男と女
なんの本を読んでいるのだい
息子が熱心に昔の紙の本を読んでいる。今では紙の本は客間に飾っておくだけのものだ。我が家にも、五百年ほど前に作られた、当時は著名だった文学者の本が一冊飾ってある。澁澤龍彦というフランスという国の文化や文学の知識をもっていたこの作家は、翻訳ばかりではなく、異端のものに対するエッセーや小説も書いていて、綺麗な本をつくっている。家内の趣味で、ずいぶん高かったがオークションで競り落としたのだ。客が来ると彼女は必ず自慢している。
息子が本に夢中になるのは家内のほうの遺伝だろう。
私は本にはさほど興味なく、どちらかというとメカの方が好きである。宇宙散歩に適した新しい乗用車を乗り回して楽しんでいる。宇宙道路はまだ整備されていなくて、水星から木星の間しか開通していない。反重力装置をもった自家用車は宇宙道路にはいると設定したところまで自動で誘導される。
先週は金星の近くまで延びた新しい道路にはいってみた。
金星を間近に見て、車の望遠装置で、地表を拡大してみたが、新たな都市を建設している様子をみることができて楽しかった。あと十年もすれば、一般の人が通れる宇宙道路が金星まで延び、金星に今作られている観光施設に泊まることができるという。
小学校5年の息子が、お父さんこの本に、昔の人間は男と女が子供を作ると書いてあるんだ。おもしろいね、動物たちと同じだね、と聞いた。
おまえね、人間も動物なのだよ、だからお前は男であって、お姉ちゃんは女なんだ。
うんそうだった、生き物としてみれば、僕たちも動物だね、だけど、国立発生施設で子どもは作られるんだよね、この本には男と女が子どもを作るとあるんだ
中学校に行くと生物の授業で習うよ、今の人間のからだには子供を作る働きがほとんどなくなっているんだけど、昔は男のからだの中で男用の遺伝子がつくられて、女のからだの中で女用の遺伝子が作られていたんだよ。
今は国立発生施設で遺伝子を作っているんでしょう。
そうだよ、はじめから男になっている遺伝子と、女になっている遺伝子が、発育機で混ぜ合わされ、赤ん坊としてでてくるんだ。
どうして大人になった人間がでてこないの。
それもできるけど、生きていく知識を脳の中に蓄えていくには、ある程度の時間が必要なのだよ、自分で経験したことが、脳を発達させるんだ、だからいきなり大人を作ってしまうと、脳は子どものままだから、経験が蓄えられた頃には年寄りになってしまうんだ、だから昔と同じに赤ん坊をまず作るんだよ。
いきなり大人の脳がつくれないんだね。
よくわかっているね、そうなんだよ、経験していない脳に大人の情報をいれる方法が確立していないんだ。
そうなんだね、それで僕は男で生まれたんだよね。
そうだけど、大きくなるうちに女の方がいいと思うようになったら、お前は女なんだ、人間だけそれは自由なんだよ。
それだったら、男と女はいらないじゃない。
よく気がついたね、そうだよね、仕事だって、スポーツだって、芸術だって、なんだって、男と女に違いはないから、男と女がなくてもいいよね。
じゃあ、どうして人間に男と女があるの。
そりゃあ、楽しいからさ
男と女がいると何で楽しいの。
もう少しするとお前もわかるようになるけど、お前のおしっこをするおちんちんは、大人になると、おしっこをするだけじゃなくて、コミュニケーションの道具になるんだよ
昔の本にはそんなことは何にも書いてないよ
それはね、男と女は遊ぶところを人に見られたくなかったからだよ。
あ、そうか、お父さんとお母さんが、寝るときと朝起きるときにやっていることだね、あれ楽しいんだ。
そうだね、あれはね、人の前でやることじゃないんだよ、だから外ではやらないだろう。
うん、見たことはない。
お前も中学校に入るとそのことを教わるよ、それに学校にはプレイルームがあって、休み時間は女の子と一緒にその部屋を使えるんだよ、もちろん、先生に言って、相手の女の子が遊びたいといったら一緒に入れるんだけどね。
男の子と入っちゃいけないの。
もちろんかまわないんだよ。
お父さんたちは、お母さんしか遊ばないの。
大人になるとわかるけど、ずーっと一緒に遊びたい人があらわれるのさ、そうすると、結婚して、国立発生施設から子供が送られてくるわけだよ、子供が大きくなるのが見たくなるのさ。
友達は一人っ子だったり、三人兄弟だったり、僕はお姉ちゃんと二人だけど、うちはもう兄弟は来ないの。
そうだね、兄弟がほしいかい。
うん、弟がほしい。
お母さんと相談して、弟を送ってもらうことにするよ、ただ、お母さんの仕事が忙しいから無理かもしれないけどね。
お母さん大学でミジンコの研究をしているんでしょ。
そうだよ、空気中で生きることのできる、大きなミジンコを作って、ペットに育てる研究さ。
ミジンコに男と女があるの。
あるけど、温度で変わったりするんだよ。
僕もいつか女になろうかな。
息子はまた借りてきた本を読み始めた。
しばらくすると、眠くなったと見えて、自分の部屋にはいっていった。
居間のテーブルの上に息子の読んでいた紙の本がおかれている。
小学校の歴史図書館で借りたようだ。
五百年も前の本だ。
本のタイトルを見た。
「自慰のすすめ」だった。
その頃、男の無用論という本がはやっていた。人間は女だけいればいいという風潮がはじまったころだ。男はみんな女になりたがった。前についているものを切断し、すっきりしようという宣伝がながされていた。
なにせ、今もそうだが、ほとんどの会社の社長は女性であり、首相や大統領といった国の代表もほとんど女性だ。
それに対して、男性だって楽しめるということを主張したのが、自慰のすすめという本だったのだ。
息子は自分の部屋で書いてあったことをためしているのだろう。
男と女
私家版幻視指小説「夢見虫、2027年、一粒書房」所収予定
絵:著者