アルマース共和国海軍通史

1.まえがき

海軍通史を書く!
なんと心地の良い言葉だろうか。是非もなく私もその列に加わりたかった。だが、私には専門となる史学の知識などはなく、文献を探る暇もない。
ならば架空の国の海軍通史を書すこととしよう。

本書は拙作「世界を救う勇者のパーティー」における覇権国家。アルマース共和国の通史および海軍通史である。
このアルマース共和国ははるか遠い国の話であるから、まずその国の通史を知ってもらうため。このような回りくどい導入をせざるを得なくなった。
本書の構成上。各時代ごとに通史を記し、その後で時代別の海軍の状況を記述する。海軍の海軍部分の構成としては、政策上の課題、組織体の構成、技術、艦隊の規模、主要な海戦を記述していきたいと思う。

最後に。本書執筆の動機となったさくさくクッキーこと木栓士官氏、アドバイスをいただいた氏に本書を献呈する。

2-1.勇者様の時代(共和国元年-120年)

ー勇者は世界を救い、世界を導く。今までも、そしてこれからもー

…世界を救う勇者のパーティーの標語

これは、世界を救う勇者のパーティーの物語
 古龍が滅び、人類の時代が開闢して何年が経っただろうか。神の嫡子たる不死のエルフたちによる世界支配も、古代世界もはるか昔となった諸王の時代。いわゆる中世世界の終わりに、ユマナの大陸に海の向こうから侵略者がやってきた。彼の軍団は強大で、中世の最後で人類の時代は終わり今は魔王の時代であると呼ばれた可能性もあっただろう。
 そうはならなかった。
「私は私を育ててくれた大司祭様が憎くて首を落としたのではなく、モンテ・サン・フラムの富貴が欲しくてこの山を押領した訳でもないの。私は魔王を倒したいのではなく、世界を救いたい。世界の諸王に問います。汝ら世界のための王なりや? ならば集い、世界を救いましょう。さもなければ、世界のためにあらず王、王にあらず。この炎の聖剣を以て、その相応しからぬ玉座から、首ごと落として差し上げましょう」
 燃えるような赤い髪の焔の巫女は、斧を片手にモンテ・サン・フラムの精霊領を掌握し、聖剣を携えて世界に呼びかける。彼女こそ後世に救世者として崇められる赤毛の少女だった。
 当時はリブラルと呼ばれていた大図書館のあった都市に程なく13人の勇者が集まる。
 人間、エルフ、オーク、ドラゴン。種族の隔てなく集まった彼ら13人の勇者とその郎党は、瞬く間に既存の人類圏から彼ら以外の勢力を糾合し、ユマナの大陸から魔王の勢力を駆逐し、魔王の大陸へ渡るのだ。
 この魔王の大陸の西海岸にはいくつかの拠点が築かれ、それぞれ序数で呼ばれた。後に西海岸の植民地の起点となる都市となるが、初期は屯田を行う兵営でしかなかった。

救世者の死
 さて、魔王の大陸の西海岸に勇者達が上陸し、いよいよ魔王の本拠地へ向けて東進しようとする頃。救世者の天寿が尽きつつあった。これは13勇者がリブラルに集まってから10年。救世者は人間であったがまだ若く、他の勇者(既に寿命で死んだ勇者、戦死した勇者もいた)達には到底受け入れられる内容ではなかった。
 救世者は我らとともに魔王を誅殺し、あと60年は世界を導くであろうに。
 天寿を伸ばす方法がないわけではなかった。パーティーの書記、第二の勇者「御使殿」(みつかいどの)こと「黒のアルマース」は神より与えられた仕事ー告死ーにより、逆に延命を神へ請願することができると考えられていた。実際アルマースは、勇者のパーティーに参加する以前に御使殿として反魂の請願を聞き届け死者を生き返らせたり、告死から死までの延命の請願を受け喪主のためであればと神に願うこともあった。
 御使殿と呼ばれていた彼女にアルマースという名前を付けたのは救世者で、一度そうだと決めた時の彼女はあまりにも頑固であり、他の12人の勇者の説得すら耳を貸さなかった。
 アルマースの態度に辟易した救世者が「このアルマース(ダイヤモンド、黒いカーボナード状の物を指す)は書いたことは消さない、書き換えろと言っても頑として聞かない。私達の冒険の書記にはぴったりだと思わない?」と言って以来、彼女は勇者のパーティーの書記としてアルマースと呼ばれる様になった。尤も、御使殿として格の高い彼女に対してそのような呼称は畏れ多い。不死のエルフたちからはアルマースは姉さま、長子さまと呼ばれていたし、勇者のパーティーとして生きた人は相変わらず告死の御使殿と呼んでいた。
 世界の救済は大事であるので、せめて魔王を誅するまでは天寿を伸ばせないだろうか。
 新大陸にわたった勇者全員の総意として、アルマースは救世者の横たわる病室に向かった。

 救世者の眠る病室から出たアルマースはこの旅の中で、いや神の嫡子たる第三勇者「白のエルマル」や神の末子であり、アルマースやエルマルの妹である第十三勇者「金のミルカ」でさえも滅多に見ることのない表情をしていた。
 後年になって「御使殿の4フィート半の体躯が小さく見えたのはあの日だけだ」と第七勇者「青のレクス・タイラント」は長男のタルボ・タイラントに時折こぼした。
 アルマースは引きつった顔で、震える唇で言う。
「あの人は延命を望まなかった。これは天命だから、干渉しないで。後事は生者に、ただ望むのは最も固き石の上に墓所を……と……」
 即座に「ありえない!」と憤慨したのは人間では救世者に次ぐ地位、四番目の勇者「紫のシャルロッテ」。最も固き石の上に墓所を。という言葉はアルマースを喪主とすることを意味するのではないか。シャルロッテには受け入れられる内容ではない。
 確かに本当に望んでいなければ、無理やり蘇生することはできない。だが、アルマースは道理に従うために、遺言を書記するために救世者の病床に向かったのではない。
「大事を成すために、救世者を説得できなかったのか」
 救世者を延命せずに喪主となろうとするアルマースを糾弾するシャルロッテ。
 唇を噛んでただ睨み返すアルマース。
「本当は説得などー」
「やめろ! それ以上は言うな!」
 問答の末に、レクス・タイラントの制止でパーティーは決定的に分断された。

パーティーの分裂
 最初に動いたのは第三勇者のエルマル。世界の王たる偉大なエルフの彼はただ「飽きたな」とだけ言ってその場から消えてしまった。
 分断は修復を拒み、混沌は加速していく。
 シャルロッテが詫びを申し入れる前に、アルマースは救世者の棺を押領することで救世者の遺言を執行しようとした。暴挙であったが、シャルロッテが救世者の遺体を確保しようとする動きに先手を打ったものとみられる。
 補繕は、できないのか。
 一触即発の中で、勇者たちは妥協点を見出すべく再度交渉が行われた。勇者のパーティーの最後が喧嘩別れであっても、本旨を見失ってはならない。
 交渉の結果として、シャルロッテや第六勇者「浅紅のサクラ」を始めとする人間の勇者たちはパーティーの解散を提案。受け入れられなくとも我々は海をわたってユマナに帰る。と。
 アルマースに異論はなかった。この場で彼女が欲したのは、救世者の遺言の執行だけ。
 既に9人となっていた勇者のパーティーで、最後に採択されたのは勇者のパーティーによる世界の封建。
 救済されたことと糊塗した世界の分割によって当面の抗争を回避する妥協案。
 例えば、全人類の王を名乗るエルフの王エルマルは、その場にいないにも関わらず全てのエルフに対する宗主権と当時の人類社会の4割にも及ぶエルフィナ群島全域の支配権を安堵された。
 ミルカは兄より封建されている大バサラビア島の安堵に加え、ユマナ大陸側対岸の六郡を非エルフ式統治の北バサラビアとして獲得。エルフの爵位としては世界救済の大功を以て公に大を付けてバサラビアの大公位が認められた。
 レクス・タイラントも本貫である東七郡(エスターズィーベン)。つまり大陸東部七州の大君位と全てのドラゴンの王位を安堵された。シャルロッテやサクラなど、パーティーを離脱した勇者たちは既に征服したユマナの大陸西部の諸邦についての請求権を認められた。彼らは土着の王侯ではないが、勇者としての実力を示せば彼らを傅かせることができるだろう。
 なお、第九勇者であったトランスエルペ王は渡航せず、既に自国で軍隊を解散してしまっていた。トランスエルペは本領を安堵されているがこの事実を以てトランスエルペ王こそ勇者のパーティーの離脱第一号だと、東七郡の人々は500年後も嘯く。
 最後に、遠征の継続を主張したアルマースは押領した救世者の遺体に加えて、旧大陸の報酬がないことと魔王討伐の代償の先渡しとして、魔王の座す大陸全て切り取り勝手とされた。ただし彼女は御使座所であった大図書館、リブラルの退去を義務付けられた。13勇者の集結地。リブラルはメサイアノポリスと改称し、勇者の分割の対象外となる。
 シャルロッテからすれば体の良い島流しのつもりであっただろうが、ユマナの大陸に引き返した勇者たちの当ては外れた。
 この魔王の大陸。いやアルマースの大陸は西海岸から東海岸まで3,000マイル。南北は10,000マイル。世界を東西に割く巨大な陸塊であり、ありとあらゆる資源の眠る事実上の処女地を全て彼女のものとしてよいという正式な約定は、彼女に世界の1/3を支配させる根拠となったのだ。

