夜景

 天王寺の駅前で待ち合わせということ以外には何も決めていなかった。相手からの返事では十分ほど遅れるとのことだった。少し安心していたりする。人と会う前のなんとも言えない寂寥感と緊張感がまたやってきた。本当は俺はこんなことをしたくないのではないのか。こうして意味もなく薄い遊びをくり返して何か蓄積されるものがあるのだろうか。若い頃は確かに楽しいところもあった。都会で遊ぶというミッションをクリアするだけで、自分も何かそれなりの階層に所属できたのではないかという安堵感みたいなものはあった。それもずいぶん昔のことだ。今では俺も中年になった。自分から誘っておきながらいいようのない徒労感が背後によぎってくる。ふとした瞬間に去来する、得体の知れない、こみあげてくる微かな混沌にふたをするくらいの技術は、成人であれば体得しているものだろう。フロイト流に言えば抑圧の作法とでも言えばいいのか。こういう薄っぺらな心理学を少し垣間見させてくれるくらいの効能が、人との出会いにはあるらしい。軽い感じで始まった交流だが、遮断するのも忍びない。もう少し続けてみよう。何事も継続が大事なのだから。
 ラインを見ると着いたようである。俺は東口にいたのだが、向こうは中央口にいるらしい。しかも天王寺のことはあまり詳しくないとのこと。俺よりも近くに住んでおきながら、どういうことなのだ。よほど出不精なのか。そんなことを軽く疑いながら、華やかな百貨店の中に入って抜けていく。それにしても天王寺の街も綺麗になったものだ。実のところ、達也は大阪のことをあまり詳しく知らない。出身は大阪なのだが、学生時代は京都に住んでいたので、京都の繁華街の方が大阪よりもなじみがある。あまり、大阪の街に親しみがない。もっとも達也はそれほど遊ぶタイプでもなかった。達也自身が自分で出不精なのか、活動的な人間なのかよくわかっていない。自分の性格などというものは案外あてにならない。自分から見た自分の姿はいつも濁っていて、一日ごとにまったく別の姿に更新されていっている気もする。機械に囲まれた今日のような時代においては、精神も随時更新されていかざるを得ない。そんなことを脳裏で薄っすらと考えていたかもしれないうちに、百貨店を出て中央口改札が見えてきた。さて、あいつはいるかな。
 さすがに中央改札前は人が多い。待ち合わせのために立ち止まっている人たちがそこら中にいる。それらの人々を見渡して、彼がいるかどうか確かめていると、ガタイのいいおじさんとぶつかりそうになってしまった。周囲を見渡していると近場の方が疎かになった。そうして、少しあちこちうろうろしているうちに、見つけた。以前に会った時よりはラフな格好をしている。青いシャツを着て、ズボンも他愛のない綿パンだった。一度目に比べると、だいぶ気の抜けた服装になった。前は、デニムのジャケットなど着て少しきまっていたのに。まあそんなものか。そういう達也は二回とも仕事帰りなので、ワイシャツに黒いズボンを着ていた。
「こんにちは、久しぶり。」
「おう、そうだね。今日は仕事だったっけ?」
「そうです。」
敬語とため口が入り混じった感じになっている。お互いまだ慣れていないので、探りを入れている段階である。とりあえず何か食うかということになり、そのあたりの店に入るためにぶらぶらすることにした。
「こうやって、あてもなくぶらつくのって結構好きなんですよね。」
「ああ、俺もそうだよ。あんまり予定決めるのも楽しくないもんな。」
達也は答えた。天王寺のアーケードを歩いていくが、しばらく行くと店がなくなりオフィス街に入りそうになったので引き返す。結局駅前に戻ってきて、その間にどうでもいい会話をしていたが、二人とも何を話したか明日には忘れているだろう。達也は元来こういう会話を疎んじるタイプであった。若い頃はそれなりに忙しい合間を縫って遊んだりしたのだが、身体を悪くしてからは飲み仲間などとも交流を断って、独りになった。生活からくだらない会話が一掃されたことで、ずいぶんと楽になり生きやすくなった。虚無感も薄らいだ。何気ない空虚感というものは、案外人と交流を断って独りになると和らいでいくところがある。多くの人との交流の中に潜む孤独と、見放されて独りになった人間が味わう孤独では、どのように異なるか。
 なんとなく歩いているうちに、駅前に戻ってきてしまった。
「どうしよう。確かその辺に食う店が集まってたよね。その辺いってみます?」
「そうやね。」
