スレッジ

レッジハンマー(0:0:5)

魚塚:人間 男性想定
ライム:性別不問
デイアフター:性別不問
「慈しみ」:性別不問
ストルツキン:性別不問

兼役推奨 益子:人間 女性想定

※全役 性別不問で構いません。
0:マッチ缶を振ってみると、からからと心臓が跳ねる音がして。
0:その音を、調律師と呼んだ。
0:儚げなフリをした、獣の耳朶(みみたぶ)は
0:穴を空けるにはおしく
0:かと言って鼻腔(びくう)の先は虚空(きょくう)でしかなく
0:透かして見せた未来には、
0:あの子の涙しか存在しなかった。
0:「割いた胸を、何度眺めても、その舌の根は乾かない」
0:モンストロは、理由も、結末も
0:分からずにただ、咆哮(ほうこう)だけがその穴に響いた。
0:明日の夜明けなど、食らいつくせたらよかった。
魚塚:そして、こうやって、振り下ろす。
ライム:こう、こういう感じ?
魚塚:そう、そんな感じ
ライム:ちょっとまだ難しいなあ
魚塚:なんてことないよ、数を数えながらタイミングを合わせればいい。
ライム:わ、わかった、やってみる。
魚塚:ひとーつ
ライム:えい
魚塚:ふたーつ
ライム:おりゃ
魚塚:みーっつ
ライム:おら!
魚塚:よーっつ、いつつ、むーっつ!
ライム:ほいよっと
魚塚:ふう、ほら、簡単だったろ?
ライム:うん!思ってたより!なあなあ、魚塚(うおつか)。これってなんなんだ?
魚塚:知らないのか?モンストロは遅れてるなあ
ライム:なっ、モンストロ差別だぞ!人間だからって生意気だ!
魚塚:ごめんごめん
ライム:ぷんぷん
魚塚:これは……墓標だよ。
0:高く掲げた「大きな槌(つち)」が、
0:僕らモンストロを、殺していく。
デイアフター:もしそこに、愛が芽生えていたのだとしたら。
ストルツキン:「スレッジハンマー」(タイトルコール)
デイアフター:振り下ろされた鉄槌(てっつい)は、この胸に穴を空ける。
デイアフター:所謂(いわゆる)、人には罪があると言う。
デイアフター:では、人以外に罪は無いのか?
デイアフター:そう、例えばこの下敷き鼠(したじきねずみ)。
デイアフター:そしてコムタン虫(ちゅう)。
デイアフター:ナバラ斑蜥蜴(まだらとかげ)に。リオムシゲラ。
デイアフター:このダウナーホールに巣くう環境生物も然り、等しく、罪は無いのか。
デイアフター:それこそ、我々「モンストロ」にも。
「慈しみ」:うるさいわね、あっちに行って頂戴よ。
デイアフター:そう言うな、「モドキ」、同じ「深層」仲間だ、仲良くやろうじゃないか。
「慈しみ」:仲間なんかじゃないわよ!何度も何度も同じ話ばかり。
デイアフター:はて。同じ話なんてしたかな。
「慈しみ」:してるわよ!その話の続きはこう。
「慈しみ」:では我々モンストロに課された罪とは何なのか。
「慈しみ」:こうして深層に潜り、暗闇を見つけても何も見えやしない。
「慈しみ」:「夜の求愛」もここには届かない、そう、ここは常に夜であり、夜ではないからだ。
デイアフター:素晴らしい!一言一句間違っちゃいない!
「慈しみ」:うん百回聞かせられたら覚えるわよ……。
デイアフター:して、「モドキ」。
「慈しみ」:モドキじゃない……。
デイアフター:モドキはモドキであろう、何せ御前(おんまえ)は大事な毛皮も生えそろってない。
デイアフター:「ちゅうちょはんぱ」なモンストロだ。
「慈しみ」:それを言うなら中途半端、でしょう……。
デイアフター:そうとも言うな。
「慈しみ」:そうとしか言わないのよ。
デイアフター:人間でもない、モンストロでもない、御前は何者なんだね?
「慈しみ」:その質問だって、もう、なん百回めよ!
「慈しみ」:うるさいのよ……独りにしてよ……。
「慈しみ」:何者って、そんなの私が一番知りたいわよ!!!
「慈しみ」:憧れて、何が悪いのよ。
「慈しみ」:うぬぼれて、何が悪いのよ。
「慈しみ」:私は、人一倍努力もしてきた、痛みも耐えた、屈辱だって耐え抜いてきた。
「慈しみ」:でも私の中の「獣(けだもの)」は消えてなんかない。
「慈しみ」:その仕打ちが、この「深層送り」よ。
デイアフター:それはそれはそれは、可哀そうに、ああ可哀そうに。
「慈しみ」:憐れみもいらないのよ!!何回このやり取りすれば気が済むのよ!!
「慈しみ」:何回、何十回、何百回、説明しても理解しやしない。
デイアフター:そうそう、自己紹介がまだだったな、「モドキ」よ。
デイアフター:我はデイアフター……
「慈しみ」:知ってるわよ!!もううんざり!!!
「慈しみ」:貴方の名前は「デイアフター」!!!!
「慈しみ」:大昔に何かの掟を破って「深層送り」になったデイアフター!!!
「慈しみ」:何かをずっとずっとずっと探してる!記憶が一日もたない、「次の日(デイアフター)」を知らない皮肉な名前の「デイアフター」よ!!!
0:とあるバー。
魚塚:うっぷ、ひどい臭いだな。
ライム:仕方ないよ、もう廃墟みたいなもんだもん。
魚塚:それはそうなんだろうけど、それにしたって酷い臭いだ。
ライム:あの事件以来、たくさんのモンストロがここに集まって、おこぼれを貰おうと店中を嘗め回したって言うからね。
魚塚:おげー!じゃあ、この生臭さはモンストロのよだれの臭い!?
魚塚:うひゃー!鼻がもげる。
ライム:そうやってすーぐモンストロ差別するんだから、ぷんぷん。
魚塚:これは差別とは言わない、現実である。まごうことなき現実。
ライム:僕はそんな臭い出ないやい!
