親友
親友
負傷したアキムに肩を貸して、イヴァンは雪中を進んでいた。戦友の体には弾丸が残っており、摘出しなければならなかった。雪が降りしきり、道の悪さに足を滑らせながらも、しっかりとアキムの身体を支えた。イヴァンには迷いが無かったからだ。
十二年前、イヴァンが暮らす街にアキムの一家が引っ越してきた。それも、イヴァンの実家から歩いて僅か十分の所である。
まだ幼かった彼は、母が焼いてくれた手作りの菓子を籠に詰めて、アキム達を歓迎するため挨拶に向かった。彼は楽しみや喜びが半分、不安と緊張が半分だった。
アキムの両親は、小さな来客と息子のためにお茶を温めて、振舞ってくれた。
「ぼくはイヴァン」
「おれはアキム」
「よろしくね、アキム。これ、お母さんが焼いてくれた焼き菓子。一緒に食べようよ」
「ありがとう、よろしく、イヴァン」
その日から、二人は泣くも笑うもいつも一緒の、無二の親友となった。
ある日の晩、イヴァンはアキムが話してくれた、町の外の世界のお話に心を躍らせていた。
「ぼくが生まれ育ったこの町の外にも、鉄道が続いていて、大きな原野があって、幾つか野山を越えた先に、ほかにも大きな町があるらしいんだ。ぼくも、いつかこの生まれ故郷の外の世界へ、出る事はあるだろうか。その時、世界は、僕達が知る世界の様に、平穏だろうか」
二人して雪の降りしきる街路を走り回って、足を滑らせて、
暮れ方の田畑を通り抜ける時には、果樹の花を見上げていた。
女の子達を見つめていると、胸が高鳴る感覚を、二人して「不思議だ」と小声で呟いた。
背が伸びると、両親に裕福な暮らしをさせてあげたくて、親孝行の術として学問に励んだ。
赤や、黒や、様々な旗が世に広まっても、それは不変のものであると信じていた。
鉄砲が弾けても、大砲が煙を吹いても、
軍楽隊が行進曲を奏でても、勇ましい演説が行われても、
隣にいた同期の兵が倒れても、銃剣を手にして塹壕から飛び出しても、
人の世に哀しみが満ちても、二人はいつも、一瞬だけ互いを見て、微笑む。
幼い頃の様に「ようし、あの木まで競争だ」と何か楽しい事を考えた時の笑みだ。
タタタタタ、と機関銃のけたたましいこと、
進め、進め、止まるな、と指揮官の怒鳴ること、
まるで、遠い世界に来たみたいだ、イヴァン。
アキム、僕は遺書を書かなかったよ。
生きて帰りたいなぁ。
な、君もそうだろう、また家族の皆で、お祝いをしようよ。
何もない日々が、あるだけで嬉しいんだから。
戦いが終わると、相手の旗は取り払われた。
死者の埋葬のため、凍った地面を掘る者。
彼らのために祈る聖職者。
まだ使える鉄砲を拾い集める者。
浅い傷が痛まないうちに、手当てをしてもらう者。
その中に、アキムの姿が無いと気づいたイヴァンは、
「アキム──」
戦争が始まってから、初めて叫んだ。
涙を堪えながら、戦場の中を、探し回った。
「君が息をしていて良かったよ、アキム、さあ病院へ行こう」
「苦労を掛けちまって、すまない」
その、アキムの遠慮がちな一言が、イヴァンの胸を締め付けた。
まるで、今までの一切合切を詫びる様な、もう目の前から去ろうとしている様な、
言葉にしたくない、寂しさが伝わってきたからだ。
「ね、覚えているかい。君と僕が、初めてあった日のことを」
「ああ、お互い、まだ小さかったな」
「うん、そうだね、僕ら、すっかり、変わったかな」
すると、アキムは苦しくても、激痛に耐えて笑って励ました。
「こんな当たり前の事を、話すのも少し恥ずかしいが、俺達は親友だ。俺が、あの街に引っ越した日、お前が会いに来てくれて、嬉しかった。新しい場所で、友達ができるか、不安だったんだよ」
戦いで疲弊しきった体に、満身の力を込めて、アキムをしっかりと支えながら歩くイヴァンも、楽しそうに笑った。
「そうだね、僕達、幸せ者だなって、思うよ。いつも一緒だったね、笑う時も、泣く時も。夕飯だって、よく一緒に食べたし、遊ぶ時も、勉強を教え合う時も、一緒だった。なんだか、うれしいね、うれしいね、アキム」
少しずつ吹雪いてくる、誰にも頼れない、戦地を行く。
幼き頃からの親友二人が、思い出話に花を咲かせて、笑顔で、でも、いつの間にか涙が溢れて。
生きる事は苦しみだ、けれども喜びだ、僕たちは、俺たちは、幸せ者だ、と励まし合いながら。
親友