二人は飲食店を物色した。二人してどこに入ろうか迷っている。わりと達也はこういう空気に長くは耐えられなくて、以前は自分から決めることが多かったが、今では身体を悪くしてしまい、どんな店でも簡単に入る勇気が持てない。こんなところで受け身になるような人間ではなかったのだが、これも年を重ねてしまったことによるものだからしかたがない。相手の和弘に任せてみるが、彼も達也の身体がよくないことは以前に会ったときの会話で知っていたので、気をつかっている。結局、和食の店に入ることになった。決断をお互いになすりつけあううちに、何事も決まっていく。共犯の感情を生み出すシステムはどのように作動しているのか。
 店員に案内されて、二人で向かい合うテーブルにお互い座る。対面はなんとなく緊張する。カウンターの方がよかったかなと少し思った。二人して会話が途切れないように苦心しながら、なんとか綱渡りを続けていく。アニメの話でもしておくのが無難だろうと、お互いに思っているのか、そっちの方へ会話が自然と流れていく。
「最近流行っている鬼滅とかフリーレンは見ないの?」
「いや、あんまり見ないな。そりゃあ昔はドラゴンボールとかスラムダンクとか見てたんだけどね。」
「ああ、同じくらいの世代だね。」
「あとはエヴァとか。」
「うんうん。」
中学高校辺りの時期は、達也も熱心に漫画やアニメを鑑賞していたが、次第に遠ざかっていった。こういうときに九十年代に思春期を送って良かったと思う。一応王道は知っているので、最低限の会話はできる。それもこっちの勝手な思い上がりかもしれないが。和弘が自分のスマホの画面をスクロールさせて、最近流行りのアニメを次から次に見せてくれる。達也もときおり変わりに和弘のスマホに触れたりして、お互いに会話をなんとかつなげようとする。これは知っている、これは知らないとか言いながら。昔読んだ少女漫画とか。そうこう話している間に、音楽の方に内容がずれていき、J-POPだの洋楽だのについて話す。ふいに俺は何をやっているんだろう、と我に返って寂しくなるが、そんな思いはすぐに消えていくはずだ。相手も同じことを考えているのかもしれない。ときたま、相手から目を逸らして横の方に向けると、改札前の人の群れを二階から眺めることができる。また、達也の心の内になんとなく寂しさが育っていく感じがしたので、慌てて芽を摘もうとして、相手の家族について聞いてみる。和弘の両親はまだ健康であり、働いているが、達也の方はすでに年金暮らしだ。父親はもうぼけている。達也は最近父の介護をやったりしていること、下の世話のことなどを少し自嘲気味に話してみる。そうこう会話を続けていくうちに、いつの間にか相手の女性経験について聞いたりする段階にまで来てしまった。
 本当のところ、達也は読書が趣味であったが、こういう場で本の話などはしないでいるくらいの修練は積んでいた。達也はある時期から、読書に励むようになり、そのときから漫画やアニメやゲームからは遠ざかっていった。漫画ばかり読んでいると本が読めなくなるとはよく言われるが、逆もあるような気が達也はしていた。それでも最近は年をとったのか、以前ほど読書に集中できなくなり、また感性も鈍ってきており、惰性で読書を続けている日々であった。和弘は何か漫画の練習をしているという話を聞いて、自分もそっちの方に手を出そうかなどと思ったりした。日頃読書をしているときの自分と、今こうして他愛のない会話をしている自分との間には、大きな隔たりがある気がしたが、この隔たりが大事なのではないかと達也は思った。出会ってからそれほどお互いに深くも知りもしない人と空虚な会話を続けることが、自身の読書経験とどのようにつながるかあまり考えてこなかった。達也はおそらく心身の方から、くだらない会話を求めていることをどこかで察知していたのかもしれない。読書だけでは煮詰まって何かよくない。思考が澱んでくる感じがある。孤独な思考と会話の間にどのような関係があるのだろう。
 そろそろ話す内容もなくなってきた。色々迷ったあげくに和食店に入ったのだが、注文したのはドリンクだけである。二人ともそれほど食べる気にはなれなかったのだ。
「このあとどうしようか?」
達也が聞いてみた。
「あべのハルカスでも行ってみる?」
和弘が返してきた。なんとなく和弘はハルカスに行きたそうである。先の会話でも以前にハルカスに行ったが、金は払わなかったので、ビルの中間ぐらいまでしか登れなかったものの、それなりに景色を楽しんだなどと自分から話していた。
「そうやな。行ってみようか。」
まんざらでもないが、どこか億劫だという感じを達也は持った。二人は会計を済ませて店を後にした。

