罪人峠

1 死後

 俺は今までに2人殺した。

 もしあの世というものがあるのなら、天国に行けるわけないとは思っていたさ。

 本当にあるのならな。

 俺は31歳の時、知り合いの男(31)と、街で偶然見かけた女子高生(18)を殺した。男は金目的で、女は強姦目的だった。

 当時金に困って首が回らなくなっていた俺は、金持ちの同級生の男を、金を奪う目的で殺した。昔から嫌いだったんだ。人生全て上手くいきやがって。

 女は特に理由はなかった。偶然街で見かけて可愛かったんで、犯したくなっただけだ。既に1人殺してたから、自分でも驚く程簡単に実行できたよ。車で拉致して、山中で何回も犯してから、首を絞めて殺して、捨ててきた。

 その後、男の死体が発見され、あっけなく捕まった俺は、あっさりと死刑判決を受けて、43の時死刑になった。

 生きてる時は、あの世なんてあるわけねー、死んだら無になるだけだなんて思ってた。だけど、思えば何で、あの世なんてないって言い切ってたんだろな。死んだ後の事なんて誰も経験した事ないからわからないのに。

 死刑執行される時は、どうしようもなく怖かったのと同時に、ああ、自分という存在がやっと終わるんだなと思った。目隠しされて、執行台に立たされた後、執行人がボタンを押したら俺は無になる。

 はずだったんだけどな。

 死んだはずの俺が何故か生きている。

 何故だ?死んだはずじゃないのか?

 俺は勘は鋭いほうだ。すぐに理解したよ。ここがあの世なんだなって。

 なにせ、現世では見たことのない独創的な景色が広がってたんだ。薄暗い空に、何もない空間が広がっていて、遠くには大きな山が1つ見えていた。地面はコンクリートとも土とも言えない微妙な硬さで、すごく歩きにくかった。

 どうしたらいいかわからない俺は、しばらくここで立ちすくんでいた。

 この後どうなるんだ?天国なわけはないからここは地獄か?俺は今からどんな罰を受けるんだ?

 現世で人道無視な暴挙を働いてきた俺の事だ。この後、自分がどんな扱いをされるかは何となくわかってる。逃げ出せるなら逃げ出したい。

 しかし逃げ出す場所もない。隠れる場所もない。俺には、大人しく罰を受けるしか、道は残されていないだろう。

 しばらく同じ場所でぼーっと突っ立っていると、後ろの方から、コツコツと足音が聞こえてきた。

 ビクッとして振り返ると、背の小さいじいさんが、こっちに向かって歩いてきた。

 じいさんは俺と目が合うと、ニッコリと笑って、そのまま俺の目の前までやってきた。

そして俺が口を開くより先に、言葉を発した。

 「ようこそ。小林保
こばやしたもつ
君。キミも気づいている通り、ここはあの世です」

 穏やかな笑顔、優しい口調だった。

 「わかってます。確かに俺は死んだはずですからね。で、ここは地獄ですか?」

 俺はじいさんを見て安心したのか、横柄な態度で返した。どんな態度を取っても、俺に対する処罰は変わらないと思ったからだ。

 じいさんはそんな俺を見て、更にニッコリと笑った。

 「ええ、確かに天国ではないんですが、まだ地獄というわけではないんですよ。今はまだね」
 「というと?」
 「キミはまだ天国に行けるチャンスがあるという事です。ここは天国行きか、地獄行きかを決定する、最後の場所と言った所でしょうか」
 「天国?俺なんかがまだ天国に行けるチャンスがあるんですか?どうすればいいんですか?教えて下さい!」

 俺は天国という言葉を聞いて舞い上がった。行けるなら誰でもそっちに行きたい。こんなクズな俺でも気持ちは一緒だ。

 じいさんは相変わらずの笑顔のまま、遠くに見える山を指差して答えた。

 「あそこに大きな山が一つ見えるでしょう?あの山の峠を越えると、天国へ行けるようになるんです」

 じいさんの笑顔が一転し、真面目な顔に変わった。

 「どうします?行きますか?行きませんか?」 

 話を聞いた次の瞬間に、俺の答えは決まっていた。

 行くに決まってる。地獄行きは確実だと思ったのに、峠を越えれば天国に行けるだなんて。行かないを選択するバカなんかいないだろう。

 ただ、もちろん、ただ峠を越えるだけじゃないのはわかってる。2人も殺してきた俺が、あっさりと天国に行けるわけがない。俺は考える振りをして、じいさんに色々と質問してみる事にした。

 「行きたいですが不安もあります。ただ峠を越えるだけじゃないですよね?」
 「もちろんもちろん。キミは本来なら問答無用で地獄行きの身です。それなりの事が待ってると思ってて下さい」
 「それなりの事とは?」
 「それは行ってからでないとわかりません」
 「実際に天国に行った奴はいますか?」
 「それもわかりません。私の役目は、ここにきた罪人のみなさんに、説明する事だけですから」
 「例えば行かないを選択すると?」
 「この後すぐ、地獄に落とされるみたいです。選んだ人はいませんがね」

 じいさんは何を聞かれても、穏やかな笑顔で、肝心な情報は教えようとしなかった。このまま質問しても、何も教えてはくれないだろう。情報を得るのは諦めて、このまま行くしかないと悟った。

 「わかりました。行きます」

 俺が行くを選択する事がわかってたかのように、じいさんは小さく頷いた。

 「はい。ではお気を付けて」

 俺は意を決して峠に向かって歩き出した。すると歩き出した俺の背中に向かって、じいさんが、まるで今思い出したかのようにトボけた口調で話し始める。

 「あ、そうそう。昔ある地域では、山の峠はあの世にもっとも近い場所と言われてましてね。捕らえた罪人を動けなくさせて、峠に捨てていったりしたそうですよ」

 やはりこのじいさんは、何が起こるか知ってるんだなと思った俺は、振り返ってじいさんをじっと見た。じいさんは笑顔のまま微動だにしなかった。もう何も答えそうになかったので、俺は再び前を向いて歩き始めた。

 歩き始めた俺の後ろで、じいさんの穏やかだった笑顔は、どす黒い笑顔に変わっていた。

 峠に着くまでは、しばらく時間が掛かりそうだ。薄暗い景色の中、ひたすら前に進む。峠では確実に何かが起こる。その何かがわからず、不安と緊張に苛まれる。

 何故自分は、峠へ向かっているのか?

 それは天国に行ける、最後のチャンスだからだ。

 何故自分は、天国に行けないのか?

 それは俺が人を殺したからだ。

 何故人を殺したのか?

 何故?

 それは……

 ただの一方的な身勝手な理由さ。相手に落ち度は全くない。お金欲しさと性欲を満たすためだ。確かに俺なんかは、このまま地獄に落ちないといけない人間だ。それは自分でもよーくわかってるよ。

 だけど天国に行けるチャンスがあるって言われたら、どんな犯罪者もこっちを選ぶだろ?どんな凶悪犯だって峠越えを選ぶだろうさ。

 過去の犯罪者達の中で、何人くらい天国に行けたんだろな。俺も天国に行きたいや。いや、絶対に行ってやる。

 俺はガキの頃から、欲しいもんは手に入れないと気が済まない質だった。同級生が新しいゲームを手に入れたら、殴ってでも奪って自分のものにしてた。

 女に興味が出てきた歳になると、気の弱い同級生や後輩の女を呼び出して、レイプしたりもしてた。口止めさせてたけど、被害届出されて、捕まった事もあったっけ。

 捕まっても更生なんかしなかった。出てきたら、後輩と女をボコボコにしてやった。

 両親には縁を切られた。あんたみたいのは目の前から消えてくれないか?、と言われた。だから望み通り消えてやった。通帳の金、全部下ろして。

 それからも好きなように、ガキの頃と変わらず、好き勝手に生きて、何人も、何十人も泣かせてきた。

 クズは死ぬまでクズなんだよ。

 ついでに死んでもクズのままなんだ。

2 1人目

 気が付けば、わがままなガキの心のまま、俺は31になっていた。好き勝手生きてきて、つるむ相手にもろくな奴はいない。

 そのろくでもない相手の中に、昔からの同級生が1人いて、そいつから気になる情報を聞いた。

 何でも小学校の時、同級生だった高田健太郎が結婚するらしい。

 この高田は、有名企業の社長の息子とかで、生まれながらの勝ち組の人間ってやつだ。俺が一番嫌ってた人間の一人でもある。生まれつき、種類の違う人間だとわかっていたから、関わる事はしなかった。一度も話した記憶がないくらいだ。

 高田は、小学校を卒業すると、地元とは離れた有名進学校に通うため、引っ越したらしい。

 その後の事はよく知らないが、今回父親の会社を継ぐ為、そして結婚を機に、地元に戻ってきたみたいだ。

 結婚相手の女は、大学の同級生で、清楚な美人さんらしい。
 
 俺らとは住む世界が違うな、と言って、ろくでなしの同級生は話を締めた。

 このろくでなしは、一応多少大人にはなっていたらしい。高田の話を笑顔で話している。思わず、ムカつかないのか?と聞こうとなったが、グッと言葉を飲み込んだ。

 俺はダメだ。ムカついて作り笑顔もできやしない。

 何であいつと俺は、こんなに差がある?

 生まれた時から違いすぎる。

 あいつと俺の立場が、逆転してもいいはずだ。

 高田は3週間後の2月の終わり、31歳の誕生日に、結婚式を挙げるらしい。

 まともな職にも就いていなかった俺は、次の日に早速、現在の高田の様子を見に行く事にした。住んでいる所は、昨日教えてもらっていた。

 近くまで行くと、すぐにわかった。話には聞いていたが、でかい家だ。人の身長以上もある塀から出ている豪邸は、俺の家の3倍も、4倍もありそうなほどだった。

 俺は家の周辺に車を停めて、しばらく待っていた。

 しばらくすると、白いピカピカの車が出てきた。運転席に座るいけ好かない男の顔は、すぐにあいつだとわかった。昔から変わらずの短髪に、黒のスーツ姿。高田は得意げにハンドルを握ると、そのままどこかへと向かっていった。

 俺はその後、追いかける事はしなかった。これから仕事に行こうが、遊びに行こうが興味はない。現在の高田が相変わらず恵まれてて、ムカつく奴だとわかった途端、これからの高田の行動には一切の興味はなくなり、別の事を考えるようになっていた。

 それからコンビニの駐車場に車を停め、シートを倒して横になっていた。すると電話がなった。出ると金の催促の電話だった。電話口からは、かたぎじゃない男の乱暴な声が漏れる。

 「いつ持ってくんだコラー!テメー早くしねーと埋めちまうぞ!」

 俺は必死に、すいません、すいませんと謝り、電話を切った。

 働いてなかった俺は、金がなくなったら、女やちょっとした知り合いに、借りては逃げ、借りては逃げの繰り返しだった。だけどその中に1人やばいのがいて、地元を仕切ってる組長の愛人だった女がいたんだ。俺はその女と肉体関係を結び、儲け話で騙して、50万ほど借りたら、いつも通り逃げた。

 そしたら2日後、パチスロやって店から出てきた時、女と数人のヤクザ、あと組長らしき人間が、俺の車を取り囲んで待ってた。俺は血の気が引いたよ。顔を腫らした女が、あいつです、と告げると、組長は俺に近づいてきた。そして一言。

 「死にたくなけりゃ500万払え。そうすりゃ全部忘れてやる」

 払うしかないと思って、払うから許してくださいと土下座したよ。組長は、1ヶ月待ってやるから必ず払え、と言って帰っていった。

 今日で2日過ぎてる……

 頭を抱える俺に、さっきの幸せそうな高田の顔が思い浮かんできた。俺の中の悪魔が目覚めちまった。

 俺は灯油と包丁を買って帰宅した。

 最初にこっちに帰ってくるって話を聞いた時、既に俺の中では決まってた。

 高田から金を奪う事は。

 数十年ぶりに実際に見て、計画を変更した。

 殺して金を奪う事に。

 当初いつも通り、騙して借りて逃げる事を考えた。が、いくら何でも、500は借りれない、しかも借りる口実が見当たらない。同級生だったというだけで接点はないし、元から金持ちのあいつは、怪しい儲け話なんかには耳を貸さないだろう。だから脅して持ってこさせるに変更にした。で、高田か婚約者の女の弱みを握ってやろうと思って家に行った。そしてピカピカの車で豪邸から出てくる高田。そこには、恵まれた環境で、幸せそうに暮らしている、ムカつくあいつの顔があった。

 この瞬間殺して奪ってやるに変更になった。本当はそうしたくなかったけど、感情が抑えられなかった。

 もう頭の中は、あいつの、高田の苦しむ顔がどんなかばかり想像して、興奮していた。

 俺は1人の所を時を狙って、実行に移そうと考え、翌日、自宅から出てくる高田を尾行する事にした。

 ほどなくして、昨日と全く同じ時間に、1人で外出していった。そのまま後を付けて行くと、これまた大きな会社に着いた。ここが高田が継ぐ予定の、父親の会社か、と考えると、より一層の怒りが湧いた。

 俺はその後夕方まで時間を潰し、再び高田の会社へ戻ってきた。この時、時刻は午後6時。

 そして、そのまま待つ事1時間以上、時刻は午後7時半を回った所で、会社から高田が出てきた。そのまま国道を走り、自宅とは反対方面へと向かっていった。

 何処へ行く?