残部(ランプ)パーティー
 共和国385年の共和国第一憲法で明確に定められるアルマース共和国の歴史は、共和国10年の封建でアルマースが魔王の大陸に封建された時点を起点としている。
 はじめの目的は、救世者の遺志を継いで魔王を倒すために。
 人間の勇者が去り、アルマースは残った勇者と空席を埋めるために二代目の勇者の選出を行った。この行為により、アルマース主導の勇者のパーティーは初期のパーティーと差別化するために残部パーティー、ランプパーティーなどと呼ばれるようになる。
 これは対抗する概念である汎人類統一帝国を建国したシャルロッテの子孫からは不完全な勇者のパーティーと見なされたからではあったが、アルマースは正当な勇者のパーティーの後継を自認自称した。
 魔王の討伐を継続するために、世界を救うために。

勇者様の時代の終わりに
 アルマースの残部パーティーは以降70年に渡って大陸を東進し、魔王の軍勢と交戦し、やがて魔王を倒す。アルマースに期待されていた宿願は成し遂げられたか、に見えた。
 否。勇者が集まった理由は、救世者が立ち上がった理由は魔王を倒すのが目的だったのか?
「私は魔王を倒したいのではなく、世界を救いたいの」
 救世者は13勇者が結集する際に、明確に呼びかけているのである。それは既に封建された後の世界を見ても変わらない。
 13勇者結集から既に80年近くが経過し、定命の勇者のうち最も寿命の短い人間の勇者は死に絶えていた。シャルロッテはユマナの西部の大半を征服し、汎人類統一帝国を自称する大帝国を築くが、その版図は彼女の故地の相続法に則り、20人の子と100人以上の孫に分割されている。
 残部パーティーに残った定命の勇者も、オークのルクレールとドラゴンのレクスだけが余命を僅かに残すのみ。
 救世者が帰天し、魔王が倒れた後も、世界は続いていく。
 世界を救う勇者の末裔は、果たして意志を継いでいくのだろうか?
 動乱の秋は近い。

2-2.勇者様の海軍

ーヨーホーヨーホー……これじゃあ丸木舟の海賊! 父上からは我々がおとぎ話の主役になるのだとしつこく言われてるけど、他所のおとぎ話の真似までしなくていいのにー

…「花冠のシオン」シオン・タイラント、弟の初代海軍卿に擬せられる二代目の第十二勇者 タルボ・タイラントへ

 勇者の時代の海軍の特徴としては、まだこの時代には統一された海軍組織などはなく、各勇者が持ち寄った艦艇で組織が構成されていたことにある。海軍行政を統括する組織も当然存在せず、海軍司令官も存在しない。提督の概念すら、勇者によっては頭の中にないものもいた。極端な例としては救世者が旗揚げしたモンテ・サン・フラムは火山帯を精霊御料としていたし、アルマースが拠点としていたメサイアノポリス(リブラル)も馬車駅の中心地でしかなかった。

 さて、これは海軍の物語だ。勇者たちの当時の最大の課題へ戻ろう。
 どうやって魔王の大陸へ渡ろうか。
 当時、東の未知の大陸への航路などは当然存在せず、ユマナの大陸の東端は「世界の果て」でしかなかった。
 少数を送り込むならば極地から氷床の陸路を征けばいいというのは、この星の世界地図が完成してからの議論である。当時魔王の大陸が星を貫く大きさであるとは知られていなかったし、もし知っていれば救世者亡き後の封建で、アルマースに魔王の大陸切取勝手などという豪快な報奨が与えられることはありえなかったであろう。
 そもそも勇者のパーティーはこの頃郎党を含めて50万の規模に膨れ上がっており、魔王の軍隊との戦争については全軍でなくとも相応の軍隊が必要であると考えられていた。
 勇者のパーティーは、この大軍を魔王の大陸に渡航させなければならない。

ポートジャーニー
 まずは港湾の確保である。
 魔王の大陸側の橋頭堡は最終的に8つが建設されたが、ユマナ側の港湾として適当であったのはたった2つ。トランスエルペ領内の貿易港、ポートウンターキールと、大陸東端のアンダーゾン。後者は日の当たる場所という御大層な名前とは裏腹に醤油と鯨油の工場が1つづつあるだけの漁村で、ユマナ大陸の東端を外洋から守るように三日月型の堡礁が伸びて大陸の端でありながら湾を形成していた。また、いくつかの環礁が点在しており、潟の形状も将来の泊地として十分な可能性を秘めていた。このようにアンダーゾン地域は良港の条件は揃っていても、東七郡(エスターズィーベン)には既にエルフィナ群島に近接する奴隷と香辛料を貿易するための良港が存在していた。
 例えば世界を東回りで一周しようなどとでも愚かしく考えない限りは、東七群の東の果てに商業港などを作ろうとは考えられず、港は避難所止まり、停泊する船といえば捕鯨や巨蟹狩り用の沿岸カヌーであった。
 このような寒村に与えられたのが勇者が魔王の大陸に向かう旅立ちの港の栄誉。
「ここが旅立ちの港? あの丸木舟で航海するの?」というアルマースの不用意な一言で日の当たる場所は「ポートジャーニー」と名付けられ、後のアルマース共和国のユマナ側の基幹港へと改修されていく。
 他にも南回りでシャルロッテの故郷を経由して新大陸に渡る航路も検討されたが、右回りの海流が見つかり次第、右回り航路が確立されていった。

勇者様の船舶
 勇者のパーティーを魔王の大陸に運ぶという事業は恐らく有史以来の巨大事業であり、さぞや素晴らしい船舶が使われたであろうという大方の予想は全くの見当ハズレである。
 魔王の大陸に向かう港湾に検討が付いたとしても、そもそも、船舶が不足していた。存在しなかったと言ってもいい。
 東七郡やトランスエルペ王国など、外洋ー旅立ちの海と呼ばれるーに面していた諸侯は比較的航洋性の高い船舶(地球における、いわゆるキャラベル船のような帆船)を保持していたものの、そもそも旅立ちの海を渡洋して遥か彼方の大陸に行こうという技術の蓄積がなかった。
 エルフィナ群島は内海であり、櫂船を運用していて、これも大洋の彼方へ向かうには船体の構造があまりにも不向きであった。
 ならば、ユマナの大陸から魔王の大陸に渡ることは叶わないのか?
 希望はあった。第四勇者「紫のシャルロッテ」の故郷は南洋の島嶼にあり、彼女はカヌーでユマナの大陸に渡ってきていた。航海方法は原始的な天体観測。
 それは魔王の大陸に向かうただ一つの方法。有史以前の冒険技術。
 かつて人類がシャルロッテの故郷である南洋に進出したときのように、天測を繰り返して東へ。不確かな記録の中で数度の探検の後に、東の大陸はその姿を見せた。
 双胴または三胴のカヌーで海流に乗れれば片道10日から1週間(この世界においては勇者の人数が暦に影響し、1週間は13日である)。これが当時の大陸間航路の最適解である。
 見つかれば決断は早かった。勇者のパーティーは無計画に旅立ちの海を渡り、西海岸に橋頭堡を築く。魔王の大陸に送り込む戦力を維持するために要求される輸送量は莫大で、場当たり的に櫂船や沿岸カヌーを双胴ないし三胴カヌーに改造し、輸送量を満たそうと奮闘していた。
 しかし、三胴カヌーでの輸送に関しては西海岸に人員や必需品を送り込むことはできても、魔王の大陸奥深くに十分な兵力を送り込むだけの兵站を準備することはできなかった。
 後世の共和国の海軍関係者はこの時代を振り返って言う。救世者は病に倒れたのではない。旅立ちの海の貧弱な輸送路を見て東へ向かえない己を恥じて憤死したのだと。