 二人はハルカスまで歩いた。陸橋を登っていくうちに、多くの人とすれ違うが、どんな人なのかまったくわかっていない。何十、何百の顔が現れては抜けていく。陸橋を登り切ったところで、少し垢ぬけた感じのカップルが目についたが、これも明日には忘れているだろう。この調子だと和弘と会ったことさえすぐに忘却していくかもしれないと達也は少し思った。陸橋の真ん中あたりで、歌っているバンドがいる。ああいう類のものは、若い頃は若干気に障ったのだが、この年になると特になんとも思わない。歌っている奴より、聞き入っている信者みたいな奴が当時は気に食わなかったのだ。そういう奴はたいてい女だ。どう見ても自己暗示をかけているようにしか見えなかったから。達也は陸橋から夕陽を見た。ビル群、下品な彩りの看板の背後に朱色が映し出されている。この夕陽はおそらく古来から変わらなかっただろうに、都会群から見る夕陽はどうだろう、などと思ってもいなかったような陳腐な雑念が少し浮かんだ。人工物で埋め尽くされた環境の中で、遭遇する自然。微妙な歌を奏でているヤンキー風の男と、陶酔している女の組み合わせのなんと脆弱なことか。また説教臭い感じの思考が湧き上がってくる。自然と人の間に幾重にも層が挟まれてしまい、人間同士の関係も些末になり断片化していく。情念は希薄化することで、思考は精密化して骨抜きにされ、やがて土台を失い活力を失っていく。しかし、何重にも文明化という嘘を重ねることで、成立する豊かな社会の中での人情劇を稚拙だと言って笑ってはいけない。上から俯瞰するのはやはり良くない。自分もその断片化した小粒にすぎないのであって、その環境の中で一人の人間として精一杯生きなければいけない。そんなことを思ったかもしれない。しかし陸橋から見る夕陽は澱んでいた。

