騎士物語 第十三話 ~二度目のランク戦~ 第二章 ばちばち初戦

ランク戦の始まり、その初戦です。

第二章 ばちばち初戦

『皆さんおはようございます。生徒会長のレイテッドです。』

 昨日オレたちに「戻り組」と「元組」について説明してくれたレイテッドさんが、今日は広い闘技場の真ん中に設置された台の上で、全校生徒に向けてそう言った。
 ランク戦の開会式――前回はデルフさんが行っていた挨拶を今はレイテッドさんがしている。

『多くの方がご存知の通り、この二回目のランク戦は一回目とは様相が異なります。授業振り分け用のランク決めが目的というのは変わらず、この結果によって一年生、二年生は来年度の一回目のランク戦までの授業内容が決まります。ですがこの学院においてこれが最後のランク戦となる三年生にそれは適応されないのでランク分けは行われません。実のところ、学校側としてはやる意味が無かったりします。』

 本来の開催理由を考えると確かにそうだなと思ってしまったが……レイテッドさんも結構言うというか、デルフさんとは違った感じに生徒会長だなぁ。

『しかし最後の最後、三年間競い合って来た同級生たちとの決着をつける為の舞台――三年生にとってこのランク戦はその程度のイベントだったそうですが、皆さんご存知の通り、現在はそこにもっと大きな意味が加わっています。このセイリオス学院が優秀な騎士を輩出し続けた結果ランク戦は軍や騎士団が注目する舞台へと変化し、彼らにとっては有望な新人を見極める場、三年生にとっては自身の集大成を見せる……まぁ、言ってしまえば入隊入団したい所へのアピールの場となりました。』

 レイテッドさんのぶっちゃけた言い方に笑いが起こるが……しかし三年生が座っている辺りにはむしろ緊張感が走ったようだった。

『あまり長々と話すと先輩方が痺れを切らしそうですし、そろそろ紹介するとしましょうか。一年生の皆さんは驚く事でしょう、私も去年驚きました。この二回目のランク戦に、どのような方がいらっしゃっているのかを。』

 レイテッドさんがそう言うとレイテッドさんが立っている台の後ろに突然、マジックショーのようにボワワンと、更に高くて幅のある台と共に生徒でも先生でもない人たちが数人現れた。雰囲気からしてお偉いさんなのだろうという人もいれば、格好からして騎士――きっと凄腕の騎士なのだろうという人もいて、レイテッドさんが端っこから紹介していくとエリルやローゼルさんは「へぇ」とか「ほぉ」とかちょっと驚いたような反応する。何かの組織? や騎士団……の名称なのだろう、色んな単語が飛び交ったけれど毎度の事ながら全て初耳で、その所属と凄さが理解できたのは最後に紹介された人だけだった。

『――そして最後に紹介するのは、この国で騎士を目指す者であれば誰もが知っているだろう騎士、国王軍セラームのリーダー、『光帝』ことアクロライト・アルジェントさん。』

 前回のランク戦の後にあった社会科見学で国王軍の訓練を見に行った時に知った、この国で一番有名な騎士らしい人。生徒たちからの歓声も一際大きいあの騎士は、言わば妹のパムの上司……みたいな立ち位置というのもあって印象が強い。

『そうそうたる方が皆さんの活躍を観に来ているわけですが、もちろん紹介し切れなかった方々が他に大勢いらっしゃいますし、あえて紹介される事を拒んだ方もいます。三年生のみならず一年、二年の皆さんも、このランク戦でいいところを見せて――』

 とりあえず闘技場に現れた「すごい観客」の紹介を終えたレイテッドさんの肩をアルジェントさんがトントンと叩き、二、三言のやりとりの後、アルジェントさんがマイクを手に観客席に座る生徒たちへペコリと頭を下げた。

『生徒会長の説明を遮ってしまい申し訳ない。ただいま紹介にあずかったアクロライト・アルジェントだ。毎年の事だから二年生と三年生は承知の事だと思うが、注意喚起をさせて欲しい。』

 ちゅ、注意喚起……? 何か事件が……もしかしてミラちゃんが言っていた――ああいや、「毎年の事」と言ったから違うか……

『私がここにいるのは未来を背負って立つ騎士たちを観に来たというのも勿論だが、もう一つ、こうしてランク戦を観る為に集まった要人の皆さんの警護という意味もある。』

 確かに凄そうな感じの紹介をされた人ばかりだったし、悪党からしたら大チャンスみたいな状態になるのか。騎士の学校に攻め込むなんて字面だけだと無謀に見えるけど、ほとんどが騎士の卵という事を考えると逆に狙い目になるのかもしれない。

『かの学院長が防御魔法を張り巡らせているこの学院で悪事を成功させるのは至難の業だが、何事にも絶対は無く、思いもよらない裏道を通って来るのが悪党というモノだ。中には要人ではなく、未来の偉大な騎士である諸君ら生徒たちを標的にする者もいるかもしれない。警戒は私たちに任せてもらってランク戦に集中して欲しいが、頭の片隅に私が言った事を置いておいて欲しい。』

 毎年の注意喚起……ミラちゃんが心配した事を騎士たちも懸念しているとしたら、いつもと同じように見えて実は普段よりも警戒具合が増していたりする……かもしれない。何にせよ、アルジェントさんが言った事をとどめておこう。


 その後、レイテッドさんからの改めてのルール説明などがされると全員に配られたカード――ランク戦の対戦相手と場所を示すマジックアイテムが全生徒の手の中で光り、それぞれが指示された一戦、もしくは観戦したい闘技場へと動き始めた。

『どもどもー! 前回も言ったけどあたしはこの第一闘技場の実況を務める放送部部長のアルク! 三年生だからこれが放送部として最後のお仕事になるよ! そしてこれも前に言ったけど他の十一個の闘技場の司会も放送部が務めまーす!』

 前回のランク戦以降、同じAランクという事でランクごとの授業で毎回顔を合わせるからそれなりに仲良くなったカルクさんと同じ声が闘技場に響き渡る。
 別に闘技場の番号は若いほど上級生の試合になるというわけではないらしいが、我ら『ビックリ箱騎士団』が挑む三年生のトーナメントの一回戦はこの第一闘技場で行われる。

『記念すべきランク戦の第一試合! 最高に気合の入る三年生トーナメントの始まりは、なんと一年生の殴り込みから始まるぞー!』

 闘技場の左右にある出入口……ああいや、選手の入場口というべきか。そこから一人ずつ生徒が入って来る。そう、一年生の殴り込み……第一試合の組み合わせは――

『もはや学院内で知らぬ者はおらず、騎士界隈にも轟く名声を掲げる『ビックリ箱騎士団』! その内の一人、『水氷の女神』ことローゼル・リシアンサス! 名門リシアンサス家直伝の槍さばきと変幻自在絶対零度の水の魔法を引っ提げた学院内でもトップクラスの美女が三年生のトーナメントに乗り込んできました!』

「おや、早速かい?」
 第一試合に対戦が組まれたのはローゼルさんだけだったので『ビックリ箱騎士団』でかたまって観客席にいたのだが、いつもながらいつの間にかそこにいるデルフさんがオレの斜め後ろでそう言った。
「……あんたはホント、毎度毎度……」
「そんな鬱陶しそうな目で見ないで欲しいね、クォーツくん。キミたちが知らない三年生側の選手の解説を聞きたくないのかい?」
「おお、元生徒会長の解説付きとは豪華だな。ありがてぇぜ。」
「うむ、是非お願いしたい。」
 強化コンビが嬉しそうにするのを満足気に頷きながら、デルフさんはローゼルさんの対戦相手に視線を移した。

『対するは三年生の中で「優等生」という単語が最も似合う男! 正確無比な光線銃で相手を貫く、タッセル・マーガ! 怒涛の勢いの一年生を止める壁となるか!』

「相手はマーガくんか。アルクさんが今言ったけれど、彼は光線銃――光の弾丸というかビームというか、そういうのが武器だね。一年生の頃からずっと成績上位だから優等生なのもその通り。まぁ、一番は僕だったけど。」
 ふふーん、と、自慢気にするデルフさんを横目にマーガ先輩を見る。優等生と言えばローゼルさんもそうだけど、先輩は外見からしていかにも勉強が出来そうな……サラッとした金髪が綺麗に丸いヘルメットみたいな髪形に整えられ、四角い眼鏡がきらりと光る、「優等生」を絵に描いたような人だった。
 アルクさんが正確無比と言っていたし、物凄い精密射撃を……んん? なんだろう、マーガ先輩が何だか……気まずそう?