魚塚:いやそんなことはない。ライムも十分ひどい臭いだ。
ライム:魚塚ぁ!ひどいよ!
魚塚:……で、ここの店主だった「慈しみ」ってやつはどこに居るんだよ、今。
ライム:……「深層」だよ。
魚塚:「深層」か。
ライム:酷いところだよ。「深層」は。何もない。
ライム:そこには本当に何もない。このダウナーホールだって何もないけど、
ライム:ここには「何もない」がある。
ライム:でも、「あそこ」には、本当に何もない。
魚塚:哲学は勘弁してくれよ。
ライム:そんなんじゃないよ。
魚塚:……臭いにも慣れてきた。さてと、じゃあ、荒らさせてもらおうかね。
ライム:うん。仕事仕事。
魚塚:「人間」の形跡を、なんでもいい、探すぞ。
魚塚:それこそ、髪の毛一本、血液数滴、服の切れ端、身体の一部や持ち物でもなんでもいい。
ライム:ほいきた!それさえあーれーばー?
魚塚:うん。「人間界に帰れる」。
ライム:人間界にいっくぞー!!!
ライム:わっ……とと、危ない危ない。王冠を落とす所だった。
魚塚:いい加減その王冠外せよ、邪魔でしょうがないだろ。
ライム:ダメだよ、これは僕のお宝なんだから。
魚塚:王様でもない奴が被ってたって仕方ないだろ。
ライム:いーの!王様以外が王冠被ったっていいでしょ、もう王様なんて居ないんだから。
魚塚:うーん。それもそうか。
ライム:この王冠と、このガスマスクが僕の「あいでんでんていてい」なのさ!
魚塚:「アイデンテティ」な。
ライム:「あいでんててんてい」
魚塚:言えてない。
ライム:魚塚はすごいなあ、人間は皆そんなに言葉が流暢なの?
魚塚:人間とか関係ないだろ、こういうのは。
0:その時、がたん、とバーカウンターの奥から音がした。
ライム:やばい、誰かいる。
魚塚:まずい、聞かれたか。
ライム:下がって!魚塚!狙われる!
0:のそのそと、巨大な影がこちらに近づいてくる。
0:「モンストロ」だ。ひどく生臭いにおいを放つそのモンストロは、体中にその風貌とは似合わないリボンをつけていた。
ライム:おいおまえ!とまれ!近づくな!
ストルツキン:……あんた、「人間」なのか。
魚塚:ちっ、聞かれてた。ライム!殺るか!?
ライム:殺るー---!!!魚塚!ハンマーちょうだい!!!
ストルツキン:ま、待ってくれ。食ったりなんてしない、食ったりなんてしないよ。
ライム:……あやしい!信用できない!
ストルツキン:本当だ、食べたりなんてしない。絶対に、誓ってもいい。
魚塚:……あんた、それ、何を着てるんだ?
ストルツキン:麻袋。
ライム:麻袋って着れるの?
ストルツキン:ああ。いいものだよ、麻袋は。何か物を入れて運んでもいい。
ストルツキン:でも、着てみても悪くない。
魚塚:へ、へえ……変わってるな、あんた。
ストルツキン:……よく言われる。でも、俺は俺だ。
ライム:……殺る?魚塚。
魚塚:……いや、大丈夫な気がする。
ストルツキン:よかった。あんたは、人間、なのか?
魚塚:……ああ、そうだよ。
ライム:僕の相棒なんだぜ!いいだろ!
ストルツキン:モンストロと、人間で、つるんでるのか……?
魚塚:ああ、そうだよ。
ストルツキン:あんた、その、食欲は……抑えられるのか……?
ライム:魚塚まずそうだもん。
魚塚:それもそれで失礼だけどな。
魚塚:ライムは「深層」生まれだから。人間は食べないんだよ。
ストルツキン:モンストロなのに、人間を食べたいと思わない……?
ライム:そう!僕はね、コムタン虫のギョッチリスープがすき!
魚塚:あのくっさいやつな。
ライム:あのくささがいいんでしょーが!!!
ストルツキン:「深層」って、ダウナーホールの奥底の、「深層」のことか……?
ライム:そだよー
ストルツキン:そこで生まれたら、モンストロも、人間を食べたいって思わなくて済むのか……?
ライム:多分そー
ストルツキン:そう、なのか。
魚塚:……あんたは?こうして、欲しくてたまらない人間が目の前に居て、なんで「食べたい」って思わないんだ?
ストルツキン:……。
魚塚:???
ストルツキン:「人間」も、「モンストロ」も、同じ、だから。
ストルツキン:友達になったんだ。人間と。
ストルツキン:……いや、「益子(ますこ)」と。
0:ダウナーホール「深層」
デイアフター:所謂(いわゆる)、人には罪があると言う。
デイアフター:では、人以外に罪は無いのか?
デイアフター:そう、例えばこの下敷き鼠(したじきねずみ)。
デイアフター:そしてコムタン虫(ちゅう)。
デイアフター:ナバラ斑蜥蜴(まだらとかげ)に。リオムシゲラ。
デイアフター:このダウナーホールに巣くう環境生物も然り、等しく、罪は無いのか。
デイアフター:それこそ、我々「モンストロ」にも。
「慈しみ」:静かにして頂戴よ……。
デイアフター:では我々モンストロに課された罪とは何なのか。
デイアフター:こうして深層に潜り、暗闇を見つけても何も見えやしない。
デイアフター:「夜の求愛」もここには届かない、そう、ここは常に夜であり、夜ではないからだ。
「慈しみ」:だからなんだって言うのよ……。
デイアフター:そう!!!だからなんだと言うのだ!!!!
「慈しみ」:いきなり大声出さないで!!!
「慈しみ」:もう……独りにしてよ……お願いだから……。
デイアフター:そういうでない!「モドキ」よ!
デイアフター:我々は数少ない「深層」仲間!仲良くしようではないか!
「慈しみ」:……地獄ね、ここは……。
デイアフター:ほう。「モドキ」。御前も深層に詳しいのだなぁ。
「慈しみ」:……何のこと?