 二人はハルカスに着いた。エレベータに乗り込み16階まで行く。そこまでは無料で行けることになっている。一気に16階まで来た。なかなかいい眺めであった。ここで入場券を買って、最上階まで行くことになっている。
「前来たときはこの辺りなん?」
「うん、そうやと思う。」
なんとなく返しの歯切れが悪い。和弘はよくないことでも思い出したのか、そこで会話が途切れた。入場券を買って早速エレベータに乗り込む。窓がない仕組みのエレベーターになっている。どうせなら、上がっていく間の景色の移り変わりを見たかったのに。軽く残念な気持ちになった。四方が壁の状態でぐんぐんと上昇していく。何か昔やったテレビゲームを思い出しそうになったが、なんだったか記憶に出てこない。そんなことを考えているうちに最上階まで来た。
 エレベーターから出てみる。目の前に現れた景色はやはりいいものだ。高いところから眺めるというのは、気持ちがいい。平日のわりには、人が多いのではないかと、達也は思った。アジア系の外人がなにか大きな声でしゃべっている。こんなところにくる外人は、まあアジア系やアラブ系だろう。白人はさすがにこんな品のない場所にはこないだろう、などとあまりよくないことが頭に浮かんだのだが、そんな邪推は束の間、白人の初老の三人組が目についた。自分の、差別的な見識を達也は軽く恥じるにいたった。
 それにしても高層ビルから眺める風景は単純にいい。芸術的感性も、文学的感性にも疎い達也は素直に上から眺望するのを楽しんでいる。和弘はもっと素直だ。あまり外出することもないのだろうか、わりと今の状況に興奮しているように見えた。
「あれが御堂筋で、あっちは谷町筋かな。」
「あそこにあるのは長居公園。」
 他愛のない会話を続けながら、一番見栄えのいい北側の景色を二人で堪能する。夕焼けをバックにして、ビルの乱立、行きかう車の群れ、たまに目につく公園の自然、混雑していながら、区画整理された景観。すべてが人の手によって作られた都市社会。何か模型のように見えてくる。横から猫がやってきて、街並みが一気に踏みつぶされて、子供が泣き出すかもしれない。達也は、自分が今ビルの最上階にいる事実が、少し信じられなくなった。足元の方で、動いている小さな電車の中に人がたくさん乗っているはずなのだが、そんなことがありえるのだろうか。俺だって今日あれに乗って出勤してきたのだ。若干のめまいを感じたが、立ち直って夕焼けの方に目をやって、山の連なりの方をなんとなく眺めた。
 ああ、そうか、俺たちはもう高層ビルから降りられなくなっているのかもしれない。なんとなく達也はそんなことを考えた。すでにSNSが社会に浸透してしまい、もはや機械の網の目から抜け出すことは不可能になってしまった。こうして鳥瞰してみれば、すべては小細工のような作り事にすぎないのに。しかし、そうやって人間社会を嘲った見方に陶酔できるほど達也は若くはない。二十代のころのような反逆性もすでに風化してしまった。年を取ると、体力も精神力もなくなっていく。小細工であろうと、すべては人間たちが作ったものなのだから、なんらかの意義があり、価値があるはずだった。都会を嘲って、自然を礼賛する語り口を達也は素直に受けとることができない。
 今の時代は誰もがメタ視点を獲得してしまった。メタの立場から降りることができなくなっている。自給自足で農業をやりはじめる風潮はどこかうさんくさい。みんな高層ビルの上にいる。上から見下ろしている立場は定位置なのに、誰もが下から見上げる立場を確保しようとしている。どんな主張にも絶景が潜んでいる。ビルの中には人がいて、それぞれの人生を生きているらしい。御堂筋を走る車がこちら側に向かってくる。あの車の中にいる人たちは何を考えているのだろう。車内で修羅場を迎えている人もいるのだろうか。達也はまた気分が悪くなりそうになったので、もうあまり考えないようにした。和弘はずっと楽しそうだ。北側から西側の方に異動した。淀川とか、海遊館とかが目に入る。もう少し今の状況を素直に楽しもうと達也は思った。

