悪く対向車線に大型トラックが、、、、、、
伸一は跳ね飛ばされて、崖かから放り投げられて即死だった。
元々明石に住んでいた二人は、公立高校の二年生と三年生。
吹奏楽のクラブ活動で知り会って意気投合して付き合う様に成った。
伸一が転校して来たのが二年生の春。
九州の高校から兵庫県の高校に転校して来た。
父親の仕事の関係で、転校試験を受けて二年生からやって来た特殊な生徒だった。
九州でも吹奏楽のクラブに所属していた伸一。
トランペットを上手に演奏して、部員たちの喝采を浴びて入部が決まった。
伸一と麻結はその後、部員達が嫉妬する程の仲好しに成って行った。
伸一は第一希望の静岡の国立大学に入学して離れ離れに成ったが、麻結も頑張って伸一の大学に進学の為、猛勉強を始めた。
成績が上がり始めて担任の教師も、可能性が高く成ったと褒め称えた矢先の事故。
麻結は落胆で一気に成績も下降、関西の私立大学にぎりぎりで入学した。
大學時代も美しく成る一方の麻結に言い寄る男性は後を絶たない程だった。
それでも全く相手にしないで「私には彼氏が居ますので、、、、、」が断り文句。
大學を卒業して地元の市役所に就職して現在も勤務しているが、男性の誘いは消えていた。
麻結の家族は両親と弟、そして祖父母の6人家族。
敷地に祖父母の住居が別棟で並んでいる。
父の智光は銀行の支店長、弟の智康も去年から大阪で働き始めた。
最近流行りのAI関係の会社に勤めて居る。
弟も端正な顔立ちで美男子と呼べる。
伊豆から帰ると母の浅子が「麻結も来年で大台よ!結婚しないの?お父さんも心配しているのよ!」
「結婚なんて考えられないわ!」
「もう十二年も前に亡くなった人を偲んで生きられないのよ!」
最近は一週間にニ、三度は結婚の話に成る。
先月は父の智光が取引先の会社の専務の息子との縁談を持ち帰ったが、麻結は全く相手にせず写真も見なかった。
伸一の亡くなった場所に行く事で頭が一杯で、耳を貸さなかったのだ。
そして誕生日が来て二十九歳に成った娘に両親はやきもきしている。
そのさなか伊豆に出かけてしまった麻結を見て、再び怒り始めた智光。
両親が見ても美しい娘が全く男性を寄せ付けないので、将来が心配に成っている。
「麻結は一生結婚しないのか?」
「そうね!伸一さんより良い人か、好きに成れる人が現われたら考えるわ!」
「馬鹿な!誰とも会わないのにどうして好きに成れるのだ!」
「私はお父さんの知り合いとか、紹介の人とは見合いもしませんからね!」
「どう云う事だ!」
「その様な繋がりが兎に角嫌なの!」そう言うと自分の部屋に駆け上がってしまった。
「麻結は貴方の仕事に利用されていると考えているのかも知れませんね!」母の浅子が言った。
「わ、私は娘の幸せを祈っているだけだ!仕事に利用なんて考えられない!」
「麻結はまだ伸一君の事が忘れられないのですよ!」
「もう12年も前の事だぞ!子供の恋愛ごっこで一生を台無しにするのか?」
「少なくともお父さんの仕事関係の人は麻結には無理だと思いますよ!」
「それじゃ、何処かの結婚相談所にでも申し込め!麻結程の美しい娘だ!申し込みが殺到する筈だ!その中から選べば良い!きっと気に要る男が居る筈だ!」
「判りましたわ!一度探して見ましょう!」
「成るべく大きな処に頼め!麻結が困る程にな!」
「はい、はい!」
浅子は智光が自分の聞いて来た縁談に麻結が眼も向けないので、怒って言い始めたと思った。
だが、翌日も同じ事を言って怒る智光に「本気なのね!」
「当たり前だ!本気だ!冗談だと思っていたのか?」と怒った。
夕食の時、祖父母も交えて麻結に智光は宣言した。
「30歳までに結婚をしなさい!広く日本国中の男性から選んでな!」それは智光の嫌みも含まれていた。
結婚相談所
84-02
翌日、ネットで結婚相談所を探す浅子。
日本最大の結婚サイト、KSAに辿り着いた。
「ここに申し込めば良いのかな?」独り言を言いながら連絡先を調べる。
サイトでは自動的に住んでいる地区の担当の相談所に入る仕組みに成っていた。
「近くに在るのね!」
市内に梅宮と云う人が結婚相談所(幸の輪)を経営しているサイトに入った。
「メールか電話で問い合わせなのね!」浅子はひとり語を言いながら携帯で梅宮に電話をかけた。
梅宮芳江年齢55歳の世話焼き叔母さんが所長で、浅子の電話に直ぐにでも参りますと厚かましく言った。
そして家庭環境、父親の仕事、本人の学歴、職業を手早く聞いた。
電話が終わって1時間程すると玄関のチャイムが鳴る。
インターホンのカメラに派手な感じの叔母さんが覗き込む様に映された。
「幸せの輪結婚相談所の梅宮でございます!」
浅子は急いで玄関を飛び出して梅宮を迎え入れた。
「立派な門構えで驚きました!梅宮でございます!」
直ぐに表札に眼を移して、家族を確認している梅宮。
玄関を入ると「今日はお嬢様の縁談でしょうか?息子様?」いきなり切り出す梅宮。
「娘の方なのですわ!来年大台に成りますので、それまでに嫁に出したいと思っていますのよ!」
梅宮の脳裏には金持ちの娘?不細工な容姿の娘の縁談だわ!中々決まらないわよ!自分の容姿をかえりみず家柄とか美男子を求めるのよ!この家ならお金持ちで気位が高い!これで社会的な地位が高いと中々難しいわ!と次々と想像している。
応接間に通されると梅宮の思いは一層強く成っていた。
「ご主人様のお仕事は銀行員と伺いましたが?」座ると同時に切り出した。
「飲み物を準備して参りますが、コーヒーで宜しいでしょうか?」
「コーヒーでお願いします!」
「主人は関西銀行の支店長をしております!」そう言いながら応接を出て行く浅子。
大きな銀行の支店長さんだったのね!不細工か、性格の悪いお嬢さんだわね!30歳に成る迄恋愛のひとつも無いのだから、、、、、
「お嬢様は役所の何処にお勤めですか?」
「娘は市役所の福祉課に勤めて居るのですよ!」意外と早くコーヒーをお盆に載せて戻って来た。
「役所なら沢山候補はいらしゃるでしょう?」とは言うが内心は誰も見向きもしない娘さんなのだわ!と思う。
持参したタブレットを机の上に置いて立ち上げる梅宮。
直ぐに画面が写ると「これがKSA結婚相談所のサイトです!奥様には特別にどの様な男性が登録しているかお見せ致しますね!」
タブレットに男性の顔が映し出されて、中々の美男子だと覗き込む浅子。
「名前は見る事が出来ませんが、大阪の方で一流の自動車メーカーにお勤めです!年齢は32歳で次男さんですね!」
コーヒーをテーブルに置きながらタブレットの画面に釘付けに成る浅子。
「この様な男性が沢山登録されているのですか?」
「全国ですからね!お嬢様の嫁ぎ先はやはり関西が良いでしょう?」
「そうですね!近くですと孫が生まれても直ぐに見に行けますからね!」
タブレットを操作して、二人目の男性を見せた。
「この方も美男子だわ!」つい口から出る浅子。
「エンジニアって言うのかしら、その様なお仕事ですね!」
梅宮は三人程見せると、会員登録の画面を出して「ここに自分で入力して頂きたいのですよ!」
「えっ、本人は全く乗り気じゃないので、、、、、」
「お嬢様は結婚を希望されていない!親御さんが気に成って登録を?」
「は、はい!」
「一生結婚しなくても良いと考えているお嬢様も最近は多いのですが、若い間だけですよ!年齢を重ねる度に寂しさも感じますからね!いつまでも若くは有りませんのよ!」
「それを言うのですが、その気に成ってくれません!」
「大丈夫ですわ!このサイトには素晴らしい男性が多く登録されていますから、きっとお嬢様を見初める方もいらっしゃいますわ!」
「交際を申し込まれる事は多いのですが、本人が気に要らない様で、、、、、」
梅宮は親の欲目で自分の娘を良い様に思っているのだと思った。
「沢山の男性が登録されていますので、お嬢様のお気に入りの方が必ずいらっしゃいますわ!」
梅宮は登録の方法を浅子に話し出したが「私に出来るかな?、、、、、」
「お嬢様でしたら簡単でしょう?」
「そんな事を娘がする筈ございませんから、私が登録しようと考えているのです!」
「えっ、それは、、、、、」コーヒーカップに手を伸ばしながら考える。
「別途に料金をお支払い致しますので、梅宮さんが今登録して頂けませんか?今日は大安ですし、、、、、、」浅子は頼み込む。
「でも基本は本人さんが登録されるのですが、、、、、」
「些少ではございますがお納めください!」浅子は準備していた祝い袋を差し出した。
「そ、そうですか?」梅宮は遠慮しながら受け取る。
「娘さんの写真を数枚持って来て頂けますか?パソコンに読み取りますので、成るべく良い写真が良いと思いますので選ばせて頂きます!」
浅子は早速応接を出て行った。
梅宮は直ぐに祝い袋の中を確かめると、万札が5枚も入っている。
気前が良いわね!パソコン入力で5万は有難いと微笑む。
文章は沢山の例から抜粋して、ここの娘さんに合う文を当てはめるだけ。
家族構成は既に電話で聞いているので簡単だが、問題は本人の容姿だわ!
背が低い、顔が悪い、肥えているのでは、、、、、
そう考えながら必要事項を、当てはめて大枠は直ぐに出来上がって行く。
しばらくして「10枚程適当に持って来ましたけれど、最近の写真は少ない様です!」
「三年以内なら大丈夫ですよ!見せて下さい!良い写真を探しましょう」
受け取った梅宮の顔が見る見る変わって、唖然として言葉を失っていた。
「こ、これって芸能人、、、、、、女優さんの様な、、、、、、、」と口走った。
相談所に登録
84-03
梅宮は浅子が持って来た写真を次々見て「本当にお美しいお嬢様ですわね!お仕事も公務員、お父様は銀行の支店長様!申し分のない条件ですね!」
「は、はい!」
「こんなにお美しいお嬢様でしたら、お申し込みは沢山?」
「それでも娘はお付き合いすらしませんのですよ!勿論見合いも一度もございませんわ!」
「これだけお美しくて条件が良いお嬢様ですから、選り好みも判りますわ!当結婚相談所なら星の数程男性がいらっしゃいますので、お嬢様がお気に入りの男性が見つかると思いますわ!」
「よろしくお願いいたします」
梅宮は心の中で、これ程の美人で条件は最高!今月中にでも見合いが決まって年内には挙式!と浮き浮きした気分に成っていた。
「それでは色々お聞きして入力させて頂きます!写真はこの二枚を載せて見ましょう!」そう言って二枚の写真を十枚の写真から横に置いた。
「私もその写真が麻結の表情が良いと思っていました!」
椅子に座った写真と花に囲まれて居る写真を選んだ。
綺麗な草花に決して見劣りしない涼しい大きな瞳に、長い黒髪が少し風に靡く姿は本当に女優の様な仕草に見えた。
しばらくして、パソコンに入力が終わると梅宮は「長い間お見合いの女の子を見て来ましたが、お嬢様程の美人さんはいらっしゃいませんわ!」
「そうですか?お褒めを頂き自信が湧きました!」
「選り取りですわね!今までに恋愛はされてないのですか?」
「大昔に子供の遊びの様な恋愛は有った様ですが、、、、、、」
「それを引きずっているのですね!白馬の王子様が現われますよ!」
上機嫌で話す梅宮。
「いつから掲載されますか?」
「色々手続きが有りますので、来週の良い日に掲載しますよ!」
梅宮は浅子の心配を他所に、これだけの美人で条件が良い娘さん!縁談が纏まるのは時間の問題だと浮き浮きして落合家を後にした。
早速帰ると、自分の持って居る会員リストを見ながら、条件の合う男性を探し始めた。
「こんなに美人で条件の良いお嬢さんは珍しいわ!性格が悪いのかしら?」独り言を言いながらデータを開いてチェックを始めた。
サイトに公開すると申し込みが殺到する事は間違い無いので、自分の持って居る会員を優先に吟味を始めた。
しばらくして大手証券会社勤務、両親は地主でマンションを持って居る麻生祐樹33歳。
大阪の市役所に勤める丸山恭二32歳。大阪の大手企業に勤める児玉大毅30歳の三人を
ピックアップした。
「三人とも長男ではないから、条件良いわよね!」独り言を再び言いながら、身上書をプリントアウトする。
その日の夜、浅子は夕食の時、弟智康を除く家族全員の前で麻結を結婚させる為に相談所に登録した事を宣言した。
麻結に話しても嫌がるのは知っていたので、強硬手段を決行して祖父母も交えて後に引けない状況を作り出したのだ。
「お母さん!何でそんな処に申し込むのよ!私結婚はまだ考えてないと言ったでしょう!」怒る麻結。
「麻結!私達も心配しているのよ!」珍しく祖母の志津が口を挟んだ。
時々、食事を一緒にするが、祖父母は隣に住居が在って殆ど生活は別だった。
今夜は浅子が事情を話して5人での食事成っていた。
弟の智康は仕事の関係で大阪に住んでいる。
「昔の彼氏の事を思っても過去には戻れないのよ!」
「幾ら良い男でも亡くなって既に10年以上だろう?もう忘れたらどうだ!」
珍しく父の智光が口を開いた。
「わ、判っているけれど、忘れられないのよ!どうしょうもないでしょう?」
既に麻結の目には涙が見える。
脳裏に坂上伸一の笑顔が蘇って耐えられない。
「直ぐに結婚とかお付き合いをしなさいと言ってないのよ!誤解しないでね!沢山の人の中で麻結の気に要る人が居たらお付き合いだけでも始めて欲しいの、私達も麻結が心配なのよ!」
「そうだよ!良い人が見つからなければ付き合う必要は無いのよ!」
祖母も麻結の気持ちを考えながら話した。
「麻結の気持ちが第一だからな!気に要ったら見合いをすれば良い!」智光も気を使って言う。
「良い人が居なければ見合いはしなくても良いのね!」
「そうよ!大きな婚活サイトだから、麻結の気に要る人が居るわ!私達も気長で待つわ!いつまでも伸一君を思う麻結の気持ちも判るからね!」
「登録したから決めろ!と言って居る訳ではないぞ!気に要った人が居たらだ!」
そう言われて溢れそうな涙が流れ出さずに止まると、少し笑顔が戻った麻結。
この様子にその場の全員が中々大変そうだと思う。
だが何かを進めなければ同じ場所で立ち止まっている娘が可哀そうで耐えられない家族だった。
夜寝室で浅子が「あれで良かったのですよね!」智光に話した。
「直ぐには決まらないと思うが、スタートラインには立ってくれた!伸一君を忘れさせる様な男が現われるのを待とう!」
「でも来年には30歳ですよ!そんなに気長に待てませんよ!智康も彼女が出来た様ですからね!」
「そうなのか?」
「残業も有る様ですが、デートもしている様ですよ!」
「智康も美男子だから彼女の一人位出来るだろう?」
「相談所の人が、こんな美人の娘さん久しぶりだと写真を見て驚いていましたよ!」
「確かに麻結は美人に成った!親の私でも驚く程だからな!」
二人は漸く見合いのテーブルに向けてスタートしたと、安堵の表情に成っていた。
殺到
84-04
数日後ネットのサイトに明日載せると梅宮が嬉しそうに連絡して来た。
「明日は大安ですから良いと思いまして、お嬢様の様にお美しい方なら、初日から殺到すると思いますのでサイトを良くチェックして下さいね!」
「えっ、掲載されて直ぐに申し込みが有るのですか?」
「勿論でございます!」
実は梅宮は自分の選んだ三人が申し込む事を準備させていた。
全国に流れるのは多少遅れる様に細工をしていた。
梅宮は三人の中の一人と見合いが決まると決めつけていたのだ。
その為、いきなり三人の男性から申し込みが入って、驚きの表情に成った浅子。
麻結が役所から帰るや否や「麻結!驚きよ!おどろき!」浅子が自分の部屋に行く麻結に言った。
「騒がしいわね!着替えてから聞くわ!」帰ると同時に言われて、不機嫌に成る。
二階の自分の部屋に駆け上がる麻結。
長い髪をポニーテールにして、眼鏡をかけているが度は無い。
似合わない眼鏡をしているのは、職場で男性が声をかけて来るから予防の為で本当の視力は1.0以上なのだ。
だから服装も地味で目立たない様にしているから、役所でも騒がれる事は無かった。
大学生の時に一度騒がれて、ミスキャンバスに推薦された事が有った。
それが噂に成り、麻結は男数人に狙われる事に成った。
大學からの帰り、魚住駅まで三人の学生は尾行して来た。
ひとりが囮に成って、麻結の自転車の前に飛び出して、転がって倒れた。
「すみません!大丈夫ですか?」慌てて男の傍に行った麻結。
「怪我をしたぞ!ちょっと話をしよう!」
そう言った時、二人の男も現れて「ねーちゃん!良い身体しているな!」いきなり背後から乳房を掴まれた。
声を出そうとした時、鳩尾に当身が命中して麻結はその場に崩れた。
「良い身体して居たぞ!早く頂こう!」タクシーに乗せる。
この時運転手が無線で、警察に通報して三人は逮捕されて麻結は助かった。
ミスキャンパスは辞退はしたが、それ以後は地味で目立たない様に心掛けている。
それでも平日とか遊びに出かけた時に、言い寄る男性は後を絶たない。
両親から見ればこれ程の美しい自慢の娘が何故?過去の恋人の事は有るが、、、、、、
しばらくして二階から降りて来る麻結。
「早く!この画面を見て頂戴よ!今日ネットに掲載したのに、早くも三人の男性から見合いの申し込みが来たのよ!」
「見合い?あの相談所?」
「そうよ!三人とも素晴らしいわよ!学歴も仕事も文句の付け様がないわ!」
「そうなの?興味無いわ!」パソコンに目を向ける気配も無い麻結。
普段の姿なら見合い話も直ぐには来ないだろうが、今掲載されている写真は本当の麻結の姿で美しい。
「どうしましょう?麻結見向きもしないのよ!この男性見て下さい!三人共甲乙つけがたいでしょう?」浅子は夫が帰ると真っ先にパソコンの前に座らせて見せた。
しばらく画面を見ていた智光が「本当に条件も仕事も申し分ないな!最初からこんなに良い男性が申し込んでくれるのなら、期待出来るな!」
「それはどういう意味ですか?」
「初日から、こんなに良い男性が申し込むなら、しばらく待てばもっと良い条件の男性が来ると麻結も思ったのだろう?」
「違いますよ!パソコンに目も向けませんでしたよ!」
「照れ臭いのだろう?少し待ちなさい!お前は急ぎ過ぎだよ!」
智光に言われて多少は自重する浅子だった。
だが、食事の前に仲人の梅宮芳江が電話で「良い男性でしょう?麻結さんの反応は?」
「それが、、、、」
「照れ臭いのでしょう?しばらく様子を見て下さい!これ以上無い縁談だと思いますよ!」
梅宮は30歳まで一度も見合いも恋愛も経験が無いので、戸惑っているのだと考えていた。
あれ程の美人なのに、一度も恋愛経験が無い事が不思議だった。
梅宮は翌日役所に行く用事を作って職場見学に向かった。
履歴書に書かれた職場に行っても麻結らしい女性が見当たらない。
窓口に居た中年の女性に尋ねると「落合さんですか?今お手洗いかな?もう直ぐ帰ると思いますよ!彼女に何か用事ですか?」
「いいえ、この職場に勤めて居ると聞いたので、、、、、、」
誤魔化してしばらく待って居たが、目の前を通っても梅宮には麻結が判らなかった。
今度は別の男性に尋ねると「奥の右側の女性ですが、呼びましょうか?」と言われて遠くに見て驚きの表情に成っていた梅宮。
あの子男嫌いだわ!親御さんは結婚させようと必死だけれど、あの服装と眼鏡と髪型に大き目のマスクなら男性は声をかけないわね!
でも親御さんは知っているのかしら?そう思いながら役所を後にした。
後日その事を梅宮がさり気なく尋ねると、大学時代の事件で地味で目立たない様にしている様ですと答えた浅子。
三人の男性の申し込みは全く見る事も無く、時間だけが過ぎ去って梅宮の思惑が外れてしまった。
そして全国に麻結が公開だれたのだ。
中にはこんなに美人なら、何か有るに違いないと疑う男性も多かったが、申し込みが殺到した。
驚いたのは浅子の方で「こんなに申し込みが来たら、調べられないわ!」ネットに掲載された簡単な経歴、簡単な住所、仕事、身長、体重、家族に目を通すだけで一日が過ぎ去っていく。
そしてその数は毎日増加して「こんなの調べられない!」と浅子が根をあげた。
「貴方!毎日朝から見ても終わらないのに、次々見合いの申し込みが来るのよ!どうしたら良いのよ!」
「とにかく遠方の人は断りなさい!近くに絞ってから調べて麻結に勧めてみたらどうかな?」
「そうですね!麻結は全く見向きもしませんよ!」
「でも不思議だな?最初の一週間は三人だけだったのに、二週間目からもの凄い申し込みだな!」
「私もそれが不思議なのよ!」
「しかし、麻結は美人だからこんなに申し込みが有るのでしょうね!」
「普段の役所に行く姿からは想像出来ないけれどな!」
「大学生の時の事が余程麻結には堪えたのでしょうね!」
「あの頃は、伸一君の事が有ったから余計に傷ついたのだろうな!」
「伸一君を忘れて結婚してくれますかね?」
二人は結婚相談所の申し込みに半ば驚きながら、娘麻結の将来を心配していた。
忘れられない
84-05
ネットの掲載には年齢29歳、身長163センチ、体重48キロから53キロ、趣味読書、ピアノ、音楽鑑賞、両親と同居、弟は大阪で別居に成っている。
料理はまずまずで、相手の住まいの理想は兵庫県南西部から大阪市近辺と書いて有る。
全て浅子の希望で、麻結は一行も書いていないのだ。
それでも日本全国から応募が殺到して、浅子は条件にそぐわない男性は即刻断る作業に入る。
そんな麻結には高校生の時からの親友、木田美咲と竹原莉子が居る。
既に竹原は結婚して一児の母だが、三人は月に一度必ず会ってお互いの現在の心境を話して居た。
勿論麻結の彼氏との恋愛も知っているし、交通事故で亡くなった事実も共有していた。
丁度今回の集まりは麻結が結婚相談所に登録して、大々的に応募が来ている最中だった。
「今、大変なのよ!お母さんが結婚相談所に私の事掲載したのよ!」
「えー、麻結は結婚しないって言っていたのに?」
「家族全員が結婚させる運動を始めた様なのよ!応募が凄い数来て、嬉しさより困っているわ!」
「普通の写真を載せたの?大学生の時トラブルで困ったでしょう?」
「母が相談所の人に、三人で去年旅行に行った時の写真を渡したのよ!」
「莉子の独身最後の旅行の時ね!あの写真は写りが良かったわね!」
「麻結まるで女優さんの様に写っていたわね!」
「その写真を掲載しちゃったのよ!」
「役所勤めの写真にすれば応募は少なかったのにね!」
「麻結は美人過ぎるのよ!私達三人で旅行に行った時でも声がかかるのはいつも麻結だったわ!まあそのお陰で今の旦那と巡り合ったのだけれどね!」莉子が微笑みながら言う。
「でも麻結結婚する気有るの?」
「全然ないわ!美咲は話有るの?」
「同じよ!両親が最近うるさくて、先日見合いしたのよ!」
「えーーー」
「ほんとにーー」
「それでどうだったのよ!」莉子が尋ねる。
「お見合いってさー何を話したら良いのか判らないでしょう?私ギャンブルする人は駄目って言ったのよ!すると断られちゃった!」
「相手の人好きだったのね!」
「競馬が好きだったのよ!顔はまあまあ好みだったのだけれどね!」
「見合いって楽しいの?」麻結が尋ねた。
「見合いするの?」
「全然、そんな気は無いのよ!でもお爺さんもお婆さんも参戦して来ると、一度も見合いしないって言えなく成りそうなのよ!」
「麻結はお爺さん子だからね!」
「お婆さんも好きだよ!」
「見合いも役所スタイルで、、、、無理よね!写真出ているからね!」
「結婚は楽しいわよ!」莉子が嬉しそうに言う。
「恋愛結婚だからよ!見合いはそうは成らないわ!」麻結は伸一との楽しい時間を懐かしそうに言った。
「また思い出してしまったのね!ごめんなさい!」莉子はしまった!と思っていた。
自分も今の旦那さんが急に亡くなってしまったら、そう思うと耐えられない思いに成った。
「もう10年以上も前の話よ!私も見合いしてみようかな?」
「それが良いわよ!」
口ではその様に言った麻結だが、身体はその様には動かない。
翌日、浅子が「麻結!5人選んだわ!気に要る男性が居たら一度お見合いしてよ!仲人さんにも悪いわ!」
「一度位サイトを見て見なさい!」
「お婆さんも麻結の花嫁姿が見たいわ!そんなに長く生きられないのよ!」祖母のその言葉は麻結の気持ちを大きく締め付けた。
誰でも死ぬ!でも私の彼は大学一年生で亡くなった。
「お婆ちゃん!判ったわ!一度見てみるわ」
「ありがとうね!」
「自分のパソコンで見るから、HPのアドレス教えて!」
浅子は麻結がその気に成ってくれたと喜んで、アドレスと自分が選んだ男性の番号をメモにして渡す準備を始めた。
「本当に沢山の男性が麻結と見合いしたいって申し込んで居るよ!驚いたわ!」祖母が嬉しそうに言った。
麻結は祖母が嬉しそうに話す姿に胸が暑く成った。
しかし、夜自分のパソコンで浅子の書いてくれた男性を見ながら、これで良いのかしら?自分の好きな人は伸一唯一人だ。
それは10年以上経過した今も全く変わらないと思った。
どうしても見合いをするなら、自分で選んだ男性と見合いをするかな?申し込まれた男性の一人一人を見ても心に突き刺さる男性はひとりも居なかった。
確かに母が選んだ男性は年収、顔、住まい、仕事は申し分ないのだ。
高学歴で有名国立大学卒業、医者、弁護士の卵が多いのだ。
流石に会社名は記載不可だが、有名上場企業と書いて有る。
麻結はそんな経歴に全く惹かれる事が無かった。
他にどの様な人が登録しているのだろう?男性会員で兵庫県、大阪府を中心に見始めた。
スクロールして見ると、このサイトに登録してから随分時間が経過している男性も居る。
やがてサイトを見ながら眠ってしまった麻結。
朝方に目が覚めて、麻結は寝ぼけた眼差しでパソコンの画面が点灯したのを見た。
男性が芝生に座って自分を見て微笑んでいたのだ。
「これは?誰?」急に起き上がってよく見るとサイトの中の男性で、このサイトに二年以上前から登録している古株の人だった。
見ながら眠ってしまったのか?そう思いながら電源を切って再び眠るが、何故か先程の笑顔が出て来て眠れなく成った。
「変なの?」そう言いながら眠ろうとするが、益々眠れなくなる麻結だった。
気成る微笑み
84-06
翌朝「お母さんの選んだ人調べたけれど、どの人も好みじゃなかったわ!また探してね!」
「えっ、あんなに良い条件の人を選んだのに、でも麻結が気に要る人でなければ駄目よね!もう一度探してみるわ!見合いをする気には成ったのね!」
「まあね!一度位見合いも良いのかなって思ったわ!」
「判ったわ!真剣に探してみるわ!」浅子は麻結の言葉に結婚する気が有ると喜んだ。
食事が終わると何時もの様に丸い眼鏡と地味な服装、大きなマスクに綺麗な長い黒髪を小さく纏めると髪バンドで留めた。
「自然体で通勤出来ないのかね!」祖母が余りの変身に嘆きながら言った。
「大学生の時、ミスキャンバス騒動が尾を引いているのですよ」
「もう三十近い女性だよ!あの様な騒ぎには成らないわよ!」
二人の会話を背中に元気よく出て行く麻結。
歩きながら昨夜のパソコンの画面を思い出すと「何故だろう?気に成るわ!」独り言の様に言う。
何処かの公園の芝生の上に足を投げ出して座る男性、その笑顔が昨夜から麻結の脳裏を離れないのだ。
何処の誰までは調べなかったが、結婚相談所のサイトに三年程掲載されている古い男性会員の様だった。
普通は一年程度で決まって退会するか、諦めて退会らしいので三年も掲載しているのは珍しいのだ。
古い登録者は次々新しい人が入会するので、忘れられて行く様だ。
会費も結構必要なので、見合いも無い状態で登録している人は本当に少ない。
その日の夜、再び麻結は昨夜の男性を探し始めた。
沢山の登録者で兵庫県か大阪府だと思って探すが、中々表示されない。
しばらく探してようやく見つけると麻結は一瞬嬉しく成った。
「この人だわ!身長162センチ、体重63キロか、チビだわね!でも何故こんなに長く掲載されているのだろう?」
独り言を言いながら紹介の文章を読み始めた。
「あっ、これが原因なのね!」顔は普通だけれど歩くのに杖が必要だと書いて有る。
「障害者の人なのだわ!」
それで見合いも少ないし、交際も出来て無いのだわ!
生年月日を見ると一歳年上だと判ると、疑問が解けた様な気分に成ってパソコンを閉じた麻結。
だが眠りに就くと昨夜と同じで、あの笑顔がちらついて眠れなくなる。
「何故なの?」寝がえりをしても、うとうとして熟睡が出来ずに朝を迎える麻結。
翌日、浅子が再び五人の男性を選んで麻結にメモを渡して「この中から選んで頂戴!新しく申し込みの有った人の中から選んだのよ!」
「えっ、この前に申し込みを頂いた人ではないの?」
「その後に来た人よ!だって毎日十人程来るのよ!写りの良い写真を載せたからだわ!実物より良いかもね!」嬉しそうに言う浅子。
「そんなに沢山の方に申し込まれているの?」
「我が子ながら鼻が高いわ」
「でも悪いわ!見合い出来る人数限られているのにね!」申し訳なさそうに言う麻結。
「断った人沢山ね!早く取り下げるか?決めるかだわね!」
仲人の梅宮は自分が推薦した3人が全員断られてショックが大きい。
だがこれ程反響が有るとは考えても居なかった梅宮。
自分が麻結の好みを聞かずに推薦したのが失敗の原因だと思い翌日電話をかけて来た。
尋ねられた浅子は昔好きに成って、今でも忘れられないと言う麻結の友人坂上伸一の姿を想像しながら梅宮に話した。
梅宮は「若々しい方ですね!どちらかと云えば同い年か年下が好みなのね!確かに娘さんは若く見えるしお美しいわ」
浅子は二度会っただけの坂上伸一のイメージを話したので、当然その青年は18歳の若者そのものだった。
梅宮は浅子に聞いたイメージの男性を探し始めた。
同じ結婚相談所の仲間なので、探すと連絡をして麻結を紹介するのだ。
二回目に浅子が選んだ男性を麻結が調べたが、それ程気に成る人も居なかった。
それでも麻結は直ぐに断らずに、ニ三日考える様にした。
唯、あの写真の男性がその後も時々、麻結の脳裏に蘇るのだ。
二日後、「お母さん!今回も気に要る男性は居なかったわ!ごめんなさい!」
「麻結が真剣に見合いの相手を探そうとしてくれただけでも嬉しいわ!また沢山来ているから良い男性を探して置くわ!」
「一人気に成る人を見つけたのだけれど、、、、、、」
恐る恐る口籠りながら言う麻結。
「えー、ど、どこで見つけたの?役所の人!それとも役所に来る人!友達の紹介?」
驚いて矢継ぎ早に尋ねる浅子。
「違うわよ!婚活サイトで見つけたのよ!」
「向こうから申し込みが有った人なの?」
「違うわ!何も無いわ!偶然見つけたのよ!」
「じゃあ、麻結から申し込むの?こんなに沢山申し込みが有るのに?」
「気に成るのよ!」
「学歴が良いの?仕事が良いの?年収が多いの?何処に住んでいるの?」
「学歴は大卒しか書いてないわ!」
「そりゃ、私立だわね!それも有名じゃない学校だよ!年収は1千万?」
「違うわ!少ないみたいよ!」
「じゃあ、仕事は有名な企業なの?」
「違うわ、多分中小企業だと思うわ!」
「えーー、でも麻結が気に成るのなら、美男子ね!」
首を振る麻結を見て浅子は不思議そうな顔で「何が、良かったの?」と尋ねた。
見合いの申し込み
84-07
「何が良いのかよく判らないのだけれど、気に成るのよ!一度も見合いした事無いから一度位見合いしても良いかな?思ったのよ!」
「麻結が見合いを!本当なの?どの人よ!教えて!詳しく見てみるわ!」
「内緒よ!私から申し込むのだから、断られたら恥ずかしいじゃない?」
「それでもお母さんも気に成るわ、麻結が見合いをしても良い人ってどの様な人なのか?」
「じゃあ、申し込むわね!」微笑みながら自分の部屋に駆け上がって行く麻結。
何故か足取りも軽やかに見えたのは気のせい?と思う浅子。
夜、夫が戻ると開口一番に話す浅子。
驚いたのは智光でこの十年男性を傍に寄る事を許さなかった娘が、自分から見合いを申し込む奇跡に驚きと喜びを大袈裟に身体で表現した。
手を叩いて喜ぶ智光の笑顔を浅子は目を細めて見つめていた。
夜、食事の時も饒舌で「麻結内緒にしないで教えてくれよ!」ビールを飲むと一層饒舌だ。
「内緒って余程良い男かい!」祖母も気に成るのか口を挟む。
「普通の人よ!写真を見て気に成ったから、一度会ってみようかなって位よ!まだ先方が断るかも知れないでしょう?」
「確かにそうだけれど、沢山の男性から申し込まれる麻結だから、相手の男性が断るって考えられないわね!」
「ありがとう!お婆ちゃん!」笑顔の麻結。
祖父が「もう申し込んだのか?」
「まだよ!」
「それなら、明日にしなさい!今日は仏滅だからな!明日が大安だ!」祖父が言う。
「お爺さんの話は信用します!伸一さんが交通事故の日が仏滅だったからね!」
麻結の一言で食事の場が一気に暗く成った。
「伸一君に勝るとも劣らない彼氏が出来る事を祈ろう!」智光が元気よく言ってその場を取り繕う。
翌朝、麻結はパソコンを開くと婚活サイトにログインした。
名前も住所も判らない男性に見合いの申し込みをしてから、役所に向かった。
何故か気に成る申し込みの結果。
自分は数十人を既に断っているのだが、自分から申し込むとこんなに気に成るのかと思う。
仕事が手に付かない様な気がして午後を迎えた時、携帯が鳴り響いた。
「う、梅宮ですが、お話が有ります!」
「はい!どの様な話でしょう?」
「今朝見合いの申し込みをされたでしょう?」
「はい!断られたのですか?」
「お、お母様はお相手の事は知らないとおっしゃったので、直接お電話をしましたのよ!今役所の近くに来ていますの!お話をしなければ駄目だと思いましてね!」
「申し込みに問題でも?」
「よく、読まれましたか?相手の男性の事を!」
「は、はい!」
「電話では難しいから、役所の近くのフローラって喫茶店に行きますので、半時間程出て来て下さい!」
「は、はい!課長に許可を貰って行きます!」
しばらくして麻結が喫茶店にやって来たが、梅宮は麻結が傍に来て「こんにちは!」と言う迄気が付かなかった。
先日見ていたが、近くで見て今更ながらに驚いた梅宮。
「ど、どうしたの?驚く様な地味な恰好ね!目が悪かったの?」
「実は昔ちょっとしたトラブルに成ったので、仕事場ではこの様な服装にしています!」
「制服は仕方が無いけれど、髪も化粧もマスクに眼鏡迄、、、、」
驚いて見つめている梅宮。
この姿なら職場で誰も声を掛ける男性は居ないだろうと思った。
せめて美しい黒髪だけでも、、、、、と思いながら見つめる。
「何でしょうか?」
「そうそう、貴女が申し込んだ男性の事だけれど、プロフィールをよく読んで申し込んだの?今まで申し込んでいる男性の数は、私が長年担当して初めての人数なのよ!そんな良い条件の男性には目を向けずに、選りによって貴女の選んだ男性って、、、、判っているの?」
「はい!判っていますよ!障害者の男性でしょう?」
「知っていて申し込んだの?相手が受けたら見合いに成るのよ!既にこちらからは断る事は出来ないけれどね!本当に見合いをするの?」
「ええ!気に成ったから申し込みました!」
「私もプロフィールを見ましたが、随分前からサイトに載せているので、番号が随分若いでしょう?」
「そうですね!もう直ぐ三年位ですか?」
「見合いに成ったら、今の服装とメイクで会うのはどうですか?」
「何故ですか?」驚く梅宮。
「だって、本当の姿で見合いに行けば絶対に断らないわ!貴女から断るなら別だけれど、、、」
「梅宮さんは縁談が纏まらない方が良いのですか?」
「そ、そんな事は無いけれど、吊り合わないのは良くないから、、、、」
「でも梅宮さんの意見を取り入れてみます!でも写真は出て居ますよ!」
「写真は修整した事にすれば?でも違い過ぎね!間違えて掲載されていると言えば誤魔化せるかも知れないわ!」
「詐欺って言われますよ!」
「とにかくこの縁談は吊り合いませんよ!銀行の支店長のお嬢様と定年退職した両親の息子で障害者!良い会社に勤めて居る訳でも有りませんよ!」
「杖をついているって書いて有りましたね!普通の生活には支障が無いらしいですよ!どの様な障害でしょうね!」
「それは判りませんが、前かがみの姿勢と書いていました!」
「梅宮さんでも判らないのですか?」
「先方の仲人さんに尋ねたら多分判ると思いますが、今そこまで尋ねる必要は無いと思いますね!」
「何故ですか?」
「お嬢さんが多分断られるからですわ!」
「は、そうでしょうか?」決めつけた様に言う梅宮に気分的に嫌みを感じた麻結。
「母に話しましたか?」の質問に首を振った梅宮。
見合いへ
84-08
普通の姿の麻結を知っている梅宮は、写真の通りの姿で見合いに行けば先ず断る男性は皆無だと思う。
身長、体重は理想的でつぶらな瞳に綺麗な長い黒髪。
バストも体形も理想的に見える。
役所での姿は、体形の見え難い服装に丸い眼鏡。
髪は纏めてウイックを着けている様に思えた。
昔何かトラブルが有ったと話して居たから、男性を巡るトラブルには違いないと思った。
喫茶店から職場に戻る歩き方も何処か変に見えるから不思議だ。
麻結は役所に行く時はヒールを絶対に履かないので、背も低く見えていた。
麻結は梅宮が母に今回の見合いの話をしていないので安心した。
もしも一言でも喋ったら、烈火の如く怒るのは目に見えている。
自分が選んだ沢山の男性を蹴って、障害者の男性と見合いをするのだから当然だろう?
夜帰宅すると浅子が「返事届いたの?気に成るから早く見て頂戴!」と直ぐに言った。
先方からの申し込みは母でも見る事が出来るが、麻結の申し込んだ相手は麻結がパスワードを入力しなければ判らない仕組みに成っていた。
自分の部屋に駆け上がる麻結。
梅宮も見る事が出来るのだが、何も連絡は無かった様だ。
しばらくして麻結が降りて来て「返事着てないわ!」寂しそうに言った。
「貴女が沢山の男性を振るからよ!」浅子が冗談交じりに言った。
相手の男性大森武史は、自分から色々な女性に申し込んだが中々見合い迄進まない。
昔は時々見合いが有ったが、最近は殆ど断られるのだ。
そこにもの凄い美人から見合いの申し込みをされて戸惑っていたのだ。
「こんなに綺麗な人が何故僕の様な男と見合いをするのだろう?」
「何か事情が有るか?問題が有る女ね!」母はその様に決めつけた。
「例えば再婚とか?隠し子が居るとかね!」
「親父は何て?」
「綺麗な女の人だけどなぁ!!からかっているかな?私の意見に近かったわ!」
「じゃあ、断ろうか?でも最近見合いも無くなったからな!」
「そうね、半年以上無いわね!」
「子持ちの女性でも僕は我慢するよ!」
「えー、初婚なのに子持ちの女の人と結婚するの?」
「仕方が無いよ!こんな身体だから嫁さんを貰うだけでも大変だろう?子供居たら一人多いだけだよ!」
「情けないわね!でも妹の睦の結婚も有るからね!」
「受けて見るか?どんな女か見てやるのも面白い!多分遊んで男に捨てられた女だろうけれどな!」
「公務員って書いて有るから、収入は安定しているわよ!」
「お父さんは銀行員!弟が一人大阪で別居だな!」
迷いに迷って、武史は夜遅く見合いの返事を送った。
既に時間は夜の10時を過ぎていた。
パソコンを見ながら「駄目なの?」と口走った麻結の表情が急に緩んだ。
「承諾だった!」そう言うと、急いで階段を降りて「見合い決まったわ!」笑顔で両親に伝えた。
「そうか、決まったのか?良かったな!」智光が喜ぶ。
母の浅子も片付けの台所から「いつなの?」と日時を尋ねた。
「何処の男性だ!」二人は矢継ぎ早に尋ねた。
「姫路の人で、一歳年上、名前は大森武史さん!見合いの日にちと場所は私が決める事が出来るのよ!」
「それなら明石にして貰いなさいよ!こっそり私も見に行くから」浅子が嬉しそうに言った。
「姫路のホテルに決める予定よ!」
「普通は男性が来るだろう?」
「私が申し込んだから、先方に合わせるのよ!暦何処だった?」
「えっ、麻結が暦を?右の引き出しの中よ!」
「六曜を見ないと駄目でしょう?爺ちゃんに叱られるわ!」
麻結は伸一が交通事故に遭った日が仏滅だったので、その後は気にしている。
暦を出して調べ始めると「駄目だわ!再来週の日曜日は仏滅、今週なら友引その次の週なら大安だけどな!遅すぎるわね!」独り言の様に言う。
時間が空くときっと両親に相手の事が知られてしまう、その間に梅宮さんに聞く可能性も有る。
「善は急げって言うわよね!」そう口走ると、二階に駆け上がる麻結。
パソコンから今週の日曜日、11時から姫路駅前のホテルで如何でしょう?と送り付けた。
今は既に水曜日の夜の10時を過ぎていた。
驚いたのは武史で「今頃、今週の日曜日の11時に駅前のホテルのロビーで見合いって来たよ!」
「もの凄く急いでいるわね!何か有るわね!間違い無いね!」母親の久代が断言した。
「今更断れないのだろう?まあ、早く決着付けた方が良いだろうな!」
父の武男が変な女に見合いを申し込まれたので、早く決着した方が良いと進言した。
「そうだね!駅前なら近いから、ちょこっと行ってさようならにするよ!」
「武史の身体が五体満足なら、こんな女に馬鹿にされないで選べるのにね!」久代は悔しそうに言った。
「でも久しぶりの見合いだな!何人目だ?」
「この三年近くで5人程ですよ!殆ど断られて居ますよ!一人だけ二回程デートした女の子が居ましたけれど、断って居ましたよ!」
「先方が断らずに、武史が断ったのか?」
「今の相談所は三回会えば、決めなければ成らないから武史も悩んで断ったのですよ!お金も必要らしいわ!」
「三回会うと、その後は結婚を前提のお付き合いに成るのか?厳しいな!」
「だから、今回の女性も秘密を隠して付き会えばって考えているのでしょうね!」
「何か問題が有るのだろうな?写真は女優さんだかな!」武男も妻の意見に賛成だった
驚きの二人
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「やった!決まりました!」二階から階下に向かって大きな声で言う麻結。
驚いて浅子が「お父さん!聞こえましたか?」
「聞こえたよ!隣の家まで聞こえるよ!」
「あの子のあんなに元気な声聞くのは久しぶりですね!」
「高校生の時以来かも知れないな!余程相手の男性の事気に入ったのだな!」
「まだ何処の誰か聞いてないのよ!麻結が秘密にしているのよ!」
「仲人の梅宮さんに一度聞いて見た方が良いかも知れないぞ!」
「見合いが終われば表示される様ですよ!」
「余りにも急ぎすぎだから気に成る!」
「はい、はい!明日聞きますよ!」
麻結は見合の前に本当なら美容院に行こと思っていたが、梅宮の言葉が気に成って役所スタイルで会って見ようと思っていた。
(髪だけはポニーテールにして行くかな?)鏡の自分に話しかけた。
余りにも急な見合いの日程に驚いて、麻結の携帯に電話をかけて来た梅宮。
「梅宮さんが言う様に、役所スタイルで会って見ます」
「そ、そうなのね!見合いの練習には成るわね!」
梅宮は自分が先日喫茶店で会った姿で行くなら、多分見合いは断られると思った。
麻結さんは自分から断るより、相手に断って貰う為にその様な服装にしたと思った。
相手の仲人の男性が紹介に付いて来ると連絡が有ったのは、電話の直ぐ後だった。
姫路の相談所の男性で、倉田大吾と名乗った。
倉田は写真を見て「こんなに美人さんが何故ですか?私の担当している会員さんも二人程申し込んで断られたのですよ!彼女の指名の大森さんは病気で腰の骨が曲がっているのですよ!ご存じですよね!」
「障害者の方で杖を使われているのはご存じですよ!」
「なら、何故?」
「色々事情が御座いまして、当日ご覧に成ればお判り頂けるとおもいます。よろしくお願いいたします」
倉田は梅宮の意味深な言葉に何か事情が有るのか?子持ち?あのプロフィールには何も記載は無いが、何か秘密が有る女性なのだと理解した。
倉田もこの半年見合い話も無かった大森さんに、久々に先方から申し込みが有り驚いていた。
それも女優の様な美人で、自分の会員の中から二人も申し込んで見事に断られた。
倉田は久々に武史の見合いに付いて行く事を決めた。
理由は写真の様に綺麗な女性は中々見合いの席には登場しない。
何故?大森さんと見合いをするのか?その事が気に成ったのだ。
でも今の梅宮の言葉で、何か事情が有る女性だと理解した。
梅宮に尋ねた浅子は「単なる見合いの練習の様ですよ!」
「えっ、練習ですか?」
「はい!いつもの仕事スタイルで見合いに行かれる様ですよ!」
「えーー、あの丸い眼鏡と地味な服装!マスクは流石に着けないでしょうが、、、、、」
「そうなのですよ!お相手の方にお断り頂く様ですよ!」
「そんな練習必要なのですか?」
「お考えが有るのでしょう?自分が断るのは気持ちが許さないから、お相手に断って頂くとか?ですから本命は次の見合いだと思いますよ!」
「は、はあー判った様な判らない様な!」浅子派呆れて聞いていた。
日曜日の朝、麻結の服装と化粧を見て梅宮の話が本当だと思った。
父の智光も知っているが「初めての見合いだ!緊張せずにな!」と声をかけた。
麻結は自分の姿を見ても何も言わない二人を見て、既に梅宮に聞いていると思った。
梅宮は多分この見合いは駄目に成るので、相手の事は詳しく伝えて居ないと思う。
「行って来ます!」元気よく玄関を出た麻結。
その姿を外で植木を触っていた祖父が「役所の日曜出勤か?」と尋ねた。
マスクを着け乍ら「そうなのよ!」そう言いながら駅の方に自転車を走らせた。
早目にホテルに着いた麻結だったが、武史と倉田は既にロビーに来ていた。
だが二人は麻結の存在には気が付かない。
ロビーの椅子に座って二人は話をしていた。
しばらくして時計を見ながら、倉田が立ち上がって周りを見回す。
そして「まだ来られてない様ですよ!」と武史に伝える。
武史の姿は麻結からは背中の一部と頭が少し見えるだけで、判らないので伝えられない。
麻結も時計を見ながら入り口の方に目を向けていた。
「もう時間ですね!遅れて居るのかな?」
武史も少し立ち上がって周りを見渡した。
その姿を見た麻結が「あっ、あそこにいらっしゃるわ!」独り言を言って立ち上がると近づいた。
「は、初めまして!」そう言いながらお辞儀をする麻結。
ポニーテールの髪が前にぴょこんと垂れ下がった。
倉田が「どなたかとお間違えでは?」麻結の姿を見て言った。
「大森武史さんでしょう?私、落合麻結と申します!」
「えーー」倉田が驚きの表情で声が出た。
「あっ、写真と違いすぎますよね!でも本人ですよ!」
倉田は気を取り戻して「向こうの席に行きましょうか?」
立ち上がった武史は麻結の顔より低くて、腰が曲がって杖をついて歩き始めた。
「痛いのですか?」心配に成って尋ねる麻結。
「痛くは有りませんよ!腰が曲がっているのです!」
「そうですか!痛くは無いのですね!」
「昔は痛かったのですが、今は固まってしまったので痛みは有りません!」
その様な話をしながら倉田が先に入って手招きをした。
席に座ると「改めて紹介いたしますが、ここでは仕事、住所はお聞きに成らない様にお願い致します」といきなり話した。
お付き合いに成れば仕事とか、住所を伝えても良いとルールを教えた。
麻結には初めての事で、少し驚きの表情に成った。
トラブルを防ぐ為だと倉田は、過去の事件の例を示した。
ホテルのロビーで
84-010
自己紹介が終わると倉田は「一時間でお別れして下さいね!ルールですからよろしくお願いします」そう言うと席を立って、ホテルから出て行った。
「いつもこの様な感じですか?」
「落合さんは初めての見合いですか?」
「はい!驚きました!驚きと云えば私の写真と今の姿に驚かれたでしょう?」
「はい!でもある意味安心しました!あの写真の様な綺麗な方だったら、僕は直ぐに断ろうと決めていたのですよ!」
「えっ!」武史の言葉に驚く麻結。
「だって僕の様な障害者とあの写真の様な美人は釣り合いませんでしょう?」
「は、はい」武史の言葉に驚く麻結。
「別人の写真を載せても違反じゃ無いのですね!」
「えー、自分の写真、、、、、、、」口籠る。
「言いませんよ!今の落合さんなら親しめる様な気がします!」
麻結は梅宮が話した事と真逆の事を言い始めた。
「綺麗な女性は嫌いですか?」
「勿論好きですよ!でもこの身体ですよ!誰も相手にしてくれませんよ!僕で良いと言って貰える人ならそれで充分です!」
「、、、、、」
「僕、落合さんに失礼な事を言いましたね!すみません!」
「何が?」
「落合さんが綺麗じゃ無いと言ってしまいました!すみません!」
「お仕事は事務職ですよね!」
「はい!小さな会社で受発注の仕事をしています!」
「いつから病気に?」
「中学三年生の時に少し痛みが始まりました!最初は神経痛だと思っていたし、周りの人もその様に言いました!でも難病だったのです!それが判ったのは大学生に成ってからでした!」
「病名が判る迄にそんなに時間が?」
「はい、判った時には既に手遅れでしたね!」
「そうだったのですね!」
「暗い話に成りましたね!一度しか会わない方に色々話しても困りますよね!」
「そんな事は有りませんよ!」
麻結は武史の話を聞きたかった。
今の自分と気持ちが似ている様な気がしていた。
愛する伸一を突然の事故で亡くして、その後誰も好きに成れない。
恋愛感情が全く湧く事が無かったのだ。
今回も家族が色々勧めるので仕方なく見合いを決めた。
何故か判らないが、目の前の武史なら見合いをしても良いと思った。
でも結婚の事は全く考えて居ない自分がそこに居る事も知っていた。
普通の人と見合いをしても多分何も思わないので、思い切って全く別の武史を選んだのだ。
多分結婚には至らない事を知って居ての見合いだった。
家族も両親も確実に大反対で、自然消滅してしまうと思っている。
麻結は自分から目の前の武史に断るのは辞めようと考えている。
自分から障害者だと知っていて申し込んで、断るのは本当に気の毒だと思っている。
今の姿の自分なら断ると思っていたのに、武史は今の自分の姿を見て安心したと言った。
その言葉に自分が考えていた事を恥じる麻結だった。
「妹さんは一緒に住まれて無いのですね!」
「はい!睦は僕の姿を見て看護師に成っているのですよ!今は大阪の病院に勤めて居ます!」
「看護師さんですか?」その言葉に麻結は再び自分のした事を恥じていた。
「毎日僕がもがき苦しむ姿を見て居ましたからね!お兄ちゃんの様な人を助けてあげるのだと、高校を卒業と同時に看護師の道に行きました!月に二回位は帰って来ますがね!帰ると必ず僕にもう痛みは少なく成った?と尋ねてくれます」
「、、、、、、、、」自分の事を恥じて言葉が出ない麻結。
「高校から大学生の時は地獄でした!100メートルが歩けないのです!だから学校の勉強も出来ません!大学も自宅から通える大学に入学しましたが、出席する日が少なくてぎりぎり卒業でしたね!」
「、、、、、、、、、」麻結は言葉を失っていた。
「すみません!見合いの場で愚痴の様な話で申し訳有りません!落合さんは勉強が出来るのでしょう?」
「或る日までは頑張って居ましたが、急に諦めてしまいました!」
「そ、それって恋人と同じ学校に行く為に頑張ったとかですか?」
麻結は急に自分の事を言い当てられて、呆然としてしまった。
その時、目の前に伸一が現われて手を振る姿がロビーの向うに見えた気がしていた。
「どうされたのですか?お知り合いの方でも?」武史も麻結の視線の向うを見た。
「お手洗いに!」そう言って立ち上がると、麻結は急いでトイレの方に急いだ。
既に目が涙で一杯に成って前が良く見えない。
トイレの鏡を見ながら、涙を拭きとる麻結は怖く成った。
伸一の事を言い当てられた気分に成って、ロビーの向うに伸一の姿を見た様に思ったからだ。
武史は急にトイレに行った麻結に驚きながら帰りを待った。
随分長い時間が経過して、麻結がようやく戻って来た。
「ごめんなさい!初めての見合いで緊張したのかしら、、、、、」
「僕も初めての時は緊張しました!この格好だから相手の方にどの様に思われているのかとね!殆ど断られますから、答えは決まっていますよね!一生に一度の結婚だから、こんな姿の夫は持ちたくないですよね!」作り笑顔で話す武史。
「そ、そんな事有りませんよ!私は姿形で決めません!」
「この結婚相談所のシステムでは、今回は約一時間以内でお別れして、もう一度会うか決めるのです!次も一時間程度しか会えないのですよ!三回目は半日程度は良いのですが、それで今後結婚を前提に付き合うか決めなければ成らないのですよ!」
「その後は断れないのですか?」
「断れると思いますよ!何が起こるか判らないですからね!」
「私の様に写真と実物が異なる?」
「今回は良かったと思っています!あの写真の様な美しい方なら僕は話が出来ませんよ!」
そう言って笑った。
見合いの結果
84-011
「でも髪は美しいですね!」
「長く伸ばしているだけですわ!」
その後は趣味の話に成るが、外に出る事が少ない武史はゲームとスポーツを見る事が多いと答える。
麻結は旅行、コンサート、音楽が趣味だと答えて合わない。
麻結は最後に病名を尋ねた。
武史は強直性脊椎炎で20万人程度に一人の病気だと答えた。
日本の中規模の市の人口でひとりの計算になる難病だった。
麻結は武史と別れて帰りの電車に乗ると、直ぐにスマホで病名を調べた。
強直性脊椎炎と云う難病でリウマチの一種で、原因が不明、頸部、背部、腰殿部、手足の関節の痛みこわばり、
疲労感、熱から始まり各部位が次第に動かなくなる。
慢性の病気で脊椎や関節が強直して変形、前傾姿勢になる。
十代から二十代の男性が発症する確率が女性の数倍多い、全人口に対しては極めて少ないのだった。
武史の場合は強直が進んでいる様だった。
この様な病気が有る事を今日初めて知った麻結。
「青春も遊びも、恋愛も何も無い不幸な時期を過ごしたのね!妹さんの気持ちも判るわ!」独り言の様に言う。
「また会いましょうね!」と微笑むと武史も微笑んで「是非!」と言ったが本当の気持ちだったのか?