デイアフター:そう、このダウナーホールとはまさしく「地獄」そのもの。
「慈しみ」:ちょっと待ってよ、その話は初めてきいた。なんのこと。
デイアフター:???
デイアフター:どの話も御前にするのは初めてであろう?
「慈しみ」:なん百回と聞いたわよ!!!いや、いいの、この際そんな事はどうでもいい。
「慈しみ」:地獄ってどういうことよ?
デイアフター:どういうと言われても、そのままの意味だ。
「慈しみ」:そのまま……?
デイアフター:そう!!!それはこのダウナーホール建国の歴史を紐解く事となる!!!
デイアフター:その秘密を受け継いでいくために私は!!!
デイアフター:……私は?
「慈しみ」:わたしは……?
デイアフター:何かを探していたのだが……なんだったか……
「慈しみ」:ちょっと。
デイアフター:そう、私は何か大切なものを……
「慈しみ」:ちょっと!今!大事な事話そうとしてたじゃない!!!
デイアフター:あー…………
デイアフター:所謂(いわゆる)、人には罪があると言う!
「慈しみ」:もう!!!!
0:マッチ缶を振ってみると、からからと心臓が跳ねる音がして。
0:その音を、調律師と呼んだ。
0:儚げなフリをした、獣の耳朶(みみたぶ)は
0:穴を空けるにはおしく
0:かと言って鼻腔(びくう)の先は虚空(きょくう)でしかなく
0:透かして見せた未来には、
0:あの子の涙しか存在しなかった。
0:「割いた胸を、何度眺めても、その舌の根は乾かない」
0:モンストロは、理由も、結末も
0:分からずにただ、咆哮(ほうこう)だけがその穴に響いた。
0:明日の夜明けなど、食らいつくせたらよかった。
0:「慈しみ」の廃墟バー
ライム:えーっと、つまり、ストルツキンはその益子って子のにおいを辿って、ここにたどり着いたわけだ?
ストルツキン:ああ。
魚塚:泣かせるじゃねえか……。
ライム:イイハナシダナァ
ストルツキン:そんなんじゃ、ない。
ライム:でも、もう、食べられちゃってるよ、その益子って子。
魚塚:おい!ライム!
ストルツキン:……わかってる、だから、ここの店主は「深層」送りになったんだ。
魚塚:掟を守らず、丸のみしたって、でかいモンストロとちいさいモンストロが言い触らしまわってたからな。
ライム:あいつらきらーい
魚塚:そう言うなよ。
ストルツキン:掟だか、なんだか知らないが、俺は。
ライム:おれは?
ストルツキン:その、食っちまった店主も、食われた益子も、どちらも、可哀そうだって思うんだ。
ライム:くわれた側はわかるけど、くった側はかわいそうじゃないだろーばかかおまえー。
魚塚:なんでそう思うんだよ。
ストルツキン:食べたいと思ってしまう事も、そいつが本当にそうしたかったかもわからないんだ。
ストルツキン:俺たちモンストロは、「夜の求愛」に「獣」の本質に囚われてる。
ストルツキン:モンストロなんかで居るから、モンストロなんてものがあるから、そんな悲しい事が起きる。
ライム:うーん。
ライム:でも、そういう生き物なんだから仕方ないんじゃない?
ライム:下敷き鼠を捕って食べるのとなんも変わらないでしょ。
ストルツキン:じゃあ、なんで、俺たちはこうして話せる。
ライム:え?
ストルツキン:人間と会話ができる。
ストルツキン:わかりあえるように出来てる?
ストルツキン:取って食うだけの相手の事を、なぜ知る事ができるんだ。
魚塚:……獲って食わなくても、争う事や、殺すことだってするだろ。
魚塚:少なからず、人ってのはそうだ。何かを得る為に人を殺すし、
魚塚:何かを守る為や、何かを晴らす為に平気で殺すよ。
魚塚:殺すに限らず、もっと小規模なやつだって。
魚塚:言葉が通じたって、人は人を傷つける。
魚塚:ヤらなきゃ、ヤられる。関係ない、そんなの。
魚塚:夜の求愛があろうがなかろうが、獣になろうがどうなろうが
魚塚:「人は人と争う」。これは本質だろ。
ライム:難しい話やめてー
魚塚:ごめんごめん。
ストルツキン:でも、分かり合える。
ライム:うっへー
魚塚:オーケーイ。お前が変わり者で楽観的で、お人よしなのはわかった。
魚塚:じゃあ、例えばだがよ?
魚塚:お前の大事なお友達の「益子」を食った「慈しみ」ともわかりあえるのか?
ライム:ぜったいむりー
ストルツキン:……わからない。
ライム:ほーらやっぱりー
ストルツキン:でも、わからないから、そこで終わりって話じゃないはずだ。
ストルツキン:わからないから、わからないからこそ、俺は、ちゃんと話したい。
ストルツキン:それは、モンストロだからとか、掟を破ったからとか、そんな
ストルツキン:何かの枠に入った話なんかじゃなくて。
ストルツキン:「ストルツキン」として「慈しみ」と話したい。
魚塚:……ふーん。
ライム:こいつばかー!超ばかー!ばか超ー!
魚塚:ライム。
ライム:んー?
魚塚:深層って、どうやって行けばいい?
ライム:え、やだ、行かないよ、絶対行かない。
魚塚:そこをなんとか。
ライム:ぜったいやだ!あそこには戻りたくない!
魚塚:そう言うなよ、ちょっと面白そうじゃん。
ライム:やーだ!やだね!絶対やだ!いくら魚塚の頼みでもこれだけは無理。
ライム:考えてもみなよ?深層だよ?なんにも無いんだよ?ほら、「慈しみ」って奴も絶対死んでるって。
魚塚:モンストロは殺されないかぎり死なないだろ。
ライム:じゃあほら、自分で自分を殺すみたいなさ。
魚塚:コムタン虫。10個。奢る。
ライム:深層はこっちだよ、すーぐ行けるルートがあるんだから。
魚塚:お前のそういう所好きだよ。
ライム:おまえじゃない!「御前(おんまえ)」!