「……」
「んん? わたしの顔に何かついていますか、先輩。」
「い、いや……何でもない。」

 くいっと眼鏡を直したマーガ先輩が両手を……上手な表現が思いつかないのだけど、降参する人のようにあげると、手品のように両の手の平に銃が出現した。ティアナが使う金属の塊みたいなのとは違う、もっと軽そうでカッコイイ感じのデザインで、それを握ると先輩は銃を武器にする人というよりは近接格闘をする人のような構えをとった。

「形こそ銃だけど火薬で金属の銃弾を放つ本来のそれとはだいぶ違い、魔法の負荷が来るまでは撃ち放題な上、弾道は基本直線だけど光の性質を応用して反射や屈折が可能。そして何より銃そのものが軽いから本人の動きも速い。まぁ、僕の方が速いけど。」
「いちいち自慢を挟むんじゃないわよ……」
「あははー、あっちの優等生はなかなか強そうだけど、こっちの優等生ちゃんにはとんでもない硬さの氷があるからねー。いくら速くても氷の中に引きこもったら意味ないんじゃないのー?」
「おやおや、三年生の手札の数を舐めちゃいけないよ?」
 デルフさんがひっひっひと悪そうに笑う。個人的にも、今のローゼルさんの氷を突破できる攻撃ってそうそうないような気がするから……それを可能にするテクニックがあるのなら、勉強させてもらわないと。

『では始めましょう! 三年生ブロック一回戦第一試合! 一年生の挑戦者ローゼル・リシアンサス対三年生出迎え担当タッセル・マーガ! 試合開始!』

 ビシュンッ!

 アルクさんの合図とほぼ同時にあんまり聞き慣れない音がした。二人を見るとマーガ先輩が片方の銃をローゼルさんに向けていて、ローゼルさんは試合開始前と同じ、トリアイナを地面にたてて立っているだけ……いや、構えもしてないローゼルさんもあれだけど、何が起きたんだ……?

『開幕速攻! 優等生から挨拶代わりにとビームが放たれましたが、『水氷の女神』の手前で遮られました! 肉眼では視認が難しいほどの透明度――見えない方は闘技場のスクリーンからご確認下さい、光線銃に劣らぬ速度で展開された氷の壁を!』

 氷……そうか、普段の鍛錬だと目の前で見ているからある程度わかるんだけど、闘技場みたいに離れたところからだと全然見えないな……

「――ふっ!」

 短く息をはいたマーガ先輩の姿が消える。そしてローゼルさんを全方位から囲むように……例えるなら凄く眩しいモノを目の前で動かした時に視界に残る光の跡のようなモノが無数に向かう。これは……
「マーガくんのビームは第三系統の使い手が攻撃手段として使う一般的なそれよりも込められている魔力が少なくてね。派手に光ったりドカーンと爆発したりしないから物凄く見えにくいんだ。当然それに比例して威力も下がってはいるのだけど、対人なら一センチ程度の風穴をあけられる威力で充分――ってのが本人の考えだったね。」
「あれは銃弾……光線の軌跡なんですね。見えにくいけど、今マーガ先輩はローゼルさんの周りを走り回りながら光線銃を撃ちまくっているのか……」
「……さっきアンジュが言ったように、ドーム状にした氷の壁に全部止められてるけど。」

「この氷が無かったらわたしは一瞬でチーズのように穴だらけになっていたのでしょうが、これは愛の氷です。そんな風に威力を抑えた攻撃ではいくらやっても無意味ですよ。もっとも――」

 さすがというか、試合が始まる前からずっと余裕のある表情で立っているローゼルさんは、先輩相手にも堂々とした態度でカツンッとトリアイナで地面を叩いた。

「全力のビームでも変わらず無意味でしょうが。」

 挑発と同時に、ローゼルさんを覆っている氷のドームの外側――というかドーム以外の場所が急激に白くなり、同時に高速移動していたのだろうマーガ先輩が姿を現した。

『白い霧――いや冷気でしょうか! 実況者泣かせの攻撃に優等生の足が止まったー!』

 ローゼルさんが使う霧はかなり危険なモノで、無暗に突撃しようモノなら白いモヤに混じる無数の氷のトゲで痛い目を見る……のだが、そこに「温度を下げる」という効果が加わったらしく、ローゼルさんを中心に地面や壁が凍り始めた。
「おおう、心なしか結界で守られているはずの観客席まで寒くなってきたよ。マーガくんも耐寒魔法を使わないとあっという間にカチンコチンだから思わず止まっちゃったね。」
 用意周到……を通り越して疑問しか浮かばないけど、マフラーと手袋を装備したデルフさんが興味深そうにローゼルさんを眺める。
「特に闘技場って半分屋内みたいなモノだから範囲攻撃が有利に働くんだよね。このままだとリシアンサスさんがいる氷のドームの中以外が極寒になるのも時間の問題じゃないかな。」

「この霧でいい感じに水分が広がりますから、もう少しすれば先輩も氷像です。状況を打破するにはこの愛の氷を突破するしかないわけですが……実はこの愛の氷、色々頑張ってもとある弱点だけは克服できませんでした。それは熱です。」
「……何?」

 デルフさんが言った耐寒魔法なのだろう、マーガ先輩の身体が薄い青色の光に覆われるのを見ると、ローゼルさんは何故か氷の壁の弱点について話し始めた

「凍った心を愛で解かす――そんなロマンチックな表現があるからでしょうかね、わたし愛の氷はどんなモノでも防ぐ自信がありますが高温にさらされると融け出すのです。勿論普通の氷よりも必要な温度はずっと上ですが。」
「どういうつもりだ? 自分から弱点をさらすなどと。」

 そう言いながらマーガ先輩が光線銃を空に向ける。すると空中に大きな光の球が出現してローゼルさんの氷のドームを強烈に照らし始めた。霧が充満している影響か、天から神様でも降りてくるかのような光の柱に覆われるも、ローゼルさんの表情は崩れない。

「そうですね、そこはわたしと先輩の状況の差から来る考え方の違いでしょう。三年生にとってこのランク戦は重要なモノですが、一年生であるわたしにはそうではありません。三年生を見る為に集まった偉い人たちの目に留まるチャンスという見方もあるでしょうが、ご存知の通りわたしは『ビックリ箱騎士団』としてシリカ勲章を得ている身――既に「目に留まっている」状況でしょう。」

「あはは、大事なランク戦に乱入してくる勲章持ちの一年生にいい顔をしていない三年生も多いっていうのに、凄い挑発だね。このブレないところは好感が持てるよ。ああ、別にサードニクスくんからとろうって話じゃないから安心してね。」
 へ、変なところに気を使うデルフさんだけど……「いい顔をしていない」という点は言われてみればその通りだ。折角の晴れ舞台に別に卒業間近っていうわけじゃない後輩が混ざる上、それが勲章を持っているなんて、注目を奪われると思う先輩たちがいて当然だ。オレなんかはそれに今気づいたけどローゼルさんはとっくに理解していた事だろうから……確かにすごい挑発だ……

「つまりわたしの場合はランク戦の目的である、勝ち進む事で上位のランクを得るという点のみが欲しいモノになるわけですが、それを最優先とするのは少し勿体ないでしょう。」
「勿体ない、だと?」
「ランク戦は失敗してもケガをせず、当然死ぬこともありません。そんな中で戦う相手はそれぞれに自身の分野を極め、今まさに騎士として実戦の舞台へ向かおうとしている先輩たち。熱が弱点という事実に対し、わたしは第四系統の魔法くらいしかそれを行える技を思いつきませんでしたが、今先輩はビームのような極所的瞬間的に膨大なエネルギーをぶつける光ではなく、陽の光のように熱を含んだ光でこちらを覆うように照らし、わたしの愛の氷を突破しようとしている。弱点を明らかにしたからこそ、「こういう戦法もある」という事をわたしは今、学ぶ事ができました。」
「……つまり、このランク戦を実験の場にすると。」
「強くなるチャンスを掴めるかどうかはその人次第――前の会長も今の会長も言っていましたでしょう? 少なくともこの先輩との一戦は、わたしはそう使う事にしました。」
「……そうか。」

