あるがまゝに

あるがまゝに

頭の悪い、女だねえ
お前には、生きててほしいんだよ

Yukihiko Tsutsumi
『ケイゾク』第11話
『死の味のキス』より

浴衣姿で夏祭り。
実に粋である。
でもって風情がある。
昔乍らの裸電球、とはいかないが虫除けも兼ねたLED電球の眩い光、鄙びた田舎町の空にぽっかりと浮かんだ真っ白且つまん丸とした御月様。
事件解決後の「御褒美」にしては出来過ぎにも程がある位だ。
其の様な事を考え乍らお祭り会場の喫煙スペースで真山徹が紫色の煙をぷかぷか吹かしていると、お待たせしました、浴衣、似合っていると良いんですが、と言い乍ら、紫色の朝顔が描かれた浴衣に身を包んだ同僚の柴田純が真山の前に姿を現した。

どう・・・ですか?。
此の浴衣。

凡百の男性ならコロッと参ってしまいそうな
実にいじらしい態度で柴田が真山に質問を投げると、へっ、馬子にも衣装だな、と笑みを浮かべ乍ら真山は紫煙を揉み消し、喫煙スペースの灰皿の中へ其れをポイと投げ捨てた。
其れから柴田の右手をそっと握り締めるや否や、手ェ離すなよ、絶対に、とほんの少しだけ強い口調で柴田に告げたのだが、柴田は相変わらず解っているのか解っていないのか良く判断し兼ねる表情で、ひと言、はい、と返事をし、人間の出来が決して器用とは言い難い真山らしく、ゴツゴツとしてはいるが、温もりがしっかりと感じられる真山の左手をギュッと握り締めた。
そもそも何たって二人して夏祭りなんぞに参加をしようと言う話になったのか。
其れは今から丁度一時間半程前の事。
ロビーで配布をしているパンフレットの文面曰く、天保年間から宿屋稼業を営んでいる老舗中の老舗旅館『すみくら』の一室に於いて御茶請けの羊羹を頬張っていた際、何か一つ旅の想い出を残したい、と言う柴田の提案に対して、真山がひと言、なら夏祭りにでも参加するか、浴衣姿で、と何時もの軽い調子で反応をしたのがキッカケであった。
其れから二人は旅館の敷地内にある貸衣装屋『明星』にて柴田は紫の、真山は紺の浴衣を借りてお出掛けをする事になったのである。
道行く人々の足音と会話の聲、櫓太鼓をはじめとした鳴り物の音色が互いの両耳〈りょうじ〉に鳴り響いてはすり抜け、でもって様々な種類の喰い物の香りが互いの鼻腔を否が応でも擽る中、都会では久しく味わっていない情緒及び風情とやらにしんみりとした表情で真山が浸っていると、花より団子と言わんばかりに柴田のお腹がぐう、と鳴った。

そろそろ鳴ると思っていたぜ、オマエの腹時計。

余りの小っ恥ずかしさに思わず柴田が顔をほんのり赤らめていると、真山は苦笑を浮かべ乍ら懐から財布を取り出し、其れから焼き蕎麦屋の前で足を止めるや否や、臨時のアルバイトらしい若々しい雰囲気を纏った焼き蕎麦屋の店員に向かって、あんちゃん、焼き蕎麦二人前、大盛りで頼むわ、と告げた。
其れから柴田の顔を態と覗き込みつゝ、オマエ、蛸食べられるか、と質問をすると、柴田は何の躊躇いも無く、はい、と返事をし、拵えられたばかりの焼き蕎麦が入ったビニール袋を、此処で落っことしては恥の上塗りも良い所、と其の胸に刻みこみつゝ、グッと強く握り締めた。

あはは。
結構な量買っちゃったな。

万緑と呼ぶに相応しい色彩の笹の葉に結び付けれた色とりどりの短冊が風にゆらゆらと揺れる中、食事スペースにやって来て早々、真山が大きな笑い聲を響かせた通り、真っ白な円卓の上には前述の焼き蕎麦だの、たこ焼きだのと言ったメニューに加えて、フランクフルト、焼き鳥、ケバブ、焼きおにぎり、唐揚げ、そしてノンアルコールの果実酒と言った具合に如何にも居酒屋のメニューと言った雰囲気たっぷりの料理達が其々二人前ずつ並べられていた。

罰、当たっちゃいません?。
こんなに食べちゃったら。

ノンアルコール飲料の入ったプラスチック製のコップ片手に柴田がそう述べると、んな事一々心配していたらキリねぇから、と宛らシャボン玉を指で勢いよく突っつく子供の様に柴田の抱いた憂〈うれ〉いをサッと打ち消した真山は、ほれ、乾杯、と言ってヌッとコップを突き出した。

あ、はい。
乾杯。

コップとコップが軽くぶつかり合った後、二人は粗同時のタイミングで果実酒を喉に流し込んだのだけれど、其の際二人の口の中にはカシスの甘くそして淡い香りを纏った味が広がり、そして夢幻の如く、胃袋の中へあっという間に消えていった。