 考えながら俺も高田の車を追う。5分ほど走った後、駅近くの集合ビルの脇に車を停めた。

 女でも迎えにきたのか?

 俺の予想通り、集合ビルから同じ歳くらいの、綺麗な女が出てきて、車に乗り込んだ。

 今日は無理だな。

 このまま2人で自宅に帰るんだと思っていた俺は、今日の決行は諦める事にした。

 しかし一応、何かあるかもしれないと思って後を追った。すると途中で夕食を食べていくらしく、2人はステーキ店へと入っていった。

 2人が駐車した場所から、少し離れた場所へ停めて考える。

 やっぱり今日やってしまおう。

 俺は2人が出てくるのを待った。

 金を渡す約束の期限は、もう過ぎている。もう時間がない。1日でも早く決行したい。明日以降、同じように尾行しても、1人になる瞬間なんかあるかわからない。

 多少強引な手段でも今日やってしまおう。要は、高田と女を引き離せばいい。

 瞬時に考えた安易なプランだが、やるしかない。大丈夫だ。きっと上手くいく。俺は自分に言い聞かせて、その時を待った

 店から出てくる二人。談笑しながら車へと近づいていく。その様子を自分の車から見守る。

 そして車にあと少しという瞬間、降りていって声をかけた。

 「あれ?もしかして高田君?」

 車に乗り込もうとしていた高田は、こっちを振り返ると、一瞬不思議そうな顔を見せ、いかにもどちら様ですか?といった表情をしていた。

 「覚えてないかなあ。小学校の時、同級生だった小林だよ」

 俺は感情を押し殺して、大人になった自分を演じて、名前を伝えた。すると何となく思い出したようで、話に応じてきた。

 「ああ、小林君かー。久し振りだね。小学校の時以来だよね」
 「そうだね。高田君は変わってないね。車からでも、すぐにわかったよ」
 「そうかなあ。これでも変わった方だよ」

 お互いハハハと笑ってはいるものの、完全に愛想笑いで、話してても退屈なのは明らかだった。それもそのはず。小学校で6年間一緒だったが、会話なんて数える程しかした事ない。クラスの行事とかで仕方なく話したくらいだ。話しかけられても迷惑なだけだろう。高田の早く切り上げたい心境が見て取れる。証拠に結婚する女を紹介してもくれない。女は俺に軽く会釈をすると、車に乗り込んでいった。気まずい空気になる前に、俺は思い出したかのように話を始めた。

 「あ、そういえば同級生の山本君、最近大変みたいだね。何か相当病んでるみたいだよ」

 山本とは高田と仲が良かった同級生の一人だ。小学校卒業後、引っ越した高田と地元に残った山本が、今も連絡を取っているかは知らないが、仲良かった同級生が大変な状況だと知れば、興味を引けるだろうと思った。案の定、高田の顔が変わって、体をグっと寄せてきた。

 「え、山本どうしたの?何があったの?」

 よし食いついた。

 早く答えを知りたそうに、俺の顔を見つめている。更に気を引くため話を続ける。

 「高田君知らなかったの?仲良かったから知ってると思ってたよ」
 「今でも仲良いし、定期的に連絡取ってるけど、何かあったようには見えなかったよ?あいつに何があったの?」 

 もう頭の中は、山本の事で一杯になったようだ。既に助手席に乗っている女は、退屈そうに携帯を見ている。

 「そっか。じゃあ何があったか知らないんだね。俺も昨日、同級生から聞いたんだよ。仲良いからこそ、知られたくないのかもね……」

 俺は神妙な顔つきを見せて、顎の下に手を添えた。

 「そんなに大変な状況なの?あいつに何があったの?」

 もう何があったか知るまでは、気になって帰りたくないといった様子だ。そんな高田に対し、

 「いや、高田君だけならいいんだけどさ……」

 と助手席に座ってる女をチラッと見た。高田は相当やばい状況なんだと感じたのか、顔を強ばらせる。

 「そんなまずい状況なの?」
 「うん。相当まずいと思う。高田君は仲が良かったから知ってるものかと思ってて」

 俺がそう言い終わると、高田は財布から1枚の名刺を差し出してきた。

 「小林君良かったら、後でここに書いてある番号に掛けてくれないかな?10時以降なら、何時でも構わないから」

 俺は名刺を受け取り、心の中で小さくガッツポーズをした。まさかお前から教えてくれるとはな、と。

 「うん。わかった。必ず掛けるよ。後、本当は誰にも知られたくないだろうから、誰にも言わないでね」

 高田はわかったと言って頷いた。そしてじゃあ後でと言い、帰っていった。

 高田の名刺を見ながら、よし上手くいった、と今度は実際に小さなガッツポーズをした。

 どうやら周りの同年代同様、俺が大人になっていたと勘違いしてくれたようだ。

 そのまま、残り少ない金で牛丼を食べに行き、その後は車の中で待つ事にした。

 そして時刻は午後10時を迎える。

 本当は時間になったらすぐに掛けたかったが、焦ってると思われないために、5分ほど待ってから、電話を掛けた。すると高田も待っていたかのように、すぐに電話を取る。

 「もしもし、今大丈夫?」
 「もちろん大丈夫だよ。わざわざ掛けてもらっちゃってごめんね。早速で申し訳ないけど、山本に何があったか教えてくれるかな?」

 相当心配してる様子が伺えた。俺は外に連れ出すように、話を進める。

 「うん。もちろん教えるけど、もしあれなら、今から山本君に直接会いに行くっていうのはどう?」
 「直接?」
 「うん。多分今から話す事を伝えると、すぐにでも山本君に会いに行きたくなると思うんだよね。聞いたら今一人暮らしみたいだしさ。どうせなら今日会って話した方がいいかなって」

 少し考えているのか、間が空く。

 「俺も直接会いたいけど、今からは……」

 高田は、今から外出する事に抵抗を感じてる様子だった。1人暮しなら容易い事なのにな。ただ、もう少し気持ちを向けさせれば、出てきそうな雰囲気を感じた。

 「会いに行かないにしても、かなり長い話になるから、できれば直接会って話したいんだ。もうこんな時間だし、家の人にも迷惑になりそうだから。ダメかな?」
 
 どうしても外に連れ出したい気持ちを悟られないように、言葉を選んで話した。また少し間が空いてから声が聞こえた。

 「そんなにあいつ大変な状況なのかな?」
 「うん。普通の人なら、自殺しててもおかしくないよ」
 
 俺の最後の言葉が決定打になったようで、その後はすぐに行くと言って、待ち合わせ場所を決めた。

 待ち合わせ場所は、通ってた小学校の近くにある小さな神社だ。木々に囲まれていて、夜は滅多に人が通らないこの場所は、地元の先輩達が、気に入らない後輩をしめるのに良く使っていた場所で、俺も何回かされた事も、した事もある、思い出深い場所だ。

 包丁と灯油、ロープ、それとガムテープを車のトランクに入れ、神社へ向かう。俺は今から初めての経験をしようとしてる事で、興奮と緊張が入り乱れた不思議な気持ちになっていた。

 先に着いて待っていると、すぐに高田の車がやってきた。俺の車の隣に停めようとするが、運転が苦手なのか、中々時間が掛かった。ようやく停めた所で、車のドアが開いた。

 自分が今からどうなるのかも知らずに、高田が現れた。

 「ごめん。遅くなって」
 「いやいや、全然待ってないよ。早かったね」
 「急いできたからね」

 そう言うと少し笑顔を見せた。そしてすぐに真面目な顔に戻り、目的の答えを聞き出してきた。

 「山本に何があったの?あいつとは最近も連絡取ったけど、本当に何もなさそうだったんだ。俺には知られたくない事なのかな?」
 「うーん。知られたくないと思うなあ。だから本当は伝えるべきか迷ったんだよ。本人の了承もなくいいのかなって」

 伝える事なんかないけどな。

 俺はできるだけ興味を持たせ、かつ話を伸ばして様子を伺う。しかし高田はもう待てない様子だ。

 「でも、俺はどんな話だったとしても、山本の力になるって誓うよ」

 その目は真っ直ぐに俺を向いていた。俺はここが勝負だと思い、思い切って言葉を発した。

 「よし、じゃあ今から山本君に会いに行こう。やっぱり本人の口から聞くのが一番いいよ。俺も直接会って聞いたわけじゃないから、いい加減な情報だったら申し訳ないし。住んでる所もここから近いし、俺だって同級生だったから心配だしね」

 言い終わった後、自分でも驚く程くさい言葉に内心赤面していた。しかも教えると言っていたのに話が違う。こんな言葉だけで素直に行ってくれるとは思ってないので、俺はすぐさま次の言葉をどうするか考える。

 しかし高田の反応は予想外だった。

 「わかった。一緒に行こう。あいつが大変な状況なら俺が何とかしたい。小林君悪いけど案内してくれないかな?」

 俺にとって高田がここまでお人好しだったのはうれしい限りで、予想を遥かに越えた理想の展開だった。高田は二転三転する話にイライラする様子もなく、驚く程素直にこちらの思惑に乗ってくる。

 「じゃあ、行こうか。山本君の住んでる所には、車を置く場所がないから、途中でどこかに車停めて、一台になって行こう。」
 「わかった。じゃあ後ろを付いていけばいいんだね?」
 「うん。途中で24時間営業のボーリング場があったから、そこで一台になろう」
 「わかった。じゃあ悪いけどお願いね」

 2人は車に乗り込み、仮想の山本の家へと向かった。

 夜11時も過ぎ、国道を走る車も少ない。出発してから10分ほどで、ボーリング場に着いた。

 ここは週末になると、多くの人が利用するため、深夜でも駐車場は満杯だが、平日の今日は、停まっている車も国道同様少ない。

 俺と高田は一台に乗り換えるため、適当な場所に車を停める。ここでも高田は、駐車に手間取っていた。どちらの車にするかでは、俺が家を知ってるという事から自然と俺の車になった。俺のは、高田のとは違い、中古で買ったボロボロの車だ。

 高田は俺の車に乗り込むと、倒れていた座席を起こし姿勢よく座り直した。俺はじゃあ行こうかと言って走り出す。

 俺の目的場所までは、ここから20分ほどかかる。高田が変な考えが思い浮かばないように色々と話を振って、意識をこちらに向けさせる事にした。

 「転校してからも元気だった?」
 「うん。元気でやってたよ。小林君は?」
 「俺も元気だったよ。色々あったけどね。そういえば小学校時代はあんまり話した事なかったよね」
 「そうだね。2人で車に乗るなんて考えられなかった事だよね」
 「本当だね。人生何があるかわからないね」

 ステーキ店同様お互いにとって退屈な会話が続く。しかし、なるべく会話がとぎれないように、その後も頑張って会話を続ける。
 
 「こんな車でごめんね」
 「いやいや」
 「俺来年結婚するから節約しないといけないんだ」

 結婚する。

 咄嗟に出たこの嘘の話に、高田がこちらを向いた。

 「そうなんだ。おめでとう」

 高田が笑顔になっていたのが、横目でもわかった。話を広げられると思い、結婚の話を振った。

 「高田君はさっきの彼女と結婚の予定は?」
 「ん?あー、えーと、実は俺も今月結婚する予定なんだ。式には山本も呼んでるんだよ。実家に招待状送って、1ヶ月前に返事きたんだけど……」

 照れくさそうな顔の後に、落ち込んだ様子を見せた。

 「そうだったんだ。じゃあ尚更気になるよね。本当つい最近、2週間くらい前の事みたいだから」

 やっぱり今日呼び出して正解だった。高田が山本に、電話を掛けてたらアウトだった。

 やがて車は市街地から離れ、住宅も何もない山道へと入っていった。

 これにはさすがにおかしいと思ったのか、高田が心配そうな顔で聞いてきた。

 「え、こんな所通るの?」
 「うん。この山を越えた住宅街なんだ」

 「こんな山道を越えた先に住宅街なんてあるの?」
 「うん。小さい住宅街があって、その中の小さな古いアパートに住んでるらしいよ」
 「そんな所に1人で?」
 「うん」
 「家族はどこで暮らしてるの?」
 「聞いてみないとわからないね」
 「直接聞くしかないのかな……」
 「うん」
 「そっか……」

 俺は段々嘘を付くのが面倒になり、高田の質問に対して、いい加減な返事を取るようになっていた。高田はそんな俺の態度を不審に思っていただろうが、口には出さなかった。その後は会話の流れも止まり、高田は何もない山道の景色を、ぼんやりと眺めていた。

 車は更に進み、森林に囲まれた、月の光も遮るような、山道の奥へと入っていった。

 高田は相変わらず外を眺めている。車は他に一台も通らない。絶好の条件が整った。いよいよ実行に移す時だ。

 俺はチッと舌打ちを鳴らし、車を停めた。

 「どうしたの?」
 「ごめん。何か車の調子がおかしい。ちょっと待ってて」

 俺はそう言うと、高田の返答も待たずに外へ出て、トランクに入れてある包丁を取り出しに向かった。しかし包丁を取り出す前に助手席のドアが開き、高田が出てきた。

 「どこがおかしいの?」
 「ん?ちょっとタイヤがパンクしてるような感じがしたんだ」

 俺はトランクを開けようとしてた手を止め、しゃがんで後輪のタイヤを見る素振りを見せた。

 「大丈夫?」

 高田も近くに来て一緒にタイヤを見始めた。もちろんパンクなんてしていない。

 「ガクンと車が下がったような感じがしたんだ。後輪のタイヤは俺が見るから、高田君は前輪のタイヤを見てくれない?」

 高田を引き離したかった俺の口調は、多少荒々しかった。

 高田はわかった、と言うと、前輪のタイヤを見にいった。俺は後輪のタイヤを見る振りをしながら、横目で高田をチェックして隙を伺う。

 ハアハア

 自分の息遣いが聞こえる。緊張してるのが良くわかる。こんなに緊張を感じるのは初めてだ。

 高田もこの後、初めての経験を味わう事になる。

 殺される気持ちっていうのを。

 そして高田がトランクとは逆方向に体が向いた瞬間、俺は勢いよくトランクを開けて、包丁を取り出した。

 バン!