残部パーティーの海上戦略
 貧弱な海路を恥じて救世者は帰天し、シャルロッテ他数名の勇者は旧大陸に戻った。
 残されたパーティーの面々に求められた戦いは、後年の華やかな海軍を築き上げるはるか手前。ユマナとアルマース2つの大陸間の海上交通そのものを確立させること。
 この時代の共和国での著名な海軍軍人はタルボ・タイラント公である。第七勇者レクス・タイラントの長男として生まれた彼は、父のように聡明かつ勇敢で、その上父のような破滅的な癇癪持ちではなかった。「天より与えられし王子」「暴君に過ぎたるもの」などと賞賛を浴びている彼は、その人当たりの良さから勇者のパーティーの中でも調停役として機能しており、アルマースによる残部パーティーの勇者補充を待たずに、既に二代目第十二勇者として任命されていた。
 彼はパーティーの分裂を見越し、自身が要求すれば領土を手に入れられるであろうにも関わらず封建には加わらなかった。一方で喧嘩別れ同然となったシャルロッテと交渉し、不要になった外洋カヌーを譲り受けると、航海方法の技術習得(主に天測である。幸運なことにこの世界には北極星が存在する上に、南極側にも同様の目印となる極星を見つけることができた)や当面の輸送の引き継ぎまでまとめ上げたのだ。
 もちろんシャルロッテへの対価はただではない。南洋の島嶼が故地であり、ユマナの大陸に基盤のないシャルロッテは、ユマナの人類領土を再征服するための資源を軍隊以外は何一つ持ってはいなかった。
 逆に言えば、東七郡やトランスエルペによるシャルロッテの大陸西部への後援の見返りならば、彼女は生まれ育った南洋や旅立ちの海を捨てることを厭わなかった。
 とはいえ、タルボ卿が引き継いだのはアルマース大陸への貧弱な海路であり、海路を支える負担は東七郡と竜王を筆頭とするドラゴン種族にのしかかるはずだった。

帆船とその大型化
 タルボ卿はシャルロッテからカヌー船団を引き継いだが、彼は死ぬまでクジラと戦いながら貧弱なカヌーを漕いで暮らすつもりなどは毛頭なかった。
 早々にポートジャーニーに造船所を建て、六分儀と羅針盤を積んだ200総トンの帆船を建造し始めたのだ。
 旅立ちの海に関わる造船と海運の両事業は東七郡の国家予算・祖業のアルベルト銀行の資産を注ぎ込んで行われ、200総トンの帆船は運用が軌道に乗り次第に400総トン、600総トンと拡大されていく。
 逆に、武装化の程度はおざなりと言わざるを得なかった。
 当時の帆船にはまだ見合いの大砲は開発されておらず、もっぱら人力において戦闘が行われていたのである。
 ドラゴンが乗っていれば、その膂力を活かして榴弾や火炎瓶、果ては銛を敵船や海獣に投擲する。訓練されたドラゴンであれば、投擲仕様の10フィート棒や鋼鉄のスリングで砲撃戦を仕掛けることができた。
 人間やハーフエルフの中で精霊と心を通わせる素養があるものがいれば歌で精霊の機嫌を取って、海獣を焼き、切り刻む事ができる。特に風の精霊信仰者は蒸気船の発明以降ですら、船乗りとして最上位の敬意を払われる存在になった。
 最終的にタルボ卿は1,000総トンを超える大型帆船を基幹とした商船隊を整備し、その隻数は共和国100年前後には500隻を数えた。

大陸間貿易
 船団を整備したところで、両大陸間に運ぶものなどあるのだろうか?
 アルマース共和国の黎明は、勇者のパーティーの大義に覆われた世界だった。ユマナであればいざ知らず。貧弱な新大陸の国家においては、勇者のパーティーで大いに発揮された正義感による軍税や軍事的徴発に求めることはできなくなった。
 魔王討伐の原資を、これからはアルマース大陸に求めなければならない。幸いなことにこの大陸には資源に事欠くことはなかった。
 初期の貧弱な海上輸送の時期については材木と軍需品の貿易が主であった。アルマース大陸に渡った人民の大半は傭兵とその家族であり、魔族討滅のついでに東へ植民して財をなそうとする人々だった。彼らはしばらくは農園を作っても食糧を自給するのが精一杯の状況であり、大陸側では造船をするマンパワーも存在しなかった。
 ところが船腹が揃い始めてしばらくの頃に、アルマースが奇跡を起こした。
 西海岸を一週間の豪雨が襲った後に、流された河川とその河辺が金に変わっていたのだ。
「アルマースの大陸は黄金の国であり、その産物は掘り出した人のもの」
 風聞は瞬く間に海を渡り、一攫千金を夢見る人々は、未だに魔王が大半を支配する大陸に夢を見る。
 材木と軍需品の貿易は瞬く間に黄金を主とする貴金属と入植者の貿易に入れ替わった。西海岸の金を採掘し尽くす数年のうちに、アルマース共和国は魔王討伐を継続する数万人の軍事国家から、新大陸を開拓しようと意気込む人口150万人の大国に変貌していたのだ。
 入植の促進によって、大陸での食糧自給の他にも産業が生まれつつあった。
 エルフィナ群島、特に大バサラビア島での奴隷プランテーション作物が試験的に栽培され、砂糖、香辛料、タバコ、薬物の原料などの嗜好品や綿花の栽培が成功し始める。
 極端な例としては後年嫌煙家として苦言を呈するようになるアルマースも、この時代は健康によいとされていたため、薬としてまたは財源としてのアピールのため一日三回タバコを吸っていたし、周囲の人間にもしきりにタバコを勧めていた。
 ユマナ行き1週間。アルマース行き7日で旅立ちの海を横断するタルボ卿の船団の輸送力は、現代(共和国500年)であれば戦時標準船の1船団に及ばない程度の輸送力であるが、平均週30万トン、最大50万総トン。この巨大な輸送力が移民をアルマースに運び、嗜好品をユマナに送る。
 タルボ卿は自ら作り上げた交易路を独占し、アルベルト銀行より暖簾分けを受け大陸間為替の主役となり、世界最大の造船業者となった。
 タルボ卿の姉である竜王の長子「花冠のシオン」は、彼に尋ねた。
「あなたはいつも海、船、貿易……鯨にでもなったつもり?」
 タルボ卿ははにかんで笑った。
「先主アージェント公(レクス・タイラントの父、アルベルト・ターラーを指す)は商人だったんでしょう? 俺はその血が濃かったんですよ」
 タルボ卿には東七郡の大君位も竜王の座にすら興味はなかった。彼は偉大なるカマラの女婿として、実力で第十二勇者となっていたし、父・レクスを介してアルマースに警戒されるようなこともなかった。
 初代海軍卿として擬せられる彼の野望はただひとつ。
「姉さんは適当に竜王にでもなってついでに東七郡でも貰えばいい、書記長は貰った大陸を好きなだけ救うといい。俺はこの海を貰う」
 強力な艦隊を編成し、アルマースの大陸とユマナの大陸との貿易を独占する。
 海上交通の支配による両岸の支配。旅立ちの海の征服者。
 ……タルボ卿の認識にただひとつ誤りがあるとすれば、彼自身は鯨や巨蟹を征服する偉大なる海竜ではなく、所詮は陸に生き、陸に死ぬドラゴンであったことだろう。
 シオンの指摘は間違いなく正しかった。
 ひとは陸から離れて生きることはできないのだ。

3-1.動乱時代(共和国120-385) 仮題

3-1.動乱時代(共和国120-385)