魚塚:はいはい。
魚塚:おい、ストルツキン、ついてこいよ。
ストルツキン:え。
魚塚:会いに行ってみようぜ?その「慈しみ」ってやつにさ。
魚塚:俺らも、人間界に行く為に必要なもんがある。
魚塚:どちらにせよ「慈しみ」には用があるんだ。
魚塚:なあに、まずい事になったら任せろよ。
魚塚:「モンストロ」の殺し方は、熟知してっからさ。
ライム:ハンマーーーーーー!!!
0:マッチ缶をこじ開けたその街に、
0:調律師(ちょうりつし)は既に居なかった。
0:音の外れたメッセージボトルで、
0:明日(あす)の夜明けを恨みながらモンストロは
0:口々に捨て台詞を吐いていく。
0:「この街の夜は、愛情を吸っていくんだ。」って。
0: 
0:『ニンゲン』などと言う生き物は、空想だと思われていた。
0:大昔は、そのへんにうじゃうじゃ居たという『ニンゲン』に想いを馳(は)せて
0:どんな、味がするんだろうって。
0:どんな柔らかさで、どんな食感で、どんな瑞々しさ(みずみずしさ)で。
0:モンストロ達の「脳みそ」はそんなことを浮かべては、沈めて
0:空想の腕や足を食べてみるのだ。
0:きっとどんな果物よりもジューシィで、どんな木の実より香ばしい。
0: 
ストルツキン:この街の夜は、愛情を吸うんだ。
ストルツキン:だから、夜な夜なみんな、モンストロは等しく『獣(けだもの)』になる。
ストルツキン:唸り声をあげながら、マボロシの裸体を欲して、いきり立つ。
ストルツキン:そんなことに、疲れてしまったから僕は
ストルツキン:多分、モンストロでいることを辞めてしまいたくなったのだ。
ストルツキン:この街には、モンストロと、モンストロを辞めたい僕が。
ストルツキン:もう会えない友人の残り香と共に、ここにいる。
0:いつかのどこか。
「慈しみ」:ええ、そうなの、ふふふ。
「慈しみ」:存分に見て頂戴。
「慈しみ」:そうよ、私ね、もうモンストロじゃないの。
「慈しみ」:だから、ほら、肌もつるつる。
「慈しみ」:あなた達みたいに、ぼさぼさのモワモワ、ごわごわじゃないでしょう?
「慈しみ」:え?においも違う?
「慈しみ」:そうなの、ふふふ、あなた見る目ある。
「慈しみ」:パインナの実や、アプトーガの樹液、コムタン虫の腹水(はらみず)をね。
「慈しみ」:秘密の配合で混ぜて、からだに塗ってるの。
「慈しみ」:ええ、そうよ、もちろん、身体中激痛。
「慈しみ」:でも、人間になるためだもの。
「慈しみ」:ええ!何もつらくない、だって、見て、美しいでしょう?
「慈しみ」:私は、努力したの。この姿、このにおい、全部。努力したの。
「慈しみ」:よだれだって出ないように、口中を焼いたわ。
「慈しみ」:それでも、どうしても出ちゃう時があるから。
「慈しみ」:ほら、これ、見て。
「慈しみ」:知ってる?「ハンカチーフ」っていうの。
「慈しみ」:昔の人間とね、モンストロはね、よだれは拭ったのよ。
「慈しみ」:ふふ、触りたい?ええ、いいわよ、いくらでも触って。
「慈しみ」:これが人間よ。ふふふ。
0:深層。
デイアフター:うなされていた。
「慈しみ」:……最悪な夢よ。
デイアフター:御前、毛が「ちゅうちょはんぱ」に生えてるな。
「慈しみ」:そうよ……。
デイアフター:どうして?
「慈しみ」:自分で皮を剥いだのよ。
デイアフター:珍妙な。何のために。
「慈しみ」:……人間に、なりたかったからよ。
「慈しみ」:人間に、なりたくて、憧れて、欲しくて、きらきらしてて。
「慈しみ」:羨ましかったから。
デイアフター:では今の御前は「モドキ」だな。
「慈しみ」:……。
デイアフター:「モンストロ」と言えるほど毛も生えておらず、
デイアフター:「人間」と言えるほど綺麗でもない。
「慈しみ」:……わかってる。
「慈しみ」:わかってるわよ!!!!!そんなことくらい!!!
「慈しみ」:皮は突っ張って、決して綺麗とも言えなかった!
「慈しみ」:口の中だって火傷でただれて
「慈しみ」:さぞかし滑稽だったでしょうよ!甘い匂いも、香水を塗るたびに激痛が走る
「慈しみ」:剥いたばかりの敏感な肌に、何度も何度も何度も
「慈しみ」:自分自身が消えてしまえばいいと思って、何度も塗りたくった!
「慈しみ」:それでも、それでも、全然ニンゲンには程遠かった……!
「慈しみ」:肌の張りも、口の滑らかさも、匂いも、なにもかも。
「慈しみ」:わかってるわよ……わかってるのよ!!!自分が!!!!
「慈しみ」:何にも、なれてない事なんて……。
デイアフター:……。
「慈しみ」:殺してよ……もう、殺して……。
デイアフター:モンストロは、死なない。
「慈しみ」:知ってるわよ……そんなことくらい……でも、「殺せば」死ぬ
「慈しみ」:この、頭を、つぶしてしまえば。
「慈しみ」:それこそ、大きな、大きな、両手で持ち抱えるほどの、「スレッジハンマー」でもあれば。
「慈しみ」:死ねるじゃない……。
デイアフター:ここには、私と御前しか居ない。それ以外は何もない。
「慈しみ」:う……うう……地獄よ、ここは、地獄……うう……殺してよぉ……
デイアフター:そう、ここは地獄。地獄とは、罪を浄化するための場所だ。
デイアフター:だから人間は、罪を洗い流す為にここにたどり着く。
「慈しみ」:辿り着く……?
デイアフター:分ける数は7つ。すべての大罪の数と同じ。
デイアフター:7つに分けて初めて、人間の罪は可視化される。
デイアフター:そうして、「連鎖」の中に、また入っていく。
「慈しみ」:「連鎖」……?連鎖ってなんのこと……?