 トランクが開く音が鳴ると、高田は気になったようにこちらに目を向けた。

 俺は包丁を右手に取り、左手にガムテープを持ち、少し震えた声で高田を呼んだ。

 「高田君ごめん。ちょっと手伝って」

 立ち上げって近づいてくる高田。俺は包丁が見えないように、腕組みの姿勢になって隠す。高田が近づいてくる、ほんの二、三秒のこの僅かな時間で、俺の心臓の鼓動は凄まじく早くなった。

 「どうしたの?」

 トランクの中を、前かがみで覗いている俺の後ろで、高田の声がする。俺は意を決して振り返り、首を掴んで、包丁を高田に向けた。

 「動くな!」
 「え、え、何?」
 「動いたら殺す」
 「ど、どうしたの?」
 「いいから、車の後部座席に乗れ」

 包丁を顔の前に向けられた高田は、焦った表情で、急いで後部座席の左側に座った。座った高田に対し、尚も包丁を顔の前に差し出す。

 「何!?一体どうしたの!?」

 不安げな表情で聞いてくる高田。俺は安心させるために、

 「大人しく言う事を聞けば、殺しはしないから安心しろ」

 と言って、ガムテープを渡した。

 「それで両足を固定しろ」
 「本当に殺さない?」
 「言う事を聞けばな」

 高田は諦めたように、自分の両足をガムテープでグルグルと巻き始めた。そして巻き終わったら、今度は体を横に倒させて、俺が両腕をガムテープで固定した。この時、抵抗されないか心配だったが、殺しはしないと言う言葉を信じたのか、何の抵抗する素振りも見せなかった。そして最後に口をガムテープで塞ぎ、財布と携帯を奪って、座席のドアを閉めた。

 そして運転席に乗り込み、山道の更に頂上へと向かって走り出した。

 両手両足を固定され、口も塞がれて、身動きが取れなくなった高田は、ぶるぶると体を震わせて、ずっと俺を見つめていた。

 車を走らせる事、5分弱。車は頂上付近に近づいた。バックミラー越しに映る高田は、俯いている。

 山道の頂上少し手前に、車がギリギリ1台通れるくらいの脇道がある。俺はその脇道へ入り、行き止まりになるまで進んだ。行き止まりになった所は、街頭も何もなく真っ暗で、事前に来た事がなければ、パニックになってしまうだろう。そもそも地元の人間が、昼間に山菜採りをする際に利用するぐらいで、夜に来る必要がないのだが。

 俺は行き止まりの表札の前で車を停め、小ライトだけ点けた状態でエンジンを切った。

 バタン

 運転席を降りて後部席のドアを開ける。

 ビリビリ

 そして怯えた目で俺を見ている高田の口を塞いでいる、ガムテープを剥がした。

 「驚いた?」
 「何でこんな事をするの?」

 高田は即座に返答した。俺は思わず少し目をそらしてしまう。

 「最初からこうする目的でお前に近づいたんだ。実は金に困っててさ。お前がこっちに帰ってきたって聞いたからお前から貰えないかなって」
 「じゃあ山本の件は?」
 「全部嘘だよ」
 「そうだったんだ……」
 「で、500万ほど欲しいんだけどさ」
 「それを払えば全部終わりにしてくれる?」

 金額にビックリしない辺りは、さすが金持ちといった所か。俺はうん、と頷き話を進める。

 「実は明日中に金が要る。お前の口座に金は入ってるか?」
 「うん、入ってる。明日中に必ず用意するよ」
 「明日朝一に欲しい。このカードの口座に入ってる?」

 俺は先ほど奪った財布に入っていたカードを見せて、問いかけた。

 「その口座に入ってるよ。明日下ろして渡すからそれで終わりにして欲しい……」

 劣勢になってるのにタメ口の高田に、段々イライラしてきたのが自分でもわかった。自分が襲われた理由が金だったという事がわかり、殺されるわけないとたかをくくっているのだろう。俺はここから強い口調に変わった。

 「明日朝一で俺が下ろしに行くから暗証番号を言え」
 「俺が下ろすじゃダメなの?」
 「お前は金を手にするまでは、自由にさせるわけにはいかない。そのまま逃げるかもしれないだろ?」
 「絶対逃げないよ!だからお願い」
 「信用できるわけないだろ?」

 俺は包丁を高田の頬に当てた。

 この時、時刻は0時を回った。

 高田があの世にいくまで、15分を切る。

 頬に包丁を当てられ、高田の顔色が変わる。俺は包丁の腹で頬をトントンとして、暗証番号を言うように促した。高田は少し目を伏せたあとこちらを見た。

 「あの、電話だけ掛けさせてもらえない?こんなに遅くなって、家の人も心配してると思うし」
 「家を出る時、何て言って出てきた?」
 「今日は話だけ聞くつもりだったから少し出てくるとだけ……」
 「2分で終わらせろ。どの番号だ?」
 「着信履歴の一番最初の番号にお願い」

 俺は言われた通り、履歴を見る。その一番最初には、高田久美子と書いてあった。

 「じゃあ掛けるからな。余計な事言ったり、俺の名前出したら殺す」

 高田はコクリと頷いた。俺は高田の耳に携帯を当て、電話を掛けた。 

 沈黙の中、着信音が鳴り響く。数回の着信音の後、電話を取る音が聞こえた。俺は話すよう高田に目で合図をした。
 
 「もしもし。ごめん、遅くなって。うん。実は昔世話になった知り合いが困った事になっててさ、今から行かないといけなくなったんだ。ごめんね。明日の夕方までには戻るよ。うん。今急いでるから、明日帰ったら詳しく話すね」

 俺は余計な事を話さないか、2人の会話に聞き耳を立てる。話はもうすぐ終わりそうな感じだ。

 「じゃあよろしくね。うん、日曜日の打ち合わせは大丈夫だよ、うん。何着るか考えといてね。じゃあ」

 ガチャッ

 2人の電話が終わった所で、俺は電話を切った。最後の会話が、3週間後に控えた結婚式の打ち合わせであろう事は、明白だった。幸せそうな会話を目の当たりにした俺の口調は、ここから更に強くなる。

 「じゃあ暗証番号言え」
 「明日、下ろす前に言うよ。必ず」
 「今言わないなら殺す!」
 「明日絶対言うから……」
 「早く言えよ!ぶっ殺すぞ!!」

 俺はもう我慢ができなくなってきていた。フーフー、と鼻息が荒くなった俺は、包丁の刃を立てて、高田の首筋に当てた。

 「もう余計な事は話すな。10以内に言わないなら殺す」

 「10、9、8」

 俺は高田の返答も待たずに、カウントダウンを開始した。

 「7、6」

高田が何か言いたげにこちらを見ている。が、構わずにカウントダウンを進めていく。

 「5、4」

 俺は首筋に当てた包丁にグッと力を込めた。

 「3、にー」
 「わかった!言う、言うからやめて!」

 2を言う途中で、高田の声が上がった。俺は心の中で、懸命な判断だと思った。何しろ、このまま言わなければ、本当に殺してしまおうと思っていたからだ。

 「暗証番号は?」

 俺は聞き出した暗証番号をメモに取り、車のダッシュボードに入れた。

 「明日までどうしたらいいの?朝までこのままなの?」
 
 高田が聞いてくる。俺は高田を一瞬見て無言。
 
 「俺この事誰にも言うつもりないよ。明日お金を下ろしたら、カードだけどこかに置いといてくれたらいい。だからもう帰して……」

 俺は相変わらず無言。高田は何か身に不安を感じたのか、必死の表情で話しかけてくる。

 「もう、俺にできる事はないよ。後は明日、小林君がお金を下ろすだけだよ」
 「お前を信用しろって?」

 俺は静かな口調で返す。

 「暗証番号は本当だよ。この状況で嘘なんか言うわけない。警察にも身内にもこの事は言わないよ……」

 俺は意味深げな表情をして、考えてる素振りを見せた。

 もう答えは決まってるのにな。

 そして一度車の外へ出て、通行止めの表札の向こうを見る。

 考えていたのは本当だが、それは高田を帰そうかどうかを考えていたわけではない。

 高田の処分について考えていたんだ。

 行き止まり、と書かれている表札を更に進むと、絶壁になっていて、その崖下には川が流れているのを知っていた。俺は絶壁前まで、トランクへ入れてあるガソリンを運ぶ事にした。トランクを開けた瞬間、高田がビクっと動いた。

 「何を、やってるの?」

 俺が何をやってるかわからない高田は、
緊張した声で、俺に問いかける。両手足を縛られた体は、同じ体勢で前を向くしかできないでいた。

 「何でもないからちょっと待ってろ」

 俺は冷たく言い放ち、トランクを閉めた。そして表札の奥の絶壁前まで、ガソリンを運んだ。そこまでは30秒もあれば着く距離だ。

 戻ってきた俺は、後部席のドアを開けて、高田の口を再びガムテープで塞いだ。高田の目が充血した涙目になったのがわかった。

 高田は、これから自分がどうなるか感じ取ったようだ。

 「んー!んー!」

 必死の形相で運ばれまいとする高田。しかし、両手足を縛られた高田には、何の抵抗もできはしなかった。俺は高田を車外へと出すと、そのままずるずると引きずって、絶壁の方まで運んでいった。運ばれてる間も、高田は動けない体を必死に前後へと揺らし抵抗を続ける。

 が、そんな努力も虚しくあっという間に絶壁へと着く。俺は引きずっていた手を離すと、ガソリンへと目を向ける。すると俺の目線に気づいたのか、同じく高田もガソリンが置いてある方へと目を向けた。

 「!!」

 俺が何をしようとしてるかわかったらしく、より一層の力を込めて、テープを剥がそうと必死になっている。肘だけを使って逃げようとする様子も垣間見えた。

 俺はそんな高田に無表情で、ガソリンを頭から足の先までかける。整えられていた短髪は、ガソリンでぐちゃぐちゃに乱れた。その様がまた、たまらなく快感だった。

 俺は右手にライターを持ち、高田の口のテープを取った。

 「お願いだから殺さないで!お金はちゃんと払うから!」
 「暗証番号聞いたし、もうお前に用はなねーよ」

 俺は冷たく言い放つ。

 「この事は誰にも言わないから!約束するから!」
 「信用できるわけないだろバーカ。最初から殺すつもりだったし」
 「お願いだから殺さないで……」
 「無理だね」
 「俺結婚するんだよ……死にたくないよ!」

 高田の目から大量の涙が流れている。

 「小林君も結婚するからお金が必要なんだよね?足りなかったらいくらでも払うからお願い……」
 「結婚なんかしねーよ」
 「え?」
 「結婚なんかしないって」

 結婚まで信じてたとか冗談だろ?俺がフッと薄笑いを浮かべながら答えると、高田は失意の表情に変わった。

 「全部嘘かよ……」
 「初めからな。全部信じるとは思わなかったよ」

 高田が一瞬の無言の後、こちらを睨みつけた。目からはもう涙は流れていなかった。

 「一生許さない……」

 そう言うと、それ以上命乞いをする様子はなくなった。もう助からない事がわかったのだろう。自分は死ぬのだと。高田はガタガタと震えながら、そっと目を閉じた。

 俺は定番通り、最後に言いたい事はあるか?と問いかけたが、高田は何も話す事はなかった。

 俺は持っているライターに火を付けた。

 「じゃあな高田」

 高田は無言。

 「ああ、言い忘れてたけど、俺昔からお前の事、大嫌いだったんだわ。人生楽勝に歩んでてさ。だから殺す事に、罪悪感も何も感じねーんだ」

 そう言って、俺はライターを高田に投げた。途端に勢いよく火が燃え上がり、全身はたちまち火だるまになった。断末魔を上げる高田。高田の体からは、嗅いだ事もないような、異臭がした。

 俺はその様子を、興奮と快感が入り混じった、絶妙な感情で見守る。

 程なくして、全身黒焦げになり、人間としての原型を留めていない塊が出来上がった。

 俺はその塊を足で蹴飛ばし、川へ突き落とすと、車に戻り、その場を去った。

 ざまあみろ高田。

 さようなら高田。

 一生許さないだと?お前の一生はもう終わったんだよ。

 俺は車の中で、1人笑いながら、山道を下っていった。

3 2人目

 翌日、俺は朝一番で銀行に向かい、高田のカードと、聞き出した暗証番号で、金を引き出そうと試みた。

 これで今日から、大手を振るって街を歩けると、意気揚々だった。しかし、

 「暗証番号が違います」

 機械から耳を疑う声が聞こえてきた。俺はもう一度メモを見て、間違いのないように入力した。

 「暗証番号が違います」

 嘘だろ……

 まさかあいつ死の間際にも関わらず、嘘の暗証番号教えたってのか。ふざけやがって!