でも見合いは慣れている様で、結構自分から話す事も多かったと思い出す。
武史が自宅に帰ると母の久代が「どうだった?美人の顔を拝んで来た?」開口一番尋ねた。
「それがね!あの写真とは全く違う顔だったよ!長い髪は綺麗な様だったけれどね!」
「綺麗な様だった?」変な顔の母。
「三つ編みって云うのかな?それでポニーテールだったから、よく判らなかったよ!最初は大きなマスクを着けていた!丸い眼鏡に化粧が無い様な顔色だったな!」」
「何故?そんなに違うの?」
「沢山の申し込みを得る為じゃ?」
「それは変よ!そんなに沢山応募が有るのに何故武史に申し込むの?」
「そうだなぁ?何故だろうな?」
「話は合うの?」
「趣味は旅行とかコンサートに行くらしいから、僕とは違うな!」
「美人では無かったのね!」
「そうだね!でも色の白い感じは写真と同じ様に思ったよ!」
「何か曰くが有る様だったの?」
「昔、大恋愛して、それが忘れられないのかも知れないよ!」
「美人ではないから捨てられたのね!男は気まぐれだからね!」
一方の麻結も自宅に帰ると質問の矢が飛んで来た。
「始めて見合いした感想はどう?」
「うーん!」
「まあ。初めから断られる事を想定して見合いに行ったのでしょう?」
「何故?」
「その服装に化粧、それに子供の様な髪型が表しているわ!」
「まあ!断られたら縁が無かったのよ!」簡単に言った。
「えっ、貴女からは断らないの?」
「そうね!」
「じゃあ、良い人だったのね!」
「でも驚いたわ!」
「何を驚いたの?」
「伸一の事を、、、、、、、」
「何故?知り合いだったの?」
「違うわよ!でも事故でも生きて居てくれたら、それだけで嬉しいと思ったわ!」
「何を言っているの?事故の大怪我でもって話しなの?」
「そう、障害者に成っても生きて居てくれたら、、、、、、、」
それだけ言うと自分の部屋に走って行った。
「あの子、見合いに行って伸一君を思い出したのかしら?」
「好きな男と異なる男性を前にして思い出したのだろう?」
麻結は自分の部屋で涙に暮れていた。
もっと大きな怪我でも良いから、伸一が生きて居てくれたらどんなに良かっただろう?
警察の話では苦しむ間も無い即死状態だったと思う!の言葉が、木霊の様に聞こえた麻結。
しばらくして居眠りをしてしまった麻結。
既に夕方に成っていて階下から母が「どうするの?って、梅宮さんから電話ですよ!」
「はーい」
慌てて階段を降りる麻結。
電話を変わると「どうだったの?」
「は、はい!先方の方は?」
「先程返事が有った様よ!それで尋ねているのよ!」
「で、断られましたか?」
「それが、逆でお付き合いをしたい!って事です!」
「そうですか、じゃあ私からは断れませんね!」
「えっ、お付き合いをされるのですか、ご家族の方に相手の事が判ってしまいますよ!」
「構いません!今度会えば断られるかも知れません!」
「次も今日のスタイルで?」
「いいえ!次は思いきり着飾って会いますよ!」
「えー、どおして?」
「大森さんは今日の私が良かったらしいのですよ!あの写真の女性なら断っていたって言われたわ!」
「変な人ですね!今日も一杯応募が来たのに、、、、、」
「止めて貰えるのですか?」
「それは出来ますが?大森さんに決められるのですか?」
「いいえ!他の方に申し訳ないので、、、、、、、」麻結は今の処、見合いをしたいと思わなかった。
変身
84-012
麻結の名前はその日から相談所のサイトで休止に成ってしまった。
短い間の掲載で消えてしまい申し込んだ男性を落胆させた。
「お母さん!落合さん!お付き合いしても良いって返事が来たよ!」パソコンを見ていた武史が夜遅く叫ぶ様に言った。
今まで何度か見合いをしたが、二度以上会った女性はひとりだけだった。
それもずいぶん昔で、もう忘れてしまう程前の出来事だった。
十人程度の女性と見合いをしたが、二度目迄進んだのは今回が二度目だった。
「それ程綺麗な人じゃないけれど、僕には充分だよ!あの写真の様な美人なら話が出来ないから丁度良いよ!」
「よかったね!何とか今年中には嫁さんを貰わないとね!睦に教えてあげよう!」
「待ってよ!次で断られたら恥ずかしいよ!」
「だって、見合いするって話したから、、、、」
「えー、もう話して居たの?」
「だって随分久しぶりだったからね!」
翌日に成ると浅子の目にも相手の情報が見られる筈だったが、休止に成ったので麻結のデータが消えてしまったのだ。
浅子は麻結が役所に行くと直ぐに梅宮に連絡した。
「娘のデータが消えてしまったのですが、何かあったのですか?」
「実は昨夜、娘さんから沢山の応募が有るので、しばらく活動を休止にして欲しいと言われました!」
「今、見合いして付き合うと決めたのでしょう?」
「パスワードを入力する方では、今の進捗状況はご覧に成れますよ!お嬢さんの考えでは今お付き合いの大森さんとの結論が出れば再開して欲しいと聞いています!」
「随分時間がかかるのでは?」
「大丈夫ですよ!先程電話で今週の日曜日に二回目、会われる様ですよ!まだ大森さんからの日時の返事は来ていませんが、、、、、」
「そんなに早いのですか?」
「はい!三度会えば結論を頂きますので、遅くとも来月初めには結論が出ますよ!」
「は、はあー」浅子は狐に化かされている様な気分に成っていた。
娘が教えてくれなければ相手の住所も家族関係も何も判らないのだ。
驚いたのは武史も同じで、来週直ぐに会いたいと言われて戸惑う。
確かに早く結論を出すには毎週会うのが手っ取り早い。
折角先方からの申し出だ!会って見るか?早く結論が出た方が次に進める。
そうは思うが、次迄進んだ女性は誰も無いのが現実だった。
今も申し込みは出しているが、最近は殆ど断られる。
今度は食事に行きましょうか?と誘った武史。
希望は和食で麻結に連絡をするが、全てサイト経由で当人同士の会話は出来ない。
待ち合わせは11時半に姫路駅中央改札と決めて連絡をした。
浅子は麻結が帰宅すると「貴女が休止すると、全く情報が見る事が出来ない!」と苦情を言った。
「今週日曜日に食事に行くから、それで終わりに成れば見ても仕方ないし、もしもそれ以後も会うならお母さん達に見せるわ!それで良いでしょう?」
「お互いが付き合わないのに見ても仕方が無いわね!じゃあ来週の月曜日には見る事が出来るのね!」
「そうよ!但し駄目なら見る必要無いでしょう?」
誤魔化された様な気がした浅子だったが、確かにその通りで付き合わない人の事は必要無い。
日曜日が来ると早朝から準備をして「行って来ます!」と自分の部屋から下に降りて来た。
「今日は役所スタイルではないのね!でも早すぎでしょう?」
「今から美容院に行くのよ!そのまま姫路に行くからね!」
「この前と別人でしょう?驚かれるわよ!」
「それが狙いなのよ!大森さんね!この前の私が良いらしいから、写真の私ならどうかな?って思ったのよ!」
「今日の麻結を見たら驚くわ!写真より綺麗でしょう?お化粧もばっちりだし、髪も今から美容院なら最高の麻結を見せるのね!」
「まあ、そんな感じかな?」
嬉しそうに微笑むと軽やかな足取りで自転車に乗る麻結。
少し秋の気配を感じながら、長い髪を風になびかせて走って行く。
行きつけの美容院に入ると「麻結さん!どうしたの?今日は久しぶりに化粧もしているわね!」
「はい!今からデートなのよ!」
「それでここに来たのね!好きな人が出来たの?」
「まだそこまでは、、、、、だって二度目なのよ!」
「二度目でこの装いなら、気に入った人でしょう?」
「違うのよ!私の役所スタイルが気に要った人なのよ!」
「えー、それなのに二度目で変身して会うの?お相手知っているの?」
「知らないわ!」
呆れ乍ら麻結の髪を洗髪台で洗い始める。
「揃えるだけで良いのね!」
「はい!それで充分です!結婚式まで伸ばしたいから、、、、、」
「えーー」
麻結から結婚式の話を聞いて驚く店主の森山明子。
この十年以上その様な言葉を麻結の口からきいた事が無かったからだ。
しばらくして駅のホームに立つ麻結を見て「綺麗な女性だ!」と囁く声が麻結の耳にも聞こえた。
確かに髪は艶が出て美しく、服装とマッチして化粧も清楚な雰囲気で、殆どの人が振り返って見る。
あの人どの様な顔をするのだろう?驚いて逃げ出すかしら?
電車の外の景色を見ながらその様な事を考えている麻結。
別人?
84-013
電車を降りる麻結の姿に殆どの男性が視線を送る。
(綺麗な女性だな!芸能人かな?)視線はその様な言葉を麻結に投げる。
伸一と付き合って居た頃の麻結は可愛い感じの女子高校生だった。
大學に入ると大人の女に変身して、ミスキャンバスに推薦されて困惑した。
同時に男達に襲われて、危機一髪で助けられた。
その時から地味な服装に眼鏡、マスクスタイルに徐々に変わって来た。
幸いコロナの蔓延からマスクをしている人が多く成ったので、全く違和感が無くなっている。
自宅に居る時、友達と遊びに行く時は普通の姿に戻って居る。
その為旅行の写真等は美人の麻結に成っていた。
今、役所の人が今の麻結を見ても殆ど気が付く事は無い。
改札に向かう麻結は直ぐに武史の姿が判った。
独特の体形の武史が小さい身体を伸ばして、人ごみの中で自分を探している様子が見える。
小さく手を振る仕草をする麻結。
全く気が付かない武史は改札を通過する人に目を移している。
今日はヒールを履いているので、先日よりも背が高い麻結。
そして先日とはまるで異なる容姿。
「お待たせしました!」肩を叩いて笑顔の麻結。
振り返った武史は一瞬人間違いの様な顔をしたが「お、落合さん?」絶句の武史。
麻結が「行きましょう!」笑顔で言った。
多分見合いの写真を見て居なければ武史には判らなかっただろう?
「驚いた!」
「、、、、、、、、、」言葉を失った武史。
しばらく歩くと目的の料理屋が見えて来た。
「あそこですね!」
麻結の肩の高さまでしか背丈が無い武史は横を向けない。
横を向くと麻結の胸の膨らみが丁度顔の位置に有るからだ。
それも下着の線が見える様な服装なので、乳房を見ている気分で横を向けない武史。
看板が見えたのと、事前にスマホで調べていた麻結。
店に入ると「予約しています、大森です!」店員に伝えると奥の座敷に案内された。
お茶を運んで来た店員が「予約の定食お持ちします!」と言っておしぼりとお茶を置いて行った。
「驚かれた様ですね!」
「当然ですよ!写真を見て居なければ判らないと思いますよ!」
「怒っていますか?」
「当たり前です!僕を馬鹿にしているのですか?」
「馬鹿にしていませんよ!先週の姿が仕事の時の服装です!だから普通なのですよ!大森さんが先週の私ならお付き合いしても良いとおっしゃったので、今日の私ならどうかな?と思ったのですが、決してからかって居ませんよ!」
「そんなに美しいのに、彼氏が居ないって考えられませんよ!」
「ありがとうございます。正直に言いますと、好きな男性は居ましたわ」
「でしょうね!見合いをされる人には見えません!」
「実は今回の見合いが初めてなのですよ!」
「好きな方と別れたから?」
「いいえ、別れたのは随分前ですから、別れたから見合いをした訳では有りませんわ!」
「何故私の様な障害者と見合いを?」
「大森さんの写真が良かったのです!何かを私に訴えている様に思えたのです」
「写真ですか?」
「はい!あの芝生に座って笑顔の写真です!」
「一度もその様な事言われた事は有りませんよ!それより先週のあの姿は?」
「人を形や服装で評価されたくなかったのです!先週の服装と容姿では殆どの人が相手にしません!事実役所の関係者も誰一人モーションを掛けて来ないのです!それで助かっているのですがね!」
「男性から誘われるのが嫌なのですか?」
「はい!私はひとりの男性を今でも愛しています!だから誘われても、見合い話にも耳を貸しませんでした」
「何故?今回見合いをされたのですか?」
「家族の為かな?家族全員が心配して結婚相談所に登録してしまったのです!」
「貴女の意見を聞かずにですか?」
「はい!どうせ聞いても答えは駄目に決まっていますからね!」
「それじゃ、私は?」
「だって断られると思って見合いしたのに、写真の美人なら断るとおっしゃったから、、、、、」
そう言った時、和定食が運ばれて来て話が途切れた。
「わあー美味しそう!」
「本当ですね!僕もこの店の和定食初めてです!」
「何度か来られたの?」
「高い店ですから、二度目です!」
麻結は以前も誰かとデートで来たのだろうと思った。
「楽しみは食事とスポーツを見る事ですね!自分では出来ませんからね!」
その言葉は麻結の心を締め付けていた。
青春の無い人生、自分も別の意味で青春が無かったのかも知れないと思う。
「美味しいわ!」吸い物から箸を付けて笑顔で言う麻結。
「落合さんの笑顔は格別ですね!」
「そう?初めて言われたわ!いつも暗いって言われるのに、、、、」
「尋ねる事は少し躊躇うのですが、聞いてしまいます!」
「何を!」
「彼氏に振られてから一度も男性と付き合っていないって聞きましたが、何年前に別れたのですか?」
「今、それを聞くの?」箸が止まる麻結。
しばらく箸を置いて考える素振りをして、天井に目を向ける。
「ごめんなさい!嫌な事を思い出させてしまって、、、、、」
「先日、私ひとりで堂ヶ島に行って来たのよ!彼に会いにね!実は毎年同じ日に行くのよ!先日は花と一緒に空蝉を置いたのですが、風に吹かれて飛んでしまったのよ!」話しながら麻結の瞳は涙で潤んでいた。
「も、もう聞かなくても良いです!ごめんなさい!悪夢を思い出させてしまいましたね!」
その武史の言葉に「聞かなくても判るの?」と小さな声で尋ねた。
「はい!充分判りました!落合さんの遠い昔の恋と愛が、、、、、、」
堪らず麻結がハンカチを取り出して涙を拭いた。
突き刺さる
84-014
武史は麻結が何故恋愛も見合いも出来ないのかが?判ってしまった。
そしてしばらく沈黙の食事が続いてしまった。
「僕と見合いをされて、思われたのでしょう?身体が不住でも生きていて貰えたらと、、、、」
武史は先日麻結が思った事をズバリと言い放った。
「そ、そんな、、、、、、」
「良いのですよ!僕は気にして居ませんよ!ここに来るまでに何人の人に見られたか判りません!変な恰好の男が絶世の美人と歩いているとね!」
「、、、、、、、、、、、、」
「だって落合さんと私では不釣り合いでしょう?誰だって変な目で見ますよ!」
「私は全く気にして居ませんよ!安心して下さい!」
「私の事家族の人はご存じなのですか?」
「え、ええー勿論よ!」
「その言い方は何方も知らないのですね!最近このサイトでお見合いする女性は、家族に言わずに見合いをしてしまう様です!僕の様な場合は後で困りますよ!」
「そ、そうなのですね!」麻結は次々と武史に心の中を見られて、驚きしか無かった。
伸一との事も遠い過去だと悟られていたからだ。
しばらくして食事が終わってデザートが運ばれて来た。
「今日も一時間程度だから、時間的にお城に行くのも難しいから、ここでゆっくりして終わりましょうか?飲み物注文します!僕はコーヒーですが、落合さんは?」
「同じでお願いします!」
コーヒーを飲みながら武史が「空蝉って、蝉の抜け殻ですよね!落合さんは自分が空蝉の様だと思ったのでしょう?」
「、、、、、、、、、」急に空蝉の話を始める武史に驚きながら、話に耳を傾けた。
「長い間土の中で暮らして、土から出ると空蝉を残して羽ばたくのですよ!そして数日の間に子孫を残しているのです!抜け殻では有りませんよ!未来に羽ばたく為の手段ですよ!これからは自分が空蝉だと思わずに未来に羽ばたいて下さい!」
「、、、、、、、、、、」急に空蝉の話をする武史の言葉が、胸に突き刺さっている麻結。
身体が満足に動かず、走れずに生活している武史に何か別の勇気を貰った気がする麻結。
「あ、り、が、とう!全てお見通しですね!」思わず言った麻結。
12年間の出来事が走馬灯の様に頭の中で流れている。
「初めて良い方と話が出来ました!今日の食事は一生心に残りますわ!」
「僕も初めて美しい女性と食事が楽しめました!辛い事を思い出させてすみませんでした!明日からまた頑張って下さい!」
「今日はご馳走様でした!」
それは別れの挨拶に聞こえた。
麻結の頭の中で、明日には母達に武史さんの事が知られてしまう!そうなれば烈火の如く怒って前には進まない事は明白だった。
自慢の娘が、、、、、、
一方の武史も今日の話から、家族に反対されてこれ以上進む事は無いと悟っていた。
駅の改札前で握手をして別れた二人。
丁度一時間の短いデートは終了した。
武史は自宅に帰ると上機嫌で「お母さん!見合いの女の子写真が本来の姿だったよ!」
「あの美人さんが本当の姿なの?武史をからかっていたのだね!悪い女の子だったのね!身体が悪い武史をからかうなんて許せないわ!相談所の倉田さんに苦情を言わないとね!」
「違うのだよ!」
「あんなに綺麗な娘さんなら、彼氏のひとりやふたり居て当然でしょう?武史はからかわれただけね!」
「多分彼女随分若い時に彼氏を事故で失っているのだよ!それも遠い場所でね!あの容姿だから男が近寄って来るから、あの様な服装に化粧をしていたらしいよ!」
「えっ、でも見合いまでそんな事をしなくても良いでしょう?」
「本当は見合もしたくなかった様で、家族の要望で婚活サイトに登録した様だよ!」
「すると、断られるのを覚悟の見合い?」
「そうだよ!でも僕が交際を申し込んだから、本来の姿でやって来たって話していた」
「驚く程の美人さんだったの?あの写真のままの?」
「もっと綺麗だった!髪も黒髪で背中までのロング!目の位置に彼女の胸だから困ったよ!」
「えっ、そんなに高いの?」
「ヒール履いていたからね!」
「楽しい思いをしたわね!」
「そうだね!みんなの視線に優越感が有ったよ!」
「まあ、次の女の子をまた探さないとね!今回の様な子は二度とないだろうけれどね!」
「美人で何年も亡くなった彼氏の事を思っているって、中々居ないよ!容姿迄変えてだよー」
「本当だね!亡くなった彼氏も罪作りだね!何年位前だろう?」
「僕は十年以上前だと思うよ!堂ヶ島って話して居たから伊豆半島だよ!多分彼氏ひとりで行ったと思う」
「ひとりで堂ヶ島まで?」
「もしかして、学生で夏休みにバイクでのツーリングかも知れないね!伊豆半島結構多いらしいよ!」
「彼女29歳だろう?じゃあ高校生の時の話?」
「多分、その位前の出来事だと思うよ!」
「それからずーと彼の事を思って、あの様な姿にしているのね!それも凄い事よね!それだけ思い続けられるのが有る意味怖いわ!」
「そうだね!だから僕をからかって居たのではなかったのだよ!」
「返事は断るの?多分今回でお別れだろうけれどね!」
「僕からは断らないよ!彼女が断ると思うけれどね!家族は僕の事知らないらしいからね!」
「、、、、、、、、、、、」母には次の言葉が無かった。
麻結も自宅で浅子に「どうだったの?お付き合い続けるならお相手の事を教えて頂戴ね!」
「先方が断るかも知れないわ!」
「今回は前回とは別人の様に綺麗な麻結なのに、断らないでしょう?」
「それは判らないわよ!色々聞かれたからね!」
「何を?」
「彼氏の事とか、、、、、、、、、、、」
浅子は既に十年以上も前の事で、娘が振られる事が信じられない。
作戦会議
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夜に成って麻結のパソコンに交際継続の連絡がサイトから届いた。
嬉しい反面「これで家族に判ってしまうわね!」そう独り言を言うと同時に「大森さんって人が交際継続希望って着ているわよ!」階下から母の声が響いた。
それは麻結が承諾すると同時に流れた様だ。
今から大森さんの内容を見て、直ぐに文句を言って来るわ!戦々恐々の麻結。
武史も「交際継続って返事が来たね!意外と早かったな!」と喜ぶ。
「断ると思っていたのに、交際継続なら武史のお嫁さんに、、、、、信じられないわ!」
母は既に嫁に貰った心境で言った。
父の武男も風呂から上がって「ほ、ほんとうなのか?あんな美人が武史の嫁に?信じられないな!」パソコンの前に上半身裸でやって来た。
「彼女は付き合って良いと思っても家族が許さないと思うよ!期待は持たない方が良いよ!」冷めている武史。
「武史はいつも悲観的ね!もっと希望を持ちなさい!」
「だって、人も振り返る美人が僕の奥さんに?信じられないよ!期待が大きいと失望も大きいからね!お風呂に入るよ!」
「睦に教えてあげましょうか?」
「まだ早い!睦に教えると毎日の様に尋ねて来るぞ!今日はどうなったって!」
「お兄ちゃんの事を一番心配しているからね!もう少し様子をみましょうか!」
その通りで麻結も両親に驚きの表情で対峙していた。
「この人身体障害者って書いて有るじゃないの?役所で福祉の仕事をしていても一生のパートナーに選ぶ事ないでしよう?」驚いて言う。
「その通りだ!数えられない程申し込みされた麻結が自分で選んだのが、この男なのか?美男子でもない、学歴が特別良い訳でもない、仕事は何処だ?大企業ではないだろう?」
「そんなの差別よ!大森さんは良い人よ!伸一さんとの事も理解されていたわ!今の私ではなくて役所に行く私を良いと言ってくれたのよ!もしも役所スタイルの写真を掲載して何人の男性から申し込みが来たと思うの?大森さんは言ったわ、写真の貴女ならお断りしていたと、、、、、、、、、」
「でも写真を見て見合いをしたのだろう?」
「それは見合を申し込んでも殆ど断られるから、女性からの申し込みだから断らなかったって、あの写真の女性ならからかわれていると思っていた様だわ!」
「麻結は気に要ったの?」
「そんなに相手の事はまだ判らないわ!住所も仕事も聞けないのよ!殆ど判らないのよ!」
「今度会えば色々な事が判るのか?」
「結婚を前提の付き合いに成るから、家族関係とか仕事も聞けるのよ!別にそこで不都合が有れば別れる事も有ると思うわ!」
「既に不都合よ!」そう言って怒る浅子。
その場は乗り切った形に成ったが、浅子は明日梅宮に文句を言う段取りにしていた。
取り敢えず麻結もお付き合いをする日時をサイトに上げた。
家族の反対がエスカレートする前に結論を出したい麻結。
「落合さんから来週会いたいって、返事が来ているわよ!」
それを見た武史はパンツ一枚で母の声を聞いてパソコンの前に来た。
「ほ、本当だ!嘘みたいな話だ!」
小躍りする程嬉しかった武史。
「サイトを経由しないで、今後は直接メール、電話、lineで話が出来るよ!」
「良かったね!大事にお付き合いするのよ!こんな条件の良い美人は最初で最後だよ!」
「僕もそう思うよ!」
喜ぶ武史の家族とは正反対に、翌日浅子は梅宮を自宅に呼び付けていた。
梅宮もおおよその話の内容を把握してやってきた。
「何故多勢の申し込みが有るのに、この様な相手とお付き合いする事に成ったの?」
「それは私では判りません!それにお嬢様を止める事も出来ません!」梅宮も自分の責任にされたら困る。
「何か方法は無いの?」
「方法と言われましても、ご家族の方が違法な方法でも良いとおっしゃるなら、無い事は無いのですが?」
「どの様な方法なの?」
「今はお嬢様の目を他所に向けさせる事が寛容だと思うのです!」
「どの様に?」
「ナンパさせるのですよ!」
「何処の誰か判らない男性に?それは出来ませんわ!」
「役所に行かれている時は男性から声を掛けられる事は無いと思うのですよ!その時にモーションを掛けさせるのです!」
「誰にそんな事を?」
「最初に三人紹介させて頂いた男性が今もお嬢様との交際を希望されて居ますので、この三人に教えれば多分成功すると思いますわ!」
「登録して直ぐに申し込みされた三人ですね!あの三人は印象に残っていますわ!」
「三人ともお嬢様に未練が一杯ですので、これは違反行為なのですが、奥様のたっての頼みですから規則を曲げてでもお助けしたいです!」
「それは有難い話ですが、娘を怖がらせるとか怯える様な事は絶対に行わないと約束出来ますか?」
「勿論です!三人とも良い家のご子息で、勉強も職場も一流ですからその点は大丈夫です!お嬢様の職場を教えるだけですから、後は偶然を装って交際に進むと思いますよ!三人とも一度会われたら良い青年だと直ぐに判ります!」
「娘の目がそちらに向いてくれたら良いのですが、一途の子だから心配です!」
「お母さん達が反対をすると勢いで結婚してしまいますから、気を付けて下さいよ!」
「三人も同時に?」
「いえいえ、ひとりずつアプローチさせます!無理に交際を迫る事は無いと思いますよ!」
「殆ど役所の往き帰りしか平日はしませんからね!」
「電車で偶然を装おうとか、役所の福祉課に行くとか?彼らに任せましょう!」
「いつから?」
「これから段取りを組みますので、一週間後から同じ役所に勤める丸山君からにします!」
浅子はこまごまとした注意点を梅宮に聞いて帰宅した。
夜早速夫智光に注意点を話して、強く反対をするのは少し待ってからにする様に言った。
信じられない家族
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麻結は家族が大反対をすると思っていたが、意外と反対の意思を示しただけで収まり拍子抜けした。
取り敢えずもう一度会って、携帯番号とかメールアドレスを聞かなければ、KSAのサイト経由だと知り合いには読まれてしまう、特に母には筒抜けになる。
今回は比較的反対は少なかったが内容次第では怒りが増す。
一方の武史もサードステージに進んだのは初めてで、この後どの様に進めれば良いのか?戸惑っていた。
驚いたのは担当の倉田で「大森さん!初めてサードステージ迄進みましたね!あのくらいの女性なら纏まるかも知れませんね!頑張って下さい!」
ホテルで見たイメージが残っている倉田はその様に言って応援した。
「はい!ありがとうございます!今後はどの様に成るのですか?」
「今回から何も制限が有りませんから、お聞きしたい事をお互いに聞いて下さい!一応結納まで進める事に成ります!」
「えーーもう結納に成るのですか?」
「双方が色々な事を聞かれて、結婚を前提に付き合われた場合です!」
「料金は発生するのでしょうか?」
「サードステージで終わった場合は5万円頂戴する事に成りますね!」
「そ、そうなのですね!」
「ペナルティ料と成ります!」
「既に発生しているのですね!」
「だから上手にゴールまで走って下さい!」
「あの様な美人とお付き合い出来て夢の様です!」
「は、はあ!」倉田は本当の麻結を見ていないので、武史の言葉が理解出来なかった。
夜に成って麻結から「映画を観に行きたいわ!」とサイトに申し込みが入った。
歩く事が大変だろうと思っていた麻結。
映画を観て食事をすれば丁度時間的に良いと考えていた。
暗闇なら、周りの目をそれ程気にしなくても良いとも思った。
この申し込みを浅子も見て居て、一度自分の目で相手を見て確認しようと考えた。
梅宮に作戦は頼んだが成功するとは限らない。
智光とも話して、次の日曜日が終われば大森の家も調べる予定にしていた。
銀行勤めでこの様な調査は得意だった。
全て麻結には内緒で事を進める二人。
麻結に知られたら、その時点で暴走してしまう様な気がする。
麻結の予定では昼前に駅で会って、食事の後映画を観に行く事に成っている。
サイトの連絡で既に知っている浅子。
日曜日、麻結より早く出て行くと、先に出た智光と待ち合わせをして姫路へ向かった。
少し遅れて麻結も駅に自転車で向かう。
三人が同じ場所に向かっているが、電車が一本早い両親と会う事は無い。
麻結は電車に乗ると窓の外を眺めて、このままあの人と付き合っても良いのかな?と自問自答していた。
今日会う事で大森さんに期待を持たせてしまって、後には戻れなく成る様な気がしていた。
自分の行動が大森さんを追い詰めてしまわないか?急にその事実が鎌首を持ち上げていた。
多分女性とデートをした経験が少ない、自分から去る事が出来なく成る様な気が大きく成っていた。
姫路駅では武史の姿は直ぐに麻結の両親に見つけられていた。
武史も電車が到着する15分も前に改札横に来ていたからだ。
「お父さん!あの人よ!きっとそうよ!」
「間違い無いな!腰が曲がっているしあの写真と似ている!」
「麻結の胸位しか身長無いわね!」
「釣り合わないのは歴然だな!もう帰ろうか?」
「そうですね!上りのホームに行きましょうか?麻結に見つかると大変ですからね!」
「これで反対するのは決まりだ!」
「梅宮さんの手配した人が上手に誘って、麻結が気を向けてくれたら良いのですがね!」
「家柄、仕事、学歴は文句ないが、性格は判らないからな!」
「三人居ますから、ひとり位は麻結に合うでしょう」浅子は呑気に答えた。
今見た武史よりは三人とも数段良い男性だから安心している。
上りのホームで「あんな男性の何処が良いのでしょうね!三回も会ったら情が移るのにね!」
「それは確かだ!優しい子だから情けで付き合って居るのだろう」
丁度停車中の電車が邪魔をしているので、麻結のホームから見える事は無い。
麻結を見つけて改札の向うで手を振る武史。
何度見ても美人だな!本当に僕とデート?思わず頬を抓る。
「痛い!間違い無い!」
改札の向うで手を振る麻結の視線の先を追う男性も数人居た。
小柄な武史は人ごみに隠れて見えない角度も有って、見ている男性は何処だろう?と探す。
それ程、麻結の微笑む顔は際立って綺麗だ。
「こんにちは!」麻結は武史の近くに来ると笑顔で挨拶した。
「毎回も来て頂いてすみません!」
「三週連続日曜日に姫路に来たのね!今日は何を食べますか?私がご馳走します!」
「えっ、ご馳走して頂けるのですか?」
「何が食べたいのですか?先程自分の頬を抓っていたでしょう?」
「あっ、見られていましたか?夢では無い事を確認したのですよ!」
「夢でしたか?」笑顔で尋ねる。
「夢だったら落ち込みますよ!」同じく笑顔の武史。
その様子を近くで見て居たのは、武史の母久代61歳だ。
「お母さんも一緒に見に行けば美人だと納得するよ!」今朝見送りながら不安な顔の母。
「それじゃ、一緒に姫路駅まで行こうかな?」そう言って一緒に来た。
笑顔の武史達とは対照的に久代の瞳は、今にも涙で潤みそうに成っていた。
三度目のデート
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久代は結婚相談所に登録はしたが、全く期待していなかった。
我が子武史の姿を見て嫁に来て貰える人は多分居ないだろうと思っていたからだ。
確かに登録してから何度か見合いはしたが、武史が気に要っても先方からは速攻で断わられる。
ひとりだけ二度会った女性は居たが、最近では見合いの話も殆ど無い。
それは登録から歳月が経過して、登録の古い人を検索する人も少なく成っているのも原因だ。
そんな悲観的な日々から、急に美人の女性から見合いの申し込み。
家族全員からかわれていると決めつけたが、武史の「女性からの申し込みだから、一度会ってからでも断る事が出来る」の一言で見合いに応じた。
写真の美人が来ると思っていたが、現れたのは丸い眼鏡に化粧の無い顔。
暗い地味な服装の女だった。
「美人だったら、僕は断る!お母さん達が言う様にからかっているからね!」その言葉とは正反対の麻結の姿に、武史はもう一度会うとの誘いに応じた。
今日の彼女は前回と同じく美しく輝いて見えていた。
「今日は洋食を食べましょうか?」
「肉ですか?」
「ステーキは少し重いから、ハンバーグ位にしませんか?ネットで調べたのです!近くに在りますよ!」
その時、メールの着信音が聞こえた。
武史の携帯に母から(本当に別嬪さんだね!驚いたわ!逃げられない様に!)
メールを取り出して見る武史は思わず笑った。
「どうされたの?急用?」
「母が駅に来ていた様です!」そう言うと携帯を麻結に見せた武史。
麻結は「宜しいの?」そう言いながら携帯を見て「あら?お母様が、、、、、、」
「はい!すみません!三度もデート出来た女性初めてなので、興奮しているのですよ!」
麻結は武史がメールを見せてくれた事が嬉しかった。
この人は隠し事を出来ない人だと思った。
自分の姿をこっそりと見に来た事を公然と教えてくれた。
自分の両親ならどうなのだろう?こっそり見たら驚いて帰るだろうな!そして猛反対に成ると思った。
「お母様心配で来られたのですね!」
「僕が落合さんの事を美人だと話したので、どれ位の美人さんか気に成って来た様です」
「自宅は駅から近いのですか?」
「市役所が在る方です!住所とかはメール交換も後でしましょう」
「そうですね!サイトを使うと両親に筒抜けに成りますから困りますわ!」
「僕の両親は何も言いませんが、貴女の様な美しいお嬢さんを持つと大変でしょうね!」
「今だけですよ!無事に結婚して欲しい!30歳までにね!」
「女性の場合はやはり意識されますか?」
「私は別に気に成りませんが、家族はとても気にして居ますわ!」
「観る映画決まっているのですか?」
「はい!話題のアニメを観たいなって思っています!大森さんはアニメは?」
「好きですよ!」
「良かったわ!嫌いだったら次の候補も考えていたのですよ!でもその映画なら、食事を急がないと間に合わなかったのですよ!」何だか嬉しそうな顔をする麻結。
こんな男性と一緒に歩いて楽しいのだろうか?恥ずかしくないのかな?武史の方が気にしていた。
しばらく歩くと目的の洋食屋に到着。
額に汗が光る武史を見て、歩くのに少し大変なのかな?と思った。
武史は直ぐにトイレに行って、汗を拭いて戻って来た。
「これ私の携帯番号とアドレスよ!lineも横に書きました!一度送って下さい!」
「は、はい!」
武史の指の動きを見て、結構携帯は慣れているのだと思う。
武史が入力している最中にメニューを見て「これにしますけれど大森さんは?」
「ハンバーグ定食ですね!同じでお願いします!」
麻結が店員を呼んで注文をすると同時にlineの着信音。
「僕です!」笑顔で伝えると、携帯には絵文字と一緒にメールアドレスと番号が届いた。
続けて住所、勤め先が一緒に書いて有る。
「ツムラ金属にお勤めなのですね!」
「えっ、ご存じなのですか?」
「知りませんよ!近くなのですか?」
「浜手の方に在ります!大手の下請けですね!中小企業です!僕の様な障害者は中々希望の仕事には行けません!この会社も障害者枠で採用されたのですよ!入社して直ぐに病気が悪化して約一年間休職したのですよ!当時は歩くのが大変で、今は随分良く成りました!」
「大変だったのですね!」と話しながら、この人は何故秘密にしておけば判らないのに、次々話すのだろう?この様な話をすれば女性は引くのに?と思う。
「内緒にして置けない性格で、嫌に成りますよね!」
「いいえ!正直に話して頂いてありがとうございます!私が今まで一度も見合いをしなかったのは、、、、、、、」
「高校生の時に好きに成った彼氏が事故で亡くなったからでしたね!でも一生貴女が独身の姿を彼も喜ばないと思いますよ!」
「何故!その様な事が判るのですか?」
「それは貴女の心の中の問題だからですよ!」
「心の中の問題?」
「彼に操を立てる事で、自分が空蝉だと決めていた!この前も言いましたが空蝉は蝉の成長の証ですよ!落合さんも羽ばたいて欲しいな!」
「あの言葉は胸に刺さりました!抜け殻と成長の証では全く異なりますね!」
そこまで話した時、ハンバーグ定食が運ばれて来た。
今までの話が途切れて食べ始めると「美味しいわ!ネットの評判が良かったから来て正解ね!」
「今日は夕方まで一緒で良いのですか?」
「ええ!用事は有りませんので、そんなに遅く成らなければ、、、、」
「じゃあ、夜は僕がご馳走します!」武史は思い切って言った。
「断られたら、この交際は終わりが近いと自分で決めた一言だった!」
答えずに食べている麻結の顔を恐る恐る見る武史。
デートの始まり
84-018
「良いわよ!でもリクエストしても良いのかな?」
「食べ物ですか?」嬉しそうに尋ねる武史。
「はい!お寿司が食べたいです!」
「良いですよ!」一気に元気に成った武史は、子供の様な顔に成っていた。
その顔を見て麻結は、女性とデートの経験は皆無なのだろうと思う。
もしも伸一がこの様な障害を持っても生きて居たら、自分はどんな事でもしてあげるのに、、、、武史の中にその様な姿を見ていた麻結。
この時、麻結の頭には結婚の文字は存在していなかった。
目の前の男性が哀れで可哀そうに思えて、断る事が出来なかった。
逆に武史はもの凄い優越感の中に居る。
道行く人が振り返る様な美人と一緒に食事をして、映画を観に行く事は少し前なら想像も出来なかった。
「ご家族か親戚の方にも同じ様な病気に成られた方いらっしゃるの?」麻結が不意に尋ねた。
自分でも何故尋ねたのか判らなかったが、口から既に出ていた。
「この病気ですか?誰も居ませんよ!神経痛とかで困っているお婆ちゃんは見ましたがね!」
「突発的ですか?」
「はい!僕もこの病気が判明するまで、三年以上経過していました!近くの医者では判らずに神経痛の薬とか痛み止めしか貰えなかったのですよ!」
「特効薬は無いのですね!」
「だから難病!まだ映画まで時間が有りますね!コーヒー飲みましょうか?」
座って話をしている時は全く障害を感じないが、歩くと前屈姿勢で杖を使うのでかなり目立つ。
麻結は武史の事を特別監察していなかったが、武史は自分の事を色々調べていると思っている。
結婚するには病気が遺伝する事は無いか?と尋ねられたと思う。
帰りも夕食まで一緒に食べると言ったので、自分は気に要られていると勘違いしている。
極めつけは次の言葉だった。
「大森さんは子供が好きですか?私は好きだから最低三人は欲しいな!」って言った事。
武史はこの身体で、一度も遊んだ事も無いので当然童貞で、麻結のその言葉に汗が噴き出した。
「ぼ、僕もこ、こどもは好きです!」慌てて話す武史。
「暑いですか?おしぼり頂きましょうか?」
武史の汗を見て思わず言う麻結。
コーヒーが運ばれて来たのでおしぼりの追加を頼む。
店員が武史の額の汗を見て「暑いですか?直ぐに持って参ります!」と言うとコーヒーを並べて直ぐに急ぎ足で行った。
その後はお互いの仕事の話に成って、麻結が先日の姿で役所に仕事に行くと話して、二人は大いに盛り上がり笑う事が多く成った。
「もの凄く違いますね!女性って化粧で化けられますね!」
「じゃあ、まるで私は化粧をして居なければまるで魅力の無い女ですか?」
「その様な事は有りませんよ!」
「大森さんは私の何処に魅力を感じますか?」
「えっ、全てでは駄目ですか?」
「それじゃ答えに成って居ません!」
「うーん!難しいな!」
「そんなに困る質問ですか?」
「全てが良いので、、、、、、、そうですね!長い綺麗な髪が一番ですね!」
「そう、ありがとうございます!自分でも一番好きなので、、、」
「本当にあの眼鏡スタイルだと、男性は誰も声をかけませんか?」
「殆ど有りませんね!職場には若い男性は少ないのも関係有るのでしょうがね!」
そう言って微笑むと、コーヒーを口にする。
その姿を見つめた武史。
「そんなに見られると恥ずかしいわ!」
「コーヒーを飲まれる姿も美しいです!」
「あら、コーヒーを飲んで美しいって言われたのは初めてですわ!」
「僕はこの身体でしょう?彼女も居なかったから、どの様な話をすれば良いのか判りません!変ですか?」
「大丈夫ですよ!普通に話せていますよ!そう言う私も彼が亡くなってから男性と食事をして、お茶を飲む事も有りませんでしたので同じかも知れません!」
「彼が羨ましいですね!こんなに綺麗な女性に亡くなっても愛されて、、、」
「それは違いますよ!どんな姿に成っても亡くなってしまえば、、、、、、、」急に麻結は天井に目を移した。
「すみません!思い出させてしまって、、、、、」
沈黙の後気を取り直して「そろそろ行きましょうか?」麻結が腕時計を見て言った。
「そうですね!」
「ここは私が払います!」レシートを持って立ちあがる麻結。
「ご馳走様です!」
しばらくして映画館に到着すると多勢の人がホールに溢れて居る。
「凄い人ですね!」
「人気が有るアニメですからね!」
「私映画館でアニメ観るのは小学生以来よ!」
映画の終了が五時って書表示されているので、夕食には少し早い気がする。
しばらくして入場時間に成って二人は劇場へ、武史は生まれて初めて女性と映画を観に来たので興奮気味だ。
それも横に居るのは、行き交う人も振り返る程の美人。
興奮と優越感で言葉を失っている。
カップルが異常に多いが、麻結程綺麗な女性を連れた男性は皆無だと思う。
結局映画の内容は殆ど覚えて居なくて、時々横目で見る麻結の姿だけが印象に残った武史だった。
アプローチ
84-019
映画が終わって劇場を出ると「あっ、沢山電話とメールが届いているわ!」
「電源を切っていたからですね!急用ですか?」気を使う武史。
「自宅からだわ!何度も、、、、少し待っていて下さい!」
麻結は人が少ない方に急ぎ足で向かって、電話をすると浅子が烈火の如く怒った。
麻結は映画を観て居たので携帯の電源を落としていたと弁明をしたが、怒りは収まらない浅子。
電話を終わって戻って来ると「大森さん!すみません!自宅からの電話で直ぐに帰って来なさいと、、、、、、お寿司は次の機会でお願いします!」
「良いですよ!親御さんに心配をさせてしまいましたね!すみません!」
「私がメールでも送って知らせて置けば良かったのですが、、、、、、」
「早く駅に行きましょう!」
「本当にごめんなさい!」度々お詫びの言葉を述べる麻結。
駅の改札まで行くと「今日はありがとうございました!そしてすみません!」お辞儀をしながら武史の右手を持って握手を求めた。
「楽しかったです!またlineを送ります!」
「私もlineします!」
「もう時間ですよ!魚住だから普通ですね!」
「はい!」改札を入ると振り返って何度か手を振る麻結。
武史も照れ臭そうに手を振っていた。
(ごめんなさい!次は必ず!)麻結から直ぐにlineが届いた。
(はい!是非!今日は初めて女性と映画を観に行きました!初体験です!)
武史は恥ずかしかったが事実を書いた。
中学生の時から20歳まで痛みとの戦いで、女性と付き合う事なぞ頭に無かった。
その後は働き出して、若い女性の居る職場では無いので話す機会も皆無。
車で自宅と会社の往復だけで、話をする機会も全く無い。
武史は自宅に帰ると、麻結の自宅の住所と役所の福祉課に勤めて居ると話した。
「我が家の事も話したの?お父さんは年金暮らしとか、武史の会社も?」
「勿論だよ!睦の病院も教えたよ!」
武史が麻結の父親は関西銀行の垂水支店長、弟は大阪エレクトロニクスと云うハイテクの会社だと母に伝えた。
父親の武男が「家柄が良いな、、、、、、、」そして言葉を濁した。
妻の静代が目で合図をしたからだった。
武史が自分の部屋に着替えに行くと「吊り合いがとか言ったら、武史が自分から身を引いてしまうわ、それでなくても身体が悪いので引っ込み気味なのよ!向こう様が決める事で私達には選ぶ権利は無いのよ!」
「そうだな!向こうのお嬢さんの気まぐれに振り回されなければ良いのだがな!」
「私もそれが一番心配よ!あんなに綺麗なお嬢さんが武史の嫁に来てくれたら最高よ!でもね!家族の反対も相当有ると思うわ!」
「既に三回も会っているのにか?」
「最近では親に内緒で婚活サイトに申し込む女の子も多いそうだわ!」
「でも今回の子は特別美人で、最初は写真とまるで異なる格好で見合いに来たのだろう?」
「武史は逆にそれが良かった様だわ!あの写真の女の子なら断っていたって言ったわ!」
「普通は逆だがな?」
「黙って見守りましょう!ただ失恋だけはさせたくないわ!」
母静代はのめり込むと破談に成った時、落ち込む事が怖かった。
一方の麻結も両親に「あの様な男性と三度も会うなんて信じられないわ!」浅子は麻結が帰ると同時に言い放った。
「そうだぞ!お母さんの言う通りだ!あの様な身体は遺伝する可能性が有るぞ!」
「えっ、二人でもしかして私の後を尾行したの?」
「違うよ!先に姫路駅に行ったのよ!直ぐに判ったわ!腰が曲がって杖をついていたからね!」
「そ、そんな、、、、盗み見る何て最低だわ!先方のお母さんも見に来ていた様だけれど、教えて頂いたわ!」
「挨拶なんて出来ないわよ!」
「もういい!」怒って自分の部屋に向かった麻結。
「自宅の住所と勤め先を聞きなさい!銀行で調べて見るよ!」
「そうね!お父さんの会社なら直ぐに調べられるわね!」
「調べる必要も無いが、一応説得材料に調べるよ!薮内支店長の管轄だな!」
「薮内さんなら、ゴルフも一緒に行かれた方ですよね!」
「そうだ!彼の息子の嫁に昔尋ねられた事が有ったな!」
「随分昔ですね!まだ伸一君の事が忘れられないので断りましたね!それから随分時間が過ぎましたが、今も変わらないので相談所に頼んだら、あの様な人と見合いをしてしまう何て、、、、、」
「例の話の方に進む様に祈ろう」
「あまり反対を大きく言えば反抗して結婚そのものを嫌いますからね!」
「それも困る!」
二人は梅宮の次の作戦に期待する事にした。
麻結は武史にlineでお礼を伝えると同時に、来週と次の週は用事が有るので会えませんとlainn で会うのを拒否した。
理由は家族の反対で会い難いのと、これ以上武史に期待を持たせると後戻りが出来なく成ると思ったからだ。
水曜日、魚住駅のホームに見慣れない男性の姿が有った。
大阪の市役所に勤める丸山恭二32歳だ。
梅宮に言われて居ても立っても居られずに、早速有休を取って始発で大阪からやって来たのだ。
スーツを着てネクタイを締めたサラーリーマンの見本スタイルだ。
ホームで早速麻結を見つけると、距離を詰めて同じ車両に乗る準備に入った。
麻結も普段ホームで見る人と異なる人だと直ぐに判った。
プレッシャー
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それにしても不細工な女に見えるな!梅宮さんに聞いてなければ絶対に近寄らない女だ。
背も低いのか?靴も中年の叔母さんの様な感じだな!