 冷静そうに見えるマーガ先輩だが、明らかに語気が強くなった。最初の気まずそうな表情はオレたちにいい感情を持っていないところから来ていた……のだろうか?
「実験か。いい表現だけどマーガくんは勘違いしてそうだなぁ……別にリシアンサスくんは「負けてもいい」って思ってるわけじゃないし、何なら勝つ気満々だと思うんだけど。」
「ま、まぁローゼルさんも負けようと思ってランク戦に挑むわけはないでしょうから……」
「たぶんそれ以上さ。僕がさっき言った「凄い挑発」って感想、あれ結果としてそうって意味じゃなくて故意にって意味なのさ。」
「えぇ? ローゼルさんはわざとマーガ先輩を怒らせたって事ですか?」
「このランク戦で色々試そうっていうのは事実だろうけど、それをわざと挑発的に伝えているね。マーガくんによりパワフルに暴れて欲しいのか、ここぞって時に煽りを利用するのか……使い道の多そうな布石ってところかな。」

『優等生の高熱を含んだ光によって『水氷の女神』の氷が――今融けます!』

 アルクさんの言葉通り、ローゼルさんの氷のドームがバシャリと水になって崩れた。同時に、ローゼルさんだけを狙って降り注いでいた光が突如その範囲を拡大して闘技場を丸々覆い、白い霧が蒸発するような音と共に消えて――

 ドカァン!

 何かが壁に叩きつけられた。さっきまでローゼルさんがいた場所にマーガ先輩が――たぶん蹴りをした後の態勢で立っていて……という事は壁に向かってローゼルさんがふっ飛んだのか……
「おやまぁ、見事に釣られたね。同時に進めている仕込みも見抜かれている気がするなぁ……」
 デルフさんの、オレを含んだみんなへの解説というよりは独り言のような呟きを聞きながらガラガラと崩れる壁の方を見ると、ローゼルさんが――ゆったりと地面を滑りながら姿を見せた。

「あまりに速過ぎてわかりませんが、『神速』のキックと比べると今のは速いんでしょうか、遅いんでしょうか。さすがにこの結果だけで前会長と戦えるという判断は早計でしょうけど……」

 ローゼルさんは無傷な上、その身体を氷の鎧……というよりもドレスと言った方がいいだろうか。火の国の建国祭ワルプルガ――の裏で行われる魔法生物との戦いというか試合で見せた、あの鉄壁の氷を身にまとう技のデザインがだいぶ……う、美しくなって展開されていた。

『これはまた何と綺麗な戦闘着! 『水氷の女神』が青白いドレスに身を包んでいます! しかし侮るなかれ、あれは先ほどの氷の壁を――いや、もしかしたらそれ以上の強度かもしれない鉄壁の鎧! 優等生の高速の蹴りをモノともしていません! ついでに言うと速度的にはまだまだ『神速』の方が上です!』

「余計な事を言う実況だ……」
「こちらとしてはありがたいです。しかし眩しい上に熱いですね。別にこれくらいの温度であれば氷の壁を出すのは普通にできますが、普段よりはワンテンポ速度が落ちるでしょう。第三系統の使い手を前にそれをやるのは少し怖いですね。」
「そのドレスは一瞬で着こなせたようだが。」
「えぇまぁ、解説の方が言ったように先ほどまでの壁以上に愛に満ちた氷で必要な魔力も多いですが身にまとう形ですから発動速度はこっちの方が上です。融かされてもその端から再凍結させられますしね。もっとも、先輩に融かされた氷の壁も融かされた分を凍らせれば突破はされませんでしたが。」
「――! あえて、という事か……どこまでも舐めてくれる。」
「このドレスの強度も試したいですからね。先輩はあの手この手で脱がしにかかるでしょう?」
「ひ、人聞き気の悪い言い方をするな!」

 マーガ先輩が二丁光線銃から視界に残る軌跡で放たれたとわかる光線を連射する。確かに銃弾は光の速さかもしれないがその銃を撃つマーガ先輩の動きはそうというわけではなく、おそらくマーガ先輩の手の動きを見てサラッと回避したローゼルさんは、凍った湖の上を滑るかのように、だけどそれとは比べ物にならない速度で移動を始めた。しかも――

『おーっと、『水氷の女神』! 物凄い速度のスケートを始めたかと思ったら、空中まで滑っています! どういう魔法なのかーっ!』

「ローゼルさんすごい……空気中の水分とかを使って――ああでも、闘技場の中はあの光で高温のはずだし……」
「サードニクスくん、魔法を使う上で科学への理解はスキルアップに繋がるアプローチだけど、それでも魔法は魔法で全てはイメージの成す技だよ。僕の推測ではあるけれど、リシアンサスくんがまとっている氷の靴は「氷でできた靴だから滑る」というイメージのみを強力に具現化し、結果足の触れる先が地面の土だろうが空中の空気だろうが、そこに触れる対象があるなら滑る事ができる――きっとそれだけだよ。」

「そこそこ速いとは思うが、それこそ第三系統の使い手には不足――」

 縦横無尽に舞い踊るローゼルさんの動きを、しかししっかりと目で追っていたマーガ先輩がふと片方の銃をもう片方の腕の下に通して背後を撃つ。そこにはローゼルさん――のシルエットではあるけどローゼルさんではない……氷像……水の塊……いや、水と氷――水氷で出来たローゼルさんの分身のようなモノが迫っていて、マーガ先輩の光線銃はそれの脚を貫いていた。

「これは……」

 足元に倒れた水氷の分身の頭――というか顔面に向けて、先ほどまでとは違う、キチンと視認出来る程まで威力の上がったビームを光線銃から放って容赦なく頭部を消し飛ばしたマーガ先輩は、一変した周囲の状況に眉をひそめる。

『これは『水氷の女神』の姿をかたどった水の人形! 本物と同様に氷のドレスをまとった分身が滑り舞う『水氷の女神』の軌跡を切り抜くように出現していく!』

 滑るローゼルさんの後ろに次々と現れていく水氷の分身たち。アルクさんが言ったようにローゼルさんと同じ氷のドレスで氷の靴をまとったそれらは一斉に、ローゼルさんと同様に縦横無尽に滑りながら氷で出来たトリアイナでマーガ先輩を貫かんと迫る。

「『ラペルジア』。さぁ、どう対応しますか?」
「ふん……」

 オレで言うところの回転剣全方位攻撃を鉄壁の氷をまとった水の人形がする。氷がキラキラと光って綺麗……ああいや、技の種類としては妹のパムが操るゴーレムを連想する光景だけどローゼルさん本人ほど動ける様子ではなく、速さはあるけど攻撃はまだ直線的に見える。だけど何よりも、全員が鉄壁の氷のドレスをまとっているところがヤバイいのでは――

「数で押せば速度を抑えられるとでも?」

 次の瞬間から十数秒ほど、何かのパレードのような派手な光景が続いた。
 マーガ先輩はその場から一歩も動かず、全方位から迫る人形たちを凄まじい速度で撃ち落としていった。二丁の光線銃は光を帯び、放たれる光線は先ほど撃った時と同様に視認できるビーム。死角から迫る人形もいるというのに、一体一体を視認せずに全体で……いや、俯瞰的に周りが見えているかのように前後左右へ連射していく。
 氷のドレスが鉄壁なのは変わらない――はずで……というのもマーガ先輩のビームは全弾分身の脚や腕など、ドレスに覆われていない箇所を貫いていて、しかも全ての一撃が人形の体勢を崩すようなタイミングであり、身体が傾いたところを狙って頭部を消滅させているのだ。そして何よりも恐ろしいのが、一発のビームがそれらの精密射撃を複数の人形を対象に行われているという事。一体の頭部を消滅させたビームがその後方にいた人形の脚を貫いているという神業で、だからこそこの数に対応できているのだろうけど……と、とんでもない技量だ……
「……その表情を見るにサードニクスくん、マーガくんがやっている事を把握できている感じかい?」
「え……あ、はい……分身の体勢――というか重心って言うんでしょうか、その時々で転んじゃうような箇所を撃っていますよね……」
「そこまで見えているとはすごいね。ついでに言うとリシアンサスくんもマーガくんの技にちょっと驚いて、きっと分身に紛れて攻撃を仕掛けようと思っていたんだろうに、何も出来ずに周囲を滑っているだけになってしまっているよ。」

