虐待
筆名・水上碧士を引退して、私は素の自分に返り、少し過去を振り返ってみました。
初作の『Mおという男』から代表作の『TRIANGLE-WAR』まで、これらを書き上げる過程は相当の苦しみが伴いました。
児童虐待の真実、被虐待者の現実として訴えた書は、当時、まだ世の中には隠れた問題の中で出版したもので、地方紙の記者より取材を受けたこともありました。
私は隠さず事実を伝え、同時に個展を開くなどして訴えていったのです。
私は怒りで書いたのではなく、悲しみで筆しました。自身の経験から、同じように苦しんでいる方の力になれないか考えました。
ですが、今となって自分に変化が起きており、それは、受けた側だけの視点ではなく、した側の視点。どれほどに苦しかったかと思える生活でも、した側の親もそれだけの悲しみ、傷みを背負っていたこと。それに気がつきました。
虐待する親の心の闇を何とか癒すことができないかと。そうでなければ連鎖は止まらない。
義理の父さんが私にしたことは、父さんの傷み。その辛さ、その苦しみは私にしか分からない。だから、私は当時の少年に戻って父に伝えたいのです。
大丈夫だよ。僕が受け止めるよ。苦しかったんだね。よく耐えたね……。
私は憎むのをやめました。恨むのもやめました。
これは、現代の虐待問題に意見しているものではありません。一人の少年が素直に思ったこと。ただの振り返りにて「許し」を題材に書いてみた一編の作文であります。
虐待