 失意の後に、猛烈な怒りが湧き上がってきた。俺は銀行をドタドタと歩き出ると、そのまま車で、当てもなく走り出した。

 もうどうにでもなれ。

 俺の頭の中に理性という言葉はなくなった。ヤクザに金を払わないといけない事など、どうでもよくなっていた。

 しばらく無心で車を走らせると、駅前の学園通りに来ていた。歩行者道路には、多くの学生が歩いている。信号待ちの際、何気なく学生達を見ていたら、たまらなく良い女を見かけた。スリムな体型で足は細く、今どきの可愛い顔に反して、綺麗な長い黒髪をしていた。

 この女を犯したい

 理性のなくなった獣と化した俺は、その女を犯す事だけを考え、女の通う学校を確認し、その場を去った。

 放課後にまた来るからなと、心の中で薄汚い笑顔を浮かべながら。

 放課後までの間、また例のごとくコンビニの駐車場に車を停め、時間を潰す。横になって目をつむっていると、昨日の高田の顔が思いかんでくる。

 嘘の暗証番号を教えた高田に怒りを感じると共に、最後に言い放ったあの言葉が何故か引っかっかていた。

 ゆるさないからな

 もう高田はこの世にいなくなったが、その言葉だけは一生忘れられないだろうな、と感じていた。一度も本気で怒った所なんて見せた事なかった高田の、最後に見せた本気の怒りだったから。

 ウトウトと居眠りをしたりしていると、時刻は午後3時を回っていた。

 俺は急いで車を走らせて、朝見かけた女の学校へと向かった。既に多くの学生が帰宅している最中だった。俺はその学生の列に朝の女が紛れてないか探した。

 もし、見つからなくても違う女を標的にするからいいや、という気楽な気持ちで。

 しばらく目を向けていると。4人で歩いている女集団の中に、朝の女を見つけた。

 よし

 俺は気づかれぬよう、車で少しづつ後を付けていった。

 友達と談笑しながら歩いている女。見れば見るほど良い女だ。今まで俺と関係を持った女は、すぐに股を開くアバズレばかりだった。こんな良い女とは触れ合うどころか、会話した事すらなかっただろう。

 見失わない程度に距離を詰めて後を追っていると、駅前にあるクレープ店に入っていった。このまま路上に停めて待っていると、すぐに大嫌いな警察がやってくる。仕方なく近くのパーキングに停めると、降りてクレープ店に向かった。

 さすがにクレープ店にオッサンが1人で、しかも学生の利用者が多いこの場所へ入るわけにもいかず、食べ終わって出てくるのをひたすら待つしかなかった。

 外からは中の様子が全く見えず、いつ出てくるかわからない。俺は道を探してる振りをしたり、何か周辺に用事がある様子を匂わせながら、同じ場所を行ったり来たりしていた。30分経ってもまだ出てこない。全く女って人種は何をするにも長い、食べたらすぐに出てこいよ、とイライラしながらも女が出てくるのをひたすら、下手な演技をしつつ待つ。

 そして更に15分程経った頃、やっと出てきた。満足気な顔をして、友達4人と駅に向かって歩いていき、そのまま構内へと入っていった。どうやら電車通学のようだ。車をその場に置いたまま、俺も駅構内に入り、女を目で追う。女は定期券のため、そのまま改札口を通っていく。俺も慌ててキップを終点まで買い、改札口を通った。

 急いで追いかけると、友達とバイバイしている場面だった。4人いた女達は、綺麗に2:2へと別れ、目的の女は下り方面のホームへと入っていった。すかさず俺も、何食わぬ顔をして同じホームへと入る。そして女が友達と座ったのと同じ車両に乗り込んだ。

 この頃になると、もう完全に高田の事など頭の中から消え失せていた。

 もう、早くこの女とやりたい。

 それしかなかった。何が何でも、今日必ずやってやると。

 ロングシート席の端、ドア付近に座った2人に対し、俺は対面席の逆方向の端に座り、気づかれぬように目を向ける。

 2人になっても変わらず、楽しそうに談笑している。笑う時などに、口に手を当てて笑う姿は、育ちの良さを感じさせる。時折聞こえてくる声は、驚く程透明感のあるものだった。

 程なくして電車の扉は閉まり、走り出した。時刻は夕方の5時少し前、まだ帰宅するサラリーマンが少ないせいか、電車は空いていた。同じ車両には、例の2人組、ばあさんが1人と、スーツ姿のおやじ2人組、あとは俺が乗っているだけだった。

 すぐに小さい、無人駅のような一駅目に着き、大きな買い物袋を抱えて、ばあさんは降りていった。その様子を何故か目で追ってしまう俺。気づくと、おやじ2人組も目で追っていた。その駅では誰も乗ってこなかったため、電車はすぐに閉まり、また次の駅へと向かい発車した。

 しかしこのおやじ2人組、会社の同僚らしく、隣同士で座ってはいるものの、全く会話がない。1人は40代、もう1人は俺と同じか少し上くらいだろうか?40代の上司と思われるおやじは、がっちりしてる体格で、腕組みをして偉そうに座っている。そしてもう1人は、眼鏡を掛けた細身の優男風で、資料か何かを必死にチェックしていた。恐らく今から打ち合わせにも行くのだろう。ご苦労な話だ。俺には絶対にサラリーマンなんて無理だな。

 そんな事を考えながら、ふと窓の外を見ると、既に真っ暗になっていた。自然と、昔電車に乗って通学していた記憶が蘇る。

 そういえば電車なんかに乗るのは久し振りだ。高校の時以来か。しかも1年の時に中退してるから、15年近くは乗っていない事になる。電車内で他校の生徒と大ゲンカした事は、今でも記憶に新しい。

 その大ゲンカした奴とは後に仲良くなり、良く一緒に遊んでいた。しかしそいつは、19の時に結婚をして、早くから嫁と子供を食わせる為に、必死な生活を送るようになった。すぐ別れるだろうと思っていたが、今では二児の父親、長男はもう小学4年生になる。この前会った時、驚く程穏やかな顔になっていて、その変わりように驚いた。

 みんな歳を重ねるごとに変わっていく。それが当たり前の事なのだが。

 本当にあの頃から俺は、俺だけは変われてないんだな。

 あの時は同じだった周りの奴らとは、もう違う。俺は地獄の道へと進んでしまった。

 電車は二駅目に停まり、おやじ2人組は、結局一度も会話をする事もなく、足早に降りていった。まだあの2人は降りる気配がないので、俺もこのまま座って待つ。

 この駅は割と大きな駅で、結構な人数が乗ってきた。あっという間に車両の席は埋まっていく。俺の隣にも20代前半であろう、スーツ姿の女が座ってきた。そして走り出す電車。

 ガタンゴトン、と揺れながら次の駅へ向かう電車。隣からは良い匂いがしてくる。隣の女も結構な上玉だ。少し茶色に染めた長い髪の毛を後ろで結んであり、ピチっと着たスカートから出ている足は素晴らしく綺麗だった。俺はこの女でもいいな、とか考えていると、次の駅に着くというアナウンスが鳴った。

 すぐさま、あの女が降りるかどうかをチェックする。電車は駅に停まり、扉が開く。さっきの駅で乗ったばかりの、何人かの乗客が降りていくが、女もその友達も席を立つ気配はない。俺はこの駅ではないな、と感じ座り方を正した。

 電車の扉が閉まりますというアナウンスが鳴る。俺は腕組みをして、次の駅まで座ってようとリラックスした姿勢になる。すると、降りないだろうと思っていた目的の女が、友達にバイバイをして降りていった。友達は女に向かって

 「じゃあねー、まい」

 と言っていた。何て書くかはわからないが、まいと言うらしい。

 俺は慌てて席を立ち、扉に向かって走った。乗客はビックリした顔で一斉に俺を見る。俺は関係なしに扉に向かって走り、閉まる直前で、何とか降りる事ができた。みんな俺の事を頭のおかしい奴だと思っただろうな。もう二度と会う事はないから関係ないのだが。

 降りてすぐにまいを確認すると、定期券を取り出して、改札口に向かっている。俺も見失わない程度に距離を空けて後を追う。ポケットの中からキップを取り出して、駅員に渡して改札を出る。

 駅の外に出ると冬の寒さが襲ってくる。冷たい風は俺の薄手のジャンパーを抜けて、体の内部まで入ってくるようだ。

 まいも、寒さに肩を震わせながら歩いて、駅前を離れていく。駅前の少し賑やかな通りを抜けると、すぐに閑散とした住宅街になっていった。

 ここからは、家路に帰るしか考えられない。俺は行動に移すため、まいとの距離を少ししずつ詰めていった。

 いつ、まいが家に着いてしまうかわからない。辺りを見ると、他に歩いてる奴はいない。俺はここだと思い、一気に近づいた。

 「ちょっと、すいませーん。キミ東山高校の生徒だよね?ちょっと聞きたい事あるんだけど、いいですか?」

 俺は確認してあった、まいの通う高校名を出して話しかけた。まいはビクッとして振り返り、おどおどした態度になる。今にも逃げ出したそうだった。俺は安心させるために、精一杯愛想よく、笑顔で続けて話した。

 「いきなり話しかけてすいません。ビックリしましたよね?実はキミの通ってる高校の卒業生なんだけど、今度結婚する事になったんだ。で、当時の担任の先生を式に呼びたいんだけど、住所がわからないんだよね。吉田先生っていう40代後半の先生なんだけど、知らないかな?専門の教科を持ってる先生だから、中々赴任しないはずなんだけど」
 「ちょっとわからないです。すいません」

 まいが首をひねる。そんな先生は存在しないのだから当然だが。俺は当然知ってるという態度を隠して、残念がる演技を取った。

 「そっかー、知らないか。どうしようかな……」

 ここで考える振りをして、少し間を空ける。数秒の沈黙の後に、既に数時間前から用意していた言葉を発する。

 「じゃあ、明日学校の先生に聞いてみてくれませんか?もし知ってる先生がいるようだったら連絡して欲しいです」

 そう言って携帯電話を取り出す。ここまでは俺の計算通りだった。何か用があるふりをして近づき、困った様子を見せる。そして連絡してほしいと携帯の番号を交換するのだ。後は、呼び出す理由を考えて拉致するか、脅すかしよう。学生の女だったら、好きな男の1人や2人はいるだろうから、お前の好きな男が困ってる、とか言っとけばいいか、ともう次の段階を考えていた。

 少なくとも、今ここで携帯電話の番号が聞き出せないとは、考えていなかったのだ。俺はもう交換できるものだと思い、取り出した携帯に登録する準備を始めていた。しかし次の瞬間、

 「ちょっとわからないので、すいません」

 頭を下げてそう言うと、まいは走って去っていってしまった。

 失敗するビジョンを描いていなかった俺は、走り去るまいを、ただ呆然と見つめる事しかできなかった。

 今まで同じような方法で成功してきたのだが、まさかこんなにあっさりと失敗するとは。今まで声を掛けた女は、携帯の番号くらい余裕で交換できた。そういう女を狙ったというのもあるが。今まで俺が声掛けてきた女と、まいは全く違うタイプなのだという事を、改めて思い知った。と同時に、失敗したという負の感情が、理不尽な怒りとなって芽生える。

 舐めやがってクソガキが!

 俺は怒りと寒さで、身を震わせながら電車に乗り、最初の駅で降りると、停めてあった車に乗り換えて家路に帰った。その途中、ヤクザから催促の電話が鳴ったが、無視した。帰りの最中も怒りは消えず、まいを犯す事でしか消えないだろうと思った。

 明日絶対犯してやる!