髪はウイックを着けているのか?艶が無いな!じろじろと見ながら丁度麻結の後ろに並ぶ丸山。
電車がホームに滑り込んで、下車の人は殆ど居ないので乗車の人だけだ。
大阪の市役所の袋を麻結に見える様に持って近寄る丸山。
麻結には大阪の市役所の人が通勤なのか?今の時間だと完璧に遅刻だと思う程度だ。
だが、明石駅に着くと麻結と一緒に降りる丸山。
改札を出ると直ぐに「すみません!明石の市役所はどちらですか?」と声をかけた。
「市役所に行かれるのですか?」
「はい!」
「私も今から向かいますので、、、、、」
「市役所の方ですか?」
「は、はい!」
「良かった!それではご一緒お願いします!」
厚かましく丸山は麻結の横に付いて歩き始めた。
「何処の課に御用でしょうか?」
「市民税課です!」適当に言う丸山。
「、、、、、、、、、、、、、」麻結は会話を自分からしなかった。
丸山は「大阪市役所の丸山と申します!よろしく!」
麻結は軽くお辞儀をしただけで歩き始めた。
「バスを利用されるなら、あそこからです!私は歩いて行きます」
「じゃあ、僕も歩きます!」
バスは5分程度早く到着するが、麻結は雨降り以外には歩く事にしていた。
何とか話をして付き合う様にしたい丸山。
もし今日切っ掛けが無ければ、今週中にもう一度何処かで偶然を装って会う計画にしている。
二週間が丸山に与えられた時間で、その間に付き合いを始めなければ次の男性もスタートする。
そうなると二人で競う事に成る。
その後二週間でもうひとり参戦するので、最悪三人の戦いに発展する作戦だった。
梅宮も浅子も、三人の誰かに麻結が心を許す事を期待していたのだ。
朝の10時に梅宮が、丸山さんが今日からお嬢さんへのアタックを開始しましたと伝えて来た。
「状況の連絡が有ったのですか?」
「丸山さんは今日大阪市役所を有休で休んで明石に来ていると思いますよ!」
「態々有休で来られたのですか?」
「はい!朝の出勤時間に会われたと思いますよ!」
「積極的ですね!」
「気合が入っていますわ!本人にも後に二人控えていると教えましたのでね!」
「帰りましたらそれとはなしに様子を聞いて見ますわ!」
「悟られない様に注意して下さいよ!」
「はい!気を付けます!」
その丸山は麻結と一緒に歩いて行くまでは正解だったが、同僚が来て麻結はその女性と話をして丸山が話をする隙が無かった。
役所に到着すると「右の通路を進んだ左側が市民税課ですよ!」と手で場所を教えられて終わってしまった。
丸山はその後昼休みの食堂に行ったが、麻結の姿を見つける事が出来なかった。
帰りに会うのも少し変なので、初日は諦めるしか術が無かった。
武史とは毎朝の挨拶をlineでする程度で、新しく会う約束もしてない。
来週の日曜日は友人三人での昼食会が決まっているので、二週連続で会う事は無いのだ。
夏から秋に季節が進み、多少朝夕は涼しく成っていた。
丸山は木曜日再び有休で魚住駅のホームに、前回と全く同じスタイルで立っていた。
次の日曜日から、二番目の男性が参戦して来るので焦る丸山。
児玉大毅は大阪の上場企業に勤める30歳。
三番目の麻生祐樹も大阪で証券会社勤務、33歳だが両親がマンションを所有している資産家の息子。
男性には相手の名前も写真も見て無いので、目の前で会っても判らない。
唯、同じ条件で三人の男性が麻結に接触する事は伝えられている。
いつもより少し遅れてホームにやって来た麻結。
丸山を見つける前に電車が滑り込んで来て、乗り込むと「おはようございます!」と急に背中から声を掛けられて驚く麻結。
「あっ、おはようございます!また役所に御用ですか?」
「はい!先日の書類を訂正してもう一度打ち合わせですよ!」
「ご苦労様です!」
朝出掛ける時に浅子に、今週の日曜日の予定を聞かれて木田美咲と竹原莉子と三ノ宮のレストラン(ボルソー)で会うと話して居た。
昨日梅宮に日曜日の予定を聞かれたので確認した浅子。
梅宮は次の児玉大毅が日曜日なら時間が有るので、当日の予定が判ったら教えて欲しいと頼んでいた。
「三ノ宮なら偶然を装うのは簡単ですね!」児玉は梅宮から聞いてチャンスだと思った。
丸山は何とか麻結と会話を試みるが、明石駅に着くと同僚が直ぐに見つけて麻結の近くに来てしまう。
「先日もお会いしましたね!」同僚の井上真知子が嬉しそうに丸山に話しかけた。
「丸山さんで、大阪の市役所にお勤めなのですよ!」
「こちら井上真知子さんです!」と紹介する麻結。
真知子は好みの男性だったので、縁が有ると勝手に思い込み話をしょうと話しかける。
そこに麻結に武史からのおはようlineが届いて、携帯に目を向けてしまった。
完全に丸山の目的は達成されないが、ここでこの同僚と仲良く成るのも今後の為に成ると思い始めた。
目的が異なるので気楽に話せる丸山だった。
乱入
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「丸山さんって感じの良い方ですね!落合さんのお知り合いでしたか?」
昼休みに麻結の処に来た井上真知子。
「どうしたの?私一度月曜日に電車で会っただけよ!」
「そうなのですね!それじゃ私がお付き合いしても問題有りませんね!」
嬉しそうに言う真知子。
「問題ないわよ!誘われたの?」
「は、はい!連絡先交換して欲しいと番号を教えて頂いたのよ!」
「えっ、あの後に会ったの?」
「私の職場に来られたのですよ!」
「良かったわね!大阪の市役所の人だから、、、、、」そう話しながら麻結は急転直下で付き合う話に進んだ事に驚いた。
真知子は自分より三歳若いが、それ程男性にもてる様には見えなかった。
違和感が有ったが、取り敢えず付き合う事に賛成をすると、真知子は喜んで職場に帰って行った。
後日この真知子に食事誘われる事に成るとは、考えても居なかった。
武史は母の久代に「今週も会ってないのに、来週も会わないの?」気を揉む。
「来週の日曜日は高校時代からの親友との月一の懇親会だって」
「あの子の同級生なら既に結婚している子も居るわよね!」
「三人の内一人は結婚しているって聞いたよ!」
「メールでは話をしているのね!」
「まあーね!でも結構家では風当たりが強い様だよ!」
「反対されているのね!でもその様な話を武史にするって事は、気が有る証拠だよ!脈有りだわ!」そう言って喜ぶ久代。
麻結は衝撃を少なくする為に、家庭の事情を話しているのだが、、、、、、、、、
日曜日、麻結は三ノ宮のレストラン(ボルソー)に集まる。
早速、麻結に質問の嵐
莉子が「お見合いの感想は?」
「電話でも話したけれど、真面目な人よ!身体が悪いから殆ど遊んでいない可哀そうな人ね!」
「同情愛ね!」美咲が言う。
「まだ愛までは行ってないわ!」
「遊びで付き合ったら駄目だよ!多分一途な人だから麻結に捨てられたら自殺するかもよ!」
「えーー私からは断らない様にしているのよ!」
「それが良くないのよ!思い込み易いのよ!」
「だから家族に反対されている様な話は伝えたわ!」
「家族に反対されても自分と付き合ってくれていると、良い方に考えるわよ!」
「結婚する気が無かったら、早目にお別れするのが良いわよ!」
「私、今の処結婚は考えて無いわ!」
そんな話の最中に横のテーブルに一人の男性が座った。
大阪の上場企業に勤める児玉大毅が店内を見廻して、ようやく麻結を見つけたのだ。
本当に美人だな!何とか切っ掛けが欲しいな!と考えながらメニユー表を手に取った。
耳を傾けると結構会話が聞こえるが、麻結の声は少し遠いので聞き取り難い。
顔が見えるので我慢の児玉だ。
三人の会話に聞き耳を立てる。
「でも断り方に悩むわ!」
「麻結は優しいからね!」
「情にももろいわよ!はっきり言った方が良いわよ!」
「昔の彼氏が忘れられないから、ごめんなさい!って言えば?」
「それが一番かも知れないけれど、今までの生活で随分心を痛めているから心配だわ!」
「心配って?」
「私がその様な事を言ったら彼自殺するかも知れないわ!」
「えー自殺?それは困るわね!」
「じゃあ、どうするのよ!ボランティアで結婚してあげるの?」
「、、、、、、、それでも良いかな!」
「えーーー」
「うそーーー」
「だって、伸一が死んだ時、私も死んだからね!それでも悔いはないわ!」
その時、横の席で立ちあがって「そ、それは駄目でしょう!」と大きな声で言う児玉。
「えーー貴方誰よ!」背中で立ちあがった児玉に驚いて、横に逃げる様に移動する莉子。
「ぼ、ぼくは、、、、児玉って言います!」
「木霊?」
「誰?」
「美咲!知り合い?」
「麻結の知り合い?」
二人共大きく首を振って三人が身体を寄せ合う様にしている。
「何処の何方?」
そこへレストランの従業員が料理を運んで来た。
「ぼ、僕が全てご馳走します!」
「何故?いきなり立ちあがって、変な事を言わないで下さい!」莉子が尋ねた。
「誰の知り合いなの?」
「知らないわ!」
「私も初めて見ました!」
「児玉さんでしたね!どなたかと間違えて居ませんか?」
「間違えて居ません!僕は落合さんに見合いを申し込んだ者です!」
「えーーーーー」驚く麻結。
料理を取り敢えず並べ始める店の店員。
「良いですか?」遠慮しながらテーブルに次々と皿を置く。
「あっ、お母さんだわ!ここの場所聞かれたから、児玉さんに教えたのね!そうでしょう!」
「、,、、、、、、ち、違います!偶然です」三人の話に興奮して飛び出した児玉は困り果てていた。
「こんな偶然有り得ないわ!」そう言うと携帯を出して電話をする麻結。
乗り気の美咲
84-022
「お母さん!児玉って人にレストランの場所を教えたでしょう?」
「いきなり、何の話よ!」
「今三ノ宮のレストランで困っているのよ!児玉って人が私達のテーブルに来て、、、、」
浅子は直ぐに状況が飲み込めたが、何故その様な事に成ったのか?咄嗟には理解出来なかった。
「、、、、、、、、、、」
「何も言えないって事は、お母さんなのね!」電話を切ると「母にこの場所を教えて貰ったのね!そうでしょう!」
「実は、、、」
「そんな場所に立たれると変だわ!座って下さいよ!」
児玉はボックス席の隅に座った。
咄嗟に色々な事を考えて、最善の答えを考えて口に出した。
「僕は落合さんのお母さんに頼まれてここに来ました!児玉大毅と言います!怪しい者では有りません!」
「充分怪しいわ!三人の会話を盗み聞きして、乱入するなんて!」
「は、はい!それは謝ります!本当は落合さんの顔を見るのが目的だったのですが、先程のボランティアの話に興奮してしまい乱入してしまいました!」
「私が見合い話に耳を貸さないから、実力行使に出たのね!」
「あっ、そうなのね!今の見合いの相手から強引に引き離す為に?」莉子が言った。
「、、、、、、、、、」無言の児玉。
「私達先に食事をします!元の席に戻って貰えませんか?」
児玉はレシートを持って元の席に戻ろうとして「ごゆっくり!勘定は私が、、、、」
「ごちそうさまー」莉子が席を立つ児玉に言った。
児玉は自分の席に戻るとカレーライスを注文した。
「ラッキーね!」
「高いのに三人分払ったわ!」小声で話しながら食べ始める三人。
食べ乍ら麻結は両親への怒りが込み上げていた。
「中々良い男ね!」美咲が小声で言った。
「そう?」殆ど無視の麻結。
「私もそう思うわよ!」莉子も美咲の意見に同調する。
「美咲タイプならどうぞ!多分お母さんが選んだ人だから、一流企業で大学も国立よ!」投げやりな麻結。
「そうなの?」
「もうひとつ言えば家柄も良い筈よ!」
「麻結!譲って!」
「どうぞ、全く興味ないわ!」怒った様に言う。
丁度児玉は注文を終わってトイレに行った様だった。
児玉はトイレで梅宮に一生懸命詫びの電話をしていたのだ。
勢いで出しゃばってしまったが、梅宮に聞こえたら必ず叱られるから事前に伝えた。
梅宮は呆れて落合さんに自分が連絡すると怒って電話が切れた。
梅宮が浅子にお詫びの電話をかけると、逆に中々大胆な方ですねと笑って上手く運ぶかも知れないと喜んだ。
麻結の性格を知っている浅子は、文句を言って来たが興味を持ったと解釈した。
だが現実は美咲が児玉に興味を持ったので、状況は一変していた。
食事が終わると早速美咲は隣の席に行って「ごちそうさまでした!」とお礼を言った。
「児玉さんはこの近くの方ですか?」
「いいえ!大阪です!」
「本当に麻結のお母さんに頼まれて来られたのですか?」
「写真を見せて頂いて、一度お会いしたいと申しましたら、、、、、、」
「このレストランに行けば会えますよ!と言われたのね!」
「は、はい!」
「でも先程の麻結の過激な発言に声が出てしまったのね!」
「そ、そうです!結婚はボランテイアでは無いでしょう?」
「でもね!麻結は難しいわよ!」
「どうしてですか?お母様は僕の事気に要られています!」
「先程も麻結が言っていたでしょう?昔の彼氏が忘れられないのよ!」
「去年別れた彼氏ですか?」
「違うわよ!もう12年も前に亡くなったの!」
「えーーー12年前なら高校生ですよ!そんな昔の彼氏を今も?信じられない!」
「貴方が信じなくても事実なの!麻結は一途なのよ!だから貴方が頑張っても相手に成らないのよ!」
「でも今、見合いをしてお付き合いをされているとか?」
「相手の人の事を考えると断れないと話して居たのよ!」
「断るのは簡単だろう?」
「相手の男性身体障害者の方なのよ!だから困っているのよ!」
「何故、見合いをしたのですか?」
「家族に見合いをする様に強要されたから、反発したのね!」
「美人から申し込んだら、相手は断らないだろう?」
「それが少し違うのよ!普段の麻結は地味な服装で、大きな眼鏡とマスクに髪もウイックにして化粧も無しなのよ!」
「ああーそれ聞いたな!役所スタイルって呼んでいる様だね!」
「なのに相手の男性は気に要ったらしいのよ!形だけの見合いで終わる予定が狂ったのよ!」
隣の席では麻結が莉子に「相手から断る様にするにはどうしたら良い?」
「麻結がボランティアで結婚しないなら、、、、、、、自分では断りたく無いのでしょう?」
「う、うん!」
「困ったわね!役所スタイルが好きと云うなら、顔とか服装では無理ね!」
「そうなのよ!でも傷つけたく無いのよね!」
「麻結の何処が好きなの?今の麻結なら美人だから好きって判るけれど、役所スタイルでも良いのでしょう?」
「そうなのよね!、、、、、、一番好きなのはこの髪だと言ったわ!」
「最初の時はウイック着けていたの?」
「着けて無かったわ!ポニーテールにしていたわ!」
「麻結の髪は綺麗からね!」莉子が羨ましそうに麻結の髪に視線を送った。
葛藤
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しばらくして「私達もう買い物に行くわよ!美咲はどうするの?」
児玉とコーヒーを飲みながら喋っている美咲。
「児玉さんね!大阪金属に勤めて居らっしゃるのよ!大手の営業だって!」
「そう、まあ二人で仲良くお話を続けて!莉子❕行きましょう!」
「児玉さん!ご馳走様でした!美咲をよろしくね!」莉子は軽くお辞儀をして麻結の後を追いかけた。
「ほんとに、お母様って嫌に成るわ!」店を出ると早速愚痴る麻結。
「先程の児玉さん!大阪金属って言ったわよね!麻結の見合いした彼もツムラ金属でしょう?何か関係有るのかもね!」
「関係ないでしょう?金属って色々有るから、、、、、」
それでも気に成り始めた麻結はlineで武史に尋ねた。
しばらくして(大阪金属って大手でしょう?)
(何かありましたか?)
(関係有るの?)
(有りますよ!下請けの仕事貰っていますよ!親会社位の力が有ります!)
(営業の人で知っている人いますか?)
(僕は殆ど話をしませんが、会社には営業の人がよく来ていますよ!)
麻結はもしかして児玉って人も営業だから、ツムラ金属に行くのかも知れないと思った。
「どうだった?」
「会社の名前位は知っている様だわ!」誤魔化す麻結。
「美咲!置いて来たけれど大丈夫かな?」
「食事ご馳走に成って得した気分だけれど、お母さんのお節介は嫌に成るわ!」
「娘の気持ちが判らないのよ!麻結は見合したくなかったのでしょう?」
「勿論よ!でも障害者の大森さんには悪い事をしたわ!どうしたら良いかな?」
「諦めて貰う方法か?困ったわね!」
「言葉で言えないなら態度で示せば?」
「態度で示す?」
二人が丁度商店街のアーケードを歩いていた時、莉子が思い付いた。
「大森さんが褒めて好きだと言った髪を切ってしまうとか?」
「えーーーー、嫌よ!伸一も綺麗って褒めてくれたのよ!高校生の時から伸ばしているのよ!」
「伸一君が麻結の髪が背中まで伸びたら、結婚式で日本髪を結いたいだよね!何回聞いたか!そう言って12年間同じ髪型だよね!」
「、、、、、、、、、、、、、」遠い昔を思い出す麻結の目に涙が滲む。
「ごめん!冗談よ!」慌てて訂正する莉子。
「どれ位の髪にすれば諦めて貰えるかな?」
「えー、本気で考えているの?」
「だって言葉で断れないから、態度で示すのでしょう?」
「もう忘れ様❕行こう!」麻結の手を引っ張って美容院の前から移動させようとした。
「ショートボブ?もっと短い?」
「変な事を言っちゃったわ!麻結行こう!」
「美咲の様な長さならシャンプーも楽よね!」
「あれはショートカット!今日の髪はベリーショートよ!昨日の夜行ったらしいわ!麻結には似合わないわ!」
引っ張ってアーケードを歩く二人。
「私は結婚したくない!大森さんに断れない!見合い話が殺到する!似合わない様にすれば見合い話も少なく成るわね!」
「髪型だけじゃないのよ!顔立ちも綺麗から申し込みが多いのよ!」
「でも顔と合わないって美咲が先程言ったわよ!髪型変えたら良いかも知れないわ!」
「駄目だ‼ノイローゼだ!」呆れる莉子。
「そう、ノイローゼに成りそうよ!ボランテイアで結婚しても良いのよ!でも誰も賛成してくれないわ!大森さんに会う事も難しく成っているのよ!断ると彼が傷つくしね!困ったわ!二週間会わない様にしたけれど、来週は会わなければ駄目なのよ!」
「麻結は優しいから、、、、困ったわね!」
「似合わない髪型にして会おうかな!無言の訴え!それは家族に対してもよ!今日の児玉さんの様な事を今後も考え来るわ!」
「今日の児玉さんには驚いたわね!」
「お母さんなら考えそうな事よ!大森さんと別れさせる為にね!」
「お母さんは本気で大森さんを麻結が好きでは無いと見抜いているのね!」
「多分!見合いをさせられるのが嫌だから選んだと思っているわね!」
「来週の日曜日がリミットなのね!」
「そう、困ったわ!」
「日曜日に結論出さないと駄目なの?」
「そうではないけれど、大森さんに悪いでしょう?家族も断れと必ず言い始めるわ!それも強くね!」
「そうなると大森さんを傷付けるわね!」
二人は商店街のアーケードを歩きながら話し込んで、買い物の店を通り過ぎていた。
また目の前に美容院の店が目に飛び込む二人。
「やはりイメチェンしか無いかな?」
「止めた方が良いと思うけど!そんなに綺麗な髪は中々居ないのよ!私も努力しているけれど難しいのよ!」
「空いているかな?」足早に美容院の方に歩いてしまう麻結。
「麻結!止めなさいよ!」
衝動的に髪を切ると思った莉子が慌てて後を追った。
ガラス越しに中を見て「一杯だわ!」と諦めた様に振り返った。
「そんな事考えるのは駄目だよ!家族ともっと話をして、麻結に一番良い道を選ぶべきよ!」
夕方自宅に向かう麻結の心は暗かった。
武史の事は別に嫌いでは無かったが、家族の反対を押し切ってまで付き合う事を躊躇う。
だが彼を傷つけたくないので、身を引いて欲しいのだ。
自分の自慢の娘が変な障害者と見合いをして付き合い始めたので、邪魔をする為に児玉って男を、、、、、それを考えただけでも腹が立つ。
おまけにその男は大森さんの会社の親会社の様な事を聞いて、何と云う妨害をするのか?と思った。
大森さんに知られたら、大きなショックに成るのは間違い無い。
その様な事を考えながら自宅に帰った麻結。
迷いと決断
84-024
「麻結!お帰り!ごめんね!こんな事に成るとは思わなかったわ!」
「何を考えているの?莉子達に笑われたわ!」怒った。
「麻結の顔が見たいと云うから、見るだけならって場所を教えたのよ!」
「私の顔を見る為に、大阪ら来たの?あの児玉って人!」
「そうだよ!顔を見てから正式に見合いを申し込みたい様だったわ!」
「私が見るなら判るけれど、相手にだけ見せるのって変よ!それがお母さんの差し金だと判って、私大ショックよ!」
「ごめんね!申し訳ない!でもね!麻結も悪いわよ!私達に内緒で障害者の人と見合いするなんて!」
「差別発言は良くないわよ!」
「それは世間での話よ!自分の娘が結婚と成れば当然反対よ!遺伝もするかも知れないのよ!自分の子供が苦しむのを見たいの?」
「遺伝しないって聞いたわ!」
「判らないでしょう?だから難病なのよ!これ以上深入りせずに断りなさい!それより今日の児玉さんはどうだったの?」
「良い人だって、美咲が言っていたわ!」
「ほら、ごらんなさい!他の人が見ても良い人なのよ!」
「だから付き合うって!」
「えっ、お付き合いするって話に成ったの?」大喜びの浅子。
麻結は呆れて自分の部屋に駆け上がった。
智光が風呂から出て来ると、浅子が「今日の男性とお付き合いをするようですよ!」嬉しそうに伝えた。
「大阪の男か?」
「大阪金属の営業の人ですよ!最初の丸山さんは駄目だった様ですが、今度は強行手段が功を奏した様だわ!」
「あの姫路の男は断るな!」
「サードステージですから、ペナルティとかを請求される様ですがね!」
「金の問題ではない!一生の問題だ!」
二人は麻結の話を完全に誤解して喜んでいた。
武史の家では「睦が今週の日曜日帰って来るらしいわ!」久代が嬉しそうに話した。
「久しぶりだな!」父の武男も嬉しそうに言った。
「夜勤明けの日曜日に帰って水曜日まで居るらしいわ!」
「久々だから美味しい物でも食べに行くか?」
「睦がね!帰ったら武史の彼女を見たいって言うのよ!でもまだその様なお付き合いに成ってないって言ったら、相手の家とか見て来たの?って、聞くからまだよ!と言ったら帰り道だから見て来るだって!」
「睦は余程心配なのだな!」
「だって三回目のデートまで進んだのは初めてだから、興奮しているのよ!」
「確かに!顔を見たのはお前だけだからな!」
「いいわよ!って、住所と写真送ってあげたのよ!そしたら、本当に美人だね!って言ったわ」
「家だけでも一度見て置くべきか?」
「どうなるか判りませんから、私達はもう少し後でも良いでしょう!」
「そうだな!本当に纏まるとはまだ思えないからな!相手は銀行の支店長の娘さんだ!それに美人だ!」
「まあ、睦にも多少は夢を持たせてあげましょうよ!いつもお兄ちゃんの見合い、見合いって言うのだから、、、、」
「一番心配していたからな!」二人は昔を思い出していた。
朝早く起きた麻結は「今日のデートで結論を出そう!」と飛び起きた。
「美容院に行ってから、デートに行って決着付けて来るわ!」
「またデートの前に行くの?」
「そうもう一度変身して終わりにするのよ!多分見合いも終わりにするわ!」
「決めたのね!あの人に!」
自転車に乗ると駅前に向かう麻結。
いつもの美容院に入ると「落合さん!おはよう!ちょっと待ってね!」
先客がひとり座って居る。
時計を見ながら、充分時間は有るから大丈夫だわ!そう思いながら週刊誌を読み始める。
すると最近流行りのショートカット例の特集が、結構多くのページ数に渡って掲載されている。
「こんなカットだと、、、、駄目かも?」
「これも綺麗だわ!」頁をめくりながら独り言を言っている自分。
雑誌から目を店内に向けると、先程の客がショートカットにしている。
「最近流行りなの?」
最初の長さは見て居なかったけれど、随分短い髪型に成っていた。
手鏡を持って後ろの様子を前の大きな鏡に映し出すと「もう少し短くして貰えますか?」と客が話して居る。
今でも宝塚の男役の人よりもの凄く短いと思う。
再び雑誌に目を移すと、異なるページはもっと短い髪型の特集に成っていた。
「これって男性の髪型よね!流石にこれは無理よ!」
再び先程の客を見ると、刈り上げ状態の後頭部が目に入った。
「わあ―凄い!」思わず声を出してしまい再び雑誌に戻った。
頁をめくると今度は女性のスキンヘッドの特集記事に成っている。
「美容院でスキンヘッド出来ないわよね!でも綺麗わ!」
二ページ程めくると店主が「落合さん!どうぞ!」と笑顔で呼ぶ。
「あれ?先程のお客さんは?」
「今帰られたわよ!今日もデート?」
「は、はい!」
「シャンプー台に、、、、」
考え事をしていると、シャンプーが終わって椅子に座って居る麻結。
「少しイメチェンをしたいな!って思っています!」
「どの様に?」
「あの、雑誌の様な感じに、、、、出来ますか?」
店主は雑誌を取りに行ってっ戻ると「どの写真なの?」と頁をめくり始めた。
妹
84-025
雑誌の写真を指で示す店主。
ここの美容院は暇な時は店主ひとりで営業をしている。
「落合さん!こんな髪型にするの?大変身よ!何か有ったの?」
「みんなうるさいから、静かにする為ですわ!」
「意味不明ね!大変身だわね!でも似合わないわよ!」
「はい!早く刈って下さい!決心が鈍るから!」
「綺麗な髪なのに勿体ないわね!バリカンで一気に刈り上げるわね!」
「はい!」目を閉じる麻結。
電気バリカンのスイッチが入ると緊張する麻結。
「ガーガー」「ガーガー」耳の傍で大きな音がする。
どんどん頭が軽く成る気がする麻結。
しばらくして音が消えると、目を開いた麻結の目に飛び込む鏡の中の自分の姿に驚く。
「男に成っちやったわ!」
しばらくして姫路駅の改札を出る麻結。
武史の姿は直ぐに麻結には判ったが、武史は麻結が判らない。
「大森さん!お待たせ!」後ろから肩を叩いた麻結の姿に驚いて言葉を失った武史。
「驚いたの?」
「僕はそんな姿の落合さんは嫌いです!さようなら!」踵を返した武史。
「ごめんね!さようなら、、、、、」涙が光った麻結。
「ごめんね!ごめんね!」自分の声で目が覚める麻結。
「あっ、夢か、、、、、凄い髪型だったわね!変な夢だったわ!でも大森さんはさよならしたわ!」夢を思い出す麻結。
時計を見るともう朝だ!少し早いけれど起きよう!
洗面台の鏡に映る自分の髪を見ながら「切るかな?」と口走って歯磨きを始めた。
昼前、武史から日曜日の打ち合わせのlineが届いた。
麻結は朝美容院に行くと決めたので、昼食で会ってその後姫路城にでも来ますか?と送った。
武史は麻結が城に行きたいのだと思って、歩き廻るのは不得意だが承諾した。
自宅に帰ると嬉しそうに浅子が、児玉さんから会いたいと連絡が有ったと話した。
「えっ、私なの?」美咲と付き合うと思っていたから、この話には驚く。
「お前の長い綺麗な髪に惚れたらしいわ!」
「また髪に惚れたの?いよいよだわ!」
夢が現実に成る様な気がする麻結。
夢の中の自分の様には出来ないけれど、少なくとも印象を変える必要が有ると思う。
夢の中の髪型は男性の角刈りの様な頭だったので、流石にそれは出来ない。
確かに麻結の清楚な容姿と煌めく様なロングの黒髪は、ベストマッチ以外の何物でもない。
浅子も我が子を褒められて、その通りだと思っている。
「誰も思う事は同じなのですね!」智光に児玉から申し込まれた経緯を話した。
「我が子ながら美人だ!特に髪は絶品だと思うな!」
「誰に似たのでしょうね!私はそれ程綺麗な髪では有りませんよ!」
智光の頭を見ながら言うと「俺も白髪が多いからな!」そう言って笑う。
「麻結は児玉君とは会うのか?」
「美咲さんが何とか言って二階に行きましたけれどね!」
「今週の日曜日姫路へ行くのか?」
「相手から断って欲しいのでは?そんな気がしますよ!」
「あの子は優しいから自分から断れないのだな!」
「相手も障害者の方ですから、気を使っているのだと思いますよ!」
「成る程!結婚の意思は無いのだな!」
「多分、伸一君の事が忘れられないのですよ!私達が見合いを勧めたから、あの青年と見合いしたのでしよう?」
「結婚の意思ないからか?」
「そうですよ!可能性の無い人と見合いをすれば、私達も反対するからでしょう?」
「もう12年だぞ!忘れて欲しいな!」智光はしみじみと言った。
見合いをした相手が、自分達も勧める男性なら直ぐに結婚まで進むが、武史では進まないのを承知で付き合って居ると解釈していた。
日曜日、意を決して麻結は自転車で美容院に向かった。
同じ時間、武史の妹の睦も大阪から魚住を目指して、西明石駅で普通電車に乗り換えて向かっていた。
銀行の支店長の家だから、結構立派なのかな?両親と出会ったら、私不審者ね!
本人は写真を見たから直ぐに判るけれど、今の時間ならまだ合わないわね!昼に姫路駅だから家を出るのは11時過ぎだわ!そんな事を考えていたら駅のホームに滑り込む電車。
「小さい駅ね!降りるのは初めてかも知れないわ!」
スラックスにブラウス、上にジャケットを着て手土産の袋をぶら下げている。
身長は165センチ程で、髪はセミロングで後ろに纏めてバレッタで留めている。
殆どヒールは履かない。
それは兄と会う時、見降ろしたくないからだった。
それでも今では兄の身体は曲がって、睦の胸の高さしか無かった。
(お兄ちゃん!今魚住駅に着いたよ!今から家を見て来るからね!もしも本人に出会ったらどうしょう?名乗る?)
(当然だろう!名乗らないと次会った時に困るだろう?)
(でも何て言えば良いかな?)
(美人の顔を拝みに来ましたって云うか?)
(改札出るわ!会わない事を祈るわ!言い訳困るから)
(駅から遠いのか?)
(タクシーでワンメーター程よ!調べたのよ!)
(健闘を祈る!スパイ君!)
(OK)
二人のlineが終わって、睦が改札を出るとタクシー乗り場を目で追った。
北口からタクシーに乗れば直ぐだと調べていたが、タクシー乗り場にタクシーの姿が無かった。
右の方に目を移した時、長い髪を風に靡かせて自転車で向かって来る女性に目が止まった睦。
危機一髪
84-026
輝いて見える自転車の女性は駅前の街路樹の横に自転車を止めた。
そして、髪をかき上げると睦の方を見た。
「あっ、あの顔!」小さく叫んだ睦。
その時、一台のタクシーが駅前のロータリーに来たが、既に睦の目には入って居なかった。
間違い無いわ!落合さんだわ!何処へ行くのかな?目で追う睦。
自転車を置く目の前に小さな美容院が見えて、麻結は真っすぐ店の方に歩いて入った。
睦はお兄ちゃんに会う為に美容院で髪を?でも綺麗な感じだったな?不思議に思いながら美容院の方向に歩いて行った。
まさか兄と別れる為に、髪を切りに入ったとは思っても居ない睦だ。
小さな美容院の前まで来たが、いきなり入って兄とお付き合いをして頂いています!とも言えない。
偶然を装って入るのも、言い訳に困ると考えながら扉の横のガラス越しに中を見た。
小さな美容院で大きな鏡が目に飛び込む。
そこに映し出されているのは、知らない中年の叔母さんの顔だった。
出来上がりを見せているのか、鏡で後頭部を映して確認の様だ。
あの落合さんは何処だろう?見える範囲で探すが見えない。
睦は本人に会ったので、自宅に行く必要は無い様に思って美容院の前で立って、時々中の様子を見る。
しばらくして、先程の中年女性が出て来た。
ここで待って落合さんが出て来た時に挨拶をするのも変な話だ。
でも本人と出会って今更自宅を見に行くのも?どうするか?時計を見ると、10時前だ。
一時間以上時間が有るのに?美容院で不思議に思って再びガラス窓を覗く睦。
(お兄ちゃん‼魚住駅前で落合さんに会ったよ!)
(えーーいきなり会ったのか?挨拶したのか?)
(駅を降りたら、彼女が美容院に入って行ったから、まだ何も話をしてないわ)
(美容院へ?随分早いな!混んでいる店か?)
(昔からの馴染の店の様よ!客は今誰も居ないと思うわ!彼女だけかな?)
lineをしながらガラス窓を見ると、ようやく麻結の後ろ姿が目に飛び込む。
シャンプーをしていたのかな?睦の角度から時々麻結の顔が鏡に入り込む。
手振りで何かを相談している様に見えて、その手の位置が肩より上で耳の辺りに有る。
(カットに来た様だわ!それも極端に短くする様に見えるわ!)
(えーー、そんな!睦止めてくれーーー)叫ぶような武史のlineに只ならぬ事を感じた睦。
扉を開くと勢いよく中に入った。
櫛で長い髪を梳き始めた店主が「いらっしゃいませ!」と睦に向かって笑みを投げた。
「髪を切るのですか?」いきなり後ろから言ったが、麻結は自分の事では無いと思って反応が無い。
店主は「しばらくお待ち下さい!この方が終わりましたらに成ります!」
睦の方を向いて言った。
右手にハサミを持って、左手には櫛を持っていた。
「落合さん!髪を切るのは止めて下さい!」少し大きな声で叫ぶ様に言う睦。
その言葉に驚いて振り返る麻結。
「貴女どなた?私は貴女の事知らないわ!誰かと間違っていらっしゃるの?」麻結は座ったままで椅子を回転させている。
カットクロスが首に巻き付けられて、これから散髪の時だった。
「私は大森武史の妹です!兄は貴女が家族に反対されて困っているだろうと、話して居ました!今日会う時、兄を失望させて別れる予定でしょう?」麻結の心を見透かした様な言葉。
「えっ、妹さん?何故ここに?」麻結は武史の妹が目の前に突然現れて、驚きで状況が判らなかった。
「お兄ちゃんはあの身体だから、見合いをしても殆ど断られるの!最近では申し込むだけで見合い迄進まないの!今回落合さんに申し込まれて困惑していたけれど、三回も会えたと喜んでいました!でも兄は落合さんと結婚出来るとは思って居ません!家庭の事情で自分と見合いしたと思っています!兄は自分から断りませんよ!落合さんが坊主で現れてもね!でも兄は落合さんの髪がとても綺麗で素敵だと褒めて居ました!私にお前もあれ位綺麗な髪に出来ないのか?と冗談を言いました!」睦の必死の言葉に麻結は返す言葉が無かった。
「だから言ったでしょう?麻結ちゃんの髪は特別綺麗から、切らない方が良いと!恋人との思い出も一杯詰まっているでしょう?」店主は切る事に反対をしていた様だ。
「、、、、、、、」
「髪が伸びたら結婚式で日本髪を結うって、高校生の時から話して居たのよ!良かったわ!止める人がいらっしゃって、麻結ちゃんも本当は切りたくなかったのよ!そうでしょう!」明子は説得する様に言った。
「うん!」と頷いた麻結の顔は涙で濡れていた。
「今日兄に会ったら、正式に断って下さい!兄は断られても怒りません!それと失望もしません!きっと自分に与えられた試練だと思う筈です!十数年前は全く歩けずにトイレに行く事も大変だったのです!その時の苦しみに比べたら楽だと言う筈です!よろしくお願いします!」深々とお辞儀をすると睦はそのまま店を出て行く。
「ま、待ってーー」
首に巻き付けたカットクロスのまま睦を追いかける麻結。
自分の身勝手で見合いをして断る為に考えた事を恥じる。
外に出ると、睦が駅の方に走って行くのが見えた。
麻結は戻るとカットクロスを外して店主にお辞儀をした。
「早く行きなさい!」そう言って見送る明子。
泣いていたからトイレに駆け込んだと思って向かう麻結。
自分も涙で顔が崩れているのだが、駅のトイレに走り込む。
鏡に向かって睦が「お兄ちゃん!また駄目だよ!」と小さな声で言った。
その鏡の中に麻結の顔が入って来た。
「私こそ、ごめんなさい!今日お兄さんに会ったらお詫びを言います!まだ時間が有るので、近くでコーヒーでも飲みませんか?」
「いえ、このまま姫路に帰ります!」
「そんな事を言わないで、話がしたいのよ!良いでしょう?」強引に誘う麻結。
近くの喫茶店に入ると、化粧を直して来ると言ってトイレに向かう麻結。
睦は武史にlineを送った。
(お兄ちゃんの予想通りだったわ!でも髪は切らなかったよ!)
(睦!ありがとう!彼女も喜んでいるよ!また振り出しだな!)
兄の寂しそうなlineを開いた状態でぼんやりしている睦だった。
不公平な社会
84-027
「お待たせ!コーヒーで良いかな?」戻って来た麻結は明るい顔に成っていた。
「はい!何を?」
「兄に髪を切るのを思いとどまって貰ったと言いました!」
「そう、他の男性も私の髪を褒めるのよ!私の友人と付き合うと思っていた人も、私が邪魔をした様なのよ!それで思い切って切ろうと思ったのよ!それもショートまで切ろうと思ったのよ!」
「凄く短く成るのですね!」
「夢では角刈りでお兄さんにさよならって言われたわよ!」
「兄は先程も言いましたが、スキンヘッドで会っても自分から別れませんよ!」
「そうなのね!」
「自分の身体の事を考えると、奥さんに成って貰えるだけで嬉しいので、他の事は考えていないのです!今日落合さんに会って、本当に綺麗な人だったので驚いています!」
「ありがとう!お兄さんには本当に悪い事をしたと後悔しています!でも見合いサイトの写真に魅かれたのは本当です!両親が30歳までに結婚させ様として婚活サイトに登録してしまい、私の意見も聞かずに次々と見合いの相手を決めるのです!それで自分で探すと言ってお兄さんに白羽の矢を立てました!お付き合いが進んでも家族が許さない事は判っていたので、、、、、、、本当に申し訳ありませんでした!」
お辞儀をする麻結。
「高校生の時ですか?彼と別れたのは?」
「そうです!私が高校三年の夏休みです!彼氏は大学一年生で、バイクの事故でした!」
その時、コーヒーが運ばれて来た。
「その頃、お兄ちゃんは歩く事も困難な痛みで苦しんで居ました!」
その言葉は麻結の胸に突き刺さった。
自分は恋愛、大森さんは歩く事も困難な痛みに耐えていた。
恋愛なんて夢のまた夢世界だったのだろう?
「私の家族は貧乏です!銀行の支店長さんの家とは違います!兄が病気に成った時、毎月薬代が30万以上程必要だったのですよ!僅かな蓄えも一瞬で無く有ったと母がぼやいていました」
「そ、そんなに薬代が?」
「保険が使えない薬だったのです!国からの補助も無いので、、、、、」
「障害者なのに?」
「兄の病気は障害者認定がされなかったのです!唯、その当時東京都だけは助成金を出していました!家の中でお兄ちゃんだけ東京で生活するか?と話す事も度々有りました!私が付いて行くって言うと兄は睦が来たら一層疲れる!と苦笑いをしていました」
「今は認定されたのですね!」
「数年後、全国的に病気が認定されて医療費も少なく成りました!保険も使えますから、楽に成りました!当時は本当に大変だったのですよ!」
「、、、、、、、、、、、」
麻結は睦の話を聞いて、自分の事を恥ずかしいと思っていた。
12年も彼氏の事を思って生きて来て、自分の為に武史を利用した事。
「妹さんは何故魚住に?」
「我が家の家族は誰も落合さんの家を見に行きません!多分この縁談は破談に成ると決めているのでしょう?それで私が夜勤の帰りに見て来ると言って、強引に来たのです!すみません!」
「私の両親は多分行ったと思います!」
「それでも落合さんの彼氏は喜んでいるでしょうね!12年間も変わらず愛されて、、、、」
「私だけの思いですから、、、、、、お兄さんに私は空蝉だと笑われました!」
「空蝉って蝉の抜け殻でしょう?」
「蝉が子孫を残す為に旅立った抜け殻だから、貴女も飛び立ちなさいって言われたわ!」
「兄らしいですね!だから立ち直れるのですよ!だから落合さんも遠慮なく兄と決別をして下さい!」
「、、、、、、、、、」何も言わずにコーヒーを飲む麻結。
「一緒にお昼食べませんか?三人で?」
「えっ、三人ですか?」
その時、睦は三人なら断りの言葉を言い出すのが楽なのだろうと思った。
「ご馳走に成っても良いのですか?」
「是非!」
睦は一緒に昼食をする事に賛同した。
電車の時間まで、睦は元気だった頃の兄の話を細かく麻結に話した。
もう今日で会う事も無いのに、何故話して居るのか?自分でも不思議に思っていた。
そんな麻結の携帯にメールが届く。
(今日、判れる話を必ずするのよ!これ以上引っ張ると相手にも迷惑ですよ!)浅子からのメールだった。
渋い表情の麻結を見て、睦が「家の人からね!」と笑顔で尋ねた。
その時、今度は電話が鳴った。
相手は美容院の店主で店にバッグを置き忘れていると言った。
「近くの喫茶店だから、直ぐに取りに行きます!」
電話が終わると「貴女を追いかけて飛び出したから、美容院に忘れていたわ!」
財布を持って居ない事にその時気が付く麻結。
睦が払って二人は喫茶店を出て、姫路に向かう事にした。
「小さな駅でしょう?両親が越して来た時は、ここには駅が無かったのよ!」
「昔は南側には出入り口有りませんでしたね!」
「住宅が沢山出来て、乗降客も増えました!」
ホームに電車が入って来て、二人が乗り込むと花が咲いた様に明るく成った。
麻結の姿が眩しい程輝いて見えていた。
やはり美人だわ!改めて睦はこんな美人が兄ちゃんの嫁って無理だと思った。
電車に太陽の光が差し込んで居たのが、動き始めると日の当たる場所が変わった。
この様にお兄ちゃんにも良い日が来るのだろうか?
睦は世の中の不公平を何度も感じた記憶が蘇る。
「日曜日の今頃乗る事ないから、空いていますね!」
四人掛けの座席に二人で座って、ゆっくりと姫路に向かう事にした。
睦は兄に会うのが気が重い、断る麻結と一緒に会うのが辛い気分だった。
知りたい
84-028
姫路駅の改札の傍に兄の姿を見つけた睦が手を振った。
麻結も遅れて見つけたが手を振る事は無かった。
「お兄さん!睦さんに会うのが嬉しそうですね!ひと月振り?」
「そうなりますね!」
改札を出ると「お帰り!」と睦に言って笑顔に成ったが、麻結には「こんにちは!」と言っただけだった。
既に心の準備をしているのがよく判った麻結。
「近くに在る寿司屋に行きますか?前回行けなかったので」
先に歩き始める武史。
本来なら二人が揃って歩くのだが、お互い気に成るのか別れて歩き始めた。
しばらく歩くと「あそこです!一応予約してありますので席は有りますよ!」
丁度昼時で満席の様子。
店員が武史に言われて、二階の席を案内した。
武史の姿と後ろを歩く女性の姿が余りにも異なるので驚き顔に成っていた。
遅れて睦が上がって来た。
「友達から電話で、、、」と言ったが、自宅に状況を説明していた。
母の久代は「やはり事情が有ったのだね!武史が落ち込まない様に頼むわよ!」と言った。
毎度の事だが、断られる度に武史は強がりを言うが、本当は悔しい思いをしていると知っている。
特に今回は奇跡のサードステージまで進んだので、変な期待を持って居た久代。
そして相手が美人の麻結だから一層複雑だった。
「三週間遅れのお寿司をご馳走します!」
「落合さん!ここのお寿司美味しいですよ!」
お茶が並んで武史が「寿司定食三つでお願いします!」と注文した。
「はい!お昼の寿司定食三つですね!」と反復して店員は奥に消えた。
「お昼って言いましたので、夜も有るのですね!」麻結が尋ねた。
「夜はお酒を飲む人用ですから、僕は知りませんがね!」
「お兄ちゃんは飲まない人ですから、と云うより酔うと危ないでしょう?だから外では飲まないのですよ!」
頷いた麻結は「今日は妹さんに助けて頂いてどうもすみませんでした!」小さく会釈をした麻結。
「妹は助けたのか?邪魔をしたのか判りませんよ!」
「それは無いです!私今頃髪を切って居たら後悔していたと思います!」
「何故ですか?」
「大森さんを裏切る事に成っていたからです!」
「えっ!」睦が変な言葉に驚いた。
「どれ位短くされる予定だったのですか?」
「襟足が見えて、耳が見える程短くしようと思っていました!」
「えーそんなに?ショートですね!」驚き顔に成る武史。
「夢ではもっと短かったのですよ!大森さんに会って断られて居ましたわ!」
「えっ、夢に僕が?光栄ですね!」
「でも切らなくて良かったと思っています!妹さんが大森さんは私が坊主に成っても自分から断らないと言われたからです!だから私も自分からは断りません!もっとお互いを知ってからでも遅くは無いと思ったのです!」
「、、、、、、、」
「、、、、、、、、、、、、」
麻結の言葉に沈黙の二人。
「お兄さん!聞いた!落合さん!お兄ちゃんの事をもっと知りたいって、、、、、、、良かったね!」
「、、、、、、、、、、ほ、ほんとうに?」笑みと驚きの表情に成った。
「ええ!」頷く麻結。
「私、飲みたく成ったわ!ビール下さい!」睦が立ち上がって店員を呼ぶ。
店員が来ると「ビール一本とグラス、、、、三つ!」と嬉しそうに言った。
「家族の事も有りますので、頻繁には会えませんがメールとかlineならお話は出来ます!」
「そ、それで充分です!」ようやく武史にも笑みが戻って来た。
しばらくしてテーブルはビールと寿司定食で一杯に成っていた。
二人の嬉しそうな顔は麻結の心に和みを与えていた。
食べ終わる頃、ビール瓶は二本が空に成っていた。
睦は酔っぱらって、麻結も頬を赤く染めて色っぽい姿に成っていた。
武史はコップ一杯のビールで、それ以上は身体の事を考えて飲まない。
「これから三人でカラオケに行きませんか?」すっかり上機嫌の睦は店を出ると二人を誘った。
睦もカラオケに誘ったけれど兄武史の歌を聞いた事は一度も無かった。
大學生の時は腰の痛みとの戦いで、カラオケに行く機会は無かった。
働き出すと同時に睦は看護師になる為の学校に入学したので、家から出て行った。
「お兄ちゃんと一度もカラオケ行ってないね!」
「そうだな!落合さんはカラオケ大丈夫ですか?」
「まあまあです!行きましょう!」
酔った勢いで三人はカラオケボックスに向かって歩き出した。
その頃麻結の自宅では、姫路の支店長の薮内が息子の運転で訪問していた。
先日調べて欲しいと頼まれていた大森武史の事を調べて報告に来ていた。
「卓也君だったね!立派に成られたね!」
「図体だけは大きく成ったが、まだ独身なのだよ!」
「どちらにお勤めですか?」
「プラス住建の神戸支店に勤めて居ます!」
「プラス住建なら大手だな!」
「いゃ、、、」頭を掻きながら微笑む卓也。
「今日お嬢さんは留守なのか?」
「だから何でも教えて貰っても大丈夫だよ!」
「大森さんは既に退職されて、年金暮らしだ!元々次男で本家は津山だな!本家の事までは調べなかったが、お兄さんは既に他界されている様だ!本人はツムラ金属で受発注事務だ!唯、病気で昔はよく休んでいた様だな!身体が弱いのかな?」
「身体障害者の様だ!」
「それでか?」
藪内支店長は調査資料をテーブルに置いた。
策謀
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昔卓也と麻結を結婚させても良いと思っていたが、麻結が伸一君の事を忘れられないので断念した。
だが、今現実は見合をしているので、再び卓也の嫁に考えて貰えないだろうか?と一緒に来たのだ。
「うちの卓也もまだ独身なのだよ!少なくともこの大森って男よりは良いと思っているのだがな!」
「確かに息子さんと結婚して貰えたら願ったり叶ったりだな!」
「何か問題でも?」
「実は今回の見合いも、我々が見合い話を勧めたので、逃げる為に見合いをした様なのだよ!」
「すると、まだ結婚の意思は無い!そう云う事か?」
「多分今日大森さんと会っていますけれど、お別れを言うのではと思っています!」浅子が言った。
「この資料必要なかった?」
「そんな事はないよ!助かった!ありがとう!薮内さんの息子さんと付き合ってくれたら良いのだが?」
4人はコーヒーを飲みながら、色々な話をした。
その頃、武史達はカラオケボックスで盛り上がって、三人が代わる代わる歌を唄って「お兄ちゃんが歌を唄えるのを初めて知ったわ!」
「落合さんの歌も絶品でしたよ!」
カラオケボックスでも酒を飲む睦。
つられて麻結もカクテルを飲んで上機嫌で歌う。
二時間が瞬く間に過ぎて「もう時間だわ!」睦が残念そうに言った。
これ以上追加すると、麻結の帰りが遅く成るので延長は出来なかった。
「今日は、大森さんの事、新しく発見しました!ご馳走様でした!」大きくお辞儀をする麻結。
長い髪が床に付きそうに成る程のお辞儀。
「ごめんなさい!私の我が儘で二人には申し訳ない事をしました!」
「いいのよ!気にしないで、お兄ちゃんの事、また新発見して下さい!」
ほろ酔い気分でカラオケボックスを出る三人。
夕暮れの空気が漂う秋、駅の改札迄麻結を送ると「今日はありがとうございました!」睦が麻結の手を握ってお礼を言った。
「大森さん!今日はご馳走様でした!また連絡します!」
「僕も連絡します!お気をつけて、、、、」そう言って照れ臭そうに手を差し出した。
麻結はその手を握りしめて「羽ばたけるかも知れません!」と言った。
改札の向うに消えると「羽ばたくって?」睦が尋ねた。
「昔の彼氏を忘れられるかも知れないって事かな?」
「えっ、それじゃ落合さん!お兄ちゃんの事を?」
「そうでもないだろう?過去から離れられそうだって言ったと思うよ!」
「そうかなあ?案外落合さん!お兄ちゃんと合うのかも?」
「睦は喜ばすのが上手いな!」
二人は上機嫌で帰って行った。
麻結が自宅に帰ると早速浅子が「麻結!美容院に行ったのでしょう?」髪を見て不思議そうな顔をした。
「行ったけれど、辞めたのよ!」
「何を?」
「髪を短く切ってしまおうと思って行ったのだけれど、止められちゃったのよ!」
「麻結!お酒の匂いがするわよ!昼間から飲んだの?」
「はい!美味しいお酒を飲んで来ました!」
「大森って人とお酒迄飲んだら、断れなかったのでしょう?」
「そう!今日は妹さんと三人で飲んだのよ!楽しかったわ!」
「えー、妹まで連れて来たの?確か看護師だったわね!」
「楽しい妹さんだったわ!お兄さん思いの、、、、」
「どうするのよ!別れるのでは?大阪の人とか、、、、、、」
「もしかしてお母さんは児玉さんを知っているのね!」
「知らないわよ!」惚ける浅子。
「私達が会う場所を教えたのだから、当然相手の素性を知っているのよね!私はあの人嫌いよ!美咲が好きなタイプって話したわ!」
「美咲さん?」困惑の浅子。
丸山さんも児玉さんも失敗か!最後の麻生さんに期待するしかないと思う浅子。
もうひとり隠し玉で薮内の息子さんが居るので、何とかしたいと思う。
麻結が自分の部屋に行くと智光に「中々別れませんね!どうしましょうか?」
「私に良い考えが有る!三人が失敗したら実行しよう!」
「どの様な策ですか?」
「それは内緒だ!お前に喋ると失敗する!決まったら教えてやる!」
「さぞ、良い方策でしょうね!」皮肉を言う浅子。
その後も酔っ払いで結構上機嫌の麻結に気を揉む両親。
武史の自宅も花が咲いた様に明るい時間を過ごしていた。
睦が魚住の美容院での出来事を面白可笑しく話して盛り上がれば、武史がカラオケの話をする。
その後両親は寝室で「夢じゃあ、ないですよね!」
「夢なら大変だ!あんなに嬉しそうな睦も武史も長い間見てないな!」
「睦が小学生の時以来ですね!」
「本当だ!武史が痛い、痛いと言い始めてからは笑顔がないからな!」
「あの美人が、、、、、、」
「本当に見合で決まるのかな!」
「今までとは違いますよ!」
「確かに、次会えば5回目だな!」
「向こうの家は反対の嵐でしょうね!だから髪を切ろうとしたのですからね!」
「本人に気に要られたのだろうな!」
「一度自宅に彼女を招待しましょうか?」
二人は夢を見ている気分で話して居た。
板挟み
84-030
いつもの恰好で職場の役所に行くと昼食時に井上真知子が「丸山さんが三人で食事がしたいと、落合さんを誘って欲しいと言われまして、お願い出来ませんか?」
「えっ、二人のデートの邪魔は出来ないわ!」
「まだ、一度も食事に二人で行った事がなくて、三人なら行っても良いと、、、、、、」
真知子は言い難そうに誘った。
丸山も来週から三人目の参戦が有るので、何とかそれまでに近づきたい。
真知子を使って近づく作戦だった。
麻結は困惑して「私が行くのは?良くないのでは?」
「じゃあ、最初だけで、途中で私が携帯に電話をしますので急用で帰って下さい!お願いいします!」
真知子は苦肉の策を麻結に話して、協力して欲しいと拝む様に言った。
麻結は根負けして平日の夜か、土曜日なら大丈夫だと答えた。
真知子は大喜びで食事の後軽やかに職場に帰って行った。
もう一人の男、麻生祐樹もいよいよ来週から参戦の準備に入った。
大手の証券会社に勤めて、家族は大阪の南に5階建てのマンションを所有している。
三人の中では一番二枚目だが、年齢は一番上の33歳だ。
付き合いの有る人にも、一癖も二癖も有る人物も居た。
その男達と自分が落合麻結と結婚したいので、協力して欲しいと相談していた。
梅宮に貰った写真を見せると「凄い!別嬪さんだ!祐樹が欲しがる筈だ!」と茶化した。
「言っとくが遊びの相手では無いのだぞ!ホテルに連れ込んで何て考えでは無いのだぞ!彼女の親父は銀行の支店長だ!」
「良い家のお嬢様って事ですね!祐樹の家とは合う様だな!」
「上手く結婚まで運べば100万、手付にひとり10万で頼む!経費は別途払う!別に誰か雇うなら人当り10万払うぞ!」
「任せて下さい!具体的には何をすれば?」
「彼女のガードだ!ライバルが最低でも3人いるので、強行手段に出る奴も居るからな!」
仕事を承知した須永工と三島光男は喜んで金を受け取った。
麻結を取り囲む色々な人物が思い思いにアプローチを賭けて来る。
両親も今の見合い相手を不服として、直接間接に次々と策を講じている。
藪内卓也に大きな期待を持っている。
その為の策も父親の智光は考えているのだ。
週の半ばの夜、その卓也が父からの預かり物を持ってやって来た。
既に時間は7時を過ぎていて、食事が終わった頃だった。
智光は卓也を招き入れると、コーヒーを飲んで帰る様に勧めた。
勿論、麻結を卓也に見せる為で、卓也が気に要れば作戦実行へと向かう事に決まっていた。
コーヒーを作ると浅子が「これを応接に持って行って頂戴!」と言って麻結に委ねる。
「何故?私が?」文句を言うが「後片付けが有るから、手伝いなさい!」と押し付けた。
「何方がいらしてるの?」
「お父さんの同僚で姫路支店の支店長さんの息子さんが、届け物を預かって来られた様だわ!」
「姫路から来られたら、帰りが遅く成るのでは?」
「コーヒー位出さないと悪いわ!早く持って行って頂戴!」
麻結は少し変だと思いながら応接室に入った。
「娘の麻結です!こちら薮内支店長のご子息の卓也さんだ!」
コーヒーをテーブルに置きながら、軽く会釈をした麻結。
「美しいお嬢様ですね!」卓也は麻結の長い黒髪を見て思わず口に出た。
「いやいや、もう直ぐ30なのに嫁にも行かずに親と暮らしています!」
コーヒーを置くと、直ぐに出て行こうとする麻結。
「卓也君!結婚は?」
「まだ独身なのです!良い方に巡り合いませんでした!」
「それは残念だったな!探しているのか?」
「は、はい!」
雲行きが怪しく成って、直ぐに応接を出る麻結。
もしかして、私を見に来たのかな?仕組まれたのね?と悟った。
大阪の変な男の次は、同僚の息子か?何年か前に聞いた記憶が蘇る。
「私、伸一さんの事が忘れられないから、結婚は考えられません!」と強く断った記憶が、、、、
24歳位の時だったと思い出していた。
その時は相手の顔も見ていない麻結だったが、同僚の息子さんと聞いた事は思い出した。
しばらくして卓也が帰ると「あの人私を見に来たのでしょう?」
「そうだ!あの薮内の息子さんなら、結婚に大賛成だがな!」
「そうですよ!今付き合って居る人は駄目よ!」浅子も一緒に言う。
「障害者の方だから?偏見よ!差別だわ!」
「あの身体で子供が出来るのか?」
「そうですよ!普通の身体でも疲れるのに、SEXが出来るのかしらね、、、、、、、」浅子が言いながら誤魔化した。
「判らないけれど、大丈夫だと思うわ!変な事言わないでよ!」頬を赤くする麻結。
「服を着ているから判らないが、本当は能力無いかも知れないぞ!」
「本当お父さん達は差別の塊ね!」怒る麻結。
「お前の事を考えて話して居るのよ!お願いですから考え直して!」
(反対すると反発して結婚するって言いだしますよ!気を付けて下さいね)梅宮の言葉が頭を過った浅子。
「そんなに云うなら、試して見るわ!」麻結が言った。
「試すって何を?」
「勿論SEXよ!」
「えーーーー」
「何を言い出すのだ!麻結!軽率な行動は駄目だぞ!」
二人は麻結の言葉に驚いて狼狽える。
してやったりの麻結は二人を階下に、自分の部屋に駆け上がった。
「やはり、例の方法を使うしか道は無い様だな!」
「何ですか?例の方法って?」
「今日来た卓也君が麻結の事をどの様に思ったか?それが一番大事だ!」
「そりゃ、申し込むのに決まっているわ!」自信の浅子。
(家は反対の嵐よ!今も変な男が家に来たわ?)