ー13人の勇者、12の大陸州、11の王統、10の同盟国、9の自治州(東七郡と北バサラビア、南洋州)、8の言語、7の派閥、6の宗教(四大精霊信仰とドラゴンと人の造物主信仰)、5の種族(エルフ、オーク、ドラゴン、人間、人形)、4の聖地、3人の特権的永世者、2つの大陸に跨るただひとつの国ー
……共和国380年代のアルマース共和国についての形容句


 救世者が帰天し、勇者のうち定命の者はそれぞれの天命に合わせて消えてゆく。
 最後の定命の勇者が帰天したのは共和国120年。共和国の柱石だったレクス・タイラントがこの世を去ると、勇者のパーティーの紐帯は再び緩みだし、後に言われる動乱時代が幕を開けた。
 定命のものが命尽きる中では、不死の書記長、黒のアルマースの指導的地位は否が応にも高まっていく。
 今度こそ、世界を救わなければ。

レクス・タイラント
 救世者の代行、勇者、竜王、東七郡の大君……。
 第七勇者「青のレクス」ことレクス・タイラントは、勇者になる以前より多大なる名声を得ていた。
 彼は幼少のみぎりにおいて父アルベルト・ターラーに燔祭の供物として捧げられそうになる。彼の生家は銀行で、大名貸しに手を出した結果当然のごとく踏み倒された。アルベルトは傾いた家運を回天するべく、古龍のしきたりの中で最も古風で野蛮である長子燔祭の風習に手を染める。神への燔祭に立ち会う預言者が生憎不在であったため、代理として呼び出された御使殿は呆れ果ててアルベルトに平手打ちを食らわせた。
 彼女は小さな肩を怒りに震わせ言い放つ。
「燔祭に及ばず。私の一親は汝を救わず、滅ぼさず。気ままに栄え、気ままに滅ぶがいい」
 御使殿に突き放された父アルベルトはしばらく呆然としていたが、日が昇る頃に当然笑い出した。
 彼は自力救済の預言を受けたと解釈したのだ。奮起したアルベルト・ターラーは大名貸しの相手、東七郡の守護者達に狙いを定める。
 借りたものを返さないような連中を、人の上に立たせておくものか。踏み倒した貸金の代償は心臓の肉1ポンドで贖ってもらおう。
 アルベルトの意思は固い。

 レクス・タイラントが歴史の表舞台に立つのは伝承では燔祭の日であるが、史実においては東七郡アージェント押領の日である。彼はアージェントの守護者の前で神楽を舞った後に手にしていた扇を投擲してその首を一撃で斬り落とした。少年の身であれど圧倒的な膂力を持つ彼は、神楽で使う巨大な扇を鉄扇に持ち替えて堂々と暗殺に及んだのだ。
 燔祭で父を救えなかった彼は、代わりに自らの力量で父を救う。行いに父は感激するが、彼は父から距離を取った。父と不仲であったと言われるが、燔祭の供物として拒絶されたことこそが彼の心により深く影を落としていた。
 それから彼はアージェントの守護者を扶けるでなく、実家の銀行を継ぐでなく。遊学と称してユマナ各地に当て所ない旅を続ける。
 ドラゴンは強力な種族だったが、世界中に散らばり種族としての纏まりがなかった。レクスはそんなドラゴンの居留地を梯子し、ユマナの各地で仁義を切る。
「我が咆哮を聞け! この青き翼を見よ! ここに有るはレクス・ターラー。生まれは銀の国アージェント。父は守護者のアルベルト。神の贄なるを拒絶され、勝手許された野良の竜である。気ままに生き、気ままに朽ちるが運命であれば、今日限りの我が翼に悔いはない!」
 無頼の徒として大陸を我が物顔に歩き回る彼の声望は高まる一方であった。

 後に第十二勇者となる預言者「偉大なるカマラ」は、リブラルから御使殿を招聘し、預言の真偽について確かめる。
 今日この道を通るドラゴンこそ、全てのドラゴンを統べる竜王として相応しいと。
 御使殿は敢えて未来を見ずに、偉大なるカマラに言う。
 わたしの一親を試してはいけない、預言だとわかっているのだからあなたは今ここにいるし、わたしもここにいるのだ。と。
 さて、預言を信ずるに当たって通った男が問題だった。
 通りかかったのは青く美しい羽を持つ精悍なドラゴン。燔祭に預言者が間に合わず、御使殿が拒絶したあのレクス・ターラー。彼は奪ったであろう馬車を後ろに歩ませ、自らは馬車の十歩先を歩んでいた。おそらく本来の持ち主だった男を半殺しにして生きたまま引きずりながら。
 唖然とする預言者に、憮然とする御使殿。預言者の耳には神を呪う小さな声が聞こえる。
「焼いておけばよろしかったのでは?」
 預言者の軽口に、御使殿は冷ややかな視線を投げた。
「後悔は先に立たないし、子どもを火に焚べるような行いも許されない。それに、私の一親を試してはいけない。あなたは私の一親を試さないから、私の一親はあなたに語りかけるの」
 レクスは見覚えのある顔を認めて、目を見開く。
「これはこれは御使殿! 遅いではないですか。ついに俺の運命が決まりましたか。待ちわびておりましたぞ!」
 これは御使殿の仕事のひとつ、告死を指している。彼は自らの心に落とした影を消す日を待ちわびているのだ。
「すまない。いや告死かと聞かれて違うすまないと謝るのも珍しい話だが……。君の希望には応えられそうにないな。君の帰天はもう少し先だ」
 御使殿が告死ではないとレクスに謝り目配せをすると、預言者は話を切り出した。
「神はあなたに塗油をと預言を受けてここに参りました」
 まさか自分が全ドラゴンの王として推戴される預言の対象であったと知らないレクスは神妙な顔をする。
「塗油? 俺をどこの王に? アージェントか? 東七郡か? 生憎どちらも俺の椅子ではない。弟を紹介してやるから、弟のところにいくがいい。あれは俺より遥かにいい男だ」
 預言者は笑った。
「天空と地上を統べる古龍の末裔。全ての子らの王に、あなたを推戴いたします」
 エルフが生まれるよりもはるか昔。太古の古龍が生きた数千万年来の竜王へと、預言者と御使殿が推挙している。
「俺を、竜王に……」
「あなたでなければなりません。これは預言なのです」
 レクスは一瞬唖然としたが、目を閉じ歯を食いしばり答えた。
「俺は俺の作法でしか生きられぬが、神がそう告げるのであれば、やむを得まい」
 預言者が思い出したように尋ねる。
「失礼ですが、お名前をまだ伺っておりませんでしたな」
「レクス、レクス・ターラー。燔祭を拒まれたドラゴン。アルベルト・ターラーの焼かれざる長子でございます」
 御使殿は「タイラントの間違いでは?」と皮肉を言うと、レクスは畏まり一礼した。
「御使殿がそう仰るのであれば、左様にいたしましょう」
 そして、引きずっていた男の頭を西瓜を割るように踏み潰した。
「諫言には素行を改めて応えるのが王道であると通告するよ」
 険しい顔の御使殿に、レクスは屈託のない笑顔で応える。
「左様でございますな。ただし、姓はタイラントに改めます。御使殿に賜りました故に」
「そのようなものかね」
 苦々しい表情をする御使殿に、命ばかりではなく姓まで賜った青いドラゴンは満面の笑みで応えた。
「神ではなく御使殿から、命の次に賜りましたもの故。大事にいたします」

 さて、問題は塗油の儀式の際にも起きた。
 預言者と御使殿のどちらかが塗油するか話し合い、御使殿が塗油することとなった。
 近隣の部族全てを集め、祭壇を築いて全ドラゴンの王であることを誓う、その儀式の場で。
 レクスは御使殿を蹴り飛ばし、自ら戴冠と塗油を行う。蹴り飛ばされて唖然とする御使殿と、集まったドラゴンの長老たちの前で、彼は宣う。
「御使殿には悪いが。俺は神に選ばれて王になる気などない。俺は俺の力によって全てのドラゴンの王になる。何故か? 道理に従うがいい。太古、古龍は神に背いたから滅んだのか? 否、彼らは弱き故に滅びた。神の子が全世界の王侯でなくなったのは神に背いたからか? 否、神の力に奢り、人の力を侮ったからである。神に依って立つものは神に依って滅び、人に依って立つものは人に依って滅ぶ。俺はただ、竜でありたいのだ。俺は俺の力によって生き、俺の力によって死にたい。俺が今言った言葉に不服のあるもの、一戦見えようぞ」
 この宣言は場を戦慄させたが、御使殿を足蹴にして自らの力を示す行為は全てのドラゴンの中で燻っていた竜性に火を付けた。そうだ、我々は古龍の末裔なるぞ! と。
 竜王の塗油により、種族としての全ドラゴンの代理人となったレクス・タイラント。これには全世界の王を自称するエルマルでさえも、彼が与えられた古龍と神の契約の前では一目置かざるを得ないのだ。

