mellow night /daydream
mellow night /daydream (三)夜の記憶 あの頃の君
夜の海に面して緩やかにカーブした海岸に沿った道路の脇に駐車スペースがある。そのスペースに一台のオープンスポーツカーが停止していた。
幌を畳み、フルオープンにした車の運転席で、相沢幸樹がシートを倒し、ひとり夜空を見上げている。両手は頭の後ろに添えられている。
彼は、この時間。この場所へよく来て夜空を眺めて物想いに耽る。
緩やかに吹き抜ける南風が、耳元で風の音を奏でながら、ほのかな潮の香りを運んでくる。
彼は、静かに目を閉じた。
ゆっくりと深呼吸する。
穏やかな潮騒が、夜の闇の向こう側に聞こえた。
ふと目を開けて、夜空を見た。
下弦の月を見上げる。
月は先程より西に傾いた位置にいる。白く銀色の鈍い月光を闇夜に放っている。
周りに星屑の輝きが無数に目える。
*
真夏がそうさせた完璧な二人の関係
曖昧な一夜だけの関係
ときめく恋模様
自分の中のもどかしい気持ち
出逢い。運命を感じてお互いを求めるはずだった。
憧れ、情熱、ためらい、幸せ、嫉妬、過ち、心変わり、失望…。
寄り添い、分かち合いたいと思う反面、彼女を独占したいという嫉妬深い感情が胸を締めつける。
それでもなお、彼女の清らかさに心を打たれる自分がいる。
何度も同じ繰り返し。
冷静になって、心の整理をしょうとしても。
どうしようもなくとっ散らかっている。
彼は、深く溜息をついた。
*
「あの?ここに座っても構いませんか?」
最初に出逢った彼女の声と共に、光景が鮮明に浮かんだ。
高崎 凛。
凛とは大学一年目から
同じ席、同じゼミ、同じサークル、
同じコンパで同席と
偶然が重なり親しくなった友人だった。
凛と初めて出逢った日を覚えている。
大学生になったばかりの春の桜の舞い散る季節だった。
相澤幸樹は講義を終え、学食の食堂へひとりで向かった。
昼時の食堂は、学生で混み合う。彼は、誰も座っていない窓際のテーブル席を見つけた。
穏やかな春の日差しが差し込む。窓の向こう側の桜の並木から雪の様に桜の花びらが舞い落ちていた。
その空いたテーブルへ歩いた。
テーブルまで来ると、いつもの日替わり定食をテーブルの上に置いて彼は座った。
彼は日替わり定食を眺めた。
鯖の味噌煮に味噌汁と漬物。小鉢はきゅうりとシラスの酢物が付いている。
今日も美味しそうだ。
彼は満足げにテーブルの上に置いていた割箸を取って食べようとしたところだった。
「あの?ここに座っても構いませんか?」
左側の高い位置から女性の声がした。
彼は、顔を上げて彼女を見た。
「あぁ。空いてますよ。どうぞ」
「ありがとうございます」
彼女は魅力的な笑顔を浮かべ、彼を見つめた。その視線が、何かに気づいたようにふと変わる。
「あら?さっきの講義で隣の席に座っていた方ね」
「えぇ。そうです」
彼は穏やかに応えた。
彼女は微笑して彼をみた。その時、彼は彼女が大変な美人だと気がついた。
端正な顔立ちは文句のつけようもない。
その美しさの他に、微笑した時の口元と瞳が妙に人懐っこい雰囲気を醸し出す。
それは、どうしようもないくらい彼女の魅力を引き立てていた。
ネイビーの柔らかな薄い生地に、小さい模様が散りばめられたギャザーのワンピースを着ている。
ウエストに細いベルトをして華やかに着こなしていた。
女性らしい雰囲気の服に、しなやかな動作が良く似合っていた。
柔らかな濃いブラウンの髪は、ウェーブがかかり肩の辺りまで靡いている。
ネックの開いた胸元に、小さいホワイトゴールドのネックレスが更に彼女を上品に引き立てる。
スカートから流れるような綺麗なカーブの脹脛の終点に、服とよく似合う華奢なベージュのヒールサンダルを履いている。
その服装は、柔らかな髪や控えめなメイクと相まって、彼女の可憐で清楚な上品さを際立たせていた。
mellow night /daydream