『優等生の超連射! これが三年生の実力だぞと言わんばかりの凄技魅せ技! 美しい水氷の人形たちが次々と崩れて水たまりと氷の欠片になっていきます!』

 魔法負荷が限界にきたというわけではたぶんなくて、これ以上やっても意味が無さそうだと感じたのだろうローゼルさんは分身を繰り出すのをやめ、ため息交じりにキュキュッと停止した。

「やれやれ、まさかこれほどとは。正直予想外でした、さすが先輩。」
「……ドレスではなく全身を覆う鎧にすればこうはならなかっただろうに。さすがにこの光の熱の中では無理があったか?」
「いえ、「甲冑姿で華麗に滑る」という光景がイメージできなかったので、機動性を重視した結果ドレスになっただけです。鎧だと動かしづらいのは前に試した時に少し感じていた事ですし。」
「そうか。色々試せて満足したか?」
「? 急にどうしましたか、勝負が終わったみた――」

 ため息はつきつつもまだ余裕の表情だったローゼルさんが不意に膝から崩れ落ちてぺたんと座り込ん――えぇ?
「おや、見抜けていなかった――いや、想定内か範囲内かな。」
「デ、デルフさん、あれは……」
「第三系統の光の魔法だよ。一定周期の明滅や特定の映像を瞬間的に見せる事で引き起こす、一種の催眠さ。」
「そんな技が光の魔法に!? 今の一瞬でなんて強力ですね……」
「いやいや、そういう系に特化している闇の魔法ほど強力じゃないから地道に暗示をかけていくような感じさ。ただし、かけられている相手はかけられている事に気づきにくいんだけどね。」
「えぇ?」
「リシアンサスくんの氷のドームが融けた辺りからマーガくんのそれは始まっていてね。何でもない会話の最中や攻撃の合間にリシアンサスくんの視界内にそういう光と映像を映していたんだよ。それが今、発動したのさ。」

『戦闘中にこれを混ぜていくとは何という高等技術! 攻撃魔法とは加減が全くの別物である光による催眠の魔法! これらを同時にするという事は右手でトンカチで釘を打ちながら左手でトランプタワーを組むようなモノ! ここでも三年生の技を見せつける優等生!』

「なるほど、これが第三系統の。脚に力が入りませんね。」
「魔法もうまく使えないだろう。これで決着だ。」

 ローゼルさんに光線銃を向けたマーガ先輩だったが、ローゼルさんはニヤリと笑う。

「後学の為に確認しておきたいのですが、先ほどの連射、頭の後ろに目があっても無理な動きをしていましたが、もしかして光の魔法を使って視界を俯瞰に?」
「よく知っているな。眼で見るという行為に光は密接に関わっているから、それを制御できれば自分の視界を好きに操れる。」
「なるほど。つまり女子のスカートの中も見放題と。」
「だ、誰がそんなこ――」

 マーガ先輩が少し顔を赤くして怒ろうとした瞬間、マーガ先輩は地面から突き上がった無数の氷の槍に貫かれ――えぇ!?

「な……ば……」
「先輩の銃の腕前は確かに凄かったですが、わたしが『ラペルジア』による攻撃を止めたのは諦めたからではありません。全ての分身を形作っていた水には時間経過で巨大なつららになるように魔法をかけていまして、先輩の周囲に結構な量の水が飛び散ったので頃合いかなと思って止めたのです。」

 マーガ先輩が撃ち落とした分身たちの水は、頭上から降り注ぐ光の熱で闘技場内は高温のはずなのに蒸発したりせずにその場に広がっていた。まさかあれが次の一手への布石だったとは……

「こうして催眠をかけられるのは予想外でしたが、逆にわたしの想定以上に油断してくれました。初めにわたしを見た時妙に気まずそうな顔をしていましたよね? 実はその表情には日ごろから見覚えがありまして、わたしの恋人であり未来の旦那様がわたしに抱きつかれたりするとそんな顔をするのです。」

 恋人……ダンナサマ――!? ローゼルしゃん!?

「きっとわたしと旦那様の色んな噂を聞いていたのでしょう、その辺をふと思い出して真面目そうな先輩は気まずくなってしまったのでは――そんな仮説を立ててからかって見ると、キリッとした雰囲気が崩れる程そういうモノに不慣れな反応。これは利用できると思いましたので、時限式のつららをヒットさせるタイミングで仕掛けてみようと考え、今に至るわけです。」

「リシアンサスくんにとって光の催眠を受けたのはビックリだったみたいだけど、結果的にリシアンサスくんを動けなくして魔法も使えなくした事で勝ちを確信したマーガくんは、それ以前に魔法が仕掛けられていた為に催眠の範囲外となった時限つららをもろに受けてしまった。もしかしたらそれでも光の魔法の高速移動で回避出来たかもしれなかったけれど、リシアンサスくんは巧みな話術によって隙を生み出した。序盤の挑発含め、リシアンサスくんが上手に転がした一戦だったね。」

『なんという大逆転! もしくは計算された勝利か! 無数の氷の槍に貫かれた優等生は意識を失い戦闘不能! 一年生としては華々しく、三年生としては暗雲立ち込める! 三年生ブロック一回戦第一試合! 勝者、ローゼル・リシアンサス!』

 三年生ブロックではあるけど先生が言ったような理由で一年、二年の観戦者も多いらしく、三年生が集まっているらしい辺りからはパラパラという感じの拍手だったけど、会場全体としては大きな歓声がローゼルさんに送られた。


「いやはや、さすがに先輩は強いな。」
 闘技場にかけられている魔法により、体力は消耗したままだけどダメージは無くなるという仕組みなので当然ローゼルさんにかけられた催眠も解除され、悠々と出口から出てきたローゼルさんをオレたちは出迎えた。
「すごかったね、ローゼルさん。正直動けなくなった時はヒヤッとしたけどあんな仕掛けをしていたなんて。」
「ふむ、結果的に良いタイミングになったがあれでトドメをと考えていたわけではないぞ。『ラペルジア』で先輩の動きを制限してもう一つ、二つ試したい攻撃があってそこからが本命だったのだが、まさか全て迎撃されるとも催眠をかけられるとも……」
 そこまで言ってローゼルさんが何かに気づいたような顔をして――
「おーっと、まだ催眠の影響が残っているようだー。」
 ――ふらふらっとオレにしがみついた……!
「あっはっは、学院長の魔法を突破して催眠効果を持続させられたら大したもんだね。」
 オレたちと一緒に来たデルフさんがその光景を見て笑う。し、しかしローゼルさんが分身攻撃中に何かを狙っていたという事をずばり見抜くとはさすがデルフさんなんだけどローゼルさんのしがみつきがもはや抱きつきに!!
「つーか気づかない内に催眠かけられるとかやばくねぇーか? 気づいたら相手の操り人形って事もあるってことだろ?」
「まさか、そこまでの効果はないよ。」
 腕組みしながらのアレクの疑問にデルフさんが手の平を振る。
「第三系統の光の魔法でできるのは「相手がしようとしている事をできなくする」程度で、「相手がしようと思っていないことをさせる」レベルは第六系統の闇の魔法の領域さ。それでも動けないというのは致命的だから、今回はリシアンサスくんの布石勝ちだね。」
「うむ、以前なら氷にしなければ先輩がやったような高温状況下では分身を形作っていた水はあっという間とは行かずとも先輩にトドメをさせる量を維持する事無く蒸発していっただろう。武器のパワーアップの賜物だ。」
「武器?」
 この場では唯一、みんなの武器にベルナークシリーズと同等の性質が付与されている事を知らないデルフさんがローゼルさんのトリアイナを興味深そうに眺める。
「なるほど、こうして近くで見ると今までとは違うという事が何となくわかるよ。冬休みの間も例にもれず騒動に巻き込まれて強くなったようだね。詳しく聞きたいところだけど……」
 言いながらデルフさんは自分のカードに視線を移す。どうやら第二試合にデルフさんの試合が入ったようだ。
「また今度にしよう。ではでは。」
 飄々と歩いて行くデルフさんの後ろ姿を見て、不意にティアナが呟く。
「か、会長……じゃなくて、デ、デルフ先輩……も、強くなってる、よね……」
「えぇ? オレにはわからなかったけど……ティアナの眼には何か見えるの?」
「前よりも筋肉が……よりしなやかで、強いのがついて……引き締まってる、感じ……」
「おお、やはりか。」
 ティアナの言葉にカラードが反応する。
「おれにはそこまで詳細な事はわからなかったが、雰囲気がより強者のそれになった気がしていた。元々強い人という印象ではあったが、光の速度に何かこう……別のパワーが追加されたような感じだ。」
「既に三年生最強って言われてるのに更にってことー? そーとーだねー。それより優等生ちゃんはいつまでロイドに抱きついてるのさー。」
「む? 催眠が完全になくなるまではこのままだとも。」
「……とっくに解除されてんでしょ、あんた……」



 ローゼルをロイドから引きはがした後、第二試合には誰も呼ばれなかったからあたしたちはデルフの試合を観る事にした。三年生のトーナメントに混ざった以上、最大の敵はデルフのはずで、戦うところは何度か観てるんだけどパワーアップしてるっていうなら確認しといて損はないわ。
「デルフさんの相手はイベリス・ランプ……ランパヒョ……」
「ランパフィオペディルムよ。」
「そう、それ……よくスラスラ言えるな、エリル……」
「長いから逆に覚えてただけよ。ヴェロニカが教えてくれた「戻り組」の一人だったから。」
「そういえばそんな名前があったような……そうか、これは元生徒会長で「元組」のデルフさん対「戻り組」の戦いなんだな。」

『さぁさぁ引き続きこの第三闘技場の司会はセルクが担当します! そして第二試合にして注目の一戦! 「元組」対「戻り組」だー!』

 相変わらずどの闘技場でも聞こえてくる同じ声の紹介で二人の三年生がそれぞれの場所から入場してきた。片方はデルフで、遠くからだと長い髪も相まって女子に見えそうな華奢な外見だけど『神速』の二つ名通りの超速攻撃の使い手。アレキサンダーみたいに見るからに鍛えてるわけじゃないし、カラードみたいに強化魔法を極限まで高めてるわけでもない、多少は光の魔法も乗ってるんだろうけど基本的には速度のみで威力を作ってると思う蹴り技は、それでもあたしのパンチくらいのパワーがある。
 強力な一撃をとんでもない速度で繰り出す――シンプルだけど強いわよね……

『「元組」は皆さんご存知、元生徒会長! 『神速』ことデルフ・ソグディアナイト! 色んなイベントで学院を盛り上げてくれた愉快な会長が今! 一人の生徒として、そして誰もが認める三年生最強として最後のランク戦に臨みます!』

 ひらひらと観客に手を振ったデルフは、スタスタ歩いてきた自分とは真逆でどすどすのろのろ歩いてくる対戦相手にやれやれという感じの顔を向ける。
 そんなのろまな対戦相手は……あの『世界の悪』の一味の一人、『滅国のドラグーン』ことバーナードみたいに丸々太ったデブで……大きめのホットドッグをむしゃむしゃしながら入場してきた……なによあいつ。

『対するは「戻り組」の一人、『フードファイタ―』ことイベリス・ランパフィオペディルム!』

 長ったらしい名前が紹介されると同時に、二年生、三年生がいる辺りの観客席から「きゃー!」って声があがった。それはデブな外見を嫌がっての悲鳴じゃなくて、カッコイイ男子を見た時の女子の声って感じのヤツで、何かふざけた二つ名もついてるのにどういうことよ、これ……
「『フードファイター』……! 大食いの選手なのかな……」
 ……隣のロイドは「おお!」って感じに目を光らせてるけど……

『きっと一年生は頭の上に大きなハテナを浮かべていることでしょう! この黄色い歓声はどういうことだと! 三年生が始まって早々に学院外に出た為、一年生は彼の戦いを見た事がないですから仕方がありません! しかし答えはすぐにわかります!』

 セルクがそう言うと、デブ……イベリスはホットドッグを完食してあいた右手を空に掲げる。すると手首についてる紫色のシンプルな腕輪から毒々しい煙が噴出してイベリスの全身を覆った。

『『フードファイター』が使用した腕輪は第六系統の闇の魔法に関わりのあるマジックアイテム! 自身の肉体の一部を代償に強大かつ特殊な魔力をその身に宿す事が出来ます! 支払う部位はランダムであり、本来であれば最悪命を落とす危険なマジックアイテムですが『フードファイター』は百年に一人の天才と称される魔法技術の持ち主! 既に多くの研究所から誘われている彼の手により、本来ランダムに選ばれる肉体の部位を指定する事に成功したのです!』

 見た目は完全に毒ガスだった煙が唐突にかき消えて、まるで『ブレイブアップ』を発動させたカラードみたいに強大なプレッシャーをまとったイベリスが……は?

『その部位とはズバリ脂肪! 人体に必要以上に身につけることが可能であるそれに目をつけた『フードファイター』はここぞという一戦の前には大量の食事をし、脂肪をつけ、そして開戦の直前でそれを全て魔力に変換してパワーアップするというスタイルを手にしたのです! 一年生の諸君は刮目せよ! これが『フードファイター』の本来の姿です!』

 パツンパツンだった制服が逆にダボッとなって、だけどだらしなくは見えない、そういう着こなしなのかと思っちゃうくらいにバランスのいい身体と美形な顔。さっきのデブと同じヤツとは思えないイケメンが膨大な魔力――普通のそれとはちょっと違う気がするけど――ものすごいエネルギーをまとって立ってた。

「相変わらずすごいね。今燃焼した脂肪はいつから?」
「一週間ほど前だな。」
「あっはっは、一週間で今のキミからさっきのキミまで太ったのかい? 人間の身体は風船じゃないはずなんだけどね。」
「幾度となく実戦に出る際にこれを繰り返した結果、身体に脂肪がつきやすくなってな。本来繰り返し使うようなマジックアイテムではないこの腕輪に、俺の身体が順応してきたのだろう。」
「それでびっくり人間の出来上がりか。正直キミの健康が心配だけど、折角の脂肪をここで使ってよかったのかい?」
「お前相手に使わずにいつ使う。」

 格闘……たぶんパンチを主体にするんだろう構えをイベリスがとると、ガントレットが出現して両の拳を覆った。対するデルフは蹴り技……至近距離なら拳の方が速いと思うけど相手は『神速』……どんな魔法でその速度に追いつくつもりなのかしら。

『三年生イケメンランキングで五本の指に入る二人が並んだ事ですし始めていきましょう! 三年生ブロック一回戦第二試合! 元生徒会長デルフ・ソグディアナイト対「戻り組」が一人、イベリス・ランパフィオペディルム! 試合開始!』

 セルクの合図と同時にデルフの姿が消えたんだけど、その後すぐにイベリスの目の前で閃光が走った。

「先手必勝か。大抵の相手には効果あるだろうが、俺には効かないぞ。」
「やれやれ、キミといい彼といい、僕の速さをそうあっさり攻略しないで欲しいね。」

 デルフの放った蹴りをイベリスがガントレットで防いでるんだけど……本当に何にも見えなかった。あたしがイベリスの立場だったら、今の蹴りを防御できたかはかなり怪しい。一体どんな魔法で反応を……!

「攻略か。そろそろ追い抜かれる頃合いだろう、『神速』!」
「おっと、そうはいかないね、『フードファイター』!」

 直後始まる超速の攻防。お互いに一メートル以上は離れないくらいの至近距離で拳と脚が物凄い速度で繰り出されていく。闘技場に設置されてるスクリーン越しじゃないと二人の動きが全然見えない……!