デイアフター:「魂の連鎖」。
「慈しみ」:デイアフター、あなた、何者なの……?
デイアフター:「遺失物」が近づいてきている。
「慈しみ」:あなたが無くしたって言ってたもの?
デイアフター:そうだ。
デイアフター:私たちモンストロに課された罪は。しいて言うのであれば。
デイアフター:「この穴をあけてしまったことだ。」
デイアフター:地獄の釜という言葉がある。
デイアフター:まさしく、ここ、「ダウナーホール」はそれそのものなのだ。
デイアフター:大昔、そこは「罪の国」という名前であった。
デイアフター:「罪」を犯したものすべてが、その国に出づるのだ。
デイアフター:しかし、とんだ馬鹿者がその「地獄」の蓋をあけてしまった。
デイアフター:「罪」だらけになってしまった。
デイアフター:地獄そのものが。
デイアフター:このダウナーホールの建国の歴史には、「神の鉄槌にて、穴があけられた」だの
デイアフター:「大昔のモンストロが縦穴を掘った」だの書されているが。
デイアフター:そうではない。
デイアフター:穴は「下から」開けてしまったのだ。
デイアフター:「放って」しまった。
デイアフター:魂も、罪も、なにもかもを一緒くたに。
デイアフター:そうして、「穴をあけてしまったこと」が「モンストロ」の罪なのだ。
「慈しみ」:そんな、でも、そんなの。
デイアフター:そして、「空いてしまった穴」の上に、街を創った。
デイアフター:そこには「獣」しか居ない。名を「風土街(フウドタウン)」と呼んだ。
デイアフター:しかし、「罪」は洗い流す事も、吹き飛ばす事もできなかった。
デイアフター:そうして、我々が産まれた。
「慈しみ」:私たち、モンストロが、食べる事で……人間の罪を浄化する……?
デイアフター:如何にも。
「慈しみ」:でも、それなら、何故こんなにも人間が珍しいの。
「慈しみ」:昔は、それこそ地獄の釜があいてしまうほどに、多かったんでしょう……?人間が。
デイアフター:簡単な話だ。
「慈しみ」:簡単……?
デイアフター:「罪を、罪と思わなくなった」。
デイアフター:ただそれだけだ。
デイアフター:……近づいてきている。
「慈しみ」:例の……遺失物……?
デイアフター:もう後ろだ。
ライム:みー----っけたー---!!!
魚塚:いたいたいたー!!いたぞ!あれが「慈しみ」だ!
ストルツキン:はぁ……はぁ……二人とも……はやい……
「慈しみ」:あ、貴方は……
ストルツキン:久しぶりだな、「慈しみ」。雰囲気が変わった気がする。
「慈しみ」:……そう、ね。
魚塚:なんだ、つるつるの肌を持ってるって聞いてたけど、全然毛が生えてるじゃないか。
ライム:ほんとだー。
魚塚:隣のモンストロは誰だ?「慈しみ」しか居ないんじゃなかったのか?
デイアフター:……「遺失物」だ。
魚塚:え?なに?遺失物?
デイアフター:それは、私の「遺失物」だ、返してもらおう。
魚塚:ライム、指刺されてるぞ。
ライム:え……えー!?もしかしてこの王冠!?
魚塚:絶対そうだろう。
ライム:やだやだやだやだ!!!絶対やーだ!返さないよこれは!
魚塚:いや、返してやれって。
「慈しみ」:……人間……?
魚塚:あ、やべ。顔隠しとけばよかった。
「慈しみ」:あなた、人間なの……?
ストルツキン:そうだ。「慈しみ」。
「慈しみ」:……そう、なの。そうなのね。
デイアフター:私の物を、返してもらおう。
魚塚:ほら、ライム。返してきなさい。
ライム:うー。もう、しょうがないな……はい、これ、この王冠返すよ。
0:ライムが王冠を外し、デイアフターまで歩み寄る。
0:煌びやかな装飾のついた王冠は、深層の暗闇の前では光もしない。
ライム:はい、どーぞ。
0:王冠を手渡すライム。しかし、デイアフターはそれを受取ろうとはしない。
ライム:?
ライム:ちょっと、早く受け取ってよ。
デイアフター:こんなもの、どうでもよい。
ライム:え?
デイアフター:私の「遺失物」は、「御前」だ。
ライム:え?どゆこと?
0:次の瞬間、デイアフターがライムに触れる。
0:すると、眩い光が深層に広がる。
0:ライムはそのまま、光に溶け、デイアフターに吸収される。
魚塚:ライム……?おい、ライム……?
デイアフター:もうライムは居ないよ、魚塚。
魚塚:どういうことだよ……?
デイアフター:僕が深層に落とされた時から、僕は自分の心を守る為に
デイアフター:ライムという存在を作り出したんだ。
デイアフター:その為に、記憶を半分に分けた。
デイアフター:すると、私は一日しか記憶がもたない身体になってしまった。
デイアフター:でもこれで元通り。
魚塚:おい……ふざけんな……ライムを返せよ!!!おい!!!
デイアフター:それは無理だね。
デイアフター:ライムなんてモンストロはそもそも存在しない。
デイアフター:モンストロですらない存在なんだ。
デイアフター:「夜の求愛」が起きなかっただろう?ライムには。
魚塚:やだ。いやだ。返せ、ライムを返せ!!!
デイアフター:聞き分けがないなあ。ある意味、ライムは私でもあるんだよ。
魚塚:ふざけんな!!!俺は、俺はライムと一緒に人間界に戻るって約束したんだ!!!
魚塚:返せ!!!ライムを返せよ!!!
0:「スレッジハンマー」を、強く握る。
0:いつかのどこか
魚塚:こわい、こわいこわいこわい。なんだよ、なんなんだよここ。
魚塚:毛むくじゃらの化け物だらけだ。
魚塚:なんで、どうして、こんな所に。
魚塚:死んだら楽になれると思ったのに。
魚塚:死んでも、こんな怖い思いをしなきゃならないなんて。
魚塚:どうしたらいい、どうしたらよかったんだ。
ライム:にんげん?