 今日失敗した事が、まいにとって不幸を増大させる事になる。

 次の日の夕方、時刻は15時半。俺はまいが昨日降りた駅まで車で行き、降りてくるまで待ち伏せする事にした。昨日は17時過ぎに、この駅を降りていたが、それはクレープ店に寄っていたからであって、今日は寄り道せずに帰るかも、という考えで早めの時間から待つ事にした。

 今日は絶対に逃したくない。今日は回りくどい方法は取らない。人気のいなくなった道で、無理やり拉致する事に決めた。刃物で脅せば大人しく付いてくるだろうと思い、高田の時に使った包丁とガムテープを持ってきた。

 多少怒りは収まっていたが、その分性欲が爆発しそうになっていた。あれだけ悶々としてたのに、やらなかった事は初めてだ。早く帰ってこないかと、10分おきくらいに、停車する電車から降りてくる人間を、目を光らせてチェックする。

 16時。まだ降りてこない。

 16時半。まだ降りてこない。

 そして17時になり、辺りは昨日と同じく真っ暗になる。しかしまだ、まいは降りてこない。もしかして見落としてしまった?いや、そんなはずはない。降りてきた人間は1人残らずチェックしたはずだ。俺は自分に言い聞かせて、降りてくるのを待った。

 17時半を過ぎると、スーツを着たサラリーマンも加わり、駅から降りてくる人間は行列が出来るほどになっていた。俺はまだかまだか、と貧乏ゆすりをしながら待つ。小便もしたくなってきた。大体学生が寄り道して帰ってくるんじゃねーよ、とまたもや意味不明な怒りがわいてきた頃、電車が停まって、駅から人がぞろぞろと出てくる。今日何本目の電車か、忘れるほどチェックしてきたから、この電車で降りてくるという期待感は薄かった。

 一応1人1人チェックはするものの、降りてくる集団の中に、まいの姿は見当たらない。また次の電車に期待を込めるか、とまた背もたれに寄りかかろうとした。すると集団から大分遅れて一人の制服の女が降りてきたのが見えた。

 不意をつかれたように身を乗り出して、その女を確認する。間違いない。まいだ!

 ここから俺にとっては天国、まいにとっては地獄の始まりとなっていく。

 昨日と全く同じ装いで降りてきたまいは、そのまま昨日と同じ道を歩いていく。

 まいが通った道の中で、人通りの少なかった場所へと、車で先回りして待ち伏せする。今日は何が何でもやってやると意気込んでいた。顔は知られているので、道を聞くふりをしてなど油断させる事もできない。待ち伏せ付近にまいが来た所で、一気に降りて包丁で脅し車に乗せて、手足口を縛る。時間にして1分あれば十分だ。必ず成功させてやる。

 ほどなくしてバックミラー越しにまいが歩いてくるのが映った。距離はまだ30m近くはある。ゆっくりと近づいてくる。周りに人影は見えない。俺は包丁を手に取り、息を飲んで身構える。20、15、10、5m。

 すぐそばまで近づいてくる足音。そして、まいが俺の車を通り過ぎようとした瞬間、勢いよくドアを開けた。

 バン!

 勢いよくドアが開く音に、ビックリしてこちらを振り向りむいたまい。俺は素早く左腕で制し、右手に持った包丁を首筋に当てる。

 「動いたら殺す」

 この一言は、普通の女子高生には充分すぎるほどの恐怖を与えた。まいは暴れる事も、声を上げる事もできず、パニックになったまま、黙ってこちらの要求に従うようになった。

 「車に乗れ」

 車に乗せるとガムテープで素早く口を塞ぎ、両手を縛る。この時も恐怖に怯えた表情で全く抵抗はしなかった。最後に両足を縛ろうと、ガムテープを適度な長さでちぎった。すると、急に足をバタバタと動かして抵抗し始めた。俺は焦って、つい持っていた包丁で、まいの太ももを傷つけてしまった。綺麗な太ももからは、大量の血が流れ始める。俺はハアハア、と荒い息遣いをした後でひと呼吸おき、

 「次動いたらマジで殺す」

 と言った。まいは痛さと恐怖でだろうか、死んだように動かなくなり、瞳からは大量の涙が溢れていた。俺は両足を縛り、傷付けた太ももをガムテープで雑に止めると、運転席に素早く乗り込み、そのまま一昨日の山へと向かって走り出した。

 運転する俺の後ろでは、まいの鼻水をすする音だけがいつまでも聞こえていた。

 もうこれで5回目だ。

 俺は高田を殺した山道の脇道に車を停めると、車の中でまいを何度も犯した。2回、3回では飽き足らず、たった今5度目のセックスが終わった所だ。4度目の時に、何とか口でやらせようと試みて、脅して無理やり口にねじ込むが、ちっとも気持ちよくない。仕方がないので、再び膣に戻して続行した。

 ゴムなどを持ってきていなかったので、五度のセックスで放出された俺の精液は、まいの膣内に全て出された。一度終わるごとに、膣の周りをティッシュで拭くと、しばらくの休憩の後、再び始める。こんな流れで、既にまいを連れ去ってから4時間半経過、時刻は夜の11時近くになっていた。

 まいは、既に戦意喪失といった感じで、されるがままになっている。2回目までは泣き叫んで嫌がってた挿入も、3回目になると、うんともすんとも言わなくなった。命乞いさえしようとせず、ただただ、時間が過ぎるのを待っているといった感じだ。

 そろそろ性欲も尽きてきた。俺はよし、と心の中で言うと、6回目のセックスに挑む事にした。横向きで呆然と寝ているまいを、再び仰向けにさせると挿入を開始する。やはり回数を増すごとに快感度は下がっていく。6回目になる今回は、とりあえず腰を振って、出す作業になっていた。

 5分ほど腰を動かしてみても、全くイク気配がない。仕方がないので、ここで体勢を変えることに挑戦する。仰向けの体勢をうつ伏せの体勢にさせて、後ろから挿入した。体勢を変えて興奮度が増したのか、先ほどより快感度が高い。俺は程なくして、自分の精液を、幼い女子高生の膣内に発射した。

 6回のセックスが終わり、俺の性欲も底をついた感じがした。もう寸分の量の精液も出る気がしなかった。そろそろ終わらせるかな、と俺はトランクに入れたままにしてあるガソリンを取り出しに向かった。

 まいは、終わったら帰れると思っているのだろうか?ふと疑問に思った。だとしたら謝らなければならない。

 6回目を終えた時に、膣内を拭かれない。その意味を、まいは理解してるのだろうか?俺の性欲が終わったら、帰らせてもらえるなんて甘い夢を見ていたのなら、謝らなければならない。

 高田と同じ時間近くに、処分する事になりそうだ。

 制服はボロボロになり、左の太ももは傷つけられ、膣からは、どこの誰かもわからないおっさんの精液がポタポタと垂れている。この美しい女子高生は、昨日までこうなっている自分を想像できただろうか?今日の朝、家を出るまで考えられただろうか?帰り道に友達と別れた後、家に帰ってご飯を食べて、寝る前に友達や好きな人とメールや電話をして、また次の日に学校に行く。

 そんな普通の女子高生の生活を、今から終わらそうとしている。それもプライドや尊厳をズタズタに切り裂いたままでだ。自分のしている行為が、いかに人間として外れているかは良くわかっている。

 怒りに身を任せ、無理やり拉致して何回も犯してしまったが、性欲がひと段落付き、冷静になって考えてみると、酷い話だ。しかし、ここで始末しないわけにはいかない。顔も見られているし、体内には俺のDNAがこれでもかと入っている。このまま帰せば、明日にでも警察が動き、即日逮捕になるだろう。俺はヤクザに渡すお金も用意できないし、既に人生は終わった身だ。だからこそ、一日でも長く人生を楽しみたい。どうせ終わった人生なら、最後の最後まで、自分の欲求に従順に生きてやると決めた。

 心の中で、言い訳をするかのように自分に言い聞かせ、いよいよ処分に移る手順に入った。

 高田の時と同じく、まずガソリンを絶壁の前へと運ぶ。そして戻ってくると、まいを運ぼうと体に手を掛けた。この時、まいが持っていた鞄も、一緒に運ぼうと手に取った。とその時、鞄の中から教科書やノート、筆記用具などの私物がバサバサと落ちた。

 その中に、赤い小さな小銭入れのような財布もあった。中を見ると、千円札が三枚と、学生証が入っており、村上麻衣と書いてあった。この時初めて、麻衣の苗字を知り、字をどう書くのかがわかった。と同時に麻衣は俺の名前すら知らないんだな、と何とも言えない気分になった。

 麻衣はずっと、俺を虚ろな目で見つめている。俺は目を合わさないように、私物を手に取って鞄に戻していった。

 鞄に戻してる最中、更に教科書類に挟まって、旅行計画という手書きで書かれたしおりを見つけた。ページをめくると、

 「高校生活思い出総決算。沖縄旅行!」

 と書いてあった。そこには旅の計画とメンバーの名前、そして一人一人の将来の夢と高校生活の思い出が書いてあった。麻衣は現在高校3年生で、3月に卒業するそうだ。

 卒業後はデザイン学校へ行き、将来はファッションデザイナーになるのが夢だと書いてあった。見た目からは意外だと感じた。

 そういえば俺も小学校までは、野球選手になりたいという夢があったな、と思い出した。いつの間にか夢を忘れ、人の道を外れてしまったのはいつの頃からか。

 そして思い出の欄には、学園祭や修学旅行、体育祭などの事が長々と綴られており、最後に

 「色々あった高校生活だけど、みんなと出会えて毎日楽しかったよ。卒業後は別々の道を歩むけど、一生友達でいようね」

 という文章で締められていた。

 旅行は来月の卒業式が終わってから、3日後に出発する予定になっていた。

 俺は落ちた私物を全部鞄に戻すと、鞄を肩にかけ、麻衣を車の中から外へ引きずり出した。この時も麻衣は微動だにしなかった。このまま山へ捨てられるのだろうと思っていたからかもしれない。麻衣にとっては、見知らぬおっさんに拉致されたままの状態よりも、このまま放置された方が幾分かはいいかもしれないし、騒がないのも頷ける。もう早く開放してくれ、というのが何よりの願いだろう。

 残念ながらその願いは叶えてあげられないが。

 麻衣を外に出すと、そのままズルズルと、高田を処分した場所まで運んでいった。その運んでいく時に、女子校生を狙うのはこれで最後にしようと思った。

 麻衣は高田を殺した場所まで運ばれてからも、自分が今からどうなるかわかっていない様子だった。不安の表情をしているが、殺されるとは思っていないだろう。
恐らくそれをわかってしまった瞬間、怖くて涙が止まらなくなるか、恐怖で頭が真っ白になってしまうか、それとも絶望で発狂してしまうか、いずれにせよ、今までに体験した事のない感情が、彼女を襲うだろう。静寂の中、崖下の川の流れの音だけが、ザーザーと聞こえてくる。

 いいのか?

 一瞬自分に問いかけた。いや、やらなければ捕まってしまう。すぐに問いかけを否定し、実行しなければという思いに戻した。

 俺はせめて楽に死なせてあげたいと思い、麻衣に背を向け、上着を脱いだ。その下に着ていたシャツを脱ぎ、グルグル巻きにしてロープ状にすると、再び麻衣に体を向けた。

 俺の手に持ってるロープ状になったシャツを見て、いかに世間知らずの女子高生でも気付いたんだろう。逃げようと必死に体を動かそうとしている。塞がれた口からは、何かを叫んでいる。良く聞き取れないが、やめてと何度も言ってるような気がした。

 もう俺にできる事は、素早く殺して、恐怖をなくしてあげる事だけだった。半裸の状態で逃げようとする麻衣の背後に回り、首にシャツを巻いて力いっぱい締めた。

 ヒューヒューという不気味な呼吸音の後、すぐに意識は落ち、体から力が抜けていった。その後もしばらく力を入れ続け、完全に息の根を止めたと確信すると、力を緩めた。

 麻衣の細い首は、絞められた影響で、手首かと思うくらい、更に細くなってしまっていた。目は白目を向き、あの可愛らしかった顔の面影は全くなくなってしまった。

 仕方がなかったんだ。ごめんな。

 心の中で呟くと、死体と鞄にガソリンをかけて燃やした。火が消えるまで、俺は手を合わせ続けた。心の底から申し訳ないと思ったのは、これが初めてだったかもしれない。

 黒焦げになった元美少女を、崖下の川に落とすと、最後にもう一度手を合わせて、俺はその場を後にした。

4 再会

 結局、その日の内に麻衣の両親から捜索願が出され、同じく捜索願が出ていた高田の件から俺の名前が浮上し、4日後に逮捕された。

 2件の殺人を犯した俺は、当然死刑判決を受け、12年後の43歳の年に、執行された。執行当日は怖くて1人では立てなくなり、刑務官に引きずられるように連れて行かれた。

 峠に向かって歩き始めて、もう30分近く経っただろうか。ようやく山の麓までやってきた。ここから山道を登り、そして峠を越えた先に天国が待っている。しかしその前に、何か試練というか、罰的な何かがあるんだろう。それに耐えれて、初めて天国に行けるんだろうと思う。早く天国には行きたいが、何が起こるかわからない。そう考えると、先へ進むのが怖くなってきた。

 しかしせっかくの天国行きのチャンスを逃すわけにはいかない。意を決して山道を登り始めた。緩やかな斜面から段々と急になってくる道、それに伴って霧も出てくるようになった。進むにつれ、霧は次第に濃くなり、視界も悪くなってくる。再び不安で押しつぶされそうになるが、もうここまで来たら、引き返すわけにはいかない。ひたすら山道を前に進み、峠越えを目指した。

 既に辺りは深い霧で覆われていて、数m先が、僅かに確認できるといった状態だ。道の側面は、霧にまみれているが、森林で囲まれているのがわかり、現世の山道と何ら変わらない風景だった。ここをあの世と思えるのは死人くらいだろう。