『二人はお互いの手の内を知っていますから観客の皆さんの為に説明しましょう! 『フードファイター』の得意な系統は第十二系統の時間の魔法! 自身の動きを「進める」事と相手を「止める」事ができます! ただし「止める」魔法はセラームクラスでも使いこなすのは至難と言われる魔法! さすがの『フードファイター』も停止できる時間には限りがありますが持ち前の頭脳を駆使し、対象と距離を限定する事で全自動時間停止魔法を作り上げました!』

 時間魔法は大きく分けて……っていうか大きく分けなくても時間を「進める」、「止める」、「戻す」の三つしかない。この内「進める」は第十二系統が使えるなら誰でもある程度は使えるようになるらしいけど、「止める」でハードルがグンと高くなる。「戻す」になると十二騎士クラスでようやく使えるって感じらしいから、敵の襲撃で崩壊した建物とかをあっさり戻しちゃう今の《ディセンバ》――セルヴィアはかなり異常なんだけど、現時点で「止める」を使えるっていうのはそれに匹敵するレベルなんじゃないかしら。
 ……にしても何よ、全自動って……

『『フードファイター』が戦闘中に常時発動させているそれは、一定距離に近づいた物体に対して自動で停止魔法を発動させるというモノ! 仮に死角からの攻撃で本人が認識できていなくても発動するという驚異の術式ですが、代わりに停止時間は最大でも一秒ほど! それっぽっちじゃ意味がないとお思いでしょうが『フードファイター』は至近距離特化の体術の使い手! そこに「進める」魔法を組み合わせた結果、『神速』の超速攻撃に対応できているわけです!』

「そうか、奇妙な動きだと思ったが時間を進めているのか。」
 セルクの解説にうんうん頷いたカラード。
「しかし一秒かそれ以下の時間で相手の攻撃を理解し、自身の動きを加速させて対応するというのは……そう、例えるならジャンケンをする時に相手の手を確認してから相手の動きに間に合うように自分の手を出すという事だから、停止させているとは言え、場合によっては元生徒会長殿の速度を超えるのではないか?」
「デ、デルフさん以上!? それはすごいな……」
「自身の時間経過を早めるというのは筋力や魔法で速度を上げる行為とは根本的は異なるから単純な速度比べに意味はないかもしれないが。」
 カラードはそう言ったけど、実際デルフの速度についていってるんだから「速い」っていう評価は間違いじゃないと思う。そもそもデルフ並みの攻撃速度じゃないと停止させてる間に相手の隙を確認できるんだから逆に相手が一方的にやられるはずで、それはたぶん、相手からしたら自分の攻撃が届くより前に反撃が来るって事だからイベリスの攻撃が速過ぎるっていう風に見えるわ。

『勿論、常時発動の時間魔法に必要な魔力は膨大ですが、そこで活きてくるのが先ほどのマジックアイテムによって生み出された魔力! 皆さんご存知の通り、魔法を使用する際に発生する負荷とは空気中のマナを魔力に変換する時に発生するモノ! あの魔力がある限り『フードファイター』の全自動時間停止魔法は解除されず、ついでに動きを加速する魔法も使い放題です!』

 イベリスは向きを変える時以外は両脚をあんまり動かさずに拳を打ち出し、デルフはイベリスの横へ後ろへ移動しながら蹴りを放つっていう動きをしてる。イベリスの反応を補助してる時間停止の魔法に負荷がないっていうなら、運動量の大きいデルフの方が後々不利になってくる……このままだとデルフの方が魔法負荷で負ける事になるんじゃ……
「使い放題っつってもそりゃ魔法の負荷だけの話だろ? イベリスって先輩、そろそろ仕掛けるぜ。」
「そうだな。できることと続けることはまた別……自身のしたい動きをしている元生徒会長殿と違い、超速の連続攻撃に対応するのはかなりの集中力を使うはず。それが切れる前に次の一手に入らなければいずれ限界が来る。」
 強化コンビがあたしの予想とは真逆の事を言うと同時に――

「あびょばっ!」

 ――デルフがマヌケな声をあげながら吹っ飛んだ。

『決まったー! 二つ名通りに速度に関しては現役の騎士も追いつけない領域の『神速』の連撃を縫い、『フードファイター』の拳が炸裂です!』

「す、すごい……デルフ、先輩の攻撃を止めた上で、次の攻撃が来る前に……デルフ先輩以上の、は、速さでパンチを……したよ……」
「おお! カラードの言った通り、デルフさんを越えているのか!」

「いたたた……ガントレットで顔面を殴るのはひどくないかい?」
「当然のように頭を引いて威力を殺しておいてよく言う。」
「ついでに僕の速さも越えちゃって。光の魔法の速度と時間の魔法の加速じゃあやってる事が違うけどそっちの方が簡単ってわけでもないし、そろそろ『神速』をゆずる時が来たのかな。」
「もうしばらくは持っておけ。お前以上の動きにまで「進める」のはかなり大変なんだ。こいつで得た大量の魔力があっても、今の俺だと精密さが足りなくてそれをバカ食いしてしまう。そう何度もできん。」
「おや、弱点を明かしちゃっていいのかい?」
「個人的に、さっき第一闘技場で戦っていた一年の意見には賛成でな。」
「なるほど、学院の外で積んだ実戦経験を通してゲットした新技をお試しってわけだね。」
「……「戻り組」を実戦経験を積んだ連中と捉えるのは、別に間違っていないがそれがメインじゃない。現役の騎士の傍で、彼らが実戦の中で手に入れた知恵や技術を学べる点が一番大きい。俺の場合、国王軍のセラームの方々の訓練に参加させてもらった時に出会った第十二系統の使い手の騎士に色々教わった事が進歩のキッカケだったしな。」
「学院の外で新しい先生に出会ったってわけだ。そっちがそうなら、キミがその超加速の使いどころを僕の攻撃を防いだ直後としている点にも甘えて、こちらも新技のお披露目をしようかな。」
「……さらりと見抜くな……」

『これは目が離せない状況になってきました! 『神速』と言えばその超速が年々上がって行きはしても新技のようなモノはありませんでした! 卒業間近という事で元生徒会長も集大成を引っ提げてきたようです!』

「あはは、言われちゃったけど僕の強みは速さで、速さだけだ。速く動けば敵の攻撃は当たらず、こっちの攻撃は当てやすい。速度を上げれば上げるほど僕のキックも威力を上げていくし、どこまでも加速して行けばいずれ最強に! っていうような事を思っていた時期もあったね。勿論それだけじゃそうはならないと知り、色々模索していく学院の三年間、最後の冬休みに僕も出会いがあったんだ。」
「新しい先生、ということか。」
「そうそう。いやはや、同じ学生同士だと三年生最強とか言われちゃうくらいに僕の速さは強力な武器なのに、その人は僕の動きのリズムを瞬時に把握して全部見切っちゃうんだ。相手は僕より全然遅いっていうのにこっちが一方的にボコボコにされるんだからまいっちゃうよね。」

 デルフの動きを一瞬で見切る……リズムっていう概念はアンジュの師匠のフェンネルから教わったけど、あの超速にリズムを読んだだけで対応できるって……相当な腕前の持ち主ね……

「それでもその人は速度そのものは評価してくれてね、要するに動きを見せすぎると見切られる点が問題なわけだから、最初の一、二発で倒し切れるパワーがあれば相手が格上だろうとなんだろうと、その実力を発揮される前に沈められると言ってくれたんだ。」
「……お前の蹴りは当たり所が悪ければ既に一撃必殺だと思うんだが?」
「それじゃあダメなのさ。キミが僕の蹴りをそのガントレットで防いだ時、せめてその腕が使い物にならなくなるくらいの威力がないと、先手の優位性を活かせないってね。もう察しがついているとは思うけど――」

 そう言いながらデルフが靴の裏についた泥を落とすみたいに足を動かすと、その両足が炎に――白い炎に覆われた……!