 竜王となったレクスの動きは早い。父からアージェントの守護者を引き継ぐと、瞬く間に東七郡(エスターズィーベン)を統一し、大君(タイクーン)として君臨。トランスエルペやバサラビアとの境界を確定させると、執政を弟のダスレプトに委ね再び旅に出る。
 不参加だった長老のいるユマナ各地のドラゴンの居留地に、自らの王権を認めされるために。
 この旅の中で彼は幼い頃の救世者に出会っている。
 モンテ・サン・フラムの寺社領に差し掛かった際、炎精の巫女の見習いをしていた救世者に薪がないと言われた彼は炎精の薪に使う神木を指さしてこう言ったのだ。
「この木は、人が暖を取るために生えている。人が生きるために生えていた木を刈って燃やして何が悪い? 人一人救えぬ神や精霊への信仰なぞ、ない方がマシだ」
 これはかの有名な、救世者がモンテ・サン・フラムの神木を切った時の言い訳の逸話の元の物語である。
 世間の逸話に対してここではっきり言っておこう。
 救世者は斧で神木を切ったりはしない。正義を為す問答の結果として、当時の炎精大司祭の頭を落としただけだ。

 救世者が決起したと聞いていち早くその場に訪れた彼の勇者としての活躍は十分見知ったものであると思われるが、特に残部パーティーとなった後の活躍こそ目覚ましかった。
 彼はユマナに戻ることはなく、大陸の東への遠征へは必ず参加した。共和国75年に魔王を縊り殺したのも彼の軍事的才覚によるもので、分断後の功績は随一と言ってもよかった。
 魔王を倒した後は首都のアルマースの一角に宮殿を造営し、毎年輪番であった初期の代行を努めた。
 そして、
 共和国も110年を数え、定命の最後の勇者、偉大なる竜王の命数は尽きようとしていた。
 長子長女のシオンと長男のタルボは共に父に劣らぬ優秀なドラゴンであり、二人が手を携えることができれば、これからは勇者のパーティーはドラゴン、いや竜王の系譜が主導していくだろう。定命であるが、悔いのない天寿であるはずだ。


花冠戦争
 輝かしく悔いのないはずのレクス・タイラントの天寿に反して、天空と地上のドラゴンを遍く支配するタイラントの竜王家には既に亀裂が入っていた。一派は長子にして長女「花冠のシオン」と岳父の王弟ダスレプト・ターラー。対抗として長兄のタルボ。
 王弟ダスレプトはレクスの生前より寵愛を受けていた。東七郡の王であれは弟がよいと御使殿に言っただけではなく、以前より兄は人前で弟に常に言い聞かせていたのだ。
「俺が燔祭で燃やされていれば、お前が家長。神の恩寵によりお前が東七郡の大君であったろうにな。俺はお前には頭が上がらぬ」
 兄よりも巨躯で粗暴であった弟ダスレプトは、兄の言葉にただ黙り、時には涙ながらに「そのようなことはありません、地上の全ての恩寵はただ兄様の為にあります」と平伏する。
 彼は幼少の頃より兄が大変な癇癪持ちで、彼の暴力が如何に強大であるか知っていたのだ。もし機嫌を損ねるようなことがあれば弟であっても容赦なく撲殺されるであろう。
 ただし兄から弟への寵愛は嘘ではなかった。レクスは御使殿より賜った竜王こそ譲らなかったものの、長女のシオンをダスレプトの長男に嫁がせ、夫婦に東七群を預けた。タルボ卿が「姉さんは東七郡でも貰えばいい」と言ったのはここに根拠がある。
 また、対抗として目されていたタルボ卿は預言者「偉大なるカマラ」から嫁を取り後を襲い、第十二勇者として既に自分で地歩を築いていた。旅立ちの海の交通も自分で支配している。レクスからしてみれば、出来すぎた息子に与えてやれるものなどない、竜王は重荷を背負わせるだけではないかと映ったのかも知れない。

 そして、レクス・タイラントは生前に太子を立てることはなかった。死の床でアルマースを介した遺言は。
 末子のアルベルトを王に、長男のタルボを摂政に、タルボ、お前がアルベルトを一人前と認めるまではお前にすべて任せる。長女のシオンには東七郡の大君を。御使殿。タルボに何かあれば貴方だけが頼りだ。と簡素なものだった。
 シオンもタルボもこれには苦笑い。誰が納得するものか。
 とは言いつつも姉弟で雌雄を決するなど馬鹿らしいことをするつもりもなかった。二人でどちらが先に折れるか、普段とは正反対の仕草で人を介して交渉をしていたところ。
 先手を打ったのはトルニア王妃ーいや今は王太后。彼女は夫の葬儀の場でダスレプトの親子を誅殺し、彼を簒奪者だと断言した。
 「花冠のシオン」は引き下がるわけには行かなくなった。誅殺の場から辛くも逃れた彼女は、アルマース大陸から海を渡り、東七郡へ落ち延びる。
 慌てたのはタルボ。彼は救世者の帰天以来旅立ちの海の航路全てに責任を追う身であった。もし東七郡のポートジャーニーを失えばどうなる。アルマース大陸はユマナ大陸から切り離されてしまう。
 タルボは急いでシオンの後を追う。
 港湾と造船所を保全するために水兵だけで慌ててポートジャーニーに降り立ったタルボをシオンが麾下の赤備え(白子のシオンの兵団であるから、着用する鎧は白色である。先駆けに殿。この部隊が血で染まらない会戦は存在しないのだ)を揃えて強襲する。
 シオンが手繰るは第七勇者麾下の軍団の中で最も勇猛な将帥に率いられた最精鋭の真紅の軍団に対して、タルボの手許には急ぎ集めたわずかな水兵。
 嗚呼。王子よ。旅立ちの海の支配者、レクス・タイラントには過ぎたる御子よ。君は君の欲する海の端。旅立ちの港の端でその生を終えるのか。
 海に生きる君が陸上で、この年最も猛き竜として朽ちたことを私は語り継がねばなるまい!
 シオンとタルボは激闘の末に相打ちとなり、将を失った東七群の郎党は再び勇者のパーティーと歩みをともにすることとなった。

 誰よりも早く二人が絶命したことを識ったアルマースはトルニア王太后の許へ向かう。
「王太后陛下。全ての叛徒は打ち砕かれた。ただ、タルボ卿は惜しいことをした」
 陛下。と敬称をつけたアルマースの態度に、トルニア王太后は満悦至極。
「書記長のご尽力により、竜王家は一つにまとまりました」
 王太后の勝ち誇った態度を褒めそやすように、勝者を祝福するように、アルマースは穏やかな笑みで告げた。
「王太后陛下。レクス・タイラントの花嫁であったあなたの敵は尽く打ち倒され、あなたを遮るものはいない。最高の慶事だと私も思う。私の長い人生の中で、栄華とは一睡の夢。儚いものだと思い知らされること多々限りなくあった。ところがあなたは格別だ。人生の絶頂の時に死ねるとは、なんと幸せなことだろうか! ……君の命数は今日尽きる。アルベルト幼王はレクスの遺言通り私が後見するから、喪主を呼ぶまで待つ必要はないな。安心して逝くがいい」
 ー告死ー天命による抹殺宣言。竜牙宮に響く絶叫を背に、アルマースは一瞥もくれずに党の書記局に車椅子を漕ぐ。
 アルマースは吐き捨てる。
 定命の者が絶頂で死ねる上に後事を私に託すのだ。お前は救世者以上の幸せ者。何を嘆く。不敬な。天命は妥当であると言わざるを得ない。

