還暦夫婦のバイクライフ 39

ジニー東平に呼ばれる

 ジニーは夫、リンは妻の、共に還暦を越えた夫婦である。
 11月初旬の三連休初日、松山は台風崩れの低気圧の影響で、すさまじい風雨に見舞われた。幸いジニーの家の周辺は何事もなかったが、海沿いの地区や川べりの地区は、浸水被害に遭った。
「ジニー、西堀端も浸水してるって。お堀があふれたみたいね」
スマホで情報を拾っていたリンが、動画を見せる。
「わあ!あそこが浸かるの初めて見た」
「あ!バイク屋さんの近所もあやしい」
「え?と言っても、岩角さんち、佐賀のバルーンフェスタに行ってるはずだから、もしお店が浸かってもいかんともし難いな。アイちゃんが近所だから、ちょっと外見てもらったら?」
「そうね」
リンは早速電話をかける。
「アイちゃん?寝てた?ちょっと外見てくれない?え?面倒くさいって・・・。ちょっと見てほしいんだけど。その辺水出てない?平気?車走ってるって?わかった。ありがとう」
リンは電話を切る。
「大丈夫みたい」
「そう。まあ、水没してても遣り様は無いけどね」
「うん。ところでジニー、明日はいい天気みたいよ。どこか行く?」
「そうだな~、どこ行くか?水害があるのは松山と今治か。う~ん・・・あ、突然ですが、東平の風景が頭に浮かびました」
「何で東平?何か見た?」
「いや、特には。呼ばれたのか?」
「ふーん。じゃあ、行ってみるかな」
ということで、11月3日は別子銅山跡地の東平に行くことになった。
 11月3日、昨日の荒天が無かったような、雲一つない快晴だった。ジニーは少し早く起きて朝食を作る。
「お早うジニー」
「お早う」
「コーヒー入ってる?」
「入っとるよ」
「洗濯物は?」
「今から」
リンはコーヒーサーバーからカップに注ぎ、温かいコーヒーを一口飲む。先に朝食を食べ終わったジニーは、洗濯物を干しにかかる。リンも加わってさっさと干し終わり、出発の準備にかかる。
「今日は寒いかな?」
「どうだろう。僕は春秋用のジャケットを着るけど」
「私は皮ジャンかな。下は防風ジーンズで良いよね」
「いいんじゃない?」
どうこう言いながら準備をして、家を出発したのは10時30分だった。
 いつものスタンドでガソリンを入れようとしたジニーは、ウェストバックを忘れたのに気付いた。
「リンさん、僕の全財産忘れた」
「はあ?そんなもん忘れる?」
「ガソリン入れれないんやけど」
「ガソリンは私の持ってるやつで入れれるから。それにしても、このボケがあ!」
ジニーは出発早々、リンに怒られた。
 ガソリンを入れてから家に戻る。
「ちょっと待ってて」
ジニーは家に入り、ウェストバックを探すがどこにもない。
「おっかしいなあ。玄関まで持ってきたのは憶えてるんだけど」
「ジニー外に置いてたりしない?」
「外?」
ジニーは外に出て、あたりを見回す。すると、スクーターのシートの上に置き去りになっているウェストバックを見つけた。
「あった!こんなところに!持ってかれなくてよかった~」
「もう!ボケるには早いって。ほら早く!行くよ」
ジニーはまたリンに叱られた。
 二人は再出発してR11に向かう。バイパスを走り東温市に出ると、そのまま川内を抜けて桜三里を駆け上がる。登坂路で10台ほどの車列をかわし、トンネルを潜る。その後早めの車列の後ろに付き桜三里を抜け、湯谷口から丹原、小松と走ってゆく。
「ジニーお昼どうする?」
「そうだなあ。時間的にはマイントピア別子だけど」
「え~、わざわざ観光地で食べなくても良くない?」
「それもそうだな。じゃあ少し早いけど、小松のスーパーの所のうどん屋さんは?」
「ああ、そこならいいよ」
「じゃあ、そうします」
ジニーはしばらく走った所にあるスーパーの駐車場に、バイクを止めた。リンが右側に止める。二人はヘルメットを脱ぎ、バイクに固定する。
「リンさん何時?」
「11時30分」
「丁度いい時間だ」
二人はうどん屋さんの暖簾をくぐる。中は半分ほど席が埋まり、ざわざわとしていた。
「結構混んでるね」
そう言いながら、列に並んだ。トレーを取り、ジニーはかけうどん中、リンはおろしぶっかけ中を注文する。出てきたうどんをトレーに載せ、先に進む。巻きずしといなり、ちくわ天となすの天ぷらを取り、会計を済ます。締めて1,500円だった。空いている
「いただきま~す。ジニー、うどん中って2玉だって。多いと思った。小でよかったなあ」
「うん。食べれるけどね」