「――この冬休み、僕はパワーを手に入れたんだ。」

『炎! 第四系統の魔法か、それとも第三系統に由来するモノなのか! 何やら凄そうな魔法が発動しましたー!』

「白い炎……学院見学に来た人の中にそんな魔法を使う人がいたなぁ。あとでエリルに教えてもらったけど、あれって珍しいんだろう?」
「そうね……ただ色を変えるだけなら本人の趣味ってパターンもあるけど、そうでないなら炎の性質の何かが特化した状態よ。基本的には何をどうやってもそうなっちゃうっていうそいつの癖みたいな感じでああなるんだけど、たまに自分の意思で特化状態にできる奴もいるわ。デルフがどっちか知らないけど、白い炎は炎から熱の要素を無くす代わりに威力……っていうか破壊力を最大にした状態ね。」
「んん……? 炎の魔法で爆発とかが起こるのは熱があるからで、それが無いなら破壊力も……あれ、でもそれなら手に火の玉を出した時に爆発する……??」
「……今更何言ってるのよ……自然の炎ならそうだけど、あたしたちが使うのは魔法の炎なのよ。火の玉をぶつけたらぶつけた時に爆発する――魔法っていう技術が出来上がった時からある第四系統のイメージじゃない……」
「んああ、さっきデルフさんにも言われたな……ミラちゃんのところで難しい話を聞いたからかな……」
「……なに聞いたのよ……」
「スピエルドルフをあちこち周っていた時にフルトさんの研究をちょっと……」

「パワーか……となるとその白いのは自然系魔法の色違い――白い炎は破壊力特化だったか。」
「その通り。試してみるかい? 僕の新しい力。」

 そう言ってデルフがニヤリと笑うと姿が消えて、デルフが殴られる前まで続いてた二人の攻防が――ほんの数秒再演されたかと思ったら白い光の閃きの後にイベリスが闘技場の壁にめり込んだ。

『あーっと凄まじい威力! 先ほどまでは『神速』の速度に追いついて超速の蹴りを防いだりそらしたりしていた『フードファイター』が、防御したはずの蹴りによって無理矢理蹴り飛ばされました!』

 ……よく見えるわね、司会……

「はっはっはー、どうだい? その右腕はもう使い物にならないんじゃないかい?」
「……この感覚、闘技場の中でなかったら俺の腕は千切れ飛んでいたな……」

 右腕をダラリとさせたイベリスがめり込んだ壁から出てきて、残った左腕をグルグル回す。表情的には焦りもない冷静な感じだけど、片腕でデルフの攻撃に対応できるか微妙なところだろうし、決着が近いわね……

「こうなったら仕方がない。俺もとっておきを披露してやろう。」
「ん? さっきの超加速がそうじゃないのかい?」
「あれは普段やっていた事をパワーアップしただけで新技が別にある。十二騎士で言うと三代目と今の《ディセンバ》だけが使えるという時間魔法の奥義の一つ……の、片鱗に過ぎないが武器としては一先ず充分だろう。」

 イベリスが言った奥義が何だったのか、正直その後の攻防は時間にすれば数秒だし二人共動きが速過ぎて何が起きたのかよくわからなくて……気づけばお腹を抑えて膝をついてるデルフと、再度叩きつけられたのか壁際で倒れてるイベリスって光景になってた。

「いったたた……前々から思ってたけど時間魔法のそれって反則だよね……今の《ディセンバ》が一対一なら最強な理由がわかるよ……」

『実況をはさむ間もなく試合終了! 一応お伝えしておきますと『フードファイター』にとどめをさしたのは『神速』の白い炎をまとった右キックでした! 三年生ブロック一回戦第二試合! 勝者、デルフ・ソグディアナイト!』

「えぇ、時間魔法の奥義は? ティアナには何か見えた?」
 あたしと同じように何も見えてなかったロイドがティアナに聞くけど、ティアナは変な顔をしてた。
「う、うん……でも何だかよくわからなくて……勝手に攻撃を受けたって、いうか……攻撃する前に攻撃が当たったっていうか……」



 元生徒会長である『神速』ことデルフ・ソグディアナイトの勝利に観客席から歓声があがるのと同時に、もう一つの観客席――生徒が座っている場所と同じではあるが位相がずれているのでお互いに干渉できない状態である席にて、こちらは学生ほど人数がいない為かなり空席が目立つが座っている者たちが歓声をあげない代わりに眉間にしわを寄せて手元のメモに何かを書いていたり隣の者とひそひそと話していたりで奇妙な迫力が漂っていた。

「……正直何が何だかわからなかったが、これは双方凄かった――でいいのか?」
「ええ。特に時間魔法を使っていた子は恐ろしい才能ですね。」
「勝った方じゃなく、か?」
「勿論そちらも才能に溢れた将来有望な騎士の卵ですよ。しかし《ディセンバ》のあれを見せられては……」

 そしてそんな中に、鏡のようにピカピカの銀色甲冑をまとった騎士と見るからに軍の偉い人という姿の男の組み合わせが非常に目立つ二人組がいた。
 ちなみに騎士は開会式であいさつをしていた、『光帝』の二つ名を持つ国王軍セラームのリーダーであり、男の方は先日十二騎士である《オウガスト》から「閣下」と呼ばれていた男である。
「あれは時間魔法の初級にあたる時間の加速を極限……いえ、極端に進めた結果到達する領域でして、《ディセンバ》の得意技にして最も厄介な魔法なのですよ。」
「流石セイリオスと言ったところか。まぁ、俺の立場としては『雷槍』を持って行かれたんだからそれくらいの逸材を出してもらわんと困るんだが。」
 不満そうに呟いた男は、ふと声のトーンを一段階低くして隣に座る騎士に尋ねる。
「それで状況は?」
「今のところ、セイリオスを含め国内の主要な騎士学校で動きはありません。しかし『罪人』が暗躍しているらしいという情報が入っています。」
「らしい、か。」
「ここ最近になってあまりよくない連中の間でその単語がよく出るそうで。」
「『ブックメーカー』辺りならもう少し追いやすかっただろうに、このタイミングでは最悪の相手が動いているわけか。」
 眉間にしわをよせて見るからに嫌そうな顔でため息をつく男。
「二人の人間を何もない部屋に入れ、扉を閉じてすぐに開くと二人の内一人が死んでいる。首には手で絞められた痕があり、何をどう考えたってもう一人が犯人。だが激しく抵抗したはずがもう一人にはそれを受けた様子はなく、しかも首に残る手の痕ともう一人の手ではサイズが合わない。そいつが犯人であると示す証拠を探すほどに犯人ではないという証拠ばかりが出てくる。そんな手品を時にとんでもない規模でやる完全犯罪者集団……悪党連中の今の流れに乗るとして、『罪人』の目的は何だ?」
「それも事件が終わってから判明するのが『罪人』ですからね……いくつか仮説はたてられますが、確信の持てるモノはありません。」
「セイリオスを狙うかどうかというのも同じだからな……一番警備が厳重なところを狙うとは思えないからプロキオンやらリゲルやらに行くんじゃないかと考えてもその裏をかいて、というのもあり得る話だし、逆に全校で騒動が起きてもおかしくない。向こうの最初の一手を見ない事には広く浅く対応するしかない後手……勘弁して欲しいな。」
「火の国でメンバーの一人が捕まったと聞いた時は喜んだモノでしたが『灰燼帝』を煙に巻くような者がいるようですから、戦力も集中せざるを得ないのが辛いところです。」
「ワルプルガの件か……学生が相手だったからいつもの策略を用意し損ねたのか、今考えればあれは千載一遇のチャンスだった。十二騎士の一人でも派遣できていればな……」

「だっはっは! ひよっこ騎士たちの晴れ舞台に辛気臭いな!」

 小声で話す者が多い中、二人の背後から観客席中に響く大声でそう言ったのは筋骨隆々とした男。『光帝』は少し驚いて振り向くだけだったが、「閣下」と呼ばれていた男は座席から転げ落ちた。
「《オウガスト》殿! 『右腕』らと交戦したと伺っていましたが、お身体の方は大丈夫なのですか?」
「だっはっは、派手な魔法使った負荷が残ってるから本調子とは言えないが、弟子に会いに来るくらいは問題ない!」
「いきなりデカい声を出すな馬鹿が!」
「そりゃ二人そろって葬式みたいだったからな! 未来を担う騎士の晴れ舞台だぞ!」
「その未来の騎士をどうやって守るかという話をしていたんだ阿呆め! ここに来たということはお前も頭数に入れていいんだろうな!」
「本調子じゃないって言ったばっかりなんだがな! 俺様は大将に頼み事をしに来ただけだ!」
 そう言って自身の背後に腕をまわした筋骨隆々とした男の腕の先――そこから出てきた者を見て「閣下」は何とも言えない顔をした。
「……隠し子か?」