 今自分がどの辺まで到達したのか、峠を越えるまで、後どのくらい掛かるのか、早く山頂に着いてくれ。そんな事ばかり考えて歩いていく内に、霧が少なくなっていってる事に気付いた。一歩ずつ進むにつれ少なくなる霧。

 やがて霧は完全に消え、視界が良くなり、辺りが良く確認できるようになっていた。するとここで、更にある事に気付いた。そのある事に気付いた瞬間、全身がぶるぶると震えだし、執行当日の気分に戻ったような気分に苛まれた。

 ここは2人を殺した山道と似ているのだ。周りの森林の多さや高さなどそっくりで、所々に色んな種類の花が咲いている光景も、あの日の事を鮮明に思い出させるほど似ている。

 俺は今から何が起こるか何となく察知できたから、ここまで震えが止まらなくなったのだろう。

 すると、少し先の前方から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 「久しぶり高田君」

 声のした方に目を向けると、男と、俯いた女が2人で立っていた。2人とも顔は良く見えなかったが、考えるまでもなく、高田と麻衣だという事はすぐにわかった。高田からは次の言葉は聞こえてこない。俺が近くまで行くのを待ってるみたいだった。

 俺はフーッと深呼吸をして、およそ10m先くらいに見える、2人の元へ歩いていった。近づくにつれ、二人の顔が確認できるようになってくる。高田は無表情で俺を見つめ、麻衣は俯いたまま微動だにしていない。高田の顔を見て体が凍りつきそうになった。麻衣の姿を見て心臓が張り裂けそうになった。

 12年前の姿のまま現れた2人は、俺に対してどのような罰を与えてくるのだろう。目の前にいったら何と言おう。何と弁明しよう。などと考える間もなく、目の前にたどり着いてしまった。2人を目の前にして、俺は体が硬直してしまい、言葉が出てこないどころか、呼吸も安定しない。12年前に、数十人のヤクザを前にした時の緊張感を遥かに超えていた。

 どちらかが話しかけてくるのを、必死に足の震えを抑え、呼吸を整えながら、ただ待つしかなかった。そして数秒、俺にとっては数分にも感じられた沈黙の後、高田が口を開いた。
 
 「ここへ俺達が現れたのは何故か理解できるよね?」

 ゾッとするほど冷たい口調だった。俺はわかってる、という言葉も出てこないまま頷く。

 「俺も彼女も、キミに恨みを持っている。ずっと前から、キミが来るのをまっていたんだよ」

 俺はそりゃそうだよな、と心の中で呟いた。

 「俺はキミに殺された後、このまま天国に行くかどうかを聞かれた。キミに対する怒りが抑えられなくて、そのまま天国に行く気にはなれなかった。そこへ彼女もキミに理不尽に殺されてやってきた。彼女は殺されたショックでしばらく口が聞けなかったよ」

 麻衣にチラッと目をやった。麻衣は依然として俯いたまま顔を上げようとしない。

 「俺は彼女と一緒に、キミの様子を見ていた。最初は全く口を聞いてくれなかったけど、しばらく一緒にいる内に、少しずつ会話をしてくれるようになったよ。俺達はキミの様子を見ながら、現世での思い出を話し合うようになっていった」

 再会してから数分が経ったが、聞こえてくるのは、高田の冷たい声だけだった。 

 「それからはいつも一緒にいて、お互いの今までの人生を語り合って時間を過ごした。麻衣ちゃんも俺の話を良く聞いてくれたよ。中学生の時に、俺が校長先生にイタズラして、大説教された事件を話した時には、笑顔も見せてくれた」

 高田が少し笑みをこぼしたように見えた。

 「ここでは食欲や睡眠欲は感じなく、他にする事もできる事も、楽しみもなかったから、早く天国に行こうかという話も出た。ここにいても虚しいだけだし、いつ来るかもわからないキミを待っていても意味がないんじゃないかと。でもその度に、もう少し様子を、もう少し様子をという結論になり、時間は過ぎていった」

 高田は、また暗く冷たい表情に戻っていた。

 「そしてキミが逮捕されてから5ヶ月が経ち、キミは死刑判決を受けた。これで俺達も心置きなく天国に行けるかと思ったよ……」

 高田が語尾をつまらせる。

 「でもそれじゃ俺らの心は救われなかった。俺らが死んでから、毎日のように泣いていた家族や友達、恋人の姿を見る度に、もう会えない事に絶望と悲しみを感じる毎日だった…… キミは何十人もの幸せを一瞬で奪ったんだ!!」

 耳元で大きな怒号が響いた。俺はビックリしてギョッと顔を引いてしまった。

 「そして更に許せない事が起きた。キミは死刑判決を免れたい一心で、自伝を書き始めた事だ!」

 俺はアッ!と思い出し、心臓が止まりそうになった。

 「急に死ぬのが怖くなったお前は、自身が如何に恵まれない家庭環境だったか、これでもかというほど、同情を集める内容を書き記していた。幸い、俺の両親や久美子、麻衣ちゃんの母親などの訴えにより、出版は差し止められたが、お前の身勝手さに怒りは極限まで達していた」

 高田の口調は、もう俺の知っている男のものではなくなっていた。

 「おい、ここが何をする場所かわかるか?」

 俺はもう尻餅をつく寸前だった。

 自分が今から何をされるのか、既に理解できていたからだ。

5 死人の復讐

 「ここは、お前を……」

 ダッダッ!

 高田が言い終わる前に、俺は振り返って全力で走って逃げた。後ろを振り返る余裕もない。歩いてきた道をひたすら、息が切れるまで走り続けた。

 気付いたら、膝に手を当て、息切れを起こしていた。息を整えて顔を上げると、辺りは再び深い霧に覆われている。これからどうしようか考えるが、答えなど一つしかない。奴等を切り抜けるしか道はない。説得は不可能に近い。自分を殺した人間を目の前にして、許せる奴なんて、この世に存在しないと思う。俺もこんな場所があるとわかっていたなら、奴等を殺す事はなかっただろう。しかしどうやって切り抜けようか?それが問題だ。こんな一本道でどうしたらいい?自分に問いかける。悠長に考えている時間はない。

 油断させてから、一気に走り抜こう。答えが出た。俺は腹を決め、再び振り返った。

 と同時くらいに高田の声が聞こえた。

 「逃げるなよ」

 高田と麻依が歩いてきた。手に凶器らしきものは何も見当たらない。近づいてくる2人に対し、俺は話しかけた。

 「いや、ごめん。つい逃げちまった」
 「やっと口を開いたね。その憎たらしい声を、生で聞くのは久しぶりだ」
 「俺を恨んでるのは当然だよな…… 本当にすまなかった」

 高田が下らない謝罪をするな、といった感じで、フッと鼻で笑った。

 「本当に悪いと思ってるんだ。あの時は色々と追いつめられていて、正常な判断ができなかった。捕まって思い返すたびに、2人に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになる。自伝を書いたのも、助かりたかった訳じゃなく、純粋に反省したかったんだ。信じてくれ」

 2人は無言で近づいてくる。

 「2人が俺に対して、どれだけ怒りがあるかよくわかってる。でも最後に、弁明と反省の言葉を述べさせてくれ」 

 2人は少し先で立ち止った。

 「いいよ。話してみなよ」

 今度は俺が近づいて行って、話し始める。この時、麻衣が顔を上げている事に気が付いた。顔は当時のままだが、高田と同じく、感情の感じられない表情をしていた。

 「俺は捕まってから、毎日後悔してたんだ。2人に対し、毎日祈りを捧げてた。あの時の俺は、本当にどうしようもない男だった……」

 俺は反省の弁を述べながら、2人を抜き去るタイミングを図っていた。

 「あの時は本当に人間として最低な事をした。だけどそれから毎日反省してたんだ。それは信じてくれ。いや、信じて下さい」

 神妙な顔をしながら段々と近づいていき、2人の顔のしわまではっきりとわかる所まできた。2人は動こうとする気配がない。

 「許されるとは思っていないけど、最後に一言言わせて下さい」

 沈黙。緊張感が辺りを包む。

 「本当にすいませんでした。許してください」

 俺は頭を深々と下げた。これ以上ないというくらい、申し訳ないという気持ちを声に込めて。すると近づいてくる2人の足音。俺はその時、全力を出して一気に抜き去りにかかった。もし捕まりそうになっても、力で勝てる麻依の方向から。

 麻依はそれでも動こうとしなかった。それどころか、高田も全く俺を止めようとする気配がない。

 呆気なく2人を抜き去って、また先ほど、霧がなくなった辺りまでやってきた。息を切らしながら、再び峠越えを目指す。日にこんなに走ったのは、本当に久しぶりだ。

 歩きながら先ほどの事を思い出す。何故2人とも動こうとしなかったのか?俺を止めようとしなかったのか?こうなる事がわかってたかのように、見送ってるような感じだった。通り過ぎる瞬間に見た麻衣の顔は、俺を哀れんでるようにも見えた。

 もしかして俺の謝罪に心を動かされたのか?そうだとしたら、もったいない事をした。あのまま謝罪で押し切るべきだったかもな。そんな事を考えながら歩き、息が整ったら、速足で前へ進んだ。

 後方を気にしつつも、どんどん先へと進み、いよいよ頂上が見える所までやってきた。あの頂上を過ぎたら、峠越え達成だ。俺は一気に駆け足で向かった。もうここまで来れば、例えあいつらが追ってきても、俺を捕まえる事はできない。

 ざまあみろ!俺はまんまと天国に行ける事が決まったんだ。さあ、あそこに見える頂上を越えたら、峠越え達成だ。これで俺は天国に行けるんだ!

 もう俺の心は天国に行けると確信して疑わなかった。もう肉眼ではっきりと確認できる、頂上へと向かって走った。

 しかしその時、何やら足音が聞こえるのに気が付いた。
 
 ん?何だあれは?

 前方に複数の人影が見える。暗くて顔は確認できない。数は1、2、3…… 全部で7人いる……

 誰だよ?

 お前らはいったい誰なんだ!?

 ここから地獄が始まる事になる

 こういう世界があると知った時から、高田と麻衣が現れる事は想定できた。しかし今回は思い当たる節が全くない。不安とほんの少しの苛立ちを感じながら、前方に見える7人の人影の元へと、近寄っていった。

 もしかしたら天国から、俺を迎えに来た使者なのかもしれない。そんな淡い期待を僅かにい抱きながら。

 そんな事はあり得ない、と頭では分かっていたはずなのに…… 

 7人の中の1人を見て、驚きを隠せずにはいられなかった。一度しか見た事ない顔だが、すぐにわかった。

 高田の女がいる。しかも最初に会った時の姿のままで。その他にも知ってる顔がいるような気がするが、思い出せない。

 俺が近くに到達するやいなや、7人が自己紹介を始めた。

 「はじめまして小林君。健太郎の父の高田正二です」
 「はじめまして小林さん。健太郎の母の高田奈津子です」
 「はじめまして小林さん。健太郎の妻になる予定だった、田中久美子です」
 「久しぶり小林君。高田健太郎の友達の山本洋一です」
 「はじめまして小林さん。麻衣の母の村上裕子です」
 「はじめまして小林さん。村上麻衣の彼氏の松下智也です」
 「はじめまして小林さん。村上麻衣の親友の鈴木千夏です」

 そこには、俺が殺した2人の親や恋人、親友達がズラリと並んで立っていた。

 俺はもう頭がこんがらがって、訳が分からなくなっていた。それでも目の前にあり、すぐ手が届く範囲にある天国を逃してたまるか!、という思いで7人を強行突破しようと試みた。先ほどと同じく、力の弱い、高田の女である久美子の所から。

 が、すぐに何者かの手によって阻まれた。前に進もうとする俺の体を、後ろからとてつもない力で制止しようとする者がいる。顔も押さえつけられて振り向く事もできない。手も足も動かす事ができず、金縛りにあったようになった。更に上からも何者かが押さえつけてきて、俺は地面にひれ伏す形となってしまった。

 気が付くと自分の意思とは関係なく、土下座のような体制にさせられていて、声も出せない状態になっていた。その体制から首だけ上げさせられる。上げた先を見ると、先ほどの7人と、新たに2人の男女が俺を見下ろしていた。

 いつの間に、高田と麻衣は俺を抜き去ったのだろう?