(それって見合い候補かな?)
(何故判るの?)
武史にlineで話をする麻結、苦しい板挟み状態を露呈していた。
キューピット
84-031
麻結は武史と睦の兄妹の力で、伸一の呪文から脱出出来る様な気がしていた。
12年間一度も出る事が出来なかった伸一の呪縛。
そこからもしかしたら出る事が出来るのでは?そんな期待を抱かせる日曜日の出来事だった。
もしあの美容院で髪を切って大森さんと別れて居たら、今の様な気持ちにはなれなかった。
寿司を食べて酒を飲んでカラオケを三人で歌った気分は最高だった。
先日迄のボランティアで大森さんの妻に成っても良いと思っていたが、今は異なる気持ちが芽生えていると思った。
仲の良い兄思いの妹、その優しさと思いやりの気持ちが自分を変えた気がする。
ベッドに入っても中々眠りにつけない麻結。
両親は必至で大森さんとの仲を引き裂こうとしている。
どうすれば良いのだろう?今度はあの薮内とか云う男性と結び付けようと考えているのが見え見えだ。
終末真知子の頼みで一緒に明石の海鮮料理の店に向かった麻結。
真知子と一緒に約束の海鮮料理店に行くと、既に丸山は店に居て二人を出迎えた。
「今日はすみません!真知子さんがひとりで行くのはまだ少し早いと申しましたので、ご足労をお願いしました」
「は、はあ!」真知子から聞いている向上と少し異なると思ったが「遠慮なくご馳走に参りました!」
丸山はひとりで前に二人が並んで座った。
今の姿なら甲乙付けがたいと見比べる丸山。
変な丸い眼鏡に老けた感じのウィックを着けている麻結。
真知子はこれが本来の麻結だと思っているので、違和感は全く無い。
「私はビールを飲みますが、お二人は?」
「私は少し頂くわ!落合さんも一緒に飲みましょう!」
半時間程で携帯が鳴って自分は退席するので、真知子が残りは飲むだろうと頂きますと答えた。
「落合さんは魚住の駅から近いのですか?」
「自転車で5分程度ですから、近いと思います!」
そわそわしている丸山はビールが来ると「さあ、どうぞ!」真っ先に麻結のグラスに注いだ。
真知子が丸山のグラスに注ぐ。
丸山は真知子のグラスにビールを注ぐが、溢れて零してしまう。
「どうしたの?丸山さん!そわそわしているわね!」
丸山はこの後どの様に麻結に話をするべきか悩んでいたのだ。
真知子の手前僕とお付き合いをお願いしますとは言えないからだ。
ビールで乾杯が終わった時、料理が運ばれて来た。
「わあ―美味しそう!生きているわ!」
「本当ね!新鮮だわ!」
「流石明石の漁港で水揚げされた魚だ!」嬉しそうに覗き込む丸山。
活け造りの桶に並べられた刺身を食べ始める三人。
真知子は時計を見ながら、目で麻結に合図を送るが見ていない。
半時間の予定だが、もう少し早く麻結を追い出したく成っていた真知子。
何故なら丸山が麻結の方に絶えず視線を送るからだった。
真知子はビールを一気に飲み干して「入れて頂戴!」そう言って丸山の目の前に空のグラスを差し出した。
「飲めるのだね!驚いたよ!」丸山は真知子のグラスに酒を注いだ。
これは丸山が麻結争奪戦から離脱する事に成った原因だった。
しばらくして麻結の方から真知子に催促して、ようやく携帯が鳴ったのだ。
「自宅から電話だわ!」そう言って席を離れる麻結。
戻ると「祖母が倒れて病院に運ばれた様なの!直ぐに病院に行かなければ成らなく成りました!ご馳走に成って申し訳有りません!」お辞儀をしながら自分の荷物を持つ麻結。
「お大事にね!」
「あっ、それは大変ですね!どちらの病院ですか?」
考えていなかった麻結は咄嗟に「市民病院です!」と言って離れた。
「近いですね!タクシーかな?」
「市民病院って何処だっけ?」
「明石城の横だったと思いますよ!暇で城を散歩した時に見ました!」
市役所に来た時に暇で城の散策をしていた丸山。
「後で様子を見に行きますか?」この言葉に驚いた真知子は、丸山に酒を勧めて自分も飲んでしまった。
酔っ払った二人だが、真知子は丸山が酔ったのに乗じて近くのラブホテルに連れ込んでしまったのだ。
裸で抱きつかれて、酔っ払って居る丸山は真知子を犯してしまった。
翌朝、目が覚めた丸山は自分の隣に裸の真知子を見て、ショックで一気に落ち込む。
だが、真知子の方は丸山との関係が出来たと大喜びに成った。
この出来事で、丸山は麻結の争奪戦から脱落する事に成った。
直ぐに真知子は麻結に二人はお付き合いをすると告げて、関係が有った事まで喋っていた。
麻結は真知子に祝福を送った。
丸山は自分から梅宮に落合麻結さんへのアプローチは終わりますと報告した。
梅宮は直ぐに麻生祐樹に連絡をして、もう参戦しても宜しいですよと告げた。
三人の中では一番麻結に合わない男性だと思って最後に置いていた。
真面目さでは一番劣るからだ。
確かに親父は財産を所有しているが、本人の仕事も証券会社で二人の仕事に比べると、ブラックな部分が多いと考えていた。
事実祐樹はチンピラの様な男に頼み込んで、その二人は既に行動を開始していたのだ。
梅宮は丸山離脱の話を浅子には言わなかった。
須永は自分の女とその友人二人に麻結の監視を頼んでいた。
暇な二人は何もしないで監視だけでお金が貰えると、喜んで監視を交代で始めた。
「凄い美人って嘘だわね!不細工な女だよ!」
「嘘だろう?写真は美人だったぞ!人を間違えてないか?」
「今家から出て来て自転車に乗って駅の方に行ったわ!間違い無いわ!落合って表札も確かめたわ!」
連絡を聞いた須永は麻生祐樹に電話で確かめた。
祐樹は大笑いをして、変装だと教えた。
智光の策謀
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変装の理由も説明すると須永は笑って、益々楽しみに成ったと言った。
ライバルも変装の事を知っているので注意する様にと付け加えた。
ライバルの名前も顔も知らないので、警戒は本人をガードする以外方策は無い。
「来週の日曜日は出かけるから予定は入れないでね!」麻結が浅子に言うと「また姫路に行くのでは?」
「悪いの?別れた訳じゃないのよ!先週会ってないわ!」この言葉に浅子はいよいよ危機を感じた。
智光が夜帰ると不安を訴える浅子。
「今日正式に薮内から、息子卓也の嫁に麻結を欲しいと申し込まれたよ!」
「そう、良かったわね!」
「問題は麻結がどの様に考えているか?それが肝心だ!」
「食事の時にでも聞いて見ましょうか?」
食事の時に「麻結に聞きたい事が有るのだが?」切り出した智光。
「何を?」
「先日夜に来た青年をどう思う?」
「お父さんの同僚の支店長の息子さん?」
「そうだ!麻結を見てお付き合いをしたいと、今日正式に申し込まれたのだよ!」
「やっぱりね!あの時間に変だと思ったわ!私は興味無いわ!」
「あっさり言うな!まさか今付き合って居る男と本気で結婚を考えているのではないだろうな!」
「初めは結婚する気はなかったけれど、今は考えが少し変わったわ!」
「えっ!麻結!」浅子が驚いて口を挟んだ。
「何が良いのだ?」
「彼と話して居ると伸一を忘れられるのよ!妹さんも良い人!二人と居たら楽なのよ!」
「そうか!お父さんは麻結が伸一君と別れてから誰も付き合わなかっただろう?初めて付き合ったのが今回の見合いだったから、新鮮だったのだろう?」
「そんな事は無いわ!」
「それで提案なのだが、一か月程二人とお付き合いをして麻結の見る目が正しいか確かめたらどうだ!」
「人を天秤に乗せる様な事は出来ないわ!」
「そうじゃない!本当にあの大森って男で良いのか?を確かめる為だ!別の男を見るのも良いと思うぞ!」
「お母さんは変な男に私の居る場所を教えたわ!同じでしょう?」
「違うだろう?今回はお父さんの親友の息子が正式に結婚を前提に申し込んで来たのだ!」
「、、、、、、、」
「じゃあ、こうしよう!一か月付き合ってみても大森の方が良いと麻結が決めたら、私達は反対をしない!」
「えっ、貴方!そ、そんな事を約束して、、、、」驚いて言う浅子。
「一か月程度って何度デートすれば良いの?」
「そうだな!三回!三回でどうだ?」
「三回会っても大森さんが良ければ、お父さんは反対しないのね!」
「そうだ!約束する!」
「本当ね!」
頷く智光だが、浅子は「そんな約束は出来ませんよ!私は!」怒る。
結局話は三回薮内卓也とデートをしても大森武史が良ければ、智光は麻結の意思に従うと云う事に決着した。
それは浅子が結婚を認める事は出来ないと最後まで譲らなかったからだ。
藪内卓也が結婚相手として駄目でも、大森武史と即結婚では無いと云う話だ。
これには麻結も賛同した。
まだ武史と結婚と云う気持ちには成って無いのが現実なのだ。
身体の事も大きく影響している。
本当に子供が出来るのか?の言葉も心を乱す原因のひとつだ。
「じゃあ試して見る!」の言葉を思い出して頬を赤くした麻結。
麻結が自分の部屋に行くと浅子が「あの様な約束をして!」怒る浅子。
「ひと月程度の間に薮内の息子と関係を持つ様にすれば良いだろう?」小声で言う智光。
「えっ、そんな事を考えていたのですか?」
「そうだよ!多分高校生の時に伸一君と関係が有ったから、忘れられないのと操を守っているのだと思うのだよ!だから卓也君と結婚するなら、関係を持っても良いだろう?」
「麻結が意外と堅い考えが有りますから、関係の有った男性と結婚するでしょうね!」
「そうだろう?既に薮内とは話した!」
「驚かれたでしょう?」
「見合いの話もした!障害者の男性と三回程デートをした事も話した」
「薮内さんは何て?」
「一番近くで見ているお前の言葉だから確かだろう?12年も一途な女性だから、一度関係が出来ると今度は卓也一筋に成るかも知れない!と言ったよ!」
「そうですね!貴方の考えが意外と一番良いのかも知れませんね!反対、反対では逆らって逃げてしまいそうですからね!」
「梅宮の紹介した男三人はどうなって居るのだ?」
「朝早く魚住駅まで来て、役所迄一緒に歩いたとか聞きましたが、その後どの様に成ったか?ひとりは先日三ノ宮の食事会で名乗ってしまって、何でも美咲さんが好きなタイプだとかで、麻結に譲って欲しいと言った様ですよ!」
「何なのだ?それじゃあ二人は駄目に成ったのか?」
後ひとり麻生って人が残っていますが、まだアプローチは無い様ですね!」
「まあ、確実にデートが出来る卓也君に期待だな!いきなりは次期尚早だから、ニ三度会ったらって話して有る!」
二人は何とか正月までに目途を付けて、来年には挙式を夢見ていた。
「奥さん!この頃宅の家を誰かが監視している様ですよ!」近所のごみステーションに生ごみを捨てに行くと、知り合いの主婦が浅子に伝えた。
「えっ、男ですか?」
「いいえ、若い女性の様ですよ!人が替わるので二人位居ますよ!空き巣かな?」
浅子は女が自分の家の様子を伺っていると聞いて不安に成った。
初めてのドライブ
84-033
麻結が承諾したので、卓也は直ぐに自宅に電話をかけて来てデートの日時を相談する。
「次の日曜日にお会いしたいのですが?」
本当は会いたくないが三回会えば終わるので、麻結は受けたが昼食を明石でする事にした。
今週の日曜日は武史と会うので、今週と言われたら断る予定にしていた。
武史が軽四で魚住駅まで迎えに来ると約束していた。
流石に自宅に来て欲しいとは言えなかった麻結。
「事件の美容院を見たいですね!」の言葉で魚住駅に成ったのだ。
土日に麻結を見張っている二人の女性は、自転車で出かける麻結を見て駅の方向だと先回りした。
武史から(駅の駐車場に車を入れて、美容院に行きますね!)lineが届いていた。
麻結は自転車でlineを見ていない。
駅の駐輪場に自転車を入れて、初めてlineを見た麻結。
美容院(モア)に何をしに行ったのだろう?そう思いながら麻結も向かった。
駅前の側道に車を止めていた友田由紀子と稲井静子。
「これから美容院に行くのね?」
「一時間程出て来ないね!」
「お茶でも飲む?」二人は車で近くの喫茶店を探しに向かった。
二人が武史を見る事が無く、麻結との関係を知る事が無かった。
「麻結ちゃん!大森さんにお土産頂いたのよ!」美容院に麻結が入ると店主の森山明子が笑顔で言った。
「そうなの?」
「先日妹が乱入してご迷惑をおかけしたので、、、、、」
「それは私が助けて頂いたのに、、、、」
「私も話していたのですが、麻結ちゃんはロングが綺麗と話が大森さんと一致したのよ!」
「僕、軽四を持って来ます!」そう言って店を出て行った。
「病気で腰があんなに成るのね!怖い病気ね!でも優しい人よ!」
「そう思いますか?」
「少ししか話しして居ませんが、自分の事がよく判っていらっしゃるわ!」
「どんな話で分かりますか?」
「自分の事で麻結ちゃんを苦しめたくない!多分家で反対されて大変でしょうね!って気を使っていたわ!」
「そうなのよ!先日交換条件を父親に突き付けられましたわ!」
「どんな事を?」
「伸一君と別れて男性と付き合ってないから、大森さん以外にもうひとり付き合って自分の気持ちを確かめなさい!それから決めれば良いと言われました!」
「確かに、麻結ちゃん伸一君から誰も男性を近づけなかったものね!」
両親の本当の策が見えていない麻結。
しばらくして武史がlineを送って来たので「来たみたいです!行って来ます!」
麻結は美容院を出て行く。
「人気の軽四ですね!」車の扉を開くと一番に言った麻結。
「助手席に女性を乗せたのは落合さんが初めてです!」
「えっ、お母さんとか妹さんは乗せた事無いの?」
「睦は怖いから乗りませんよ!母は買い物に連れて行くのですが、後ろの席ですから!」
「それは光栄な事でしょうか?」微笑む。
「会社の往復と買い物位で、遠出する事は有りませんからね!」
「そうなの?今日は何処に行くの?」
「篠山に行こうかと思っていますが、宜しいですか?」
「行った事ないわ!」
こんなに長距離を高速で走った事が無かったが、麻結の希望でドライブに行く事にした。
「軽四ですから、ゆっくり走りますね!」
「はい!でもこの車と同じ車を私の友人も乗っていますよ!ビュンビュン走りますよね!」
嬉しそうに話す麻結だが、武史は事故を起こしたら大変と慎重に走り始めた。
第二神明から阪神高速北神戸線そして神戸鳴門自動車道から山陽自動車道に入ると、追い越し車線を飛ばして追い抜いて行く車に目を移しながら「スピード違反で飛ばして居ますね!」と横目で見る。
麻結は緊張の武史を見ていると、自分も力が入っているのがよく判った。
何処に行くか判らなかったので、スラックスで来た麻結。
一方尾行していた二人は、戻って来て美容院を出て来ないので中に入った。
「髪の長い綺麗な女性で落合さんは?」
「随分前に彼氏とドライブに行かれたわ!」と明子は答えた。
「しまった!」舌打ちして外に出ると、須永に尾行失敗と連絡をして大きな声で叱られた。
「来週からは失敗しません!彼氏の写真も必ず写します!」と詫びていた。
サービスエリアが見えると麻結は休憩を勧めた。
自分も緊張して疲れたので、飲み物を買ってこようと思っていた。
「ちょっと待っていて!」
車が止まると同時に速足で売店の方に向かう麻結。
「トイレだったのか?」武史も緊張の運転だったので休みたかった。
しばらくすると向こうから紙コップに入れたコーヒーをふたつ持って、麻結が風に長い髪を靡かせてやって来た。
「結構風が強いわ!どうぞ!」コーヒーを差し出した。
「ありがとうございます!」コーヒーを受け取る。
「ゆっくり休んで行きましょう!」そう言って自分に云う様に助手席に座った。
いつの間にか季節は完全に秋に成っていると思う程、風が冷たく成っている。
「今日は結構風が冷たいわ!」
「熱いコーヒーが美味しいです!」
「篠山には何度か?」
「昔家族で一度行きました!その時に食べた鯖寿司が食べたいとお袋が言ったので、今日は買って帰ります!」
その時は兄妹で篠山の観光地を走り回っていたのだろう?と麻結は元気な頃の姿を想像していた。
篠山にて
84-034
やがて車は篠山の町に入って、武史は一層ゆっくりと走って左右を見極める。
安全運転の為かと思っていたら、急に「在った!」と叫ぶ様に言った。
「どうしたのですか?何が在ったのですか?」
「鯖寿司のお店が昔のまま在りました!駐車場に入れましょう!」嬉しそうに言う。
時計は11時半を過ぎで、昼食には少し早い。
「早く行かないと、満員で待たされるのですよ!鯖寿司も売り切れるかも知れない!」
近くの駐車場に車を止めると、早速店に向かって歩き始めた。
そんなに急がなくても大丈夫だと、後ろをついて歩く麻結。
その麻結の姿を見て「綺麗な女だわ!」と道行く人が振り返る。
誰も武史が連れだとは思っても居ない。
早速「彼女!ひとり?」と声を掛けて来る男性のグループ。
「連れが居ますので、、、、」そう言って目の前の武史の横に速足で寄り添う。
店に入ると薄暗い感じで、とても飲食店には見えない。
既に数人の客が立って待って居る様子だ。
武史は直ぐに列の後ろに並んで、土産の鯖寿司を買う準備に成っている。
「落合さん!適当に席が空いたら座って下さいね!」
食事が終わると客が席を立つ、大きなテーブルが三脚置いて在る。
テーブルひとつに8人程度が座れる。
木の椅子に木のテーブルで、外人客も数人座って居た。
武史は順番が来て「鯖寿司2本入りをふたつ土産用に、テーブルには鯖寿司とうどんの定食を二人分お願いします!」と注文した。
店員は計算が終わると、席にお土産はお持ちしますと言ってレシートの引換券を武史に渡した。
番号札とレシートを貰って、武史が振り返ると麻結は既に席に座って居て手招きをした。
「もう座れたの?」
「はい!団体さんだった様で、直ぐに座れました!」
座ると武史は普通に見えるが、立っていると一目で判る。
その間にも行列が伸びて、先程の倍位の長さに成っていた。
「良かったですね!人で一杯だわ」
「でしょう?この前も本当に沢山の人でした!」
「何年程前?」
「腰が痛くなる前の年だから、12歳の時ですね!」
「18年も前ね!凄い記憶だわ!」
「番号札!8番をお持ちのお客様!」店員が大きな声で叫んだ。
「あっ、僕だ!」手を上げる武史。
「これがお土産の鯖寿司二本セットが二つ、鯖寿司と蕎麦の定食!」
テーブルに並べられる鯖寿司とうどん。
「これは土産の鯖寿司です!二本入っていますので自宅に!」
「えっ、両親にですか?ありがとうございます!」
「お爺さん夫婦の分も有ると思いますよ!一本で二人前程です」
祖父母の分まで買ってくれたのには驚く麻結。
しばらくして食べ始めた麻結が小声で「美味しいわ!」笑顔で言った。
「でしょう?この味は家では出ませんよ!」
「手打ちうどんも美味しいですね!」
「はい!最高ですね!」
二人は最後の一滴迄飲み干して満足顔に成っていた。
店を出ると「記憶に残る味ですね!」振り返って店の写真をスマホで写した。
「写真写しても良いですか?」
「わ、私?」
「はい!落合さんが店の前に居る写真を証拠写真で、睦に送って、、、、、」
「いいですよ!」
笑顔の麻結の写真がしばらくして睦の携帯に送られた。
「私にもその写真下さい!」麻結の携帯にも転送した武史。
しばらくして(篠山に鯖寿司を食べに行ったの?)睦から返信が届いた。
「妹さんのline聞くのを忘れているわ!教えて頂けませんか?」
武史は麻結と妹の睦が仲の良いのは自分に大いにプラスに成ると思った。
「篠山城の大書院でも見に行きますか?」
車に乗り込むとそう言って走らせた。
「本当に美味しかったですね!鯖寿司は結構食べますが、先程の店のは格別でした!15年以上前なのに、味を忘れないのですね!」そう言いながら自分も12年も前の伸一にいつまでも未練を持って居ると思った。
慶長14年(1609)、徳川家康の命により西国諸大名が動員されて築かれた篠山城大書院は天守のなかった篠山城の 中核をなす建物でした。廃藩置県後の廃城令によって日本各地の城の多くが破却されるなか、大書院は 難を逃れたものの、昭和19年(1944)1月6日の夜に惜しくも焼失してしまいました。
その後、市民の熱い願いと尊い寄付によって平成12年(2000)4月に再建が成り、かつての姿を取り戻すことができました。
大書院は木造建築物としては規模壮大な建物で、現存する同様の建物としては京都二条城の二の丸御殿にある 遠侍と呼ばれる建物に類似しています。二条城の御殿は、将軍が上洛したときに宿所となった建物であり、篠山城大書院は一大名の書院としては破格の規模と古式の建築様式を備えたものといえます。 内部に展示した篠山城に関する諸史料とともに、大書院がまとう江戸時代の佇まいを感じる建物。
「もう一か所位は見学出来ますが?」
「お寿司を貰ったので、祖父母にも食べさせてあげたいので、早く帰りましょう!」
「お爺さんとお婆さんなら喜ばれますね!じゃあ、土産物店に寄って帰りましょう!」
年寄りは食事が早いので、麻結が云う様に遅く帰ると終わっている可能性が有る。
生栗と黒豆を買って余分に土産で麻結に持たせる武史。
「こんなに買って貰ったら悪いわ!」
「お年寄りは好きですから、喜ばれますよ!」
笑顔の武史に押し切られて、土産を貰った麻結。
車は帰路に、、、、、、、、、、、
鯖寿司
84-035
早く帰って来たのに魚住駅前で別れる時、既に五時前に成っていた。
「意外と遅く成りましたね!早く帰って下さい!」
「今日はこんなに沢山のお土産ありがとうございました!」
両手にビニール袋を持って車を降りる麻結。
「さようなら、またね!」
「今日は楽しかったです!ありがとう!」武史には女性と初めてのドライブでデートだった。
麻結が駐輪場の方に行くと、車を降りて横の美容院に急いで向かった武史。
「あっ、おかえりなさい!どうしたの?」
「これ丹波の黒豆です!食べて下さい!」
「えっ、私にまで土産を?ありがとう!」
直ぐに扉を締めると車に戻って発進した。
ミラーに麻結の自転車に乗る姿が見えた。
自転車の前かごに一杯の袋が見えて、押さえながら自転車が右に曲がる。
楽しかったな!女性とドライブ、食事、買い物、見物、次々と光景を思い出しながら高速の入り口に向かった。
「ただいまー」明るい声で自宅に入った麻結。
意外と早く帰って来たので浅子は「何処に行って来たの?」と尋ねた。
今日誰と何処に行くとは言わないで出かけていた麻結。
丸山は駄目でも、麻生、児玉、そして薮内の三人がデートを誘ったかも知れない。
女友達と何処かに行って来た可能性も有る。
「お爺ちゃんとお婆さんにもお土産買って来たのよ!渡して来ます!」
「珍しいわね!麻結が祖父母に土産?明日は落雷?」茶化す浅子。
隣の家にビニール袋を持って行く麻結。
しばらくして帰って来ると「夕食未だだったので、喜んでいたわ!お母さん達もこれ食べると良いわ!美味しいわよ!」
ビニール袋から出すと「篠山まで行って来たの?これ鯖寿司?」
「そうよ!滅茶苦茶美味しいわよ!吸いものを作って食べれば良いわ!」
「鯖寿司久々に食べるわ!」
「でもここのは特別美味しいわ!15年以上も忘れない味なのだからね!」
それだけ言うと、着替えに二階に駆け上がる麻結。
智光が庭木の手入れを終わって入って来た。
「麻結帰ったのか?何処へ誰と行っていたのだ?」
「こんなに土産を買って来ましたよ!」
「これは栗か?黒豆も入っているぞ!」
「ここには鯖寿司が有りますよ!立派な鯖ですよ!」
「結構高いだろうな?」
「お爺さんの家にも同じ物を持って行きましたよ!」
「麻結が買って来たのか?」
「相手の方でしょう?」
「男とデートで篠山まで行って来たのか?」
「相手の方気の利く金持ちの人ですね!中々お爺さんの処まで土産は買いませんよ!」
「本当だな!麻結の奴、祖父母の事を話したのだな!」
「でも話しただけで、こんなに沢山土産買いませんよ!栗ご飯作れますよ!」
しばらくして着替えて二階から降りて来る麻結。
「栗ご飯を作れる程の量が有るわ!高かったでしょう?麻結が買ったの?」
「まあ、そんな感じかな?」
「嘘でしょう?誰と篠山まで行ったの?大阪の児玉さん?」
「まさか!一日一緒に居たら窒息するわ!」
鯖寿司を包みから出して竹の皮を広げると「綺麗に切れているわ!」
しばらくして吸い物の鍋が煮だって蒸気が上がる。
「麻結!お茶を入れて頂戴!早速頂きましょう!」浅子が食堂のテーブルに移動させて置いた。
食べ始める二人。
最初の一切れを口に入れると「これは美味いな!」
「本当ですね!美味しいわ!」浅子も相槌を打った。
その時、祖父の智樹がやって来て「麻結!あの寿司は最高だったぞ!お前の見る目は確かかも知れないな!お爺さんにまで気を使って土産を買って来てくれる若者は居ないからな!」
「誰なのですか?」
「智光は誰の土産か聞かずに食べているのか?わしはお礼の電話でもしようと思って、麻結に連絡先を聞きに来たのだよ!」
「いいわよ!私からお礼を言うから!」
「お爺さん!誰なのです?」
「麻結!何故言わなかったのだ!」
「言いそびれたのよ!」
「あの障害者の男性が買ってくれたのだよ!よく気が付く良い男だ!」
「えーーーーーー麻結!篠山まであの男と一緒だったの?」驚きと怒りで大きな声の浅子。
「浅子さん!何故そんなに怒るのだ!良い青年じゃないか?」
「お爺さんは口を挟まないで下さい!私はこんなお寿司は食べません!」と言うと、智光も箸を置いた。
「信じられないわ!別れる段取りをするのかと思ったら、篠山までデートだなんて、、、、」
怒って立ち上がる浅子。
智光も食堂から居間の方に席を移動した。
「こんなに美味しい寿司食べないのか?私が貰おう!」
そう言いながら、残った寿司を竹の皮で包んで輪ゴムで留める。
「大森さんの良い所が判らないのよ!美容院の森山さんにも手土産を持って来ていたわ!先日妹さんが騒がしくしたと言ってね!気が付く人なのよ!」
「五体満足な人ならまだしも、遺伝するかも知れない!子供が出来ない可能性も高い!何故麻結が選りによって、、、、、、」
「お母さんの気持ちも考えなさい!」智光も言った。
「今は我慢だよ!」智樹が麻結の肩を軽く叩いて小声で言った。
卓也とデート
84-036
「麻結の気持ちも判るが、両親の気持ちもよく判る!」智樹は複雑な気持ちを言った。
「私、どうしたら良いの?」
「大森さんって人は心の優しい人で、気を使うから人の気持ちが良く判る人だと思うよ!お父さんと約束したのだろう?」
「は、はい!」
「その結果を見てから判断すれば良い!麻結はあの伸一君以外誰とも付き合った事が無いだろう?今回の大森さんが麻結にどれ位の存在なのか?別の人と付き合えば確かめられる!」
「ありがとう、お爺ちゃん!」
「これは貰って行くよ!確かに美味しい寿司だ!」
智樹は嬉しそうに包みを持って、隣の家に帰って行った。
数日後、浅子が「日曜日には綺麗にして食事行くのですよ!美容院に行ってから食事に行くのよ!」そう言うと一万円札を財布から出して手渡した。
浅子も卓也と結ばれる事を切に願っているので必死だ。
「そんなにする必要が有るの?食事するだけよ!」
「最初の印象が大切なのです!」
「先日いらっしゃった時会ったわ!」
「あれは普段着でしょう?今回は見合に行くのと同じですよ!朝早く起きて本来なら着物を着せたいくらいなのよ!」
「着物?大袈裟な!」
「何を言っているの?お父さんの仕事関係の人なのよ!」
「知り合いって困るわね!断り難いわ!」
「えっ、断る事を前提に考えないで!」
麻結はお金を貰ったので、美容院に行くか!考えれば大森さんと二回目の時以来だと思った。
何度も行ったが、結局は何もしていないと思っていた。
麻結は武史に祖父母が土産を喜んでいたとお礼のlineを送ってから、挨拶メール以外送ってなかった。
心の何処かに、二股をしている後ろめたさが有ったのだ。
日曜日、美容院に行くと「先日はありがとう!美味しく頂いたわ!」
「今から食事会に行くのでお願い出来ますか?」
「もしかして、お見合いなの?」
「えっ、判りました!」
「両親の勧める見合いでしょう?あの人障害が無ければ確実に決めるでしょう?」
「えっ、どうして?」
「あの人!とっても良い人だからよ!でも家の人は反対するわね!」
「、、、、、、、、」
シャンプー台の椅子に座る麻結。
「あんな人居ないわよ!」
「何が?」障害者の程度の話だと思っていた麻結。
「貴女とドライブに行った帰りに、私にお土産買って来て下さったのよ!」
「えーー」驚いて起き上がる麻結。
「知らなかったの?丹波の黒豆を頂いたのよ!美味しかったわよ!」
先日妹さんの乱入のお礼に菓子を持って来たのに、黒豆まで買って来たのだ!
「知らなかったわ!私の祖父母にも沢山土産買って頂いたのよ!」
「喜んでいらっしゃったでしょう?」
「祖父母は良い人だと褒めて居ました!」
シャンプーを始める明子は、麻結も迷っているのだと思った。
しばらくして毛先を揃える様にカットして、麻結の綺麗な髪が一層光沢を放った。
「まあ、よく吟味してお付き合いをするのよ!見かけだけ良くても一生生活出来ないわ!」
「はい!ありがとうございました!よく吟味してきます!」
麻結は明子の言葉を後ろに、綺麗な髪を風に靡かせて自宅に自転車で急いだ。
卓也が自宅に迎えに来るので、それまでに着替えも化粧もするからだ。
「もう11時前ですよ!急ぎなさい!薮内さんの事ですから、約束より早く来られるわよ!」
智光はそわそわして、庭木を触って卓也の到着を待って居た。
しばらくして麻結は、黒系のワンピースに鼠系のジャケット姿で二階から降りて来た。
「参観日の様な服装だわね!もう少し色気の有る服は無かったの?今日は仕方が無いわ!次はもう少し色気の有る服を買ってきてあげるわ!」
「えっ、洋服買って貰えるの?」喜ぶ麻結。
「そうですよ!私のお気に入りの男性と付き合うなら、幾らでも買いますよ!」嫌みを言う浅子。
すると玄関の扉が開いて「卓也君が迎えに来られたぞ!」智光の弾む声。
「行ってらっしゃい!」
「食事だけで今日は帰って来るからね!」念を押す様に言う麻結。
外へ出ると服装を決めた卓也が高級車の前で智光と話をしていた。
「新車らしいぞ!昨日納車されて、麻結が初めての女性だって!」
シルバーの光沢が太陽の光に反射して輝く。
助手席の扉を開けて「どうぞ!」と言う卓也。
先週載せて貰った武史の軽四とは大きな違いを感じる。
助手席に座ると、新車の匂いが身体中を包み込む。
ドアが閉まると智光に挨拶をして、運転席に乗り込む卓也。
「行きましょうか?」
車はゆっくりと走り始める。
「舞子の方に在る創作料理の店を予約しています!」
「はい!」
「麻結さん!今日は特別お奇麗ですね!髪も輝いていますね!」
美容院の匂いがするのだろうか?そう思いながら「ありがとうございます」とお礼を言う。
「この車ってお高いのでしょう?」
「片手位ですね!車も高く成りましたよ!軽四でも高いと二百万の時代ですからね!」
車の自慢を数分話すが、麻結にはさっぱり判らない。
初回デート
84-037
二人の乗った車の後ろを友田由紀子と稲井静子の乗った車が尾行していた。
「今日尾行を失敗すると須永さんに言い訳出来ないわ!」
「この感じなら、昼食に行くね!」
「前回もこの男かしら?」
「美容院でしくじった相手の男性は判らないわ!」
「でも麻生さんは慎重ね!」
「相手の人数と素性を把握してからアプローチを始めるって聞いたわ!」
「今日のあの子、朝から美容院に行く位だから本命かも知れないわね!」
「あの車新車だわ!金持ちのぼんぼんって感じだわ!」そう言いながらナンバーを控える。
やがて舞子の高級店の駐車場に入るが、二人は「ここ完全予約制って書いて有るわ!」
「コーヒーも飲めないのね!」
「コンビニで弁当買って待つしかないわね!」
二人はあきらめ顔で、駐車場から車を出した。
「お高そうなお店ですね!」
「はい!ここのシェフは有名なお店で修業された方ですよ!今日は昼のコース料理を頼んでいます!」
「私の口に合うかしら?」微笑む麻結。
「今日は女優さんの様にお美しいですね!」正面で見ると一層美しく見えた麻結。
「褒め過ぎですわ!」
「何を飲まれますか?僕はノンアルコールビールを貰いますが?」
「私はお水で充分です!」
「お酒は飲まれないのですか?」
「飲みますが、昼間は飲みません!」と言ったが、先日は昼間から飲んで楽しく歌った事を思い出す麻結。
次回会った時には酒を飲ませて、酔わせなければ約束の関係まで進めないと舐める様に、麻結の身体を見ていた。
「娘と関係を持ってしまえば、君とは上手く行くと思う!12年も前の大学生との恋が忘れられないのだよ!私も男に見向きもしない娘に手を焼いているのだよ!こんな事を頼めるのは君の息子か、、、、、」
「本当に誰も近づけないのですか?」
「役所に仕事で行く時は変装して出勤する程だ!大きな丸い眼鏡をかけて、ウイックを被って、地味な服装でね!」
「えーーそんなに男嫌いなのですか?」
「そうでもないだろうと思う、一度大学の時、ミスキャンバスに選ばれて男子学生に騒がれたのが、トラウマに成ったのだと思う」
「ひとりもお付き合いが無いのですか?」
「無い!家内が先日堪りかねて結婚相談所に登録したのだよ!すると申し込みが殺到したのだが、誰とも見合いをせずに自分で探して見合いをしてしまった!」
「自分で探されたのですね!」
「それが、我々が絶対に許可しない相手を選んでいたのですよ!」
「えっ、外人さんですか?」
「日本人だが、身体障害者の男性だったのです!我々の反対を計算していたのですね!」
「じゃあ、直ぐに断られた!」
「それが、娘は優しいから自分から断れなかったのです!」
「まだ続いているのですか?」
「まあ。娘は自分の砦の様に思っているのでしょうね!決着がつかなければ次の見合い話は有りませんからね!」
「成る程、落合さんも苦渋の選択で息子に白羽の矢を!」
「はい!この様な事を頼まなければ成らないのは、非常に恥ずかしいのですが策が無いのですよ!」
先日薮内の自宅を訪問して、智光は家の恥を話して居た。
そしてようやく麻結を説得して、三回のデートで決める様に話をしたのだ。
三回と話して居るが、実際は二度目には結果を出すと暗黙の了解に成っていた。
流石に今日は難しいのは成り行きを見ても判る卓也。
だが、今目の前に居る麻結を、直ぐにでも抱きしめたい衝動が走っているのも事実だった。
両家公認の身体の関係に成るのだから、全く遠慮は必要無いのだ。
前菜から運ばれて来る料理に感動しながら、麻結は全く別の事を考えていた。
15年以上も前の味を求めて篠山で食べた鯖寿司の味を、、、、、、「美味しいでしょう?以前と変わって居ません!」そう言いながら食べる武史の顔が蘇る。
「美味しいですか?」卓也が尋ねた。
「はい!とても美味しいですね!」麻結は別の事に返事をしていた。
目の前の料理に美味しいとは言って無かった。
この様に美しい妻を迎えたら友人にも自慢が出来ると目を細める卓也。
次の料理が並べられて、ノンアルコールビールのお替りを頼む卓也。
「お酒お好きなのですか?」
「それ程でも有りませんが、こんなに美味しい料理には酒が必要でしょう?」
「これ自宅にお持ち帰り下さい!お爺さんとお婆さんも多分お好きでしょう?二本買っておきました!」笑顔で差し出す鯖寿司の包み。
卓也と食事をしながら、麻結の脳裏に先日の篠山が次々と蘇る。
何故だろう?と考えると「どうかされましたか?」急に現実に引き戻される。
メインの料理がテーブルに並ぶ頃、卓也は三本目のビールを飲み始めた。
酒好きな人だわ!と思うと「僕は歩くのが大変ですから、酒はそれ程飲めません!普通でも危ないのに酔っ払うと転びますよ!」そう言って笑う武史。
「沢山飲むと思って居ませんか?」
「いいえ!父も飲みます!祖父も飲みますから、、、、、」
「そうでしたか、飲まない家族より飲む家族の方が楽しいですね!」
「このお肉柔らかいわ!」別の会話に成る。
「三回も必要ないでしょう?ニ度会えば僕の良さが麻結さんにも判って頂けますよ!」自信の言葉を言った卓也。
「お仕事はプラス住建でしたね!」
「はい!住宅の大手で営業職をしています!三ノ宮まで通勤です!」
半分は自慢の様に言った。
「見合いされた様ですね!お相手の方は大企業の方ですか?」
いきなり失礼な事を聞くと、知っているのだわと直感で判った麻結。
尾行の二人
84-038
「お見合いの相手の個人情報はお話し出来ませんわ!」
麻結は強い調子で言った。
「そうでした、そうでした!尋ねた私がいけませんでした!すみません!」
「今日もお見合いの様な感じですか?」
「違うでしょう?お互い粗方は知っていますから、見合いとは言わないのでは?」
「そうですか?」
しばらくしてデザートが運ばれて来て、飲み物はコーヒーに成った。
「どうでした?美味しいでしょう?」
「はい!とても美味しいですが、高級なお店ですよね!役所の安月給では来られませんね!」そう言って微笑む。
「今日は昼食だけなのですが、次回のデートは夕食を食べに行きませんか?」
「それ程遅く成らなければ、大丈夫です!」
「来週で良いでしょうか?」
「日曜日は、、、土曜日なら大丈夫です!」
「そろそろ紅葉のシーズンですから、場所を探して置きますよ!」
日曜日は武史に会う予定にしているので、本当は翌週にしたいのだが早く三回のノルマを終わりたい気分が先に成った。
卓也は結構女性関係には派手な生活を送っていた。
建設関係の知り合いも多く、33歳の現在まで付き合った女性も多い。
過去には犯罪ぎりぎりの事も友人と行った事も有る。
今回は麻結との話が持ち上がって、ようやく結婚の事を考える様に成っていた。
両親には結婚を本気で考えるから、車を買って欲しいと要求して手に入れていた。
資産家の部類に入るので、息子に早く嫁を貰って欲しい願望が有る。
友田由紀子と稲井静子の二人はコンビニでパンと飲み物を買って来て、駐車場で食べ終わると須永に連絡をして今知っている情報を伝えた。
「相手は田舎のプレイボーイって感じですね!新車に乗って迎えに来ました」
「昼食中か?」
「創作料理の店に入っていますね!高級店ですよ!」
車のナンバーを連絡して、食後の行動に目を光らせる事に成る。
須永も直ぐに麻生に連絡をする。
麻生は車のナンバーから相手の素性を調べる様に指示をした。
この男が三人の内の一人だとすれば、後一人の存在を掴む必要が有ると思う。
麻生祐樹は慎重な男で、中々自分からアプローチに入らず身構えてライバルの弱点を暴き自分が有利に成ってから、ゆっくり登場する作戦だ。
食事が終わってデザートも食べると、麻結は今日の役目が終わった様な気分に成っていた。
両親が言ったような健常者だから良いとかの感情は一切無い麻結。
今は早く三回の日程を終わって解放されたい気分だ。
「今日は当初の予定通り、昼食だけでお別れですが次回はもう少しお付き合い願いますよ!短時間では中々性格までお互い判りませんからね!」
「はい!お約束ですから次回はお付き合いさせて頂きます!」
「それでは、そろそろ帰りますか?」腕時計を見ながら言う卓也。
「トイレに失礼します!」麻結は席を立ってトイレに向かった。
本当にスタイルも顔も一級品だ!後ろ姿を見ながら心の中で呟く卓也。
あの顔とスタイルで男が居ないって奇跡に近いな!
そんな事を考えながら,勘定を払う為に係を呼んでカードを手渡す。
「いつもありがとうございます!」
係が差し出したカードを預かってレジに向かった。
しばらくして麻結が戻って来ると、卓也は席を立って一緒に出入り口に向かう。
「どうもありがとうございました!」係がカードと控えを封筒に入れて手渡してお辞儀をした。
「美味しかったです!」
「またのご利用をお待ちしております!」と見送られる。
未だ店内には数組の客の姿が見えた。
「出て来たわ!高級料理を食べて満足そうだわ!」
「私達はパンとコーヒーなのにね!」
「文句を言わない!尾行するわよ!ラブホテルにでも入ったら一大事よ!」
「そうだわね!それは絶対に阻止しなければ、須永さんに殺されるわ!」
卓也の車の後を続けて走り出る。
「本当にラブホに入ったらどうするの?相手は男よ!勝てるの?」
「空手の有段者よ!女だと思っていたら痛い目に遭うのよ!」
「忘れていたわ!由紀子は空手得意だったわね!だから須永さんに頼まれたのね!私は何もないわよ!看護師していた程度だわ!」
「良い車は加速が違うね!今度はもっと良い車を準備して貰わないと、高速走ったら見失うわ」
しばらく走ると「これは自宅に帰るわね!」
「意外とあの男真面目なのね!」
「あの顔は遊んでいる男の顔よ!今日は猫被っているのよ!次回は狼に変身するよ!車は変更しなければ追跡不可能よ!」
混雑している国道をゆっくりと走る車。
卓也は成るべく長い時間を麻結と過ごす為に、敢えて高速を走らなかった。
麻結は自分から卓也に質問する事は全く無かった。
卓也は好きな果物、映画、音楽と次々と尋ねて、その度に麻結は適当に答える。
卓也は麻結との会話を全て録音していた。
次回の時に、その会話を生かした食事、音楽をセットする予定にしていた。
全く気にせずに適当に喋った事だから、次回の時に全く効果を表さないのだ。
自宅に到着すると「ご両親に挨拶をして帰ります!」そう言って麻結より先に降りて玄関に入った卓也。
私じゃないのね!麻結は眉を歪めていた。
或る計画
84-039
「それじゃ!次回は土曜日の朝迎えに参ります!」大きな声で言うので、由紀子達に聞こえていた。
卓也が帰ると二人も同じ様に帰って行くが、直ぐに須永に電話で事情を話した。
「良い車を準備する様に言うよ!」
「あの男は危険な匂いがするから、次は無理矢理にでもラブホテルに連れ込む可能性が高いと思いますよ!」
「そんなに手の早い男か?」
「今日は必至で自粛していましたが、狼に変身は間違い無いと思いますよ!」
「それも麻生さんに伝えて置く!」
その話を聞いた麻生は「変だな?梅宮さんの紹介した男にその様なやんちゃな男は居ない筈だ!」
「でも彼女らが実際に本人を見ていますから、気を付けられた方が良いと思いますよ!」
「車は準備するが、あの二人で大丈夫か?お前か、三島が行った方が安心だ!」
「三島は元ボクサーですから、逆に危険なのですよ!由紀子も空手の有段者ですから普通の男なら問題無いと思いますよ!」
「そうか!私が会う前に変な男の餌食に成ったら大変だ!」気にする麻生祐樹。
麻結の家では浅子が「礼儀正しい人ですね!時間も守られて!」
「時間を守るのは最低限の礼儀だからな!次の約束は土曜日なのか?大きな声でお迎えに来ますと!聞こえたぞ!」智光が嬉しそうな顔で言った。
「そのようね!気乗りしないけれど三回は会うわ!約束だからね!」
「何故日曜日じゃないの?またあの姫路の変な男に会いに行くの?」
「変じゃないわ!良い人よ!比べなさい!と言ったのはお父さんよ!」
「お母さん!その通りだよ!麻結の自由にさせてあげなさい!」そう言って目で合図を送った智光。
麻結が着替えに二階に上がると、大きな声で「お母さん!この洋服何なの?」
「お前に買ってあげたのよ!試着して見なさい!高級品で流行りの服よ!」
「凄いスリット!胸もシースルー?何よ!これ?」独り言を言いながら、今着ている服を脱いで着てみる事にした。
「浅子!そんなに反対しなくても日曜日には姫路へは行けないよ!」微笑みながら言う智光。
「あっ、そうね!土曜日にデートね!」浅子は急に安心顔に変わった。
しばらくして着替えて降りて来た麻結が「こんなの恥ずかしくて着られないわ!」
「最近の若い子はこの様な洋服を着こなすって店員が言ったわ!麻結の服は地味過ぎるのよ!」
「でもこれって下着が見える?のじゃないの?」
「下着も新しいのが買って有ったでしょう?店員さんがこの服にはこの下着って揃えてくれたのよ!」
「胸も透け透けよ!」
「ジャケットも新しいのが置いて在るでしょう?それもセットよ!」
「えー、そんなに買ってくれたの?」驚く麻結。
「見合いを成功させないとね!」
「服装では決まらないわよ!今日も高級料理をご馳走して貰ったけれど、感動しなかったわ!」
「でも卓也さんに先ずは気に要って貰わないと、貴女が選ぶ前に選ばれないと困るわ!」
「それで、、、、、こんな服を?無駄な努力だと思うけれど、、、、、、」
確かに麻結の綺麗で長い足が強調されるのだが、自分では横から見えるのではと思う程のスリットが有るワンピースだった。
「お父さん!どうです?色っぽいでしょう?これで卓也さんをその気にさせるわね!ベージュのフロントホックのブラを着ければ胸の谷間が際立つらしいわ!」
二階に戻った麻結の姿を確かめて言う浅子。
「これで障害者と付き合うのを辞めるだろう!」
二人は強硬手段だが、何とか麻結の結婚相手を決め様と必死だった。
(今日はお父さんの知り合いの息子さんと食事をして来たのよ!高級創作料理だったけれど、篠山の鯖寿司の方が美味しかったわ!)半時間後武史にlineが届いた。
(そ、それって見合いなの?)
(そうらしいけれど、私は見合とは思って無いのよ!三回会って気に要らなければ断る事に成っているのよ!)
(三回も会うの?)
(私的には一回で充分なのだけれど、約束だからね!このデートが終わったら反対しないかも知れないのよ!)
(えー、そそれって僕と?)
(結婚とかでなくて、付き合う事を許してくれるのよ!だから、ゆ、る、し、て、ね!)
武史は驚いていた。
この様な秘密の話をlineで送って来る事を、、、、、、
早速睦に相談のlineを送る武史。
「こ、これって、麻結さん!お兄ちゃんの事が好きに成っているのよ!良かったわね!」いきなり電話で言う睦。
「本当か?夢ではないだろうな?」
「今日見合いをした事を告白したのよ!絶対秘密の話よ!多分両親と話して決めたのよ!良かったわね!」
「喜んで良いのか?」
「良いのよ!」
睦は電話の向うで涙声に成っていた。
夜、卓也は友人と姫路の飲み屋に居た。
「今日会って来たけれど、今更ながら綺麗な女だ!家族公認の付き合いだから決まった様なものだがな!」
「本人がその気になって無いのだろう?」
「それが一番困るのだよ!12年も前に死んだ彼氏を今でも思い続けているらしい!」
「凄いな!それで卓也が男を教えてやるって訳か?」
「そうだよ!先方の両親も公認なのだよ!」
「それで、この薬が必要なのだな!強姦のイメージは困るよな!将来妻に成る女だろう?」
「その通りだ!酔った勢いで結ばれてしまったって事にな!」
「量を加減しなければ、面白くも何ともないぞ!」そう言って薬を受け取った卓也。
悪夢の土曜日が近づいていた。
苦渋の段取り
84-040
麻結にもうひとつの難題が起ころうとしていた。
美咲が児玉大毅と付き合う為に、色々とlineで話して気を引こうとする。
だが児玉は麻結とどうしても付き合いたい気持ちが消えない。
美咲はあくまでも麻結と付き合う為の道具から進んで居なかった。
「麻結の見合いの相手の男性!児玉さんの知っている人よ!」
「えっ、俺の知り合い?そんなに身近にライバルが居たのか?」
「そうよ!世の中狭いでしょう?」
「知り合いでも色々有るが、遊び関係?仕事関係?友人?先輩?多すぎて判らないよ!」
「私が児玉さんの友人とか遊びの人は知らないわよ!」
「仕事関係か?そうだな見合いなら相手の履歴書見るからな!すると大阪金属の関係者か?」
「もうこれ以上は喋れないわ!麻結に悪いからね!」
児玉は美咲の話が気に成り始めて、色々な場所で麻結の写真を見せて反応を見始めた。
土曜日の早朝、友田由紀子と稲井静子は麻結の自宅付近に少し大き目の車で来ていた。
「8時過ぎだけれど、まだ出かけて無いでしょうね!」
「そんなに早く行かないでしょう?」
「電話をかけて確かめましょう!」
「えっ!大丈夫?」
「電話をすれば直ぐに判るわ!」
静子は携帯で落合の自宅の番号を打ち込む。
(もしもし、島田ですがお嬢様いらっしゃいますか?)