竹茸戦争
 同時にオークの間でも抗争が起きていた。勇者「緑のルクレール」に付き従った騎士階級を形成する勢力と、後発の移民を主導した旧大陸でも貴種として扱われていた貴族層のオーク内での主導権争いだ。
 前者はルクレールが御使殿から受けた神託「おまえたちはただ竹林によってのみ守られる」の名句から竹林派と呼ばれた。本来この預言は竹林に逃げよという意図であったとされるが、ルクレールは竹槍を切り出して御使殿に対して魔王軍への抗戦を主張した。御使殿は匹夫の蛮勇に苦々しい顔で皮肉めいてこう言う。「この勇者め。ただ生きるには飽き足らず。その蟷螂の斧で魔王を斬るとでも言うつもりか」これは勇者という役職の語源となり、言葉は預言となった。後者は抗争後も残存した主要氏族がル・トリュフ、ラ・ルームなどのキノコ類を冠する家名であったことから茸派と呼ばれた。竹林派はルクレール死後に勇者のパーティーに勇者を輩出することができずに、オークは茸派主導の貴族主義に傾倒していく。
 この状況を打破するために竹林派が挙兵したことによって起こったオーク間の内戦を「竹茸戦争」と呼称される。抗争は茸派の勝利に終わり、竹林派は尽く族滅され、ルクレールの遺体も墓から掘り起こされたうえで畑の肥やしにもならないように火葬の上で西海岸から海に散骨された。

党書記局の肥大化
 花冠戦争と竹茸戦争の両戦役の結果、アルマース共和国から魔王を討伐した前時代の英傑は一掃された。ただアルマースを除いて。
 この百年余りで、ただ一人残ったアルマースが共和国を導くために従わせなければならない貴族は各種族別に以下のように変わっていた。
 人間の貴族層は初期の開拓を主導していた東七郡の貴族たちだったが、レクスの死とともにユマナに逼塞していった。代わってアルマースでは移民で成功を掴んだ人々が救世者の親族と通婚し、自らの血の尊さを主張し始めた。救世者に子はなく、彼女が親族にモンテ・サン・フラムに預けられた経緯を考えれば噴飯ものである筈だが、救世者の近親というだけでも特別な存在であるのは否定できなかった。
 ドラゴンの貴族層は当然のことながら竜王近臣であるが、竜王家と預言者の家系の血縁を除けばこの層は流動性が高かった。彼らはドラゴンであり、皆光り物を溜め込む癖があり、そしてドラゴンは皆天性の商人なのだ。蛮勇だけがドラゴンの有り様ではない。商売で財を作り名を成すのもドラゴンの正道だ。アルベルト・ターラーだって元は両替商だったろう?
 オークの貴族層は茸派と呼ばれるユマナの大陸でも貴種であった人々で、彼らは竹林派が持っていた植民の権利を都合よく拝借した上で、無限の処女地であるアルマースの大陸に可能性を見出し、私財労苦を惜しまずに東に向けて開拓を行った。エルフの中で落伍し、樹上から堕とされ、大地に口づけし、芋を掘るために鼻が曲がるほど地に顔を擦り付けた彼らの中に崇める神話があるとすればそれは土地神話であった。
 エルフの貴族層。このものの言い方には苦笑いするしかない。御使殿やエルマル、エルカミルの兄弟姉妹である神の嫡子であるミソロギ級や、彼らと精霊との子らのアンシャン級エルフはエルマルの言葉通り「飽きて」皆故地であるエルフィナ群島に帰った。一部に奇矯な人物も居たが、それも「魔王の死ぬところが見たかったんだ。長子様が溺愛するのもわかる。レクス・タイラントは最高だな」などと曰い、魔王が死ぬとともに帰っていった。共和国に残ったエルフは、もっと下級のハーフエルフ同士から生まれたエルフである。なお、人間とエルフ、人間やエルフとオークとの交配法則により遺伝の法則が中世の早期に導き出されている。遺伝の法則の気まぐれで生まれたお前たちが神の子のように貴い存在であるものか。
 アルマースはこれらの貴族層をコントロールするために、パーティーの書記局を拡充した。元は勇者のパーティーの議事を記録し、後世に何によって救世であったかを伝えるための書記としての役割であったこの部局は、勇者のパーティーが世界を救うために国家としての体裁を整えていく上で必要不可欠な存在と言えた。それが初期のパーティーの姿から変わり果てたとしても、やむを得ない措置であった。
 眠らない書記長のもと、機械のように働く公務員により、共和国の行政は効率的に再編されていった。
 アルマースの名前を冠された大陸は相当に巨大であり、西海岸に橋頭堡として築かれた同じ名前の都市から単一の行政府から統治することは困難であることが早期からわかっていた。何しろ東海岸まで3,000マイルあるのだから。
 書記長は勇者のパーティーに諮り、巨大なアルマースの大陸を12の州に再編成し、それぞれに書記局を置いた。州書記長は勇者のパーティーによって指名され、広大な領域について責任をもつ事になった。
 ただし、最初期に入植された西海岸の植民地は直隷州として知事はアルマースの兼任、後には書記局より選出された。

機械人形
 機械のように働く公務員を求めたアルマースは、この時代に文字通り機械の人形(オートマタ)を作り上げた。ドラゴン、エルフ、オーク、人間(この並びは神により地上に創造された順である)の四つの種族と異なり、神の手によらず人の手によって作られた初めての人である。
 蒸気機関とマナ・コンデンサが発明されるまでの数百年の間は朝に人類の担当者が倒れている人形にぜんまいを巻き、夕方帰る前にまた倒れている人形にぜんまいを巻く。遠出はできずに書記長の近侍を行うだけの可愛らしいお人形さんという評価だったが、それでもアルマースには欠かせない労働力だった。
 当時のアルマースには権力が集中し、救世者代行兼パーティー書記として勇者のパーティーを主導する他に、党書記長、直隷総督、竜王府執事、東七郡執事、南洋庁長官、特許会社「大陸間交易」総裁の六部局の長を合わせて八職兼任していた。なお、委員会制が導入され、アルマースが司法・検察を主務とするのは近代に入ってからであり、この時代は共和国に係るほぼ全ての案件を差配していた。
 多忙極まりない状況の中で発明された機械人形は不自由ながらも高度な事務能力を発揮し、数百体を集中運用した結果八職兼任を破綻せずに確立させることに成功する。
 機械人形の成功を踏まえてアルマースは考えた。
 救世者の形代を見繕うことはできないだろうか。と。

イコニア
 機械人形が発明されたことにより、アルマースは一つの試みを始める。救世者の代行には、救世者を模した人形が相応しいのではないだろうか。
 救世者を模した人形が、救世者と同じように考え、救世者のように世界を救う。かつてアルマースが御使殿として付き従った勇者のパーティーとしてあるべき姿を再び取り戻すことを、相応の機械人形を作成することで可能にできるのではないか。
 救世者の聖像「イコニア」と名付けられた彼女は容姿だけではなく、救世者の思考を正確に反映できるように三層の自我を持ち、聖剣を扱うことができ、ぜんまい駆動でも数日間は稼働できた。
 アルマースはイコニアを救世者代行として推薦し、勇者のパーティーは彼女を救世者の代行としてイコニアを推戴し、そして再び世界を救う為に邁進するのだ。

