還暦夫婦のバイクライフ32

ジニーがヤマトミュージアムの企画展を見たいという

 ジニーは夫、リンは妻の、共に還暦を迎えた夫婦である。
5月の連休も終わり、初夏の季節がやって来た。
「リンさん、ヤマトミュージアムの企画展が6月頭で終わるんよ」
「企画展?前から言っとったやつ?」
「そう。航空母艦の企画展6月2日で終わりだから、最終日には行きたいな」
「いやいや、最終日はいかんやろ。行くんだったら前の週5月26日じゃないの?」
「混むかな?」
「最終日はね。天気が微妙だけど、どうせ雨降ったら車で行くつもりでしょ?」
「うん」
「じゃあ、その予定で」
ということで、5月26日は呉に行くこととなった。
 5月26日朝7時30分、ジニーは目覚ましの音で目を覚ました。しばらくぐずぐずしてから、ベッドを抜けだす。カーテンを少しめくって外を覗くと、良い天気だった。
「よし、今日はバイク日和だ」
ジニーは台所に向かう。目玉焼きを焼いて、ウインナーをフライパンに投入して炒める。みそ汁を作ってから、おもむろにご飯を食べ始めた。
「お早う」
リンが台所に現れた。
「何時頃出発?」
「出来れば8時30分かな」
「わかった。何着るの?」
「今日は脇メッシュだな。フルメッシュはさすがに寒そうだから」
「そうよね。私は皮ジャン着よっと」
そう言って、リンは朝ごはんをさっと食べて、支度を始めた。
 8時50分、出発準備が整った。
「リンさん、出るよ」
「スタンド寄るよね?」
「寄るよー」
二人は家を出発して、いつものスタンドに向かう。ハイオク満タンにしてからR56を北上する。西堀端を境に、国道は196号になる。そのまま北上を続けて北条バイパスを通り、道の駅ふわりを横目に通過し、瀬戸内の景色を左に見ながら浅海、菊間を通り、大西町で県道15号に乗り換える。波方町でR317に突き当たり、そこを右折して暫く走った先にある今治北I.Cから、しまなみ海道へ乗り入れた。来島海峡大橋を渡り、大島、伯方島、大三島を通過し、多々羅大橋を渡った先にある瀬戸田P.Aで休憩する。
「あ~、疲れたー。ジニー何時?」
「え~っと、10時30分だね。出発してから1時間40分たってる」
「北条バイパス制限速度で走ったもんね~。スピード違反で捕まるの嫌だし」
前回高知で取り締まりに遭遇してから、二人はかなり慎重になっている。
「リンさんはい、お茶」
ジニーが自販機で冷たいお茶を買って、リンに渡す。
「ありがと。一夜干しになる前に水分補給の季節になったね」
「うん」
「ジニー次はどこまで?」
「次は、呉のGで良いんじゃない?」
Gというのは、ここ数年二人がはまっている、呉冷麺のおいしいお店のことだ。
「Gか。そうだねえ」
リンが思案する。
「しんどそうなら途中で休憩するけど」
「いや、大丈夫。Gまで行こう」
二人はお茶を飲み干して、11時丁度瀬戸田P.Aを出発した。生口島、因島、向島を走り抜けて、本州に上陸する。一度R2に降りて岡山方面に走り、福山西I.Cから山陽道に乗る。広島方面に向かって走り、高屋JCTで東広島呉自動車道に乗り換える。ゆっくりと走る車列の最後尾に付けて、呉目指して走る。
「のんきだなあ。眠くなってきた」
「リンさんまだ午前中だけど」
「眠いのに朝も昼も夜も関係ない!」
「まあそうだけどね」
リンが呪文のように眠い眠いを繰り返す。ジニーは何も言わずにひたすら走る。やがて終点の阿賀I.Cが見えてきた。右に大きく回り込み、R185に接続する。休山新道を走り、休山トンネルを抜ける。トンネルを出てすぐの交差点を左折して、本通6丁目交差点を右折する。今西通りを道なりに進むと、目的のGが見えてくる。
「リンさん、20人くらいだ」
「想定内だわ」
そのまま一度通りすぎて、裁判所前交差点でUターンする。店の前まで走り、前の歩道の広いスペースの隅っこにバイクを止める。
「ふう、着いた。何時だ?」
リンがスマホの時計を確認する。
「12時35分」
「ふーん。お昼にしてはまだ少ない方だな。さっさと並ぶか」
ヘルメットをバイクに固定してから、二人は列の最後尾に並んだ。さっきと変わらず20人ほど並んでいる。
 列は少しづつ前に進む。後を見ると、すでに10人ほど追加で並んでいた。ジニーはスマホをいじりながら時間をつぶす。
「次の方2名様、どうぞ」
おおむね1時間待って、順番が回って来た。店内はカウンター席のみの、10人座ればいっぱいになる狭さだ。