「どうだったかな、今の試合。」

 デルフの試合が終わり、次の試合の確認もあるからいったん闘技場を出たあたしたちにそんな言葉が飛んできた。てっきりデルフが自慢話でもしに来たのかと思ったんだけど、そこにいたのは知らない奴だった。
「「元組」と「戻り組」とは言え、あれが三年生の実力。理解するには十分だっただろうね。」
 髪が白い部分と黒い部分の混ぜこぜっていう変な色で、それを一部しばってハーフアップにしてて……デルフが表現的に「美男子」ならこっちはただただ「イケメン」って感じの目立つ顔のせいで、闘技場の出入り口だっていうのに変な人だかりができてるわ……
「えぇっと……三年生の方、ですかね……」
 ネクタイの色がデルフと同じ水色なのを見てそう聞いたロイドに、白黒男は無駄にキレのあるポーズで自己紹介をする。
「一年生だと知られていないのも当然かな。オレはルーガン・オブコニカ。みんなから『フォールン』と呼ばれている、いわゆる「戻り組」さ。」
 ルーガン……レイテッドの説明にもいたわね。本人の実力もあるけど、その見た目でデルフくらい人気があるとかなんとか……話すレイテッドがちょっとムッとしてたわね……
「こ、こんにちはです……それで何かご用でしょうか……?」
「なに、ちょっとしたアドバイスさ。一応確認するけれど、キミたちは『ビックリ箱騎士団』だろう?」
「は、はい。」
「現役の騎士にもそうはいない勲章授与が示すのは高い実力。キミたちが遭遇してきた事件を全てキミたちだけで解決したのか助っ人がいたのか、その辺を疑う声は当然あるけれどそこは今回問題じゃなく、キミたちは学生――「戻り組」はおろか上位の騎士たちですら経験しないような戦場がキミたちを強くしている事は疑う余地のない事実だろうね。」
「お、おかげさまで……」
 ロイドが変な返事をする。こういう、よく知らない目上の人って感じのヤツを相手にする時、ロイドって見るからに慣れてない感じになるわよね……フィリウスさんがズンズン進むタイプだから結果的にロイドもそういう相手と話す機会がなかったのかしら。
「確かに戦闘経験という点でキミたちの右に出る者は学院にはいないかもしれない。でも三年生にはキミたちがまだ知らない二年分の学習から得た技術がある。その片鱗が先ほどの試合――言いたいことはわかるかな。」
「えぇっと……三年生は強い――ってことでしょうか……」
「ははは、その通りさ。そちらの彼女、さっきの試合で実験的な事をしていただろう?」
 少し眉をひそめて話を聞いてたローゼルにチラッと目線……っていうか流し目を送る白黒男。
「対戦相手だったタッセル・マーガ、彼にも披露し切れなかった実力というモノがあった。理解していると思うけど、このランク戦は三年生にとって晴れ舞台――そういう勿体無い事は可能な限り無くさなければと思わないかな?」
「いまいち話が見えませんが、先輩はその「勿体無い」状態になったのはわたしが実験をしたからだと?」
「さて、それはどうかな。オレが言いたい事はただ一つ――三年生には実力があり、その実力の披露こそこの場でするべきこと。キミたちにはその一助になって欲しいのさ。」
 ふんわりした内容で具体的な要求がよくわからない白黒男の言葉を、案の定よくわからないって顔で聞いているロイドを横目に一瞬ニヤッと笑ったローゼルがとってつけたような笑顔になる。
「わかりました。先輩のアドバイス、心にとめておきますね。」
「ああ、よろしく頼むよ。」
 ローゼルの反応に満足そうな顔をした白黒男はキザッたらしく手を振って去っていった……
「なんだったんだ? 俺にはよくわかんなかったんだが、三年の実力を引き出せって事か?」
「オ、オレもあんまり……えぇっと……?」
「前提をクリアしないで暗黙の了解任せに交渉した気になる素人だね。」
 首をかしげるアレキサンダーとロイドの横でリリーが……何かゴミでも見るようなすごい顔でそんな事を言った……
「うむ、親切な先輩だな。」
 ピンッと人差し指を立ててローゼルが解説する。
「つまりあの先輩はこう言っていたのだ。勲章まで得ている期待の新星『ビックリ箱騎士団』を見込み、その力を遺憾なく発揮して欲しいと。さすれば三年生の先輩方もこの晴れ舞台で実力を発揮できる――強い相手との戦いであれば持てる全てを出し切れるだろうというわけだな。」
「な、なるほど……三年生にとっては迷惑なのかなと思っていたけど、そんな風な期待を寄せられていたのか……」
「おう、じゃあいいことだよな! 結局俺らは全力で挑めばいいってことだろ?」
 正直あたしにもよくわかってないけどローゼルの反応で「そうじゃない」って事が何となく想像できる。カラードもあごに手を当てて何かに気づいてる風だし、この場でローゼルの言葉をそのまま信じたのはロイドとアレキサンダーだけっぽいわね……
「……で、実際のところは何なのよ……」
 気合を入れる二人をそのままにローゼルにこそっと聞く。
「警告と言うか苦情というか、今ロイドくんが心配していた通り、「三年の晴れ舞台で三年より目立つな」という感じの事を言いたかったのだろう。」
「……ずいぶん回りくどい言い方してたわね。」
「リリーくんも言っていたが、それっぽくかっこつけようとしてよくわからなくなっていたな。何にせよ、ロイドくんも気にしていた事だし三年生から直接……もっとわかりやすく言われるまではこのままの方が心置きなく戦えていいだろう。放っておけば元生徒会長辺りが解決しそうな気もするしな。」
「それは……ありそうね。」



 田舎者の青年が勘違いしている頃、黄色い声援を浴びながら颯爽と歩いていた白黒の髪の男子の横に別の生徒が近づいて声をかけた。
「で?」
 主語も述語もない単音に対し、しかし白黒の髪の男子はこくりと頷く。
「こちらの意思と現実を伝えて来たさ。今頃は慄いているか、なにくそと奮い立たせているか……前者であれば一件落着かな。」
「へいへい、後者の方だったらどーすんだ? 負ける気はねぇーけど強いのは事実だろ、連中。」
「相手が強いという事実は三年生のアピールとしては申し分ない。しかし奮い立ったところで胸の内につっかえがある――三年生には将来があると。幸い賢い者もいたから理解しているさ。」
「だといーが――っと。」
 並んで歩いていた男子生徒の後から合流した方が、向かいから歩いてきた二人組の一人と肩がぶつかった。
「わりぃ。」

「いえいえこちらこそ。試合を控える生徒さんに失礼を。お怪我さんはございませんか?」
「姉様ったら、将来の騎士様が肩がぶつかったくらいで怪我様を負うだなんて、逆に失礼になりませんこと?」

 二人の男子生徒が遭遇したのは二人の女性。騎士界隈の偉い人物か、はたまた凄腕の騎士か、ラフな装いである故に判断が難しいが、少なくとも学生ではないその女性たちは「おほほ」と高貴に笑いそうな口調と仕草で一礼すると去っていった。
「へいへい、今の誰か知ってるか? 貴族みてーだったぞ。」
「どうかな。強い人ほどにじみ出る圧というモノがあるけれど、一定以上の実力者はそれを隠せたりするから、キミの言う通りに貴族かもしれないし、腕のいい騎士かもしれない。」
 普段なら学院内にいないような人物がいる事はランク戦であればそう珍しい事ではなく、二人の男子生徒は田舎者の青年についての話を再開する。
 だがその背後、二人の女性はそんな男子生徒らの方を振り返ってにっこりと笑っていた。

「「戻り組」の二人様でしたわね、姉様。優先度はどの程度だったかしら。」
「ボスのリストさんによるとちょうど真ん中、余裕さんがいればついでにというところですわね。」

 傍から見るとそこには何もないのだが、まるで何かが書かれている紙を眺めるような仕草をした二人は、そのまま闘技場の方へと歩いて行った。

騎士物語 第十三話 ~二度目のランク戦~ 第二章 ばちばち初戦

ローゼルさんは勿論ですがデルフさんもパワーアップしました。他のメンバーも強くなっているのでそれのお披露目も楽しみです。果たして三年生最強には『ビックリ箱騎士団』の誰がぶつかるのか、はたまたぶつからないのか――他の三年生たちも登場予定ですし最後に怪しい人もいましたから、予想がつきませんね。

フィリウスは誰を連れてきたのでしょう?

騎士物語 第十三話 ~二度目のランク戦~ 第二章 ばちばち初戦

ついに始まる本年度最後のランク戦。新技と共に三年生に挑むロイドたち。 強力な魔法の使い手たちの中、元生徒会長であり三年生最強と言われるデルフも進化しており―― 一方、ロイドたちをよく思わない三年生、そしてより大きな影も動き出し――

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更新日
登録日
2025-02-11

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