さあて、しっかり喰うぞ。
悔いのねぇ様に。

そう宣言するや否や、湯気と鰹節が真昼の陽炎の様にゆらゆらと揺れる焼き蕎麦をむしゃむしゃと咀嚼する真山の姿は、警視庁の刑事〈デカ〉と言うよりかは季節労働者、はたまた久方振りに餌にあり付けた野良犬の様に柴田の眼には映ったのだけれど、柴田は柴田で御世辞にも品の良い嗜み方とは言えない喰いっぷりであったからして、拉麺屋の客よろしく、ズルズルと言う音を立てて焼き蕎麦を啜り乍ら真山は、此れが世に言う割れ鍋に綴じ蓋ってヤツかね、神様よ、なんて事を胸の奥底で静かに呟いた。
其の後食事を済ませた二人は再び縁日を練り歩いたのだけれども、別に此れと言って目的の無かった真山は、柴田がやりたそうな事或いは興味を持った事を片っ端からさせ、そして自分は其れに無条件に付き合うと言う風なスタンスを貫いたのだが、其の「作戦」が功を奏したのだろうか、柴田の表情は所謂「お宮」らしく陰惨で湿り気のある事件に拘〈かかずら〉っている時と違って、より柔和であどけなさ溢れる表情に仕上がっている様に真山の眼には映った。
無論、其れが俗に言う「惚れたら負け」「惚れた弱味」と言えば其れ迄の話ではあるにせよ、他の人間には決して引き出せまい、此の表情、と言う自惚れで胸が一杯になった事は言う迄も無い。

楽しかったか、今日。

部屋の軒先にぶら下げられた金魚が描かれた風鈴が涼しげな夜風に煽られ、チリンチリンと言う独特な音色を紡ぐ最中、デザートと称し、桃のゼリーをぱくつき乍ら無機質なスプーン片手に中緑色の旅館の浴衣に着替えたばかりの真山がぽつりと呟くと、同じく旅館の浴衣姿で、桃のゼリーをチップとデールの様に口一杯頬張っていた柴田は、其れは此方が聴きたい質問ですよ、と返答をし、で、如何だったか教えてくださいよ、実際の所、と言う具合に、佐々木小次郎の「燕返し」ならぬ質問返しを真山に対して仕掛けた。
が、其処は海千山千の強者である。
良い意味で実に呆気ない表情と口調で、楽しかったに決まってンだろ、と答え、安いのだか高いのだかまるっきり見当のつかない急須で空っぽになったばかりの柴田の茶碗にちょぼちょぼと緑茶を注ぎ、『となりのトトロ』のカンタよろしく、ほれ、と若干ぶっきらぼう気味に茶碗を渡した。

あ、茶柱が立ってる。

流れ星を発見した時よろしく、いたく弾んだ柴田の言葉に釣られる様に真山が其の身を乗り出して茶碗を中を覗き込むと、其れは正真正銘の茶柱であった。

見られますかね、良い夢。

斯う言う時はな、見られるなんて言うンじゃなくて、見るンだって決めてかかった方が良いぞ、どうせなら。

今日はとことん優しいんですね、真山さん。

今日は、って何だよ、今日はって。
何時も優しいだろうが。

えー、そうですかぁ?。

丁度良い湯加減になった事を見計らう様に緑茶をひと口啜ったのち、綿菓子と良い勝負が出来るのでは、と思える程、実にフワフワとした表情でそう言い放った柴田の表情は、全く以って悪戯っ子の様な微笑だった。

ったく、オマエにゃ敵わないよ。

負け犬の遠吠えよろしくそう叫んで腰掛けていた座椅子からむっくりと立ち上がった真山は、空っぽになったばかりのカップと使用済みのスプーンを塵箱の中へと乱雑に放り込むと、おい、風呂に入るぞ、と言って、つい先程迄スプーンを握り締めていた右手をさり気なく柴田に向けて差し出した。

明日にしませんか、ソレ?。

のっそりと立ち上がるなり、態とらしく柴田が欠伸と背伸びをすると、莫迦、こんな田舎くんだり迄来て、オマエの臭い匂いで目が醒めるなんて最悪にも程があるだろうが、と真山は柴田の額目掛けてデコピンをかました。

痛っ…!。
ううう、分かりましたよ、分かりましたよ。
でもエッチな事はしないでくださいね、幾ら混浴だからって。

ソレって前振り⁇。

もう真山さんの莫迦!。

柴田にバシバシと背中を叩かれ乍ら、真山はケラケラと笑い聲を響かせると、お仕置きと言わんばかりに柴田の身体を抱き寄せ、其の儘廊下へと柴田を連れ出した。
真山の手によってさり気なく電気が消された部屋のテーブルの上には、射的で獲得をした玩具の指環が、穏やかな月光を浴びて柴田の瞳の様にキラキラと輝いていた。〈終〉

あるがまゝに

あるがまゝに

ノスタルジックな風景の中にパッと芽生える愛と優しさ、そして艶やかさ。此れは遅れて来た青春小説であり、青春映画である。※本作品はドラマ『ケイゾク』の二次創作物です。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-01-28

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

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