魚塚:う、うわああああ!!!!怪物……!!!
ライム:失礼な!怪物じゃないよ!
魚塚:そ、そんなけむくじゃらで、牙があって、そんなの怪物だろう!?
ライム:あー。モンストロ差別だ、モンストロ差別。
ライム:ひっでーんだー。よくないんだよ、差別って。
ライム:なんか、昔誰かが言ってた。モンストロってのは貴重で大事な存在なんだーって。
魚塚:も、モンストロ……?
ライム:そーだよ、モンストロ。知らないの?あ、にんげんだもんね、知らないか。
魚塚:ここは、なんなんだ……?一体、なんなんだ、お前たちは。
ライム:あー、えっと、ここはダウナーホール。罪を持って死んだにんげんが、ここに来るんだって。
ライム:で、ここで罪を浄化して、また「たましいのれんさ」ってのに戻るって聞いたことある。
魚塚:罪の……浄化……?
ライム:そうそう。7つに切り分けて、モンストロに食べられればいいんだよ。
魚塚:た、食べられる!?
ライム:そうそう。
魚塚:い、いやだ!切り分けるって!そんな痛い事!もうたくさんだ!
ライム:そうかあ、駄目かあ。
魚塚:だ、だめだろ、どう考えても。
ライム:じゃあ、ちょっとわかんないや。ライムにはわかんない。
魚塚:ら、ライム?
ライム:そう、僕の名前がライム。よろしくね。
魚塚:……魚、塚。
ライム:なに?ウォッカ?
魚塚:ち、違う、魚塚。
ライム:魚塚。それが名前?
魚塚:そう、だけど。
ライム:それが君の名前なの?
魚塚:そうだってば。
ライム:へー。へんな名前ー。
魚塚:変って……そんなのおまえもだろ!?
ライム:「おまえ」じゃないよ「おんまえ」!
魚塚:なにそれ。
ライム:おまえ、はハシタナイよ。「おんまえ」って丁寧に言わなきゃ。
魚塚:丁寧なの?それ。
ライム:丁寧だよ。
魚塚:誰が言ってたの?それ。
ライム:誰だっけ。忘れちゃった。
魚塚:……変な奴。
ライム:おんまえもなー
ライム:あ!そういえば人間界に帰る方法いっこある。
魚塚:え!?あるの!?
ライム:うん、えっとね、なんだっけ、なんか、ここに迷い込んだほかの人間の「未練」を使うって言ってた。
魚塚:未練?
ライム:そう。後悔とか、未練とか。そういう気持ちを利用して戻るんだって。
ライム:ひっぱられるから、そっちに。
魚塚:他の人間のじゃないと、いけないのか?
ライム:そうだってきいたー
魚塚:他の人間の……未練。
ライム:その為に、からだの一部とか、物とか、そういうのがあればいいって。
魚塚:じゃあ、他の人間を探せばいいんだな……?
ライム:うん、そーゆーことみたい!
魚塚:じゃあ、探しに行こう、他の人間を。
ライム:えー!なにそれ楽しそう!僕もいっていい!?いいよね!?
魚塚:……よし、ついてこい!
ライム:やったー!ねねね、じゃあさ、じゃあさ、色々教えてあげるよ!ここの事!
ライム:コムタン虫って言う虫がおいしくてー、あとねー、下敷き鼠もおにくがぷりぷりでおいしい!
魚塚:……なに、それ?
ライム:僕もまだ食べたことないんだけどさー!おいしいんだって!
ライム:おなかいっぱい食べたいなー!モンストロは人間ばっか食べたがってるみたいだけどさー
ライム:僕ぁ、断然グルメだからさ、もっといーもん食べたい!
魚塚:ちょ、ちょっとまって
ライム:ん?
魚塚:今なんて言った?
ライム:断然グルメ?
魚塚:違うそのまえ
ライム:モンストロは人間ばっか食べたがる?
魚塚:やっぱりそう言った!?
魚塚:お前もモンストロなんだろ!?やだやだやだ!怖い!
ライム:おまえじゃなくて!「おんまえ」!!!
魚塚:どっちでもいいわ!!!!
ライム:魚塚の事はたべないよー、他のモンストロがどうかは知らないけど
魚塚:な、なんでだよ
ライム:だって魚塚まずそうだもん
魚塚:それは、それで、なんか傷つく
ライム:あ、じゃあさ!じゃあさ!モンストロの殺し方教えてあげるよ!
ライム:えっとね、モンストロはねー、普通に生きてたら死なないんだけど、顔をね、大きなハンマーみたいなのでつぶすとねえー
0:二人は、少しだけ間を取りながら、歩きはじめる。
魚塚:見るに堪えない人生だった。
魚塚:「愛」とは何なのか、を考えない日は無かった。
魚塚:それこそ、いたる時に、いつだって。
魚塚:「らしく」いる事が求められる。
魚塚:どう「らしく」あればいいのか。
魚塚:どう「生きれば」それが正解なのか。
魚塚:こっちに取り繕えば、あっちが立たず。
魚塚:あっちに寄り添えば、こっちが手薄で。
魚塚:生きる事に不器用だったのだ。
0:マッチ缶を握りつぶす事だけが、私を整えると思っていた。
0:整わない旋律は、心の影の戦慄で。
0:いつかのある日に投げたメッセージボトルには、
0:音の外れた笑い声がいつまでも響いている。
0:ただそれを、懐かしい蓄音機から流れるような
0:望郷の気持ちとすり替えただけで。
0:束の間のダンスホールに、ただ、唇を寄せてみただけだった。
0:歩んだ先に、ただ、「信用してみよう」と思えた何かが転がっていただけ。
0:壊す事も、直す事も、生かすことも、信じてみることも
0:すでに、諦めた先の残響でしかなかったのに。
魚塚:返せ!!!返せ返せ返せ返せ!!!!
0:どうしてこんなにも、「殺意」が沸いてくるんだろう。
ストルツキン:魚塚、落ち着くんだ。今それを振りかざしても、なんの意味もないこと、わかるだろう。
魚塚:五月蠅い!!お前に何がわかるんだよ!
魚塚:大事な、大事なライムを盗られたんだ!大事な相棒を!