そう言いながらジニーはうどんを手繰る。ちくわ天となすの天ぷらを半分ずつに分け、稲荷と巻きずしも無事二人のおなかに収まった。すべて完食して手を合わせる。
「ご馳走様でした」
「ちょっと苦しい。多かったな」
「多かったねえ」
二人は食器を戻して店を出た。
「さて、腹ごしらえもできたし、とりあえずマイントピア別子に行くよ」
「ジニー東平に直行で良いんじゃないの?」
「いや、あの道は狭いから、何か規制がかかってるかもしれん。マイントピア別子で情報を拾うよ」
「なるほど、そういう事ならさっさと行きましょう」
バイクに戻り、支度を済ませてうどん屋を出発した。
 R11を新居浜方面へ走る。加茂川を渡り、西条I.Cを右手に見ながら先に進む。新居浜市に入り、しばらく走って広瀬公園通りへと右折する。山麓に登り、上部東西線との交差点を左折、そのまま直進して国領川を渡り、突き当りを新居浜別子山線へと右折する。しばらく国領川沿いに上流へ走ると、右手にマイントピア別子が見えてくる。橋を渡り、マイントピア別子の駐車場にバイクを止める。
「着いた。今日はバイクが一台も居ないな」
「少し寒くなったし、昨日の大雨で山向いては行かないんじゃないの?」
「それもそうだな。ところで今何時?12時40分か。急ごう」
「時間があったら坑道見学も行きたいけど、今日は無理やねえ」
リンは少し残念そうだ。二人はチケット売り場に向かった。そこの係員さんに東平への道の状況を確認する。
「大丈夫です。特に工事中とかの規制はありません。東平行きのバスがもうすぐ出ますが、後ろをついていきますか?」
「いえ、バイクなので大丈夫です」
「そうですか。道が狭いので、充分お気をつけください」
係員さんに状況を教えてもらって、二人はすぐにバイクに戻る。東平行きのバス乗り場に、大勢の人が並んでいる。出発まであと10分ほどだ。
「リンさん、さっさと上がろう。バスの後ろをついていくのはごめんだ」
二人はそそくさとヘルメットを被り、バイクを始動させた。
 マイントピア別子を出発して、新居浜別子ラインをさかのぼる。鹿森ダムのループ橋を駆け上がり、さらに奥へと走る。やがて東平入り口が左手に現れた。入り口からいきなり狭い道を、ゆっくりと走ってゆく。途中連続ヘアピンが現れる。
「リンさん、慎重に」
「お~、でも平気。これなら余裕で回れる。翠波高原に行く道のヘアピンに比べたら、大したことないよ」
「そう?まあ、そうかな。あ、またヘアピンだ。対向車が来ませんように」
運よく対向車が来ることもなく、東平への道を走ってゆく。やがて道は尾根を越え、下り始めた。しばらく走ると、終点の駐車場にたどりつく。10台ほどの車が止まっていた。
「着いた。まだ全然紅葉していないねえ」
「今年は遅いんじゃない?山の上の方がうっすらと色づいているくらいだね」
二人はバイクから降りて、遊歩道を歩き始める。右手に資料館がある。
「ジニー、資料館は?」
「あとで見る」
資料館を素通りして、先に進む。数百m歩いた先に変電所跡や火薬庫跡、第三通洞入り口があった。その先は登山道だ。
「リンさん、ここが終点だな」
「この広場って、谷を埋め立てて造ったみたい」
案内板を見ながらリンが感心する。遺構を見て回り、ジニーは大正時代の人々の力強さに感銘を受ける。
「人間ってつくづくすごいなって思う。今みたいな道具も何もない時代に、こんな山奥にこれだけの建物やトンネルを作っちまうんだから」
「銅山の歴史を言えば、江戸時代から始まってるみたいね」
「江戸時代だと、すべて人力か。石垣を積むのも穴掘るのも」
ジニーは先人の苦労を偲ぶ。
 一通り見て回り、再び遊歩道を歩いて戻る。
「ジニー、前来た時こんなに整備されてなかったよね。足元の悪い山道だったと思うけど」
「前来たのって、いつだっけ?」
「私がバイク乗り始めてすぐだったから、10年前かな?」
「10年か。随分整備されたんだ」
「でも、住居跡とかの遺構が山に呑まれてる気がする。前来たときは、もっとはっきり見えていたと思う」
10年前を思い出しながら、二人は遊歩道を歩いてゆく。 
 東平歴史資料館まで戻り、入館する。鉱山全体のジオラマや鉱床の様子、道具や写真展示をゆっくりと見てから、外に出る。
「ジニー、インクライン跡の長い階段降りる?」
「うん。降りる」
二人は長い階段をゆっくりと下りてゆく。
「どこかこのあたりから左に行くと、娯楽場跡が有るはずなんだけど」
そう言いながら、リンは林の奥を透かして見る。
「見えないね~。かなり傾斜がきついし、こんなところにあるのかなあ」