(島田さんですね!少々お待ち下さい)
「大丈夫!まだ居るわよ!」電話を切って言う静子。
「静子!大胆ね!驚いたわ!」
「簡単でしょう?」得意顔に成る。
麻結は「お父さん!電話切れているわよ!誰から電話だったの?」
「確か、島田さんって女性の方だったぞ!」
「島田さん!島田!島田!知らないわ!今忙しいのよ!お母さんが変な服を買って来るから困っているのよ!こんな服嫌だと言っているのに、今流行りだから今日だけでも着て行けって五月蠅いのよ!」
「似合っていると思うがな!」智光は言うが、過去に無い大胆な服装で色っぽいと思っていた。
「このブラ見えちゃうわ!」そう言いながら二階に戻る麻結。
「お母さん!この服だとブラが見えちゃうわ!」
「言ったでしょう?店員さんが勧めた新しく買った物にすれば大丈夫よ!」
「それって胸が半分見えているのよ!恥ずかしいわ!」
「下着が見える方が恥ずかしいわよ!」
我が子ながら、惚れ惚れする様な姿にうっとりする浅子。
本当にスタイルも体形も容姿も素晴らしい!何故あの様な障害者男と付き合うのか理解出来ない。
自分達が見合いを勧めたから、反発して変な方向に向かってしまった事は確かだと思う。
梅宮の準備した三人の動きも芳しくないので、今は薮内卓也との結婚を画策する以外術が無いと思う。
このまま成り行きと哀れみで、結婚まで進んだら大変だからくい止めようと必死だった。
「これで良い!でも恥ずかしいわ!」鏡を見ながら言う麻結。
「上着を着るから、殆ど見えないわよ!ジャケット着てみなさいよ!」
ジャケットを着ても胸のシースルーが気に成る麻結。
ベージュのフロントホックのブラが、肌に見えるので艶めかしい。
「これを着ければばっちりよ!」浅子が出して来たのは、金のネックレスで結構豪華な品物。
「えっ、これを私に!わー凄い!」一気に上機嫌に成る麻結。
紺のワンピースに映えるネックレス。
鏡に写して「ありがとう!」振り返って満面の笑み。
「歩くのに気を付けないと駄目ね!」そう言いながら階段を降りて行く。
肩が露出しているので、同系色のジャケットを着なければ外を歩くのが恥ずかしいと思う程だ。
「肩まで出ているから、ネックレスが非常に映えるね!お母さんの見立ては中々だな!」
「こんな服初めてよ!」智光の前でネックレスを見せる麻結。
「もうそろそろ、化粧をしなければ時間が有りませんよ!」
浅子が二階から遅れて降りて来て言う。
「どうです!我が子ながら色っぽい姿でしょう?」
「あの姿を見て逃げる男は居ないだろうな?」
「自分の娘に惚れたら駄目ですよ!」そう言って微笑む浅子。
「今日はお泊りか?」
「そうなれば決まりですよ!明日はあの男と会う約束をしている様ですが、キャンセルに成るでしょうね!」
「そうだな!あの男には申し訳ないが、吊り合わないから仕方ない!」
「梅宮さんには来週にでも断りの連絡をして、例の三人も断りましょう!」
「相談所のペナルティの5万だが、あの男の分も出してやろうと思うのだよ!」
「そうですね!麻結の気まぐれに付き合わされた可哀そうな方ですからね!」
「最初から薮内の息子に決めて居たら、この様な事には成らなかったな!」
「そうでしたね!来年には大台ですから、子供も早く出来れば良いですね!」
二人は勝手な夢を語っていた。
「来たわ!同じ車だわ!今日は高速でも負けないわよ!」
スポーツタイプの車に乗っているので強気に成る。
卓也は車を降りると、大きな声を出さないで落合に家に入って行った。
「おはようございます」
智光が卓也の声を聞き付けて、玄関に出て来た。
「今日はよろしく頼むよ!娘は歳だけ30だが、男性経験は多分殆ど無いと思うので、よろしく頼むよ!」
「判っていますよ!エスコートは任せて下さい!」
「例の料理旅館に行くのか?」
「は、はい!予約もして有ります!明日は夕方までには戻りますので、、、、」
「これは娘の着替えだ!隠して必要時に使ってくれ!」
小さな紙袋を手渡す智光。
「行って来ます!」家の中から麻結の声が聞こえた。
京都散策
84-041
「おはようございます!今朝は特別エレガントな服装ですね!」
麻結の服装を見て、早速褒める卓也。
思わずスリットの部分を手で押さえる麻結。
「気を付けていってらっしゃい!」
「いってらっしゃい!卓也さん麻結をよろしくお願いします」
思わず本音が出てしまった浅子。
「変な事を言わないで!」と麻結も慌てて否定する。
車に乗り込む時、大きく足が剥き出しに成って卓也の視線が注がれる。
下着まで見えた様な気がして、思わず生唾を飲み込む卓也。
「それじゃ、行って来ます!」小さくお辞儀をして運転席に乗り込むと、ゆっくりと走り始めた。
「今日は特別お美しいですね!」
「恥ずかしいわ!少し大胆な服装でしょう?母が買って来たので、我慢して着ています!」
卓也は横を見ると、麻結の胸の谷間が見えそうで慌てて視線を逸らした。
「ネックレスが素敵で見とれてしまいました!」と誤魔化す。
「これも母のプレゼントですわ!ところで今日の予定は?」
「今日は京都まで行きます!紅葉も少し見る事が出来る様です!」
「混んでいるでしょうね!外人客多いから」
「はい!車は新神戸に置いて新幹線で京都に行きます!酒も飲めますよ!」
「新神戸から車でしょう?」
「代行運転を頼む予定です!」
「成る程!先日の店で飲めなかったからですか?」
「まあ、そんな感じです!早目の夕食を予約していますので、昼は軽く食べましょう!」
「そうですね!京都で夕食を食べて帰ると夜中に成りますからね!」
車は新神戸駅を目指して走る。
尾行の二人は「何処に行くのだろう?山陰方面か、淡路島だと思ったけれど違うわ!」
「第二神明に入る様だわ!」
「絶対に見失ったら駄目よ!」
車間距離を詰めてインターを入った。
卓也は全く後方を気にしていないで、麻結の胸元と足のスリットが気に成っていた。
その視線は麻結も時々感じていたが、敢えて何も言わない事にした。
変に言えば一層眼差しがはっきりするからだ。
車は第二神明から阪神高速に入るとしばらく走って生田川でウインカーが、、、、
「ここで降りるの?何処へ行くのだろう?」
直ぐに新神戸の駅前に車は到着した。
「新幹線に乗るのだわ!私達も同じ駐車場に置きましょう!」
続けて駐車場に入る二台の車。
「あの子の服装、結構大胆な感じよ!」
「男を挑発しているのかな?」
「この男に気が有るのかな?」
「麻生さんはどうなるの?」
「まだ会っても無いでしょう?今調べている最中でしょう?」
「私達がその役目なのね!」
車を停車すると傍で待つ麻結の処に鞄を持ってやって来る卓也。
「結構な荷物ですね!何が入っているのですか?」不思議そうに尋ねる麻結。
着替えを持って来ているのだが、麻結は日帰りだと思っているからバッグひとつだった。
「これは頼まれ物ですよ!今日の食事処は知り合いが経営しているのですよ!」
誤魔化した卓也、麻結の着替えの下着の包みもこの鞄の中だ。
「京都に着いたら、簡単な物を食べましょうか?」
「夕食の為にお腹を空かせますわ!」
「はい!料亭での懐石料理ですからね!私も飲みたいから車を置いて来たのですからね!」
ホームでしばらく待つ間に、二人も漸くホームに上がって来た。
「間に合ったわね!」何処まで行くか判らないので、入場券で入って来たが降りる時に困る様だ。
由紀子が近づいて二人の話を盗み聞きする。
「意外と近いわ!多分京都で降りるわ!でもあの子の今日の服、男を挑発する様な服だわ、長い足が時々見えるのよ!胸もシースルーよ!」
「気が有るのかも知れないわね!」
「私達無駄骨?」
「麻生さんの為に動いているのだから、絶対阻止よ!婚約者は麻生さんだって須永さんが話して居たからね!」
「でも美人でスタイルも最高ね!今日の服似合っている!」
しばらくして電車に乗り込むと、直ぐに切符に交換する二人。
「京都でタクシー観光の様よ!」
「私達も楽しみましょう!」
二人は旅行者気分に成っている。
京都駅に到着すると、卓也は駅構内の蕎麦の店に麻結を連れて入った。
「昼食ね!私達も入って食べましょう」
「そうね!行動を同じにしなければ駄目ね!」
11時半に成る頃店に入ったが、結港な客の数で二人の近くしか空席が無い。
「夜は何処で食べるのですか?」
「祇園の料亭、千鳥で予約をしています!懐石ですからお腹を空かして行きましょう!」
「5時ですよね!」
「早いから7時過ぎには帰れるでしょう」
「遅くとも8時には京都駅ですね!」
「そうなりますね!」
尾行の二人は聞き耳を立てて「これで行かなくても大丈夫ね!」小声で言った。
尾行の必要が無くなったので、ゆっくりここで食事をする事にした。
やがて料理が届いた時、二人は食べ終わって出て行ってしまった。
「気にしない!気にしない!」そう言って見送る由紀子。
嵐山、高雄
84-042
卓也は人々の視線を感じながら優越感で最高の気分で歩いていた。
麻結の服装と容姿はすれ違う人々の目線を奪っていた。
俺の女だ!美人だろう?今夜必ず俺の物に、、、、、、そんな下心を知ってか知らずか、二人の間には微妙な空間が在る。
麻結が腕を組む事を拒否していたのだ。
卓也は荷物の鞄を持って居るので、反対側を歩かれたら腕を組む事は出来なかった。
「観光タクシーを予約していますので、乗り場に行きましょう!」
しばらく歩くと乗り場に待って居るのが目に止まった。
「良い車ですね!」
「はい!高級車を選択したので外車のタクシーの様ですね!」
「薮内だけど、この車?」
「はい!お待ちしていました!どうぞ!」中年の男が扉を開いて先に麻結をエスコートした。
運転手も麻結の服装にどっきりした様な素振りだ。
「4時半頃には祇園の旅亭、千鳥に着きたいのですが?適当に見学出来る処にお願い出来ますか?」
「はい!心得ました!何処も満員で見学すると、もの凄く時間がかかってしまいますよ!車からご覧に成ればそれ程時間はかかりません!」
「訪日外国客ですか?」
「はい!今の時期何処に行っても一時間二時間ですよ!」
「じゃあ、ドライブでお願いします!」
車は高雄方面のドライブに決まって動き始めた。
尾行の二人はゆっくり食事が終わると、ネットで位置を調べた料亭、千鳥に向かう事にした。
しばらくして料亭千鳥に到着すると、二人は殆ど客の居ない店内に入った。
「今夜5時に予約している方を探しているのですが?確か懐石コースを頼んでいると思うのですが?」
「5時の懐石料理で何名様でしょうか?」
「二人で予約をしていると思うのですが?」
係が調べながら「二名様の懐石料理は7時に一組聞いていますが、、、、、、5時はございませんね!」
「変ね!確かに5時の懐石料理って、、、、、」首を傾げる由紀子。
「困ったわね!何処だろう?」
「尾行するべきだったわね!のんびりと蕎麦御膳を食べたのが失敗よ!」怒る静子。
「須永さんに会わせる顔が無いわ!」
「そうよ!二人は間違い無く今日関係を持つわよ!」
「何処探す?」
「宛がないわね!」
椅子に座って二人は困り果てていた。
そこへ先程の係の人が来て「お客様のお探しの方はカップルの方ですか?」
「ええ!そうですよ!」
「カップルの方でしたら、ここから三百メートル程先を左に入った場所に料亭ではなくて、料理旅館、千鳥が御座います!別名旅亭、千鳥と申しましてカップルの方に重宝されている旅館でございます!」
「えっ、そんな場所が在るのですか?」
「はい!カップルの方が料理を楽しみながら、宿泊される隠れ宿でございます!」
「そこね!間違い無いわ!パンフレット有りませんか?」
しばらくしてパンフレットが届くと見始める二人。
料理を堪能した後は、大人の世界に誘く素晴らしい空間のキャッチが光る。
「これって二間続きで、手前には食事の間とトイレだけで、奥の部屋にはベッドと風呂?知らないと、個室の食事処と間違えるわね!」
「あの男、ここに彼女を連れ込むのね!」
「間違い無いわね!満室かな?私達も泊まりましょうよ!」
「中々今日の今日は空いてないでしょうね!」
「頃合いを見て乗り込みますか?」
「仲居だと言えば開けるかな?」
二人が密談中、麻結と卓也は高雄の山中に向かってドライブしていた。
既に卓也は麻結の身体を触りたい気分が益々大きく成っている。
カーブの度にワンピースのスリットから、はみ出す麻結の足の美しさ。
胸のシースルーも卓也の視線を釘付けにしていた。
「あっ」身体が揺れて卓也の身体と接触する。
それでももう少し我慢だ!ここで逃げられたら何もかもお終いだと自粛する。
「この辺りは紅葉していますね!後二週間で真っ赤に成りますね!」運転手が説明をした。
「今でも素晴らしい景色ですわ!もっと鮮やかに成るのですね!」
「麻結さんも今日は輝いていますよ!」そう言って身体を寄せる卓也。
嫌がってハンドバックを間に入れて距離を取ろうと必死の麻結。
「次の角でUターンしますね!車が多いので、帰らないと五時には間に合いません!」
「そうだな!本当に車も人も多いな!」呆れる程の人と車だ。
しばらくすると、広い場所に入ってUターンに成るタクシー。
「それでは、旅亭、千鳥に向かいますね!」
「よろしく頼む!」
タクシーの運転手と卓也は判っているが、麻結は料亭に行くと思っていた。
ラブホテルではないが、密会の宿として有名で若い人から中年迄カップルに人気だ。
「土産物店で少し休憩しますので、土産物を買われるならどうぞ!」
トイレ休憩を含むので、麻結もようやくこの窮屈な状況から解放されると、止まると同時に反対側から降りた。
トイレに入る手前で大きく深呼吸をして、窮屈な体勢からようやく解放された。
家族に土産と、明日会う武史に何か買って帰ろうと探す麻結。
「もう戻らないと駄目ですよ!」肩に手を置いて、卓也が近づいていた。
適当に土産を持ってレジに行く麻結。
一瞬身の危険を、、、、、、、、、と思った。
「自宅に土産を買いました!」車に戻ると誤魔化す様に言った。
車は京都の祇園方面に走り始めた。
卓也の思惑通りに進んでいた。
料理旅館
84-043
渡月橋まで戻ると京都市内に車は進む。
料亭、千鳥は祇園だが、旅亭、千鳥は神社と寺に挟まれた木々の中に位置している。
「静かな場所に在るのですね!祇園って聞いたからもう少し賑やかな場所かと思っていました」
「そこの角を曲がると入り口です!」運転手が左に曲がると、看板が麻結の目にも見えた。
料理旅館は小さな文字で、大きく千鳥と書いて有るので初めての人は間違えても判らない。
入り口を入ると仲居が出て来て「いらっしゃいませ!薮内様でございますか?」と尋ねた。
「そうです!」鞄を差し出すと仲居が受け取って「チェックインの手続きをお願い致します!」とカウンターの方を指さす。
「お嬢様はそちらのソファーでお待ち下さい!」
「料理屋さんには見えませんね!」
「はい!全て個室に成っておりまして、本日は満室でございます!」
初めて連れて来られた女性だと直ぐに判った仲居は咄嗟にその様に答えた。
チェックインのカウンターでは事前の支払いに成っている様で、カードで支払う薮内。
過去に二度程来た経験が有るので、殆ど要領は把握している様だ。
「お待たせ致しました!今夜の食事は京懐石の松コースに成っています!お飲み物は飲み放題に成っておりますので冷蔵庫から自由にお飲み下さい!」
「飲み放題なの?」小声で尋ねる麻結。
「冷蔵庫の分だけだろう?」
廊下を少し歩くと「105号室が本日のお部屋でございます!何か御用が御座いましたら、内線でご連絡下さい!」
部屋の鍵を開けると既に座敷机に先付けの器が並べられている。
「綺麗!」と麻結が座敷に入ると、仲居は「それではごゆっくり」と踵を返して扉を閉じた。
「静かな料亭ですね!あっそうか、まだ時間が早いからお客が来てないのね!」自分で言って納得する麻結。
「この奥は?」
「そこは他の部屋だよ!」奥の部屋の扉を開くのを止める。
扉を開くとダブルベットが有り、その横の部屋には大きなお風呂が在るのだ。
「トイレは?あっ、ここね!」洗面台とトイレの場所を確かめる。
「旅館の様に浴衣と半纏が置いて有るわ!」
「大浴場も在ったと思うな!」誤魔化す卓也。
卓也が背広を脱ぎながら「君も上着を脱いだら?」と言う。
麻結も出来れば脱ぎたいが、肩が出ているので一層色っぽい姿に成るので危険を感じて断る。
卓也は背広をハンガーに掛けて、早速冷蔵庫を開ける。
「ビールでも飲むか?君も飲むだろう?」
「少しだけなら、、、、、」
この様な個室で酔うと何が起こるか判らないので、慎重な麻結。
座ると早速ビールをグラスに注ぐと、麻結の前に置いて自分のグラスにも並々注いだ。
「じゃあ、乾杯!今後の二人の為に!」そう言ってグラスを持ち上げる。
麻結も仕方なく乾杯をした。
卓也は一気に飲み干して、空のグラスを座敷机に置く。
麻結はビール瓶を持って、今度は自分から注いだ。
嬉しそうな卓也。
その頃尾行の二人は中に入って来て「今は、あの二人しか着てないから、直ぐに部屋は判るわ!貴女がフロントにパンフレットでも貰いに行って、その間に仲居が入る部屋調べるわ!」
静子がフロントの方に行くと、由紀子は反対側の廊下を行く。
殆どの客が6時から7時の食事の予定に成っている。
5時から食事をすると、時間が凄く空くので非常に少ない。
その為、直ぐに二人の部屋が判って、玄関に戻って来た。
静子に合図を送ると、直ぐに外に出て行った。
「今は目立つわ!もう少し客が増えないと乗り込めないわね!」
「いきなり襲わないでしょうね!」
「酒でも飲ませてからでしょう?」
「彼女はここが旅館だと思って無いのでしょうね!」
「知って居たら来ないわよ!ここはその様な騙しが売りの様だわ!」
「高級料亭を個室で、、、、、、」
二人は旅館の外で客が増えるのを待つ事にした。
部屋では次の料理が運ばれて、麻結が「美味しそうですね!」スマホで写真撮影をしてから食べる。
ビールは一口か二口飲んだだけで、もっぱら料理に箸が進んでいる。
卓也はひとりでビールを飲んで、急がずチャンスを待つ。
しばらくして、料理が全てテーブルに並んで、仲居が以上で料理は終了でございますと云う、まだまだ時間は有ると思う。
奥の部屋に連れ込んで仲居が来ると、水が差されるので気分的に嫌に成るからだ。
二本目のビールを冷蔵庫に取りに行く卓也。
「ビール以外の飲み物飲むか?」
「まだいいです!ビールを少し飲みます」
コップのビールを少し飲む麻結。
刺身料理に箸が進む麻結。
冷蔵庫の中を見ながら、どの飲み物に入れるか?酒も飲まないしジュースも飲まないので困惑していた。
しばらくして次々と料理が運ばれて来る。
「沢山在りますね!」麻結もお腹が大きく成って来て、仲居に口走る。
「この後炊き込みご飯にデザートですよ!」
そう言うが今机に並べられた料理も二種類在る。
料理を並べると仲居は「しばらくしてから、ごはんをお持ちします!」そう言って出て行く。
卓也は慌てて仲居を追いかけて行くと、ズボンのポケットから小さな瓶を取り出して「これを連れの女性の椀に数滴入れて貰えないか?」
「えっ、そんな!」
「大丈夫だよ!楽しむ為の媚薬だ!あの子少し躊躇うのだよ!これはお礼だ!」
万札を一緒に握らせる。
「本当に大丈夫でしょうね!綺麗な娘さんで手こずっていますね!」そう言いながら笑みを浮かべて受け取った。
貞操の危機
84-044
「何か有りましたか?」
部屋に戻った卓也に尋ねる麻結。
「7時半にタクシーを呼んで欲しいと頼んだのだよ!」
「8時過ぎには新幹線に乗れるわね!自宅にメールを送ります!」
携帯を取り出して(8時過ぎの新幹線で帰りますので、10時頃には帰れます)と送り付けた。
メールを見た浅子が「お父さん!麻結から10時には帰るってメールが来ましたよ!」
「大丈夫だ!私には今卓也君からメールが届いて、京都の旅館にはいりました!明日の昼にお嬢さんをお届け致しますと届いたぞ!」
「麻結は旅館に二人で泊まっている事が判らないのかしら?」
「大丈夫だ!卓也君に任せて置けば、明日に成れば仲良く帰って来るさ!」
その頃6時を過ぎてから、徐々に客が旅亭、千鳥を訪れる。
流石に20歳前半の客は少ない。
30歳前後から50歳代まで色々なカップルが入って来る。
「流石は土曜日ね!多いわね!」静子が時間を持て余して退屈そうに言う。
「大体食事の時間は60分から90分らしいわ!」
「6時半位で料理は終わりに成るのね!」
「それ以上の時間の余裕は無いわね!」
「仲居さんが出入りしている間は何も出来ないと思うけれど、その後は自由だからね!」
「まだ、炊き込みご飯が来るのね!もう食べられないかも?」お腹を押さえる麻結。
時計を見て、そろそろ仲居がやって来る頃だと思う卓也。
ライバルが3,4人はいる様だが、自分が勝ち取ったと思っている。
既に麻結を抱いている様な気分に成っていた。
「おじゃまします!松茸の炊き込みご飯をお持ち致しました!」
机の上に小さな小櫃と一緒に置くと、吸い物を麻結の前に並べて「冷めない間にどうぞ!」そう言って卓也の方を向いて微笑む。
「ありがとう!」微笑み返す卓也。
「わあー良い匂いだわ!」早速お椀の蓋を開けて匂いを味わう麻結。
仲居が目で卓也に付いて来る様に言った。
「これ返して置きます!5滴程入れましたよ!」そう言って小瓶を卓也に渡して、鍵を施錠する様に言って帰って行った。
「何だったの?」
「お客が増えて来たから、施錠をして下さい!だって、酔っ払いが部屋を間違える様だ!」
「同じ様な造りだからね!大浴場帰りの酔っ払いが間違えるのね!」
「松茸の良い匂いがするね!」
「吸い物頂いたわ!良い匂いよ!」
既に半分程を飲んでしまっている麻結。
「ビールも飲んだのか?」
「残したら勿体ないから飲みました!」既に冷えていないビールも飲んでしまった様だ。
吸い物も残さずに飲み干してしまう。
既に心は帰りのモードに入っている麻結。
「松茸ご飯も頂きます!」そう言って自分の茶碗に入れ様とするが、物が二重に見えて「あれ?」
「どうしたの?」
「へ、変です!物が二重に見えるのです!」
「だ、大丈夫ですか?」麻結の背中に廻って、ジャケットに手を持って行く。
「少し楽にした方が良いよ!食べすぎかもしれないよ!」
一気にジャケットを肩から脱がせる卓也。
両肩が露出したセクシーなワンピース、胸の部分がシースルーに成っているので、一層卓也の欲情を刺激する。
立ち上がろうとして、膝から崩れる麻結。
「少し休んで帰った方が良いですよ!」
卓也が今度は麻結の背中のファスナーに指を持って行く。
そして、ゆっくりと下げ始めた。
「な、なにーーやめてー」
「隣にベッドが在りますから、しばらく休んで帰りなさい!」
横の襖を左右に大きく広げる卓也。
電気が燈ると寝室に成っているのが直ぐに麻結にも判った。
立ち上がろうと必死だが、足が動かないで痺れている様に思う。
また背中の処に戻ると、ファスナーを一気に降ろしてしまう。
麻結の身体を抱え上げて立た立たせて、ワンピースを床に落とす様にした。
フロントホックのブラジャーで肩紐が無いので興奮の卓也。
「中々色っぽい下着ですね!向こうの部屋に行きましょう!」
「いやーやめてー」抵抗を試みるが力が入らない。
抱き抱えると麻結の頬に唇を近づけて「ちゅー」と言いながらキスをした卓也。
抱え上げると奥の部屋のダブルベットに、そのまま放り投げる様に麻結を横たえた。
自分もズボンを脱ぎ捨てて、ネクタイを緩めワイシャツを脱ぐ。
その間も麻結は必死にベッドから起き上がろうとするが、身体が動かない。
「胸が苦しいのかな?」
フロントホックのブラジャーに手が伸びる。
そのまま中央のホックを両手で外す。
「や、め、てーー」
白い乳房がブラジャーから飛び出して、卓也の目に晒された。
「何と美しい乳房だ!」右手が乳房を触った。
その時部屋のチャイムが大きな音で鳴った。
「おいおい!仲居か?何用だ!」独り言を言いながら、入り口の方に向かう。
「だれ!」
「ホテルの者ですが、この部屋の非常灯が点きましたので点検に参りました」
卓也は奥の部屋で麻結が動かない身体で非常灯のスイッチでも押したのか?そう思いながら奥の部屋に急いだ。
「大人しく待っていろ!抱いてやるからな!」そう言って襖を閉じると入り口に向かった。
「直ぐに終わりますから、、、、」由紀子が言った。
「多分誤作動だと思います!」静子も続けて言う。
卓也は扉を開けて二人を迎え入れる。
「お前達!ホテルの人間では無いな!」
「落合さんは何処?」
「お前達は何者だ!」
「落合さんの婚約者にガードする様に頼まれた者です!落合さんは何処ですか?」
「お風呂に入っている!婚約者は私だ!」
静子が奥の部屋の方に進むと、腕を持って引っ張る卓也。
その時、由紀子が二人の横をすり抜けて、襖を開いた。
「あっ、落合さん!」
「あぅ、うぅ、た、す、け、てー」喋れない麻結。
「痺れ薬を飲まされた様ですよ!」看護師の静子が言った。
暴力団の関与
84-045
「薬が効いて来て、もう喋れない様に成っているわ!」
「婚約者は私だ!直ぐに出て行け!」
「出て行くのは貴方よ!」
卓也は由紀子の身体を持とうと襲い掛かったが、由紀子が素早く身を逸らせていた。
「怪我するわよ!」
殴りかかろうとした卓也の鳩尾に一撃が入ると、畳の上に大きく身体を泳がせて倒れた。
「だから言ったのに!」
「どうする?この子当分歩けないわよ!」
「須永さんにこの男を渡そうか?もしかして近くに来ているかも知れないわ!」
乳房を電灯の明かりに晒して眠る麻結。
薬が徐々に効いて、既に喋れない状態から眠気が襲い完全に熟睡状態に成っていた。
「もう少し遅かったら、完全に強姦されていたね!」
静子が須永に事情を話すと、一時間程で迎えに行くと話した。
「しかし、可愛い寝顔だわね!身体も綺麗わ!この乳房見て!」
「本当に美しい身体ね!この男、着替えも持って来ている様だわ!」
鞄を開ける静子。
紙袋を見つけて中を見て「この男、手回しが良いね!この子の着替え迄買って来ているわよ!」
紙袋を麻結の枕元に置いて、卓也にズボンを履かせる。
そして浴衣の腰紐で、手足を縛って動けない様にした。
「暴力団がバックに居ると思うから二度とこの女には近寄らないわね!」
「ライバルがひとり消滅ね!」
「今日は手柄だから金一封貰えますね!」二人は嬉しそうに話す。
「お嬢さんんの写真を写して送れって、今届いたわ!」
「パンティーも脱いで貰いましょうか?」
ベッドの上でパンティーストッキングと一緒に脱がし始める。
「本当に綺麗な身体だわね!」
「髪の毛が多いから、下の毛も多くて硬い様ね!」
麻結を全裸にすると、スマホで撮影を始める。
「ちょっと、足を開いて頂戴!」静子が麻結の足を開かせて陰部と陰毛の撮影を終わった。
しばらくして気が付いた卓也だったが、手足を縛られて何も出来なかったので、この二人が怖い人達の仲間だと思って身の危険を感じていた。
「今日の事を喋ると、今度は命が無いわよ!向こうで寝ている娘の婚約者は怖い人なのよ!」
「わ、わかりました!もう近づきません!」
時計を見て「もう半時間程で迎えが来るから、駅まで送ってあげるよ!」
「は、はい、判りました!」
しばらくして、迎えに来た須永と連れの暴力団員に完全に震えあがって、声も消えて帰って行った卓也。
「今日の事は誰にも言うな!あの女とは合わないと言えばそれで良い!」
脅かされて京都駅前で、車から放り出された卓也。
部屋には麻結だけが残り、いつの間にか全裸に浴衣を着せられてベッドで眠っていた。
由紀子と静子は「私達が麻生さんの婚約者の身体を見てしまったわね!」
「そうね!でも綺麗な身体だったわね!」
「美乳ってあの様な形なのね!」
「そうね、顔も身体も一級品だわね!麻生さんが羨ましいわね!」
「後一人ライバルが居るのでしょう?どんな奴なの?」
梅宮が麻生に話した三人の内、ひとりが消えたと理解している。
翌朝7時頃に目覚めた麻結。
ダブルベットに寝ていて、我に返って飛び起きた。
いつの間にか浴衣を着せられているのは、直ぐに判ったが誰が着せたのか?直ぐには思い出せない。
素肌に浴衣を着ているのは直ぐに判って、強姦された様には思わなかった。
記憶を辿って麻結は徐々に思い出し始めた。
吸い物を飲んで直ぐに具合が悪く成って、身体が痺れて動けなく成った事。
卓也に服を脱がされてベッドに運ばれた時、誰かが部屋にやって来た。
確か女に人が二人だった!卓也と争っていた!
婚約者が私のボディガードを送り込んで来た?
卓也の婚約者では無いから、私の婚約者の人が女性をボディガードに頼んだ?
誰?婚約者?京都に行った事を知っている人?「あっ、大森さん?まさか!自分は身体が悪いから、代わりに頼んだの?」独り言の様に言うと、風呂場に向かう。
「大きなお風呂!」蛇口を開いてお湯の温度を調節する。
卓也を追い出して、着替えをさせて帰った?あの女の人卓也を投げ飛ばしていたわ!
ベッドの横に着替えの包みを見つけて驚く。
今の下着と殆ど同じ物が買い揃えて置いて在ったのだ。
自分が意識の無い間にあの人達が買いに行ったと思う。
その時内線が鳴って、朝食を何時にお持ちしましょうか?と尋ねた。
ひとり分を半時間後にお願いします!と言うと、お連れ様は先に帰られたのですか?と不思議そうに言った。
お金を貰って吸い物に薬を入れたのに、男性が先に帰ったのには驚いていた。
麻結は直ぐに風呂場に行き、洗髪からシャワーを浴びて自分の身体を確認した。
やはり乱暴とかの形跡は全く無く、痛みも残って居ない事に安堵した。
湯船に浸かると、昨日からの出来事を思い返していた。
家から電話が掛かっていない!今日の出来事を知っていたの?不思議に思いながらゆっくりと湯船を出てドライヤーで長い髪を乾かす。
(麻結!どうしたの?何が有ったの?)
(早く連絡を頂戴!)
(今、何処に居るの?)
同じ文章が代わる代わる、昨夜の9時過ぎから連続してメールで届いていた。
麻結がメールに気が付いたのは、朝食の時だった。
浅子が慌ててメールを送ったのだ。
昨夜、急に薮内の親父から都合で今回の交際は無かった事にして欲しいと連絡が届いたのだ。
驚いた両親は自分達の策略が気付かれない様に、電話ではなくメールを送り付けたのだ。
麻結の携帯を鞄の中に隠して邪魔されない様にしたのは、卓也だったからだ。
作られた話し
84-046
「鞄の中に携帯が入っていて、今気が付いたのよ!」
「な、何が有ったの?薮内さん急に交際を断って来られたわよ!麻結は大丈夫なの?」
「私も訳が判らないのよ!突然女の人が部屋に入って来て、、、、薬の様な物で眠らされてしまったのよ!先程目が覚めたのよ!」
「乱暴されたの?」
「何も無かったわ!7時頃から先程まで寝ていたのよ!今から朝食を頂くわ!」
「早く帰ってらっしゃい!」
「今日は大森さんと会う約束しているから、姫路まで新幹線で行くわ!」
「えー、そんなに具合悪いのに?」
「別に悪くないわよ!薮内さんは消えたけれどね!多分乱入して来た人達に連れ出されたと思うわ!」
「女の人でしょう?」
「もしかして、元交際相手の女なのでは?」
「えー、そんな人だったの?」
「プレイボーイでしょう?可能性有るわ!嫉妬して暴力団の人でも連れて来たのかも知れないわね!」
「麻結には被害は無かったのね!」
「裸で寝ていた位かな?」
「えー、そんな!じゃあ強姦されたの?」
「判らないわ!薬で眠らされていたから、もしかしたら強姦されたかも?」
「早く!病院に行きなさい!病気も怖いけれど、妊娠も考えられるでしょう?」
「大丈夫よ!」
「それより、そんな話はお母さんと二人だけの秘密よ!世間に知られたら麻結は傷物に成ってしまうのよ!判った!」
「誰も貰い手が無く成つたら、大森さんに貰って貰うわ!彼ね!私がスキンヘッドに成っても良いって言ってくれたのよ!」
「馬鹿な事言わないで、兎に角今日の事は口にチャックよ!早く帰りなさい!病院に行きましょう!明日付いて行くから、、、、、」
「嫌よ!そんな病院に行きたくないわ!」
電話を切った麻結。
その時、朝食を運んで仲居が入って来た。
浴衣姿で長い髪をドライヤーで乾かす麻結を見て、何故あの男は帰ってしまったの?と疑問を持った。
余りにも色っぽい麻結の姿に驚いた仲居だった。
「ここは旅館ですか?」
「そうですよ!料理旅館、千鳥ですよ!料亭千鳥は祇園の賑やかな場所に在りますよ!」
その話を聞いて、麻結は卓也に騙されてここに連れ込まれたと思った。
あの女の人が来てくれなければ、今頃は卓也に強姦されて泣き寝入りの状況に成っていたと思った。
本当に彼女達をあの大森さんが?半信半疑の麻結だ。
浅子は麻結との電話が終わると、あの薮内の息子さん別の女性と交際していたのに、麻結に鞍替えしたと考えていた。
その為前の女が暴力団員を伴って、旅館に乱入して来たのだ。
麻結は眠らされて乱暴されたが、本人は全く気が付かなかったと思っていた。
「もう少し、身元を調べるべきだったわ!」
「薮内も息子の元交際相手が暴力団と関係有るとは、思っても居なかっただろう?」
「麻結の身に何か有ったらお父さんの責任ですよ!」
「何事も無かった様に、嫁がせるか?」
「そんな事は直ぐに相手に知られてしまいますよ!事実お泊りデートに行ったのですからね!」
「病気とか妊娠は大丈夫だろうな?」
「朝まで意識が無かった様ですから、何も判らないでしょう?何度もメールを送ったのに返事が無い筈ですよ!朝まで裸で寝ていた様ですから、、、、、」
「全裸でか?」
「全裸に毛布だったのでしょうね!」
「そりゃ、間違いなく強姦されているな!病院に行った方が良い!今日は何時に帰るのだ!」
「それが、、、、あの姫路の男と約束している様です!」
「何!まだあの男と、、、、、、」
「薮内さんの話が壊れたので、、、、、困りましたね!」
頭を抱える二人。
無理矢理でも関係を持たせて結婚に運ぶ手筈が、先方に過去の女が居て暴力団まで絡んで来ると為す術が消えた。
卓也も、あんな良い女に男が居ないのが不思議だった。
「両親も知らなかったのだろう?」
「あの様な恐ろしい武術の出来る女が来るとは思わなかった」
「あの子はその人達を見たのか?」
「既に眠っていた!」
「何故?」
「騒がれずに関係を持つ為に学生時代の連れに薬を貰っていたのだよ!」
「お前が襲われたのを知らないのか?」
「全く知らない!しばらくして男がやって来て、旅館から無理矢理俺は放り出された!あいつは確実に暴力団だった!怖かった!二度と婚約者に近付くな!次は足の一本も折られるぞ!と脅された!本当に怖かったよ!」
「落合は自分の娘がその様な奴と付き合って居る事を知っているのかな?」
「知らないに決まって居るよ!知って居たら僕に娘と関係を持ってでも結婚して欲しいとは言わないでしょう」
「じゃあ、教えてやった方が良いな!」
「親父!馬鹿な事はやめた方が良いよ!殺される!近い内に両親に挨拶に行く様な事を話して居た!」
「暴力団が正式に落合の家に娘を下さいと?冗談だろう?支店長も辞めさせられるぞ!」
「彼等には関係ない話だろう?息子の嫁に落合麻結さんを貰い受けたい!で終わりだよ!」
「怖い世界だな!綺麗な娘を持つのも考え物だな!」
藪内支店長は息子の話に震え上がっていた。
二人の距離
84-047
麻結は朝食を運んで来た仲居に昨夜の事を尋ねたが、惚けて真実を喋らない。
薬の入った椀を運んでから、客が立て込んで忙しいのも有ったが避けていたのだ。
変な事件に巻き込まれても困るので、近寄らなかった。
それが幸いして、二人の女と須永達は労せず旅館を後にしたのだ。
「お勘定は最初に頂戴していますので、ルームキーをボックスに入れて頂ければ大丈夫です!」
「何時まで?」
「11時がラストに成ります!タクシーはそこの電話で呼べますので、5分で来ると思いますよ!」仲居は男が先に帰ったので、喧嘩になったのは間違い無いと思っていた。
自分が持って来た吸い物は無くなっていたので、捨てたのかも知れないと思った。
朝食を終わると武史に12時前に姫路駅に到着しますとlineを送った。
久々に一人旅に来た気分でのんびりしていた。
昨夜の女性の二人組で助けてくれたのは誰だろう?婚約者に頼まれて来たと言ったが、婚約者に心当たりは無い。
唯一該当するなら大森さん?でも婚約者と名乗るかしら?
しばらくしてタクシーを呼ぶ麻結。
悪夢の料理旅館を後に、京都駅に向かうが昨夜の事が次々と脳裏に蘇る。
あの卓也にもう少しで強姦されそうに成った事は、意外と鮮明に残って居る。
下着姿で抱き抱えられてベッドに横たわった事実も。
でも京都の料亭に行く事を知っているのは大森さんだけだ。
自分からlineを送って、5回デートをすると教えた。
でもあの時間から、あの二人が来るまで早すぎるから、、、、、、
新幹線に乗っても絶えず考える麻結。
もしも大森さんが助けてくれたのなら、お礼を言わなければ駄目だが、違うなら変な事を話してしまう事に成る。
結局姫路までの40分程の時間絶えず考えていた麻結。
新幹線から降りる麻結の姿は芸能人顔負けの美しさと、服装の派手さが目立った。
「あの人、女優さん?タレント?」
「誰?綺麗な人だ、、、、、」
麻結の容姿と大胆な服装に視線が集まっているが、着替えの服も持って居ないので今日はこのままで武史と会うと決めていた。
改札の手前で武史を見つけると、手を振った麻結。
いつもはその様な事はしてないが、今日は何故か手を振りたかった。
自分を助けてくれたお礼だったのか?自分でも判らず手を振っていた。
武史は今日の麻結の服装に気が付いて、ドキッとする程の驚きを感じた。
京都にはお泊り?だったと思う武史。
「こんにちは!京都から直接来たのよ!」麻結は平気で隠そうともせずに武史に言った。
「京都にお泊り?」
「ご存じでしょう?」
「は、はい!知って居ました!」武史は想像で判ったが、前から知っていた様に言った。
「お昼は軽い物で、、、朝から沢山食べたので、、、、」
「じゃあ、蕎麦でも食べに行きますか?」
並んで歩き始めると、麻結の胸の谷間がいきなり目に飛び込んで、武史は目のやり場に困ってしまう。
「色っぽい服でしょう?母が買って来たので、仕方なく着たのですが、、、、このスリットも凄いでしょう?」
武史は思わず見てしまい、顔が一気に赤く成っていた。
「大森さんの知り合いで、空手とかの武術されている方はいらっしゃるの?」
「妹の睦は空手の有段者ですよ!」
「えー―本当なの?」
「お兄ちゃんが虐められたら、私が助けるの!だから強く成りたいの!そう言って小学6年から始めましたよ!実際助けられた事は有りませんが、心強い妹ですよ!」
「そ、そうだったのね!睦さんか?」安心した様に言う麻結。
武史には話が見えない。
「見合いの人と京都へ?」
「そうよ!でもお泊りは私一人だったのよ!夕食を食べて直ぐに帰ったのよ!私は少し体調が悪く成ったので、泊めて貰ったの!」
「泊まれる場所だったのですか?」
「初めは知らなかったのですが、料理旅館だったのですよ!」
「相手の男性は気の毒でしたね!」
「えっ」
「空手で退治されたのでしょう?」話しの成り行きで判った武史は、その様に話を振った。
「そ、そうです!空手の女性が助けて下さったのですよ!」
勘の鋭い武史の言葉は、麻結に自分の妹の友達が助けたと解釈させていた。
「今も病院の看護師をしながら、大阪の道場に月に何度か行っていますよ!」
「危ない処でした!あの男は狙っていたのですね!」
「そんな服装で歩かれると、僕でもむらむらしてしまいますよ!」
「ほ、ほんと!じゃあ誘惑しちゃおうかな!」
立ち止まって、武史の方を向いた麻結。
シースルーの胸の谷間が武史の目に飛び込む。
「や、辞めて下さい!目のやり場に困ります!」
「見えそうで見えないのですよ!」そう言って笑う麻結。
この兄妹に自分は助けられたと思い込んでしまった麻結は、一歩武史に近付いた様に思っていた。
食事処に入ると麻結が「いつまでも大森さんでは他人の様だわ!今日から私は武史さんと呼ぶわ!武史さんも私の事を麻結と呼んで欲しいな!」
「えっ、落合さんではいけませんか?」
「私達、見合いをしてお付き合いをしているのですから、そろそろ武史さんで、、、、、」
恥ずかしそうに言う麻結。
「僕もそれじゃあ、麻結さん!これで良いですか?」
「良いわ!武史さん!ありがとう!」昨夜の出来事のお礼を言った麻結。
この間違いが二人の間を近づけた事は違いなかった。
見合いの申し込み
84-048
「今日は何処に行くのですか?」
「兵庫県立歴史博物館に行こうかと思っています!お城の中に在るのですよ!」
郷土の歴史に関する県民の理解を深め、教育・学術及び文化の発展に寄与することを目的として、特別史跡・姫路城跡内の北東の位置に昭和58年4月に開館しました。
建物は昭和55年(1980)に文化勲章を受章した故丹下健三氏の基本設計です。
別名「白鷺城」とも呼ばれる姫路城をイメージし、壁は石垣を、空調用の換気口は狭間を表しています。
また、ティーラウンジのガラス面には天守の美しい姿が映るなど、随所に姫路城をモチーフにした設計がなされており、記念撮影のポイントとしても人気です。
「姫路城見物も一緒ですね!」
「時間も無いから、充分だと思いますよ!麻結さんと少しでも話せたら僕は、、、、」
「早速呼んで貰ったわ!」
「少し照れ臭いですがね!それよりお聞きしたい事が有るのですが?」
「何でしょう?難しい事ですか?」
「大阪金属の児玉さんってご存じなのですね!」
「えっ、児玉さん?」顔色が変わる麻結。
美咲が話したのに違いないと思ったが、何処まで話して居るのか判らないので迂闊な話が出来ない麻結。
「大阪金属って僕の会社の大きなお得意先なのですよ!児玉って営業の人が僕の事を、内の担当者の安藤さんに聞いた様なのです!」
「何を尋ねたのですか?」
「自分の付き合って居る女性が僕と知り合いだと話した様なのです!」
「それが私なの?」
「魚住に住んでいる女性で役所に勤めて居ると、、、、」
「それって私ですよね!でも私児玉さんとはお付き合いして居ませんよ!実は私の友人で木田美咲がお付き合いをしていると思うのですが?」
「間違えたのかな?」
「他に何か有りましたか?」
「いいえ、安藤さんからは、それしか、、、でも態々挨拶に来られましたよ!」
「そう、、、、なの?」
麻結は不安を感じていた。
元々は自分と交際希望で、三ノ宮のレストランに乱入した児玉。
その後も美咲とも付き合いながらも、麻結にモーションを、、、、、
長い綺麗な髪が魅力的だと交際を希望していたからだ。
美咲から武史の事を聞いている事は考えられる。
美咲も莉子も武史には一度も会っていない。
障害者で腰が曲がっている事は話した記憶が有る。
児玉は改めて武史と挨拶をして、この男と落合麻結さんが真剣交際をする筈が無い。
美咲の話は冗談半分で自分をからかっているのだと思った。
当初はどんな素晴らしい男だろう?ライバルに成るなら蹴落としてやろうと意気込んでいたが、鼻で笑って帰って行ったのだ。
「武史さんは児玉さんとは?」
「殆ど話はしませんよ!事務所に来られた時にお見かけする程度です!」
「会社に来られたら、児玉さんはどの様な感じですか?」
「一言で言えば威張っていますね!子会社の様な存在ですから、みんな気を使いますよ!」
その時、蕎麦定食が運ばれて来てテーブルに並べられた。
「丁度これ位が良いわ!」昨夜の懐石料理に比べると質素でお腹には丁度の様な気がした。
食べ始めると「丁度これ位の暖かさが美味しい季節ですね!」
「一年が早いですわ!直ぐにお婆さんに成りそうだわ!」
目の前で蕎麦を食べる麻結の胸が見えそうに成って、慌てて目を逸らす武史。
その仕草を見て「大丈夫よ!見えませんよ!上から覗いても見えませんわ!」そう言って笑う麻結。
「そうですか?でも色っぽいです!」
「母が買って来たのです!色仕掛けで迫る為でしょうか?」
「お母さんも必死ですね!」
「でももう終わりました!母の負けです!」麻結は安堵した様に話した。
もし妹さんの知り合いが助けてくれなければ、今頃はあの男の餌食に成っていたと思うと感謝の言葉では言えないと思った。
自宅に梅宮が訪れて「実は麻生祐樹さんが正式に見合いを申し込みたいとの申し出が御座いました!」と口上を述べていた。
智光と浅子は梅宮の訪れに驚いていた。
「麻生さんは他の二人の様に、機会を狙うのではなく正式にお見合いの場を、両親立ち合いで行いたいとの申し出でございます!」
「えっ、私達もですか?」
「はい!神戸のKSAの会場で正式なお見合いを希望されて居ます!勿論麻生家のご両親も出席されます」
「えっ、本格的ですね!」
「つきましてはお嬢様には振袖を着て頂きたいとの希望でございます!」
「着物を?見合いも受けるか心配ですのに、着物まで着ると、、、、、」
「色々と余計な出費に成ると思いますねで、費用の足しにして頂きたいとお預かりして参りました!」
封筒を差し出してテーブルに置いた梅宮。
「実はわたくしも着物で行く事に成って居ます!」
分厚い封筒を見て智光が50万は入っていると判った。
「お母さん!どうする?麻結が納得するだろうか?」
「実は先日見合いをさせたのですが、どうも彼の元の彼女が乱入した様なのです!」
「えー、それは大変でしたね!今回時間は充分考えると先方は言われて居ますので、私はお正月が良いと考えています!」
「正月に着物なら、変に思わないですね!」浅子が急に乗り気に成った。
「それではお正月にお見合いと云う段取りで話を進めましょう!湊川神社に初詣の付録で!」梅宮は話を纏めて上機嫌でコーヒーを飲み始めた。
見合いの計画
84-049
『会う事に反対はしないが、結婚を許した訳では有りませんのでね!』
「今日も姫路に行っていますよ!」
「お嬢様程条件の良い美しい方が、選ばれるには多少差が、、、、、、」
「その通りですわ!障害者の方と結婚なんて考えられませんわ!」浅子は力を入れて言う。
「児玉さんはその後何か?」
「いえ、何も聞いていませんね!」
「麻結さんのお友達を通じて、何とかお付き合いを考えられていた様ですが、最近何か別の切っ掛けが見つかった様に聞きましたよ!」
「どちらにしても、麻生さんか児玉さんに娘を貰って頂きたいですわ!その為には梅宮さんのお力が是非必要です!」浅子も必死だ。
智光も自分の策謀が大失敗に成って、浅子に頭が上がらない状況だ。
麻結は武史と県立歴史博物館を散策して、姫路城周辺をゆっくりと散歩して夕暮れに成ってようやく駅に戻って来た。
何をするでもなく、唯二人は色々な話をした。
妹の友人が助けてくれた話は詳しく話せない麻結。
眠らされて強姦寸前に成った話をするのに躊躇いが有った。
それでも妹睦さんの友達が助けてくれたのなら、乱暴される前に助けられたと確信していた。
「近くに在るのに中々行きませんから、今日は麻結さんと散策出来て良かったです!」
「毎日見ていると中々行きませんね!私も明石城毎日見ますが行きませんわ!」
「紅葉の季節に成りましたね!何処かに行きたいですね!」
「紅葉、、、、、」先日の高雄の景色が蘇って即答を出来ない麻結。
麻結が帰るのを待って居た浅子。
「麻結!見合いの話が来たのよ!」
「もう見合いはしなくて良いと聞いたわ!それにこの服恥ずかしかったわ!」
「店員が最近の流行りだと勧めたのよ!高い服よ!」
「姫路のあの男性との付き合いに文句は言わないと言っただけだ!結婚を許すと言った覚えはない!」智光も同じ様に言う。
「麻結は結婚なんて考えてないのよ!変な事言わないで下さい!」浅子が慌てた様に言った。
「まだ結婚は考えていないから安心して、それより見合いは嫌よ!」
「梅宮さんが初詣のついでに少しの時間会って欲しい人が居ると持って来られたのよ!」
見合い写真を見せる。
「今時、こんな見合い写真を?驚きね!」大きな写真を見せた。
「古風な家の様だわ!大阪の南にビルを持たれている様で、お金持ちなのよ」
「でも見合いは嫌よ!」
「神戸のKSAのビルで少しの間会うだけよ!私達も一緒なのよ!」
「えーお父さんもお母さんも見合いに行くの?」
「先方も両親がお越しに成るらしい!」
「わー両親も一緒なの?古い人だわね!それに初詣の時って、正月?」
「麻結の着物姿が見たいのだろう?」
「えー着物を着るの?余計に嫌に成ったわ!」
「でもね!これ見て!」お金の入った封筒を麻結に見せる。
「これは何よ!沢山お金が入っているわよ!」
「着物を着て、髪を結うので入り様も多いでしょうって置いて帰られたのよ!」
「30万入っているわ!これ私が貰えるの?」
「勿論よ!麻結にお願いするので、自由にお使い下さいって事ね!」
既に20万は抜いて渡す浅子。
「気前の良い家ね!お金持ち!」
「どう?初詣で湊川神社に行って、一時間程会えば良いらしいよ!但し着物で来て欲しい様だわ!」
「着物借りなくても成人式の着物が有るよね!後は着付けだけね!」乗り気に成る麻結。
麻結の頭には武史を一度初詣に誘ってあげたい気分に成っていた。
もしかして妹と三人で初詣に行くとか?勝手に計画を描く。
「このお金私の自由に使っていいのね!」
「勿論よ!先方の希望は3日から5日の間が良いって話よ!」
麻結が気乗りしたので、嬉しく成っている浅子。
最初の雲行きではとても見合いは無理の様だったからだ。
このお金が有れば、」睦さんも着飾って一緒に初詣も夢では無い!そんな思いが見合いを受け入れた気持ちだった。
昨日のお礼の気持ちも多少有った麻結。
「日にちは少し頂戴!」それだけ言うと二階に駆け上がった。
「それより、妊娠とか病気は大丈夫なのだろうな?京都の事詳しく聞いてないぞ!」
「元気だから大丈夫だとは思いますが、意識が無い状態!裸で寝ていたのが気に成りますね!」
「だろう?妊娠は判ってからでも対応出来るが、変な病気は困るぞ!暴力団絡みだからな!」
「私がもう少し詳しく聞いて、病院に行くか決めるわ!」
二人は取り敢えず麻結が見合いを受け入れた事で安堵していた。
翌日、lineで睦に連絡をして、神戸の湊川神社に初詣に行かない?と打診した。
勿論お兄さんと三人で着物を着て行こうと誘った。
案の定睦は着物を持って居なかった。
武史の治療費等で出費の多かった両親に言う事が出来なかったと言った。
着物と髪も無料で出来ると送ると「嘘!」と返って来た。
しばらくして年末年始に出勤すると、4日から三日間休めるので可能だと嬉しそうに返事が届いた。
4日か5日なら大丈夫だと決まったが、まだ二か月位先の話だった。
月曜日の夜、浅子は麻結に乱暴されたとか、妊娠の事が有るから病院に行った方が良いのでは?と尋ねたが、麻結は笑って大丈夫だと自信を持って言った。
先日迄は誰が助けてくれたのか?の疑問が有ってもしかしてと疑念を持って居たが、睦の知り合いだと知って安心したのだ。
児玉のトライ
84-050
数日後、児玉がいきなり麻結に一度お茶でもご一緒出来ませんか?と役所に電話をかけて来た。
麻結は美咲とお付き合いされているので、私と二人で会うのは?と断る。
すると児玉は、自分は美咲さんとはお付き合いはしませんときっぱりと言い切った。
そして「落合さんは、あの障害者の男性と見合いをされて居ますよね!」と切り出した。
麻結の頭に不安が過る。
「その後もお付き合いをされているのでしょうか?」
「は、はい!時々会いますが?それが何か?」
「まさか彼とは結婚は考えられて居ませんよね!」
「は、はい!今の処は、、、、、」言葉を濁す。
「そうでしょうね!落合さんが彼の奥さんに成るのは想像出来ませんでした!」
「失礼な方ですね!」麻結は言い方に怒りを覚えた。
「僕の気持ちも一度伝えさせて下さいよ!お願いします!土曜日か日曜日お茶して頂ければ、、、、、思いを伝えさせて下さい!」
麻結は即答を避けて「考えさせて下さい!」と一旦逃げた。
「じゃあ、金曜日の3時に電話をしますので、返事を下さい!良い返事をお待ちしています!」と言って切れた。
仕事が終わって美咲に電話をすると「児玉さん!逃げられたわ!麻結が好きだと言われたわ!」
「私が見合いをした大森さんの事話したの?」
「麻結は大森さんって人と見合いをして付き合って居ると話したわ!諦めると思って言ったのよ!でも数日後、私が振られたわ!」
「そう!今日デート誘われたわ!困るわ!」
「あいつ結構執念深い性格よ!気を付けてね!」
子会社の様な関係だから、変に断ると武史さんに迷惑が及ぶ!でも会いたくない!困る麻結。
自宅に帰ると浅子が「大阪の児玉さん電話有ったでしょう?」といきなり言った。
「えっ、もしかしてお母さんが教えたの?」
「知って居たわよ!役所に電話しますので宜しくって言われたわ!」
返事をさせる為に自宅にも電話をしたのだわ?用意周到な男だわ!