魚塚:冷静にだなんていられるか!
ストルツキン:彼の話を聞いていただろう?ライムは、元々彼の一部だったんだ。
ストルツキン:彼が、そもそもライムでもあるんだ。
魚塚:違う!!!例え同じ形をしていようとも「ライム」は「ライム」だ!
魚塚:あれは別の何かだ!!
魚塚:お前も!!「モンストロ」じゃない、「ストルツキン」なんだろ!?
魚塚:「益子」ってやつは、人間じゃない、「益子」なんだろ!?
魚塚:「ライム」だって「ライム」だ!!「あいつ」じゃない!!!
ストルツキン:……そうだ、それは、その通りだ。
0:マッチ缶を振ってみると、からからと心臓が跳ねる音がして。
0:その音を、調律師と呼んだ。
0:儚げなフリをした、獣の耳朶(みみたぶ)は
0:穴を空けるにはおしく
0:かと言って鼻腔(びくう)の先は虚空(きょくう)でしかなく
0:透かして見せた未来には、
0:あの子の涙しか存在しなかった。
0:「割いた胸を、何度眺めても、その舌の根は乾かない」
0:モンストロは、理由も、結末も
0:分からずにただ、咆哮(ほうこう)だけがその穴に響いた。
0:明日の夜明けなど、食らいつくせたらよかった。
デイアフター:記憶も、なにもかもが戻った。
デイアフター:そして、おあつらえ向きに、ここには「モンストロ」も「人間」もそろっている。
「慈しみ」:ど、どうするつもりなの。
デイアフター:どうするもこうするもない。
デイアフター:モンストロは、モンストロらしく「浄化を全う」し
デイアフター:人間は、人間らしく「魂の連鎖」に戻るだけの話。
デイアフター:今のこの、「中途半端」なダウナーホールを正しい形に戻すだけ。
ストルツキン:暴れちゃだめだ、魚塚!
魚塚:はなせ!!!放せストルツキン!!!
魚塚:あいつをぶっ殺す!!!ライムを戻さないなら!!あいつをぶっ殺すんだ!
デイアフター:「慈しみ」、決めるのは「御前」だ。
デイアフター:モンストロを一番に否定し、モンストロを遠ざけ、しかし
デイアフター:本能に抗えず、『ニンゲン』を唯一喰らった「御前」が
デイアフター:喰らうのだ。この「人間」を!!!
「慈しみ」:そ、そんな、そんなの、そんなの私には……っ
「慈しみ」:この街の夜は、愛情を吸うんだ。
「慈しみ」:だから、夜な夜なみんな、モンストロは等しく『獣(けだもの)』になる。
「慈しみ」:唸り声をあげながら、マボロシの裸体を欲して、いきり立つ。
「慈しみ」:そんなことに、疲れてしまったから僕は
「慈しみ」:多分、モンストロでいることを辞めてしまいたくなったのだ。
「慈しみ」:この街には、モンストロと、モンストロを辞めたい僕が、ここに居る。
デイアフター:ここから先、この物語を読む君達が「決め」なければならない。
デイアフター:君達が「誰を殺し」「誰を生かすのか」を話し合い
デイアフター:「君達自身」が、この物語の「結末」を決める。
デイアフター:『どうするか、どうしないかは君達次第だ

スレッジハンマー選択肢⓪
選択肢⓪
2つの選択肢を無視し、「君達自身が、君達自身でこの物語の結末を決めた」
 
0:いつかの、どこか。
益子:ねえ、『獣になる』って、姿かたちも変わってしまうの?
ストルツキン:そうだな。みんな同じような『獣』の姿になる。
ストルツキン:毛は逆立ち、4つ足で駆け回り、顔じゅうをよだれまみれにする。
益子:そっか。じゃあ、えっと
ストルツキン:ん?
益子:ちょっと待ってね。そのまま動かないで。
0:益子、ポケットに入っていたリボンを
0:ストルツキンの毛にくくりつけていく。
益子:よし、いいね、可愛い。
ストルツキン:なんだ?これは。
益子:「リボン」。
益子:もし『獣』のストルツキンに出会ってしまっても
益子:ストルツキンだ、ってわかるように。
ストルツキン:わかってどうする。
益子:うん、もし『いよいよダメ』ってなったら
益子:どうせなら貴方に食べられたいから。
ストルツキン:……食べないよ。
益子:うん。
ストルツキン:食べない。
益子:ふふ、わかった。いくね。
ストルツキン:ああ。それじゃあ、またあとで。
ストルツキン:いーち、にーい、さーん、しーい…………
魚塚:あいつをぶっ殺す!!!ライムを戻さないなら!!あいつをぶっ殺すんだ!
デイアフター:「慈しみ」、決めるのは「御前」だ。
デイアフター:モンストロを一番に否定し、モンストロを遠ざけ、しかし
デイアフター:本能に抗えず、『ニンゲン』を唯一喰らった「御前」が
デイアフター:喰らうのだ。この「人間」を!!!
「慈しみ」:そ、そんな、そんなの、そんなの私には……っ
ストルツキン:いい加減にしてくれ!!!!!!!
0:「モンストロ」を「辞めたい」と願っていた彼の声が響く。
ストルツキン:何が「正しい」とか、それが「本来の形だ」とか
ストルツキン:そんな事、そんな事ばかりだ!!
ストルツキン:なんで本能に抗おうとしないんだよ、
ストルツキン:なんで相手をわかろうとしないんだよ!
ストルツキン:見ろよ、目の前の相手を、見ろよ!!!ちゃんと!!!
ストルツキン:言葉が通じる、考えがわかる、モンストロとか、モンストロじゃないとか
ストルツキン:それが違うものだとか、正しいものだとか
ストルツキン:そんな事の前に、俺たちは、こうして今ここで生きてる……
ストルツキン:生きてるだろう!?
0:しん、と静まり返る。
0:誰も口を開かない。数秒前の彼のこだまが少し反響しているだけだ。
ストルツキン:綺麗ごとかもしれない、
ストルツキン:甘い事を言ってるかもしれないのもわかってる。
ストルツキン:でも、「どうして罪は浄化されなければいけない」
ストルツキン:その罪は、「本当に罪」なのか。
ストルツキン:誰も間違いをおかさないのか、後悔しないはずないんだ。
ストルツキン:でも、そんな間違いを犯した後でも。
ストルツキン:それでも、俺たちは生きてる、生き続けてる。
ストルツキン:そうやって、生きていけるんだよ、俺たちは……。
魚塚:……でも、もうライムは帰ってこないんだろ……。
ストルツキン:「ライムは、どこにいる」
魚塚:え……?
ストルツキン:胸がぽっかり空いたように痛い、俺も、そうだった、益子がもう居ないんだって知って
ストルツキン:ずっとずっと、胸が苦しかった、痛かった、穴が空いていた。
魚塚:……そうだよ、胸が、ずっと痛いんだ。
ストルツキン:それは「そこに、ライムがいたからだろ」
魚塚:……。
ストルツキン:益子の居場所も、俺の胸の中だ。
ストルツキン:だから、「そこに、いるはずだろう」、彼らは。
魚塚:……そんなの、あまっちょろすぎるだろ。
ストルツキン:甘っちょろくても、詭弁でも、そうやって、心に折り目をつけて
ストルツキン:生きていくしかない、いや、そうやって生きれるはずなんだ。
ストルツキン:だから、「慈しみ」、俺は許すよ。
「慈しみ」:……あんた……。
ストルツキン:それだけ、伝えたかったんだ。
「慈しみ」:……ごめん……なさい……
「慈しみ」:うっ……うう……ごめんなさい……。
0:ストルツキンは、自身の毛に結ばれたリボンを外していく。
0:両手いっぱいになった「元リボン」を、魚塚に渡そうとする。
魚塚:これ、は……。
0:「元リボン」を受け取る為に手放したその両手から、「スレッジハンマー」はがらりと倒れる。
ストルツキン:これは、益子がくれたリボンなんだ。
ストルツキン:もしかしたら、これがあれば帰れるんじゃないか?
ストルツキン:「人間界」に。
魚塚:…試してみる価値は、ある。
デイアフター:……では、このダウナーホールの「浄化」はどうなる。
デイアフター:存在する意味は?どうすればよいというのだ。
ストルツキン:そんなもの、それぞれが自由に考えたらいい。
ストルツキン:その「スレッジハンマー」だって、握りかた一つで
ストルツキン:人を殺す道具にも、何かを作る事も、壊す事もできる。
ストルツキン:でも、「使わない」で飾る事も、胸の奥に秘めておくことも、全部、自由でいいはずだ。
ストルツキン:そうだろ?
デイアフター:……。
魚塚:ストルツキン。
ストルツキン:できたか?
魚塚:できた。強く念じるだけで、簡単に人間界へのゲートが開いた。
ストルツキン:そうか。
魚塚:相当強く、人間界に戻りたかった念が残っていたか、
魚塚:……それだけ、何かを導きたかったか、だと思う。
ストルツキン:約束したんだ。
魚塚:約束?
ストルツキン:「人間が何を食べるか」教えてもらうんだよ。
魚塚:……そうか。
「慈しみ」:……私は、許されていいの……?
ストルツキン:俺は許す、だけだ。
ストルツキン:でも、「お前」が「お前」を許すかどうかは、自分で決めたらいい。
ストルツキン:浄化して、消し去ってしまうのではなく、さ。
「慈しみ」:……。
魚塚:……これで、人間界に戻れる。
デイアフター:……上手く戻れる保証などどこにもない。
デイアフター:今まで一人だって、それをしようと思った者など居ない。
デイアフター:罪を抱えたまま、戻る者なんて。
魚塚:……でも、戻るって決めたから。罪と、ライムも、一緒くたに。全部抱えて戻る。
0:益子のリボンだったものが、ゆらゆらと光るゲートとなっている。
0:そっと潜るストルツキンを目で追いながら、魚塚は立ち止まる。
魚塚:ストルツキンと一緒に、人間界に戻るよ。
デイアフター:止めはしない。
魚塚:……お前も来るか?
デイアフター:……。
魚塚:ま、だよな。
0:ゆっくりと、魚塚の身体もゲートへと溶けていく。
魚塚:じゃあな、「ダウナーホール」
0:ダウナーホール地上
0: 
0:マッチ缶をこじ開けたその街に、
0:調律師(ちょうりつし)は既に居なかった。
0:音の外れたメッセージボトルで、
0:明日(あす)の夜明けを恨みながらモンストロは
0:口々に捨て台詞を吐いていく。
0:「この街の夜は、愛情を吸っていくんだ。」って。
デイアフター:んしょ……よいしょ……
デイアフター:この、大槌と言うものは、実に重いな……
0:マッチ缶を振ってみると、からからと心臓が跳ねる音がして。
0:その音を、調律師と呼んだ。
0:儚げなフリをした、獣の耳朶(みみたぶ)は
0:穴を空けるにはおしく
0:かと言って鼻腔(びくう)の先は虚空(きょくう)でしかなく
0:透かして見せた未来には、
0:あの子の涙しか存在しなかった。
0:「割いた胸を、何度眺めても、その舌の根は乾かない」
デイアフター:ひとーつ、よいしょ。
デイアフター:ふたーつ、よいしょ。
デイアフター:みーっつ、よいしょ。
0:そうして、愛を何度も捌いては
0:自身を獣と罵る日々は、終わりを告げた。
デイアフター:よっつ、いつつ、むっつ、どっこいしょ。
0:「モンストロ」でもなく「人間」でもなく、
0:「貴方」の選択によって。
デイアフター:ありゃ、杭が一本足りない。実に「ちゅうちょはんぱ」である。
デイアフター:……まあ、いいか。あとは好きな花の種を撒くだけ。
0:ここは「ダウナーホール」。
0:どう生きねばならぬではなく、どう生きられるかを考えることができたなら。
デイアフター:「ばいばい、魚塚、げんきにやれよー。」
0: 
0: 
0:Aエンディング
0:「ばいばい、ダウナーホール」

スレッジ

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  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-06-28

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

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