 そんな事を考える余裕はなくなっていた。
 
 すると7人は、俺に対して一列に並び始めた。その様子を、高田と麻衣は後ろの方で見つめている。麻衣は先ほど見せた哀れみの表情のまま、高田も先ほど見せた怒りの表情から、哀れみの表情へと変わっていた。

 並び終わると、先頭に立っていた高田の親父が、一歩足を踏み出した。そして一度振り返り、頭を深々と下げると、俺に声を掛けてきた。

 「健太郎が、俺の後を継いでくれるのを楽しみにしてた。たった1人の息子だったのに…… お前が全て壊した。俺はお前を許す事はできない」

 そう言うと、どこに隠し持っていたのかわからない、長さ30㎝程のナイフを手に持ち、俺の背中めがけて、勢いよく振り下ろしてきた。背中にはっきりとナイフが刺さった感覚が残り、背中に激痛が走る。今すぐのたうち回りたいほどの痛みが走るが、動く事ができない。痛みを受けて動けない事が、こんなに苦しいものだと初めて知った。顔だけが苦痛に歪み、汗がダラダラと流れてくる。

 その様子を数秒眺めた後、高田の親父は振り返り 峠を下って行った。

 その次には、高田の母親が同じく一歩前に出て、振り返って頭を下げた後、

 「息子の晴れ姿を楽しみにしてたのに…… この悪魔め!」

 鬼のような形相で叫ぶと、今度もいつまにか手に持っていたナイフで、俺の右足を切り付けてきた。

 「この悪魔め!悪魔め!」

 叫びながら何度も何度も、俺の右足ばかりを必要に。そのたびに激痛で意識が遠のき、失神しそうになる。目の前の何でもない中年女が、恐ろしい悪魔に見えた。

 やがて中年女の姿をした悪魔は、ハアハア、と息を切らしながら、峠を下って行った。

 次は少し若いが、同じく中年の女だ。この女も振り返って頭を下げた後、俺の左足目がけてナイフを振るってきた。

 「私の娘を返せクソ野郎!たった1人の娘だったのに!」

 麻衣の母親だ。初めて知った1人娘だという事実よりも、左足に何度も走る激痛でそれどころではない。もはや思考はほとんど麻痺しており、時が過ぎるのを待つしかなかった。普通なら失神してるであろうほどの痛みが左足を襲う。おまけにさっき刺された背中や右足も、激痛を残したままだった。それぞれに今まで感じた事もないような痛みを与えてくる。何度も気絶してくれ、と自分に願うが、意識が遠のくばかりで切れてはくれない。

 麻衣の母親は、ひとしきり俺の左足に激痛を与えると、最後に娘を一目見て、峠を下っていった。

 母親と目が合った娘は、寂しそうに母親を見送っていた。

 この時点で残り4人、高田と麻衣を入れたら、残り6人もの復讐を受けなければいけない。時間にして1時間もないだろうが、この激痛状態で1分1秒を耐えるのは、苦痛の極みだ。

 しかしまだ僅かな希望もある。それはここでの復讐劇が、ここでの目的であり、残り6人の気の済むまで復讐を受ければ、天国に行けるのではないかという事だ。

 こうなったら1秒でも早く、この復讐劇が終わるのを祈るしかない。俺はこの、あの世でしか味わう事がないであろう痛みに耐えながら、時間が過ぎるのを待っていた。

 次は高田と麻衣の親友だと名乗った2人が前に出た。2人は俺の体を挟むようにして並び、それぞれ右腕と左腕をナイフで切り刻んでくる。右腕は麻衣の親友という鈴木千夏という女が、左腕は高田の親友で、犯行時名前を利用させてもらった山本が、またもや何回も痛めつけてくる。

 「よくも私の親友を!」

 と叫ぶ千夏。

 「勝手に名前を利用した上に健ちゃんまで殺しやがって!」

 と憤る山本。激しい痛みの中、ふと見えた山本の顔を見て、昔の記憶が脳裏をよぎった。

 正直山本の事はあまり記憶にない。そういばこんな顔だったな、といった程度で、話した事さえない男だ。高田の親友だという事実さえなければ、一生思い出す事のなかった人間だろう。

 2人は何やら聞き取れない言葉を発しながら、執拗に腕を傷つけると、吐き捨てるように唾を吐き、峠を下って行った。

 2人から両腕を傷つけられ、いよいよ全身に、高熱で焼かれ続けてるような痛みが襲う。現世であれば間違いなく、感覚が麻痺しているか、意識を失っていただろう。激痛を超えた激痛、としか表現できないくらいの痛みだ。

 これで残りは4人

 恋人と名乗った2人が前に出た。

 2人は、今まですぐに俺を痛めつけにかかった奴らとは違い、一歩前に出ると、それぞれ振り向いて、恋人に最後の別れの言葉をかけた。

 「健ちゃん。結婚式挙げられなくて残念でした。来世でも一緒になりましょう」
 「麻衣。初めて行った渋谷デート楽しかったよ。またな」

 その後しばらく、振り返ったまま見つめ合っていた。別れを惜しんでる様子が、ひしひしと伝わってくる。

 興味がない…… 

 一刻も早く時が過ぎて欲しい俺にとって、激痛から早く解放されたい俺にとって、こんな別れの挨拶は茶番でしかなかった。こんなものを見せられてる間にも、傷付けられた全身が痛むのだから、たまったもんじゃない。

 やっと振り返ると、まずは麻衣の彼氏と名乗った松下という男が、ナイフで俺の顔面を切り付けてきた。額、鼻筋、口、顎と顔のあらゆる所を、容赦のない力で、無言で切り付けてくる。

 今気付いたのだが、血が全く流れてこない。ここがあの世という事を改めて感じさせられた。

 いてー、いてーよ…

 いてーよ!

 もう充分だろう?もう気は晴れただろう?頼むからもう勘弁してくれ……

 そんな声にならない願いなど、聞き入れるわけもなく、その後しばらく俺の顔面を葬った。やっと終わったと思うと、朦朧とする意識の中、男は峠を下っていった。

 さっき受けた痛みもそのままに、顔だけで数えきれないほど切り付けられた。普通なら既に絶命してるほどの痛みを受けても、まだ意識を失う事ができない。

 ここまでされても気絶すら許されないのか?段々自分の中に、怒りの感情が湧き上がってきたのがはっきりと感じ取れた。もし体が動くようになったら、ここに残ってる3人を殺し、峠を下っていった6人を追いかけ、同じように傷つけて殺してやる、と思った。

 そして俺が直接殺した以外で、最後の1人が目の前に立った。

 女は1度見た時と変わらず、清楚な美人の姿のままだった。俺を見つめる顔に怒りの感情は見られない。

 久美子と名乗ったこの女は、苦痛に歪む俺の顔の前に立つと、悲しげな表情で話を始めた。

 「何故あんな残酷に人を殺せるのですか?健ちゃんがあなたに何かしたのですか?」

 沈黙が流れる。声を出したくても出せれない。謝罪することもできない。それは女にもわかってるはずなのに。それでも続けて、質問を投げかけてくる。 

 「健ちゃんを殺した時、どんな気持ちでしたか?私の幸せはあなたに一瞬で奪われました」

 これだけ苦痛に満ちた俺の顔を見ても、まだ執拗に大昔の事を質問してくる。いい加減うんざりだ…… 1秒でも早く気が収まってくれるのを願うしかできない。

 「あなたは健ちゃんが恵まれてると思ってるみたいですが、そんな事はないのです。表面だけで判断して、勝手に嫉妬していただけなんです」

 わかったよ。俺が悪かったのは自覚してるよ。あなたの幸せを奪ってすいませんね!

 「あれから毎日泣いてました。何もやる気が起きませんでした。それからの私の人生は、あなたによって壊されました」

 もううるさい!こっちは今、お前の旦那よりも酷い痛みを受けているんだ。お前よりも遥かに苦しんでるんだ。お前一人の古い話に、いつまでも付き合ってられるか!

 この時、心の中で思っていたはずのこの言葉が、声となって周りに鳴り響いている事に気が付いた。血の気が引いた。

 次の瞬間、女は冷酷な表情に変わり、俺の両耳を切り裂いた。耳が聞こえなくなった。間髪入れず、そのまま両目も切り裂かれた。目の前が真っ暗になり、ついに外界のものが何一つ感じられなくなった。

 暗闇、無音、全身には激しい痛み。流れてくるのは激しい憎悪の感情。

 こいつら、生まれ変わったら必ず殺してやる……

 そう心に決めた。もう自分に嘘を付く必要はない。反省などしていない。こいつらが憎い。

 俺の天国行きはなくなった。

 いや、最初からなかったんだと思う。

 地獄での生活を終えたら、また現れて、こいつらに地獄を見せてやる。

 覚えておけよ。高田、麻衣。

6 永遠の恨み

 私はもうすぐ卒業を控えていた。友達と離れるのは辛いけど、将来の夢は決まっていて、未来に楽しみを持っていた。これからやりたい事が数えきれないほどあったのに。

 友達とは、二度とカラオケ行ったり、喫茶店で楽しく話したり、ご飯食べに行ったりできなくなった。大好きな彼氏とは、手をつないで街を歩いたり、誕生日に一緒に過ごしたり、愛し合ったりできなくなった。

 千夏とは卒業した後も遊ぼうね、と約束していた。離れ離れになるけど、月に一回は集まろうと、笑いながら語り合った。高校生活最後に、と計画していた沖縄思い出旅行を、みんな楽しみにしてたけど、私が死んで行けなくなった。友達は私のために、延々と泣いてくれた。

 智君とは将来結婚しようと誓い合っていた。2年生の時から付き合い始めた初めての彼氏。少し気分屋だけど、優しくて笑顔の素敵な人。ずっと一緒にいようね、と遊園地の観覧車で言われたのが、今でも忘れられないくらいうれしかった。私が死んだ後、違う人と一緒になっちゃったけど、毎年私を見に来てくれていた。

 18年しか生きてないけど思い出をたくさん頂きました。千夏、智君、死後も私のために現れてくれてありがとう。

 そしてお母さん。先に死んでしまって本当にごめんなさい。女手一つで私を育ててくれたのに、幸せな姿を見せてあげられなかった事と、親孝行できなかった事が心残りです。私が死んだ後のお母さんを見るのは、胸が張り裂けそうなくらい辛かったです。

 私達から全て奪った男。

 私は今からその悪魔に復讐します。

 来世でもみなさんと同じ時代で生きたいです。また、お母さんから生まれたいです。

 村上麻衣。享年18歳。

 私はナイフを手に持った。母子家庭だったため、自分で料理をする機会も多かったので、こういったものを使う機械はあったが、人に対して使うのは初めてだ。

 悪魔は五感を奪われ、身動きがとれないでいる。激痛に苛まれた顔は、今すぐにでも暴れ出しそうな予感さえさせる。動けないとわかっていても、やっぱり怖い。しかも今は、仲間もいない。もし反撃にあったら、いくらナイフを持っているとしても、あっけなくやらてしまうだろう。

 目の前の悪魔に復讐したい気持ちとは裏腹に、体が硬直してしまう。何十年もこの瞬間を待っていたはずなのに、体が前に進まない。不安だ……人を傷つけるのが。不安だ……悪魔は動き出さないのか。

 すると私の気持ちを読んでくれたかのように、健太郎さんが私の肩をポンと叩いてくれた。フッと気分が楽になった。私の中で、この男の人はこんなに大きな存在になっていたのだと感じた。お父さん、にはちょっと若いけど、それほど私にとって力強い支えとなる存在に。

 気分の落ち着いた私は、悪魔の顔や背中などを数十回切り付けた。10年以上前に受けた恨み。些細な復讐だが、私の復讐は終わった。これで心置きなく、本当に行くべきだった場所へ行ける。

 健太郎さん。後はお願いします。できれば最後までご一緒したかったです。今まで私の話をたくさん聞いてくれて、時に楽しい話をしてくれてありがとう。

 さようなら。

 私は健太郎さんに抱き付きたい気持ちを抑えて、峠を下った。

 次は幸せになれる事を祈って。

 裕福な家庭の1人息子として育てられ、将来は安泰だった。実際生活環境は、周りの同級生より、遥かに優れていた。

 しかし、その分苦労もあった。俺の家庭環境を快く思わない同級生や、先輩達に陰でいじめられていた。表向きは明るく過ごしていたが、毎日帰り道は泣いていた。次の日も次の日も、物を隠されたり、殴られたりして、辛かった。山本は、そんな俺をかばってくれた大切な親友だ。

 中学は離れた場所の私立に行きたいと両親に告げた。山本と離れたくはなかったが、もういじめに耐えられなかった。

 それからはいじめもなくなり、やっと穏やかな生活を過ごす事ができるようになった。父の会社を継ぐ為に必死で勉強をして、学校でそれなりの友達もできた。行きたかった高校、大学にも合格した。久美子とは大学の時に知り合った。抗議で隣同士になり、色々話す内に仲良くなり、付き合い始めた。人生は充実してた。

 それが、卒業を控えた大学4年の時、突然左目が見えなくなった。突発性の緑内障だった。すぐに手術する事になり、その後2ヶ月入院した。この入院のせいで大学は留年となってしまった。

 これだけならまだいい。問題はそれ以上に、自身のモチベーションの低下にあった。左目が失明してしまった現実と向き合う度に、斜視になった左目を鏡で見る度に、何事もやる気がなくなってしまった。毎日夕方まで寝てては、深夜まで起きてぼーっとする毎日。

 そんな時に久美子は、毎日励ましに来てくれた。4か月後の初夏に、どんな事がおきても一生付いていくと言ってくれた。涙が出るほどうれしかった。子供みたいにワンワン泣いたのを覚えてる。

 それから徐々にやる気を取り戻し、30になったらプロポーズできるよう、一層勉学に打ち込み、2年遅れで大学を卒業した。

 そして数年の時が経ち、ようやく目処が立った。目標の年齢を1年過ぎていたが、それまで支えてくれた久美子にプロポーズし、久美子も笑顔で承諾してくれた。
式には山本も呼んでいて、久しぶりに会えるのを楽しみにしていた。