「冷麺ワンタン入り大盛り二つ」
ジニーがオーダーする。店員さんはオーダーを厨房に通す。待っている間にも、どんどん人が入れ替わる。
「冷麺大盛りです」
大盛り冷麺ワンタン入りがやって来た。去年は浅い皿にすれすれ入っていたと思ったが、今年は少し余裕のある皿に代わっていた。
「いただきます」
二人は手をあわせてから、早速箸をつけた。ひたすら無言で一気に食べる。
「うまいなあ。これに勝る冷麺は記憶にないや」
「そうねえ。最低年に一度は来るもんね」
ジニーはアッという間にきれいにスープまで残さず平らげた。程なくリンも完食して、さっさと席を立つ。お勘定を済ませて外に出ると、相変わらず大勢の人が並んでいた。
「さて、ヤマトミュージアムへ行きますか」
「ジニールートは?」
「ええっと、そこの信号を右折して、三つ目の信号を右折して、市役所の所を左折して、蔵本通に右折で入ってあとは道なり・・・だな」
ジニーはグーグルマップを見ながら説明する。
「ふ~ん。まあ、ついていくわ」
リンはあてにならないとでも言いたそうな表情をした。
ジニーは2台のバイクを歩道から押して下ろす。出発準備が整い、Gを後にした。ジニーは検索した通りの道を進み、JRのガード下をくぐる。そこで渋滞に捕まり、全く動かなくなった。
「何だろう?」
「ゆめタウン入り口渋滞じゃないか?」
「そおお?」
やがて車列が少し動き、左にスペースが空いた。その隙間を二人は抜ける。車列はゆめタウン入り口から連なっていて、その先はガラガラだった。すぐ先にあるヤマトミュージアムに到着して、二輪駐車場にバイクを止めた。
「わあ、リンさん見て!札幌ナンバーのバイクだ」
「こちらには岩手ナンバーも居るよ」
「わざわざ来るんだねえ」
二人は感心しながらヘルメットをバイクに固定して、入り口へと向かった。入場料企画展込みおひとり800円支払い、入場する。
 企画展の内容は、ジニーには十分満足のいくものだった。リンも全く興味が無いながら、展示をじっと見ている。14時過ぎに入場して、ミュージアムを一回り見て外に出たとき、16時30分になっていた。
「ジニー疲れた。あそこで休んで行こう」
リンは隣接するカフェを指さした。営業しているか怪しかったが、普通に営業していた。店内に入り、外が見えるカウンター席に陣取る。
「私はねえ、広島レモンサイダーとコーヒーゼリー」
「僕はアイスココアにしよう」
リンがスマホを使ってオーダーする。しばらく待って、サイダーがやって来た。残りも次々とやって来る。リンさんはレモンと氷が入ったコップにサイダーを注ぎ、ぐいぐいと飲む。それからミントとアイスクリームがトッピングされたコーヒーゼリーに、手を付けた。
「うん。おいしい」
「そう、僕も一口」
ジニーが一口ぱくつく。
「うん、旨いね」
ジニーはホイップクリームが乗っかったアイスココアを、ゆっくりと飲んだ。
「う~ん、どうするかなあ」
「何を?」
「いや、リンさん、ここからフェリーに乗って松山に帰るか、来た道走って帰るか迷ってるんよ」
「私は走って帰っても平気だよ」
「そうなん?また眠くなるんじゃない?」
「大丈夫!・・・たぶん」
「うーん、費用は・・・」
ジニーがスマホで検索する。
「あ~やっぱり。走って帰った方が安いよなあ」
「時間は?」
「次の便は、今から1時間半後だな」
「走って帰ったら、大三島くらいは届く時間よねえ」
「走って帰るか」
ジニーは船に乗るのをやめて、来た道を戻ることにした。
 会計を済ませて、店を出る。バイクに戻り出発準備をする。17時丁度、ヤマトミュージアムを出発した。
「日が長くなったねえ。明るいうちにしまなみ抜けたいなあ」
「行けるんじゃないか?19時くらいまで明るいし」
二人は宝橋を渡り、R487を左折する。そのまま真っすぐ走り、R185に乗り換えて休山トンネルを抜けて東広島呉道路に乗った。
「ん~、眠い」
リンがつぶやく。
「え~」
ジニーは始まったなあと思い、スピードを少し上げた。
「リンさん、さっさといきますよ」
「へ~い」
ペースをさらに上げて、二台のバイクは走る。
「リンさん、眠かったら山陽道入ってすぐの所にあるS.Aに止まるけど」
「んー、考える」
リンは答える。
東広島呉道路を駆け抜け、高屋JCTで山陽道に乗る。
「ジニー止まらずに行こう」
「わかった」
二人は山陽道を走り、福山西I.CでR2に降りる。そこから2Kmほど広島方面に戻り、しまなみ海道に乗る。随分と低くなった太陽を横目にペースを上げて、先に進む。