「児玉さんも大手の会社の営業さんでしょう?考えたら?姫路の男より上だわよ!」
浅子は兎に角姫路の大森武史との結婚は避けたい。
麻生はまだ先だけど、児玉って男は直ぐに返事が必要に成る。
児玉は先日の卓也と似た様な匂いがするので、身の危険も多少感じる。
麻結は全く児玉の事を知らないので、本当なら美咲に色々聞きたいが変に思い出させて混乱する可能性が有るので聞く事を躊躇った。
麻生は須永達に、来年の正月に見合いをする事は決まったが、まだもうひとり居るので気を引き締めて監視をして欲しいと伝えた。
名前も住所も判らないので、以前と同じ様に落合麻結の監視をする以外に術は無い。
梅宮を問いただせば直ぐに判るが、その時点で麻生は争奪レースから離脱させられる。
土曜日と日曜日、そして祭日を4人が交代で監視する。
車も変更して近所の目を避ける作戦を考えていた。
もう一人が見つかれば、その男を排除すれば監視は終わる。
そのもう一人の男に不思議と武史は入っていない。
先日も京都で卓也を追い出した後で、姫路へ行ったので尾行が無かった。
金曜日、予定通り3時に役所に電話をかけて来た児玉。
「児玉さんは誤解されている様なので、明日お会いして説明致しますが先日の三ノ宮の(ボルソー)まで来て頂けるのでしょうか?」
「誤解?」
「お会いした時に説明します!」
「何時に行けば宜しいかな?」
「昼は混みますから2時で如何でしょう?」
「じゃあ、明日の土曜日三ノ宮で、、、、、、」
児玉は上機嫌で電話を終わった。
翌日、昼食が終わると「私、今から児玉さんと会って来ます!」
「えっ、麻結が児玉さんと?」嬉しそうな顔に成る浅子。
自宅に電話が有ってから、何もその後の話が無かったので気を揉んでいたのだ。
「何処で会うの?」
「三ノ宮のこの前の店よ!」
来年の正月まであの姫路の男との仲が進展してしまったら、どうする事も出来ないと心配していた浅子。
男と女の仲だから、何が起こるか判らない。
今は哀れみで付き合って居るのだろうが、優しい麻結の気持ちが大きく結婚に傾いたら危険だと目を光らせている。
今の処、食事をして近くをぶらぶらしている様子なので、結婚の二文字が出るとは思っても居ない。
監視の二人は「今日は何処にも行かない様だわね!」
「そうね!もう昼も過ぎたからデートは無さそうね!」
「もう一人の男は今日も見つからずだわね!」
その時、門扉が開いて自転車が走って出た。
「あの子だわ!」
「駅の方向ね!今から電車?」
車は直ぐに発進して、麻結を一気に追い越して行く。
長い髪を秋風に靡かせて走るが、顔は暗い様に見えていた。
「デートに行く感じではないわね!」
「ほんと!顔が暗いわね!でも綺麗ね!」
「だから、麻生さんが惚れたのよ!」車は先に駅前駐車場に入って行った。
「あの動画でオナニーしているのかも?」
脅迫
84-051
静子が駅前で車を降りて、麻結の自転車が来るのを待って居る。
徐々に近づく自転車に横を向いて、顔を隠す様にした静子。
麻結はその横顔に何処かで見た様な気がしたが、咄嗟には思い出さない。
駐輪場に直行の麻結は自転車を止めた時に「あっ、あの人!」と口走って思い出した。
急いで駐輪場から出て周りを見渡したが、先程の静子の姿は見えない。
「静子!馬鹿ね!あの子に顔見られているのを忘れたの?」
「気が付かなかった様だけど!」
「近くで見たら思い出すわよ!電車に乗るのは間違い無いわよ!先に行きましょう!」
二人は改札を出て、麻結が上りか下りか乗る方を確かめる。
「上りだわ!ここで乗りましょう!」
隣の車両に乗る為に見られない様に隠れながら、電車を待った。
昼間の電車は空席が目立ち、隣の車両からでも麻結の姿が確認出来た。
魚住から西明石迄乗ると、新快速に乗り換える為にホームに降り立つ麻結。
長い髪が風に揺れて、時々髪を整える様に手を髪に持ってゆく仕草が、男達の視線を釘付けにしている。
やがて新快速電車が到着して乗り込む麻結。
「神戸か、三ノ宮、大阪だわ!」
「今の時間なら三ノ宮の可能性が高いわ!三島さんに変わって貰いましょう!」
「そうね!私達顔知られているから、三島さんなら大丈夫ね!」
もしも三ノ宮なら三島に尾行を託する事で決まった。
二人の予想は的中して麻結は三ノ宮で下車した。
もうしばらく尾行して、場所を確定すると三島が来る事に成っている。
既に児玉は(ボルソー)に入ってコーヒーを飲んでいた。
何度も何度も時計を見て入り口に目を移す。
今の時間客は少ないので、麻結が来て見逃す事は有り得ないと思っている。
そして、お目当ての麻結がようやく入って来た。
手を小さく上げて手招きをする児玉。
嫌そうな顔をして児玉の席にやって来た麻結。
「今日は一段とお奇麗な髪ですね!」何も変わっていないのに、自分の好きな黒髪を褒める。
店員が来たのでコーヒーを注文すると、席に座って「児玉さん!変な誤解をされて居ますよ!」麻結は早く話を終わって帰りたいので話を切り出した。
「まあ、そんなに急かさないで下さいよ!折角麻結さんとデートが出来たのに!」
「私はデートの為に来たのでは有りませんよ!」
「大森さんとお付き合いをされているのでしょう?」
「はい!大森さんでも妹さんの方ですよ!」
「大森君に妹が居るのか?」
「はい!私はその妹さんとお友達なのですよ!だからお兄さんにも会いますよ!変に誤解なさらないで下さい!」
「お母様からはその様には聞いていませんよ!」
「母と話されたのですか?」
「少しですが、困っているとおっしゃいましたよ!」
麻結は自分と武史の交際の話をこの児玉に喋って居たのか?そうすると先程の話は辻褄が合わない!早く喋り過ぎたと後悔した。
「でもお母さんは結婚をする様な付き合いでは無いとも言われました!僕も確かにその通りですね!彼は障害者で歩くのも不住で、走る事は全く出来ませんからね!と言いましたが若干の不安はお持ちの様ですよ!」
コーヒーがテーブルに運ばれて来て、麻結は手早くミルクをコーヒーに入れた。
普通はブラックで飲むのだが、今は早く飲みたい心境に成っていた。
「お母様は私に是非娘とお付き合いをして欲しいと頼まれました!」
「母がどの様な事を言ったか存じませんが、母の段取りで近日中にお見合いをする事に成っているのですよ!お相手の両親も私の両親も一緒です!」
「本格的な見合いですね!もしかして梅宮さんの仲人ですか?」
あっ、この人見合いの話も知っている。
窮地に成る麻結は、次の言葉に困ってしまった。
その時、三島が入って来て店内を目で探し始めて、直ぐに麻結を見つけて隣の席に座った。
元ボクサーの三島は席に座ると、隣の席の声を聞こうと耳を傾ける。
麻結は隣の席に座った三島に警戒心を持ったが、児玉の席からは反対に成って判らなかった。
コーヒーを一口飲むと「私にどの様にしろとおっしゃるのですか?」麻結は思い切って言った。
「僕と付き合って欲しい!正確に言えば今日が初めてのデートだろう?」
「何故?私が児玉さんと付き合わなければ成らないのですか?」
「見合いを希望したのは、君の両親だ!それに応じたのが私だ!」
「えっ、両親が貴方に私との見合いからお付き合いを頼んだの?」
「そうですよ!梅宮さんを通じてお頼みに成った!でも私は避けられている!変じゃないですか?」
「、、、、、、、、、」言葉に詰まる麻結。
あの両親なら充分考えられる。
梅宮さんに頼んで置きながら、同僚の息子薮内卓也にもデートを頼んだ。
もう少しで自分は卓也に強姦されそうに成った。
「麻結さんは今の状況がよく判ってない様ですね!梅宮さんが三人の男性を推薦してご両親に納得の上、私を含めて三人がアタックする事に成ったのですよ!」
「そんな!私は知りませんよ!」
「ですから、三人以外とはお付き合いをされては困るのですよ!」
「、、、、、、、、、、、」
「私も立場上言わなければ成らない事態に成るかも知れませんよ!」
「それって脅しですか?」
「そう思って頂いても構いませんよ!彼の立場が悪く成りますよ!」
「卑劣な方ね!他の人とお付き合いをしても、貴方は遠慮させて頂きます!」
怒った麻結は飲みかけのコーヒーを残して立ち上がった。
「まだ、話は終わって居ませんよ!」麻結の腕を掴む児玉。
苦渋の選択
84-052
「私にそんなに邪険な態度をして宜しいのですか?月曜日にも彼の解雇通告をさせますよ!」
「卑怯な‼手を放して下さい!」
「もうしばらく話をしませんか?みんなが平和に成れる様に!」
「この様な事をして、私が貴方とお付き合いをするとお思いですか?」
「もう思って居ませんよ!ライバル達に一矢報いてやりたいだけですよ!」
「どう云う意味ですか?」
再び座らされた格好の麻結。
「貴女も大人だ!今の状況が判るでしょう?私も大人げない事をしたくない!でもライバルには負けられないのですよ!」
「それで?どうしろと!」
「そうですね!私の女に成って頂きたい!一度だけ男女の関係に、、、、、」
「馬鹿な事を!」
「よく考える事ですよ!彼の様な障害者があの歳で放り出されたら、生活にも困る筈だ!確か親父は年金暮らしの筈だ!」
「卑怯な人ですね!」再び立ち上がると、今度は急ぎ足で出入り口に向かった麻結。
店を出ると大きなため息が出た。
両親が何故あの様な男との見合いを進めたのか?先日の卓也の顔が二重に重なり脳裏をかすめた。
しばらく歩くと携帯が鳴って、知らない番号が表示された。
「はい!落合ですが?」
「児玉です!」
「な、何故番号を?」
「切らないで下さい!明日一日考える時間を差し上げましょう!良い返事をお待ちしています!」
「ばかな!」
あの様な変な男に携帯の番号まで教えたの?私を困らせて!何が幸せな結婚なの?
正月見合いの麻生って男は、もの凄い形式に拘る人だが、、、、、、、
三島はしばらく児玉を見ていたが、これ以上何も起こらないと考えて店を出た。
そして須永に先程の話を伝えた。
所々聞き取れなかったが、もう一人の男と落合麻結が付き合って居る様で、その男の弱点を見つけて脅している様だと話した。
交換条件はライバルの男を出し抜く為に、落合麻結と関係を迫っていたと報告した。
「何!その男が落合さんに関係を?」麻生は驚いて大きな声を発した。
自分の妻が別の男に関係を迫られる?到底許せない話だ。
「話の内容からすれば、来週の土日だな!厳重に警戒をする様に!それまでに男が見つかれば足の一本も折ってやれ!」
怒った麻生は須永にその様に指示をした。
だが、何処の誰かは判らない。
藪内卓也をライバルの一人と考えているので、残りはこの男一人だと決めつけている。
その男が脅迫のネタを持って落合麻結に関係を迫る!常識の無い男が相手だったのか?
麻生は自分の事は棚に上げて批判をしている。
二人共関係を迫り、先日の男は薬を使い、今度の男は脅迫の材料を持って居る。
その麻結は自宅に帰るともの凄い剣幕で、浅子を問い詰める。
「何故!あの様な卑劣な男に携帯番号を教えたの?」
「卑劣な男?誰なのよ!いきなり怖い顔して、麻結の携帯番号何て誰にも教えないわよ!」
「児玉って人に言わなかった?」
「職場は教えたわよ!あの人卑劣な人なの?」
「脅迫されたわ!」
「脅迫?穏やかでは無い話ね!何を脅迫されたの?」
「お母さんが喜ぶ話よ!」
「私が喜ぶ話しで脅迫?」
「大森さんの会社と取引が有るのよ!それも上下関係のね!児玉さんに睨まれたら困るのよ!」
「たかが営業マンでしょう?それは脅しだよ!」浅子は簡単に言った。
でもよく考えてみると、大森さんと別れる切っ掛けに成るかも知れないと思い始めた。
「何て脅されているの?結婚?」
「その気はないみたいよ!」
「じゃあ、何よ!」
「身体の関係を迫られたわ!」
「そ、それは駄目だよ!結婚を出来ない男とその様な関係は絶対に駄目!障害者の男の犠牲に何故麻結がならなければ成らないの?お好きにどうぞ宜しくお願い致します!って言ってやれば良いでしょう!」
浅子は急に強気に成って言う。
「そうはいかないでしょう?彼に罪はないのだからね!」
それだけ言うと二階の自分の部屋に向かった。
取り敢えず自分の携帯の番号を教えて無かったので安心した。
「美咲ね!自分が振られたから、、、、、」呟きながらジャケットを脱いで携帯を取り出した。
明日中に返事をしなければ、今週中にも武史さんに意地悪を始める気がする。
12年以上男性と肉体関係の無い麻結。
二番目の男があの児玉!「いゃーーーーー」考えただけでも吐き気がした。
だが翌日、武史にlineで児玉の事を尋ねると、評判は良くない営業だっが、コネ入社の様で上層部に顔が利く様だと連絡が届いた。
強気の発言は、その社内の後ろ盾の事だろうと思った。
武史は何故急に大阪金属の営業マンの話を麻結がしたのか?気に成って仕方が無かった。
夜に成って武史は理由を尋ねたが、知り合いが付き合って居る様だと答えてはぐらかした。
9時を過ぎた頃、児玉が携帯に電話をかけて来た。
苦渋の選択で先送り作戦にする事を考えた麻結。
「児玉さんの提案を受けても良いですが、今週末は体調が悪いので来週なら大丈夫よ!お金貰えたら嬉しいのだけれど、、、、、」一か八かの勝負に出た麻結。
それは自分が意外と遊んでいる女だとのアピールだった。
ラブホテルへ
84-053
「金か?幾ら欲しい?」
「片手位は貰っても良いでしょう?先月の人と一緒よ!」
「判った!払ってやる!他の二人はお前の本性を知らないのだな!流石別嬪だ!」
児玉は条件をあっさり飲んだが、電話が終わると笑っていた。
「男は美人に弱い!あの大森もお金を払って付き合って居るのか?そうだろうな!」
児玉は別の意味で脅したと思った。
あの様な障害者が普通の女と恋愛関係に成るとは考えられなかった。
「でもあの男と、、、、、、」考えると多少嫌な気分に成った児玉。
取り敢えずその場を逃れた麻結だが、先送りと今日の話を児玉がどの様に理解したのか?それが一番の心配だった。
案の定木曜日にツムラ金属にやって来た児玉は武史の処に来て「良い女だったか?」そう言ってニヤニヤした。
武史は訳も分からず「そりゃー最高ですね!」と相槌を打った。
「そうか、やはり最高か?」
「はい!芸能界でも上位じゃあないですか?」
「確かにそうだな!何回だ!」
そう言われて指を一本立てる武史。
「判る判る!頑張ってな!また金を貯めてだな!」そう言って武史の前から去って行った。
月曜日に麻結は児玉って人が変な事を聞きに来ると、適当に話を合わせて欲しいと頼んでいたのだ。
自分の友人と付き合って居るので、私にも色々聞いたので武史さんの処にも行く可能性が有ると話して居た。
武史は何も判らずに児玉の話に合わせた。
児玉は武史に何回麻結を買ったか?どうだったか?を聞いたのだが、お互いが何も知らずに話が成立するから不思議だ。
男女の事は暗黙の了解の様な言葉で通じていた。
武史の理解は麻結の友人の女は綺麗、自分は一度会っただけだと理解していた。
そんな武史にも大きな不安が最近どんどん膨らむのだ。
それは麻結に会う度に大きく成る。
童貞の自分は本当に妻を貰えるのだろうか?SEXが出来る身体なのだろうか?
子供が作れる身体なのか?
その疑問は麻結の母親の不安に共通する事なのかも知れない。
毎月検診に行く病院で医師にそれとはなく尋ねてみた。
すると医師は見透かした様に、昔は痛みが走るので難しい時期も有ったが、今は殆ど固まっているので痛みは殆ど無いでしょう!と答えた。
そして「何事も経験してみる事ですよ!」そう言って微笑んだ。
遺伝については多分無いと考えられると答えて武史を喜ばせた。
「一度風俗へ行って遊べば不安も解消されますよ!」帰り際に小声で付け加える様に言った医師。
武史の頭の中では、年末の賞与を貰えば一度遊びに行くのも良いと考え始めた。
同僚の遊び好きの男に一度連れて行って欲しいと頼むと「大森!遊ぶ気に成ったのか?連れて行ってやろう」と大いに喜ばれた。
時間は瞬く間に過ぎて、約束の日が近づいた11月の最終週。
児玉は忘れずに携帯に電話をかけて来て、三ノ宮のこの前の店で待ち合わせをすると言った。
夜は出る事が困難だろうから、二時に待ち合わせをして六時には別れ様と話した。
完全に児玉は商売女として麻結を見ている様な話し方に変わっていた。
本当なら、障害者大森が遊んだ女は相手にしたくないが、麻結が綺麗で好みの女なので我慢したのだ。
もうひとつはライバルの連中が驚く顔も見たい。
休みの度に監視をしている須永達だが、最近麻結が出かける事が少ないので暇している。
武史とは最近はlineか電話が多く成っている。
例の児玉が監視している可能性が有るので、デートでも見られたら嫉妬で何が起こるか危険だからだ。
この危機を乗り切る方法は今の処皆無、児玉はお金を払って一度だけ自分を抱けば去って行くのは保々間違い無い。
その様な事であの男に抱かれるのは耐えがたい事だと思う。
運命の週末がやって来て、早速児玉から最後の時間の確認が届いた。
午後一番に三ノ宮に向けて家を出る麻結。
二人の女が「今頃出て来たわ!近くね!」
「例の男かな?」
「三ノ宮なら、この前のレストラン(ボルソー)の可能性が高いわね!」
「駅に急ぎましょう!」
二人は車に乗ると麻結を追い越して駅の駐車場に向かった。
しばらくして上りのホームに麻結を確認すると、三島に連絡をして「先日の場所で、この前の男と会う様ですよ!」と伝えた。
麻生が怒る男児玉を三人が追っている。
憂鬱な麻結は怖い顔で電車に乗っていた。
「怖い顔で行くのね!」
「あの男から強請られているのよ!」
「あの男を追い払えば、我々の仕事は完了ね!報酬が手に入るわね!」
一月の見合い迄順調に行けばお金が貰えるので、必死に成っている。
予定通り西明石で新快速に乗り換えたので、三島に確実だと伝えて「あの男は三島さんにダウンさせられるわね!」
麻結は逆に三ノ宮に近付くと、だんだん憂鬱な表情に成る。
「どうしよう?」と声に出して呟く様に成っていた。
見世物
84-054
商売女だと児玉に思われた処までは作戦成功だったが、相手は遊ぶ女ならその様に対応するに変わったから始末が悪い。
「じゃあ、お金を払って遊ぶ!」と言われてしまって、もう戻れない麻結。
(モルソー)の看板が徐々に大きく成ると、一層足取りは重くなる。
既に三島は店内に入って、児玉の席と隣に座って居た。
麻結も店の扉を開くか止まった時、後ろから別の客に押されて入ってしまった。
それを目敏く見ていた児玉に見つかってしまい「落合さん!ここですよ!」立って手招きをされてしまった。
児玉は何処から見ても商売女には見えない!良家のお嬢様だ!と自分が錯覚していると思う程だった。
「お待たせしました!」軽く会釈をして、児玉の前に座った麻結。
直ぐにでも先日の話は嘘でした!許して下さい!と謝りたい気分だ。
今それを言っても許される筈もない。
「コーヒーで良いかな?」
頷く麻結を見て、何処から見ても尚更の様に清楚なお嬢様なのに、、、、、
今から、ベッドで遊び尽くしてやろうとも思う児玉。
長い綺麗な黒髪を手でかき上げながら「この近くですか?」場所を尋ねる麻結。
逃げ出すにも遠い方が、チャンスが多いからだった。
「10分程歩けば直ぐですよ!」
ホテルに行けません!と謝るか?それとも逃げ出すか?それをすれば、明日にでも武史さんに災いが、、、、、、
梅宮が揃えた三人は資産家とか、家柄の良い男性三人だが性格等は全く判らない。
その中でも一番の資産家は麻生祐樹だ。
コーヒーが運ばれて来て、落ち着いて飲もうとするが落ち着かない麻結。
12年前に伸一と二度程関係を持っただけで、12年間男性との関係は一切無い麻結にはこの時間は不安で一杯だ。
時計を見て児玉が「コーヒーを飲んだら行こうか?」と逆にそわそわした感じだ。
三島は携帯で二人の女に連絡をして(もう直ぐ出る様だ!歩いて10分程って話して居たから、多分ラブホだと思う)と送った。
由紀子と静子は直ぐに携帯で付近のラブホテルの場所を検索した。
「ここから10分なら、二軒だけね!」
「手分けしましょう、入り口で阻止しなければ入ると面倒な事に成るわ!」
「静子は三島さんと二人で、レインボーの方に行って貰える?私はゴールドフィンガーに行くわ!」
静子はひとりでは阻止出来ないので、三島さんと組む事に決めた由紀子。
三軒有った場合は尾行して襲うしか術が無いと思っていた。
二人は直ぐに行動に移した。
三島は念の為に尾行する事にしている。
児玉が急かす様にコーヒーを飲ませると、席を立ちあがる二人。
茶系のワンピースに薄手のジャケットの麻結。
長い黒髪を無造作に背中の真ん中迄降ろす、ストレートの髪型だ。
児玉が肩を抱こうとすると、するりと前へ進み触る事を拒否する。
諦めた様に半歩後ろを歩く児玉。
自分が先に歩くと、逃げられたら困るので目の届く位置に麻結を置く。
三島が尾行しながら現在の場所を伝える。
須永達は、今日は緊急事態だ!警察に捕まる覚悟を持つぞ!と指示を飛ばして居た。
麻生も何か問題が有れば、色々な処に手を廻して出来るだけの事はするので、未来の妻を守ってくれ!と須永に言った。
ふたつのホテルは比較的近い位置に在り、レストランから少し歩いてもどちらのホテルか判らない。
「落合さん!誰か連れて来ましたか?」急に児玉が尋ねた。
「いいえ!知りません!」
「後ろに一人目つきの悪い男が、レストランからついて来るのですよ!本当に知らないのですね!」
「はい!知りません!誰にも話せる事では無いでしょう?」
「次の角を右に曲がって走って、二つ目の角をもう一度右に入って止まって下さい!」
「は、はい!」
児玉はレストランからホテルの間を、今朝三回下調べをしていた。
用心深い性格がこの時役に立ったと思った。
角を曲がると走り始める麻結。
同じ様に児玉も後を追って曲がると走って、麻結の後ろに直ぐに追いついた。
「そこを右に小さな路地です!」背中を押す様に路地に飛び込む二人。
三島は慌てて追いかけたが、麻結達の姿が消えた。
「しまった気が付かれて、見失った!」
「大丈夫よ!二つのホテルしかないわ!」由紀子は三島に静子の見張る方に行く様に言った。
「何故?尾行された!お前が言わないのに何故だ!」
「本当に誰にも喋って居ません!その様な事言えません!」
確かに知り合いにラブホに行くとは話せないと思うと、先程の場所まで様子を見に戻る児玉。
「気のせいだった様だな!誰も居ない❕行こう!」
しばらく歩くとホテルゴールドフィンガーの前に行く二人。
もう逃げられない!と思った時、麻結の目に飛び込んだのは京都の料理旅館で見た由紀子の姿だった。
「お兄さん!昼間から別嬪さんと?」そう言いながら近づく由紀子。
「君は誰だ!そこをどきなさい!」
「私はあんたに用事が有るのよ!」
「お、俺は用事無い!」
「人の奥さんに成る女性とラブホテルに行って貰ったら困るのだよ!」
「だ、誰の奥さんだと!」
「旦那様の婚約者を連れて昼間からラブホに行くのを見過ごせませんよ!」
「誰だ!お前は?人違いだろう?」由紀子の身体を抑え込もうとした時、鳩尾に一撃が入り崩れて倒れた児玉。
栄転
84-055
「あっ、貴女は!ありがとうございます」
「早く行って、後は任せて!貴女は関わらない方が良いから」
由紀子は児玉のポケットから免許証を出して、スマホで撮影をした。
「は、はい!ありがとうございます」
野次馬の様に人が取り囲み始めると「この男悪い奴で、綺麗な子を見ると脅してホテルに連れ込むので、見張っていたのですよ!」
「私服の警察の人ね!」
「強かったわ!」
「そうなのね!悪そうな顔しているわ!」
「女の敵だわね!」口々に言うと中には持って居た空き缶を投げつける女も居た。
由紀子はその様な人ごみの中を上手にすり抜けて、その場を逃げて三島に連絡をした。
「寸前でダウンさせましたよ!」
「良かったです!麻生さんに報告します!男の名前と住所判りますか?」
「はい!免許証を写しました!」
「それも転送して欲しいな!それで仕事は終わりだな!」
しばらくして目が覚めた児玉の横には警官が二人居て「お目覚めか?女の子をラブホに連れ込んで強姦を繰り返している様だな!」
「俺は?」
「女に気絶させられたのだろう?覚えて無いのか?」
「交番で詳しい話を聞こうか?」
両方から腕を掴まれて交番所に連れられる児玉は、何が起こったのか意味不明だった。
ぎりぎりのところで再び例の女性に助けられた麻結。
帰りの電車で、これで児玉が復讐するに違いない。
武史さんが窮地に陥るのは間違い無い!どうしたら良いのだろう?悲痛な顔で自宅に戻った。
浅子が「麻結も気を付けなさいよ!一流の会社に勤めて居る人でも魔が差す事が有るのね!」
「何か有ったの?」
「今ニュースで三ノ宮のラブホテルにわいせつ目的で女性を連れ込もうとした男が逮捕されたらしいわ!」
「えっ、名前出ているの?」
「名前は出て無い様だけれど、大勢の人が見ていたらしいわ!」
「被害女性は?」
「出て無いけれど、綺麗な女性だったと目撃者の証言よ!」
麻結は自分の事件が報道されていると思った。
武史に(ありがとうございました。助かりました!)とlineを送った。
武史は何も判らずに(良かったですね!今後も気を付けて下さい)と返信した。
流石に日曜日は怖くて外に出る事が出来なかった麻結。
月曜日、智光は朝から驚かされる事に成った。
「支店長!薮内支店長が左遷に成りましたね!」次長が驚いて話した。
「本当だな!本店の文書管理課の課長ってもの凄い降格だな!何が有った!」
そんな話をした矢先薮内支店長が、銀行を辞めると電話をかけて来た。
「何故だ?こんな人事初めてだな!」
「私も全く判らないので本店の重役に打診して見たのだよ!」
「それで、判ったのか?」
「どうやら家族に問題有りの様だった」
「家族に?何か犯罪でも?」
「何も無い!息子が君の娘と見合いしてトラブルに成った事ぐらいだ!お前何か知らないのか?」
「何も知らない!娘も相変わらず障害者の男と時々会っている程度だ!」
「まだつき合って居るのか?」
「俺も家内も反対だから、前には進まないよ!」
「俺はこんな部署で勤められないから、辞表を出す予定だ!長い間ありがとうな!元気でさようなら、、、、、」薮内の寂しい言葉が耳に残って電話が切れた。
電話を切ってから、例の息子の女性問題だろうか?でも息子の女性問題で父親が左遷されるか?信じられない人事に懸念が残る智光。
その智光に夕方本社から、姫路支店の支店長に内定の話が届いた。
内容は姫路と龍野支店の兼務で、重役待遇の栄転だと言われた。
藪内の後を自分が任される複雑な気分だが、重役待遇の支店長は二段階アップの栄転だった。
複雑な中にも栄転の喜びを抱えて自宅に帰る智光。
にこにこ顔で迎える浅子に「何か知っているのか?」
「はい!貴方栄転で重役に成ったのでしょう?」
「えっ、何故そんなニュースが早いのだ!まだ行内でも少数だぞ!」
「それがね!今日梅宮さんが連絡して来たのよ!」
「えっ、仲人の梅宮さんが何故?」
「小耳に挟んだので、先ずは連絡まで、、、、って笑ったのよ!」
「何処で聞いたのだろう?不思議な早耳だな!」
「兎に角おめでとうございます!姫路支店なら電車で行けますね!」
「そうだな!」いきなり言われて喜び半分に成った智光だが、二階から降りて来た麻結も明るい顔で「お父さん!栄転おめでとう!」と祝福した。
昨日の暗い顔から、一転して明るい麻結に驚く智光。
この笑顔には理由が有ったのだ。
先程、武史がlineで(大阪金属の児玉さん!会社辞めたらしいよ!)の文章だった。
あのテレビの報道はやはり児玉の事だったと勝手に思った麻結。
これであの男が武史さんと私に迫る心配は無く成ったとの安心感が笑顔に成っていた。
12月初め、久々に明るい落合の家族。。
新年
84-056
しばらくして武史は生まれて初めて神戸のソープランドに同僚と遊びに行った。
生まれて初めて女性と性的な関係を試す為だった。
浅子の不安は武史にも少なからず有ったのだ。
いきなり結婚して性的不能者では論外で不安だ。
「お前初めてか?リラックス、リラックス!」と同僚は言ったが、武史は不安が一杯だった。
また腰が痛く成るのでは?今度は歩く事が困難に成るのだろうか?
そんな不安を抱えて、相手をしてくれたのは少し年配に見える女性だった。
「腰が悪いのね!初めて?」
「はい!初めてです!」
「歳は幾つなの?」
「30歳に成ります!好きな女の子でも出来たのね!」
武史の心を読んだ様な一言に頷く武史。
「正直な人だね!私そんな人好きだよ!丁寧に教えてあげるからね!」
茜と云う源氏名で40歳に近い女性は親切に時間を要して、武史の腰の具合を見ながら色々アドバイスをしてくれた。
乳房の揉み方、乳首の吸い方から舐め方、挿入まで実地教育を受けた武史。
彼女は最後に「すっきりした?」と笑顔で尋ねた。
頷くと「今の感じなら充分彼女とも出来るわ!安心しなさい!」そう言って見送られた。
武史は急に自信が湧いた気分で同僚に「不安は消えたよ!」と笑顔で言った。
僅かなボーナスを使って来た甲斐は、武史には十分すぎる程有った。
年末に成って麻結も武史も仕事が忙しくて、休みの日は特に武史は休養に成る。
電話とlineは殆ど毎日交換している。
梅宮も二人の交際に口出しせずに見守っている。
武史の担当の倉田も梅宮に言われて、今年中は何も聞かない様に気を使っていた。
普通の交際の場合は、仲人が結構催促するのだ。
梅宮には三人の男を紹介した結果がまだ出ていない。
特に最後の麻生祐樹には大きな期待を持って居る。
チップも沢山貰っているので、大抵の事は無理難題を聞いている。
唯、大森武史との交際の事は喋って居なかった。
伝えるタイミングを逸したのと、勝負に成らない相手だと決めつけていたからだ。
智光の姫路支店への移動は正月明けに成る。
今は垂水支店の引継ぎの最中で、年末と重なって忙しい。
姫路の薮内支店長は年内で退職する事に成っているので、引継ぎが無いので相談役と一緒に新年の挨拶回りをする事に成っていた。
新年の挨拶と同時に4日の段取りを話す麻結。
見合いは午後の三時に決めたので、二時半頃までは三人で湊川神社の周辺で遊ぶ事が出来る。
「私は先に着付けと髪をして貰って友人と初詣に行くからね!」
「えー三人一緒に行く予定にしていたのに!」怒る浅子。
浅子もホールの美容室で着付けと髪を頼んでいた。
「私は既に時間変更したから大丈夫よ!」
「手回しが良いわね!」
それでも今日は何も言わない浅子。
今臍を曲げて見合いが中止に成ったら、元も子も無いから低姿勢に成っている。
「帰りはお父さんの車で帰るでしょう?」
「はい!その予定にして居るわよ!」
三日の夕方梅宮から最終確認の電話が有ると、上機嫌で応対する浅子。
「麻生さんと親戚に成ればもっと良い事が有るかも知れませんよ!」
「えっ、良い事?」
「ご主人出世されたでしょう?」
「は、はい!何か関係が有るのですか?」
「またおいおい、お聞きあそばせ!」梅宮は意味ありげに言って電話を切った。
武史は妹の睦を乗せて麻結の自宅の近くまでやって来た。
流石におめでとうございますと挨拶に自宅に迎えに来られない。
麻結は正式に見合いをしてお付き合いをしているのに、両親に挨拶もして貰えない境遇を気の毒に思う。
でも姿を見れば、今日の見合いも中止に成る程怒るに違いない。
自宅から少し離れた空き地に車を止めて電話をすると、麻結は荷物を持って自宅を出た。
「家に迎えに来ないの?」浅子の声を聞き流して、急ぎ足で空き地に向かう麻結。
祖父の智樹が微笑みながら「鯖寿司の君か?」と言った。
「内緒よ!お爺ちゃん!」人差し指を口に持って行く麻結。
「良い男なのに、あの二人には判らないのかな?」
「ありがとう!行って来ます」
麻結は祖父に見送られて空き地の軽四に荷物を持って乗り込んだ。
「お待たせ!行きましょう?」
「あけましておめでとうございます」後部座席から睦が挨拶をした。
「おめでとう!」
「今日は本当にありがとうございます!着物も借りて頂いて着付け迄!」
「いいのよ!今日の相手が出してくれたのよ!」そう言って笑う。
「そんなに出して貰ったら、断れないのでは?」
「興味無いの!特にお金持ちは嫌いよ!睦さんには色々助けて貰ったからね!」
「そんなに、、、、」
京都と先日の三ノ宮の件で助けて貰ったと思っている麻結。
「でも空手って女性でも強いですね!」
「相手が素人なら一撃ですね!」
「有段者は本当に強いわ!」
三ノ宮での一撃で児玉を倒した事を話して居るのだが、話がかみ合っていなかった。
「着付けと髪に一時間以上係るけれど、お兄ちゃん時間もて余すね!」
「手伝おうか?」
「それって着替えを見るって事じゃないの、変態よ!」そう言って笑う三人。
三人で居ると、何故か和やかな雰囲気に成ると思う麻結。
この様な空気が好きだと思っていた。
美しい着物姿
84-057
武史の運転する車は10時過ぎにKSAのビルの駐車場に到着した。
「兄貴!どうして時間を?」
「先程目の前にパチンコ屋が有ったぞ!」
「えーパチンコするの?」
「今の時間を潰すのは、喫茶店では時間が足らないぞ!」
「パチンコなら、お金が足りないわよ!」
「二時間も有れば映画が観られるわよ!」
「漫画喫茶が在るわよ!」睦がネットで調べて教えた。
「それに決まり!」そう言って武史は嬉しそうに車を降りた。
「じゃあ、二時間程時間を潰して来るかな?」
「昼食は会館で弁当を頼んでいるからね!何も食べずに帰って来てよ!」麻結が杖をついて歩き始めた武史に言った。
睦と麻結は着付けと髪をしてくれる地下の美容室に向かった。
しばらくして「こんな高い着物借りて貰えるのですか?」
「恩人だから、それ位は安いわよ!」
睦はこの前から麻結に恩人だと言われて不思議に思っていた。
美容院でカットを止めた程度で、それ程何度も恩人って言われて高級な着物を着せて貰って、髪も結って貰える?何故?不思議に思いながら、初めて着物に袖を通す睦。
麻結は自前の高級な着物を自宅から持参して、着付けが始まる。
二人で笑いながら着物を着て、髪をセットして貰うと時間は瞬く間に過ぎて美しい姿に変身した。
特に麻結は自分の髪をアップにしているので、際立つ美しさが一層光った。
「落合さんは髪が綺麗から着物を着てアップにしたら、素晴らしいですね‼お兄ちゃん驚くわ!」
「そうかしら?」
「間違い無いと思いますよ!」
「莉子の結婚式以来だわ!莉子さんって友人ね!」
姿見で全身を映して、身体を回転させる麻結。
時計を見て「もうそろそろ、戻って来るわね!」
「本当に美しい方ですね!着物が映えますね!」美容院の女性も麻結の美しさに褒め称えた。
こんな綺麗な人がお兄ちゃんの奥さんに?本当かな?睦は頬を抓ってみたく成った。
「兄が戻って来た様です!」
「じゃあ、レストランに行きましょう!」
「荷物はコインロッカーに別々に入れますね!」
「そうね!私帰りは5時過ぎると思うわ!」
「お見合いですよね!家族で、、、、、」
「形だけよ!私は興味ないのだけれどね!」
そう云う麻結の言葉だが、自分達とは恪の違う人が見合いの相手だと直ぐに理解出来た睦。
時計を見ながら、両親が会館に来る前に移動してお置かなければ、また怒り出すと考える。
レストランに二人が上がって行くと、視線が麻結に注がれるのが手に取る様に判る睦。
武史の姿を探すと小さな男が杖をついて、壁にもたれて立っている。
「あそこ!」指を差す睦。
直ぐに麻結も武史を見つけると小さく手を振った。
視線がこの綺麗な女性の手を振った先に行った。
「私席を確保して来ます!」睦がテーブルの方に行く。
「綺麗ですね!」武史の最初の言葉がその一言だった。
「ありがとう!向こうのテーブルに行きましょう!」そう言って手を差し出した麻結。
初めての仕草だった!手を繋ぐ事が殆ど無かったと思う武史は驚いた。
自分の見合いの場に連れて来た男が気に成ったのと、この場の視線を消し去るのが目的だった。
お正月用の弁当が、睦が座ったテーブルに直ぐに運ばれて来た。
予め予約をしているので、早いのだが高級弁当で値段を聞くと怖く成る。
三人は座ると直ぐに食べ始めるが「この弁当高いでしょう?」武史が食べ乍ら麻結に尋ねた。
「多分!お父さんが払ったから判らないわ!」
「ありがとうございます!」お礼を言いながら、両親が許してくれたのかな?睦も同じ事を考えたが、そんな筈は無いと直ぐに否定した。
未だに紹介も挨拶もしていないのに、ご馳走だけ出してくれる筈は無い。
見合いをしてから、三か月以上経過しているのに電話で話す事も無い関係。
「本当に着物姿綺麗ですね!」
「睦さんも着物姿綺麗でしょう?」
「馬子にも衣装って言いますからね!」
「失礼な!」怒る睦。
しばらくして食事が終わると「撮影をしましょうよ!」
「そうね!妹さんも一緒に写して下さい!」
レストランを出て、二人がポーズを決めて武史が撮影をした。
睦だけの写真も沢山写す。
麻結の写真は動画も含めてもういいでしょう!と言いたく成る程写す武史と睦。
睦には今後二人が結ばれる様な気がしなかった。
今日が最後の様な気が胸騒ぎの様に湧き上がっていた。
武史も同じで、こんなに綺麗な女性が自分の妻に成る事が全く想像出来なかった。
二人が会館を出て湊川神社の方に歩き出した時、浅子達の乗った車が地下の駐車場に入って来た。
本当に危機一髪で(麻結!今地下の駐車場に着いたわ!何処に居るの?)lineが送られて来た。
(友人と初詣中よ!時間までには帰るわ!)送り返すと(遅れないでよ!)
湊川神社、南北朝時代に活躍した智・仁・勇の名将、楠木正成公を祀り、楠公[なんこう]さんの愛称で親しまれている神社。境内の表神門右手には、水戸光圀[みつくに]直筆の正成公の墓碑がある。
「凄い人ですね!」武史は人の多さに驚きの表情に成った。
着物にショールを羽織った二人は、その大勢の中でもひと際目立つ。
背は睦の方が少し高いが、髪がアップで殆ど変わらない!武史は人ごみに埋没する程だ。
真実
84-058
長い時間並んで三人が参拝をした。
「間に合ったわ!私戻らないと時間なのよ!」
「早く行って下さい!私達はゆっくりと戻ります!着物は着付けの処に持って行けば良いのね!」
「詳しい事は美容院で聞けば判ると思うわ!」そう言うと麻結は人ごみを掻き分ける様にして、会館の方に急ぎ足で向かった。
「お兄ちゃん!何をお祈りしたの?」
「睦と家族が健康で過ごせる様にって、お祈りしたけど!」
「えーーー麻結さんと結婚出来ます様にってお祈りしなかったの?私はしたわよ!お兄ちゃんと麻結さんが結婚出来有す様にってね!」
「ありがとう!睦だけだな!そう言ってくれるのは!俺は今からお見合いをする人と彼女結婚するのじゃないかな!そう思った!」
「そんな事思いたくないわ!」
「だって正月から家族同士の見合いだぞ!俺何て一度も話した事無いのだぞ!初めて会ってから三か月以上過ぎているのだぞ!」
「でも麻結さんは間違い無くお兄ちゃんの事好きだと思うわよ!期待して、、、、、」
睦の言葉も虚しく感じる。
しばらくして二人が着物を返却に行くと「ご一緒の方綺麗な方でしたね!お見合いですか?」
「彼女の相手は私のお兄ちゃんよ!」睦は精一杯の見栄を言った。
しばらくして、私服に着替えて上の階に行くと、高級そうなカメラを構えた男性が遠くに見えた。
その先に立つのは、麻結の姿だった。
「あの男が見合いの相手かな?180位有るわね!」
独り言を呟くと武史に電話をかけた睦。
既に地下の駐車場の車に乗っていると云うので、地下に移動する睦。
振り返って麻結の方向に「兄ちゃんを捨てないでね!」呟く様に言った。
「お待たせ!」扉を開いて乗り込む睦。
「背の高い男性だったな!」ぽつりと言う武史。
「お兄ちゃんも見たの?私も今見たよ!高級そうなカメラで麻結さんを撮影していたわ!」
「そうか!帰ろうか?」
睦は車の中で兄が泣いていた様な気がした。
相手は金持ちの息子で背が高い。
兄が逆立ちしても敵わない相手だ!病気で背が伸びずに曲がった腰!どんなに頑張っても敵わないと思うのも致し方ない。
しばらく走って高速に乗ると「正月から、楽しかったな!睦の着物姿も素敵だったぞ!そろそろ彼氏を見つけないとな!」
「兄ちゃんが先だよ!」
「俺の結婚を待って居たら、婆さんに成るぞ!」
「そんな事無いよ!」本当なら麻結さんと結婚って言いたいが、今は言える様な雰囲気では無かった。
会場では麻生の両親が、落合夫婦に月末歌舞伎座に一緒に行きましょうと誘っていた。
元々チケットを買っていたが、取引先に貰ったので一緒に行きましょうと口説いていた。
「日曜日ですから、ご主人とお二人で」
「ありがとうございます。是非ご一緒させて下さい!」浅子は乗り気に成る。
そこへ祐樹と麻結が戻って来る。
「素晴らしいモデルを得た気分ですよ!」
「沢山写したの?」
「ご覧に成りますか?」母久美子の傍に行くとカメラのモニターを見せる。
「本当ね!美しい写真に成って居ますわね!」
「モデルが良いからだよ!」
「祐樹のカメラ道楽にも困ったものですよ!」父の大吾が微笑みながら言う。
「そうでもないよ!」
「今日持って来たカメラでも二百万近くするだろう?」父が言う。
「えー、二百万もするのですか?」大袈裟に驚く浅子。
「良いカメラもモデルで全く出来が違いますよ!今日は素晴しい出来です!」
「すみませんね!沢山写して」大吾が麻結に謝る。
「こんなに沢山の写真撮られた事が無くて驚きましたわ!」
「今日の着物姿がそれだけ素晴らしいのですよ!」
「カメラは怖いですわ!心の中まで写されそうですわ!」
着付けと髪のセット代を出して貰ったので、仕方なくモデルを引き受けた麻結だったが、うんざりしていたのだ。
早くここから抜け出して、睦と武史に話がしたい気分だ。
「祐樹は写真ばかり写して、麻結さんと話はしたの?」
「少し話をしましたよ!」
「麻結さん!祐樹は口下手ですからね!女性に思いを上手に喋れないのよ!」
「お袋!麻結さんの髪綺麗でしょう?全て自分の髪の毛なのですよ!僕は写真写すから、素晴らしさがよく判ります!」
「ありがとうございます!」麻結が軽く会釈をして微笑む。
麻結は浅子に小声で「そろそろ、時間!」と言った。
「月末にお二人と一緒に歌舞伎座に行くのよ!」
浅子が嬉しそうに言うのは、この見合いは麻結の一存では断れないと案に仄めかした。
「今日は二人の顔見世の様なものです!何度か会う間にお互いの良い所が見えて来るでしょう!」智光も話しに拍車をかけた。
「両家が親戚に成ると、色々支店長にも良い事が有りますよね!」梅宮が口を挟んだ。
「梅宮さん!思わせ振りの話は駄目ですよ!はっきり説明して置きましょう」
「は、はい!」
「麻生吉蔵ってご存じですか?」
智光は少し考えて「確か個人株主で一番の、、、、、えーご親戚?」
「私の父なのです!」
「えーー」
「私は新宅で、兄貴が御社の本社で社外取締役をさせて頂いています!親父は既に88歳に成って居ますので、口出しはしませんがね!」
「全く存じませんで、申し訳ございません!」立ち上がってお辞儀を深々とした智光。
「薮内さんの件はご存じでしょう?祐樹がどうしても許せないと、父に直談判をした様なのです!」
「、、、、、、、、、、」言葉を失う智光。
背中が冷たく成った。
撮影モデル
84-059
藪内卓也に薬を飲まされて、もう少しで強姦される寸前だった麻結。
その光景を思い出すと背中に汗が噴き出る気分に成った。
でもこの人達が何故知っているの?
もしかして、、、、、、と考えながら否定する麻結。
「これから末永くお付き合いを致しましょう!」そう言って笑う麻生大吾。
しばらくの談笑の後、麻結は半ば強制的に来週の成人の日デートの約束をさせられた。
帰りの車の中で浅子は興奮気味に「凄い人と知り合いに成ったのね‼お父さんも今月から重役待遇の支店長!この見合いは必ず成功させましょう!」上機嫌の浅子。
「私は気が重いわ!」
「何故?大金持ちじゃないの?」
「俺は一瞬怖く成ったな!薮内の事調べていたのだな!あの話から察すると、上層部の行員は全て調べているのだよ!麻結の事もそれで白羽の矢なのだよ!」
「でも卓也さんの事まで調べたのね!付き合って居た彼女が、、、、、怖いわね!でも卓也さんと結ばれなくて良かったのよ!」浅子は既に麻生祐樹の嫁に娘が成った様な気分だ。
「そんなに出世がしたいの!」怒った様に言う麻結。
「当たり前でしょう!麻結がまだ断らないあの障害者の人の方が良い筈無いでしょう?今日の麻生さんとニ三度会って、悪い処が無ければ直ぐに梅宮さんに伝えて断るのよ!ペナルティは我が家で払いますって言ってね!」
「そんな事、直ぐには出来ないわ!」
麻結の脳裏には昼間三人で楽しく湊川神社に参拝した事が蘇る。
(お見合いどうでしたか?今日は本当にありがとうございました!初めて着物を着せて貰って嬉しかったです!先ずはお礼まで!)睦からのlineだった。
「誰から?」
「女友達よ!」
「本当なの?あの障害の人では?」
「違うわよ!」怒る様に言う麻結。
今は返信出来ない状況だ!横で浅子が目を光らせている。
着物を着た事がなかったのか?成人式も有ったのに、、、、、、
「私、着物着たくないからね!」睦は母の「成人式の着物どうするの?」の問いに強い調子で答えていた。
武史の治療費と大学の学費で生活が苦しいのを知って居るから、睦は自分の希望を押し殺して言ったのだ。
父の武男も60歳を過ぎていて、給料が大きく減少している時だったので、とても言えなかった。
今の両親は年金暮らし、兄も一応は働いているので生活には困らない。
睦の夢は兄の結婚と子供が産まれる事、それが実現されるなら何も望まないと湊川神社でもお祈りをしていた。
「あの娘さんの事、祐樹さんは気に要ったの?」母親が帰りの車で尋ねる。
「モデルとしては最高の部類だな!前にも言ったけれど髪が綺麗なのが一番だよ!結婚したらヌードでも撮影するかな?」
「祐樹さんの頭にはカメラしかないの?」
「まあ、ヌードでも何でも良いから、早く結婚をして孫の顔が見たい!お前が気に要る女を探すのがこんなに大変だとは夢にも思わなかった!」父がぼやく様に言った。
「少し脅したので、あの支店長震えていましたね!」
「薮内支店長とは仲が良かったらしいからな!あの話は堪えただろう!」
「児玉の話もすれば良かったのに!」祐樹が言う。
「あそこで児玉の話をすれば、怯えるだろう?そうなれば逆効果だぞ!」
「大阪金属にお爺さんの知り合いが居て助かったよ!」
「お爺さんはお前には優しいからな!でも早くしなければもう直ぐ90歳で長くは無い!」
「大丈夫だよ!元気溌剌!祐樹!お前の嫁を見るまでは元気で頑張る!と張り切っていたよ!」
「年寄りは急なのだよ!まあ、早く嫁を見せてやれ!」
「今日の感じなら、あの子に決めるかも、、、、、」
「そ、そうなの?梅宮さんに言わなければ駄目ね!」母の久美子は声が裏返って喜ぶ。
麻生の家では梅宮にこの縁談が決まれば、ボーナスとして規定の金額に上乗せ百万を個人的にお支払いしますから、頑張って下さい!と見合いの数日前に伝えて居た久美子。
とは言え、相手の思いはともかく祐樹が気に要るか?それが最大の焦点だった。
過去にも良いと言って見合いをさせて、駄目に成ったのは度々なのだ。
「苦しかったわ!」自宅に帰ると開口一番に言う麻結。
「少し待って、そのままお爺さんの所へ行って来なさい!着物姿が見たいって言ったわ!」
「そうなの?じゃあ、行って来るわ!」
麻結が隣の家に行った時電話が鳴って、梅宮が先方のご家族が大いに気に要られた様ですと話して縁談を早急に進めると言った。
電話が終わると智光が「余りにも早いのではないか?」と驚きの表情で言った。
浅子は「それ程麻結を気に要ったって事だわ!貴方の今以上の出世も間違い無いわね!」
「私は今でも充分満足しているよ!余り急がせえると帰って反発するよ!」
「放って置いたら、またあの様な男と付き合うわよ!どう解決するの?」
「兎に角、あの男は問題外だが、麻結の気持ちが固まるまで急ぐのは良くない!」
「貴方はいつもそう言って失敗をするのよ!薮内さんの事も大失敗でしょう?」
「あれは全く予想出来なかった!」
麻結が智樹の処に行くと「お婆さん!麻結の着物姿最高に綺麗だよ!」
「本当ね!智康はアメリカに行って正月も帰らなかったから、麻結が着物姿を見せてくれて嬉しいわ!」
「半導体の仕事は大変らしいわ!」
「ところで、着物姿を鯖寿司の彼には見せてあげたのか?」
「うん!一緒に湊川神社に初詣に行ったわ!」
「それは良かった!今日の見合いの相手はお金持ちらしいな!着付け代とかを出してくれたと聞いたな!」
「おかげで私はモデルの様に扱われたわ!」
「モデル?」
「カメラの撮影モデルの様に、ポーズをして次々と写すのよ!ヌードに成れと言いそうな位だったわ!」
「カメラマンか?」首を振る麻結。
決別へ
84-060
「その麻生って、薮内支店長を追い出したのか?」智樹は麻結の話を聞いて危険を感じた。
「私が断ったら、お父さんにも被害が及ぶ?」
「可能性は有るな!」智樹の言葉に心配に成る麻結。
家に戻ると「梅宮さんから先程電話が有ったのよ!先方さんが乗り気だって、こんな良い縁談早く進めましょう!だって」浅子が笑顔で言った。
「えっ、今日初めて会ったのに!性急な人だわ!」
それだけ言うと、着替えを始める為に奥の部屋に入った。
浅子も一緒に付いて行くと「良い相手だと思うわよ!姫路の人は前にも言ったけれど、子供が作れる身体では無いかも知れないのよ!病気の遺伝は無いとしても子供が作れないと致命的よ!」
「、、、、、、、、」何も喋らず帯を解く麻結。
「性格が良いとか心が綺麗だけでは生活出来ないのよ!」
「SEXが出来ないって話しなのね!」ストレートで言う麻結。
「ま、まあそうね!」浅子は頬を赤くして返事をする。
「そうかも、、、、、、」麻結も気に成るのか同意する様な言葉を吐いた。
「今日の話聞いたでしょう?お父さんの銀行に力を持って居る人の孫でしょう?将来は銀行に入るかも知れないわよ!」
「でも今は証券会社の営業よ!銀行に入れるの?」
「大株主って話して居たでしょう?可能性は有るわね!」
「ふーーーーーーーすっきりした!」
着物を脱いで長襦袢姿に成ると楽に成って大きな息を吐いた麻結。
「後は二階で着替えるわ!」そう言うと長襦袢姿で階段を駆け上がった。
携帯で睦に「連絡遅く成ってごめんね!今帰って着替え中!」
「今日は本当にありがとうございました!今写真見ているのだけれど、落合さんと私じゃまるで違うわ!綺麗ですね!」
「武史さんは?」
「今お風呂に入っています!」
「見合いはどうでしたか?」
「カメラお宅ね!私はモデルだったわ!」
「はい!少し見ました!背の高い立派な方でしたね!」
「そうね!でも金持ちのぼんぼんね!」
「お兄ちゃんの事捨てないで下さいね!今日見ていたら可哀そうに成って、、、、、」
「武史さんの事好きだから、安心して、、、、、、、、」
「お願いします!今日は一生の思い出に成りました!ありがとうございました」
「大袈裟ね!」
「初めて着物を着て髪を整えて初詣に行ったから、嬉しかった!」
その後は泣く様な声に成って電話が切れた。
余程嬉しかったのだろうと思う麻結は、思わず貰い泣きをしてしまった。
そこへ浅子が来て「長襦袢を貰いに来たよ!」そう言って扉を開いた。
「麻結!どうしたの?泣いていたの?」驚く浅子。
「何でも無いわ!嬉し涙よ!」
「嬉し涙?」
浅子はこの時、勝手な誤解をしてしまった。
長い間彼氏が居なかった麻結が、彼氏が出来て嬉しくて泣いていたと思った。
麻結は長い間行く事の無かった伸一の自宅に行きたく成っていた。
自宅からそれ程離れていなかったが、葬式の後に一度行っただけでどうしても行けなかった。
事故現場には毎年行くが、自宅とか墓には全く行かなかった。
行くのが怖かったと云うのが正しい。
西明石の駅の近くの住宅地のマンションに住んでいた伸一の家族。
誘われたのは武史だった。
武史の車で一緒に向かったのには理由が有った。
麻結は自分が伸一以外に好きに成った男性として選んでいた。
「この先の左側のマンションよ!」指を差した。
自宅で伸一の墓を聞こうと思ってやって来たのだ。
武史は何故ここに来たのか知らなかった。
マンションの前に車を止めると「見て来るわ!待って居て!」そう言ってマンションに入って行った。
既に老朽化している古ぼけたマンションだ。
しばらくして麻結が戻って来て「5年程前に引っ越されたらしいわ!」
「場所は判ったの?」
「管理会社に聞けば判るかも知れないと言われたわ!」
「そこに行きましょう!」
「すみませんね!変な事に付き合わせて、、、」
「良いのですよ!僕は麻結さんと一緒なら、それだけで嬉しいのです!」
「ありがとう!今頃大昔の彼氏の家を探すって変でしょう?」
「何かを伝えたいのでしょう?」
ズバリと言われて驚く麻結。
「もうひとつ言えば、報告?相談?ですね!」
「武史さんは何でも私の事判るのね!驚きだわ!」
「空蝉を残して飛び立つ準備ですね!」
「そうね!そうなれば良いのですが?」
しばらくして管理会社に到着すると、武史を残して事務所に入る麻結。
綺麗な女性に驚いたのか事務員が「家?マンション?」と言いながらカウンターにやって来た。
麻結はマンションの名前を言って、坂上さんの引っ越し先を教えて欲しいと言った。
男は書類を出して来て「5年程前の坂上さんですね!」そう言いながら今度はパソコンで調べ始めた。
しばらくして「九州に帰られましたね!娘さんが嫁がれてから地元でしょうか?帰られた様ですね!」
住所を紙に控えると「ここが一応連絡先で聞いていますね!」
手に持った紙には大分県の住所が記載されていた。
「田舎に帰れたのね!伸一も、、、、、、、」呟きながら事務所を出る麻結。
髪フェチ野郎
84-061
「大分に帰られた様だわ!家族はね、確か妹さんと弟さんが居たわ!」
住所を書いた紙を武史に見せた。
「大分県の日田なのですね!」
「その様ですね!私も九州としか聞いてないので、何処なのか知りませんでした」
「どうされるのですか?」
「行くなら遠いので三連休位しか行けませんね!」
「こちらには菩提寺は無いのですね!」
「はい!多分無いのだと思いますね!伸一のお墓の場所は聞いた事無かったわ!」
麻結は遠い昔を思い出す様に言った。
葬儀の時。両親と、妹達二人が泣く姿が麻結の脳裏に蘇っていた。
麻結はその時、既に涙が枯れて泣きたくても泣けなかった記憶だった。
武史は急に麻結が伸一の墓参りを思い付いた理由が気に成っていた。
明らかに正月以降急に変わった様に思えたのだ。
それは結婚を意識している様に思える。
相手は?自分では無い様な気がしているのだ。
それは麻生と云う見合い相手が対象の様に思っていた。
麻結も武史との結婚には大きな反対が付き纏い、中々その方向に進まない。
もうひとつの懸念は本当に母浅子が言う様に、子供を作る能力が無い可能性も有る。
ふたつの大きな難関が麻結の脳裏に有る。
武史は好きだけれど、結婚の二文字には踏み出せない原因だった。
麻生祐樹には正直何も感じない。
だが智光の会社での地位は確実に上がっている。
今後二人が結婚するとその地位は盤石な物に成るだろう!