様子を見ながら階段を降り切り、広場に出る。ここには貯鉱庫跡や索道基地跡の石積みが残っている。
「東洋のマチュピチュか。僕は○○の××という言い方が好きじゃないんだよな」
「何で?知らない人が聞いたらイメージが湧くでしょ?」
「そうなんだけど、なんだか偽物って感じがしてね。他にも○○の小京都とかね。どうにも二つ名というのは違和感があってだめだ。ここなら別子銅山遺構でみんながわかればいいんだけどなあ」
「それがうまく出来ないから二つ名で呼んでるんじゃないの?手っ取り早いし」
「ん~」
ジニーはまだ不満気だ。
「ジニー、ここの道行ったら、何かありそう」
リンが広場から下っている道を見つける。ジニーが降りてみると、半分朽ちた案内板を見つけた。娯楽場跡、病院跡の文字が読み取れる。
「リンさんこっちだ。道がある」
ジニーに呼ばれてリンも降りてくる。そこからは杉林の中の細い作業道のような山道を歩いてゆく。落ち葉が厚く積もっていて、ふかふかする。しばらく歩いてゆくと、倒れかけた案内板があった。消えかけた文字が、娯楽場跡と読める。沢にかかる丸木橋を渡った先に、丸くくぼんだ石組みがあった。杉の木が何本も生えている。
「あーこれだ。舞台跡。ここにはセリがあったみたいね」
「ふ~ん。もうすぐ自然に帰りそうだな」
ジニーがつぶやく。
「ジニー次行こう。この上に病院跡が有るはず」
リンが先頭に立って山道を歩く。林の中に朽ち果てた案内板があり、保育所跡と読める。その先に病院跡が有った。
「手を入れないと、あと10年もしたら跡形もなくなりそうね」
「うん」
二人は山道を登り、広い道に出た。そこを横切り歩道をさらに登ってゆくと、広場があった。
「接待館跡。じゃあ学校は、ここからさらに上か。リンさん、どうやら越えてきた尾根の所が学校跡みたい」
「そうだねえ。一番日当たりのいい所だね。風通しも良さそう。でもねえ、昔の人は元気だったんだろうね。この谷全体に住宅があったんでしょ?結構遠いよねえ」
「昔は普通だったんじゃない?おふくろも山育ちだけど、小学校とか山道を片道5キロくらい歩いたそうだよ。しかも下駄履いて」
「ふ~ん」
「見るもん見たし、帰るか」
来た道を引き返し、マイン工房に向かう。その横を抜けて、展望広場に向かう。
「リンさん、この広場って、下から直接上がれないんだな。今僕たちが歩いてきた道しかないや」
「え~?・・・本当だ。すぐ下から直接上がれれば、もっと人も来るのにねえ」
そう言いながら、風景を楽しむ。それから来た道を引き返し、バイクに戻った。時計は16時過ぎを示している。
「リンさん帰ろう。暗くなる前に」
「うん。暗くなるとミラーシールドは前が見えにくいから」
二人はさっさと支度して、出発した。
 狭い道をゆっくりと引き返す。16時を過ぎているのに何台かの車と行きあたる。
「こんな時間に来るんだ。見てる間ないんじゃないの?」
「そうねえ。もう日が陰ってるし、山登る人でもなさそうね」
お日様は山陰に隠れ、あたりはうっすらと夕闇が迫っている。薄暗い中ヘアピンカーブも無事通過して、広い道に出る。
「ジニーもう寄り道なしで走ってもいいよ」
「わかった。そうする」
二台のバイクは鹿森ダムを越え、ループ橋をぐるっと回り降り、マイントピア別子の前を通過する。山根公園の所で左折して国領川を渡り、上部東西線を西へ走る。広瀬公園前で右折して、R11へと北上する。R11との交差点を左折して西へ西へと走る。西条、小松、丹原と通過して桜三里を越え、川内に出る。
「西向きだからお日様まぶしいかなって思ってたら、日没したね」
「うん。まぶしくないのは良いけど、見づらくなってきた。そろそろミラーシールドは外さないとだね」
「上げて走れば?」
「アホか!虫が目に入って、えらいことになるわい!」
「そりゃそうだ」
 R11を西へと走り、松山に入る。市内を抜けて、18時丁度帰着した。
「お疲れ様」
「おつかれ~。ジニー明日も天気良いよ?」
「うん」
「明日は奥祖谷のつり橋に行きたいなあ」
「え?明日ですか?」
「うん、明日」
「ん~。・・・了解です」
そうして、連休の最終日は奥祖谷に行くこととなった。




 

還暦夫婦のバイクライフ 39

還暦夫婦のバイクライフ 39

  • 随筆・エッセイ
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-11-25

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