汎人類統一帝国
 勇者のパーティーがユマナの大陸を駆け抜けたわずか十年間で残した数々の功績の中で最大ものは「勇者は世界を救い、世界を導く」という所謂勇者統原理である。
 アルマースの大陸においてはアルマースが主導する残部パーティーによる統治と魔王の討伐によってこの正統性が担保されており、エルフィナ群島においては元より神の子たるエルフの筆頭としてエルマルが君臨しており、そもそも彼が第三勇者であったため古代からの秩序が揺らぐことはなかった。
 ユマナの大陸においては勝手が違った。ユマナの諸侯たちは長い年月をかけて神の子であるエルフと戦い、自らの王国を築き上げてきた自負があった。
 国によってはトランスエルペのように水精と契り河伯の子として統治する王や、モンテ・サン・フラムのように炎精を祭りエルフィナのミソロギ級エルフからも一目置かれる国家群も存在しているのだ。
 救世者を筆頭とする十三勇者の前に一度は膝を折ったものの、救世者は死に、アルマースは魔王の大陸を与えられ、エルマルはエルフィナに帰った。古来よりの法に復して何が問題であろうか。
 ここで汎人類統一帝国について語らねばならない。
 勇者のパーティーが分裂するに当たって、勇者のパーティーから分かたれた人間の勇者たちが居た。筆頭は第四勇者「紫のシャルロッテ」。彼女は南洋諸島の出身であり、生身で魔王を凌ぐ戦闘力の蟹や海老を槍一本単身で狩り、狩った甲殻類の殻を甲冑としていた。分裂の原因であったとはいえ、彼女は勇者のパーティーに魔王の大陸に渡る船を快く提供した存在でもあった。
 彼女達に与えられたのは、勇者の領分を除くユマナの大陸を導く権利。本貫が南洋の島嶼であるシャルロッテにユマナの大陸を導けという分配は本来酷であった。
 だが、彼女にタルボ卿が手を差し伸べた。タルボ卿は南洋で使っていたカヌーと引き換えに、勇者のパーティーとしての活動を援助したのだ。
 シャルロッテはタルボ卿、いや分かたれた残部の勇者のパーティーに誘導され、ユマナの大陸東部や中央部ではなく、西部を中心に自分の王国を築くことになった。
 とはいえ彼女も十三勇者。瞬く間に大陸西部から中部にかける広大な領域を制圧し、在地の領主を傅かせあるいは改易した。大帝国を築くまでにかかった期間は奇しくもレクス・タイラントが魔王を縊り殺すまでにかかった期間と同じ程度であった。
 名付けて汎人類統一帝国。アルマースが築いた残部パーティーの対となる世界帝国。
 ユマナの大陸西部を中心に広大な帝国を築いたシャルロッテは、その版図を広げながら天寿を迎える。
 シャルロッテは自身が勇者であったこと、十三勇者集ったことを誇り、再びの集結が叶わないことを悔やんだ後に、自信の相続について語った。
 祖法の通り継承すること、そしてもっとも強きものを皇帝とすること。
 この皇帝となるための簡単な条件の結果。汎人類統一帝国は四分五裂した上に争い合うこととなった。
 まず、南洋諸島の祖法とは均等相続である。そして、シャルロッテは他の勇者と複数回結婚し、天命尽きる時には子供は20人、孫は100人を超えていた。
 皇帝が決まらないということはなかった。シャルロッテの末裔は強力であり、また、彼女の女系のなかでも秀でた人材は次々と排出された。
 しかし、祖法として言及した帝国の分割相続は、いずれかの家系によって帝国が一旦統一されたとしても次の代で分割されてしまい、統一状態が続くことはなかった。
 やがて、帝国は地理的に近いサクラ、アイリス、アストラガルス等のいくつかのクライスという概念で事実上分割されることとなる。クライスは主権者である伯や自治権を持つ都市、精霊御料などがそれぞれ自治と言うには大きな権力を握り、クライスの長の領導の元で自己の権力を庇護される体制となった。
 このように、帝国の貴族は爵位としてはクライスの長として皇位継承権があるものが公(シャルロッテの出身より部族の長老を意味するヘルツォーク)、ないものが辺境伯(伯の長を意味するマークラーフ)、クライスの長に従う諸侯が伯(クラーフ)という単純な二階層を基本としたフラットな構造となる。主権のない貴族は数多いるが、そもそも軍事貴族が幅を利かせる汎人類統一帝国において、古いだの高貴だのというエルフのような軟弱な概念は尊ばれない。そんなに古風を吹かしたければ南の島へ帰ればいいのだ。あの頃は天の星全てがお前のものだったであろうに。


大征服
 さて、世界を再び救うためにはユマナの大陸に大規模な派兵を行う必要がある。
 既に共和国200年。アルマース大陸に2,000万、東七郡に700万、北バサラビアに500万。国力は十分。世界の5分の1の人口を持つアルマース共和国ならば、残りの5分の4を救うことも不可能ではないだろう。アルマースは世界の征服に着手した。
 イコニアはアルマースの筆記した一説を勇者のパーティーで読み上げ、救世者も良しとされるだろうと言った。
 分かれたる家は立たない、分かれたる国も保たない、この世界だけが分かたれる道理がどこにあろうか。と。
 宣言のその場にエルマルが風とともに舞い、世界の王である僕は世界を救うことを歓迎すると誓った。イコニアとアルマースに立ち向かうことが如何に下らないか彼は理解していた。刹那の茶番劇の結末を楽しむゆとりも持ち合わせていた。
 人間の中で最も賢かったのは河伯の子であるトランスエルペの王であった。彼は矛先が自らへと向くや先日まで係争をしていた東七郡に赴き、敷物を敷き膝を着いて頭を下げた。
 これにより彼は大同であると認識され、先日までの係争地を与えられた。
 共和国の十三の軍団は中間諸国を瞬く間に服属させ、ユマナの大陸奥深くに侵攻する。
 アルマースは直隷に居るままに山間の自治連邦ウインドブルムに隕石を落とし、ミルカ・バサラブの手により汎人類統一帝国の首都ロッテンブルクは灰になった。
 エルマルやミルカのエルフィナ群島の領土を勇者のパーティーの保護下に置き、圧倒的な暴力により汎人類統一帝国の領土や中間諸国を占領下に置く。占領地を軍政で支配しているが、やがては勇者のパーティーから知事が派遣され、世界は集権的な政府で統一されるだろう。
 征服はなされたかに見えた。これからアルマースによる世界の救済が行われるのだ。

大反乱
 アルマースがユマナに目を向け、リブラルー今はメサイアノポリスと呼ばれるーの大図書館から蔵書を接収し、モンテ・サン・フラムから林檎のブランデーのコレクションを押領することに血眼になっている最中。彼女は自分の大陸における統治を過信していた。
 特に東部の広大な地域においてはオークによる半ば封建的な統治への移行が進行していたのだ。彼らは荘園を形成し、生活苦となった農民を囲い込み、農奴身分を形成させた。東部における共和国の権力基盤の脆弱さが、この荘園における警察権、といえば聞こえはいいが事実上の暴力の保持に対しての規制を無力としていた。広大なアルマースの大陸は、彼女の小さな身代には持て余すものだったのかも知れない。
 資本力と嗜好品の生産要求はさらなる農園の経営形態を生んだ。東海岸南部の熱帯地域において、エルフィナへ砂糖を運び、エルフィナから奴隷を運ぶ貿易を行う大規模なプランテーションがオークの貴族層によって経営され始めたのだ。
 流石に品目が奴隷になれば、アルマースの認可は下りない。そして、東海岸の貿易全体が国家の公社による統制の下に行われていたのだ。
 このような商業形態が存続する筈がないと考えられていたが、アルマースが支配する共和国に与えられた特権を持つ特許会社「大陸間交易」はユマナ大陸征服行の国債を引き受けさせられた結果、船舶の不足により旅立ちの海での貿易にすら十分な船舶を投入できない有り様だった。東海岸は言うに及ばず、不足する人品を運ぶために、船なら何でもいいという環境がアルマース大陸に生まれていたのだ。共和国の征服行により、焼き払われたユマナ大陸西部から移民は群れとなって両岸からアルマース大陸に移動し、軍需物資によって「大陸間交易」の船舶が不足すると、エルフィナ群島の高貴なエルフ向けの嗜好品を運ぶ船は不法な密貿易船であろうが引く手数多だったのだ。
 アルマースは早期に奴隷船の拿捕と船長の死刑を法令としてパーティーで認めさせていたが、タルボ卿によって旅立ちの海を支配していた共和国にとって、彼亡き後で東海岸の海軍力整備などできる人材はいない。そもそも船腹は全て軍需や最低限の交易に投入されて使い果たされている。この上密貿易ー特に奴隷船ーの取り締まりに必要な海軍力の整備などは、国力を消耗するだけで何の益もないと考えられていたのだ。特に勇者のパーティーでアルマースに冷ややかな目を向けるオークの王族たちにとって。
 事ここに至ってアルマースは東部へ軍隊を派遣し、砂糖プランテーションにおける奴隷への「救済」を提案した。オークの王族たちは再三反対し、受け入れられないことを確認すると全員が辞表を提出し、ユマナから彼らの軍団を引き上げ、抵抗を宣言した。大反乱の始まりである。
 アルマースはジレンマに到達した。奴隷制の擁護を彼らはあからさまに支持し、ユマナから世界を救うための軍団を2つ引き抜いてまで抵抗するのだ。当時大陸はガラ空きであり、アルマースも慌てて自分の第二軍団筆頭に他3個軍団をアルマースの大陸に引き戻した。オークの反乱軍によってアルマース大陸が蹂躙されることは避けられたが、十三軍団のうち半数が引き抜かれ、軍政の維持は不可能となった。
 アルマースは弟ー第三勇者のエルマルーに掛け合ったが。エルマルは彼女を嘲笑で迎えた。
「姉さま。まさか、僕に頼ることはないよね」
 エルマルは姉の限界を確認すると、エルフィナ群島に駐在する顧問を誅殺し、干し肉にしてアルマース共和国に献上品として提出した。ただし大使として誠実だったものは誅殺には該当せず、むしろ怯えさせたことをエルマル自ら詫びた。
 続いて妹の第十三勇者であるミルカ・バサラブに掛け合った。彼女は長子様である姉に頭が上がらない様子であったが、困惑しながら手を合わせ、神に祈るように詫びた。
「バサラビアも奴隷制国家じゃからのう。姉さまの気まぐれで取り潰されてはかなわぬ。くわばら、くわばら」
 と、自分の勇者としての権限を利用し、逆に自らの第十三軍団を引き上げる有様だった。
 災難は続く。
 最大の協力者。いや傀儡であったアルベルトが帰天したのだ。アルマースは後継者の擁立にも失敗した。アルベルトの子らの妨害によりアルベルトより遺言を得ることはできず、彼らはシオンとタルボの内戦を顧みることなく再びアルマースの大陸内で内戦を始めた。
 内戦により第七軍団と第十二軍団はアルマースや東七郡に引き上げることになった。
 タルボ系、アルベルト系、片手に余る王子たちの内戦は十数年かけて勝者が決まった。アルベルトの末子、リトロ・アルベルトが竜王に登極し、彼を擁立したモサ・フタバにより竜王家は落ち着きを見せた。そして、リトロはアルマースへ竜王府執事の役職を返すように通告を行った。
「天上の父上の輔弼は、地上では必要ありますまい。儂は傅役の叔父貴(モサは竜王傍流だった)を頼みにし申す。書記長。竜王府から退いてくれはしませんか」
 辮髪を靡かせ、細長い口ひげを震わせながら、父の恩人に強く頼む竜王の気性は祖父に似て荒いことをアルマースは察した。これ以上内戦の相手を増やすことはできない。