武史が駄目なら、既に抜け殻状態に成る自分は、父の為に結婚しても、、、、
「今日はありがとうございました」
夕方魚住駅前で別れた二人。
車を降りる時「武史さん!大分まで一緒に行って貰えますか?」麻結は思い切って言った。
「いいですよ!いつでも連絡下さい!合わせます!」
「ありがとう!」
今日ずーと悩んでいた麻結は最後に成って口に出した。
武史は高速の手前で車を止めると妹睦に電話で麻結の話をした。
「お兄ちゃん!それって麻結さんがお兄ちゃんに旅行に行こうって誘ったのよ!」
「確かにそうかも知れないが、それが僕との結婚を意味するとは思わないけどな!」
「でも何かの切っ掛けに成る様に思うわよ!頑張って!」
「湊川神社に行った日から、何かが少し違っている様に思うのだよ!」
「確かにね!着物着せてくれたでしょう、あれでも凄くお金使っていると思うのよ!相手の人が着物を着て欲しいと言ってお金を出した様だけれど、、、、」
「今日も昔の彼氏の家を探しに行っただろう?何かを決断したのだと思うよ!」
翌日麻結は洋服に身を包んで、長い黒髪をストレートに伸ばして居た。
10時過ぎに自宅の前に高級車が止まって、大柄の祐樹が降りて来た。
庭に出ていた智樹「おはようございます!」と軽く会釈をしながら言うと「麻結さんは?」そう言って玄関の方を指さした。
「祖父です!孫娘がお世話に成ります!」そう言って玄関の戸を開けた。
「お客様だよ!」
「はーい」浅子の声が聞こえて、出て来ると「おはようございます!麻結さん!準備出来ましたか?」
「麻結!」
「はーい」の声と一緒に白のセーター姿の麻結が出て来ると「おおーー素晴しい!黒髪が映えますね!」
白のセーターに黒髪が本当に映えているのだが、他には目もくれずに麻結の肩に手を伸ばした。
直ぐに車の方に案内する様にしながら、既に麻結の髪を触っている。
扉を開くと「どうぞ!」乗る様にエスコートする。
すると、直ぐに運転席に乗り込んで発車した。
呆れる智樹は「何だ!あの男!私には一言も無かったぞ!」目で車を追いながら言う。
「麻結しか見えない様ですよ!それも黒髪!見合いの時も同じでしたけれど、今日の方が凄いわ!」
「麻結!今日は明石大橋を走りましょう!風に靡く黒髪の写真を写してみたい!」
第二神明道路の方に高級外車は走って行く。
昨日は軽四で今日は外車で広々、後部座席には得意のカメラケースが大きな顔をして座って居る。
この感じならまたモデルに成るのね!
麻結は膝にコートを抱えて座って居た。
車から降りると風が冷たい様で、コートを羽織る予定にしている。
車は高速道路を明石海峡大橋方面に向かった。
「僕と結婚したら、週に一度は美容院へ行って貰いますよ!今は月に一度ですか?」
「は、はい!」返事をしながら、相当な髪フェチお宅な人だと笑っていた。
兵庫県明石市と淡路島を結ぶ世界最長のつり橋で全長3,911メートル、中央支間1,991メートルで、1998年に完成し大鳴門橋を渡り四国の鳴門市までの”神戸淡路鳴門自動車道”ができました。主塔の高さは海抜297メートルで、東京スカイツリー、東京タワー、あべのハルカスに次いで大きくギネス認定もされています。日本全ての橋梁技術を集め、風速80メートルの台風やマグニチュード8.5の地震にも耐えうるよう造られました。ライトアップされたつり橋は暗い背景に映ると橋と海の姿が絶景です。
車が海峡大橋に入ると「本当はここで車を止めて撮影したいですよね!麻結さんの長い髪が風に靡くのを、、、、」
車は走行車線をゆっくりと走って、海の風を楽しんでいる様だ。
「向こうに観覧車が在るので、一層景色が良いですよ!」岩屋のサービスエリアを指さす。
こんな男お金が無ければ、意味が無い奴だと心で笑いそうに成る麻結。
祐樹の外車
84-062
「あの観覧車が見える淡路サービスエリアで食事をしましょう!高速を走るとラブホが無いからな!」笑いながらいきなり言う祐樹。
「私、婚約までに関係を迫る方とは絶対に結婚はしませんわ!」
「おお―冗談が通じない!」
「ですから、身体の関係に成るのは婚約後ですよ!」怖い銚子で言う麻結。
「じゃあ、早く婚約をしなければいけませんね!」
「、、、、、、、、、、」何処迄冗談か本気か判らない祐樹の話。
でもカメラの話は本気の様で「あのサービスエリアからの写真は素晴しいですよ!明石大橋と神戸の夜景!」
話して居ると車はサービスエリアに滑り込む。
レストランに行くと「僕は淡路丸ごと玉ねぎ御膳にしますが、麻結さんはどれにされますか?」
「沢山食べられませんから、淡路どりの親子どんぶりにします!」
既に昼のピークは過ぎているので、客は少なく成っている。
外車に乗った背の高い男性と、髪の長い綺麗な女性のカップルは誰もが振り返る。
「綺麗な女ね!芸能人とマネージャー?」と陰口が聞こえる。
「俺、マネージャーなのか?」怒るが、笑っている。
「ここから撮影は?」
「何度も写したから、夜麻結さんをモデルに夜景を撮影したいと思っています」
「夜?」
「冬は日が暮れるのが早いので、それ程遅くは成りませんよ!」
麻結の心配を先走って答える祐樹。
しばらくして食事が運ばれて来て「豪華ですね!」祐樹の玉ねぎ御膳を見て言う麻結。
祐樹は多少打ち解けて来たと思う。
祐樹は麻結に何人位見合いをされたのか尋ねた。
一番気に成って居たのか聞き難い事を尋ねた。
「見合いは梅宮さんの紹介以外はひとりですよ!ですから正確に言えば5人目ですわ」
「もう直ぐ30歳なのに少ないですね!恋愛されていたのですか?」
「聞き難い事を次々聞かれますね!はい!12年程前に恋愛をしていました!でも彼亡くなったのです!」
「えっ、12年も操を守って、男性との付き合いが無かったのですか?去年から急に?」
「両親が口やかましく言うので、試しに見合いをして見ました!意外と良い方だったので、、、見合いを、、、、、、」
「その最初の方は?」
「家族に反対されて、、、、、、、」
「そうでしたか?その点私はご両親に気に要られて居ますので、安心ですよ!」
「はあ!」
「私はいつでも婚約OKですよ!その綺麗な黒髪を横に眠って見たい!」
「髪が好きなのですね!」
「好きなのは麻結さんの様な長い黒髪で美しい女ですよ!」
「お褒め頂いてありがとうございます!」
しばらくして食事が終わると祐樹は鳴門に向かって走り出した。
外車の加速は特別早く、高速を走ると前を走る車が次々と避けてくれる。
この優越感が好きで外車に乗っているのだと思う。
「軽四に乗られる事有りますか?」
「狭いので絶対に乗りませんよ!事故の時も危ないでしょう?」
昨日はその軽四で半日市内をうろうろして、最後に大分に一緒に行って欲しいと言った言葉をどの様に思ったのだろう?
簡単に良いですよ!って言ったけれど、男女の関係に成るって意味を理解されたのかな?
浅子の言う事が気に成る麻結は、別れるにしても思い出を残そうと考えた一言だった。
伸一の墓に報告に行く事、それは大森武史なのか麻生祐樹なのか?目の前に結婚の二文字が有る事だけは確かな事だった。
いつまでも自分の我が儘では暮らせない!家族に迷惑が及ぶと最近思い始めたのだ。
「何を考えているのですか?」
「あっ、すみません!昔の彼氏の家が引っ越しで無くなっていたのですよ!」
「12年前の彼氏ですか?」
「はい!バイクの事故で亡くなりました!」
「バイクは危ない!咄嗟に横転しますからね!何処で事故に?」
「伊豆半島です!」
「遠いですね!」
「大学が静岡だったので、友人とバイクで、、、、、」
「昔は流行って居ましたね!お気の毒です!もう忘れて僕と結婚しましょう!忘れさせてあげますよ!」
この男なら九州に墓参りに一緒に行くだろうか?
「麻結さんは彼の墓参りをされているのですか?」
「いいえ!一度も墓参りには行きませんでした!」
「当然ですよね!伊豆迄中々行けませんよね!」
私毎年命日に行くのですが?変ですか?心で叫ぶ。
「近くに在っても中々行きませんよね!伊豆なら泊に成りますね!あっ、そうか!泊なら一度は麻結さんと行きたいな!」急に言い出す。
「そうですね!婚約が決まれば考えましょう!」上手に逃げる。
この男は私の身体目当てなら、何処でも行く様だ!
こんな男性は一度身体を許すと、もう別の女性に目が移るタイプに違いない!
勝手に決めつける麻結。
車は百キロ以上のスピードで鳴門海峡を目指す。
「こんなに速度出して捕まりませんか?」
「怖いですか?」
「怖くは無いですが、警察が、、、、、」
「大丈夫ですよ!ミラーを見ていますから、、、、、」
そう言った矢先に減速する祐樹。
「この先取り締まりが多いのですよ!」
案の定、目の前に警察のパトカーが見えて来た。
何度もここを走っているので、よく知っていると呆れた。
写真のモデル?
84-063
休まずに一気に淡路島を縦断して淡路島南インターから出ると、うずの丘大鳴門記念館に向かった。
「中々景色が良いのですよ!」
淡路島の西南に位置する、丘の上に建つ当館は、1985年大鳴門橋の開通と同年にオープン。
たまねぎキャッチャー、巨大たまねぎオブジェ『おっ玉葱』、たまねぎカツラなど、玉ねぎをテーマに淡路島を有名にする企画を発信しています。
『絶景レストランうずの丘』では、眼下に広がる景観と島のごちそうを堪能できます。
「玉ねぎのモニュメントの処で撮影したいのですよ!このレストランの屋上も絶景です!」
「少し風が強いですね!風が冷たいですよ!」
「この風が空気を綺麗にしていますので、遠くまで良く見える撮影日和だと思いますよ!」
「そうですか?」
車を降りると風が強く吹いて長い黒髪が大きく靡く。
「おお!良いですね!」後部座席からカメラを持ち出して、カメラバックも肩に引っ掛けて「取り敢えずレストランでコーヒーでも飲みましょう」
成人式の帰りか?着物の女性が数人レストランで話をしている。
「着物は綺麗ですが、、、、、、」
「失礼ですよ!」
「正月に麻結さんの着物姿を見たので、、、、、、」大きな違いだと言いたい様だ。
褒めているのだが、麻結はいい気分では無かった。
コーヒーを注文すると、カメラを取り出してレンズをセット。
構えてテストをして「これで良いな!」と自分で納得する。
コーヒーが届くと麻結は寒いので、直ぐにコーヒーを飲み始めた。
すると直ぐにカメラを構えて撮影を始めた。
「こんな姿を写さないで下さい!」怒る麻結だが、無視して広角レンズで撮影している。
撮影の為なら相手の事は全く無視の態度が嫌に成る麻結。
コーヒーを飲み終わると「屋上に行きましょう!」
屋上展望台に出ると素晴らしい景色が広がって「素晴らしい景色ですね!」
「早速写しましょう!コートは脱いで下さいね!白いセーターに黒髪が美しい!」
「えっ、寒いですよ!」
「写す間だけですよ!」
そう言われて仕方なくコートを脱ぐと、奪い取る様にコートを左手で持つ。
風が吹いて髪が大きく乱れて、体感温度が一気に下がった麻結。
「早く!写して下さい!」
「ポーズをお願いします!あっ、髪の乱れはそのままで良いので、、、、」
風が吹いてシャッターを切る祐樹。
数分間に何十枚も連続撮影をして終わると「ありがとう!コート!」そう言って放り投げる。
祐樹は先程写した画像を確認して「良い絵が撮れました!」嬉しそうに言う。
「今度はあの玉ねぎの所に行きましょう!」
淡路島は、 たまねぎへの愛が、 デカすぎる。 巨大な”たまねぎ”のオブジェ『おっ玉葱』 その大きさは、高さ2.5メートル、直径2.8メートル、重さ約200キロ! 大鳴門橋と鳴門海峡をバックに撮影を始める為に、再びコートを脱げと言う祐樹。
先程より広々として、時々突風が吹いて麻結の髪もスカートも巻き上げる程だ。
「ここはちょっと寒すぎですよ!」
「少しの辛抱です!」
人が少なく成ると「撮影しますので、少し待って下さい!」客に大きな声で撮影の範囲へ入るのを止める。
そして数十枚の写真を撮影して上機嫌で「良かった!良かった!」と喜ぶ。
慌ててコートを着て風を防ぐ。
セーターの下はブラウス一枚で風が身に染みる麻結。
いつの間にか時間は4時を過ぎている。
「夜景を撮影するか、ここで夕日を撮影するか悩むな!」
未だこの場所で撮影をするの?時間の経過が遅く感じる。
身勝手な性格は十分すぎる程感じた。
金持ちのぼんぼん特有の性格だと思っている麻結。
「やはり、夜景にしましょう!ここは寒すぎます!」
今頃気が付いたの?馬鹿じゃないの?私寒くて凍えるわ!と心で叫ぶ。
しばらくして車に乗ると、驚く程暖かく感じる。
「途中で早目の食事をしましょう!夜景まで少し早いです!」
今度は高速をゆっくり走り始める。
結局、食事をして淡路サービスエリアに到着したのは6時半を過ぎて、丁度神戸の夜景が綺麗に成った頃だった。
ここでも麻結をモデルに撮影をするが、セーター姿で寒い時間が過ぎた。
景色は確かに綺麗が時々吹く風に身が縮む思いの撮影だった。
撮影が終わると、両親への土産を買って渡してくれたが、早く帰って熱い風呂に入りたい気分だった。
最後に来週の予定を聞かれたが、来週は友人と月に一度の集まりが有ると断った。
麻生祐樹と毎週居たら疲れてしまうと思う。
自宅迄帰ると、態々玄関から「今日はお嬢様と楽しい時間を過ごせました!ありがとうございました!」と挨拶を大きな声で言うと、直ぐに車に戻って走り去った。
浅子は「挨拶をする前に帰られたの?コーヒーの一杯位、、、、、」
「もう充分楽しんだでしょう?私は風邪気味だけどね!」
「えっ、今日は寒かったからね!」
「麻結!早くお風呂で暖まりなさい!」智光が風呂から上がって、麻結の顔を見てそう言った。
「本当よ!今日は寒かった!」
「何処に行って来たの?」
「淡路島でモデルのお仕事!」
「またカメラなの?」
「そうなのよ!こんなに寒いのに、セーターで写すのだから、、、、、」
「今日はコート着ていても寒いわ!」
麻結は土産の包みを浅子に渡すと二階の部屋に駆け上がった。
計画
84-064
翌日、梅宮が昼間浅子を訪問して、麻生家が非常に気に要っているので結納を正式に考えていると伝えに来た。
驚く浅子は智光に電話をして慌てた様子で話した。
智光は一月に見合いをして、一度のデートで結納の話に成って驚いた。
「しかし、早い!早すぎだろう?まだ嫁入り道具も何も考えてないぞ!」
夜、帰って来た麻結に梅宮の話を伝えると、驚いて「な、何故なの?早過ぎよ!二回会っただけよ!」
「先方は二回会ったので充分判ると、、、、、、」
「でも私は困るわ!」
「出来るだけ遅い結納を希望したのよ!そうしたら最大待って3月3日だと、、、、、」
「二か月無いのね!」
「式は遅れても構わないが、結納だけは遅くても3月3日だと、、、、、」
麻結は呆れながら二階に着替えに上がって「あっ、そうか!」
昨日言った事が原因だ!と思い出した麻結。
婚約迄は大人の関係は困るって言ったからだ!私の身体が目的なのか?現状、家族は断る理由が無いと云うだろう?どうしよう?
結納イコールラブホテルに行きそうな雰囲気が漂う麻生祐樹。
考えただけでも寒気がする。
どうしょう?麻結の苦悩がこの時始まっていた。
その後智光が帰ると、三人で色々話したが基本的には麻生祐樹との結婚は二人の望み。
唯時間だけが早すぎるので、3月3日に決める事に成ってしまった。
「私、まだ坂上伸一君の事の決着がついて無いのよ!だから、、、、、、一度彼の墓参りに行きたいの!」
「伸一君の墓って明石市内か?」
「伸一君には弟と妹さんが居たのよ!妹さんが数年前に結婚されたので、田舎に帰られたのよ!」
「そう言えば、麻結が一度もお墓参りには行かなかったわね!」
「坂上家の墓は九州らしいのよ!」
「確か転校生で楽器が得意だったわね!」
「お母さん!覚えていたの?」
「麻結が一生懸命勉強して、伸一君の大学に行くと言った時は感動したわ!」
「、、、、、、、、、、、」涙が溢れそうに成る麻結。
「成績が上がって、先生も驚いていた矢先だったわね!」
「九州の何処だ!」智光が尋ねた。
「詳しい住所は調べて無いのだけれど、日田市だと思うのよ!」
「大分県だな!」
「一度も墓参りをしてないから、結婚の報告を兼ねてお参りに行こうかと、、、、伊豆に行くのは去年で終わりにしようと思うの!」
「そうだね!結婚したら、どちらも行けないわね!」
「麻結の気持ちの整理がつくのなら、行って来たら良いかも知れないな!」智光も賛成した。
今度の結婚を纏める為には麻結が未練をいつまでも持つと良くないと思う。
「飛行機で行けば、一泊二日で行けるな!」智光は頭の中で考える。
麻結はもう時間的に余裕が無くなったと思った。
結論を急がなければ、あの麻生祐樹との結納が迫る。
麻結がお風呂に行くと、二人は「少し急かされるが、結納が終わればゆっくりと花嫁道具を揃えれば良い!」
「結納金凄いのでしょうね!」
「沢山貰ったら、それ以上の道具が必要に成るぞ!考え物だ!」
「麻結も今回の麻生さんの事、そんなに悪くは言いませんね!」
「それより、姫路のあの男には悪い事をしたな!」
「そうですよね!結婚の意思が無いから、見合いで探しただけで私達を安心させるだけの見合いでしょう?相手の男性も麻結と結婚出来るとは思ってないでしょうが、変に期待を持たせたかも?」
「結納までに、一度先方の家に謝りに行かなければいけないだろうな?」
「そうですね!慰謝料を渡しましょうか?ペナルティは発生しますからね!」
「幾ら?」
「多分双方で10万だと思いますよ!」
「だが、早い時期に行くと何かされても困るな!今は機嫌よく付き合って居るのだろう?」
「話し相手程度の様です!」
「じゃあ、ぎりぎりが良いな!二月の末か?」
「それが良いと思うわ!その後直ぐに結納に成りますから、話しも出来ないでしょう!」
二人は結納寸前に慰謝料を持って武史の自宅を訪れる事に決めた。
翌日、麻結は時刻表と睨めっこをしながら「大分ならフェリーが有る!」
土曜日神戸港19時50分発で翌朝7時20分大分着
人だけでも乗船が出来るのと、いきなり二人で旅館に泊まる事に抵抗が有る。
土曜日の夜に神戸港から出発して、翌朝大分港に到着すれば日田まで3時間。
墓参りも含めて5時間から6時間だ。
夜は湯布院に一泊して簡単に観光の後帰れば、夜遅くには帰れる。
麻結は思い切って武史に伸一の墓参りの日程を説明した。
「神戸港からフェリーですか?僕そんなに長距離の運転自信ないな!」と躊躇う返事。
「車の運転はしませんよ!フェリーに乗るだけです」
「成る程、沢山の人が一緒の部屋ですね!昔乗りました!」安心した様に言う。
来月の22日土曜日、夜神戸港から乗りますと言うと、それなら喜んで付き添います!と言った。
帰りは月曜日の夜に成りますと説明した。
大分から日田まで地図で見ても遠いので、時間がかかると思う。
それでも伸一の墓参りをして、過去との決別を模索する麻結の苦しみが手に取る様に判る武史。
出航
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翌日、麻結は九州への墓参りの段取りを恐々話すと、浅子は「それで麻結の気持ちの整理が出来るなら行って来なさい!」と機嫌よく許した。
女の一人旅だが、フェリーでの移動に安心感を持った様だ。
誰か男と行くならフェリーを使う事は少ないと思った。
帰りは電車でないと、船だと仕事に間に合わない事も伝えると、遅くてもその日の間に帰れたら良いと言った。
浅子が許したのは、その麻結が留守の間に大森家を訪問して、今回の見合いの決着を付ける予定に成っていたからだ。
既に結婚が決まったと決めつけた浅子は、祖母に色々と聞きに行く。
祖母の志津は「鯖寿司の彼氏と結婚が決まったのかい?良かった!優しい男が一番だ!」と云うので、浅子は怒って教えて貰う予定だったが聞くのを辞めてしまった。
浅子と智光は毎日今後の段取りを話し合って、結納から結婚式の計画を話し合っていた。
麻結は次の日曜は友人二人と神戸で食事会をして、結婚を仄めかす話をした。
二人から母に話が伝わる事を警戒していたのだ。
翌週も母浅子と結婚の段取りの為の買い物に付き合わされる。
祐樹から誘われたが、婚約から結婚の準備で母に買い物につき合うので、、、、、と断る。
麻結は成るべく祐樹には会いたくないと思っている。
会えば必ず写真のモデルにされるだけで、楽しさは殆ど感じられない。
武史と会う事も非常に難しく成っているのも事実だ。
会うと必ず何故?と追及されるからだ。
会う気配を見せなければ、浅子は何も言わず「自然消滅?」と期待を持つ。
lineとか携帯では浅子の目を盗んで武史と連絡はしている麻結。
結局武史と会ったのも祐樹と会うのも、二月の中旬まで一度しか会わなかった麻結。
祐樹は姫路城で寒中撮影デートに成った。
カイロを隠し持って暖を取りながらのモデルをさせられた。
武史とは夕食を明石駅の近くで食べて別れる短い時間だったが、麻結には楽しい時間に成った。
麻結はぎりぎり両親に感ずかれる事無く2月の連休まで時間が過ぎた。
武史とは神戸駅で待ち合わせをしていたが、当日に成って智光がフェリー乗り場まで送ってやろうと言い出した。
変に断ると怪しまれるので「ありがとうお父さん!お願いします!」と言った。
浅子は「墓にお供えする花は準備したの?」と持ち物を見て言う。
線香は準備していたので、言い訳は出来たが、、、、
「向こうの日田で買う事にしているのよ!水が無いから枯れるでしょう?」
その受け答えで逃げる。
lineで父親が送ってくれるので、先にフェリーに乗って下さい!と送る。
だが予約の切符は麻結が持って居るので、武史は先に乗る事は出来なかった。
智光は機嫌よく九州に行くと、明日か明後日に姫路に行く予定にしているので、お互い腹の探り合いの様な状況に成っている。
しばらくして車は神戸港に向けて麻結を乗せて走り出した。
「これで伸一君との事は忘れる様にな!結婚して昔の男の事を気にされたら、面白くないのだよ!」
「判っているわ!私も過去を忘れる為に話に行くのだから、、、、、、」
第二神明から阪神高速に入った時、麻結は「あっ、忘れ物したわ!」
「えっ、何を忘れたのだ!戻ると遅れるぞ!」
「坂上さんへの手土産!忘れた!私の部屋に、、、、」
「大丈夫だ!売店に売っていると思う!着いたら買って来てやる!」
麻結は判っていたが、置いて来たのだ。
智光が送ってくれると言ったので、何かしなければ武史と一緒に行けないと思って咄嗟に思い付いた。
しばらくして神戸港に到着すると「売店を見て来る!乗船手続きをして来なさい!」
「それじゃ、お願いね!」
車を駐車場に止めると、麻結は乗船手続きの場所に向かう。
智光の動きを見ると直ぐに携帯で武史に連絡をした。
武史は既に乗船入り口の傍に待って居る。
手を振る麻結は乗船券に交換して武史の傍に向かう。
「先に乗って!お父さんが来ているから、見つかると大変よ!」
切符を受け取ると武史は直ぐに乗船口から船に入って行った。
携帯が鳴って「麻結!何処だ!」と父の声。
武史が見えなく成るのと殆ど同時に智光が土産を持ってやって来た。
「何を見ていたのだ!」そう言って船を見る智光。
「大きな船だなあ!と見ていたのよ!」誤魔化す。
「これで良いだろう?」菓子の箱を袋に入れて手渡す。
「ありがとう!じゃあ、行って来ます!」
「気を付けて行って来なさい!変な奴も多いから、、、、」
「じゃあ、ありがとう!」そう言うと、乗船口から入って振り返って手を振る麻結。
その麻結の姿を他の人々も綺麗な女性だと見ている。
麻結はその後振り返らず、切符に書かれた場所を探しながら向かった。
しばらくすると出航の知らせが、船内に放送されて動き始める。
「ふー」大きく深呼吸をして安心モードに成った。
部屋はプライベートシングルで、二人だけで過ごせる。
麻結が部屋を見つけてノックすると「はーい」と中から明るい武史の声が聞こえて、扉が開いた。
「まあまあの部屋でしょう?」中を覗く様に見る麻結。
「はい!二人で過ごせるから良い部屋ですよ!昔は雑魚寝の部屋でした!」
「昔乗ったの?」
「この船だったのかなあ?親父と4人で旅行に行った時、沢山居た様な!」
家族旅行の記憶が蘇っていた武史。
二人きりの部屋で初めて過ごすのは、お互い神経が高ぶるのかも知れない。
旅の空
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それ程高級な部屋では無かったが、武史は新婚旅行みたいだと嬉しそうに言った。
「駄目よ!伸一の許可を貰う迄は、、、、、」そう口走った麻結。
明日墓参りに行けば?武史は急に結婚の二文字が頭に、、、、
そして、二人に変な沈黙の時間が流れた。
「食事に行きましょうか?」
「そ、そうですね!この部屋に居たら、船に乗っている気がしませんね!」
全く外の景色も見えない部屋で、時々波がぶつかる様な音が聞こえる程度で揺れる事も皆無。
レストランに行くと武史が「ここは僕が払いますね!」そう言ってバイキングの料理にした。
「テーブルの確保をして来るわ!」祐樹と居る時に比べてリラックスしている麻結。
常に神経を尖らせていた自分が今解放されている気分に成っている。
しばらくして適当に好きな物が盛られた皿を前に「頂きます!」と言いながら食べ始めると「雰囲気が違うと味も違いますね!」
いつの間にか麻結は髪をアップに纏めている。
どの様な雰囲気でも美しいと見とれて居ると「ぼんやりして、どうしたの?」
「麻結さんの様な美しい方とこの様な船で食事が出来るとは、思いもして居ませんでした!夢かな?」
「夢じゃないですよ!お酒飲んでも?」
「いいですよ!」
「武史さんも一杯付き合って!」
「じゃあ、ビール一杯!」
「買って来ます!」足取り軽くビールを買いに向かった麻結。
本当に?夢?武史はまだ現実を疑っていた。
ビールを飲むと二人は少し酔ったのか、饒舌に変わって「船上展望風呂に行きますか?」
「今日はお風呂は辞めますわ!」
「じゃあ、僕も辞めます!シャワーは寒いから風邪をひきそうですよね!」
「明日は湯布院の旅館ですから、一日位お風呂に入らなくても大丈夫ですよ!」
「えっ、明日は湯布院ですか?」
「伸一に報告が終われば、、、、、、、」意味有りげな雰囲気の麻結。
本当に武史さんは子供を作れるのか?目の前の姿を見ると少し不安が過る麻結。
駄目な時は、どの様に慰めるか?その心配まで次々と台詞が脳裏を掠める。
結局二人は二杯のビールを飲んでほろ酔い気分でレストランを後にした。
部屋に戻って眠ろうとする二人。
お互い同じで麻結は男性と同じ部屋で眠った事が無かった。
伸一と結ばれたのは伸一の家で昼間の出来事で眠る事は無かった。
武史は先日ソープで初めて女性を知ったので、同じ部屋で眠る事は皆無だった。
「まだ起きていますか?明日フェリー降りてから電車ですね!」
「は、はい!多分乗り換え迄時間は充分有りますよ!日田には10時に着きますから午前中にはお墓に行けます!」
ビールを飲んで眠れると思った二人の思惑は外れて、目が冴えて眠れない。
結局虚ろ虚ろで朝まで過ごす事に成ってしまった。
あの男ならとっくの昔に犯されていると、三人の男の顔が浮かんだ。
何故かその中に来週結納の麻生祐樹の顔も有った。
夜明け前大きな寝言「いゃーやめてー」声に目が覚める武史。
「だ、大丈夫ですか?」
「あっ、な何か言いましたか?」
「いやーやめてーって聞こえましたよ!」
「すみません!もう朝ですね!シャワーに行って来ます!」
「僕も行こうかな!」
二人共トレーナーの上下で寝ていたので、思わず服装で笑っていた。
しばらくして武史は展望露天風呂に向かった。
人が多い時は流石に大浴場に入るのを躊躇うが、今なら良いだろうと思って入ると既に大勢の人が居た。
日の出を見ながらの入浴を楽しむ人が多い。
殆どの人は武史の腰の方を気にしていない様に思えた。
女性の方も展望風呂に入る人は多いが、シャワーブースは少なく直ぐに使えた。
流石に髪を洗うには時間が無い様に思える。
朝食を食べると、いよいよ伸一の実家に向けて大分港から下船した。
「大分駅に行きましょう!特急ゆふ2号に乗るのよ!」
西大分駅に向かって歩く二人。
10分程で西大分駅に到着すると、真冬なのに汗を額に光らせる武史。
思わずハンカチを出して、汗を拭き取る麻結。
「ありがとう!」お礼を言うとホームに電車が到着した。
他人から見たら僕らはどの様に見えるのだろう?美人の麻結と少し腰の曲がった小さな男。
そんな事を思いながら電車に乗り込む二人。
しばらくすると特急ゆふ2号がホームに到着。
荷物は麻結が殆ど持って、武史は自分のバッグに杖だ。
「先方の方とは何年振りですか?」
「伸一の葬儀から一度も会ってないから、12年は過ぎているわね!顔を見ても判らないかも知れないわ!」
「日田からはタクシーですか?」
「武史さんの腰の事も有るから、戻るまで貸し切りにした方が良いわね!」
「タクシー代は僕が払います!他は全て麻結さんに出して貰ったから!」
「そう、それじゃあお願いしようかな!」麻結は逆らわなかった。
武史が気にするといけないので、譲った格好にした。
この墓参りは麻結が決めた事で、武史には何も関係の無い事だった。
思えば武史は腰が悪く成ってから、こんなに遠くに来た事が無かった。
麻結と全く同じで16年振りの遠くへの旅行だった。
墓参り
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日田の駅前でタクシーに乗った二人は、坂上の住所を伝える。
半時間程度と言ったので、帰り日田迄貸し切りで値段の交渉をした。
「別嬪さんに値切られたら、思わずおまけしてしまった」と笑って走り始めた。
「墓参り用の花を買いたいので、先にお願いします!」
運転手急にしんみりと成って、武史を事故の生き残りの人だと思った様だった。
しばらく走って「この辺りなのだが、知っているのか?」と尋ねる運転手。
「少し待って居て下さい!尋ねて来ます!」麻結はタクシーを降りて近所の家へ入った。
戻って来ると「そこの角を左に曲がった二軒目の家の様です!」
「僕も歩いて行きますので、荷物そのままでお願いします!」
手土産を持ってタクシーを降りる武史。
その姿を見て麻結は、本当は墓参りだけを一緒に行こうと思っていたが、、、、、
「この大きな家が伸一の実家!」田舎の農家の感じで、庭が広くて横に納屋が並んで建っていた。
「こんにちは!兵庫県から参りました落合と申します!」
「はーい!」奥から女性の声が聞こえて、近づく足音が聞こえた。
昼間でも薄暗い玄関の間に明かりが燈って「落合さん!遠路遥々!」
「お母様でしたね?」
「伸一の母の真希と申します!主人も来ますので、お上がり下さい!」
「ご無沙汰しています!伸一さんの葬式以来、、、、、、」言葉に詰まる。
「こちらの方は?」
「友達の大森さんです!今日は一緒に墓参りをさせて貰いにやって来ました!」
「大森武史と申します!病気で腰の具合が悪いのです!」お辞儀をしながら言った。
「それはそれは、遠路大変でしたね!」
座敷に上がる二人の所に父親の坂上陽一がやって来た。
「おお、落合さん!お久しぶりです!お綺麗な娘さんに成られて驚きました!」
「今日は厚かましく友人と一緒に伸一さんの墓参りに、、、、、、、」
「大森と申します!」お辞儀をする武史。
落合麻結が今も独身で、未だに伸一の事を忘れていない事を二人は直ぐに悟った。
そして、一緒に連れて来た大森と云う障害者の人と、彼女は結婚する為に報告に来たと思った。
「先に仏壇にお参りさせて下さい!」
「どうぞ、どうぞ!明石には墓が無かったので、5年前先祖の墓に一緒に入れてあげたのです!」
「丁度60歳で定年させて貰って、実家に戻って農業をしています!6年程伸一は墓に入れませんでしたが、田舎に帰って今は伸び伸びしている事でしょう!」
「今生きて居たら30歳ですね!」母が懐かしそうに言う。
お供え物を置いて線香に火を点けると、手を合わせる麻結の姿に両親は目を細めている。
「麻結さんが12年振りにいらっしゃったよ!もう解放してあげなさいよ!」横から真希が伸一の位牌に話す様に言った。
「毎年、事故現場に花束を供えに行かれたのでしょう?」
「えっ、何故?」
「私達も何度か事故現場に命日に行きました!行き違いで一度も会いませんでしたが、花束が電柱の横に供えて有りましたので、、、、、、」
「毎年遠いのに、ありがとうございました!伸一も充分喜んでいると思います!もう忘れてこれからの人生を生きて下さい!」
「そうですよ!麻結さんは若くて奇麗だ!これから伸一から解放されて生きて欲しい!」陽一も同じ様に言った。
何を位牌に語ったのか、誰にも判らなかった。
「お墓はお近くでしょうか?」
「はい!歩いて10分程ですね!」
「ではお参りさせて頂きます!お供えの花も持って来ましたので、、、、」
武史が先に玄関の方に向かった。
「よく気の利く方ですね!」真希が後ろ姿を追いながら言う。
「時々、私も驚かされます!」
「もう長いの?」
「いいえ、半年程です!お見合いで知り合ったのですよ!」
「そうでしたか?」
「両親が心配して申し込んでしまったのです!私はその気は無かったのですが、、、、、」
「いつまでも伸一の事を思って下さるのは嬉しいが、もう戻る事は有りませんので、新しい道を歩いて下さい!」陽一がしみじみと言った。
「それじゃ、行きましょうか?」
「少し坂道に成って居ますが、大丈夫でしょうか?」真希が心配して言う。
家を出ると花を持って武史が待って居る。
「私が持つわ!坂道の様ですが大丈夫?」
「大丈夫です!天気も良いので、、、、、」
陽一を先頭に、麻結と真希が並んで歩いて、少し遅れて杖を付いた武史が続いた。
しばらく歩くと、木々に囲まれた中に石碑が見えて「あの中が村の墓地に成っています!」
「お彼岸までまだ日にちが有るので、掃除もして居ませんが?」真希が墓石のごみを手で拾う。
陽一が自宅から持って来たバケツの水を花筒に注ぎ込む。
「伸一!久しぶりだろう?麻結さんが遠くから来て下さったぞ!綺麗に成られただろう?」
呼びかける様に言いながら花筒一杯に水を入れた。
「どうぞ!参ってやって下さい!」
真希が線香に火を点けて手渡すと、武史が花を花筒に飾った。
「一緒に!」線香を半分武史に渡すと、手を合わせて「伸一!今日は報告とお別れを言いに来たのよ!隣に居る人は大森武史さんって云うのよ!いずれは一緒に成る人なのよ!」
その言葉に驚く武史。
「もう12年以上も時間が流れたわね!初めての墓参りに来て驚かせてごめんね!安らかに眠ってね!多分もう来る事は無いと思うけれど、寂しがらずにね!さようなら!私の伸一さん!」そう言って手を合わせる麻結。
驚きの武史も線香を立てて手を合わせていた。
先程の麻結の言葉が耳に残って複雑な気分で祈った。
湯布院へ
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「これで思い残す事は有りません!お父さん!お母さん!伸一さんをこれからもよろしくお願いいたします」
「遠路ありがとうございました!」
「これからは自分の為に生きて下さいね!伸一もそれを望んでいる筈です!」
「お元気で、、、、、、、」
麻結に二人は握手を求めて「私達は、少し掃除をして帰ります!」
武史がスマホで撮影をして、深々とお辞儀をすると坂道を下って行った。
「綺麗な娘さんに成られたな!でもあの障害者の男性と何故だろう?確かお父さんは銀行員だったと思うが?伸一と付き合って居ただけだから再婚でもないのにな!」
「親御さんは反対しているのでしょうね!だから二人でここに来たのでしょうね」
「見合いでご両親が勧めるとは思えないけれどな!」
「麻結さんは多分彼の中に伸一を見たのよ!だから好きに成ったのよ!」
「顔も姿も違うのに、伸一が、、、、、、、」陽一は妻の話が判る様な気がした。
「そうだと思うわ、そして確かめに墓参りに来た様に思うわ!」
「確かめに?」
「自分の気持ちをね!」
「それでどうだったのだ?」
「先程、墓前で呟いていたでしょう?」
「成る程!」二人は納得した様に麻結達の後ろ姿を見て「しあわせにな~」聞こえない二人に言う陽一。
タクシーに戻ると「ゆふ3号に間に合いますか?」と尋ねた。
「大丈夫だよ!これから湯布院ですか?旅館には3時過ぎに着きますよ!」
タクシーは伸一の家から日田駅に向かい始めた。
振り返って「さようなら、伸一!」と口走った麻結。
「懐かしかったのだね!」武史が言うと「これでお別れが出来たわ!ありがとう!」そう言って武史の腕を握った。
その頃麻結の自宅では智光が武史の自宅に電話をして、明日午後お邪魔したいと話して居た。
武男と久代は「何か良い話かも知れないわ!」そう言って喜ぶ。
睦が昨日自宅に「お兄ちゃん!麻結さんと旅行に行ったのかも知れないわ!」と電話をかけていた。
「私達には友人に誘われたから、九州旅行に行くと聞いたわ!その友人が落合さんなの?」
「多分!」
その様な会話の後の電話で二人は大いに期待を持った。
本来は男性の家から女性の家に伝えるのだが、自分から言える立場でない事は武男も心得ていた。
武史から二人の結婚についての話は皆無だった。
電車に乗る前にうどんを食べた二人。
夜は旅館で食事が待って居るので、簡単に済ませて乗り込む。
一時間程で湯布院の駅に到着した二人は、旅館の迎えの車を探す。
麻結は今夜の事を考えて全室離れで、客室露天風呂の宿を探していた。
声が聞こえない事、武史が恥をかかない様に大き目の露天風呂が在る宿。
母の浅子が云う様にSEXが出来ない可能性も有るので、気を使っての選択だった。
「あっ、あそこに止まっているわ!」指を差す。
車には全棟露天風呂付離れ客室、月光庵と書いて有る。
車に近づくと「落合様でございますか?」係の男性が二人に尋ねた。
「はい!今夜泊めて頂く落合です!」
係の男は麻結の美しさに驚いたのと、連れの杖を付いた小柄な男性にも驚いていた。
「お二人でございますね!」念を押す様に言うと、ワンボックスのスライドドアを開けた。
二人の荷物を受け取ると、後ろに積み込む。
車が動き始めると「当旅館は中心部から少し離れて、木々の中に広大な敷地を有し、20棟の客室が放射線状に立地されて居ます」
「広いのですね!」
中心にお食事処、大浴場、フロントが御座いますので、そんなに歩く事は無いと思われます!」
武史の身体を見てその様に説明して安心させる。
しばらくして到着して車を降りると「空気が美味しいわ!」大きな深呼吸をする麻結。
麻結の深呼吸には、これからの事と伸一との別れが込められていた。
武史も同じく深呼吸をするが、背中が伸びないのでぎこちない。
「フロントでチェックインをお願いします!」
住所とか名前を書いていると「お二人のご関係は?」フロントの一人が尋ねた。
「婚約者です!」麻結は堂々と答える。
「婚前旅行でございますね!」笑顔で尋ねて、仲居が荷物をワゴンに載せて「ご案内いたします!この先右側がお食事処でございます!何時にされますか?」
「何時からですか?」
「はい!5時半が一番早い食事時間で、今なら空いています!」
「その時間にしますか?武史さん!」笑顔で尋ねる麻結。
「それでは5時半で準備させて頂きます!それにしてもお美しいお嬢様ですね!」武史に言う仲居。
笑顔で何も言わない武史は、これからどの様に成るのだろう?ソープで教えて貰った様にすれば良いのだろうか?と考えている。
しばらく歩くと一戸建ての部屋に到着して、仲居が荷物を運び込む。
「部屋の説明をさせて頂きます!今後用事が御座いましたら内線でご連絡下さい!連絡の無い場合私共は一切参りませんので、ごゆっくりお過ごし下さい!」
「一応ベッドルームでございますが、布団も準備していますので連絡頂ければ準備致します!」
「それなら布団一人分お願いします!」間髪を入れずに武史が言うので驚く麻結。
母が言っていた通りなの?不安が滲む。
「トイレが向こうの突き当りで、露天風呂がこの向こうでございます!」障子を左右に開けると、目の前に大きな露天風呂が湯けむりを出して、温泉特有の匂いが鼻に、、、、
「大きな露天風呂ですね!」
「本当だな!泳げる程広いですね!」
二人は露天風呂の大きさに感動していた。
布団を敷くと「それでは5時半にお待ちしています!もし大浴場に行かれるなら、洗面セットをご持参下さい!バスタオルは向こうにございます」
仲居が部屋を出て行くと、一瞬会話が止まって沈黙の時間が流れた二人。
露天風呂にて
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「本当に僕の様な男で良いのですか?麻結さんにはもっと素敵な、、、、」と口走る武史の唇に麻結の唇が吸い寄せられる様に、言葉を遮ってしまった。
武史はもう麻結の唇が自分の身体の一部の様に思える程の感覚で興奮を隠せない。
先日のソープの女の子?叔母さん?の唇とはまるで異なる感触。
数分間の時が過ぎて離れると「お風呂に入りたいわ!昨日入ってないから、、、、」
「は、はい!」
武史の腰がどの様に曲がっているのだろう?本当にSEXが出来ない身体なの?
自分がエスコートして何とか、母が言うSEXが出来ない事を否定しなければ成らないと思っている。
それ程知識が有る訳では無かったが、今日の為に一応はネットで勉強して来た麻結。
既に12年前の経験は意味が殆ど無いと思っている。
高校生の時、無我夢中の中で伸一との性交は、一瞬の痛みの中で終わっていたと記憶。
「手伝ってあげるわ!」ジヤンバーを脱がせる麻結。
「自分で出来ますよ!」
「私にお任せを!」
セーターを捲り上げると、武史の背中が露出して「あら、意外と色が白いですね!」
「毛深くて腰が曲がっていますから、親父にゴリラって言われます!」
「失礼なお父様ね!」
武史はズボンを床に落としてしまい、パンツ姿で麻結の方を向いたので「わーいやー」と慌てて顔を覆う麻結。
「すみません!」武史はワイシャツを脱ぎ捨てて、露天風呂の方に走って行った。
その姿を目で追いながら「かわいい!」と小さく呟くと、武史の服を軽く畳んで隅に置いた。
麻結もジャケットを脱いで、洋服掛けにハンガーで引っ掛ける。
伸一に肌を晒して以来12年振りに男性の前で裸に成る自分に、恥ずかしさが一気に噴き出していた。
だが、ここで逃げる訳には行かない。
多分ここで逃げても武史は何も言わないだろう?自分と旅行出来た事を嬉しく思い、何事も無かった様に振舞うのは間違い無い。
麻結は急いで服を脱いで、下着も脱ぐと全裸にバスタオルを巻き付けて、手拭いを持って風呂場に向かった。
「おまちどうさま!」
武史は恥ずかしいのか、外を見て湯船に入っている。
広い湯船は大人が4人は入れる広さが在る。
「恥ずかしいの?」自分が恥ずかしいのに、思い切ってその様に言う麻結。
湯桶で湯を掬った時、武史がこちらを向いて「良い湯加減ですよ!」と微笑む。
巻き付けていたバスタオルを取り払い、湯桶の湯を肩から流す麻結。
湯けむりに煙るその姿は武史が見たソープの女性の肌とは別のものに見えた。
「きれい!」思わず口走った視線の先には湯桶の湯が、白い肌に弾かれて水玉の様に麻結の身体を流れ落ちる様だった。
その中に白い乳房も乳首を上に向けて小さく立っている。
既に興奮している麻結が「私、綺麗ですか?」二杯目を湯桶に掬い取ると言う。
「は、はい!天女の様です!」
「武史さんは天女を見たの?」そう言いながら、肩から湯を流す麻結。
「今、見ました!」微笑みながら言う武史だが、既に身体は大きな変化をしていた。
「入っても良いですか?」
手拭いで前を隠して立ち上がる麻結だが、殆ど武史には丸見え状態だ。
こんなに美しい身体?初めて見るな!先日のソープの姉さんと比べるしか知識は無い。
「こんなに美しい肌を見た事が有りません!」背中を武史に向ける麻結。
流石に少し恥ずかしい気分だった。
男性と一緒にお風呂に入るのは、子供の時の父親位で伸一とも風呂には入っていなかった。
露天風呂は薄暗く成ってはいるが、まだ時間は4時台で外は明るい時間だ。
でもいつまでも背中を見せている訳には行かない麻結。
今夜決着を付けて、明日から新たな方向に進むと決めている。
「恥ずかしいから、少し目を閉じて貰えますか?」
武史は言われた通りに目を閉じると、麻結は身体を回転させて武史の方に向き直った。
長い髪は団子にしてピンで留めているので、首から襟足も武史の目には焼き付く色っぽさだった。
「良いわよ!」
目をゆっくり開くと、武史の目の前に白い隆起の乳房、そして見え隠れする乳首の美しさに思わず手が伸びそうに成っている。
「良いのよ!触って、、、、」その言葉が終わる前に武史の手が麻結の乳房を触っていた。
「いいの?もっと強く触っても良いのよ!」
多分女性の肌を触るのは初めてだろう?そう思いながら恥ずかしいがエスコートしている!
「あっ!」強く触られて被わず声が出てしまう麻結。
乳首を摘ままれると「あっ、あっ、いゃーはずかしいわ!」
12年以上も男性の目に触れず、触られる事が無かったのにエスコートの為とは言え、自分から進んで触らせる麻結。
「どんな、、、、、気持ち」知っていて尋ねる。
「麻結さんとこんな露天風呂に入れるとは思っても居ませんでした!」
「遠慮しなくても良いのよ!両手で触っても良いのよ!好きにしても構わないわ!」
身体を武史の胸に預ける麻結。
今夜出来なければ、もう絶望で二人の結婚に赤信号が点灯すると思っている麻結。
背中を武史の胸に滑り込ませると、武史は両手で麻結の乳房を触って揉む様にした。
「そうよ!いいわ!」ネットで勉強した成果を試す様に進める麻結。
武史は既に興奮して麻結の背中から腰に勃起したペニスが触れている。
「抱いて欲しいな?抱いて貰える?」
身体を再び反転させて、武史の唇に吸い付く様に自分の唇を持って行く。
武史の胸に自分の乳房が重なると、武史は強く麻結の身体を引き寄せた。
「好きです!」唇が離れた時、口走る武史。
「私もよ!強く抱いて、、、、、、」
そう言うと再び唇が絡み合う二人。
そして、しばらくして「ベッドへ、、、、、、」そう言うと、立ち上がる麻結。
武史の目の前に麻結の下腹部が、、、、、、、、、濃い陰毛が性器を隠す程だ。
「行きましょう、、、、、、、」
麻結が湯船から上がると、武史も遅れて湯船に立ちあがると移動を始めた。
麻結は直ぐにバスタオルを武史に手渡すと、大きく広げて麻結の身体を包み込んで抱いた。
不安なSEX
84-070
「ありがとう!」小さく言う麻結は団子に成っていた髪を外して、長い黒髪がバスタオルの上に被さった。
「本当に綺麗な髪ですね!」
「ありがとう、嬉しいわ!武史さんに褒められると何でも嬉しいわ!」
今度は武史の身体を麻結がバスタオルで拭き始めるが、股間の元気さに驚きの表情に成った。
「元気ね!ベッドに行きましょう!」本当はとても恥ずかしい麻結だが、今日結果を得なければ意味が無いと必死だ。
普通の身体の人なら押し倒してでも犯すだろうが、武史の場合はそれが絶対に無いと思う。
自分が積極的に受け入れて初めて性交が出来ると、信じ切っている麻結。
「布団が良いの?」
「あれは僕の寝相が悪いので、迷惑だと思って敷いて貰いました!」
「じゃあ、ベッドにしましょう!」
ここでも絶対に電気を点けないのだが、武史の為に明々と蛍光灯を点灯した。
そして自分からバスタオルを外して、ベッドに横たわった。
武史も既にバスタオルを着けていないので、麻結はベッドから異常な物を見た気分に成っている。
明るい場所で見たのも初めてだから、思わず腰が引ける気分だが今は必至だった。
「綺麗な身体ですね!素晴らしいです!」
「早く!来てーー」
傍らに立って自分の身体を見ている武史に、ベッドに来る様に催促する。
それでもゆっくりしている武史に、麻結はいよいよ慌て始めていた。
勃起はしているが、腰が痛くて行動に移せない。
母の言う通りなのか?心配は一気に暴発した。
「はやくーー」
絶対に出来ないだろう行動に走る麻結は、大きく足を広げて武史を受け入れ易い様にした。
武史の目に麻結のピンクの割れ目が赤裸々に見える。
武史がベッドに上がると、その麻結の足の間に入って来た。
そして覆い被さるとペニスは膣口へ「あっ、い、いた!」と口走ったのは麻結の方で、久々に男性のペニスが自分の身体に侵入した時だった。
思わず目から涙が零れる麻結。
「う、うれしいーー」無理だと一瞬思ったが、今確実に自分の中で受け入れたと思うと、嬉しくて涙が止まらない。
「すみません!痛いのですか?」
「違うの!嬉しいのよ!」
腰が動くと、感じて麻結は思わず「ああー、ああー」と声が出てしまった。
角度が普通の人と異なり、鋭角にGスポットにペニスが当たり、昔は感じた事の無い感覚に大きく濡れていた麻結。
しばらくして、二人は再び露天風呂に身を揺らしていた。
「武史さん!良かったわ!」
「本当ですか?僕もとても良かったです!」
二人は湯船の中で再びキスをして抱き合っていた。
その後、食事の時間に成って二人は手を繋いで、食事処に現れた。
長い髪をバレッタで留めて、襟足が色っぽい仕草の麻結。
麻結は片時も武史の傍を離れずに居る。
「お酒飲みましょうか?」
「もう寝るだけだからな!」
ビールを二本注文すると、グラスに注いで「疲れた?」と尋ねる。
首を振る武史。
「腰は大丈夫?」
首を振る武史に「良かった!どこも痛くないのね!」と確かめて傍目も気にせずに甘えている麻結だった。
時間を要して夕食を食べると、二人はほろ酔い気分で手を繋いで部屋に帰って行った。
「もう一度露天風呂に入ろうか?こんな大きな露天風呂初めてだ!」
部屋に戻ると直ぐに浴衣と半纏を脱ぎ捨てる武史。
「麻結も入ろう?帯を解いてやろう」
「武史!本当は助平ね!私とは違うわ!」
「嘘だ!あの大胆な姿は?」
「えっ、そ、それは、、、、、、」次の言葉が出て来ない麻結。
直ぐに帯を解かれると、半纏と一緒に浴衣が肩から滑り落される。
「何度見ても綺麗な身体だなあ!顔は勿論だけれど肌もこの乳房も素敵だ!」
横から乳房に触れられて思わず身体を引いてしまう。
「駄目!感じるから、、、、、、」
「先に風呂に行くよ!」パンツをその場に脱ぎ捨てて露天風呂に入る武史。
その後、二人は再び風呂の中でイチャイチャしていた。
結局二人は一緒にベッドで眠る事に成る。
くの字に成って眠る武史の横で眠る麻結は、大丈夫よ眠れるわ!と言い聞かせる様に眠っていた。
翌朝、目覚めると同時に確かめる様にお互いが求めていた。
武史は麻結の存在そのものを、麻結は昨夜のSEXが本物だったのか?