「リンさん。来島海峡S.Aで休憩するよ」
「わかった」
向島を抜け、因島に乗った時、ジニーのバイクの燃料警告灯が点滅を始めた。
「あ、ガソリンが無い」
「え?私のはまだ点灯しないよ?あと何キロくらい走るの?」
「表示は80Kmになってるな。家まで届くかな?」
「大丈夫なの?」
「うん、今治で高速降りたら、スタンドはあるし。ただ単にいつものスタンドで給油したいだけなんだけどね。割引があるから」
「大した額じゃないでしょうに」
「うん。ここからはエコランしますよ」
ジニーは100Kmαから80Kmに速度を落とした。
 来島海峡S.Aに着いた時、表示は残り60㎞になっていた。
「ジニー私のも今点灯したよ」
「そのバイクは点灯してから70㎞は走るから、余裕だと思う」
「うん。とにかく休憩しよう」
駐輪場に止めたバイクに、ヘルメットを固定する。
「何時?」
「18時40分だね」
「呉から1時間40分か」
「途中からエコランしたからね。それより腹減った。晩御飯食べて帰ろう」
「フードコートやってる?」
「さあ?」
二人が覗くと、普通に営業していた。
「僕はこれ」
ジニーは券売機のボタンを押す。
「ビーフカレー。本当カレー好きやね」
「はずれが無いから」
「私はこれかな」
リンはチキン南蛮定食を注文した。
 席についてしばらく待って、出来上がった料理を取りに行く。リンが冷たいほうじ茶とお茶を取って来た。
「ありがとう」
ジニーはほうじ茶から一気に飲み干す。
「おいしい。少し干からびていたな」
「そうだね」
リンはチキン南蛮をほおばる。ジニーはカレーライスをひょいひょいと口に運び、あっという間に完食する。
 料理を食べ終えた二人は、その場でしばらく休憩する。
「さて、暗くなってきたし帰るか」
「今何時?」
「19時40分」
「あ~しまった。ミラーシールドだった。前が見づらいなあ。シールド開けてたら虫が当たるし。ジニー前走ってね」
「わかった」
 準備を終えた二人が、来島海峡S.Aを出発する。そのまま今治北I.Cから降りる。ジニーは相変わらずエコランを続ける。信号からの加速も2,000rpm以上回さず、さっさと6速までギヤを切り替える。
「えいくそ、信号に引っかかると一気に残距離が減るなあ。さっき54㎞だったのに、発進するだけでいきなり48㎞まで落ちた」
「大丈夫?ガス欠でバイク押したりしない?」
「大丈夫。でも、中央通りの出光にする。いつもの所は諦める」
ジニーは今までの経験で、充分届くと確信している。幸い海沿いの道は信号も少なく、車列も順調に流れている。ひたすらエコランをして、堀江まで帰って来た時、走行可能距離の表示は12㎞になっていた。
「お~初めて見るなあ、残12㎞。でも多分、これが0㎞になってもしばらくは走れると思う」
「ふふ~ん?」
「目的のスタンドまであと6㎞ほどだから、平気でしょう」
そう言ったジニーだったが、そこから始まる信号機ストップ&ゴーには冷や汗をかいた。
 中央通りの出光にたどりつき、ジニーは安堵の表情を浮かべる。2台縦に並べて給油を始める。
「私のバイク14.4L入ったよ」
そのままジニーのバイクに給油する。
「合計29Lだ。ジニーのバイクには14.6L入ったのか」
「14.6Lか。確かこのバイクのタンク容量は16Lだから、あと25㎞は走るな」
「私のは?」
「リンさんのGSX-R750は17Lだったかな。今日の燃費だと、後50㎞くらい走りそうだ」
「走行距離が・・・しまった、見る前にリセットしてしまった」
「そうなん?僕のもリセットした後だ。確か380㎞は超えてたと思う」
「そんなに走ったっけ?ということは・・・おー26,3㎞/Lだ。私のバイクSSなのに」
「僕のは26.0㎞/Lか。体重の差?」
「そうかもねえ」
そう言ってリンが笑う。
「帰ろう。疲れた」
ガス欠の心配も無くなり、ジニーは晴れ晴れとした顔でバイクにまたがった。
「ジニー家に着くまでが遠足ですよう」
「はいはい」
2人はスタンドを出発して、家に向かって走り始めた。

還暦夫婦のバイクライフ32

還暦夫婦のバイクライフ32

  • 随筆・エッセイ
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-06-11

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