 転落が始まった。アルマース共和国はユマナ西部や中部への軍政が不可能になり、撤退を余儀なくされる。
 公社だった「大陸間交易」は東海岸貿易の不調に苦しみ、汎人類統一帝国との戦争に係る戦費引き受けの結果、株を一般に放出せざるを得なくなった。大陸間交易の株は狂乱の株価変動を起こし破産。相次ぐ内戦と社会混乱によりイコニアは救世者代行を辞職。直隷と南洋州の知事はパーティー選出に代わり、東七郡でも反旗は翻り自治条約の更新が行われた。
 勇者のパーティーの書記と、党書記長の役職のみを残し、アルマースの実権は失われ、権威に大きな傷を残した。アルマースがこの100年で手に入れたのはリブラルの蔵書とモンテ・サン・フラムのブランデー樽だけだと言ってもおかしくはない。それは代償に見合うものなのか?
 どうしてこうなってしまったのだろうか?
 私はどこで間違えてしまったの?
 赤い壮麗な霊廟に眠る赤い髪の救世者の遺体は何も答えず、瞳は閉じたままで青い瞳を見せることはない。イコニアは穏やかに微笑んでいる。
 救世者廟の庭園から、書記長の執務室へ戻るアルマースの髪に赤い雪がちらつく。

無気力時代
 動乱時代の後半100年間。アルマースは表面上は完全に無気力となり、権力を喪失したと思われていた。書記局の運営すらイコニアに丸投げしており、儀礼にも疎らに現れるのみで勇者のパーティーそのものの書記を除いてほとんどの職務を事実上放棄していた。
 アルマースが放棄した。いや実際は彼女の権威が失墜していた時期の勇者のパーティーでは各種族の王侯が台頭していた。
 筆頭は第七勇者リトロ・アルベルト・タイラント。懐刀には竜王の後継者争いでアルマースを出し抜き「楽園の蛇」とまで呼ばせたモサ・フタバ。リトロはアルマースとの友情も輔弼もなく、ただ家のこれまでの代替わりの内戦を支えたモサを寵愛する一方で、父を半ば傀儡として扱ったアルマースとも距離を取った。アルマースを嫌っていたわけではないが、懦弱な父を疎み、勇猛な祖父を崇拝するリトロはアルマースと対等に手を取ることを決め、祖父の武勇に憧れ自治を獲得した東七郡を再び実効支配してトランスエルペやモンテ・サン・フラムなどの隣接する中間諸国への軍事遠征を始めた。
 対抗は第五勇者。「東部の皇后」と呼ばれたオークのオギュスタ・ラ・ルーム。大征服時代に急死した夫の後を襲う形で勇者となった彼女は、東部反乱でアルマースの征服行を頓挫させ、対抗氏族のル・トリュフを出し抜き、ル・トリュフから入り婿を出させた上に娘のアリエノールに第五勇者の地位を世襲させた。ラ・ルーム氏族は東部最大の開拓者で、膨大な奴隷を使う大農場や、大征服で困窮した農民を農奴として抱える荘園を保有していた。いくつかの州の知事を自派からパーティーに推薦させ、彼らはアルマースが掌握し、人形が運営する州の書記局に優越していた。
 獰猛な竜王とオークの女帝の台頭は勇者のパーティーに新しい極を生み出した。新しい世代の勇者達は家門のパワーバランスを背景に勇者同士の内戦を避ける。代わりに勝利をユマナの東七郡の西に求め、入れ替わり立ち替わり中間諸国から汎人類統一帝国の東部を賠償金と略奪品目当てで軍事侵攻を繰り返す。これらの富で共和国は栄え、王統を軸にした軍閥は益々盛んとなった。派閥間の勢力均衡など、アルマースの視点からでは一瞬で生まれ一瞬で崩壊する骨牌による塔のようなもので、やがて彼らは独立を回復した帝国領や中間諸国を食い尽くし、アルマースとユマナの両大陸で覇権を巡り相争い始めるだろう。


動乱時代の終わりに
 アルマース共和国に無数の移民が訪れ、繁栄を誇り、勇者のパーティーはかつて無いほどの隆盛を誇る一方。世界は再び荒廃を始めている。原因は皮肉にも世界を救う勇者のパーティー内部にある。
 崇高な目的を失い、眼の前の富貴に溺れ、力に酔う。
 世界を救う為の勇者のパーティーが、世界を破壊するなんて。
 そのような姿は認められるはずがない。
 だから。
 せめてこの競争が内を向かないように。
 内を向いて三度目の動乱を引き起こさないために。
 この世界をまとめる中核が必要なのだ。

3-2.動乱時代の海軍

ー探検隊は魔王が永遠に眠る山脈を越え、果てしなく続くと思われた草原や森林を抜けてついに海に出た。報告を聞いて航路を独り占めしていた俺の胃には穴が空きそうになった。この星は丸いのだから、海の向こうにはきっとユマナ(大陸)がある。もし、南に出てアルマース(大陸)を回り込むことができなかったらどうしよう? 商船隊と海軍がもう一セット必要じゃないのか? そんなもの、と俺は言いかけてやめた。俺がもし海を愛さなくなっても、そこに海は広がっているのだからー

…初代海軍卿に擬せられる二代目の第十二勇者 タルボ・タイラント

以下編集中

アルマース共和国海軍通史

アルマース共和国海軍通史

架空世界の海軍通史です。現在作成中なので、物語は膨らんでいくと思いますよ。

  • 随筆・エッセイ
  • 短編
  • ファンタジー
  • 成人向け
  • 強い暴力的表現
  • 強い反社会的表現
  • 強い言語・思想的表現
更新日
登録日
2024-11-19

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  1. 1.まえがき
  2. 2-1.勇者様の時代(共和国元年-120年)
  3. 2-2.勇者様の海軍
  4. 3-1.動乱時代(共和国120-385) 仮題
  5. 3-2.動乱時代の海軍