 二週くらいしただろうか。すでに日は落ちて、あらゆる建物が光を放っている。どれだけタービンをまわせばいいのだろうと、またよけいな疑問が浮かんだ。本来夜は暗いものだったのに、明かりでうめつくされてしまったのだ。とはいえ、目の前にある夜景には見とれてしまう。明かりというものがここまでありがたくなくなった時代。すでに凡庸な存在と化した光を、達也と和弘は存分に堪能している。
 そろそろ飯でも食ってもいい頃合いだ。一つ階を降りたところに軽食屋があるので、そこで何か注文することにした。北側は予約席となっており、空いているのは南側だけである。堺方面の景色が眺められるのだが、主に住宅街であり、まあ一番見どころが少ない席だった。達也はスパゲッティを、和弘はカレーライスを頼んだ。腹が減っていたので達也は即効で平らげそうになってしまったが、会話の方も楽しもうと心がけた。自分が住んでいる場所もここから見えるだろうかなどと話して、お互いの波長を合わせようとして努力した。達也は味にそれほどうるさいタイプではなかったので、おいしくいただいていたのだが、スプーンとフォークが木製であり、使いにくかった。環境がどうのという風潮がこんなところまで影響を与えているらしい。
 食事も終えて、ついでにコーヒーも頼んだ。夜景を楽しみながらカフェインを体内に流しこんだ。アルコールだったらもっと気持ちいいのだろうが、やめておこうと思った。左手に冴えない夜景がある状態で、達也はそれなりに和弘と様々な話でそれなりに弾んだ。こういう表層の会話というものは、意外に掘り出せばいくらでも出てくるものであり、お互いによけいなところに突っ込まず無難に終わらせられるものなのだ。
 食事もコーヒーも終わった。そろそろ降りよう。エレベーターの前はそれなりに人だかりができており、次の便を待っている人たちがいる。エレベーターが最上階までやってきたので、二人は人だかりにつられて乗り込んだ。下へ向かって降りていく。
「ああ、耳が痛いな。」
少し周囲にも聞こえるくらいの声量で言ってみる。達也はあまり三半規管が強くない。飛行機の着陸時にいつも耳が痛くなる。遊園地に行ってもまわる系の乗り物は絶対に乗らないようにしている。ぐんぐんと降りていき、16階までやってきた。別のエレベーターに乗り換えて、あっという間に地上まで来てしまった。地に足がついた場所まで、ほんの数分でやってきた。外に目をやれば車が走っている。最上階で見たあの車はなんだったのだろう。一体、自分はどんな経験をしたのだろう。考え出すと整理がつかないような体験だったが、こんなこともすぐに忘れ去られていく。都市社会での日々の出来事には、様々な隠蔽作用が働いており、そのおかげでなんとか正常に生きられている。
 二人は外に出た。夜風が気持ちいい。
「これからどうする?」
なんとなく、和弘が達也に聞いてみる。
「喫茶店でも入ろうか。」
また和弘の方から切り出す。達也は返答をしぶった。二人は目的もなくただ歩いている。
「カラオケでも行こうか。」
達也は意を決して言った。
「ああ。いいよ。」
 スマホで近くのカラオケ屋を調べて二人はそこまでやってきた。レジの店員にスマホで当店のアプリをインストールしろとか言われて、面倒だと思いながらも達也は了承した。前払いだったので、用件を済ませて、二人は部屋の中に入った。
 カラオケルームという場所。文明化の極北を感じさせる場所。文明の高度化と機械化に伴い、労働に縛り付けられ、心が荒廃して一人の人間が無残に押しつぶされていく。そんな物語も今は昔。感受性の鋭い人たちが、押し寄せてくる都市化の波に飲み込まれて悲劇的な人生を送ったことも土の下に追いやられ、今ではその上にコンクリート製の建物が並んでいる。宗教なき時代のアトム化というもはや陳腐化した表現がふと達也の頭に浮かぶ。部屋の作りは隣もその隣も同じものなのだろう。同一空間内に押し込められ、その場で束の間の饗宴を楽しむいたたまれなさがあり、そのときに慎ましさも感じる。締め付けられるような感慨があるのだが、それがなんなのかよくわからない。カラオケと言えば通常二時間くらいだろう。二人もそれくらいの間いたはずだ。部屋の中での内容は割愛する。

 カラオケ屋から出るとすっかり夜になっていた。達也は以前に東京近辺に住んでいたので、大阪の街はそれほど人は多くないなと思ったりする。高層ビルに行って、カラオケ屋に行って、まあそれなりに充実したアフターファイブだったのだろうか。少し冷えた空気を漂わせながら、闇は濃くなっていく。
「今日は楽しかったね。また遊ぼう。」
「うん。そうだね。また連絡するよ。」
 軽い感じでお互い別れることになった。達也は和弘と帰る方角が異なるので、乗る路線が違う。和弘が達也の背中を見送る形となった。どちらかというと、背中を見られて去っていく立場の方が気楽ではある。小さくなっていく後ろ姿を目に焼き付けるのは意外につらかったりする。次もまた会えるだろうかと、頭をよぎる一抹の不安。別れ際のちょっとした苦しさに和弘は少し酔っていたが、正気に戻ってその場を離れて自分が乗る路線の方へ向かって歩いていった。
 達也はいつもの電車に乗って、席に座った。向かい合って座る四人掛けの席に一人だけであった。窓の外には、毎日目にする風情のない景色が映し出される。何かこみあげてくる漠とした感情があったが、あまり気にしないようにした。今日撮ったいくつかの写真がラインで和弘から送られてきた。達也は無難な内容を返信した。明日は有休をとってあるので、家に帰ってゆっくり休もうと思った。

夜景

夜景

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-02-08

Copyrighted
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