二人の確かめ方は全く同じで、麻結は武史が完全に男としての能力が有る事。
武史は麻結が自分の物に成っている事実を確信した。
「ああーーああーーダメ―感じる!」
ベッドに長い麻結の髪が大きく乱れて広がり、鋭角で入るペニスに完全に逝ってしまった麻結。
しばらくして「昨日よりもっと元気だわ!私の腰が変に成りそうだったわ!」
この言葉が麻結の安心の証だった。
朝食が終わって湯布院散策の前に、財布を見て気が付いた麻結。
「あっ!忘れていた!」と口走っていた。
財布の中に避妊用のゴムを入れていたのを、完全に忘れていたのだ。
その様な事を全く知らない武史は麻結と結婚出来ると思い浮き浮き気分で、湯布院散策に出て行く。
「あそこ魚が足を掃除してくれるのか?してみましょうよ!」麻結に言うと「面白そうだわ!」早速靴下を脱いで足をお湯の中に、、、、
「わあーくすぐったいわ!」見ている外人がカメラを構えて、麻結の顔を撮影している。
半分近く外人さんが居る様に思う湯布院。
二人が楽しく土産物を買って、遊んでいる時、姫路の武史の自宅に智光が車で向かっていた。
不幸の使者
84-071
娘の睦からはお兄ちゃんと麻結さん旅行に行っているかも知れないわよ!と聞かされていた矢先の落合智光の自宅訪問。
大森武男と久代夫婦には、喜びの話だと思って待って居た。
午後の三時に自宅に態々着て頂ける!本来なら男性の父親が行かなければ成らないのに、まだ武史から何も聞かされていないので動けない。
道路の工事等で渋滞していて、既に三時を過ぎていたが落合智光は大森の家には到着していなかった。
10分程過ぎた頃、ようやくチャイムが鳴って智光が玄関の扉を開いた。
「少し遅れてしまいました!9月に見合いをしてお付き合いをさせて頂いていました落合麻結の父で智光と申します!」
「武史の父の武男です!どうぞお上がり下さい!」
「いいえ、この場で要件を、、、」
「そうおっしゃらずに、お上がり下さい!」久代が奥から出て来て、応接間の扉を開く。
「そうですか?それじゃ少しお邪魔させて頂きます!」
応接セットが辛うじて入る応接間に案内された智光。
「駅の近くの支店の支店長さんに成られたと聞きましたが?」
「は、はい!今年から姫路支店の支店長を致しております」
「本日は態々お越し頂きまして申し訳有りません!」着慣れない背広を着ている武男。
「実はお見合いから半年お付き合いをさせて頂きまして、、、、」と話した時、コーヒーを運んで久代が入って来た。
「今日寄せて頂いたのは、娘の結納の事でございます!」
「結納!」驚く久代。
いきなり結婚の話に来られたと勘違いをしていた。
「実は次の月曜日3月3日に結納が届く事に成って居まして、このままお付き合いを続けるのは非常に困る事に成っています!娘は気持ちの優しい子で、障害者のお宅の息子様に中々お断りが出来ないのでございます!それで本日は父親の私が娘に変わりましてお伺いして、事情を説明させて頂こうと参りました!」
「、、、、、、、、、、、」
「、、、、、、、、、、、、」
二人は驚いて言葉を失っていた。
その頃、湯布院の駅に向かう二人。
土産の沢山入った袋の紐が切れて「沢山入れたから?」
「そんな事無いわよ!紐が不良品よ!新しいのを売店で買って来るわ!」
「まだ時間は充分有るから、入れ替え様!」
「何故?切れたのかな?」切れた部分を見る武史は不吉な気分に成った。
「ここに些少ではございますが、お金を入れて有ります!相談所のペナルティ料と息子様の慰謝料としてお受け取り頂きたい!」テーブルに封筒を置く智光。
「な、なで息子が慰謝料を頂くのですか?障害者だからでしょうか?」
「いいえ、私共の娘の我が儘にお付き合い頂いたお礼と、、、、、、」
「じゃあ、初めから結婚の意思は無かったのですか?」
「はい!言い難いのですが、娘は我々夫婦に見合いをする様に迫られて、仕方なく息子さんと見合いをしたと思うのです!」
「それなら、半年も付き合わず直ぐに断って頂けたら良かったのです!」怒る様に言う久代。
「最初にも申しましたが、娘は気が優しくて障害者の息子さんに言えなかったのです!」
「じゃあ、娘さんの結婚が決まらなければ、息子は永遠にお嬢さんの遊び相手ですか?」
「娘も息子さんとのお付き合いが終わると、次の男性と見合いを強要されると考えて長引いたと思います!」
「そんな無茶苦茶な話!息子が障害者だから、結婚の見込みが無いから付き合った!冗談じゃないわ!」怒る久代。
「久代!怒るのは辞め様!支店長さんの家とは釣り合わないのは充分判っている!おまけに息子はあの身体だ!とても美しいお嬢さんとは所詮無理だったのだよ!」
「それでは私は失礼いたします!大変ご迷惑をおかけしました!息子様が帰られましたら、充分なご説明をお願い致します!今日を境に娘との連絡も遠慮して頂きたいので、その事をくれぐれもお伝え下さい!」
久代は呆然として、武男も見送る事も無く動けなかった。
「お父さん!本当に武史はあの女の子と旅行に?」
「睦の話だから嘘は言わないだろう?」
「何故なの?来週結納って、、、、、、九州にお泊り旅行?嘘でしょう?」
放心状態の二人。
「武史に電話してみる?」
「こんな話電話出来ないぞ!」
その頃、ゆふいんの森号の車内で肩を寄せ合ってラブラブの二人。
「この電車素敵だわ!」
「カップルで乗るには最高だね!」
「博多の駅で汽車弁を買って食べれば、丁度でしょう?」
「姫路に着くのが9時前、麻結の自宅に着いたら10時だな!誰か迎えに来てくれるの?」
「誰も来ないわよ!どうして?」
「魚住駅から歩くのか?それは危ないぞ!こんなに綺麗なお嬢さんだ!襲われる!俺が車で送ろう!そうしよう!」
「えー、疲れているから、今度は私が心配に成るわ!タクシーで帰るから安心して」
「必ずタクシーで帰るのだぞ!変な奴に襲われたら大変だからな!」
「心配性ね!」
「だって、大好きな奥様だぞ!離れているのも寂しいのに!」
「ありがとう!」そう言って頬にキスをした麻結。
「でも綺麗だったな!」
「何が?」
「麻結の乳房!」
「いゃーー思い出して、いやらしいわ!」
その頃、睦に両親が電話で本当に九州に旅行に、麻結さんと二人で行っているのか?と疑念を持って確かめる電話をかけていた久代。
終わった旅行
84-072
「行って来たぞ!」落合智光は自宅に戻った。
「お帰りなさい!ご苦労様でした!何か言われましたか?」
「まあ、泣き言は言ったよ!」
「家の恪も違う、本人は障害者‼身の程知らずも甚だしいわね!」
「まあ、麻結が優しいから今日まで付き合っていたのだと説明して来た!すると向こうの奥さんは結婚が決まらなければ、息子とずーと付き合うのですか?と詰め寄って来たよ!」
「まあ、自分達の息子が麻結に好かれていると思っているのかしら?」
「誰が見ても月とスッポンだがな!取り敢えず決着は付いた!唯、向こうが未練を持つかも知れないな!」
「本人は居なかったの?」
「夫婦だけだった!」
その頃電車の中では相変わらずラブラブの二人は、昼間の湯布院散策の話をしていた。
「あそこの占いよく当たるってネットで評判なのにね!今回は当たらないわね!」
「そうだよな!今年中にお父さんとお母さんに成るって言われた時は思わず吹き出しそうに成ったな!」
「今妊娠していても難しいわよね!」
「あの占い師、僕達を夫婦だと思ったのかな?」
「上手にこんなお守り買わされたわね!」キーホルダーの様な先に水晶玉が付いた物を目の前で振る麻結。
「でも綺麗だわ!武史の物と少し形が違うけれど、ふたつ揃えば願いが叶うって、私の成功運で武史さんが金運だと言われたわね!」
武史もポケットから出して、ふたつ並べてゆらゆらさせると夕日が反射して輝いて見えた。
「綺麗だわ!」
「本当だね!夕日に輝いているね!」
二人は自宅での出来事を知らず楽しいひと時を過ごしていた。
睦は母親から確かめる電話を貰ったが、武史に電話もメールも出来なかった。
折角楽しい旅行が全て台無しに成ってしまう様な話は出来ない。
帰ってからの対応にするのが良いと自分で決めたのだ。
やがてゆふいんの森4号は博多駅に到着、楽しい二人は荷物を纏めて下車の準備。
「新幹線の時間まで半時間程有るな!明太子買うからお爺さんにお土産!」
「えっ、またお爺さんにお土産を?」
「年寄りは博多の明太子好きですよ!昔津山のお爺さんが土産に貰って喜んでいましたよ!」
「田舎は津山ですか?」
「お爺さんはもう亡くなり、親父の兄貴も去年亡くなりました!相続が続いて従弟は頭を抱えている様です!」
「財産が有るのね!」
「お爺さんの口癖で自分は家老の末裔だと自慢していましたよ!」
「津山城の家老の末裔って由緒ありますね!」
待合室に座ると、武史は麻結を待たせて売り場に向かった。
気が利くのね!お爺さんがまた喜ぶわ!麻結は智樹の喜ぶ顔が目に浮かんだ。
定刻に新幹線のさくら570号がホームに滑り込む。
武史は電車より少し早く戻って来て「これはお爺さんに!こちらはうちの親父に買いました!」嬉しそうに袋に放り込む。
「ありがとうございます!お爺ちゃんに間違いなく渡します!両親に見つからない様にね!」そう言って舌を出す可愛い仕草の麻結。
新幹線の中でも二人は顔が振れる程近づいて、小声で何かを話して居る。
座って居る時には全く普通の人と変わらないが、立ち上がると前かがみの姿勢に成ってしまう。
lineで自宅に到着時刻を送る麻結。
あっさりと(気を付けて帰って来なさい!)と返信が届いた。
浅子達は既に来週の結納の事だけを考えているので、麻結が元気で伸一の事を忘れて帰ると信じ切っている。
8時52分に姫路に到着すると、荷物を持ってホームに降り立つ二人。
「武史さんタクシーで帰るよね!」
「そうだね!荷物が多いからね!」
「じゃあ、乗り場まで荷物持って行くわ!」
「遅く成るから、いいよ!」
「大丈夫よ!武史さんがタクシーに乗ったら、帰るわ!」
確かに、武史は荷物を持つと杖が使えなくなるのは事実だった。
「言葉に甘えるかな!」
両手に一杯の荷物を持って麻結はタクシー乗り場に向かった。
「筋肉付きそうだわ!」微笑みながら言う麻結。
タクシー乗り場に着くと「雨が降り出したな!」
「三日間楽しかったわ!」
「僕も最高に楽しかったよ!」
「ありがとう!またlineするわね!」
「はい!ゆっくり休んで下さいね!」
「武史さんもね!」
タクシーに荷物を積み込むと麻結は動き出すまで手を振って見送った。
帰ると開口一番「武史!本当に九州に行って来たのか?」武男が不思議そうに尋ねた。
「これ湯布院の土産!それからこれは親父が好きな博多の明太子だよ!」
土産を見ながら「湯布院から博多に確かに行ったのだな!」
「あのー」久代が言おうとした時「兎に角疲れただろう?先にお風呂に入って来なさい!」武男は今云うのは酷だと、久代を止めた。
「そうだな!こんなに遠くまで行ったのは始めただよ!疲れたよ!」
今まで気持ちが張り詰めていたので、自宅に帰ると急に疲れが吹き出した武史。
「少し落ち着いてから話そう!」武男は風呂から上がってから、話す事にした。
混乱の二人
84-073
麻結も駅からタクシーで帰るが、上機嫌で声も弾んで「ただいまーー」
「おかえりー雨が降って来たね!」
「取り敢えずお爺さんに土産持って行くわ!まだ起きているでしょう?」
10時を少し過ぎた時間を確認して、隣の智樹の家のチャイムを鳴らした。
「お爺ちゃん、お婆ちゃん!ただいまーー」
「麻結かい!明るい声だね!」
「楽しい旅行だったのね!」
テーブルの上に湯布院の土産の包みをひとつ置くと、もうひとつの袋を持って「これは彼からのお土産‼博多の明太子!」
「えっ、彼と旅行に行ったの?一人旅じゃなかったの?」
「二人には内緒よ!彼が、、その、、、、」口籠る麻結。
「相手は鯖寿司の男か?」智樹が言った。
「う、うん!伸一さんに報告に行ったの!一緒に!お母さんが武史さんの事を子供が作れない身体だから、駄目だと何時も言うのよ!心配に成って、、、、、、、」
「そうだったのか?浅子さんは心配性だからな!」
「麻結の嬉しそうな顔からすると、合格だったのね!」
大きく頷いて頬を赤くする麻結。
智樹は貰った包みを広げて「これ、有名な明太子だ!美味しいぞ!早速明日の朝に頂くとするか!よろしく伝えてくれよ!この明太子は高いのだ!」嬉しそうに言った。
「先程の話はお父さん達には内緒にしてね!おやすみなさい!」
「言わないよ!おやすみ」
自宅に戻ると「疲れたでしょう?着替えてお風呂に入りなさい!」
「坂上さんの家はどうだった?」
「大きな農家だったわ!仏壇も墓も参らせて貰ったわ!」
「遠かっただろう?」
「これお土産‼」湯布院のお菓子の箱をテーブルに置く。
それ以外の荷物を抱えて自分の部屋に駆け上がる麻結。
来週の3月3日の結納は、先日見合いをしたKSAの会館で執り行う事が決まっていた。
平日の為、仲人と両親、当人の8人の出席に成っている。
梅宮も当日は旦那さんと二人の出席だ。
全ての準備は殆ど整っている両家。
祐樹も結納さえ終われば、自由に麻結と婚前旅行にも行けると急いだのだ。
当日の着物も浅子は準備が終わって、早朝から会場に三人揃って行く予定で、着付けも髪も当日の朝からセットする段取りだ。
しばらくして風呂から上がった麻結に「話が有るのだが?」智光が切り出した。
「私も話が有るのよ!」
「何だ?」
「お父さんの話が先でしょう?」浅子が口を挟んだ。
「じゃあ、私から言うか!麻結は来週麻生祐樹君と結納を交わす事に成っているな!」
「私の話もその事なの!」
「お父さんの話を聞いてからにしなさい!」
「婚約をするのに、まだ例の姫路の男性とはお付き合いに成っているよな!それで今日向こうの自宅にお伺いして来たのだよ!あいにく本人は不在だったが、両親には説明をして納得して貰った!」
「何を納得して貰ったのよ!」
「麻結が来週婚約するので、今回のお付き合いはこれまでに致しますと、当家からペナルティ料も含めた慰謝料をお支払いして来た!」
見る見る顔色が変わる麻結。
「何故なの?私に聞きもしないで、勝手な事をするのよ!」怒る麻結。
「来週結納のお前が別の男性とお付き合いが出来ると思っているの?」浅子が言う。
「私は髪フェチで写真しか脳の無いあの様な男はお断りよ!絶対に結婚しないわー」
「何を今更!来週結納だぞ!中止が出来る訳ないだろう?」
「お母さんが言ったわ!武史さんは障害者で、子供を作る能力も無い!そんな男と結婚なんて私が不幸に成ると、、、でも彼は普通よ!普通に、、、、、、だから私は武史さんと結婚するわ!」
「えーー何を言い出すのだ!」
「そうですよ!あんな障害者と結婚?冗談じゃないわ!絶対に許しません!」怒る浅子。
「私も絶対にあの人とは結婚しません!どうしてもと云うなら私にも覚悟が有るわ!」
「どんな覚悟よ!あの男が麻結を連れて駆け落ちでもしてくれるの?」
「そうだよ!今頃、彼も両親に話を聞いて納得していると思うよ!そんなに怒らずに一晩寝てゆっくり考えなさい!お父さん達ももう一度ゆっくり考えてみるから、、、、」
泣いている麻結を前にして、智光もこれ以上強気に出ると本当に家出でもされたら大変だと思った。
目配りで浅子にもこれ以上強気な事を言うなと諭した智光。
「私、今夜はお爺さんの家に泊めて貰うわ!」
パジャマにガウンを着て、電話をする麻結。
その頃、武史にも両親が今日慰謝料を持って来た事実が伝えられて、今までの上機嫌から谷底に落とされた気分に成っていた。
「そうだったのか?結婚出来ると思ったのだけどな!やっぱり夢か?」失意の顔に成る。
そう呟くと落胆の表情で自分の部屋に向かった武史。
(お別れ旅行だったのですね!楽しかったです!ありがとう!お幸せに!もう連絡はしませんので安心して下さい!)
武史がlineを麻結に送った。
麻結は携帯を自分の部屋で充電して、そのまま智樹の家に転がり込んでいた。
何か返事が来ると淡い期待を持って居た武史は、奈落の底に突き落とされる。
麻結は智樹の家で、両親に言われた事を詳しく話した。
智樹は「好きなのは鯖寿司の男だな!私も彼は良い男だと思うよ!今回も忘れずに私に土産を買っていてくれた!一度も話した事も無い、見た事も無い私にだよ!中々出来ない事だ!私は麻結の目が確かだと思うぞ!今夜はゆっくり寝て明日考える事だな!」
智樹は麻結の気持ちを考えて話した。
涙が止まらない麻結に言葉がそれ以上無い。
不安
84-074
(いよいよ一週間後に成りましたね!婚約が成立したら早速桜見物に行きましょうね!春風に麻結さんの黒髪が靡く絵が撮りたいです!)火曜日早朝送られて来た、祐樹からのlineだ。
麻結は昨夜智樹の家で寝たので、自分の部屋に置いた携帯を全く見て居なかった。
役所に行く為に自分の部屋に戻るが、両親とは言葉を交わさない麻結。
携帯を開くといきなり祐樹のlineを見て、一層気分が悪く成る。
何時もの様に丸い眼鏡にウイックを着けて、出勤の準備をしながらlineを見る。
(お別れ旅行だったのですね!楽しかったです!ありがとう!お幸せに!もう連絡はしませんので安心して下さい!)武史からのlineを見て(違うよ!私は武史が好き!役所に行ってから電話をします)と送る。
いつもならもう少し早く起きるのだが、昨夜の事で眠りが浅く早朝に成って寝てしまった。
「朝食べないの?」階下から浅子の声。
「要らない!直ぐに行くわ!」
慌てて準備を終わると、急いで自転車で魚住駅に向かった。
この時点では今回の事件もそれ程の危機感を持って居なかった麻結。
武史との信頼関係が出来ていると自信を持って居た。
麻結は携帯の既読が全く付かないので、徐々に不安が広がる。
昨夜の父親の話では慰謝料を払ったと言っていたので、もう連絡はするな!と、、、、、、、
それで既読もされないのか?自分は武史に捨てられたと思い始めた麻結。
しばらくして、思い切って電話をかけるが電話が繋がる事が無い。
時間を空けて再び電話をかけるが、呼び出し音だけが無情に鳴り響く。
徐々に不安に成る麻結は、職場に電話をする事にした。
「事務の大森さんをお願いします!落合と申します!」
「大森は身体の不調で休んでいます!」女子事務員の声に血の気が引く麻結。
ショックで休んでいるのだわ!どうしよう?
その時(朝のline見て頂けましたか?返事位下さいよ!)祐樹からのlineが届いた。
直ぐに削除してしまう麻結。
「毛フェチの写真野郎!顔も見たくないわ!」怖い顔で口走る。
しばらくして、今度は携帯に呼び出し音!またあの男だ!電源を切る麻結。
そして直ぐに電源を再び入れて、武史の連絡を待つ。
失意の麻結は三日の朝を迎えた。
武史から何も連絡が届かない。
「さあ、準備しなさいよ!行きますよ!」浅子が麻結を急かす。
今日の着物は貸衣装に決めている浅子。
麻結に唯一の救いは結納で、結婚式では無い事だった。
だが結納が終わるとあの男が身体を求めて来る可能性が高いので、どの様に上手に逃げるか?
武史からのさよならlineが本心なのか?自分が送ったlineが全く既読に成らないのも気がかりだった。
その武史は旅行の疲れと智光のショックな話が重なって、入院していたのだ。
九州から帰った翌日、火曜日の夜救急車で運ばれて、同時にコロナを発病していた。
普通の人ならこれ程悪化しないが、武史の場合は三重苦で40度近い熱が続いた。
「お母さん!家から携帯を持って来て欲しいのだけれど、、、、、」
「はい、はい!夕方持って来るわ!」
「もう熱も下がったから大丈夫だよ!」
「そうね!お医者さんも明日か明後日には退院出来るとおっしゃったからね!」
何度もlineとメール、そして電話も掛けた麻結。
「連れて逃げて!」と言いたい気分だったが、それも叶わずだった。
(お兄ちゃん!入院していたらしいわ!私が心配するから、内緒にしていたのよ!でも明日か明後日には退院する様です!コロナでした!)
睦からのラインを車に乗った時受け取って、麻結はようやく安心顔に成った。
「良かった!」と呟くと「今日は何時までなの?」
「食事が終わると、多分終わると思うわよ!着物の返却も有るでしょう?遅くても4時頃でしょう」浅子は急に元気に成った麻結を見て安心顔に成った。
当面は今日の結納だけ乗り切れば、ゆっくりと結婚式の準備が出来ると思う。
暗いと思っていた麻結は武史の消息が判明して、不思議な程明るく成っていた。
着付けの時も髪のセットもスムーズに進んで、浅子の心配を一掃させた。
結納金1千万を落合家は麻生家から貰った。
二人切で話す時間は殆ど無かったが、早速祐樹は桜の季節に近くの温泉に行きましょうと誘って来た。
麻結は笑顔で「時間が合えば」と答えた。
「結婚式が決まれば役所の仕事は辞める予定ですか?」
「はい!でも二か月位の余裕をくれと、課長に言われて居ます!」と付け加えた。
「結納が終わったので、後は仲人さんに任せて置きましょう!僕は結婚式を急ぎません!」
梅宮と麻生家、落合家の面々は暦を出して、結婚式の日取りを話し合っていた。
しばらくして二人が席に戻ると「式は6月に決めましたよ!その段取りで進めますよ!」嬉しそうに言った。
妊娠
85-075P
結納が終わった数日後、麻結は役所を抜け出して武史の元を訪れていた。
会社の昼休み時間に会うと云う、強硬手段を使った。
既に休みの日に公然と会えなく成っているので、致し方なかったが二人はお互いの思いを確認したかった。
「必ず破談にしますから、待って居て下さいね!」
「余り無理をせずにね、僕はいつまでも待って居ますよ!」
「6月の式までには結論が出ると思います!」
「電話、メール、lineでお話が出来るので大丈夫です!」
二人には身体の関係が有ったので、心強いのだ。
もう少し早く関係を持って居たら、この様な事には成らずに済んだと悔やむ麻結。
伸一への思いとSEXに対する引っ込み思案が時期を遅らせてしまった。
麻結は上手に祐樹と会う時間を調整して、関係を迫る機会を躱す。
祐樹は三月の中旬から、例の二人に再び監視を頼んでいた。
男性の場合は警戒するのと入れない場所も有る。
三月の下旬に成って麻結は身体の変調に気付いた。
正確に訪れる生理が遅れて居たのだ、
少なくとも20日にはと考えていたが、無かったので検査薬を試す事を試みた。
先月の武史とのSEXを思い出しながら、避妊をしていなかったと思う。
SEX事態三度目で、その様な事まで頭が廻って居なかった。
役所の帰りに薬局で購入して、自宅に持ち帰り母の様子を見ながら確かめる。
「陽性!」
武史との子供が出来たと喜び半分に成る。
婚約しているのに、別の男の子供を宿してしまった麻結。
その時から決断を迫られる事に成る。
武史に言えば大きなプレッシャーを与える事に成る。
自分で始末するには、どうすれば良いのか?
その夜、一睡も出来ずに考え込んでいた。
睡眠不足で役所に向かった麻結は、トイレのごみ箱に箱の切れ端を忘れていた。
掃除に入った浅子は見つけて、驚きの表情に成った。
「麻結が妊娠?」
「誰の子?」
「麻生さん?ちがう!」
「えー、九州旅行の時だわ!大変な事に成ったわ!」頭を抱える浅子。
誰にも悟られては大変なスキャンダルで、破談は決定的に成る。
そんな浅子に近所の人が、最近また探偵の様な人がお宅を伺っているわ!と教えた。
数か月前にも頻繁に来ていたと浅子に教えた。
浅子は智光に電話をして姫路まで行くので、駅で会いたいと話した。
智光は不審に思ったが、家では話せない事で余程重要な話だと思い会う事にした。
会うと、最初に自宅を監視されている事実を伝えて、多分過去の経緯から麻生の可能性が高いと言った。
智光は充分考えられると薮内の話を引き合いに出して言った。
だが浅子のもうひとつの話に仰天の表情に成ってしまった。
「間違い無いのか?」
「多分間違い無いでしょう?」
「始末する以外に方法は無いが、その監視の目をどの様にかいくぐるかだな!」
「何処の病院に連れて行きます?私が世話に成った先生は高齢で辞められましたよ!」
「本人が納得するか?子供が出来たので、またあの男の事を言い始めるのでは?」
「本人もまだ誰にも話して無いでしょう!悩んでいると思いますよ!」
「方法はひとつだな!唯記録に残ると、あの麻生だからとんでもない事に成る可能性が有るな!」
「じゃあ、どうするのですか?」
「闇のルートで始末をする方法だな!少し沢山お金は取られるが、それなら記録には残らない!」
「そんな医者が居ますか?」
「取り敢えず至急探して見るよ!行内に心当たりが有る奴がひとり居た!」
支店に帰ると垂水支店の次長に電話をかけた。
昔、行員と関係を持って、妊娠させてしまった女子行員を上手に堕胎させたと聞いた事が有った。
その後朝倉次長に尋ねると、闇で処理して貰える医者を紹介されたと話した。
その朝倉次長に尋ねると、病院は知って居ますが結構お金要求されますよ!と言って姫路の行員ですか?そう言って笑った。
病院は舞子の住宅街に在る住吉婦人科だと教えてくれたが、明石の小磯さんの紹介だと言わなければ話に乗って来ないと付け加えた。
浅子は麻結が帰ると早速、妊娠検査薬の事を問い詰めた。
麻結も今日一日中考えていた様で「どうしたら?」と悩みを訴えた。
「貴女は産みたいと考えているのでしょうが、現状では難しいわよ!一度結婚すれば離婚も可能に成るけれど、他人の子供を妊娠して知らずに婚約する人は居ないでしょう?」
「私は、麻生さんとは上手くいかないと思うのよ!」
「今はその様な問題ではないでしょう!麻生さんに妊娠の事が発覚すると、結納金の倍返しを要求されるのよ!」
「ば、倍返し!」
「常識でしょう!先様には何の落ち度も無いのよ❕貴女の妊娠が知られると直ぐに破談に成って請求されるわ!結婚詐欺で訴えられるかも知れないわ!」
「二千万要求されるの?」
「既に家具とか予約しているわよ!」
落ちこむ麻結に「隠して結婚するしか道は無いわよ!妊娠して居なければ急遽結婚中止も可能性は有るかもだけれど、今なら理由が妊娠でしょう?最悪よ!取り敢えず悟られずに始末するのが一番よ!貴女あの男に喋ってないわよね!」
「は、話して無いわ!」
「そう、お父さんと相談して見るわ!」
婦人科へ
84-076P
翌日、浅子は住吉婦人科に向かった。
患者がひとり居たが、事前に電話をかけているので、患者が帰ると診察室に案内された。
「今回保険を使わずに堕胎手術をして欲しいとの依頼ですね!」
「はい!」
浅子は問診票を詳しく浅子に書かせる。
「本来なら、前日に来院が必要なのですが、無理ですね!」
「そうですか、この問診票を見る限り、経験も少ない様ですので当日時間が多少かかると思われますね!」
「麻酔が三時間程かかりますよね!」
「お嬢さんの様に経験が少ない方の場合、子宮口が堅いので時間が必要なのです!」
住吉医師は今週の土曜日なら、患者さん居ないので良いと思うと言った。
役所を休まずに手術を受ける事が出来るのと、翌日休みなので決める浅子。
水曜日の夕方帰った麻結に伝えると、力なく「仕方ないの、、、、、」と言うだけ。
子供が出来た事を言えない寂しさ、武史に言えば大喜びで直ぐにでも飛んで来るだろう。
誰にも言えない苦しみと、手術の不安が麻結を暗くしている。
その麻結の監視をしている静子と由紀子も、麻結の暗さに何か有るのでは?と思っていた。
住吉医師は朝倉次長に、患者は支店長の娘で美人の筈だと教えた。
住吉医師は急に元気に成って、久々に麻結の身体で遊ぼうと計画を立てた。
看護師の藤田和子と森山佐和子に受付の看護師山田恵子にも遊ぶ計画を話した。
「大丈夫ですか?」
「事情が有るので、中々訴えられないだろう?ビデオ撮影も準備して置け!」
素人のビデオも、患者次第なので売れない事も多い。
今回の患者は美人で、病院に来るのが初めてだと聞いたので期待する。
金曜日に時間を確認すると、時間を充分に取りましたので10時には来て下さいと言われて驚く浅子。
すると、初めてなので色々検査をしてからの手術に成りますと言った。
確かに麻結はいきなり行って手術も不安が有るので、良い事だと思う。
朝智光が車で送ると言って、帰り電話を貰えば迎えに行くと言った。
確かに術後電車で帰るのは近いが疲れるので、良い事だと浅子は喜んだ。
麻結が機嫌を損ねて急に行かないと言い出さないかも、車で送る原因のひとつだ。
病院の前まで連れて行くと、中々逃げる事が出来ないと思った。
予想通り、土曜日の朝麻結は「どうしても?」と二の足を踏んで抵抗を見せた。
「毎日薬を飲んでいるのだから、大丈夫よ!」
住吉医師から貰った薬を飲まされている麻結。
強い媚薬で、回数は少ないが効果は有ると住吉医師は自信を持って居る。
最後の抵抗を見せたが、浅子に引きずられる様に車に乗った麻結。
「寝ている間に終わるわよ!」
「武史との子供を殺すのよ!平気なの?」
「今は仕方が無い!我慢しなさい!」
車が動き出しても怖い顔をして、二人を睨みつける。
浅子は携帯で住吉病院へ娘が手術を怖がっていますと連絡した。
その車を尾行しているのが静子と由紀子の二人。
「三人で何処に行くのだろう?」
「着飾っていないからデートとかではないわね!」
「役所スタイルでもないわね!」
そんな話をしながら国道二号線を走って行く。
近付くと一層麻結は「辞めようよ!怖いわ!」
「大丈夫よ!お母さんも一度中絶したのよ!」
「そうだよ!子供が育って無かったので手術したのだよ!」
「そ、それって弟、妹?」
「弟、弟!」嘘の話をして安心させる。
その頃、住吉医師はクロロホルムを染み込ませたハンカチを看護師に準備させた。
闇で堕胎をするので時々嫌がる女を無理矢理連れ込む為だ。
今日の堕胎も何か揉める事が有る様だ。
親は娘の付き合って居る相手を嫌がっているのは間違い無い。
しばらくして車が病院に近付いた時、浅子が「もう着きます!駄々をこねています!」と電話をする浅子。
「いやー殺さないでーー」
看護師二人が外に出ると、駐車場に止める様に指示をする。
二人の看護師が後部席のドアの外に待つ。
後部座席を見て「こちらよ!」
「お母さん!そのまま座って居て下さい!」
左の扉に手をかける藤田看護師、横ではクロロホルムの染み込んだハンカチを取り出す山田看護師。
「いくよ!」
扉を開くと山田看護師が出様とした麻結の顔をハンカチが被った。
「な、なに!うぅ、う」と力が抜ける麻結。
扉を開くと車から降ろす。
車椅子を森山看護師が横づけした。
車椅子に乗せるとベルトをして、立ち上がれなくした。
口を覆っていたハンカチを取り除くと、車椅子を押して駐車場から急いで病院内に入った。
「綺麗な人ね!」
眠る顔を見て山田看護師が言った。
藤田看護師が「お二人共終わるまでいらっしゃいますか?」
「いいえ!私はまた夕方迎えに来ます!」
「また麻酔が切れる時連絡を差し上げますので、お迎えに来て貰えば助かります!手術の後ですから、麻酔が切れると多少は痛みも有りますからね!」
「それではよろしくお願いいたします!」智光は浅子を残して車を発進させた。
「お母様は先にお支払いをお願い致します!娘さん朝食はされていませんよね!」
「頂いた薬だけ飲ませましたが、少し身体が火照る様です!」
「それで良いのですよ❕効果が出ている様ですね!」
麻結は既に車椅子の状態で手術室に入っていた。
「気が付いた様だけれど、再び暴れると直ぐに麻酔をしますよ!」
住吉医師が妻の典子と一緒に入って来た。
「先生と師長さんです!」
「一応健康診断をしてから手術に入るのですが、暴れると困りますので拘束に成りますよ!」
「何を調べるのですか?」
「尿検査、簡単な血液検査、血圧は手術の前には必要に成りますね!」
「母は帰ったのですか?」
「お父さんは帰られましたが、お母さんは今お支払いをして頂いています!待合室で終わるまでいらっしゃるそうですよ!ここまで来て困らせないで下さい!」
「、、、、、」
「何もしなくても、看護師が全てしますので、安心してお任せ下さい!」
長い髪を後ろで縛って纏めている麻結。
尾行をして来た二人は変な光景を見て「婦人科に無理矢理連れて来たって感じだったわね!」
「後で、病院の連中を締め上げれば喋るわね!」
「麻生さんと婚約しているのに、何故婦人科に来たのかしら?」
「何か女性の病気に成ったのかしら?」
二人は目的が判らないので憶測で話して居たが、簡単に出て来る気配が無いので一層疑問を持った。
ポルノ撮影
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お金を払って待合室に居る浅子に「お昼が必要でしたら、右に百メートルの所に喫茶店が在りますよ!」受付の女性が教えた。
「今日の患者さんは?」
「土曜日は手術の方だけですよ!今日は落合さんだけです!」
テレビを見ている浅子だが、気に成るのは麻結の状況だ。
無理矢理中に入ったが、どの様に成っているのだろう?まだ麻酔はしてないので、騒いでいるのだろうか?心配になる。
採血、血圧と検査が進む。
本当に肌も綺麗だ!これで乳房も綺麗なら、良いビデオが出来るな!と思う。
何方にしても、全裸にして自分が犯すのだが、撮影の為にはもっと卑猥な画像が必要だと考えている。
こんな女を妊娠させた男の顔が見たいと思う。
まさか障害者の男に逝く程突かれたとは思ってもいない。
それなら、抵抗無しに横に成るだろうと考えたのだ。
手術台に全裸で乗る事には抵抗が有るが、スカートを履いた状況なら意外と簡単に横に成る事を知っていた。
「皆さんで抱えて手術台にお願いします!」師長の呼びかけ看護師が車椅子に集まった。
「えっ、な、なに」ベルトを外すと立ち上がろうとした麻結。
上はブラウスにカーディガン、下は幅の広いスカートを身に着けている麻結。
病院に行くので脱ぐのが楽な様にと浅子が準備したのだ。
「これは脱ぎましょうね!」カーディガンを素早く脱がせて、脱衣籠に放り込む。
四人が車椅子から麻結を抱き抱えて手術台に上げる。
「辞めてー考えなおしますーー」叫ぶ様に言うが「今日しか時間が有りませんよ!初めての方は皆さん不安で、その様に言われるのですよ!」
「や、やめてーー」
手術台の上に押さえつけられる様にされると、素早く右の手首にベルトを巻き付けてしまう。
「何をするのですか!」
「暴れるので拘束させて頂きます!眠らせて手術も出来ますが、それでは状況が把握出来ませんのでね!勿論手術の時は全身麻酔に成るので、痛みは有りませんよ!」
右手首を固定すると、直ぐに左手首も手枷を巻き付けて手術台に固定した。
「外して下さい!手術は辞めます!」」手首を動かすが無視。
「手術の準備に入ります」そう言うと、麻結の胸の付近にカーテンが降りて来て、胸から下が見えなく成った。
師長の典子が顔の近くに来て「まだ、準備に多少時間が必要なのよ!もう堕胎以外に方法は無いでしょう?怖くないのよ!寝ている間に終わるわ!」
「こ、こども、、、、」
そう口走った時、看護師が麻結のスカートのベルトを緩め始める。
両手で素早くスカートを引っ張って降ろして、一気に足ま持って行った。
「あっ、スカート!」と口走った時、足首から抜き取られて軽く畳んで典子に手渡された。
「この脱衣籠に入れるわね!」
「もう、、、むり、、、、、、」と小さく言うと、観念した様な顔で上を向いている。
だが、続けてパンティ―ストッキングに手が向かったら、麻結は足を絡ませて無駄な抵抗をする。
その時、無影灯が点灯されて手術台が明るく成る。
上と斜め後ろにビデオカメラが設置され、既に撮影が始まっている。
もう一台のハンディカメラは受付の山田看護師が撮影している。
今は麻結の顔を撮影出来ないので、カーテンから下だけだ。
その様子を後ろで手術用の手袋を嵌め乍ら、笑みを浮かべて見ている住吉医師。
「あっ、あっ、いゃーはずかしいわ!」
パンティ―ストッキングと一緒にパンティーを脱がされてしまった麻結。
素早く麻結のつま先から外してしまう。
綺麗な白い肌に黒々とした陰毛が目立つ。
麻結は必死で足を絡ませて陰部が見えない様にしている。
だがその努力も一瞬で終わりに成った。
看護師が足を持ち上げて下脚台に乗せてしまう。
そして革のベルトが巻き付けられると、右足はもう自由には動かせなく成った。
同時に左足が固定されるのにも時間は殆どかからない。
今度は白い左太腿に何かが巻き付けられている様だが、全く判らない麻結。
同じ様に右の太腿にも革のベルトが巻き付けられる。
ベルトから数本の洗濯ばさみの様な物がぶら下がっている。
麻結の頭の近くには点滴の道具が運ばれて来た。
ブラウスの手首のボタンを外す師長。
「これは、無理ね!ブラウスを脱ぎましょうか?」
胸のボタンを外し始める。
「誰か、手伝って!」
看護師の一人がやって来ると、左手に点滴をしたいのよ、ブラウスを脱がせて頂戴!」
手首の手枷を外すと腕をブラウスから抜き取る。
これで上半身にブラジャー一枚にされているのだが、カーテンの影響でそれ程感じていない麻結。
久々の逸材で高く買い取られる事が間違い無いので、力が入る住吉医師。
既に自分が遊ぶ事より盗撮ビデオの傑作として売れると目論む。
自分が登場して祖チンを晒すと、質が落ちると妻の典子に言われたのだ。
確かにこれだけの美人の盗撮残酷ビデオなら、そう思って色々思考を凝らしている。
「点滴を流す準備をするわね!」師長が腕を消毒して針を突き刺す。
「先生!点滴の用意出来ました!」
住吉医師が「手術台が少し動きますよ!」と云う。
麻結はその様な事は思っても居なかった。
徐々に上昇を始める手術台、無影灯が近づくと同時に足が開き始めて驚きの表情に成る。
「あっ、辞めてーは、恥ずかしい!」と言い始めると、一層両足が左右に開いて黒々とした陰部が割れ目を露呈し始める。
「もう、、、むり、、、、、、」と小さく口走ると、動きが止まって麻結の陰部が明るく照らされる。
撮影の山田看護師は早速麻結の陰部のアップを写し始める。
「落合さん!」
「は、はい!」急に住吉医師に呼ばれて驚いて返事をした麻結。
「ここね!」そう言いながら住吉医師の指が、一番密集した陰毛を触った。
「うぅ、あっ」既に媚薬で敏感に成っているので、少し触られただけで反応してしまう麻結。
「落合さん!凄くこの部分が濃いでしょう?手術の器具を使うのに支障が有るのですよ!昔の手術法なら関係無いのだけれど、今回の器具は邪魔に成るのですよ!困る?」
「は、はい!」意味がよく判らない麻結!
剃毛へ
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「全部剃ってしまいましょう!」
「えっ、な、なに」
「濃いので全部剃って、器具を使い易い様にしましょう」
「全部、、、、ですか?」
「彼氏に気にされると?そうだな!二か月は戻らないな!早い人は四十日程らしいね!」
「は、剃るのですか?」
「昔の手術法だと、子宮に負担が有るのですよ!今はこの病院でも新しい方法ですからね!濃いから少し時間がかかるけれど、大丈夫!看護師さん慣れて居るからね!」
「は、はい!」
「君!剃毛の準備をして!」看護師に指示をするが、既に傍に準備されている。
看護師が黄色い液体の入ったプラスチックの注射器を住吉医師に手渡す。
「消毒薬を注入するからね!」
指で膣口を少し広げると、浣腸器の小型の注射器から黄色の液体が麻結の膣に流れ込んで入った。
陰部全体が暑く火照る様に成って敏感に成る薬を注入されてしまった麻結。
清楚な麻結の乱れる姿をビデオに撮影する事を考えているのだ。
いつの間にか、点滴の針からも身体に流れ込み始める薬。
淫乱状態に成るのは時間の問題だった。
「採尿を忘れて居ました!尿道カテーテルを挿入しますよ!良いですか?」
「は、はい!」
祖母が入院時に同じ物を付けていたのを思い出すと、一気に顔が赤く成った。
住吉医師の指が尿道口を探す為に弄り始めると、異常に感じてしまう麻結は腰を動かす。
「動かないで下さい!」
小陰唇を広げて、尿道口にカテーテルを近づける。
既に弄られて我慢の限界で唇を噛みしめて耐えていたが「あっ、あっ、いゃー」と声を発した。
その時尿道口に突き刺さり「い。いたいー」と声を発した麻結。
既に点滴でぼんやりとしているが、性器は敏感に成っている。
「あっ、あっ、いゃーはずかしいわ!」
「出し切って下さい!手術中にお漏らしする方が恥ずかしいですよ!」看護師の一人がそう言いながら、横から麻結の下腹部を押さえた。
「少し散髪してから、剃りましょうか?長い陰毛が結構有りますよ!」
看護師の森山が早速麻結の陰毛を引っ張って「ジョキ、ジョキ」と切った。
顔が火照って赤い麻結を見て、師長の典子が「暑いのね!ブラも外しましょうか?」
背中に手を入れると、ブラジャーのホックを外した。
「少し楽に成ったでしょう?」引っ張って緩める。
もう直ぐ全裸にされて中絶手術の前に、バイブで逝かされる段取りに成っている。
一時間程度の作品が喜ばれる。
再びお腹を押さえて「出し尽くしたようね!」住吉医師に抜く様に言った。
「出尽くした様だな!抜くぞ!」
「うぅ、あっ」尿道カテーテルが抜き取られて、気分的にすっきりした麻結。
「具合いはどう?」婦長が尋ねる。
「身体が暑いのと、下半身が熱ぽいです!」
はっきり、陰部が燃える様に成っているとは、恥ずかしいので言えない麻結。
点滴も半分近く流れ込んで、徐々に理性が無くなって雌状態に成る時間が近づいている。
そして、殆ど記憶に残らない様に成る。
その後の麻酔から手術で、手術中に変な夢を見たと思う。
事実普通の全身麻酔で手術中変な夢を見る女性は多い様だ。
住吉婦人科でも術後の調査でその様な結果が出ているので、全く違和感は無い。
麻結の手術は一般とは全く異なるのだが、同じ様に処理される予定だ。
待合室の浅子には、この時、睡眠薬の入った飲み物が与えられていた。
手術室での娘の声に乱入する危険性を回避する為だった。
「ジョキ、ジョキ」「ジョキ、ジョキ」と陰毛を切られて短く成った頃、点滴の量が減って師長が「効いて来た様だわ!」と住吉医師に伝えた。
麻結の顔を見る為に顔の傍に来た。
「もう良いだろう?」点滴を抜き取る様に指示すると、手枷を外し始める。
「こんなブラジャーを引掛けて居たら、絵に成らないだろう?それにしても綺麗な乳房だな!」そう言って触る。
「あっ、いゃー」と言う麻結。
「性感も上昇しているな!」
手枷を外してブラジャーを麻結の身体から取り去ると、師長がカーテンを取り払って麻結の全裸が無影灯に晒された。
「本当に綺麗な身体だ!髪も束ねずに広げれば悶えて絵に成るぞ!」
師長が纏めて縛っていた髪を解いて広げる。
「マン毛を剃って始め様!」
再び手枷を診察台に固定させる。
カメラが麻結の全裸を舐める様に撮影する。
「あっ、あっ」刷毛がクリームを塗り始めて声が出る麻結。
何故か目を閉じているのは眠っている訳ではない。
「母親は熟睡した様です!」
「あっ、あっ」
徐々に塗られた陰毛は白くクリームが盛り上がり、大陰唇と密集地帯を残す。
そこで住吉医師が代わって刷毛を持って、新しく泡立てたシェービングカップからクリームを掬い取る。
麻結の大陰唇に刷毛を落とすと「あっ、あっ、いゃー」の声を発して大きく頭を振った。
長い黒髪が大きく揺れて「いゃーん!かんじるー」と口走る。
目は閉じているが口は半開き状態。
刷毛は大陰唇から肛門方向に移動して白く塗り上げられた。
もう一度掬い取ると同じ様に左側の大陰唇に落として、白く塗り込みながら同じ様に肛門の方まで白く成った。
新たな怒り
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「ここで終わ「ひーーーーい」刷毛の動きに声が出る。
りだな!蒸らす準備出来て居るか?」看護師の方に目を向けると、洗面器からタオルを取り出している。
一番の密集地帯に刷毛を落とすと、くるくると刷毛を廻して塗り込む。
「あっ、あっ、いゃー」声を発して少し頭を仰け反らせる麻結。
殆ど白く成った陰部を見ながら股間を離れると、代わって藤田看護師が綺麗に畳んだタオルを持って麻結の白く盛り上がった部分に綺麗に載せる。
「あついー」と小さく言うが、それ程熱くはない。
そのままタオルの上から押さえる藤田。
指で割れ目を刺激し始めると「あっ、あっ、いゃー」「だ、だめーかんじるーー」と声を発して仰け反る。
しばらく弄られて感じていたが、タオルが取り除かれると白い肌に岩海苔の様に陰毛が付着している。
再びクリームを塗り込むと剃刀を持って、下腹部から「ジョリ、ジョリ」「ジョリ、ジョリ」と剃り始める住吉医師。
浅子達に連れて来られた病院は完全に麻結の身体で商売を考えている。
下腹部が青白い剃り跡に成ると、今度は大陰唇の左にクリームを塗る。
「あっ、あっ」目を閉じて声を発する麻結。
「ジョリ、ジョリ」「ジョリジョリ」
「ああー、ああー」と声を発して、つま先に力が入って伸びる。
「感じている様だな!」
続けて右側にクリームが塗られると「ひぃーーか、かんじる」
先程とは異なる反応に成る。
「ジョリ、ジョリ」「ジョリ、ジョリ」
「ああーああーいいわー」
「もう少しで終わりだな!」
密集地帯に刷毛を落とすと渦巻状に動かして刺激を与えた。
「ああーああーーーだめーーかんじるーー」
「ジョ、ジョ、ジョ」小刻みに剃刀を動かして密集地帯を剃り上げる住吉医師。
「剃り跡に剃刀負けのクリームと、育毛剤を塗り込んでやれ、病みつきに成るぞ!清楚な顔している女程、一度填ると抜け出せないのだよ!この女もきっとそう成るだろう!」
そう言いながら剃刀を置いた。
タオルで拭き取ると、一層青白く剃り跡が際立つ。
クリームを塗り終わると、太腿に着けた道具を引っ張って麻結の大陰唇を摘まみ始めた。
三か所を摘まむと左半分が剥き出しに成った。
ビデオ撮影もアップで捕らえている。
反対側のクリップも同じ様に大陰唇を摘まむと、麻結の性器が完全に剥き出しに成り膣口も半開きの卑猥な姿に成った。
「例のバイブを咥えさせるか?中を先に調べて置くか?」
クスコを持って開いた膣口に挿入を始めた。
「この子SEXの回数が極めて少ないぞ!膜が残って居る!」
「この顔でSEXが少ないのは脅威ですね!」
「ニ三度のSEXで妊娠した様だ!」
住吉医師の指示で大きく広げられた陰部の等身大の写真の撮影をした。
将来何かに使えるのでは?との思惑だ。
唯、これからバイブを挿入して撮影する事は、値打ちが落ちるのでは?と思い始めた。
「麻酔の準備に入れ!手術を始める!」
急な変更に驚く看護師達。
その頃外で見張っている二人は「長すぎるね!」
「これは手術に間違い無いわ!」
「何の手術?」
「もしかして、妊娠中絶の手術かも知れないわ!」
「あの子が誰の子を?」
「それが判らないのよね!私達が監視していた男は全て排除したでしょう?」
「じゃあ、その後ね!二月の末から三月初めのSEXで妊娠したのよ!」
「相手は?」
「判らないわ!今日は遅く成りそうね!大スクープよ!」
「麻生さんに教えると、この子どうなるのかな?」
「可愛さから憎しみに変わるわよ!自分以外の男性とSEXして子供を宿した事実は許さないでしょう!」
「金持ちのお坊ちゃま‼の憎悪は怖いわよ!」
麻結は全裸の状態で全身麻酔をされて、中絶手術が始まった。
無理をして子宮口を広げる器具を挿入するので、全身麻酔の筈だが時々苦痛の表情に成る。
普通の倍程の時間を要して中絶手術が終わった。
武史との子供は闇に葬られて、麻結は麻酔の眠りの中だ。
4時過ぎ麻酔から目覚める麻結。
手術が無事終わった事を告げられて涙を流す。
浅子は時を同じくして目覚めると、看護師に病室に案内される。
「手術は終わったわ!武史さんとの子供は死んじゃった!」と寂しく言った。
「麻生の家に悟られると大変な事に成るのよ!お父さんを呼んだから、もう直ぐ帰れるわ!」
しばらくして、智光の車で三人は帰宅したが、麻結は股間の痛みが有るので、歩き方が少し変だった。
その様子を見ていた二人が直ぐに病院に入って来た。
「今日の診察は行って居ません!」
「診察に来たのでは無いわよ!聞きたい事が有るのよ!」
「どの様な事ですか?」師長の典子が二人に言った。
「先程の患者!中絶手術に来たのだろう?」
驚き顔に成ったが惚ける師長。
「私達は先程の美人は今朝家を出た時から、或る金持ちに頼まれて監視しているのよ!嘘を言ってもすぐ判るのよ!」
「あなた達は何が目的なの?」
「私達は先程の娘の素行調査を頼まれた探偵なのよ!実は可愛い顔してご主人様以外の男と何か関係を持って居るのでは?と調査をしているのです!もし何かご存じなら高額の報酬を頂けますよ!」
「調査員の方?」
「はい!彼女に関する事でしたらご主人様は高額の報酬をお支払い成りますよ!但し臍を曲げるととんでもない事に成りますよ!先日も大手の銀行の支店長を首にされました!」
それを聞いて典子は「おっしゃる通りです!内緒で中絶手術を受けに来られました!」
「何か証拠に成る様な物が有りませんか?」
「手術そのものでは有りませんが、余りに美しい女性なので撮影はしました!」
「また連絡しますが、その様なビデオは高価で買い取られますので、他に出さないでください。」
二人は車に戻ると祐樹に連絡をした。
すると、怒りを露わにしたが、直ぐに先方に一度伺うと言って電話が切れた。
空蝉 Pバージョン
困難に立ち向かう二人と、それを阻む麻結の両親。
親とは思えない残酷な仕打ち、金持ちの息子が必要に絡む。
本来の作品とは大きくかけ離れてしまいますが、この作品はそれなりに面白く成っていきます。