 それをこいつが

 この男が

 このクソ野郎が

 幸せを奪っていった。殺されるとわかった瞬間、絶望と恐怖を感じると共に、また会えたら、絶対自分の手で八つ裂きにしてやろうと決めた。

 今から俺も悪魔になります。

 高田健太郎。享年31歳。

 やっとこの時がきた。俺の幸せを全て奪った憎き男。その男に復讐できるこの瞬間を、どのくらい待った事だろう。

 ここまで酷い目に合っている人間を見ても、全く心が痛まない。むしろまだまだ足りないとまで思ってしまっている。

 もっと痛めつけてやればいいのに。

 後ろで見てる時もそう思っていた。自分が恐ろしい。人をここまで憎める男になるとは。今から俺がやる行為は、誰にも見せられない。見せた瞬間、誰もが自分の事をこう言うだろう。

 悪魔だと

 これまで小林に復讐した人達は、まだまだ人間としての心が残っていた。なので、血が出たりすると萎縮して、満足に復讐できない可能性があった。、そのため、痛みは残るが、見た目には変化しないよう、ここの番人にお願いしていた。

 しかし、俺にはもう、この男に対して人間としての心は残っていない。しかも見てる者も邪魔する者もいない。思う存分復讐して、地獄以上の恐怖を見せてやれる。

 ここからは、傷付いたら血が出るし、耳を切り裂いたら取れる。人間が肉の破片になっていく過程を堪能できる。自分の体が壊れていく様子を、恐怖に震えながら、痛みに悶えながら、見届けろ。お前が反省する人間でない事は最初からわかっていた。なら後悔させてやる。自分の行為を、後悔したまま地獄へ行け。

 「じゃあ、お願いします」

 俺の言葉と共に、目の前の男の苦痛に満ちた顔が、戻っていく。これまで受けた痛みを、元に戻してもらった。更に、

 「高田悪かったよ。もう勘弁してくれよ……」

 口も聞けるようにしてもらった。すると先ほどまでの諦めの表情を止め、必死に哀願してきた。

 「本当に許してくれ…… もう気は済んだだろ……?」

 こいつは勘違いしている。声を聞けるようにしてやったのは、命乞いをさせるためにじゃない。

 断末魔が聞こえるようにだというのに。

 「おい、聞いてるだろ?高田。もう本当に許してくれよ…… ギャー!」

 予想通りの反応でうれしかった。一瞬希望を持たせたら、すぐに飛びついてくる阿保だ。俺は無言でナイフを手に持ち、右足を切り付けた。小林のズボンの上から血が滲み、やがてポタポタと垂れていく。続けて左足、背中、両腕と切り付けていった。

 「いてー、いてーよー! お願いします!許して下さい!!」

 この叫びがたまらなく快感だった。一回ごとに憎しみの念を込めて、思い切り刻む事、早数分。

 気付けば、顔以外血まみれになった元同級生が出来上がっていた。無心になって、ついこのまま終わりにしてしまう所だった。その前に説明しとかなくては、と思い出し一旦手を止めて、小林に話しかける。

 「ごめんな。60年以上待ったから、ついやりすぎた」
 「ハアハア…… 60年?」

 小林が疲弊しきった顔で質問する。俺はナイフに付いた血を、自分の服で拭きながら答えた。

  「おかしいと思わなかったのか?お前より後に死んだはずの人達が、当時の姿で現れた事に」

 小林が確かにといった表情をした。
 
 「お前は死んですぐここに来たと思ってるみたいだけど、実際は、50年は経っているんだよ」
 「は?どういう意味……?」
 「まあ、無理もないよね。意識が途切れていたんだから。1分でも10年でも、同じに
感じていただけだよ」

 小林は、気付いたように、ハッとした顔をした。

 「お前に恨みを持つ人間が全部現世を去ってから、お前はここに来たんだよ。もちろんその間、俺も麻衣ちゃんも待っていた。先日やっと、お前に恨みを持っていた最後の1人、千夏さんが亡くなったから、お前はここに来たんだ。お前に恨みを持った人間が、最も強く恨みを抱いていた時期の姿で現れて、復讐する。ここはそんな場所なんだ」

 小林が、そうだったのか、と弱く小さな声で、呟いた。

 「あともう一つ。お前はどちらにしても地獄行きは変わらなかったんだよ。このまま峠に行っても、そのまま地獄に落とされてるだけさ。俺らが復讐するかどうかだけの問題なんだよ」

 小林が絶望と怒りに満ちた顔に変わったのが、はっきりとわかった。

 「クソー!」

 みなさん待ってて下さい。復讐はもうすぐ終わります。

 「最初にお前がここに来た時、正直復讐するかどうか悩んでいた。それは、俺の気持ちの問題ではなく……」

 俺が話をしている間、小林は聞く耳を持たないといった感じで、うるせー、殺す、と喚き散らしている。俺は黙らせるために、のど仏を切り裂いた。小林は、ヒューヒュー、という不気味な呼吸音と共に静かになった。もはや意味はないが、それでも話を続けた。

 「麻衣ちゃんが迷っていたからだ。本当にギリギリの所まで考えていたんだよ。久し振りに再開したさっきの時も、彼女は気乗りしていなかった。やっぱりやめようか?という言葉も出たくらいだ。でもそれはお前を哀れに思っていたからではなくて……」

 いや、もうここから先は話しても無意味だ。こいつが知る必要はない。

 俺は全てを終わらせるために、まだ血のりが大分付いているナイフを強く握り直した。

 「父さん、会社を継げなくてごめん」

 ザクッ!左耳を切り取り、地面に捨てた。

 「母さん、先に死んじゃってごめん」
 
 ザクッ!右耳を切り取り、地面に捨てた。

 「久美子、幸せにしてやれなくてごめん」

 ブシュッ!鼻を切り取り、地面に投げつけた。もはや小林は、人間の原型は微塵も留めていない、ただの木偶の坊に変わり果てていた。木偶は、何か喋りたそうに、口をパクパクと開けている。

 俺はここでナイフを捨て、日本刀に持ち替えた。

 「そして麻衣ちゃん、一緒に行けなくてごめんね。俺はとうとうこいつを許す事ができなかった。一緒に行きたかったけど、誰かがこいつに、本当の地獄を見せてやらないといけなかったんだよ。その役目は俺しかいない」

 数十年もの時間を一緒に過ごす内に、既に両親よりも、婚約者よりも、先ほどの成人前の女性が、自分の中で一番大きな存在になっている事に気付いていた。

 「さようなら、小林」

 日本刀を振りかぶり、小林の首筋目がけて、勢いよく振り下ろした。

 激しい音と共に、頭がポロリと胴体から落ち、地面に転がった。俺はその絶命後の小林の頭を、しばらく見つめていた。

 長い時を超えた復讐が、終わりを告げた。

7 決定

 手には冷たい感触だけが残っていた。終わったという安堵感よりも、終わってしまったという失望感のが強かった。

 しばらく転がった小林の頭を見つめていると、背後から足音が聞こえきた。

 「これで良かったのだな?」

 振り向くと、最初に会った、この場所の番人という白髪の老人が立っていた。相変わらず、底の見えない不気味な表情をしている。普通の老人が放つ、穏やかな一面が全く感じられない。

 「はい」

 俺は天を仰ぎながら答えた。老人は、死体となった小林に目を向けると、小さく頷いた。

 「では付いて来るがよい」

 俺は老人の後に付いて歩いた。みんなが行った先とは反対の、山の下りに向かって。

 前を歩く老人は、手を後ろに回し、まるで散歩でもしているかのように、ゆっくりと歩を進めている。老人と会うのは、これで何回目になるだろうか?俺がここへ来てから、時折現れては、、

 「気は変わらないのか?」

 と聞いてくれていた。俺が

 「すいません」

 と答えると、いつも先ほど見せたように、小さく頷いては、どこかへ消えていった。

 俺が殺されて、この場所に来た時、老人は色々と説明してくれた。ここが天国と地獄の狭間である事。未練が残ってる者と、天国に行く資格がない者が訪れる場所である事。そして、この場所では復讐が可能であるという事。

 その話を聞いた俺は、瞬時に復讐をしてやろうと心に決めた。何年、何十年待つかわからないが、やつが来るまで待って、俺がされた以上の事をしてやろうと。

 老人は復讐を決めた俺に対し、意味ありげな視線を送ると、去って行った。その後俺は、麻衣ちゃんが強姦、殺害される様子をここから見ていた。怒りで全身が震えた。

 そして同じく殺された麻衣ちゃんもここへ来た。もちろん彼女にも一通りの説明があったが、彼女は殺されたショックから、話を聞いている間も、上の空といった感じだった。しばらくは口も聞いてくれず、俺に対しても、老人に対しても、心を開く様子はなかった。

 そんな彼女だったが、2週間も経ったある日、突然話しかけてくれるようになった。

 「あなたは何故殺されたのですか?」

 という最初の一言は今でも忘れられない。それからは常に一緒に小林の様子を見ては、話をした。

 最初は生きている頃を思い出し、涙を流す場面も多かったが、1ヶ月も経つと、やっと自分が死んだという現実と向き合えるようになったらしく、そういう事もなくなった。

 更に1ヶ月もすると、時折笑顔も見せてくれるようになった。彼女との会話は、この何もない世界、唯一の喜びであり、楽しみでもあった。

 しかし、小林に対する怒りは収まらず、現世で奴が捕まった後も、死刑判決を受けた後も、ここへ奴が来たら、どうやっていたぶってやろうかと考えていた。彼女も早く死なないかな、と呟いたり、必ず復讐してから天国に行く、と言っていた。

 そして奴が自伝を書き始めた時、俺達はの怒りは更に強まった。毎日、奴がどうすれば自分は助かるのか、と考えている様子を見ながら、怒りに震えていた。

 それから12年。やっと奴が死んだ。てっきりすぐに来るものと思い、いよいよこの時が来たか、と決意を新たにして復讐の時を待った。だが、番人から小林に恨みがある者全員が死ぬまでは、復讐する事ができない、という事を聞いた。

 やる気を削がれたが、元から、この先何十年、何百年でも待つと決めていたので、気持ちに変更はなかった。麻衣ちゃんも同じだと言ってくれた。

 更に40年以上もの時が経ち、とうとう復讐の時がやってきた。その時、また番人が現れ、気持ちは変わらないか?、と問いかけてきた。俺が即座に、変わりません、と告げると、重要な話が二つあると切り出した。

 一つは復讐する際、首を切り落とすとここでの死を意味して、復讐は終わりになるという事。

 そしてもう一つは……

 「着いたぞ」

 気付くと山の入り口付近に立っていた。

 番人はこちらを振り返り、俺の顔をじっと見つめた。

 「己を殺した相手に復讐をする。理不尽極まりない身勝手な理由で命を奪われたのだから、誰もがそういう気持ちになるのは当然じゃろう。お前のした事は間違いではない。間違いではないが……」

 番人は、出会ってから初めて言葉を詰まらせた。その後の言葉は、言わなくても理解できた。

 「わかっています」

 俺が答えると、番人は決意した表情に変わった。

 「すまんな。それがここでのルールなんじゃ」
 「いえ、わかってた上で行った事なので大丈夫です」
 「残念じゃ」
 「長い間ありがとうございました」

 俺が頭を深く下げると、番人は、ではな、と言って去って行った。その後ろ姿は
、心なしか寂しく見えた。そういえば番人が言葉を詰まらせた事が前にも一回あったな、と思い出した。それはもう一つを話した時だった。

 「もう一つは…… いくらあの世といえども、人間を殺してしまったら、自身も地獄に落ちるという事じゃ」

 話を聞いた時、二人とも驚きを隠せずにはいられなかった。それから小林がやってくるまで、麻衣ちゃんは、殺すのだけはやめようね?と何度も強く言っていた。

 その度に俺は、わかってるよ、と頷いていたが、答えは決まっていた。

 必ず首を切って殺してやると。

 麻衣ちゃんは、最後まで俺を心配してくれていた。きっと、俺が小林を殺してしまう事がわかっていたのだろう。俺が想いを寄せていた事も、気付いていたはずだ。

 たとえこの先、地獄で何年苦しむ事になろうが、小林だけは許す事ができなかった。俺を殺した事、家族や久美子を悲しませた事はもちろんだが、何より麻衣ちゃんを、あんな辱めを与えた上で殺した事が、いつまでも脳裏に焼き付いている。

 小林だけは必ず殺す

 日に日にこの気持ちは強くなっていった。彼女と接する時間が長くなればなるほど、小林への怒りは増えていった。

 いつからかわからないけど、俺は麻衣ちゃんを好きになっていた。

 麻衣ちゃん長い間、ありがとう。次の人生では幸せになれる事を祈ってます。俺はしばらく、こっちで過ごしてから、そちらに向かいます。

 次に出会えたら、その時は……

 「ねえ、健太郎さん?」
 「ん、何?」
 「私ね、もうちょっと生きたかった……」
 「うん」
 「次の人生では、お互い幸せになろうね」

罪人峠

罪人峠

殺人犯を、あの世で待ち受ける裁きとは

  • 小説
  • 中編
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-01-22

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