地球でお会いしましょう-記録Ⅴ

記録Ⅴ 要点……結果として、星とサンは一九二六年以降に地球上で合流することが可能。
 僕の飛行機は、ついに地に着いた。
 激しい空中戦の中、対象は地を駆ける恐竜の群れ。空を飛ぶのもいた。武器を有しないP38ライトニング号は、ただ振りかざされる長い尻尾や立ち向かいくる巨大な体躯、背の高い木々の合間を避けるしかなかった。
 それが延々と続く膠着状態は、僕の飛行機墜落でついに終わりを告げた。
 でも、妙に穏やかな着地だった。操縦席に腰を緩やかに下ろしたまま、途端に視界が暗くなる。急に夜が訪れて、操縦パネルが見えない。僕は焦ったが、同時にほっとした。どうやらうまくまいたようだ。地鳴りでもしそうな白黒の鱗を持つ、巨大トカゲのような怪物たちが右往左往しているのが見える。
 それにしても、こんないい木陰があったのか。息を潜めながら眺めていると、急に視界が暗転した。ただの夜じゃない、夜よりも暗い闇が静寂とともに辺りを包む。やがて白く細長いものが浮かんできたのは雲だろうか。僕はなおも息を殺すが、周囲に何らかの気配を感じる。それは恐竜の気配とはまるで違っていた。
 ふと、恐竜が迎える結末を思い出してしまった。ちょっと前に本で読んだことだ。地球に栄えていた恐竜たち、強くて巨大な彼らでさえも、遥か彼方からやってくるとてつもない脅威には敵わなかった。彼らは突如飛来した隕石によって滅びてしまったのだ。
 それが、その出来事が突然訪れたかのように思えた。でも、あまりに突然で、不自然すぎる。隕石が衝突したとして、こんなにも静かに訪れるものなのだろうか?もっとぱっと明るくなって、それから轟音が追いかけてきて、炎と熱を帯びた石は地球と擦れ合って爆発する。隕石ってそういうものではなかっただろうか?
 それに、この暗闇は静かすぎて少し寂しい。隕石が音も立てずにやってきていたとしたら、恐竜たちは僕を置いて絶滅してしまったのだ。一回でも触ってみたかった。空を飛んでいる子となら、もしかしたらお友達になれたかもしれない。
 けれども、暗闇は終わりを告げるようだった。徐々に辺りが白んでいく。よかった。きっとこれからが隕石だ。隕石の恐怖を寂しさで上書きできるように、地球は最後に真っ暗闇を見せてくれたのだ。恐竜たちも暗闇を見ただろうか。静かな夜だと思って、ほっとして眠ってしまったのかもしれない。僕も眠ってしまおうかな。
 やって来るひかりを受け入れるように、僕はゆっくり目を閉じた。
 それでも、何も起こらない。閉じた瞼を貫くほどの眩しさも、爆音も、熱も痛みも来ない。

「サン」

 その代わり、懐かしい声が耳をくすぐった。爆音よりも優しくて、ちょっとだけひんやりとした声。そのひかりの正体を、僕は目を開けずとも知っていた。

「星くん」

 ――本日の上映は全て終了いたしましたァ――
 気の抜けた声と、みんなが立ち上がって歩き去る音が嗚りだした咽をかき消した。
「――!どうして?」
 溢れた熱いもののせいで瞼同士がくっついて離れない。
 ほんとうは、もう君に会うことは諦めていたのに。制御が効かなくなった飛行機に乗って、地球が生まれるまで遡る覚悟も決めていた。
 それなのに、君は僕に会いにきてくれたの?――そうか、君を辿ればよかったんだ。これは僕と君だけが知っている、ずっと変わらないこと。君は僕が初めて見つけた星だということ。
 熱くなった額の上に、重いものがずっしりと重なった。
「魔術師にとって本は命と同等らしい。肌身離さず持っておくんだ」
 僕の本だ。
 いつか帰ったら読もうと思っていたことも忘れていた。どうして君は、僕がほしかったものがわかったの?額から受け取って抱きしめる。表紙の金髪の男の子が懐かしくて愛おしい。
 君は落ち着くまで隣にいた。いつしか館内はふたりぽっちになった。辺りを包む暗闇、でも優しい煌めきが窓から差し込む。
「帰ろう」
 帰ろう。この青い星の上でも、僕らはずっと二人ぽっちだ。

地球でお会いしましょう-記録Ⅴ

地球でお会いしましょう-記録Ⅴ

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-08-29

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted