聖夜の贈り物

聖夜の贈り物

これは、とある魔術師の本から抜粋した、クリスマスについての記録である。

自分がサンタクロースを信じなくなってしまったのは、いつからだろう。

1 魔術師とサンタクロースへの手紙
これは、自分が北の国に住んでた頃のはなし。季節は冬。吐く息は白く、三日三晩降り続けた雪は地を銀色に染めていた。子供たちは雪を投げつけては大はしゃぎ、大人たちはただ黙々と雪かきをしている。
「おはよう、ネイティ・オー?」
そう声をかけたのは、お向かいに住む一家の一人娘・レーナ。今年になって学校に通い始めた、おませで可愛らしい女の子だ。最近は敬称を教わったらしく、早速近所の人々を敬称つきで呼んでは褒められて嬉しそうにしている。最も、魔術師の自分には性別がないため、ネイティ(未婚女性に対する敬称)と呼ばれるのは違和感を覚えてしまうのだが…まあ、無性別であるということは誰にも知られてないから、彼女にも黙っておこう。
「おはよう、ネイティ・レーナ。今日も冷えるね。こんなに寒いのに、一人でお出かけ?」
「ええ、郵便局に行くの!」
「郵便局?誰かに手紙でも出すの?」
こう問いかけると、彼女は一瞬きょとんとして、すぐに大きな声でおかしそうに笑った。
「誰にって…サンタクロースよ!もうすぐクリスマスだもの」
「…ああ!そういえばそうだな」
クリスマス。年に一度、この時期に訪れるイベント。特にこの国はサンタクロース発祥の地らしく、今までに見てきた国の中でも一番賑やかだ。もうそんな時期が来たのかと、時が経つ速さに驚いてしまう。
「へんなひと。この国でクリスマスを忘れているのなんて、きっとネイティだけよ」
「ネイティ・レーナだって、お手紙を出すのはギリギリじゃないかい?今日が十七日だから…あと一週間だよ?」
「なっ…何をお願いするかたくさん考えていただけよ!」
この町には、クリスマス前に子供たちがサンタクロースへの思いと欲しいものを手紙に書いて送る、というおもしろい風習がある。町の郵便局に集まった手紙は、町長の知り合いのサンタクロースのもとに届くらしい。
「…そうだ、ネイティ・オー、郵便局までついてきてくれる?」
「自分が?どうして?」
レーナは答える前に、自分の腕を掴んでずんずん歩いていく。そのまま郵便局に来ると、彼女は自分をクリスマス柄の便箋とペンが置いてある台に連れてきた。台には、カラフルに飾られた文字で"サンタクロースへお手紙を!"という張り紙がある。
「ネイティ、あなたもサンタさんへ欲しいものをお願いするといいわ」
思わず吹き出してしまった。
「自分はいいよ、もうプレゼントを貰うような歳じゃない」
笑いを抑えながら、やんわりと断る。だが、レーナの目は真剣だった。
「あら、クリスマスに年齢なんて関係ないわ。誰にだってサンタさんからのプレゼントをもらうケンリはあるはずよ。私、考えるのだけど、オトナって不思議よね。欲しいものがあるのに、どうしてサンタさんにお願いしないのかしら?」
…レーナの笑顔と純粋な熱弁を前に、下手なことは言えない。それに、彼女の主張にも一理あるような気がした。自分はしぶしぶ、便箋とペンを手に取る。レーナが勝ち誇るように、小さくガッツポーズしたのが見えた。だが、"親愛なるサンタクロースへ"と初めに書いて、ふとペンがとまった。
『自分がサンタクロースを信じなくなったのは、いつからだっけ?』

2 魔術師の思索
書きかけの手紙を前に、自分のクリスマスの記憶を辿ってみる。
自分にサンタクロースを信じる時期があったかというと、それは少なからずあった。そして信じなくなったのは、自分の成長が止まって、友人が子供たちにプレゼントを贈る立場になったとき。ここですでに、「サンタクロース=親」という認識は確かにしていた。ではこのときまでは自分はサンタクロースを信じていたということだろうか?でも何かが引っかかる。なぜかって、自分がどれだけ信じていても、自分のところにはサンタクロースが訪れたことはないのである。…今ならなんとなくわかるが、それはきっと自分の力が由縁だろう。
自分は魔術師で、魔術師はそれぞれ特性としてのオリジナルの力をひとつずつ持っている。自分の特性は、「実体があるものであれば、欲しいものをなんでも錬成することができる」という力だった。だからサンタクロースにお願いしなくとも、ましてクリスマスでなくとも、欲しいものはいつだって手にすることができていた。両親も自分が魔術師であること、それに力のことは理解していて、クリスマスの日にはお互いにプレゼントを交換したり、チキンやケーキといったご馳走を食べたりすることにとどまった。もちろん、枕元にプレゼントが置いてあるということもなかった。
つまり、自分にはサンタクロースという存在は不要だったのだ。そもそも自分に必要ないものを信じたってしょうがないじゃないか。
ふと、便箋のサンタクロースのイラストが目にとまる。白くて立派な髭をたたえ、優しそうに微笑んでいる。それから今朝のレーナの熱弁を思い出した。
「サンタクロースへのお願いに、年齢は関係ない、か…」
とてもステキな言い分だと思う。でも、そもそもサンタクロースの存在を不要としている自分が彼女の考えを支持したとしても無意味なような気がして、なんだか虚しくなった。
手紙は結局、書けずじまいだ。

3 魔術師と聖夜の奇跡
クリスマス・イブの夜。町中の子供たちは早々と床につき、静かで綺麗な夜が流れた。自分もいつもより早く寝ようと、読みかけの本を閉じた。
突然、玄関の扉がドンドンと音を立てた。誰かがやってきたようだ。
「もう夜なのに…誰だ?」
パジャマの上からコートを羽織って、玄関に向かう。ゆっくり扉を開けると、そこには赤い服を着た大きなお腹があった。
「ハッハッハ、メリークリスマス!」
そう言って、大きなお腹が揺れた。パンっと、乾いた音がすると同時に、自分に色とりどりのリボンや紙吹雪がふりかかる。どうやらクラッカーを鳴らしたらしい。でもあまりにも驚きすぎて、自分の頭で処理しきれなかった。
「えっと…どちら様?」
「見てわからんか。かわいそうに、そんなにワシに飢えておったのか」
目の前の赤服の男性はショックを受けたような、悲しい表情を浮かべた。なんだか申し訳なくなって、改めてまじまじと見つめる。大きな腹に高い背。全身赤い服も、雪のようにふわふわした白髭も、体格のいい彼にとても似合っている。それから後方もよく見ると、佇んでいるのは大きなツノと赤い鼻を持った茶色い生き物。そして木製の雪ぞりに、男性のお腹と同じくらい大きく膨らんだ袋。…間違いない。この光景は昔、絵本で読んだことがある。それから、目の前のにこやかに微笑む男性は、この間見た便箋のイラストにそっくりだ。
「まさか…サンタクロース?」
男性は嬉しそうに笑って、うむ、とうなずく。自分はびっくりして、家の中に駆け込んだ。まさか本当に、サンタクロースがいたとは!信じるも何も、目の前に現れたではないか!でもなぜ、自分のところにきたのだろう。
「…えーっと、サンタさん、なんの御用でしょうか」
玄関に戻って、サンタクロースなる男性に問いかける。まさか、プレゼントを届けにきたのではあるまい。自分は前述したとおり、サンタクロースに物を頼んだことはないし、頼んだ覚えもない。もし頼むとしても、サンタクロースを待ちわびている子供たちを優先させてほしい。いや、サンタクロースたるもの、そうするべきではないか。自分はサンタクロースを今、初めて見たため、偉そうなことはいえないが。
自分の問いかけに、サンタクロースは笑みを止めずに答えた。
「君に、プレゼント配りを手伝ってほしいのじゃが」
予想していた答えの、斜め上をついてきた。サンタクロースを手伝う?自分が?
いろいろと問いただす前に、サンタクロースは胸中を見透かしたようにうんうん、とうなずいた。
「この世界に、サンタクロースなんていらない、なんて考える魔術師がおると知ってな。ワシは世界中の子どもたちにプレゼントを届けてきたつもりじゃった。だが、君のような者がおることは盲点じゃった。今まで気がつかなくてすまんかったのう」
サンタクロースはしょんぼりした。初めて会った人に謝られたのは初めてだ。でも彼の前では、つい気を許してしまいそうになる。人々に愛され続ける理由が、なんとなくわかった気がする。
「それでの、君はもう大人だから、こうしてじかに会いに行こうと思ってな。そして、いままでの分も含めたワシからのプレゼントとして、君を特別にソリに乗せよう。そしてついでに、年寄りへの労りだと思って、プレゼント配りを手伝ってほしい」
「つまり…自分に今晩、助手になってほしいと?」
サンタクロースは嬉しそうにうなずく。
「ソリは、普通はワシしか乗れんのじゃが…どうじゃ?ワシから君へのクリスマスプレゼントじゃ」
彼は私に手を差し伸べた。はじめてのクリスマスプレゼントだった。しかもサンタクロースから直々の。断るという選択肢は思い浮かばなくて、自分は大きな手をとった。

ここからは夢のような時を過ごした。空の上を滑るのは気持ちがいい。自分は子供っぽくはしゃいだ。同乗者は、騒ぎっぱなしの自分を止めずにただ優しく微笑んでいる。
「すごい…みんなの家が小さく見えるよ」
「フォフォフォ…喜んでもらえてなによりじゃ。さあ、そろそろ一軒目に着くぞ」
もちろん、プレゼント配りのお手伝いという約束も忘れない。寝ている子供たちのそばにそっと寄っていき、プレゼントを枕元に置く。どの子供も幸せそうな顔で、こちらまで笑顔になる。
「今年は早くプレゼント配りが終わりそうじゃ。感謝するぞ、魔術師オー」
「こちらこそ、ありがとう」
このサンタクロースとの出会いで、気づいたことがあった。自分にとってサンタクロースは不要なものではない。むしろ、心の奥底では彼の存在を待ちわびていたのだ。サンタクロースが、自分にも夢をくれる時を。
また心の中を見透かされてしまったのか、サンタクロースは大きな体を揺らして、愉快そうに笑う。
こうして、一夜限りの旅は終わった。最後には家まで送ってくれた。別れるのは名残惜しかったが、空は白みかけていた。
「ここでさよならじゃ。もう夜が明けるでの、ワシは帰らなければならん」
「わかってるよ。サンタは夜だけのものだろう?…そうだ」
いつしか読んだクリスマスの絵本を思い出し、そのイメージを膨らませて呪文を唱える。その瞬間、自分の手にはクッキーが山のように入った缶が現れた。それをサンタクロースに差し出す。彼は目を丸くした。
「サンタクロースだって、たまには贈り物を貰いたいだろう?」
「驚いた…魔術師はすごいのう。君をずっと、ワシの助手にしたいぐらいじゃ」
自分もそうしたかった。でも、それは叶わないことだとなんとなくわかっていた。赤服の世界一優しいおじいさんは、自分の頭をぽんっとなでて、そのまま去っていった。

4 エピローグ
クリスマスの朝。とある北国のとある森奥に、珍しく人だかりができている。野次馬たちの目線の先には、雪に埋まった木製の大きなソリ、そのソリを引っ張っている鹿にも見える木馬、そして赤服に白髭のおじいさん-サンタクロース-の姿に似た、人形型の風船。その傍らには、空っぽのクッキー缶があった。
誰かのいたずらだろうかと人々は噂したが、まもなく撤去されると同時にすぐに忘れ去られていった。これが森をずっと抜けた町に住む、とある魔術師の仕業だとは誰も-本人でさえも、知る由もなかった。

聖夜の贈り物

聖夜の贈り物

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-06-15

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